言語分析未来予測

上石高生
言葉の分析からの予測です。分析の正しさは未来に答えが出ます。分析予測は検証可能でなければなりません。

イチローの分析3

2008年01月16日 06時34分42秒 | 分析
 名前での敬称や丁寧な表現などは全て略させていただきます。
イチロースペシャル(2008年1月2日放送) | NHK プロフェッショナル 仕事の流儀
知られざる闘いの記録

脳科学者
茂木健一郎

住吉美紀

ナレーション 2007年のイチローは何かが違っていた。6月には25試合連続安打で自己記録を更新。オールスターでは、3安打。史上初のランニングホームランも記録し、MVPを獲得した。


 情熱をもって一心に深く打ち込むことで成功している。常に貴重な情報を得ようとしているのも、仕事中心の生活であるからであろう。技能の発展性が、仕事での成果に比例している点は、芸術家と同様である。
 まるでピアニストなどの芸術家と同じようなレベルに到達しているようだ。そのように日常でも、いつまでも鋭敏な神経と、その高度な技術をいつまでも維持させようとしているのである。「毎日、繰り返す」、「徹底的に拘る」など、習慣化する事で、自分、個性的、独特、スーパースター・イチロー、であり続けようとする。


ナレーション 続いて向かったのは室内練習場。普段選手以外の立入りは固く禁じられている。今回、特別に撮影が許可された。練習場の奥にはイチロー専用の特殊なトレーニングマシーンが置かれている。

イチロー まあ、これはですね、筋肉の、硬化を招きづらい、むしろ弾力性のある軟らかい筋肉を作れるマシーンなんですよね。それは動作中に酸素供給が上手くいったり、乳酸を発生させないような動きが出来るマシーンなんですよ。


 仕事中心の生活であり、それらの情報収集能力もあるので詳しい。もちろんメジャーリーグのシアトル・マリナーズという球団の施設や、コーチやトレーナーなどの助言や、科学的に集められた情報などや、それらを分析して得られた客観的な実践などを参考にしているのは言うまでもない。それらをより良い自分の将来のために、本人が判断し選択しているのである。

 それも観念的にも夢を現実的に描きたいという作家のような欲求があるからだ。それはまた他人を楽しませたいという意識と同レベルであり、リラックスした日常ではユーモアなどの表現としても見られるのである。

 これらの最も根源的な動機とは、自分自身を価値付けたいという欲求、であろう。
 自分自身を価値付けたいという欲求が、まるで芸術作品の制作という社会的高水準な価値へと上りつめているのだ。


ナレーション 重圧がイチローの技術を微妙に狂わせていた。(9月10日シアトル)3日後、イチローはシアトルに戻った。(セカンド前への内野ヒット。センターへ抜けるヒット)一気に調子を上げていった。5打数2安打。(9月13日)その3日後、(センター前。レフト手前。三遊間を抜くヒット)3安打の固め打ちを見せた。探し続けていた新しいバッティング、その手がかりが見つかったのだろうか? 試合後、それを尋ねると、イチローは不思議なことを言った。

テロップ 目に見えない、何か
イチロー まっ、目に見えない部分というのは、今の僕にとってかなり大きなもの部分を占めてるので……。そこですらね、これからの課題というのは。目に見えるところにあれば、それほど難しくないですよ。見えないから難しいんですよ。うん。

ナレーション 9月16日。イチローは最後の遠征に出発した。アスレチックスとの3連戦の初戦。マウンドには球界を代表するピッチャー、ヘイレン。(オークランド・アスレチックス ダン・ヘイレン投手 レフトよりセンター前にヒット。ライトよりセンター前にヒット。)相手エースを打ち崩した。その日の夜、今、イチローがつかみかけている、目に見えないものとは何か? 深夜1時、イチローはカメラの前でそのことを話し始めた。

イチロー 僕、あのー、ストライクゾーン、いわゆるストライクゾーンってありますよね、ベースの上に通る。あのストライクゾーンだけ、もし打つことが出来たら、僕よりヒット打てる人はいないと思うんですよ。間違いなく、僕が一番ヒットを打てる。でもわけの分かんないボールに手を出したりね、ダメだ、これ手を出しちゃダメだ、ということがいけないんですよ。これがなくせるんじゃないか、っていうことなんですよ。で、この感覚を得れば、今までの技術なんか必要ないな。ようは無駄な技術を駆使する必要がない。普通に打てると思った玉を撃ちに行けば、ヒットが出る、ということなんですよね。

ナレーション イチローはとんでもない悪球に手を出すことが少なくない。人並み外れた技術と反射神経を持つために、悪球でも思わず反応してしまうのだ。重圧がかかれば、よりその制御が利かなくなる。自分を抑え切り、ストライクだけを打つ。そのための感覚を今、つかもうとしていた。

イチロー あそこの空間でしか分からないことって必ずあると思うんですよ。バッターボックスでしか、感じられない、感覚、まっ匂いだとか、雰囲気だとかね。あそこでしか生まれないものってあるからやっかいなんですよねー。


