黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

『僕は依頼者が少ない』 第1話(1)

2013-03-23 11:19:33 | パロディ小説『僕は依頼者が少ない』
 タイトル名から見る人が見れば分かると思いますが,今回の「近未来の法曹界」は,『僕は友達が少ない』(平坂読,MF文庫J)のパロディ小説です。一応原作を知らない人にも楽しめるように書いたつもりですが,正直自分でも面白いのか面白くないのか,よく分からない出来になってしまいました。どちらにせよいつもの単なるジョーク記事ですので,適当に読み流して下さい。
※ 3月27日 続きを書くことにしたため,『近未来の法曹界』からカテゴリーを独立させました。


 それは,弁護士会館の5階を通りかかったときだった。
「あはは,だから違うって言っているだろう,あの先生って・・・・・・」
 会館のロビーで,スーツ姿の若い女性がソファーに腰掛け,楽しそうに談笑していた。
 女性の美しい黒髪は,窓から差し込む夕陽に照らされて藍色がかっており,端整な顔はかすかに赤みを帯びていた。身体にフィットしたスーツからは,スタイルの良さも相当なものであることが窺える。そして襟元に輝く鮮やかな金バッジ。
 いわゆる一つの美人女性弁護士さんだが,僕はその顔に見覚えがあった。

