黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

「被告人の意に反する弁護活動」の是非

2005-12-03 18:17:29 | 司法(平成17年)
 被告人が無罪を主張しているのに,弁護人が有罪を前提とした弁論をしたという件の最高裁判決が,最高裁のHPで公表されました。

 事案としては,逮捕監禁・殺人・死体遺棄事件について,最初は殺意だけを否認していたが,第6回公判から被告人がほぼ全面的な否認に転じたというもの。
 問題となる弁護人の弁論要旨が判決文で引用されており,ここではその一部を引用する。

 。「(被告人の全面否認について)被告人は,殺人と死体遺棄について,捜査段階において,Aが被害者の頸部に巻いたロープの一端を被告人が力一杯引っ張ったこと,Aに言われて遺体をBと2人でがけ下に落としたことを認める供述をしている。この供述の任意性については,明らかに問題がない。供述内容も,生々しく,かつ,具体的,詳細に供述されており,不自然と思われる事実もなく,十分信用できる。公判においても,被告人は,殺意は否認し,殺害の前に「殺害を薄々察知していた。」旨の検察官の冒頭陳述に強く反発したが,ロープを引っ張った行為自体は否認せず,自らの殺害行為加担について,検察官や裁判長に対して,他に方法があったら教えてもらいたいとまで供述している。そこで,弁護人は,殺人及び死体遺棄について,被告人がAにだまされ,ら致の意思で殺害現場まで行ったもので,ロープを引っ張る直前まで殺意はなく,かつ,殺害行為はけん銃を所持しているAに強要されたものであることを強調し,被告人が償いとして犯行全部をありのまま詳述し,自ら供述の場所で遺体発見を切望している事実の強調を弁護方針とした。しかし,被告人は,第6回公判期日において,突然,殺人と死体遺棄を全面否認し,第7回公判期日の被告人質問において,その旨供述した。立場上詳述は避けるが,被告人がBをかばって自らなしていない殺害行為等を認めていたとの被告人の供述には明らかに無理がある。多弁な被告人に,無実を訴える言葉の一つもなかった。殺人,死体遺棄の重大犯罪であるから,弁護人としては,一般的には被告人に同調して全面否認の弁護をすべきである。しかし,公判の最終段階で初めて否認した本件の場合,被告人に同調して上記力説すべき弁護方針を主張せず,撤回することは,弁護人の任務放棄であると思われる。ところで,被告人は,上記最終段階の公判において,殺害現場においてAがけん銃を1発発砲したとの捜査段階からの供述を否定し,発砲したのはBであるかのような供述をしている。B自身は,ロープでの首絞めを多少手伝ったと述べているだけであるが,他方で,犯行後,ノイローゼとなり,警察署に出頭するなどし,公判でも被害者の妻に土下座して謝罪をするなどしており,その落差が不自然であった。Bが発砲者なら,Bの言動は殺人者の苦悩として十分理解でき,不自然なことはない。Aから殺人行為に加担するように陥れられたうらみがある被告人が,Aに不満のあったBに持ちかけて,捜査段階では発砲者をAとする虚偽の供述をはかったものと思われる。被告人の第7回公判期日における供述を十分ご検討願いたい。」

 このような弁論をしたことについて,裁判所の判断としては「被告人の防御権や弁護人選任権が侵害されたとはいえない」という理由で上告が棄却されたわけですが,たしかに被告人の主張に沿って全面否認をするとそれまでの主張立証の積み上げが無駄になってしまい被告人に不利益な判決になる可能性が高く,弁護人が上記のような弁論をしたくなる気持ちは分からなくもないのですが,さすがに適切とはいえないでしょう。
 最高裁の判旨も,訴訟手続きの法令違反として裁判をやり直す必要性まではないと判断したものに過ぎず,弁護人の弁護活動が違法ではないと述べたものではありませんから(むしろ,補足意見では弁護人の誠実義務に違反すると書かれている),この弁護士が弁護士会で何らかの懲戒処分を受ける(もしくは既に受けた)可能性は高いと思われます。
(そういえば,最近日弁連の会誌で,似たような理由による戒告処分の記事を読みましたが,あるいはこの事件の弁護人に対する処分かもしれません。)

 ただ,上記のような弁論は違法としても,全面否認を基調とする弁論に,殺意がないことを根拠付ける詳細な主張を織り込むことはかなり困難であり,被告人に従うなら従来の弁護方針を放棄せざるを得ない状況にあったことは確かです。
 正直言って,刑事事件の弁護人というのは,もともと報酬が安い上に,場合によっては自分の良心を殺してどうしようもない主張を展開しなければいけないという,ある意味ものすごく嫌な仕事です。黒猫の場合,簡単なオーバーステイの国選弁護人などは,公益活動の一環と割り切って時々受けることがありますが,私選の刑事事件なんてとても受ける気になれません(ちなみに,修習生時代は刑事弁護をするのが嫌だという理由で,弁護士ではなく裁判官を志望していましたが,病気などいろいろなことがあって,結局弁護士に落ち着いています)。
 ときどき,刑事弁護事件について熱心に取り組んでいる先生方もおられますが,検察官の立場ならともかく,弁護人の立場でよくあんな事件に熱心になれるものだな,と感心してしまいます。

↓取り上げた最高裁判決へのリンクです。
http://courtdomino2.courts.go.jp/judge.nsf/dc6df38c7aabdcb149256a6a00167303/796461de45c725c9492570ca00256e92?OpenDocument

3 コメント

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はじめまして (y_okamura)
2005-12-03 19:48:25
こんにちは

y_okamuraです。

黒猫先生のブログを初めて拝読させて頂いております。

ところで,先生は,おそらく19インチくらいのワイドディスプレイをお使いなのでしょうか。

私の14インチでは,あっちこっちとカーソルを移動させるのが大変で,先生の文意を理解する以上に,カーソル移動に手間取っております。



他意はありません。

私自身,17インチワイドディスプレイで作成した画面を,事務所の14インチでは見づらいぞと思って,画面デザインをやり直した経験があるので,ちょっと出しゃばりをしただけです。



ちなみにモトケン先生のページも,何故かネットスケープでは正しく表示されるのに,インターネットエクスプローラーでは読みにくい画面でしたので,ご意見申し上げたという,単なる与太話の流れとして,軽く受け止めってやって下さい。

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老眼 (y_okamura)
2005-12-03 20:03:17
文字を最小サイズにすれば,全画面が表示されるということに気がつきました。

なにしろ,寄る年波にはあらがえず,文字サイズを最大にして,ようやく読み取れるという暮らしが長いので,失礼なコメントをば致しました。

あいすみません。

老兵は,もはや消え去るのみですな。

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ディスプレイの表示 (黒猫)
2005-12-05 18:32:26
 y okamuraさん,コメントありがとうございます。

 本来は,どのようなディスプレイでも読みやすい画面にするべきなのでしょうが,私自身その方面の技術はあまりなく,ただ適当に画面デザインを選んで記事を書いているだけです。

 こういう画面だと読みやすい,というようなご意見などありましたら,遠慮なくご教示くださいませ。
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