黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

はじめから無い「需要」を掘り起こす努力・・・

2011-07-01 22:27:00 | 法曹養成関係(H25.1まで)
 現在,日本の社会全体から見れば隅っこの議論かもしれませんが,法曹関係者にとっては今後の命運を左右することになる重要な会議が,政府(主に法務省)で進められています。
 事情通の方にとってはもはや言うまでもない「法曹の養成に関するフォーラム」のことですが,その第2回会議に関する資料を読むと,どうしても一言言わずにはいられないものを感じましたので,今回の記事でコメントすることにします。

 そもそも,司法制度改革審議会で,司法試験の年間合格者数を3,000人程度にまで拡大するなどという目標が示されたのは,企業内弁護士や自治体勤務の弁護士なども含め,日本国内に相当数の弁護士需要が拡大することを見込んでいたものです。
 そして,年間3,000人という数字の具体的根拠は,欧米諸国の中でも弁護士の数が少ないフランスの弁護士数を基準に,最低でもフランス並みにしようというものしかなかったのですが,そのフランスの弁護士制度でさえ,主に法廷の仕事をする弁護士の資格と,法廷外の仕事をする「法律顧問」という資格が合体されて出来たものであり,日本で言えば弁護士と税理士,弁理士,司法書士,行政書士,社会保険労務士あたりを全部ひっくるめたような資格です。
 そういうフランス型の「弁護士」と日本の「弁護士」の数を単純比較して,日本の「弁護士」数をフランス並みに増やそうとしたところで,大量の人材があぶれる結果になるのは眼に見えている話で,司法制度改革審議会が意見書をまとめた当時,こういう批判をする弁護士は黒猫のみならずかなりいたと思いますし,学者の中にも懸念を示す意見がありました。
 そして,実際にも新規登録弁護士から組織内弁護士になる人の数は,ここ数年間の統計を見てもせいぜい年間数十人ペースであり,急激な弁護士人口増を吸収するほどの需要の伸びは全く見られませんでした。
 これに対し,平成20年に経団連と法科大学院協会,日本弁護士連合会などが「法曹有資格者の活動領域の拡大に関する意見交換会」を行い,その取りまとめがフォーラムの資料として添付されており,そこでは問題意識として「企業内法曹有資格者の役割・機能についての理解が浸透していない」「処遇や勤務条件等についての共通認識が十分に形成されていない」といった事項が挙げられていますが,日弁連が平成21年9月に企業向けアンケートを実施したところ,これとはずいぶん違うニュアンスの結果が示されています。
 すなわち,回答を得た1,196社(基本的に上場企業など)のうち,弁護士を実際に採用していると回答したのはわずか47社。しかも「採用あり」と回答した企業でも,その3分の2の企業では採用数がわずか1名,最大でも8名にとどまっているとのことです。弁護士を採用していない企業のうち,今後弁護士を採用する予定のあると回答した企業は全体の2%程度に過ぎず,採用に消極的な理由を尋ねると,「顧問弁護士で十分」「現在の法務部等で不自由しない」「やってもらう仕事がない」など,待遇の問題以前に,採用の動機が乏しいという回答が多数を占めたそうです。

 フォーラム内部の議論でも,例えば山口委員は次のような発言をしています(議事録14~15頁)。
「つまり,法科大学院を維持するために,私学で例えば経済学部が稼いだ金がどれぐらい法科大学院に入っているかというのは,僕はそれは知りませんけれども,相当なコストがかかっていると。さらに,国家的にも相当な支援をしているとしながら,結果的に見ると,二つの意味で,どうもこの制度は意味があったんだろうかという反省が出てきていると。
 一つは,法科大学院に入って,卒業生がなかなか司法試験に受からないという,そういう問題で,それでは意味あったのかという問題が出ますし,それが仮に受かったとして,弁護士さんとかになっても,今なかなか食えないよというふうにはなってきていると。これはちょっと驚いたんですけれども,普通の二十そこそこの学生に聞いても,昔は何か合コンやるなら医者と弁護士というのがあったんですけれども,もう弁護士は完全に外れているようで,どうも余り豊かな暮らしができそうだというイメージが何かないみたいですね。
 そういう意味で,もともとそういう司法試験合格者をどんどん増やすこと自体に,数量的にどこまで増やしたらいいかというのが余りはっきりしないというか。増やしたら増やしただけの,例えば仕事づくりを国を挙げてやっていくと,例えば経済産業省が中小企業支援政策の中にそういう法律の専門家を組み込むような仕組みをつくって,先ほど中山さんが言われたみたいにですね。そうすると,どれぐらいの需要がありますとか,何かそういうのがあった上で,だからこれぐらい増やさなければいけないということであればしようがないと思うんですけれども,今の状態ですと,結果的には,どうも受かる人も少ないので入学定員減らしましょうという話になっている。それで,弁護士とかそういうのをたくさんつくっても,どうも仕事もなさそうだというときに,多額の国家予算を使い,大学の中の予算配分を動かして,法科大学院を維持していくということにどういう意味があるのかと。
 これは私,かかわっていないので,全く素人的な感覚で言うと,そういう感じがするんですよね。だけども,つくってしまったからやめるわけにいかないので,何か意味あるものにしましょうというので,みんなで頭使っているとしたら,非常にナンセンスな議論をしていることになってしまいますよね。」