 ここで語られていることとは、自分自身だけの正しさや原則などに拘る、ということである。
 この自分自身だけの正しさや原則などに拘る姿勢は、自己の硬さとして、周囲には頑固のように映るが、それでも組織的な意味を理解し団結することができる。彼を言葉で表わそうとすれば、精密で確かな意味としての「精確」という言葉がぴったりである。
 これはシアトル・マリナーズという球団の欠くことのできない一員としても、このシアトルに多くのファンが認めているところでもあるだろう。このような精確さは、日常的にも一見、硬さや頑固さとして周囲に映るのであるが、それは、自分自身だけの正しさや原則などに拘る、スーパースター・イチローとしての確実性の追求のためなのである。

 自分の技能の発展を目指して、絶えず変化しなければならないと考えるのは、評論家のような知識や見識を持っているからだろうが、それでもどこまでも耐えて一生懸命の努力を強いているので、笑顔も緊張しているように見られるときがある。
 それもこれも確実性を得るまでの葛藤におけるストレスに立ち向かうためである。


イチロー 精神って言うのは限界があると思うんですね。僕のレベルでは、限界だと思ったんですよね。で、幾度となく、その精神を追い込まれてきた。そのたびに、何となくこう重いものを背負ってプレーし続けてきた。でも200本は越えてきた。日本では首位打者をとり続けてきた。越えてるように見えるよね。でも越えてないんだよね。だからね、そこをテーマにしたわけ。それが来たらそれから逃げないと、俺は。プレッシャーはかかる。どうしたってかかる。まっ逃げられない。だからもう賭けようと、今回はね。もっ170(安打)なった時点で、来た来た来たーっみたいな感じになって、(自分に言い聞かせるように)いくぞ明日から、って……。


 確実性を得るまでの葛藤におけるストレスを「越えたい」と願って、それに立ち向かう。本人が強く欲して、追求しているその確実性が得られれば、そのときが「越えた」ときなのであろう。この姿勢、これが本質的にも意味や価値に無意識にも拘っているということなのである。それが自分自身だけの正しさや原則などに拘っていような“硬さ”と映っているのだ。

 このように自分にとっての意味や価値に無意識にも拘るので、他者との溝は避けられない。女性から見ると目に見える表面的な印象などが地味に感じられるのは仕方のないことであろう。それは一般的な女性の価値観とは、まったく違うものなのだから、だ。
 この意味や価値への拘りは、精力的な努力への動機となるのだが、それが入念で周到な準備や努力へと注がれている。それこそ彼の確かさであり地道さを物語っていることである。

 自分の理想を実現させようとする気持ちは、彼自身の華々しい経歴を見ても達成されていることが分かる。それは将来に向けての努力のたまものである。
 しかし自分自身を意味や価値のあるものにしたいという欲求は、それが自分が幸福であるための必要条件となることで、その神経をすり減らすことになるだろう。


ナレーション 9月19日。
実況 イチローの打率は3割5分2厘トップのオルドニエスは3割5分4厘。
ナレーション (センター前ヒット)3打数2安打。イチローはつい手に1厘差で打率首位に立った。残り試合は11。最後の遠征地、アナハイムに入った。いつもは流れるように進む練習。なぜかじっと考え込んでいた。ヒットが出ないまま迎えた第4打席。マウンドにはイチローが苦手とする数少ないピッチャー、シールズがいた。(ロサンジェルス・エンゼルス スコット・シールズ投手)空振りを誘う内閣のボール球。バットを止めた。しかし審判はパットは回ったと判定した。イチローはこれまでにない猛抗議を行なった。大事な何かがそこにあった。この日、オルドニエスに首位打者を明け渡した。


 悪玉を打ってもヒットに出来る技術がある。だがそれを変化させようと、ストライクゾーンに拘ることになる。
 それでボールを見極めようとすると、審判のジャッジと対立することになる。バットを止めたとしても、塁審からハーフスイングでのストライクをとられてしまうこともある。

 悪玉を打ってもヒットに出来る技術という、感覚的(主体的)なものを優先させると、審判の介入する余地がなくなる。だが、より客観的なストライクとボールの見極めなどを優先させようとすると、審判がより介入してしまう。

 感覚的なものを優先しようとすると、他者との「まったく違うんですよ」という差や溝を強く意識しなければならなくなり、それは特に公式な関係のときに見られる、硬さ、として表われるほど、彼をいつまでもリラックスさせない。
 それを変化させるためにより客観的になろうとするほど、他者をより受け入れなければならなくなり、つまりそれは自分のプレーが他者に影響されてしまうということで、さらなるストレスを生んでいる。

 過去を受け入れても確実性を得たことにはならない。
 だが未来のための戦略はさらに不確実である。
 それにしても現在的には、スーパースター・イチロー、であり続けるために、日常生活にしても、練習にしても、規則的にしかも丹念に繰り返すという強い拘りを持ち続けなければならない。

 どちらにもストレスを感じざるをえないのだ。




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