黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

控訴しないのは「アホウ」だからとは限らないんですが・・・。

2006-12-13 18:38:52 | 弁護士業務
 ボツネタ経由。

http://www.nakashimalaw.com/essay/miyamoto/index.html

 このエッセイによると,ある民事裁判でエッセイの筆者が法律的に間違った主張をしたところ,これに対し相手方の弁護士が反論せず,裁判官もその主張をそのまま認める判決を出してしまい,その判決が控訴されず確定してしまったそうで,筆者はこれを司法試験合格者の大幅増員に伴う法曹の質の低下が原因だと結論づけているのですが・・・。

 このエッセイでは,具体的にどんな間違いだったのかは明らかにされておらず,ただ「法律家なら、ちょっと調べてみれば、誰にでもわかるような法律の適用関係に関する間違い」と説明されているのですが,筆者本人が最初は間違えていたくらいですから,少なくとも「法律家でも調べなければ分からない可能性のある」間違いだったのでしょう。
 この事件で相手方が控訴しなかったのは,もちろん相手方の弁護士が間違いに気付かなかった可能性もありますが,仮に判決の前後あたりで間違いに気付いたとしても,民事事件で控訴するのって,そう簡単にできるものじゃないんですよ。
 民事事件で控訴するといっても,弁護士の独断で出来るわけではなく,控訴するよう依頼者を説得し,しかも控訴審分の弁護士費用ももらわなければならない(むろん,着手金はいらないから控訴しましょうと勧めてはいけないなどという法律はないが,弁護士業も一種の商売なので,安易にただ働きをしていたら事務所が潰れてしまう)ので,弁護士の側から控訴を勧めるのは,よほど自信がない限りためらわれるものです。
 一方,依頼者サイドから見れば,中には「判決には絶対納得できないから控訴する」というような性格の人もいますが,たとえ判決理由の内容にかなり問題があったとしても,一審判決で負けたというだけでかなり精神的にショックを受けてしまって,弱気になってしまう人が結構います。
 黒猫が実際に取り扱ったある事件では,裁判官から和解勧告が出されたときに,依頼者に対し「裁判官の態度からすると,おそらく和解案を蹴ったら一審判決ではこちらが敗訴するだろうから,和解案を蹴るのであれば実質的には控訴審での勝負だと考えて下さいね」と説明し,それでも依頼者が和解案を蹴ると決断したので,判決が出たら直ちに控訴するつもりで準備していました。
 ところが,いざ当方敗訴の一審判決が出てみると,依頼者が突然弱気になって「なぜ和解案を蹴ったのか」などと夫婦喧嘩が始まってしまい,結局相手方との交渉のため形式的には控訴したものの,実質的には一審判決を前提としたこちらの全面敗北に近い和解になってしまいました。
 この事件は,あまり内容を詳しく書くことはできませんが,法律的には難しいものの事情を聴けば誰でもこちらが可哀想だと思ってくれるような事案で,裁判所が間に入っての和解交渉であればある程度相手方の譲歩は勝ち取れただろうと考えられ,依頼者には一審判決で負けてそのまま白旗を揚げるのは最悪の選択だよと念を押していたのですが,それでもその最悪の結果になってしまったわけです。
 ましてや,登録まもない新人の弁護士では,たとえどんなにひどい判決であったとしても,控訴するよう依頼者を説得するのは並大抵の業ではなかっただろうと思います。
 それに,文献などで調べてみれば間違っている主張であるとしても,一審の裁判所がそのまま認めてしまっているのであれば,弁護士としてもあるいは正しいのではないかと思ってしまい,なかなか間違っていると断言するのは勇気が要りますし。