 黒猫としては,この山口委員(立教大学経済学部教授)の意見は至極まっとうなものだと思いますが,これに対しあからさまな法科大学院擁護派の井上委員が何と答えているかというと・・・

「山口委員は今,合コンの話をされたのですけれども,それも非常にあやふやな話ですよね。そういう根拠があるかどうか分からない話はいっぱいあって,非常におかしな状態であると思っていまして,やはりそれぞれの疑念とか批判とかについて,本当に十分な根拠のあるものかどうか。あるいは社会的なニーズというのもどれだけあるのか。そういうところも含めて,ここである程度時間を使って確認し,きちっと議論していかないと,流されてしまうと思うのですね。」

 出ました。定番の「根拠がない」発言。
 井上委員は現職の東大ロー教授でもあるのですから,むしろ学生達の雰囲気などは身にしみて分かるべき立場にあると思うのですが,そういう問題も含めて自分達に批判的な発言が飛び出すと,とにかく「根拠がない」の一点張りで逃げることしか考えていないんですね。その一方で,井上委員は次のような発言もしています。

「現状認識としては,日弁連のほうからは,弁護士の数はもう飽和状態で,職にあぶれる状況であるというお話はあるんですけれども,弁護士さんの間で聞くと別の意見もある。それで,そこのところもきちっと確かめながら検討を進めていくべきだということをワーキングチームのまとめとしては言っていて,両論併記の形で書かれているわけです。」

 たしかに,弁護士の中にはいろんな考え方の持ち主がおり,未だに増員賛成論を唱える人もいます。ただし,そういう人は,ほぼ例外なく「食べていけない弁護士が多数出現すること」自体を容認する意見の持ち主であり,法曹を目指す人が質量ともに減少しているといった問題意識を踏まえた,弁護士業界全体の将来を深く考えた意見ではないんですね。そういう議論をする人がいることを取り上げて,日弁連のまとめた現状認識に疑問の余地があるかのような議論をするのは,それこそ「根拠がない」としか思えないのですが。
 そして,鈴木文部科学副大臣の発言(議事録17頁)。

「(法曹養成制度に関し)もともとのねらいとしては,非法学部から多くの人材を得たいと,こういうことをもくろんでいました。そのことは残念ながら今のような,結局7割ぐらいはなれると思ったのが,結果は2割とか3割なので,非法学部の人はもう,そもそもロースクールを受けなくなってきてしまったということ。
 それからもう一つ,そもそも優秀な高校生が法学部すら目指さなくなってきてしまっていると。昨日もある高校の校長先生とお話をいたしましたが,その高校においては,いわゆる有名国公私立大学法学部を目指すコースが半減してしまっていると。こういう状況があって,そもそも若い有意な人材が医学の道にも法曹の道にもバランスよく,経済の道にも行くということが社会の健全な発展にとって望ましいわけでありますが,法学部志望というもの,要するに,この分野を志望する若い人が今急激に激減をしているということが。教育というのは,人材というのは,ポテンシャル掛ける教育ですから,そもそもポテンシャルが低い人に幾らいい教育をしてもある水準にいかないわけですから,やはりポテンシャルをまず維持し,そして,もちろんその教育を充実させるということは大事です。」

 さしもの井上委員も,文部科学行政の分野で実際に大なたを振るってきたという鈴木副大臣の発言に「根拠がない」と切り返すことはできず,黙ってしまっています。その後鎌田委員と萩原委員が,弁護士の需要予測について論争めいたことをしていますが,その趣旨を思い切り要約すると,こんな感じです。

