最近,阿部泰隆教授の『行政法解釈学』という本を買いました。阿部教授は,黒猫が尊敬していた行政法の教授で,単なる官学にとどまらない批評的精神で多大な研究業績を挙げた方ではあるのですが,上記の一巻11~12頁にある以下の記述を読んだ途端,尊敬する気が一気に失せました。
「なお,法曹人口増大のため弁護士の就職難が起きているが,弁護士は,司法書士,行政書士,税理士を併営すれば大繁盛するはずであり,心配しなければならないのは,これら他の「士業」である。」
なお,同教授のホームページ(下記リンク参照)にも似たようなことが書かれています。
http://www.ne.jp/asahi/aduma/bigdragon/active.html#lawyer too many
(他業種との関係について論じられた部分を抜粋)
「さらに、弁護士資格を駆使すれば、街弁としても、大活躍できる。弁護士がこれまでの弁護士業に留まっていては、あまり成功は望めないかもしれないが、弁護士は、税理士、弁理士、司法書士、社会保険労務士、行政書士という各種のさむらい業を兼ねることができる。それを一人で行うなら、ワンストップサービスで、大繁盛間違いない。たとえば、相続案件があれば、民法、民訴法の知識の他、相続税の関係で税理士業務、登記関係で司法書士業務を一人で行えば、これを別々のさむらいが受任するよりも、安く、かつ、迅速に処理することができる。行政法も必修になったので、行政相手の業務も簡単にできる。行政書士業務を兼ねればよい。
簡裁の代理権が司法書士に与えられたが、それは弁護士が実際上簡裁業務を行わなかったためである。急増した弁護士は簡裁業務に進出すればよい。弁護士は高そうだと敬遠されて、司法書士に行く者も、弁護士の方が有能だとなれば、当然に弁護士の門を叩く。案件は小さいが、能率良く数で稼げばよい。
これでは格落ちではないかなどと不満かもしれないが、合格者がこれほどに急増するのであるから、以前なら、司法試験に合格せずに他のさむらい業に就いていた者が、弁護士になるのであるから、他のさむらい業に就いてもともとなのである。戦後大学が濫設され、教授の地位ががた落ちしたのと同じなのである。それでも、弁護士は、さむらい業を別々に行うのではなく、一人で全部行えるのであるから、ものすごい資格なのである。他のさむらいを全て駆逐できるだけの資格である。」
たしかに,弁護士の資格を持っていれば,法律上は弁護士のみならず弁理士,税理士,司法書士,社会保険労務士,行政書士及び海事代理士の業務も行うことができ,法律上は万能のように見える資格です。
しかし,実際には阿部教授の主張するような状態には全くなっていません。色々なサイトで「人気資格ランキング」のようなものを調べて見ても,法律系では行政書士や宅建などの資格名はみられますが,「弁護士」「司法試験」などの用語は全く見られない状態がここ数年続いています。弁護士より業務範囲の明らかに狭い,司法書士や行政書士,社労士などの資格が弁護士より人気があるという実情は,阿部教授の理論からは絶対にあり得ないはずの事態でしょう。
このような阿部教授の理論に対する最も有力な反論は,言うまでもなく現在の弁護士(司法試験)は資格取得のコストが高すぎる,というものです。
現状では,司法試験を受験するには原則として法科大学院の修了が必要であり,最低でも2年ないし3年の間大学院の授業に縛り付けられる上に,学費も比較的安価な国公立大学で年間約80万円,私立だと年間100万円以上かかるところもあります。
おまけに,法科大学院の授業内容は司法試験とも実務ともあまりリンクしておらず,司法試験に合格するには別途予備校に通う必要があります。予備校の費用も馬鹿になりませんし,法科大学院の進級・卒業や司法試験の合格までに躓けば,学費や生活費の負担はさらに膨らみます。
一般に各種奨学金の類は貸金業法による総量規制の対象ともされておらず,奨学金や法科大学院向け教育ローン等の類は卒業まで(あるいは最初の司法試験合格時くらいまで)返済が猶予されているものが多く,借りる方も資金需要があれば返済できるかどうかをあまり考えずに借りてしまう傾向があるため,司法試験合格までに1000万円を超える借金を作ってしまう人も少なくありません。
