黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

刑事弁護の『ビジネス化』

2012-12-05 20:06:08 | 弁護士業務
 衆議院選挙の公示に伴い,政治関連の記事は公職選挙法に引っかかるおそれがあるため,しばらくは司法関連の話題に戻ることにします。

 弁護士数の激増に伴い,最近は刑事弁護を専門に謳う法律事務所も徐々に増えてきたようです。
 もともと,刑事弁護は弁護士業務の中でも採算性が低い業務だという認識があり,刑事弁護を比較的熱心にやっている弁護士であっても,実際の仕事のうち刑事事件は10分の1くらいで,事務所の維持や生活に必要なお金は残りの10分の9(民事事件)で稼いでいる,というのが一般的でした。
 弁護士数の少ない地方では,国選事件がほぼ義務的に回ってくるため,刑事事件を全くやらないというわけには行きませんが,東京では司法改革以前から,国選事件も名簿に登録した人が早い者勝ちで取り合いをしているような状況であったため,刑事事件を全くやらない弁護士も相当数存在しました。
 司法修習生の中でも,渉外事務所への就職を決めている人などは,司法研修所における刑事弁護の講義中にイアホンを付けて英語の教材を聴いている例もあり,また司法修習における刑事弁護担当の教官は慢性的に不足しており,中には刑事弁護担当なのに「実は刑事事件やったことないんだよね」と平気で言う教官もいました。
 これらはいずれも司法改革以前に起こっていたことです。新司法試験時代に入ってからも,弁護修習でも刑事弁護に触れる機会がなくなったり,弁護士になっても事件数の不足で新人の当番弁護士研修が廃止になったりと,刑事弁護に関する実務教育が希薄化の一途を辿っていることは確かですが,司法改革による法曹の激増が刑事弁護の質を低下させた,とまで即断することはできません。
 ただ,最近は業界全体における刑事弁護軽視の傾向を逆手に取って,「刑事弁護専門で儲けよう」と考える事務所が散見されるようになりました。全ての事務所をチェックしたわけではありませんが,刑事弁護専門で広告を出している事務所のホームページをチェックすると,かなり高めの弁護士費用を設定しているところが多いようです。

 刑事事件については,日弁連の報酬等基準規程により,着手金は基本的に20万円から50万円,報酬金も同額などと定められていたことから,私選の刑事弁護を引き受ける際には,その範囲内で弁護士費用を決めるのが普通でした。ところが,このような報酬規程は独禁法違反だとの主張がなされ,市場競争原理を何よりも尊重する小泉構造改革の一環として行われた司法改革でもこのような規制は望ましくないと考えられたことから,平成16年4月に報酬等基準規程が廃止され,弁護士費用は基本的に自由化されました。
 それでも,平成20(2008)に日弁連が実施したアンケートでは,事案簡明な刑事事件の弁護士費用は着手金が20万円台ないし30万円台,報酬金もそれと同額とするものが多く,全体的な傾向はそれほど変わっていないと思われていたのですが,刑事弁護で広告を出している事務所の中には,事案簡明な自白事件でも着手金40万円,否認事件では着手金80万円といった高額の弁護士費用を定めているところもありました。
 なぜこのような商売が成り立つのか。それを考えるにあたっては,一般市民が刑事事件を依頼するときの具体的状況を考察しなければなりません。例えば,次のような事例を想像してみてください。

<事例1>
 あなたは,電車に乗っていたところ,近くの女性からいきなり「痴漢です」と大声を上げられた。痴漢など全く身に覚えのないことであったが,その女性はあなたから痴漢の被害を受けたと強硬に言い張り,到着した駅で駅員に引き渡され,そのまま痴漢の現行犯として警察に逮捕されてしまった。
 留置場では弁護士以外の者との接見が禁止され,家族と面会することも出来ない。弁護士を頼もうと考えたが,痴漢事件では起訴前に国選弁護人は付かず,弁護士会が派遣する当番弁護士ではろくな弁護をしてもらえないと聞いたことがあるので,高額でもしっかりした刑事事件専門の弁護士に依頼すべきではないだろうか・・・。

