goo blog サービス終了のお知らせ 

四代目桶屋金之助の世界

おろかなるひとり言
胸を張れるような自慢話などはありません。
照れくさい話や恥ずかしい話ばかりです。

北川とみ 『忘れたいのに』

2020-06-03 10:51:52 | あの頃の名古屋フォーク界
【あの頃の名古屋フォーク界その四】

北川とみさんも八事裏山フォークオーケストラと同じく、
全国フォーク音楽祭中部地区大会にグループとして出場されたかと記憶している。
この『忘れたいのに』
作詞・作曲はやはり名古屋の高木麻早さん。自身も歌っている。

この『忘れたいのに』が収録されたLPレコードを持っていた。
クレジットを見るとバックバンドが圭三バンドと記されている。
これにはちょっとビックリしたね。

チェリッシュを脱退し、つボイノリオといっしょに結成した欲求不満バンドの奥山圭三さんがこのアルバムにバックで参加していた。
圭三バンドのメンバーには、ハーさんこと河原龍夫さんがいた。
(去年東海ラジオで放送されていた「ハーさん、ネネのすんどめ」が面白かった。また復活してほしいと思っている)

そんなことを知ると何か名古屋のフォーク界のつながりが見えてくる。
また奥山圭三さんは、あの頃の名古屋のフォーク界をけん引していた人だったんだな。

北川とみさんは、今でもライブなどもやっているみたい。
そして瀬戸市のコミュニティFMでパーソナリティも務めている。
ちょっとこのラジオ番組も聴いてみたいな。

忘れたいのに
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

チェリッシュ 『なのにあなたは京都へゆくの』

2020-06-02 10:08:20 | あの頃の名古屋フォーク界
「あの頃の名古屋フォーク界 其の参」

名古屋を代表するフォークグループで全国区になったのがチェリッシュ。
デビュー曲が『なのにあなたは京都へゆくの』

♪私の髪に 口づけをして
 「かわいいやつ」と 私に言った
 なのにあなたは京都へゆくの
 京都の町は それほどいいの
 この私の 愛よりも

初期のメンバーは5人。
松崎好孝 さんを中心に松井悦子さん、奥山敬造(ギター)さん(現・奥山圭三)
藤田哲朗(ベース)さん、桑原宏司さん(ドラムス)

この歌も深夜放送から流れてヒットした。
当時、東海ラジオだったか、CBCラジオだったか忘れたけど
全国放送の番組で、各地区のヒット曲のベスト10を発表するコーナーがあった。
北海道、東北、関東、東海、関西、中国・四国、九州地区の
各アナウンサーが毎週、その地区のベスト10を発表していた。
おもしろい事に東海地区以外は、チェリッシュの名前すら出なかったのに
東海地区だけは、チェリッシュの『なのにあなたは京都へゆくの』が
1位と何週間か続いていた。

やはり、東海地区の人は地元愛が強かったのか。
地元の人を応援しようとしていたのかな・・・。
予想以上に売れたとラジオで聞いたことがある。

しかし、奥山敬造さん、藤田哲朗さん、桑原宏司さんが脱退。
奥山敬造さんと桑原宏司さんは、昨日紹介した欲求不満フォークソングボーイズへ。

2曲目の「だから私は北国へ」は新たなメンバーを加え再出発。
しかしそのメンバーも脱退。

3曲目の「ひまわりの小径」からデュエットで再々スタート。
どちらかというと歌謡曲ぽくなってしまった。

チェリッシュも地元ラジオ局の公開番組にも出演していた。
だから何回か観に行った覚えがある。

あの頃の音楽の情報はやはりラジオだった。
ラジオから流れる音楽はテレビと違って新鮮だった。
そして地域密着で地元のシンガーやグループを応援していたと思う。
だから名古屋のフォーク界も盛り上がっていったのだろう。