 ところで,司法試験の大幅な合格者数増が法曹の質の低下を招いているという議論についても一言。
 最近,弁護士や裁判官の勘違いなどにより,一般市民に対し誤った法律相談の回答がなされたり,明らかに誤りと思われるような判決が出されたりして,法が正しく運用されない事態が生じることが多くなっているのは確かだと思いますが,その原因を「司法試験の合格レベルの低下」だけに帰すことはできないというのが黒猫の考えです。
 法律の世界というのは,難関と言われた旧司法試験のレベルで完結しているものではなく,極めて奥が深いものであり,すべての法律問題について回答に正確を期そうとしたらきりがないくらいです。
 例を1つ挙げてみます。
 債権の消滅時効の問題で,時効完成前に債務の一部を弁済したりすると,これは民法147条3号にいう債務の「承認」にあたり,時効は中断しますが,では時効完成後に債務者がこのような行為を行った場合はどうなるか,という論点があります。
 この論点に関する最高裁の判例(最判昭和41年4月20日民集20-4-702)は,時効完成後に債務を承認する行為があった場合は,相手方も債務者はもはや時効を援用しないとの期待を抱くから,信義則に照らし,その債務について時効を援用することは許されないとしています。内田教授の教科書には,この判決が出る前の経緯についても書かれていますが,結論としてはこの最高裁判例でお終いになっています。司法試験でこの論点が出題された場合,おそらくこの最高裁判例に沿った論述ができれば十分合格レベルに達するでしょう。
 しかし,実務でもそれで100%通用するかというと,必ずしもそうではありません。金融業者の中には,この最高裁判例を熟知し(というより悪用し),既に時効が完成している債権について,そうとは知らない一般人の債務者に対し,「5千円でもいいから払ってくれれば残額の支払いは待ってあげるから」などと言って少額の金銭を支払わせ,それをもって時効利益の放棄があったと主張する業者がいます。
 それで,このような問題に直面したクレサラ関係の弁護士が,上記最高裁判例は債務者が商人であった事案であることに着目し,債務者が法律を知らない一般消費者である場合には上記最高裁判例は当てはまらないから,消費者が貸金業者に一部弁済してしまった場合でも時効の利益を放棄することは信義則に反しないなどと主張したところ,これを容れて債務者が債務の承認らしき行為を行った場合でも時効の援用を認めた下級審の裁判例が複数存在します。
 黒猫自身,時効完成後に業者に一部の金額を支払ってしまったという相談を受けたときに,上記最高裁の判例を引いて時効の援用はできないと回答してしまったことがあり,そのかなり後でクレサラ関係の専門書を読んで初めて上記のような下級審裁判例の存在を知り,愕然としたことがあります。
 こんなことを書くと,黒猫はなんて馬鹿な弁護士かと思う人もいるかもしれませんが,実際には司法試験レベルの論点をしっかり覚えているだけまだましな方ではないかと思います。同期の修習生では,修習期間中に早くも司法試験の知識をどんどん忘れていってしまう人が多く,二回試験で民法の基本論点(黒猫のときは民法185条の「相続は新権原にあたるか」という論点が,民事裁判と民事弁護の両方で出題されました)が出題されると,これに苦戦している人が意外なほど多かったように記憶しています。
 要するに,超難関とされた旧来の司法試験でさえも,それだけで法曹の質を確保するには不十分なものであり,弁護士に対する現代の多様な需要に応えうる「質」を確保するためには,やはり専門認定制度を導入するしかないと思うのです。
 弁護士の専門認定制度は,黒猫が知っているだけでもアメリカのほかフランスにもあり,一般市民にとっても弁護士の専門分野が分かりやすくなるというメリットがあり,弁護士の側にも自分の専門分野を分かりやすくアピールできるというメリットがあり,今後法曹の質を確保するためには絶対必要な制度だと思うのですが,なぜ日本では導入論議があまり進まないのか不思議でなりません。

7 コメント

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Unknown (PINE)
2006-12-13 20:28:53
一番最初に間違えて間違い判決出現の原因を作ったのは、他でもない、このエッセイの筆者なんですがね。
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Unknown (Unknown)
2006-12-14 02:10:39
そうそう。それなのになんでこの筆者はこんなにえらそうなこと書いてるんだろうって思っちゃった。
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Unknown (Unknown)
2006-12-14 11:22:34
問題なのは、控訴よりも、訴訟進行中、ミスに対して相手方、裁判官の指摘がなかったことでは・・・
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Unknown (Unknown)
2006-12-14 20:27:20
このエッセイの筆者が「間違え」た、なんてことはどこにも書かれていませんがね。
無茶な主張だと思いつつ言ってみたら勝っちゃってびっくり、ということだったのだろうと私は思いますが。
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Unknown (Unknown)
2006-12-15 00:36:36
私は、法律的に間違った主張をした。念のため、事実関係で嘘をついたわけではない。

とありますが、法律上の主張で間違ったという
のがいろいろ考えられるので、これだけだとな
んとも言えませんね。紛争の内容によっては大
して影響ないものだった可能性もありますし。
そりゃ法律的におかしいというのもあるでしょ
うけど、当事者からしてみたら救済されるか否
かが重要でしょうし。
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Unknown (Unknown)
2006-12-15 00:42:46
専門認定制度については、医者のように分業が
大病院でシステマティックに行われているとい
った事情が無いため、専門を認定する側も何を
基準に認定するのか、認定される側も何で評価
されるのかが不明確で、議論しようにも互いの
利害に直結するので議論が進まない。
といったところではないでしょうか。個人的に
は専門認定もいいんですけど、それがあるから
その専門の先生に話を聞いてもらうかどうかは
別問題の気がします。専門認定を受けた弁護士
しか特定事件について扱えないとなると、か
えってクライアントの選択肢を狭める気がしま
す。
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Unknown (Unknown)
2006-12-15 22:44:09
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