そして,仮に司法試験に合格しても1年間の司法修習に通う必要があり,現在の司法修習は給料も出なくなったので,さらに1年間無給で修習に縛り付けられます。
修習地は本人の希望が通るとは限らないので,例えば大阪在住の合格者がいきなり函館で修習を受けろと言われれば,自費で函館にアパートを借りて8ヶ月間そこで生活し,さらに後期修習は埼玉県の和光市で行われるので,今度は東京に短期間のお引っ越し。交通費,宿泊費,生活費その他諸々は全て自腹。修習費用を国から借金できる制度はありますが,弁護士登録しても返せるあては全く無く,滞納すればオリコからの厳しい取り立てが待っています。最近は希望の修習地が通らないと修習そのものを辞退してしまう人が増えているようです。
行政書士や司法書士の資格を取るのに,これほどの負担はかかりません。あるいはその他の資格でも,単に資格を取るためにこれほどのお金と時間が必要であり,しかも長期間にわたって他の仕事をすることもできなくなるという酷いものはあまりないでしょう。
ただし,これらの問題は以前の記事で散々書いてきたので本稿では省略し,以下は阿部教授のいう,「弁護士が司法書士や行政書士,税理士などの業務を兼ねれば大繁盛するはずである」という主張がいかに間違っているかの説明に充てたいと思います。
○ 税理士
弁護士の資格を有する者は,税理士登録を行って税理士の業務を行うことができるほか,弁護士登録を行っている者は,所属弁護士会を通じて税理士業務を行う旨の届出をすれば,税理士登録をしなくても弁護士業務を行うことができます。
これは戦後一貫して続いている制度ですが,これによって弁護士が税理士業務に進出し,税理士がこれに押されて食べていけなくなったという社会的事実は存在しません。これにはちゃんとした理由があります。
税理士の業務は,建前上は租税に関する業務一般ですが,実際の業務及び収入源の多くは法人の税務申告業務に依存しています。相続税などは市場規模が小さいので,専門にしている税理士はそれほど多くありません。
そして,法人税の申告業務を行うには,言うまでもなく簿記・会計の知識が欠かせません。法人税法のほか各種通達などの実務的知識も不可欠であり,税理士として高額の収入を得ている人の多くは,多くの会社で経理を見ているうちに企業の実情にも詳しくなり,経営コンサルタントのような仕事もしています。
現状で税理士になっている人の多くは,税務署などに長年勤務し内部試験で資格を取得した人であり,公認会計士と税理士試験合格者がこれに続くといった状況のようですが,これらの人は税理士業務に必要な会計の知識,及び租税法特有の専門知識を大体身に付けています。
これに対し,司法試験に合格しても,税理士業務に必要な知識はほとんど身に付きません。選択科目で租税法という科目はありますが,簿記・会計に関係する部分は出題範囲から外されており,司法試験絡みでは会計の勉強をする機会も特に無いので,全く役に立ちません。ごく稀に,弁護士の資格を持って多数の法人税務を行っている人がいますが,そういう人は名義貸しの疑いを掛けられて国税庁の調査が入ることがあります。
○ 弁理士
弁護士の資格を有する者は,弁理士登録を行って弁理士の業務を行うことができます。ただし,これもあくまで「法律上許されている」というだけであって,実際にはそう上手くは行きません。
実際の弁理士は理系出身者が多く,理系の専門知識を活かして特許に関する申請やコンサルティングなどの業務を行っています。弁理士の試験科目にも選択科目として理系の科目が並んでいます。一応,文系出身者でも選択科目として民法や行政法などを選択し,弁理士試験を受験すること自体は可能ですが,こうした「文系弁理士」は試験に合格しても,弁理士としての就職先はほとんどないと言われています。
司法試験では「知的財産法」という選択科目が用意されていますが,これには特許業務に必要な技術的知識は出題されませんので,知的財産法選択者でも弁理士として活躍できるわけではありません。知的財産法関連でも,意匠や商標などあまり技術的知識を要しない分野はありますが,その代わりさしたる専門性はなく,選択科目に知的財産法がなかった旧試験合格者でも十分に対応できています。