<事例2>
 あなたの夫が突然警察に逮捕された。痴漢事件ということだが,接見が禁止されているため夫と連絡を取ることもできない。国選ではろくな弁護をしてもらえないだろうから,夫のためにインターネットで刑事弁護を専門にしている弁護士を探し,弁護を依頼すべきだろうか・・・。

 こういう切羽詰まった状況に置かれると,多額の借金をしてでも弁護士に依頼しようと考えてしまう人が結構いるんですね。実際,身内が刑事事件を起こし,弁護士費用のために多額の借金をして自己破産に至ったという例は黒猫自身も見たことがありますし,多数の自己破産事件などを取り扱ってきたクレサラ系ビジネス事務所の弁護士であれば,そうした例を少なからず見ていることでしょう。
 自己破産事件は,最近減少傾向に入っている上に過当競争で弁護士費用の相場が下がりすぎて,もはや収益にならない。過払い金返還請求事件も貸金業法改正で急激に数が減り,数年後にはなくなる。そんな切羽詰まった状況に置かれたクレサラ系事務所の生き残り策として,これまで不採算分野として軽視されてきた刑事弁護に白羽の矢を立てたとしても,冷静に考えれば特段不思議なことではありません。
 そうした事務所の弁護士は,当然刑事弁護なんてほとんど経験がなかったわけですが,刑事弁護の経験を客観的に見られる基準は特になく,刑事弁護の専門認定制度なども特に作られていないので,極論すれば刑事弁護経験ゼロの弁護士が「刑事弁護専門」「刑事弁護の経験豊富」などとホームページ上で銘打ったとしても,それだけで法的責任を問われるわけではありません。
 そして,ホームページでは弁護士なら誰でも知っているような刑事事件の基本的知識をもっともらしく書き連ね,プロに頼んで体裁なども立派に仕上げれば,外見だけは立派な「刑事弁護専門」法律事務所の出来上がりです。依頼者に安心感を与えるため,弁護士費用は敢えて高く設定し,刑事弁護の高級ブランドというイメージを整えれば,慌てふためいている刑事事件の当事者やその家族が,広告を見て弁護を依頼するというケースも相当数あるのではないでしょうか。

 なお,このような「刑事弁護専門」の事務所では,弁護士費用などの取りっぱぐれを防ぐため,依頼者に対し高額の預託金を振り込ませるそうですが,このような費用の取り方をする場合,弁護活動の内容は預けた預託金の金額に大きく左右されるでしょうね。保釈請求や示談交渉などは,通常の着手金・報酬金とは別料金であり,被疑者や被告人との接見にも別料金を取る場合があるようなので,依頼者が高額の預託金を預けている事件については,なるべくその預託金を全額使い切ろうと頑張るでしょう。それが弁護活動上有益なものであるかどうかは,基本的に仕事をした弁護士本人にしか分かりません。
 ほとんど詐欺のような商売ではないかと批判する向きもあるでしょうが,刑事事件は起訴されれば有罪率99%という世界なので,逆に言えば弁護士の腕で有罪・無罪の別や量刑が大きく変わるような事件はかなり少ないのです。高額のお金を取っても,被疑者や被告人に何度も接見し話を聞いてあげれば,少なくとも弁護過誤と言われるおそれはありません。残念なことですが,国選事件では露骨な「手抜き」をする弁護士も結構いるので,少なくとも真剣にやっている限り「弁護過誤」との評価は付けづらいのです。
 もちろん,接見回数の水増しとか,露骨な違法行為が行われていれば話は別ですが,仮にこういう「刑事弁護専門」の事務所に依頼して100万円以上のお金を取られたからと言って,直ちにそれを詐欺だとか悪徳弁護士だとか決めつけるのは法律上難しいのです。

