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阿波池田「禿頭」の酔っ払って候(元福寿司2代目)

ブログ開始9年目、75歳になった。家族、師、友にブログ通じ少しでも恩返しが出来れば幸いなり。

道元様 4

2014年02月08日 23時47分19秒 | 仏法
ブログをUPしようとする時は、大概しらふでなく、
かなりアルコール度数が上がっている状態でパソコンを
いらっていますので、途中で寝てしまって気がつけば
1時間ぐらい経っていたりとか、知らぬうちに布団の中
ということがあります。昨日は気がつけば布団の中で
もうええわ、で途中切れ状態でした。

そんな訳でタイトルを変更いたしました。まさしく
酔いどれ日記といえます。

道元様のお父上は法然様のパトロン九条関白兼実を失脚させた方で
内大臣久我通親(こがみちちか)母上は木曽義仲をフヌケにするほどの
美しい方で、摂政太政大臣松殿藤原基房の娘伊子が母といわれています。

諸説あるようですが、道元様は超エリート階級のご出身です。
ですから学問は机の前でするもの、学問としての仏法(奈良仏教は
そう言われています)と若い時は思われていたのでしょう、それで
中国の老僧に対し、貴方のような方であれば、食事の用意などせず
うんぬんがあったのかも知れません。

続きます、明日は昼から17人さんの送別会と4時に、35人前の料理弁当の
配達があります、禿頭は一人旧館で仕込みをしながら、10時から日本酒で
飲みながら・・・もう寝なくては・・・。



道元様 3

2014年02月07日 23時36分55秒 | 仏法
桂雀三郎さんは、好きな落語家のお一人で、禿頭と
同じ団塊の世代です、現在落語家さんでも団塊の世代の
方が多数を占められておるようです。確か権太郎さんも
そうですよね。

雀三郎さんは、京都龍谷大学をでておられます。
ご本人もおしゃっていたと思いますが、お寺関係で
入学されたのではなく、自分の実力で受かる大学を
選ぶと龍谷となったようです。私たちの青年時代は
坊主になりたいから、仏教系の大学に入るのでは
まさしくあんたならここだったら大丈夫で受験を
していたようです。

道元様も超エリートのご出身ですし、

道元様 2

2014年02月06日 21時19分53秒 | 仏法
昨晩ブログをUPしてTVのSWを入れたところ
NHKアーカイブス「永平寺」1977年を放送していました。
36年ほど前のビデオでしょうか、なんという偶然でしょう。
今日の宴会予約が23名様と10名様なのについつい最後まで
見てしまいました。ちょっとでも早く寝て早く起きれば
いいのですが、誘惑に負けてしまいました。

1、2,3年前(さだかでありません)に故宮崎禅師様の特集と
永平寺の新人雲水の生活の特集のDVDが発売されたので
見た記憶と36年前の雲水さんの生活がまったく変わっていない、
ただ、インタービュアーの勉強不足が気になりました。

DVDを見た時はアーカイブスを見て感じた、変な質問をするなとは
思わず、あまり気にならなかったようなんですが、ひょっとして
禿頭の心持が変化したからかもしれません。

実は我々食を提供するものにとって、道元様の
教えは私どもを鼓舞してくれるものです。

禿頭がまだ30前、親父のアシストをしていた時です。
常連さんが「家の息子は勉強ぜんぜんあかん、頭がわるーて
困ってるんや、学校うからなんだら、大将たのむは
すし屋にでもしたってーなぁ」
禿頭の親父はあとで、すし屋はみんなアホがやるんか!
と少し怒りを表しましたが、でも東大、京大、一橋、阪大を
でて、すし屋になろうという人は一人もいないのでは
と禿頭は思った次第です。


道元様

2014年02月05日 23時53分43秒 | 仏法
曹洞宗の開祖と仰がれる道元禅師さまが
中国に真の仏法を求めて渡られたのが
24歳の時。

その時、道元様は仏法を学ぶということは
坐禅をしたり、仏法の書を読むことが一番大切な
ことと考えられており、食事の用意をする係りは
新人か若い者がすることであり、偉いお坊さんが
することではないと思われていました。

道元様が当時の宋に上陸が出来ず、船に待機を
されていたおり、中国の老僧が乾燥椎茸を求めて
船に乗船、道元様とお話がはずんだのですが、
道元様の「食事の世話は他の人に任せて、仏法の
お話をお願いします」と言われたのですが、

その老僧は
「見どころのある若い日本の僧と思ったが、仏法の
なんたるか、修行の何たるかを知らない!」と
お目玉をいただくのですが、道元様はなんのことが
お気づきにならなかったのです。

つづく


海を知る者は法を観る 「禅をきく会 小松島市」

2014年01月31日 23時31分16秒 | 仏法
今日の禅をきく会は水中カメラマンの
中村征夫 Ikuo Nakamuraさんのお話がありました。
禿頭はこの方のことはまったく存じ上げませんでしたが・・・知らないことがいっぱいあって、まだ死にきれません!

中村征夫
1945年秋田県昭和町(現・潟上市)生まれ。19歳のとき神奈川県真鶴岬で水中写真を撮るダイバーに出会い、独学で水中写真を始め、31歳でフリーランスとなる。1977年東京湾にはじめて潜り、ヘドロの海で逞しく生きる生きものに感動、以降ライフワークとして取り組む。沖縄の開発によるサンゴ礁の滅亡や白化問題、諫早湾の干拓はじめ、海の環境問題に対して映像と文章で訴え、報道番組で生中継を担当するなど、「海の報道写真家」として活躍。出版物、テレビ、ラジオ、講演会とさまざまなメディアを通して海の魅力や海をめぐる人々の営みを伝えている。2009年秋田県潟上市にフォトギャラリーブルーホールを開設。

今日のお話はすばらしいご説法を聴いているようだったのですが、
このところの寝不足でついつい、失礼をしてしまいました。

海は無常である。(海は時々刻々として変化して止まない)
海は弱肉強食である。(海には魚の死骸がない、死ぬ前に餌になってしまう)
海は命の源である。(河から流れてくる栄養素で、植物プランクトンが発生し、そこから食物連鎖が始まるです)

えらいお坊さんのお話を拝聴しているようでした。

お稲荷さんのはなしどころではないですね。





禅をきく会 小松島市と高松市で

2013年12月30日 22時10分26秒 | 仏法

2014年1月31日(金)が小松島市
    翌2月01日(土)が高松市で開催されます。

禿頭の同級生で知的な何人かに正法眼蔵の話を
したところ、なにそれ?でした。日本一の尼僧
青山先生に言わせれば「幸せすぎてアンテナが
立っていないんですね」ということでしょか!

立っていても、過去のオーム真理教のような例
もありますから、本物に出会いたいものです。

今日はお酒がまだ入っていません、昨日はUP
するつもりが、飲みすぎて寝てしまいました。