最近は,自分の肩書きに少しでも箔を付けたいのか,弁護士でありながら弁理士登録をする人が散見されますが,理系の専門知識もないのに一人前の弁理士として活躍できるはずもなく,大半は肩書きだけで終わっているとみてよいでしょう。
○ 司法書士
司法書士法には弁護士資格との関連性について明文の規定はありませんが,司法書士の業務は法律事務そのものであり,判例上弁護士であればすべての司法書士業務を行うことが認められると解されています。
司法書士の独占業務とされてきたのは登記業務ですが,特に不動産の登記手続きはとても複雑であり,登記の専門知識がなければ事実上できません。司法書士試験では不動産登記法が重点的に出題されますが,司法試験で登記関係の出題は出題されず,一般的に登記関係の専門知識では,弁護士は司法書士の足許にも及びません。弁護士で不動産の登記業務に手を付ける人も一応いるようですが,司法書士業界を脅かすほどの力にはなっていません。
なお,司法書士の多くは認定司法書士として簡裁代理権も取得していますが,これは弁護士の分野に司法書士が進出してきたということであり,弁護士の方から進出できる分野があるわけではありません。弁護士の方は法科大学院という足枷によって人気が低下し質も下がる一方であるため,実態はむしろ「弁護士は高そうだと敬遠されて、司法書士に行く者も、司法書士の方が有能だとなれば、当然に司法書士の門を叩く」に近づきつつあります。
なお,日司連では司法書士の名称を「司法士」に改称して,家裁や執行関係の代理権も与えるなど,その権限をさらに強化することを法務省に働きかけているそうです。これが実現すれば,そのうち「司法士」の方が弁護士を駆逐し,法律は弁護士ではなく司法士の独占分野だと言われるようになるのかも知れません。
○ 行政書士
行政書士の試験科目は司法試験と被っていますが,行政書士は試験科目と実務との乖離が著しいことで有名です。行政書士試験に合格しても,何ら行政書士としての実務の役には立たず,実際に収入を得ている行政書士の多くは,建築関係や風俗関係,外国人関係などの専門分野に特化して,コンサルタントとしての役割を果たしています。なお,行政書士の6割は収入ゼロという記事もどこかで見たことがあります。
新司法試験では行政法が必須科目となっていますが,だからといって新司法試験合格者が行政書士の業務に就き,従来の行政書士を駆逐できるかと言われれば,答えは完全にノーです。理由はこれ以上説明するまでもないでしょう。
○ 社会保険労務士
社会保険労務士の主な仕事は,労働・社会保険分野における手続き業務であり,関連する法律の専門的知識が必要です。労働法という選択科目は旧司法試験時代からあります(平成12年から廃止され,新司法試験で復活)が,訴訟業務を念頭に置いた司法試験の労働法と,行政手続きを念頭に置いた社会保険労務士試験とは内容が全く異なります。弁護士の資格をもって社会保険労務士の仕事をすること自体は法律上認められていますが,実際にそれをやっている人はほとんどいません。
○ 海事代理士
海事代理士は「海の行政書士」とも呼ばれ,海事に関する行政手続きを代理する専門家です。一応,弁護士有資格者でも海事代理士の業務を行うことは法律上認められていますが,実際の海事代理士業務は半ば世襲化しており,既存の開業者に縁の無い人が海事代理士試験に合格しても独立開業はほぼ不可能であると言われています(保守的な業界であるため,新規の登録者に仕事を依頼する人はほとんどいないのです)。
阿部教授は「ワンストップサービスで大繁盛間違いない」などと書いていますが,このように他の専門業種は,単に弁護士の資格を取っただけではとても務まるようなものではないため,登録したてで専門的ノウハウもなく,食うに困っているような弁護士が「ワンストップサービス」など提供しようとしたところで,出来るはずがないのです。
なお,阿部教授は必ずしも権力べったりという人物ではなく,むしろ以前から反原発を主張しており,福島の原発事故で原子力工学の専門家のみならず,法律学者の間でも原発を擁護する御用学者が「原子力村」を形成していた実態を知ると審議会委員から総撤退したという反骨心あふれる人物です。
こういう人までが,法曹養成の問題では完全にズレた主張を平気で行うというのは,おそらく悪意で事実関係をねじ曲げて宣伝しているというのではなく,単に日本の法律学者という人種は,およそ社会の実態を深く調べてそれに見合った立法的提言をするという作業を苦手としているのでしょう。