 このような「刑事弁護専門」の商売は,むろん恒久的に成り立つようなものではありません。こうした事務所が増えれば当然その中での競争も発生するでしょうし,「刑事弁護専門」の弁護士による被害が増加して社会問題化すれば,債務整理事件のように特別な規制が設けられる可能性も高いでしょう。
 ただ,従来の刑事弁護は,「刑事弁護こそ弁護士の本分である」というイデオロギーの下,ボランティアに近い報酬しかもらえない国選や法律扶助事件でも全力を尽くすんだという少数の弁護士の奮闘により辛うじて支えられてきた面がありますが,そういう弁護士とは縁の無いところで「刑事弁護専門」の事務所がそれなりに繁栄していくと,従来型のボランティア精神に頼った「刑事に強い」弁護士は姿を消してしまい,むしろ刑事を専門にするなら高い料金を取らなければ損だという考え方が一般的になるかも知れません。
 このような現象(競争の激化に伴い,悪いサービスの影響を受けて,従来型の良いサービスまで悪に染まってしまうという点を捉えて,「ヴァンパイア現象」などと呼ばれているそうです)は既に始まってしまった以上,もはや司法試験の合格者数を調節するだけで解決できる問題ではなく,新たな規制を含めた刑事弁護の質を高めるための新たな施策を考える必要があることは明らかですが,どのような施策を採るにしても,刑事弁護に対する信頼を回復するにはかなりの国費投入が不可欠となるでしょう。
 一般に,市場競争原理の効果は,自由な競争により質の悪いものが淘汰され,良質で低価格のサービスのみが生き残ると考えられているようですが,少なくとも刑事弁護業界に関しては,むしろ悪質で高価格のサービスばかりが生き残る可能性を懸念しなければならないのですから,皮肉なものです。

6 コメント

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Unknown (紅衛兵)
2012-12-05 22:45:28
アトムは立派な事務所です。よいサービスの対価が高額になるのは当然ではないでしょうか。
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ビジネスだよね。 (Unknown)
2012-12-06 20:28:43
損得勘定でやってくれた方が、検察や裁判所もみんな楽でいいのかもね。
相場でとっとと処理できるんじゃない?
「これ以上やっても無駄ですよ。」「どうしてもというのであれば、オプションがあります」ってね。
定型の基本料金は安ければ、こんなんでも生き残れるよ。
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Unknown (Unknown)
2012-12-07 02:32:27
なかなか勝てない時間がかかる痴漢でっちあげ裁判に高い弁護士料払うぐらいなら復讐のほうがコストパフォーマンスが良い(笑)
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不当表示 (あのう)
2012-12-07 23:28:36
>極論すれば刑事弁護経験ゼロの弁護士が「刑事弁護
>専門」「刑事弁護の経験豊富」などとホームページ上で>銘打ったとしても,それだけで法的責任を問われるわ
>けではありません。

少なくとも、刑事弁護経験ゼロの弁護士が「刑事弁護経験豊富」などとHP上で表示した場合、景品表示法の不当表示に該当する恐れがあります。「刑事弁護専門」なら問題はないかと思いますけど・・・
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他方 (名無しさん)
2012-12-11 00:52:17
地方だと一部の新人・若手弁護士に刑事事件が集中し、「喰えることは喰えるけど、身体が持たない」という
問題も起きてるようです。私が地元紙(栃木県の下野新聞)で読んだ例だと
一年間に国選弁護だけで五十件近く引き受けざるを得なかった若手弁護士がいたようです。
ちなみにその年の県内の国選弁護の件数は350件ほどで、国選弁護の七件に一つを担当している
ことになります
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他方さんへ (あのう)
2012-12-15 21:27:52
>「喰えることは喰えるけど、
だったらいいですね。
少なくとも栃木県では、刑事弁護で喰っていけるわけだ。
身体がもつかどうかは別として、東京は喰うことすらできないのに。
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