黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

法科大学院は「大学」ではない!?

2012-02-01 13:24:17 | 法曹養成関係(H25.1まで)
 最近,法科大学院や弁護士に関するネット上での言論をチェックするようになったのですが,その中で分かったことの一つに,法曹の業界事情について全く知らない人の中には,「法科大学院を修了した人は,みんな法曹となるに相応しい法的な知識や応用力を身に付けているはずだ」と勝手に思い込んでいる人が結構いる,ということがあります。
 そのような思い込みを前提に,法科大学院を修了して十分な知識と能力のある人が司法試験という競争試験でふるいにかけられるのはおかしいとか,法科大学院修了者には司法試験の受験資格以外にも相応の特典(たとえば司法書士資格や行政書士資格,国家公務員試験の特別枠など)が与えられるべきだ,などという主張をしているようなのですが,以前このブログでもちょっと紹介した『採点雑感等に関する意見』を読めば,そのような思い込みは全くの誤りだということが分かります。
 以下,平成23年度の論文式試験で指摘された事項のうち,特に問題があると思われるものを取り上げてみます。
(1)公法系科目第1問
 この問題は,要するにインターネットで任意の座標をクリックすると,その場所から撮影された実際の画像(Z映像)を見ることができるサービスが行われるようになったものの,Z映像で個人の屋内まで撮影されてしまうなどプライバシーの侵害が問題となったことから規制法が制定され,そのような規制法に関する憲法上の問題について論じるというものですが,受験生(全員が法科大学院の修了者)の中には,以下のような珍回答をした人がいたそうです。
・Z映像配信事業者に対し,届出を義務づけたり,営業中止命令を出したりするのは憲法違反である。
・(個人の屋内をのぞき見することができる)Z画像配信システムは,ユーザーの「知る権利」の実現に資する。あるいは提供事業者の「自己実現の価値に資する」,「民主政治の過程に資する」などと,およそ見当違いのことを論じた答案が「数多く」見られたそうです。
・被告側の反論を書くところで,「検察官」と書いてしまった答案が「散見された」そうです。

(2)公法系科目第2問
 この問題は,モーターボートの設置許可に対し近隣の法科大学院と住民が訴えを起こしたなどとする事案に関するものであり,いろんな誤答が目立ったのですが,その中には法科大学院が「文教施設」又は「大学」に属さないと回答したものがあったそうです。
 「大学」について善意に解釈すれば,あるいは「大学」と「大学院」は法律上別のものであると誤解したのかもしれませんが,学校教育法97条では「大学には、大学院を置くことができる。」と規定されており,法科大学院は同法99条2項に定める専門職大学院の一種ですので,このような認識は当然誤りです。
 それとも,この答案を書いた受験生は,すべてを承知の上で,現状の法科大学院が「高度の専門性が求められる職業を担うための深い学識及び卓越した能力を培う」(学校教育法99条2項)ものには全くなっていないことを捨て身で訴えたかったのでしょうか。

(3)民事系科目第1問
 民法の問題ですが,不当利得返還請求権と詐害行為取消権について問われている設問1では,詐害行為取消権について適切な解答がない答案でも「一応の水準」と評価されているそうです。
 事案の概要に関する説明はそれなりの長文になっていますが,これから法律の専門家として活躍しようという人であれば,問題文を読んで「ここは詐害行為取消権を使う場面だな」ということは当然に気付いてほしいところです。
 それさえ分からないというのでは,基本的に弁護士として活動する資格はないと思うのですが,一応の水準と言うことは,他の科目や問題で点数を挽回できれば合格できてしまう可能性があるということになります。
 設問2はもっとひどく,債務不履行に基づく解除の可否を問われているのに,解除の根拠規定である民法541条や民法543条の条文を指摘せず,解除の要件について検討していない答案も「一応の水準」とされています。こういう人も他の設問で挽回すれば最終的に合格している可能性があるわけですが,解除と聞いて民法の条文が挙げられないというのは,法律家として最も基本的な知識が欠けているということであり,司法試験には合格できても法律事務所に雇ってもらえる可能性はほとんどないでしょう。