「三日月さん・・・・・・?」

 三日月さんは,僕と同じクラスだった司法修習生で,実務修習地も同じだった人だ。司法修習のクラスは人数も多かったので最後まで顔と名前が一致しない人も多かったが,彼女のことは印象に残っている。
 容姿端麗で,教官の難しい質問にも的確に答える才女だが,いつも全身から不機嫌オーラを発していて,非常に近寄り難い雰囲気があった。僕が修習を終え,弁護士登録の手続きを終えてここにいる以上,彼女も弁護士になったのだろう。司法試験の成績が下位ぎりぎりで,100通以上の履歴書を送っても面接さえしてもらえず,やむを得ず暫定的に自宅を事務所にして弁護士登録した僕なんかとは違って,容姿端麗で成績優秀な彼女は,きっと有名な企業法務の事務所あたりに採用されたのだろう。
 ただ,そのような劣等感以上に僕を戸惑わせたのは,彼女の表情だった。司法修習時代に僕が見た三日月さんは,非常に整った顔立ちを不機嫌な表情と態度で台無しにしているのが普通だったが,今の彼女は本当に楽しそうに笑いながら話していて,その,何というか・・・・・・めちゃくちゃ可愛かった。
 と,ここで僕は奇妙なことに気付く。
 女性がソファーに座って一人で楽しそうに喋っている(ロビーには他に誰もいなかった)とすれば,携帯電話で誰かと話していると考えるのが普通だが,三日月さん,いや弁護士になったからには三日月先生と呼ぶべきかもしれないが,彼女は携帯もスマホも持っておらず,明らかに手ぶらである。つまり三日月さんは,夕暮れ時の弁護士会館ロビーで一人,見えざるモノと楽しそうに語っていたことになる。
 僕は,こんなシチュエーションに心当たりがあった。さっきまで,暇つぶしに読んでいたライトノベルの導入部分がちょうどこんな感じだったのだ。そのライトノベルでは,一人で幽霊と語るヒロインの姿を見て,偶然にヒロインの秘密を知ってしまった主人公が,半ば巻き込まれるような形で幽霊とか怪物とかといった「この世ならざる存在」との戦いに身を投じることになり,美少女と一緒に様々な窮地を乗り越えたり,戦いを通して恋に落ちたりする。いわゆるファンタジー物の定番だ。
 もちろん,現実にはそんなことが生じるはずもないのだが,さっきまで読んでいたライトノベルの高揚感がまだ残っていたのか,あるいは現実の弁護士生活があまりにも辛くみじめなスタートになってしまったので,何となく超常的な展開を心のどこかで望んでいたのかも知れない。
 ひょっとして,彼女は一般的な人類には認識することの出来ない,何か超常的な存在と会話しているのではないか。偶然その場面を目撃してしまった僕は,それがきっかけで波瀾万丈の戦いに身を投じることになり,それがきっかけで三日月さんと,こ,恋に落ちてしまうのではないか・・・・・・。一瞬だがそんなことを考えてしまった。もっとも頭の中では,以前読んだ別のライトノベルにある「もう一つの可能性」にも思い至ったのだが,「あの」三日月さんに限ってそんなことはあり得ないと思い,その考えは一瞬で放棄した。
 そんな空想にとらわれながら,こちらには全く気付かない様子の三日月さんを暫し観察していたところ,
「そういえば,あのときイリちゃんが言って・・・・・・」
 偶然こちらを振り返った三日月さんと目が合った。
 彼女は一瞬キョトンとした顔をした後,すぐにいつもの不機嫌オーラを全開にして,厳しい表情で僕を睨み付けてきた。その顔は夕陽以上に真っ赤である。
 超気まずい。
 本来なら,何も見なかった振りをして,そのままエレベーターに乗って帰ってしまいたいところだったが,あいにく僕はロビーに荷物を置きっぱなしにしていて,しかもその荷物は三日月さんが座っているソファーのすぐ隣にあるので,このまま立ち去るというわけにはいかない。そして三日月さんに近づく以上,彼女を無視するというわけにもいかない。
「三日月さん,いや,三日月先生,お久し振りです・・・・・・」
 作り笑顔を浮かべてそう挨拶してみたところ,彼女は不機嫌な表情で「なんだ」と尋ねてきた。
 どうしよう。単なる社交辞令で終わらせようとしていたものの,「なんだ」と聞かれた以上は何か尋ねなければいけないような気がする。一体何を聞けばいいんだろう。しかも彼女は明らかに敵意剥き出しの状態である。もう少し冷静な状態なら,「三日月さんも弁護士登録したばかりなの?」とかもう少し無難な質問を思い付いたと思うが,三日月さんの態度に動揺していた僕は,よりによって一番あり得ない質問をしてしまった。
「三日月さんって,ひ,ひょっとして幽霊とか見えたりするの?」
 声を発した瞬間に早くも後悔した。明らかにライトノベルの読み過ぎである。こんなことだからどこの法律事務所にも就職できず,いわゆる「宅弁」から弁護士生活がスタートすることになったり,この歳になっても彼女が出来なかったりするのだ。
 三日月さんは,「はあ?」と小馬鹿にしたような顔を浮かべ,こう言い放った。
「幽霊なんかいるわけないだろう」
 ですよねー。
 一瞬納得しかけたが,それでは彼女の行動が論理的に説明できない。それに僕としては,このような非常識な質問をしてしまった理由を説明する必要があった。
「いや,でもさっきまで誰かと話して・・・・・・」
 僕が当然の指摘をすると,三日月さんの顔が一気に赤くなる。一瞬のことであり状況的に到底不可能ではあったが,もし可能であれば思わず写メに撮りたくなるほど,そのときの彼女の顔は可愛かった。
「やはり見ていたのか・・・・・・」
 か弱く言葉を発し,僕の顔を憎々しげに見つめた彼女だったが,やがて開き直ったような態度で堂々と宣言した。

「私は依頼者と話をしていただけだ。エア依頼者と!

