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アイヌ民族関連報道クリップ

アイヌ民族・先住民族関連の報道クリップです。各記事の版権は発信元にあります。

新千歳空港にスイーツショップオープン/鶴雅グループ(釧路新聞)

2011-07-14 00:00:00 | その他のニュース
2011年07月14日
新千歳空港にスイーツショップオープン/鶴雅グループ

  釧路市阿寒町の鶴雅グループ(大西雅之代表取締役社長)は15日、新千歳空港にスイーツショップ「HAPO(ハポ)」をオープンする。ハポはアイヌ語で「母」のこと。「ママが子どもに食べさせたいおやつ」をコンセプトに、道産食材を使った安心安全な菓子を提供する。  ハポは鶴雅グループ初のスイーツ専門店。道産のフルーツや野菜、チーズ、小麦粉を使用し香料や着色料といった余分なものを加えない体に優しいデザートが並ぶ。ロゴはアイヌ文様をモチーフにした字体で母をイメージする太陽を掲げ、テーマカラーは太陽のオレンジと大地の焦げ茶で北海道らしさを表現する。
http://www.news-kushiro.jp/news/20110714/201107145.html

白老の元陣屋資料館で仙台藩士の足跡解く特別展開催(室蘭民報)

2011-07-09 00:00:00 | その他のニュース
白老の元陣屋資料館で仙台藩士の足跡解く特別展開催
【2011年7月9日(土)朝刊】

 白老町とゆかりの深い仙台藩士たちの「津軽海峡越え」をテーマにした、仙台藩白老元陣屋資料館の特別展が、16日から8月21日まで同館で開かれる。仙台市との歴史姉妹都市提携30周年事業に位置づけ、海図や航海の安全を託した絵馬など、道内外関係機関提供の資料を含め約40点が展示される。



 主催は同資料館と町教育委員会。「荒波を越えて―備えと支え」と銘打ち、仙台藩士たちの前に大きく立ちはだかった津軽海峡、渡海の困難さを多彩な資料を通してひもとく。

 「近世の本道と本州の関係を考えるとき、津軽海峡は非常に大きな意味を持っていた」。こう語るのは同資料館の平野敦史学芸員。一つには松前藩がアイヌ民族との交易を担っていたとき、全国各地の船が難所といわれる津軽海峡を往来。一つは蝦夷地のおよそ3分の1を守備範囲とするよう幕府の命を受けた仙台藩が、安政3年(1856年)に仙台から同海峡を越えて白老へと向かい、元陣屋を築き、広尾、厚岸、根室、国後、択捉に出張陣屋を構える。

 津軽海峡には激しい潮流が3本あるうえ、暴風時には青森、函館で待機を余儀なくされた。「仙台から白老へは最大で2カ月を要した」と平野学芸員は渡海の困難さを解説する。

 測量図や沿岸の航路図、仙台から本道にかけての沿岸を描いた絵図など「実測的資料」と、護符や船絵馬、神社仏閣のお札など「信仰的資料」を系統立てて展示する。

 津軽海峡付近沿岸部の海の深さを詳記した「箱館澗内測量之図」(函館市中央図書館所蔵)、荒波にもまれる船を描いた巻物「三厩渡荒涛並松前城下市中之図」(北大附属図書館北方資料室所蔵)、太平洋岸で活躍する北前船を描いた「明神丸絵馬」(むつ市教育委員会所蔵)、航海安全を願い御神酒を詰めて海に流した「流し樽」(深浦町円覚寺所蔵)など。

 会期初日の16日、仙台市の郷土史家、佐藤宏一さんが「62万石、外様大名の矜持」と題して講演する。同日、仙台の市長、市議会議長、教育長らが来館する予定。問い合わせは同資料館、電話0144・85局2666番。
(富士雄志)
http://www.muromin.mnw.jp/murominn-web/back/2011/07/09/20110709m_08.html

女性史研究家もろさわさんの蔵書、一般公開へ(信濃毎日新聞)

2011-07-06 00:00:00 | その他のニュース
女性史研究家もろさわさんの蔵書、一般公開へ
07月06日(水)

もろさわさん(右)の意見を聞きながら進めた蔵書の整理作業
 女性史研究家のもろさわようこさん(86)が主宰する佐久市望月の「歴史を拓(ひら)くはじめの家」で5日、もろさわさんの蔵書の整理作業が有志らによって行われた。今秋をめどに整理作業を終わらせ、「歴史を拓くはじめの家文庫」として一般に公開していく考えだ。

 はじめの家は、女性問題や人権、平和などさまざまな活動に取り組む人たちの交流拠点。昨年12月、もろさわさんが東京都杉並区の自宅を手放したのを機に蔵書約1万冊をはじめの家に移していた。

 蔵書は、平塚らいてうらが編集した雑誌「青鞜(せいとう)」の復刻版や女性運動の関連書籍など研究に使った原典となる資料をはじめ、民俗学や社会科学、小説など多岐にわたる。有志らはもろさわさんの意見を聞きながら蔵書を分類し、並べ替えた。

 もろさわさんは佐久市望月出身。はじめの家のほか、沖縄県で「歴史を拓くはじめの家うちなぁ」を、高知県で「歴史を拓くよみがえりの家」を主宰している。「蔵書を高知県に」との要望もあったが、出身地の長野県にこだわり蔵書を移した。

