■当然の話かもしれないが、舞台全体を視野に収めるために大きな劇場では視線をあっちこっち、もっとおおげさに身体の重心を座席に腰を下ろしたまま左右に揺らしたりすることもある。それが、演劇的な楽しさや華やかさが伴うものであれば良いのだが、単に観る側に散漫なイメージだけを与えるだけの残念な結果をもたらす舞台作品もやっぱり多い。例えばそれは、七ツ寺共同スタジオのような小さな劇場であっても、舞台上で起こることをじっと凝視せざるをえないような緊張に溢れたところに遭遇するのは、実はこれまで少なかった。
■七ツ寺は来年開場40周年を迎える。自分が高校3年生の時に初めて訪れてからえーと、もう18年の間に一体何本の作品をあそこで観てきたか数知れないが、実は今週末つまり今日から、久しぶりに凝視しがいのある、濃密な演劇作品に出会えるということで非常に楽しみにしている。東京に本拠地を置くShelf(シェルフ)、継続的に取り組んでいるノルウェーの劇作家、ヘンリック・イプセンの「幽霊」が本日午後7時30分から名古屋での初日を迎える。
■一般的にイプセンは「旧来の陋習を破壊した個人主義に基づく新しい戯曲を19世紀末において書いた人物」なんて言われ方をする。高校時代に倫理の時間にちらっと出てきたりしたのは、それがヨーロッパ社会の社会通念が、世界史的に大きく転換する時期に軌を一にして変わりつつあったことの象徴となったからなのだろう。それを深く掘り下げる知識も筆力も自分にはないのでこれ以上は突っ込まないが、なんとまあこれほど揺れ動く日本に問うのに似つかわしい作家と作品であることか、と思う。ちらし表面に掲げられた戯曲の言葉にもそれは現れている。
■『わたしたちには取りついているんですよ。/父親から母親から遺伝したものが。/でもそれだけじゃありませんわ。/あらゆる種類の滅び去った古い思想、/さまざまな滅び去った古い信仰、/そういうものもわたしたちには取りついてましてね、/そういうものがわたしたちには、/現に生きているだけでなく、ただそこにしがみついているだけなのにー/それがわたしたちにはおいはらえないんです。』
■改めてリライトしてみるだけで、何だかさわさわしたものがキーボードから立ち上がってくる気がする。「古い信仰」だけではない。私という主体全体が、刻一刻と「古く」なっている。誰かが、すべての人間は緩慢と自殺しているだけだと言った意味と似ているかもしれないが、抗いきれない流れにそれでも抗おうとして生まれてくるさまざまなレトリック。それらがどれほどたくさん存在していて、かつそれら自体の間におびただしい数の通奏低音が存在しており、時折「暴力」呼ばれたりする。
■それが社会のありようだよと言ってしまえばそこまでの話なのかもしれない。ただ、できることなら抗うこと=生きることを肯定したい私たちにとって避けられないレトリック(+社会構造、人間関係、etc)の問題を昇華して私たちの前に見せてくれるのは、やはり舞台芸術、わけても演劇の力であるとあると思う。まるで、刺されたことがわからないほど細く繊細な刃物で刺されるかのごとく。そこに真正面から向き合う矢野さんとshelfの作品は信頼がおけるし、今日から始まる上演には、たくさんの方に観て頂けるといいなと思います。今日までに東京と京都で既に上演されており、その感想がtogetterでまとめられている(京都→こちら・東京→こちら)ので参考になさってください。
【名古屋公演】<名古屋市民芸術祭2011参加>
日時 /2011年11月5日(土)~11月7日(月) ※全4ステージ
11/5(土)19:00 ☆ 11/6(日)14:00 / 19:00 ☆ 11/7(月)19:00
・開場は開演の20分前 受付開始は開演の60分前です。
・☆の回は、終演後、演出家とゲストによるポスト・パフォーマンス・トークを開催します。
11/5(土)ゲスト 平松隆之氏 (劇団うりんこ/うりんこ劇場) 11/6(日)ゲスト 山上健氏 (建築設計者)
料金 / 一般前売 \3,000 当日 \3,500 (日時指定・全席自由席) 学生前売・当日共 ¥2,000
場所 / 七ツ寺共同スタジオ Nanatsudera Kyodo Studio
名古屋市中区大須2丁目27-20 tel/052-221-1318 地下鉄鶴舞線「大須観音駅」下車 2番出口徒歩5分
地下鉄名城線「上前津駅」下車 8番出口徒歩10分
イプセンって何?誰?という方はまずこちらから
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