黒猫のつぶやき

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="「危険運転」適用せず 4人死亡事故で名古屋地裁判決(朝日新聞)

2007-01-11 17:38:01 | 自己紹介
「危険運転」適用せず 4人死亡事故で名古屋地裁判決(朝日新聞) - goo ニュース

 引用記事によると,愛知県春日井市で昨年2月,飲酒運転の乗用車で赤信号の交差点に進入しタクシーと衝突して4人を死亡させ,2人にけがをさせたという事件について,11日に名古屋地裁の判決があり,判決では危険運転致死傷罪の成立を否定し,業務上過失致死傷罪及び道路交通法違反(酒気帯び)の罪により,被告人に懲役6年の刑を言い渡したそうです。

 危険運転致死傷罪の成立を認めなかった理由は,「青信号に従ったつもりで赤信号を無視したとはいえない」ということですが,もともと危険運転致死傷罪の規定は,立法技術的には疑問の残る規定なんですよね。
 刑法の,危険運転致死傷罪に関する条文は以下のとおりです。

(危険運転致死傷)
第二百八条の二  アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で四輪以上の自動車を走行させ、よって、人を負傷させた者は十五年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期懲役に処する。その進行を制御することが困難な高速度で、又はその進行を制御する技能を有しないで四輪以上の自動車を走行させ、よって人を死傷させた者も、同様とする。
2  人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で四輪以上の自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、前項と同様とする。赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で四輪以上の自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、同様とする。

 まず条文の形式面。このように多数の行為類型について同一の法的効果を定める規定については,類型毎に号分けするのが普通だと思うのですが,上記の規定では,4つの行為類型について1項前段,1項後段,2項前段,2項後段に分けるという変わった書き方をしているため,若干読みにくい規定になっています。
 なお,「類型毎に号分けする」というのは,例えば以下のような書き方を言います。

(危険運転致死傷)
第二百八条の二  次の各号のいずれかに掲げる行為をし,よって,人を負傷させた者は十五年以下の懲役に処し,人を死亡させた者は一年以上の有期懲役に処する。
一 アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で四輪以上の自動車を走行させる行為
二 その進行を制御することが困難な高速度で,又はその進行を制御する技能を有しないで四輪以上の自動車を走行させる行為
三 人又は車の通行を妨害する目的で,走行中の自動車の直前に進入し,その他通行中の人又は車に著しく接近し,かつ,重大な交通の危険を生じさせる速度で四輪以上の自動車を運転する行為
四 赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し,かつ,重大な交通の危険を生じさせる速度で四輪以上の自動車を運転する行為

 この方が格段に読みやすいような気がするのですが,どうでしょうか。

 次に,条文の構成要件に不確定概念が極めて多いこと。「正常な運転が困難な状態で」「その進行を制御することが困難な高速度で」「重大な交通の危険を生じさせる速度で」といった概念は,具体的にどのような状態または速度であればこれに該当するのか,その境界線が条文上不明確であり,こういう規定のされ方をされれば,検察官や警察官は同罪を適用できるかどうかの判断に困った挙げ句,過度に消極的な運用に走るおそれがあり,弁護人としても,これらの要件に該当するかどうかはほとんどずべての事件で争う,といった対応をせざるを得ません。
 引用記事の事件は,飲酒運転もしていた事案ですから,危険運転致死傷罪としては実際に起訴された2項後段ではなく1項前段で起訴することも考えられた事案だと思いますが,1項前段で起訴されていないのは,おそらく飲酒酩酊の程度が比較的軽かったのか,あるいは飲酒酩酊の程度を立証する証拠が揃わなかったのでしょうね。一般人の感覚としては,飲酒により赤信号にも気付かなかったというのであれば,十分に「正常な運転が困難な状態」といえるのではないかと思いますが。
 また2項では,「人又は車の通行を妨害する目的で」「赤色信号又はこれに類する信号を殊更に無視し」といった主観的要件が入っていますが,この書きぶりだと構成要件としては通常の「故意」より強い「意図」を要求しているようにすら読めます。
 このように厳格な主観的要件は立証がかなり困難であり,引用記事の事件で適用が認められなかったのもこの問題が表面化したものといえると思いますが,法定刑が重いために処罰範囲をある程度絞る必要はあるとしても,ここまで立証困難な要件,しかも主観的要件を付ける必要が本当にあったのでしょうか。

 この危険運転致死傷罪は,平成13年の法律第138号で新設されており,これは内閣提出法案だったようですが,このような条文でよく内閣法制局がOKを出したな,という気がします。内閣法制局という機関は,条文のカタカナ語はだめだとか形式的な面にはやたらとうるさいところですが,このような条文にOKを出すと言うことは,法規制の実効性といった問題については,あまり綿密な審査をしていないのでしょうね。