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気ままに生活してるシニアの残日録

「シャーロック・ホームズの冒険」を読む

2023年11月07日 | 読書

コナン・ドイル著の「シャーロック・ホームズの冒険」(新潮文庫)を読んだ。どういうきっかけでこの本を買ったのか覚えていない。以前、新聞か何かで当時の美智子皇后が英国の作家P・G・ウッドハウスの小説の主人公ジーヴスのファンであると言うことを知った。

皇后様はあるインタビューで「読み出すとつい夢中になるため、これまで出来るだけ遠ざけていた探偵小説も、もう安心して手許に置けます。ジーヴスも二、三冊待機しています。」とご発言なさったのを覚えている。そして、このジーヴスの日本での知名度は低いが「英ではシャーロック・ホームズと同じくらい有名な存在」と指摘されていたのを見て、先ずはホームズを先に読んで見よと思ったのかもしれない。

シャーロック・ホームズは私の年代では知らない人はいないだろう。子供の頃、良くホームズの探偵小説を読んで聞かされたか自分で読んでワクワクしたのを覚えている。テレビでも放映されていたかもしれない。大人になってからは推理小説として江戸川乱歩や松本清張、森村誠一などを読んだが、仕事が忙しくなるにつれて遠ざかっていった。

自室の本箱に積ん読になっていたのを見て、今回、思い切って読んで見ようと思って手に取った。この「シャーロック・ホームズの冒険」はホームズの初期の作品で、原文では12の短編を収録したものだが、新潮文庫では紙幅の関係で10編が納められている。

いずれの物語も、ホームズと、友人であり、医者のワトスンとのコンビで難題を解決していく展開である。テーマは殺人などの犯罪の推理だけでなく、当事者にとっての重大な問題の解決や真相解明を依頼されて調査するものもある。そして、いずれの物語もホームズの推理能力の元になっているのは依頼人や容疑者などの人を監察する目、そこから何かを読み取る豊かな想像力、それを支える豊富な知識である。ある容疑者の姿、服装、クセ、性格、生い立ちなどのあらゆる情報を観察して、必要なことを聞き出し、それに基づき一定の仮説を構築して、実際に現場で確認していく、それが素晴らしい。

さて、ホームズという男がどういう人物かは、この小説を読み進めていくと段々分かってくる。1人で暮らしていること、友人はワトスンしかいないこと、社交を好まないこと、報酬に執着していないこと、そして、クラシック音楽が好きで作曲まですることなどだ。

面白く読みました。そして、次はもっとホームズを読もうか美智子様のお好きなジーヴスでも読んで見ようか。


ゴルフの帰りに「軽井沢安東美術館」に寄る

2023年06月07日 | 美術

軽井沢でゴルフをしてから軽井沢駅近くの大賀ホールの前に最近できた「軽井沢安東美術館」に行ってみた。この美術館は投資ファンド会社の経営者安東泰志氏とご夫人が創設した日本のみならず世界でも初めての藤田嗣治の作品だけを展示する個人美術館である。入場料は一人2,300円。

安東泰志氏は長年にわたって藤田の作品を蒐集し、自宅の壁にかけて慈しんできたコレクターである。夫妻が個人的に蒐集した藤田作品が多くなり、将来夫妻が亡くたった場合にその作品の散逸を防ぐために、その作品を展示する美術館を創設したとある。もともと夫妻の自宅に飾ってあったコレクションをもとにした美術館なので、美術館のコンセプトは来場者に安東夫妻の自宅に招かれたような気持になる場所にするという考えで作られている。

展示室に入っていくと直ぐに右側にサロン・ル・ダミエがある。この部屋では藤田の来歴や展示作品の説明のビデオ10分が流れており、鑑賞を前に事前勉強が可能となっている。椅子とテーブルがあり、コーヒーの無料サービスもあるのでコーヒーを飲みながらビデオを見て予習ができるのは素晴らしい。また、室内のインテリアもフェルメールの絵を思い起こさせるような床のデザインなど大変おしゃれな感じとなっている。

その後、順路に従って展示室を見ていくと、展示室は全部で4つに分かれており、藤田の来歴に従って作品が展示されている。最初は一般的な風景画などもあるが、その後、乳白色の裸婦像、聖母子像、子供の肖像画、猫の絵などが多く展示されている。部屋ごとに壁紙の色が異なっており、まるでイギリスのナショナル・ギャラリーに来ているような錯覚に陥る。

順路の中には当館の建設の全工程を記録した映像が見れる場所があり、また、安東夫妻のご自宅に絵があった当時の様子を記録したビデオと写真の展示もあったりして参考になる。全体的にインテリアはおしゃれでセンスが良く、ご夫妻の趣味の良さがにじみ出ている。