以前から,日本の法律学者は外国文献の翻訳を異常に重視する傾向にあり,審議会の委員となっている学者の多くも「アメリカではこうなっている」「ヨーロッパではこうなっている」という話ばかりします。高名な学者が訳したものでも,その文献が外国の実情を正確に反映したものであるという保障は全く無く,一方で日本国内の実情にはあまり関心を示さないというのですから,日本の法律学者が社会の役に立たないと言われるのも,ある意味当然です。
阿部教授の『行政法解釈学』Ⅰ・Ⅱには,日本の裁判実務で法学者の学説があまり重んじられず,学者の書物は読むに値しないと公然と発言する裁判官もいる(Ⅰ・52頁)などといった愚痴がたくさん並べられていますが,なぜ実務で重んじられないのか自分の胸に手を当てて考えたことはないのでしょうか。
法曹人口の激増及び法学部の人気低下に伴い,法科大学院出身者を研究者として多く迎え入れてはどうかという議論は以前からあるのですが,このような取り組みが進まない主な原因の一つは,法科大学院出身者だと外国語の文献を読む能力が十分に身に付かないから研究者には一般的に不向きだと考えられていることにあります。
法科大学院制度の煽りを受けて,法律学の研究者も志望者が大きく減少しているようですが,実社会では何らの役にも立たない上に,原発推進派が「エネルギー法研究所」なる組織で好待遇を受け原発村の一部を構成しているような学界は,むしろ一度絶滅させた方が良いような気さえしてきます。
「なお,法曹人口増大のため弁護士の就職難が起きているが,弁護士は,司法書士,行政書士,税理士を併営すれば大繁盛するはずであり,心配しなければならないのは,これら他の「士業」である。」
なお,同教授のホームページ(下記リンク参照)にも似たようなことが書かれています。
http://www.ne.jp/asahi/aduma/bigdragon/active.html#lawyer too many
(他業種との関係について論じられた部分を抜粋)
「さらに、弁護士資格を駆使すれば、街弁としても、大活躍できる。弁護士がこれまでの弁護士業に留まっていては、あまり成功は望めないかもしれないが、弁護士は、税理士、弁理士、司法書士、社会保険労務士、行政書士という各種のさむらい業を兼ねることができる。それを一人で行うなら、ワンストップサービスで、大繁盛間違いない。たとえば、相続案件があれば、民法、民訴法の知識の他、相続税の関係で税理士業務、登記関係で司法書士業務を一人で行えば、これを別々のさむらいが受任するよりも、安く、かつ、迅速に処理することができる。行政法も必修になったので、行政相手の業務も簡単にできる。行政書士業務を兼ねればよい。
簡裁の代理権が司法書士に与えられたが、それは弁護士が実際上簡裁業務を行わなかったためである。急増した弁護士は簡裁業務に進出すればよい。弁護士は高そうだと敬遠されて、司法書士に行く者も、弁護士の方が有能だとなれば、当然に弁護士の門を叩く。案件は小さいが、能率良く数で稼げばよい。
これでは格落ちではないかなどと不満かもしれないが、合格者がこれほどに急増するのであるから、以前なら、司法試験に合格せずに他のさむらい業に就いていた者が、弁護士になるのであるから、他のさむらい業に就いてもともとなのである。戦後大学が濫設され、教授の地位ががた落ちしたのと同じなのである。それでも、弁護士は、さむらい業を別々に行うのではなく、一人で全部行えるのであるから、ものすごい資格なのである。他のさむらいを全て駆逐できるだけの資格である。」
たしかに,弁護士の資格を持っていれば,法律上は弁護士のみならず弁理士,税理士,司法書士,社会保険労務士,行政書士及び海事代理士の業務も行うことができ,法律上は万能のように見える資格です。
しかし,実際には阿部教授の主張するような状態には全くなっていません。色々なサイトで「人気資格ランキング」のようなものを調べて見ても,法律系では行政書士や宅建などの資格名はみられますが,「弁護士」「司法試験」などの用語は全く見られない状態がここ数年続いています。弁護士より業務範囲の明らかに狭い,司法書士や行政書士,社労士などの資格が弁護士より人気があるという実情は,阿部教授の理論からは絶対にあり得ないはずの事態でしょう。