鎌田委員「例えばアメリカの企業と日本の企業が交渉すると,向こうの企業は弁護士が出てくる。あるいは国家間で役所同士で交渉をすると,向こうは弁護士資格のある人が出てくる。それに対して,こっちは,英語はできるけれどもリーガルについての素養が余りない人が交渉するので,太刀打ちできない。こういうふうなことが言われたりするわけで,そういう部分にリーガルと,それから更に別の専門領域を持ったような人材を配置したいというふうなことが,司法制度改革においては目指されたのだろうと思っているんです。」
萩原委員「実際に,国際化が避けられない趨勢としても,日本の資格のある弁護士を企業内に沢山取り込んでいくニーズが本当にあるのかということだろうと思います。企業内の法務は,何も自己完結的に,すべての企業法務や,あるいは企業防衛についての
法的な側面について,自分自身で全部やろうと,こんな無理なことを全く考えておりません。プロジェクトや法務案件ごとに,例えばベトナムで現地生産したいといえばベトナムの弁護士と一緒にチームを組んで,企業内の法務は何をやっているかというと,プロジェクトをマネージする能力さえあれば,外部の専門家と一緒になってチームを組んでやっていくというようなのが実情であります。それを,アメリカのこと,あるいはロシアや中国のことも分かっている専門家を,企業内に全部取り込むなどということは,これは夢の物語で,そんな非効率なことはやるつもりもないということです。これからも企業内で弁護士を使うことは,私は増えてくると思いますけれども,ここに過剰な期待をしていただいても,限度があるということを申し上げております。」
鎌田委員「萩原委員のおっしゃること,よく分かるんですけれども,日本の企業の法務部の中に弁護士資格を持っている人を雇用しているところは,それほど多くない。雇用していても1人とか2人というところが多いんですけれども,1人も日本人弁護士がいない企業法務部であっても,ニューヨーク州弁護士資格は随分持っているんですね。10人でも20人でも持っている。このニューヨーク州弁護士資格と日本の弁護士資格というものとの関係をどう見るかということも,やはり一つの今後の弁護士像ということを考えていく上では,重要なポイントになるのではないかなというふうな趣旨も含めて(以下略)」
荻原委員「それについて若干コメントさせていただきますと,我々はアメリカのロースクールに随分と人を送って,その半分ぐらいの人たちはニューヨークの弁護士資格を取って帰ってくるんですけれども,それはある意味で言うと,アメリカで勉強してきたあかしとして,そのぐらい取ってこなければ会社はコストを出せないではないかという,ある意味のプレッシャーもあってそうしております。それから,試験の程度が日本の司法試験に比べると,私の目から見てもかなり易しいというようなことから,資格は取ってくるんですね。
 ところが,資格を取って法務部に戻っても,ニューヨークの弁護士なんだから,この問題を扱えというほど実力があるのかというと,決してそんなことはありません。したがって,そのことと日本の弁護士資格との間には余り相関関係がないというか,そんな感じもしています。
 ただ,企業も,経団連も含めて,何も弁護士資格のある人を採用するのを拒否したり,そんなことはしていないわけです。必要な人で実力があればとります。だけど,入口はそう楽な道ではありませんよと,入口の門はかなり狭いと,役に立たない人は要りませんと,こういうことになっていることを御認識いただきたい。」

 要するに,法科大学院擁護派としては,日本の企業内に(日本の)法曹資格者が少なく,アメリカの弁護士と議論しても太刀打ちできないので,まだ潜在的需要はあるのではないか」という議論で逃げたいわけですが,そもそも日本の企業としては,「アメリカの弁護士を口で言い負かして何になる」としか思っていないわけですね。
 ときどき,学生の中に弁論部に所属している人がいたりして,そういう人は口の上手い人が就職に有利になるとか,弁護士としても有利であるなどと勘違いしたりしていますが,別にディベートの能力は実務上何の役にも立ちません。口が上手いことを自慢にしていながら,企業側の「言い負かして何になる」という極めて根本的な質問に答えられないんですね。
 実際,仮に日本の弁護士を増やしたところで,日本とはかなり制度的基盤の違うアメリカの法律問題について,現地の弁護士と議論しても勝てるとは思いませんし,例え口先の議論に勝ったところで,それによって具体的に得られる物があるかと言われると,たぶん無いでしょうね。
 また,従来の司法試験と比べてもレベルが下がりすぎて,既存の法律事務所でベテラン弁護士の補助みたいな仕事に就いても「そもそも法律に関する基本的素養に欠け,役に立たない」などと評されている最近の新人弁護士が,法務の中でもかなり高度な仕事をしている渉外企業法務の第一線に立って即戦力になるはずもなく,最近の弁護士に対する企業等の求人を見ても,ほとんどが「経験者募集」となっています。
 法曹資格があろうと無かろうと「役に立たない人は要りません」というのが,既存の弁護士も含めた「実務家」の共通認識であろうと黒猫は思いますね。

 さすがにフォーラムの議論になると,法曹需要に対する政治家や実務関係者,その他の第三者による冷めた目線が,法科大学院関係者の極めて甘い認識をぶった切ることになるのは避けられないようです。また,今まで何も考えていないのかと思っていた民主党内の政治家にも,良心の持ち主はいるようです。
 法曹関係者の一人としては,そういう冷静な意見の持ち主が今後の議論をリードし,法科大学院制度についても大なたを振るって頂くことを願うほかありません。