「・・・・・・エア依頼者?」
 たっぷり30秒ほど硬直した僕がようやく聞き返すと,彼女は不機嫌そうな顔のまま頷いた。
 これで,僕の聞き間違いでないことだけは判明したが,肝心の言葉の意味が分からない。エア依頼者,英語に訳すとエア=クライアント。僕が知らないだけで,もしかして英米法にはそういう未知の概念があるのだろうか。そう考えてしまった僕が,次に発すべき言葉は一つしかなかった。
「エア依頼者って何?」
「・・・・・・言葉どおりの存在だ。エアギターというのがあるだろう。その依頼者版だ」
 彼女の言葉を合理的に斟酌してある結論に思い至り,いや彼女がそんなことするはずないと逡巡しつつ,僕はようやく次の言葉を発することができた。
「つまり,君はその場に依頼者がいると仮定して,一人で喋っていたの?」
「仮定じゃない! イリちゃんは本当にいる! ほらここに!」
 三日月さんがムキになって反論するが,もちろん僕にはイリちゃんとやらの姿は見えない。
「イリちゃんとお喋りしていると,楽しくていつも時間が経つのを忘れてしまう。依頼者とは本当にいいものだな」
 真顔でそう話し続ける三日月さんだが,その顔はちょっと赤い。
「さっきもイリちゃんと一緒に渋谷へショッピングに行ったとき数人の男に集団でナンパされたんだがその中にイケメンの先輩弁護士がいたという設定で大いに盛り上がっていたところだ」
「設定! いま『設定』って言ったよね!」
「言ってない。あれは本当にあったことだ」
「どこまでが?」
「『先輩弁護士がいた』」
「それはほぼ100%捏造だよね! せめて,『渋谷へショッピングに行った』くらいは事実かと思っていたのに・・・・・・」
「一人で買い物なんか行って何が楽しいんだ?」
「いま『一人』って認めたよね」
「空耳だ。イリちゃんはとても可愛くて,ショッピングなんかに行ったら絶対に変な男が寄ってくるから,仕方なく脳内ショッピングモールで我慢しているだけだ」
 エア依頼者に脳内ショッピングモール,だと・・・・・・?
 僕は頭を抱えた。駄目だ,この人何とかしないと・・・・・・。
「何だ,その態度は」
 ムッとする三日月さんに僕はたじろぎつつ,
「・・・・・・依頼者とお喋りがしたいならリアルで探せばいいんじゃない? ・・・・・・その,エア依頼者とかじゃなくて,リアルの依頼者を・・・・・・」
 依頼者と一緒に渋谷へショッピングを楽しむ弁護士がいるかという問題はさて置いて,僕としては割と核心的な指摘をしたつもりだったのだが,三日月さんは僕の言葉を鼻で笑った。

「ふん。それができたら苦労はしない!

 ですよねー。
 ごもっとも過ぎて,僕には返す言葉もなかった。

(続く)


7 コメント

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Unknown (Unknown)
2013-03-23 12:19:56
面白い!ひさびさのオタク系記事ですね。ずっとこんな記事を待っていました。是非続きを買いてください!
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Unknown (Unknown)
2013-03-24 00:00:42
これはいいですね。
今後もラノベ風法曹界・ロー業界小説を期待します。
できれば三日月さんを再登場させて下さい。
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Unknown (Marika)
2013-03-24 11:07:24
なんだか黒猫様の新しい一面を見たような♪
面白いのか面白くないのかよく分からないところが面白いです。
三日月さんのキャラが良いですね。
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Unknown (Unknown)
2013-03-25 11:29:52
続編希望です
あのエリート三日月さんがなぜこんなことになってしまったのか?
予想外の経緯と衝撃の結末でぜひよろしく!
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Unknown (Unknown)
2013-03-26 09:14:10
これはもう三日月さんシリーズを出すしかないですね
しかし、俺を含めて、
「気が強くてちょっと性格おかしい美人弁護士」
的なキャラが大好きな野郎共がけっこういるとw
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Unknown (Unknown)
2013-03-26 10:30:07
原作の内容は知らないのですが、面白かったので続きを書いて欲しいですね。
有能で美人な三日月さんが依頼者を獲得できないのはどうしてなのか気になります。
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Unknown (Unknown)
2013-03-27 18:04:19
私もそこが気になりますね。
容姿端麗で若くて才女という、人類中最強の属性を備えた三日月さんが、
なぜ、エア依頼者イリちゃんとの会話に没頭してしまう事態になったのか。
これが物語のキーポイントに?
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