このような阿部教授の理論に対する最も有力な反論は,言うまでもなく現在の弁護士(司法試験)は資格取得のコストが高すぎる,というものです。
現状では,司法試験を受験するには原則として法科大学院の修了が必要であり,最低でも2年ないし3年の間大学院の授業に縛り付けられる上に,学費も比較的安価な国公立大学で年間約80万円,私立だと年間100万円以上かかるところもあります。
おまけに,法科大学院の授業内容は司法試験とも実務ともあまりリンクしておらず,司法試験に合格するには別途予備校に通う必要があります。予備校の費用も馬鹿になりませんし,法科大学院の進級・卒業や司法試験の合格までに躓けば,学費や生活費の負担はさらに膨らみます。
一般に各種奨学金の類は貸金業法による総量規制の対象ともされておらず,奨学金や法科大学院向け教育ローン等の類は卒業まで(あるいは最初の司法試験合格時くらいまで)返済が猶予されているものが多く,借りる方も資金需要があれば返済できるかどうかをあまり考えずに借りてしまう傾向があるため,司法試験合格までに1000万円を超える借金を作ってしまう人も少なくありません。
そして,仮に司法試験に合格しても1年間の司法修習に通う必要があり,現在の司法修習は給料も出なくなったので,さらに1年間無給で修習に縛り付けられます。
修習地は本人の希望が通るとは限らないので,例えば大阪在住の合格者がいきなり函館で修習を受けろと言われれば,自費で函館にアパートを借りて8ヶ月間そこで生活し,さらに後期修習は埼玉県の和光市で行われるので,今度は東京に短期間のお引っ越し。交通費,宿泊費,生活費その他諸々は全て自腹。修習費用を国から借金できる制度はありますが,弁護士登録しても返せるあては全く無く,滞納すればオリコからの厳しい取り立てが待っています。最近は希望の修習地が通らないと修習そのものを辞退してしまう人が増えているようです。
行政書士や司法書士の資格を取るのに,これほどの負担はかかりません。あるいはその他の資格でも,単に資格を取るためにこれほどのお金と時間が必要であり,しかも長期間にわたって他の仕事をすることもできなくなるという酷いものはあまりないでしょう。
ただし,これらの問題は以前の記事で散々書いてきたので本稿では省略し,以下は阿部教授のいう,「弁護士が司法書士や行政書士,税理士などの業務を兼ねれば大繁盛するはずである」という主張がいかに間違っているかの説明に充てたいと思います。
○ 税理士
弁護士の資格を有する者は,税理士登録を行って税理士の業務を行うことができるほか,弁護士登録を行っている者は,所属弁護士会を通じて税理士業務を行う旨の届出をすれば,税理士登録をしなくても弁護士業務を行うことができます。
これは戦後一貫して続いている制度ですが,これによって弁護士が税理士業務に進出し,税理士がこれに押されて食べていけなくなったという社会的事実は存在しません。これにはちゃんとした理由があります。
税理士の業務は,建前上は租税に関する業務一般ですが,実際の業務及び収入源の多くは法人の税務申告業務に依存しています。相続税などは市場規模が小さいので,専門にしている税理士はそれほど多くありません。
そして,法人税の申告業務を行うには,言うまでもなく簿記・会計の知識が欠かせません。法人税法のほか各種通達などの実務的知識も不可欠であり,税理士として高額の収入を得ている人の多くは,多くの会社で経理を見ているうちに企業の実情にも詳しくなり,経営コンサルタントのような仕事もしています。
現状で税理士になっている人の多くは,税務署などに長年勤務し内部試験で資格を取得した人であり,公認会計士と税理士試験合格者がこれに続くといった状況のようですが,これらの人は税理士業務に必要な会計の知識,及び租税法特有の専門知識を大体身に付けています。
これに対し,司法試験に合格しても,税理士業務に必要な知識はほとんど身に付きません。選択科目で租税法という科目はありますが,簿記・会計に関係する部分は出題範囲から外されており,司法試験絡みでは会計の勉強をする機会も特に無いので,全く役に立ちません。ごく稀に,弁護士の資格を持って多数の法人税務を行っている人がいますが,そういう人は名義貸しの疑いを掛けられて国税庁の調査が入ることがあります。