特記すべき点としては写真撮影のことだ、説明によれば写真撮影はOKだが、一つの写真には3つ以上の展示作品が写るようにするのが条件となっていることだ。例えば、1枚の絵だけを被写体として取る写真は許可されない、ということだ。これは著作権の関係があるためだと思われるが、ありがたい対応である。思わず写真に収めたくなる素晴らしさがある美術館だからだ。

さて、藤田嗣治であるが、彼は世界で有名になった後、日本で活動したいと思って日本に一時期滞在していたが、戦時中に戦争画を書いたことについて周囲の無理解により不愉快な思いをし、フランスで生きていくことにした、そしてフランス国籍も取得して、最後は夫人と一緒にフランスの地に眠ることになる。藤田は「自分が日本を捨てたのではなく、日本が自分を捨てたのだ」と終生語っていたそうだ。近藤史人著「藤田嗣治、異邦人の生涯」を読むとその間の経緯が詳しく書かれており、藤田の思いがよくわかる。戦前、戦中には保守的なことを言っていた学者が戦後節操もなく進歩的な学者に転向したことを書いた松本清張の小説を以前紹介したが(カルネアデスの舟板)、似たような例はいたるところにあったのだろう。

鑑賞を終わって、仕事に成功して金持ちになった人の金の使い方としては有意義なものだと感じた。若くして株式上場などで巨額の金を手にした実業家がグルメやヨットなどに成金趣味のように金を使っているのに比べれば、安東氏の金の使い方は立派なものだ。もちろん、税金対策とか実利的な面もあるだろうが、芸術や伝統芸能というものは税金ではなく金持ちの支援などでやっていくべきものだと思う。身銭を切って作品を蒐集する人には審美眼が備わっていくものだ。その意味でもこの美術館創設は有意義だと思う。

ゆっくり1時間ちょっと鑑賞して美術館を後にした。観覧料は若干高いが観に行く価値は十分あると思った。


「カルネアデスの舟板」(松本清張)を読む

2023年02月28日 | 読書

ある人が教科書検定のことを知りたければこの本を読むとよくわかる、と言っていたのでKindleで買って読んだ。この本は短編集で表題の小説の他、6つの短編小説が入っている。ここでは、読書の目的であった教科書検定のことについてのみ記載することにするが、それ以外の小説も面白かった。

この小説は、一人の新進気鋭の学者の物語である(ネタバレ注意)

  • 主人公の大学教授は歴史学者であり、戦前、師の老教授に習い保守的な考えを持っていた
  • ところが戦後、保守的な学者は追放され進歩的な唯物史観、階級闘争史観の学者が主導権を握った
  • 主人公は巧妙に進歩派に転向し世間の注目を浴びるようになるが、転向できなかった老教授は追放された
  • やがて教科書の出筆依頼がくると進歩史観で記載した教科書は多くの学校で採択され多額な印税収入が入り、贅沢な暮らしができるようになった
  • その後、元老教授を大学に復帰するのを手伝い、その教授も転向したが、あるときから文部省が進歩派の教科書を採択しなくなった
  • 主人公は再び保守派に転向しようとしたら老教授に先に転向されそうになる、そうなっては困るので老教授を葬らなければならない、その理屈が・・・

という感じで進んでいく。

そして一番最後の、自分が生き残り、老教授を葬り去る理屈が本の題名の「カルネアデスの舟板」だ、カルデアネスとは西暦紀元前2世紀頃のギリシャの学者で、大海で船が難破した場合に一枚の板にしがみついている一人の人間を押しのけて溺死させ、自分を救うのは正しいかという問題を提起し、身を殺して他人を助けるのは正しいかもしれないが自分の命を放置して他人の命にかかずらうのは愚かであるとした、その理論である。

ここで面白いのは、そのカルネアデスの舟板の理論ではなく、大学教授が生きていくためにはいとも簡単に自説を捨て、時流に合う学説に転向することである。それも巧妙に世間や学生にわからないようにやるのだ。そして戦後、教師の組合活動が階級闘争史観に染まり活発化している時期に、そのニーズに合う階級闘争史観の歴史教科書を書いて、それが多くの学校で採択され、ベストセラーになると印税の額も巨額になる。一度この味を覚えるともう保守派には戻れない、学者の信念も主義主張もカネ次第で変わると言うところだ。

これは教科書に限らず、テレビのコメンテーターの教授たち、役所の審議会の委員に任命される先生たちでも同じかもしれないと思いたくなる。

さて、この本を読むと文部省は一時期、左に寄りすぎた歴史教科書を修正しようとして一部実現したが、その後はどうだろう、元の左翼史観に戻ったのではないだろうか。