9 コメント

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法科大学院は潰させない (たん)
2011-07-03 14:28:07
文科省系の鈴木氏の合格後の経済的理由で学生が法科大学院を目指さないのでなく合格率が悪いから目指さないんだという理屈も物凄いものがあります。
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神頼み (南太平洋)
2011-07-07 09:27:47
>法曹関係者の一人としては,そういう冷静な意見の持ち主が今後の議論をリードし,法科大学院制度についても大なたを振るって頂くことを願うほかありません。

他人頼み。
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Unknown (Unknown)
2011-07-09 16:50:59
>ベテラン弁護士の補助みたいな仕事に就いても「そもそも法律に関する基本的素養に欠け,役に立たない」などと評されている最近の新人弁護士

それなら何故、雇っているのですか?
使えないなら首になるはずですよね・・・。
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何が問題か? (南太平洋)
2011-07-11 12:37:56
>従来の司法試験と比べてもレベルが下がりすぎて,既存の法律事務所でベテラン弁護士の補助みたいな仕事に就いても「そもそも法律に関する基本的素養に欠け,役に立たない」などと評されている最近の新人弁護士が,法務の中でもかなり高度な仕事をしている渉外企業法務の第一線に立って即戦力になるはずもなく,最近の弁護士に対する企業等の求人を見ても,ほとんどが「経験者募集」となっています。

つまり法科大学院の問題ではなく、試験そのもの合格基準が低いことが問題なのですよね。
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大本営も真っ青な奴ら (貧乏人)
2011-07-13 09:30:57
じゃあ、実際に司法修習終わりたて、否まだ司法修習にも行ってない、果ては司法試験の合格発表も見ていない人間に、ガバガバ内定通知を何十人分も送って、修習終わるや否やそいつらを大量に採用して「当事務所は渉外企業法務が専門です」などと嘯いてる事務所は、一体何をやらせてるんでしょう?

私の推理ですが、渉外企業法務とやらなんて、誰も即戦力になんかならないし、経験さえ積めば誰でもできるんじゃありませんか。心臓手術だの臓器移植だの高度な手術は、医学部出たばかりの新人医師は誰もできない(そもそも誰も頼まない)が、先輩医師について経験を積んでいくと任されるようになるように。

大戦中に医学専門学校が大量に作られ、戦後はここの卒業生が大勢社会に出て医師として活動しました。この人たちは、医専が増設されなければ決して医師になれなかったであろう人が大勢混じっているはずですが、戦後の日本で医師が低質化して医療ミスが頻発したなんて話はさっぱりない。

やはり、社会の需要と、それに基づいた実務教育や、何より新人が経験を積んでいける社会環境があったということが決定打でしょう。
それを理解しようとしない輩(例えばこの井上とやら)は、大本営の作戦参謀どもにも劣る。高級将校といったって、全員が士官学校出たてのころから何度も連隊勤務してるし、大本営勤務から前線部隊に転勤した実例はいくつもあるが、この井上とやらが自分でわざわざ事務所を開いて自ら顧客開拓の手本を示すなんて到底ありそうにないからです。
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もはや日本に安泰なものはないのでは (Unknown)
2011-07-27 03:33:38
う~ん、でも今更、数を減らしても
すでに弁護士になっている人たちの
仕事が増えるとも思えないけど・・・。
結局のところ、今の弁護士も弁護士以外に転職
する程の能力があるのは一握りでしょうね。
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Unknown (井上なにがし法律事務所)
2011-07-28 11:26:41
>この井上とやらが自分でわざわざ事務所を開いて自ら顧客開拓の手本を示すなんて到底ありそうにないからです。

大学教授としてのコネを使うのは禁止ね。

これしとかないと、やつらは大手法律事務所の顧問やアドバイザーになったりするから。
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上の上の方へ (Unknown)
2011-07-28 22:25:33
というより不安定な社会においては前例主義の
エリートは打たれ脆い存在なのでは?
日本がここまでひどくならなかったら、既存の
弁護士等もまた違っていたと思いますが・・・。
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Unknown (よっしー)
2011-12-20 08:01:48
弁護士会費が高過ぎるから法律事務所も弁護士を雇わずに事務員に高度な仕事をさせたりするんですよ。

独立しても会費分の仕事を弁護士会がくれないので、会費を払うのが大変。

高過ぎる弁護士会費こそ参入障壁であって、欧米並みに値下げするか、思い切って、強制加入を廃止したらいいじゃないですか。

弁護士自治がどうのといいますけど、弁護士資格を危うくするのは政府による懲戒権の濫用ではなく、高過ぎる弁護士会費という経済問題です。懲戒権乱用は起きないように、諸外国のように裁判所などに監督権を持たせればいい。
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