○ 弁理士
弁護士の資格を有する者は,弁理士登録を行って弁理士の業務を行うことができます。ただし,これもあくまで「法律上許されている」というだけであって,実際にはそう上手くは行きません。
実際の弁理士は理系出身者が多く,理系の専門知識を活かして特許に関する申請やコンサルティングなどの業務を行っています。弁理士の試験科目にも選択科目として理系の科目が並んでいます。一応,文系出身者でも選択科目として民法や行政法などを選択し,弁理士試験を受験すること自体は可能ですが,こうした「文系弁理士」は試験に合格しても,弁理士としての就職先はほとんどないと言われています。
司法試験では「知的財産法」という選択科目が用意されていますが,これには特許業務に必要な技術的知識は出題されませんので,知的財産法選択者でも弁理士として活躍できるわけではありません。知的財産法関連でも,意匠や商標などあまり技術的知識を要しない分野はありますが,その代わりさしたる専門性はなく,選択科目に知的財産法がなかった旧試験合格者でも十分に対応できています。
最近は,自分の肩書きに少しでも箔を付けたいのか,弁護士でありながら弁理士登録をする人が散見されますが,理系の専門知識もないのに一人前の弁理士として活躍できるはずもなく,大半は肩書きだけで終わっているとみてよいでしょう。
○ 司法書士
司法書士法には弁護士資格との関連性について明文の規定はありませんが,司法書士の業務は法律事務そのものであり,判例上弁護士であればすべての司法書士業務を行うことが認められると解されています。
司法書士の独占業務とされてきたのは登記業務ですが,特に不動産の登記手続きはとても複雑であり,登記の専門知識がなければ事実上できません。司法書士試験では不動産登記法が重点的に出題されますが,司法試験で登記関係の出題は出題されず,一般的に登記関係の専門知識では,弁護士は司法書士の足許にも及びません。弁護士で不動産の登記業務に手を付ける人も一応いるようですが,司法書士業界を脅かすほどの力にはなっていません。
なお,司法書士の多くは認定司法書士として簡裁代理権も取得していますが,これは弁護士の分野に司法書士が進出してきたということであり,弁護士の方から進出できる分野があるわけではありません。弁護士の方は法科大学院という足枷によって人気が低下し質も下がる一方であるため,実態はむしろ「弁護士は高そうだと敬遠されて、司法書士に行く者も、司法書士の方が有能だとなれば、当然に司法書士の門を叩く」に近づきつつあります。
なお,日司連では司法書士の名称を「司法士」に改称して,家裁や執行関係の代理権も与えるなど,その権限をさらに強化することを法務省に働きかけているそうです。これが実現すれば,そのうち「司法士」の方が弁護士を駆逐し,法律は弁護士ではなく司法士の独占分野だと言われるようになるのかも知れません。
○ 行政書士
行政書士の試験科目は司法試験と被っていますが,行政書士は試験科目と実務との乖離が著しいことで有名です。行政書士試験に合格しても,何ら行政書士としての実務の役には立たず,実際に収入を得ている行政書士の多くは,建築関係や風俗関係,外国人関係などの専門分野に特化して,コンサルタントとしての役割を果たしています。なお,行政書士の6割は収入ゼロという記事もどこかで見たことがあります。
新司法試験では行政法が必須科目となっていますが,だからといって新司法試験合格者が行政書士の業務に就き,従来の行政書士を駆逐できるかと言われれば,答えは完全にノーです。理由はこれ以上説明するまでもないでしょう。
○ 社会保険労務士
社会保険労務士の主な仕事は,労働・社会保険分野における手続き業務であり,関連する法律の専門的知識が必要です。労働法という選択科目は旧司法試験時代からあります(平成12年から廃止され,新司法試験で復活)が,訴訟業務を念頭に置いた司法試験の労働法と,行政手続きを念頭に置いた社会保険労務士試験とは内容が全く異なります。弁護士の資格をもって社会保険労務士の仕事をすること自体は法律上認められていますが,実際にそれをやっている人はほとんどいません。