コメント (5)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

欲求不満フォークソングボーイズ「女の娘が欲しい」

2020-06-01 11:00:44 | あの頃の名古屋フォーク界
『あの頃の名古屋フォーク界 その弐』

昨日書いた八事裏山フォークオーケストラと
名古屋のフォーク界で人気を二分した欲求不満フォークソングボーイズ。
いつのまにかグループ名は欲求不満バンドに改名された。

メンバーには、つボイノリオさん、奥山敬三さん、
サンディーフォークを立ち上げた桑原宏司さんなどが在籍していた。

この歌も深夜放送からスマッシュヒット。(東海地区のみかな・・・)
レコーディングは確か東海ラジオのスタジオで録音されたと記憶している。

今はもう無くなってしまったけど、名古屋鶴舞にあった勤労会館で
八事裏山フォークオーケストラと欲求不満バンドの
ジョイントコンサートを観にいった覚えがある。
記憶ではこのグループ以外にも何グループか出演していたかな。
随分前の話しだから記憶が間違っているかもしれないけど、
こういうコンサートが開かれていたことは、
名古屋のフォーク界も盛り上がっていたんだろう。
全国区では無い名古屋の味があったんだろうね。

つボイノリオさん、名古屋のタレント(歌手、ラジオパーソナルティ)としては、
地元では誰でもが知っているんじゃないかな。
CBCラジオでは、「今夜もシャララ」や「土曜天国」若いころよくきいたなぁ。
ソロでレコードも出している。
有名なのは放送禁止にもなった「金太の大冒険」。
今では朝のラジオ番組「つボイノリオの聞けば聞くほど」の冠番組をやっている。
この番組を聴いている人たちは昔、深夜放送を聴いていた人たちが多いのでは。
もはやCBCラジオの顔になっている。

奥山敬三さんと桑原宏司さんは初期のチェリッシュのメンバーでもあった。
「なのにあなたは京都にいくの」のレコードジャケットにはメンバー全員の顔が写っている。
欲求不満フォークソングボーイズとチェリッシュ。
どちらが先にレコードをだしたんだろう。
ふと、今そんな疑問がわいた。あとから調べてみよ。

あの頃の名古屋のフォーク界。
今後、ちょっとシリーズで書いてみようかな。
山名敏春、江口晶、きくち寛、高木麻早、あみん・・・・。
それぞれ個性があった。

おもしろい時代でもあった。

つボイノリオ先生改「女の娘が欲しい」
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

八事裏山フォーク・オーケストラ「東京から船にのって」

2020-05-31 10:45:34 | あの頃の名古屋フォーク界
中学の時だったかと思う。
愛知県体育館で行われた「全国フォーク音楽祭中部地区大会」
たまたま入場券を2枚手に入れたから友人と観にいった。
これはラジオ番組「バイタリス・フォークビレッジ」の主催。
当時のDJをしていた吉田拓郎を観に行きたかったのが第一の目的でもあった。

いろんなグーループが予選を勝ち抜いて出場された。
そこで一番、印象に残っているのが、
名城大学軽音楽部の八事裏山フォークオーケストラ。
この「東京から船に乗って」をおもしろおかしく歌っていたのである。

そして入賞して全国大会へ。
最優秀賞は取れなかったけどレコード化はされた。
後に知ったのだが、この時会場にいた吉田拓郎は絶賛していたという。

名古屋では深夜放送でもよくこの歌が流れていたし、
イベントなども出演していたみたいだった。
僕も何度か観に行った覚えがある。

しかし、学生バンド。
メンバーは卒業したり、学業に専念したりして
新曲のレコードをだすたびにメンバーチェンジを繰り返していたという。

名古屋では圧倒的に人気のあったバンド。
ライバルは、つボイノリオが在籍していた欲求不満バンド。
二つのグループは、名古屋のフォーク界を盛り上げていた。

名古屋地区も当時はおもしろかった時代だった。

八事裏山フォーク・オーケストラ「東京から船にのって」


コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする