美意識を磨く 文田聖二の『アート思考』

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これから美術教師になる方へ

2016年07月23日 12時48分26秒 | 日記
教育実習中の大学生から「現在の中学・高校での美術授業は、先生の目にはどのように映っていますか?」といった質問を受けて
「違和感を覚えています。」
と答えました。これまでの美術教育を批判的にみているというよりは、現在のような美術カリキュラムや評価基準だと学校教育として必要性を感じてもらえなくなり
「学校教育から【美術】がなくなってしまうのでは」
といった危惧をしています。
現在の美術授業では、つまるところ「個性や感性を伸ばす」といった漠然とした目的しか聞こえてきません。
義務教育では特に「美術」授業の目的は、他の教科と同じであることが自然であると考えています。
「保健・体育」の授業は、自分の体のことを知り、理解して健康を維持していくために体力をつけていくことが目的で、アスリートを育てるものではありません。「国語」の授業も日常生活や仕事をする上で必要な読み書き、文章、作文力といったものを身につけていくことが目的で、決して受験や小説家になりたいといった才能発掘の場ではないと思います。
「美術」の授業も日常生活や仕事で使っていく図式や絵を描けるようになったり、ビジュアル情報を読み解く力を身につけていくことが大切なことだと考えています。
美術作品の鑑賞や表現力、感性を磨くことは美術教育の目的の一つで、
まずは文字の読み書きと同様に
絵を描いたり色を使いこなし視覚情報として見たことや頭の中で考えたことを可視化し伝達する力、
物事の本質を観察していく力、
答えのない問題を解決していく力
は、社会で必要とされる重要な教育なのです。

「デッサンを描くことで必要な観察眼とは表面的な描写力だけではなく、対象となるものごとの構造やその周りからの影響を読み解き、理解する力である。このリサーチ力、思考力、伝達力は絵を描くことにとどまらず、様々な仕事にも必要とされる。」
そういった視点からも美術カリキュラムを考えていかないと、社会での美術教育の効果が誤解され、理解されないまま必要とされなくなり、美術教育がなくなってしまう可能性があります。

美術教育にできること
「デッサン力があるということは、絵の上手い下手の違いではなく情報を収集する力や伝達する能力、ものごとの構造を見極められることや構想している計画や企画を具体的に展開していく能力。
頭の中のイメージ(ビジョン)を絵に描き出す感覚を磨くことが、日常生活や一般的な仕事で見直されてきている。」https://twitter.com/fumitaseiji/status/752861388293353472?cn=ZmF2b3JpdGU%3D&refsrc=email

「本質を見抜くための必要最低限の基本技能(絵画技法だけではなく)は、エッジ・スペース・相互関係・光と影・形態(ゲシュタルト)の5つ。だから絵を描くことは世の中の物事を読み解く能力を磨くことに繋がっていく。」https://twitter.com/fumitaseiji/status/741404434270277632/photo/1

「アートに触れることで日常を非日常に変えるのではなく
あまりにも日常的で普通のこととして見過ごしていることに視点を向けたり、気づいたりすることで考え方や意識が変わる。
アートに触れることで五感が機能して、結果的に今までの日常が変わる。」https://twitter.com/fumitaseiji/status/746935629108248576/photo/1

美術教育にしかできないことや可能性をできるだけ沢山の方たちに理解していただくために、ツイッターでつぶやき続けています。