○ 海事代理士
海事代理士は「海の行政書士」とも呼ばれ,海事に関する行政手続きを代理する専門家です。一応,弁護士有資格者でも海事代理士の業務を行うことは法律上認められていますが,実際の海事代理士業務は半ば世襲化しており,既存の開業者に縁の無い人が海事代理士試験に合格しても独立開業はほぼ不可能であると言われています(保守的な業界であるため,新規の登録者に仕事を依頼する人はほとんどいないのです)。
阿部教授は「ワンストップサービスで大繁盛間違いない」などと書いていますが,このように他の専門業種は,単に弁護士の資格を取っただけではとても務まるようなものではないため,登録したてで専門的ノウハウもなく,食うに困っているような弁護士が「ワンストップサービス」など提供しようとしたところで,出来るはずがないのです。
なお,阿部教授は必ずしも権力べったりという人物ではなく,むしろ以前から反原発を主張しており,福島の原発事故で原子力工学の専門家のみならず,法律学者の間でも原発を擁護する御用学者が「原子力村」を形成していた実態を知ると審議会委員から総撤退したという反骨心あふれる人物です。
こういう人までが,法曹養成の問題では完全にズレた主張を平気で行うというのは,おそらく悪意で事実関係をねじ曲げて宣伝しているというのではなく,単に日本の法律学者という人種は,およそ社会の実態を深く調べてそれに見合った立法的提言をするという作業を苦手としているのでしょう。
以前から,日本の法律学者は外国文献の翻訳を異常に重視する傾向にあり,審議会の委員となっている学者の多くも「アメリカではこうなっている」「ヨーロッパではこうなっている」という話ばかりします。高名な学者が訳したものでも,その文献が外国の実情を正確に反映したものであるという保障は全く無く,一方で日本国内の実情にはあまり関心を示さないというのですから,日本の法律学者が社会の役に立たないと言われるのも,ある意味当然です。
阿部教授の『行政法解釈学』Ⅰ・Ⅱには,日本の裁判実務で法学者の学説があまり重んじられず,学者の書物は読むに値しないと公然と発言する裁判官もいる(Ⅰ・52頁)などといった愚痴がたくさん並べられていますが,なぜ実務で重んじられないのか自分の胸に手を当てて考えたことはないのでしょうか。
法曹人口の激増及び法学部の人気低下に伴い,法科大学院出身者を研究者として多く迎え入れてはどうかという議論は以前からあるのですが,このような取り組みが進まない主な原因の一つは,法科大学院出身者だと外国語の文献を読む能力が十分に身に付かないから研究者には一般的に不向きだと考えられていることにあります。
法科大学院制度の煽りを受けて,法律学の研究者も志望者が大きく減少しているようですが,実社会では何らの役にも立たない上に,原発推進派が「エネルギー法研究所」なる組織で好待遇を受け原発村の一部を構成しているような学界は,むしろ一度絶滅させた方が良いような気さえしてきます。
いから新司法試験で回数制限して優秀な人材に
絞りこまているはずが、合格者増えたらレベル
低い人も受かるからと抗弁は、ロースクールの
制度でだめな弁護士が増えていることを認めて
いるわけですよね。
特に以下の表現は、法曹増員論への痛烈な皮肉であることを裏付けていると思いますよ。
↓
「これでは格落ちではないかなどと不満かもしれないが、合格者がこれほどに急増するのであるから、以前なら、司法試験に合格せずに他のさむらい業に就いていた者が、弁護士になるのであるから、他のさむらい業に就いてもともとなのである。戦後大学が濫設され、教授の地位ががた落ちしたのと同じなのである。」
釈迦に説法でしょうが、アメリカやヨーロッパには司法書士に当たる職域は英国のソリシターくらいしかありませんし、社労士や行政書士は類似の資格はありません。欧州では公証人の数が多かったりしますが、全般的に日本程法律関連の職域が特化されていない点に留意すべきだったのだと思います。
それを、単純に弁護士登録者の数で比較したのは、いかにも不味かった。というか、当時気づく人はいなかったのでしょうか。
MSN Japan @MSNJapan
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