 もろさわさんは「沖縄やアイヌの女性との交流にこそ精神の出会いがあった」と、人と人とのつながりの大切さを強調した上で「私の本が出会いの媒体になればうれしい」と話している。

カナダ訪問中のウィリアム王子、ヘリの着水訓練に志願(AFPBB News)

2011-07-05 10:44:00 | その他のニュース
カナダ訪問中のウィリアム王子、ヘリの着水訓練に志願
2011年07月05日 10:44 発信地:ダルベイ・バイ・ザ・シー/カナダ

カナダ・プリンスエドワード島(Prince Edward Island)のダルベイ湖(Dalvay Lake)でドラゴンボートレースに参加したあと、湖岸に到着したウィリアム王子(Prince William)とキャサリン妃(Duchess of Cambridge、2011年7月4日撮影)。(c)AFP/ROGERIO BARBOSA
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【7月5日 AFP】キャサリン妃(Duchess of Cambridge)とともにカナダを公式訪問中の英国のウィリアム王子(Prince William)は4日、プリンスエドワード島(Prince Edward Island)のダルベイ・バイ・ザ・シー(Dalvay by-the-Sea)で対潜哨戒・捜索救難ヘリ「シーキング(Sea King)」の緊急着水訓練に参加した。

 英空軍(Royal Air Force)の「シーキング」のパイロットでもある王子は、カナダで開発されたエンジントラブル時の緊急着水法「ウォーターバーディング」の訓練への参加を、訪問中に志願していた。

 小さな湖の岸辺でキャサリン妃が心配そうに見つめる中、「シーキング」を操縦する王子は水面ぎりぎりの高さでエンジンを切り、無事着水させた。「シーキング」はアヒルのように水面を滑ったあとで、垂直に浮上した。

 王子夫妻は、中国のドラゴンボートのレースにも参加。カナダのナショナルチームの2隻のボートに分かれて乗り、対戦した。王子のチームが僅差で勝ったという。その後、沿岸警備隊による捜索・救出活動のデモンストレーションも見学した。

 夫妻は同日中にイエローナイフ(Yellowknife)へ移動。先住民族のスポーツを観戦する予定だ。その後、カルガリー(Calgary)を訪問してロデオを楽しんだあと、9日にカナダをあとにし、米ロサンゼルス(Los Angeles)に向かう。(c)AFP/Michel Comte

http://www.afpbb.com/article/politics/2810579/7460264?utm_source=afpbb&utm_medium=topics&utm_campaign=txt_topics

にいがた人模様:海辺で総菜屋を営む、北條洋子さん /新潟(毎日新聞)

2011-07-03 00:00:00 | その他のニュース
にいがた人模様:海辺で総菜屋を営む、北條洋子さん /新潟

 ◇手間かけて自分の味--北條洋子さん(56)
 東京消防庁に勤務していた夫(61)に、郷里の佐渡に暮らす両親から「先祖の田畑を守ってほしい」との願いが届いたのが83年。夫の心は揺れた。やがて「郷里に一緒に来てほしい」と吐露した夫の言葉に思わずうなずいた。

 水田1ヘクタールとはいっても、山あいの中山間地に点在する水田での農作業は過酷だった。夫は佐渡市消防本部に勤務した。洋子さん自身は、佐渡は約32年前、結婚のあいさつに来て以来だった。

 知り合いも友人もいない。3人の子育てに追われ、心にゆとりもなかった。孤独感にさいなまれた。「親類の関係が強く、集落の輪にもなかなか入っていかれなかった」と振り返る。「子供を育て、家族を守る、という意識に縛られていたのかもしれない」

 地域のバレーボールクラブに所属し、少しずつ話し相手もでき始めた。次第に佐渡の人々の他人への心遣いや、思いやりを感じ始めた。

 高校卒業後、調理師の資格を取得した。いつか好きな料理の道に進みたいと思っていた。佐渡で暮らすうち、その眠っていた「願い」が膨らんだ。思いを実現させたのが97年。自宅がある佐渡市北片辺の外海府で、お総菜「洋」を始めた。片辺とは、アイヌ語で「美しい入り江」という意味だという。

 海辺の総菜屋は評判を呼んだ。自宅の調理場でコロッケやかき揚げ、煮もの、弁当などを作って病院、地元JAの売店などに卸す。コロッケは、細かく砕いたジャガイモの皮むきから揚げるまで3日間をかける。そのコロッケは週3日、5店に計150個を卸す。主要卸先の店では、30個がわずか1時間で売り切れるほどの人気ぶりだ。

 味は郷土料理にならい、リクエストやノルマは受け入れないのが信条。「わがままと言われるかもしれないが、私らしい自由な手作りを受け入れてもらえるのが長続きの秘訣(ひけつ)かな」と話す。

 海と山に囲まれた佐渡。「美しい自然をもっと楽しみたいけれど、慌ただしい総菜屋での生活が、実は自分を楽しませている」と笑う。【磯野保】

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 ■人物略歴

 ◇ほうじょう・ひろこ
 1954年、茨城県結城市生まれ。地元の高校を卒業後、栃木県の幼稚園で5年間、保母を務める。80年代後半に帰郷を決意した夫と共に佐渡に渡る。

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毎日新聞 2011年7月3日 地方版