 なお,第2問(会社法)及び第3問(民事訴訟法)については,問題自体がかなり専門的なものであるため,一般の人にもわかりやすい「珍解答」はあまりなかったのですが,第3問について
「問題文を無意味に引き写している答案も少なくないが,これは,時間と答案用紙の無駄遣いである。
 なお,採点実感からすると,合格者の答案であっても「一応の水準」にとどまるものが多いのではないかと考えられる。当然のことであるが,合格したからといってよくできたと早合点することなく,学習を継続する必要がある。」
という指摘があったことは付言しておきます。

(4)刑事系科目第1問
 刑法の問題であり,設問のうち甲は,車を加速,蛇行させて,しがみ付いていた乙を車から振り落とし脳挫傷等の大怪我を負わせたという事案ですが,そのような甲の罪責について傷害罪の成否のみを論じ,殺人未遂罪の成否を一切論じていない答案が予想以上に多かったほか,中には傷害罪ではなく自動車運転過失傷害罪であるとした答案,危険運転過失傷害罪であるとした答案,さらには何罪について検討するかを明らかにしないまま故意の有無を論じる答案もあったそうです。刑法の基本的枠組みが理解できていない,素人レベルの答案だと評価するしかありません。 
 ・・・こういう答案を書く人は,一体法科大学院で何を勉強してきたのでしょうか。
 その他,問題文では乙が甲車から振り落とされた結果,一命は取り留めたものの意識を回復しない状態となったとされているのですが,答案の中にはこの点を捉えて「脳死は人の死か」という論点についても論じていたものがあるそうです。被害者を勝手に殺してはいけませんよね。

(5)刑事系科目第2問
 刑事訴訟法の問題ですが,答案の内相当数は,「不正確な抽象的法解釈を断片的に記述しているかのような答案や,問題文からの具体的事実の抽出,当てはめが不十分な答案にとどまっており,関係条文からの解釈論を論述・展開することなく,問題文中の事実をただ書き写しているかのような解答もあり,法律試験答案の体をなしていないものも見受けられた」そうです。

 司法試験の合格者数について,現在の毎年約2000人という数字は,実務側の受け容れ体制を考慮して人為的に決めているのではないかという批判がありますが,仮にそうであるとしても,実態は法曹となるに相応しい知識や応用力を身に付けた人を無理矢理落としているのではなく,実務法曹になるどころか司法修習を受けるにも問題のあるようなレベルの受験生を無理矢理上から順に合格させているのが実態です。現在の司法試験では合格者本人に対し成績が通知されますが,合格者であっても順位が低い人は,一般的に就職も難しいです。

 ところで,弁護士と同様に合格者数を増やし過ぎて近年社会問題となっている分野に歯科医師がありますが,歯科医師の多くが破産や廃業を強いられるなどの経済情勢が伝えられたことに伴い歯学部の人気も急低下し,とある大学の歯学部では第1学年に一般教養過程の科目が置かれているところ,その内容は中学レベルの数学と,およそ大学生とは思えない日本語の基礎(日本人向け)から始まるものになっているようです。
 ちなみに,一部の教授達は歯学部の人気低下を,「マスコミが歯科医は儲からないなんて報道するから学生が集まらない」などと主張しているそうで,この点についても法科大学院関係者の主張と共通点がみられます。
 法科大学院も人気が急降下しており,既に大幅な定員割れになっているところもありますから,数年後には法科大学院の入学者についても,日本語の基礎から教えなければならない事態に陥っているかもしれません。そうなったら司法試験の答案も,「法律試験の答案の体裁」どころか「日本語の体裁」すらも成していない答案が続出するようになるのでしょうか・・・?