Wind Letter

移りゆく季節の花の姿を
私の思いを
言葉でつづりお届けします。
そっとあなたの心に添えてください。

「さよならこむぎ」

2023-12-30 15:23:09 | 詩作品

                          高安ミツ子


  

 

ダリアが咲き 冬コスモスが咲きだした

十一月八日こむぎは旅立ちました

十九歳と十か月でした

こむぎは生後一か月で捨てられ

拾い主の次男が我が家につれてきたのです

 

タオルを持ってきて引っ張りっこ

投げたボールを拾ってくわえ

家の中を走り回りいつも遊んでほしい

かわいい子犬でした

私たちはこむぎに振り回されながらも

愛おしさが積もっていきました

 

自分の居場所を家中に作り

マッサージチェアーに

仏壇の前の布団に

応接間の椅子の上に

とろり とろりと居眠りしながら

得意な鼻と耳で

我が家の歴史を味わっているようでした

 

しかし 眠っていても

来客がインターホンを押す前に

すばやく吠えるのです

家を守るのは僕だからと言わんばかりです

 

人の言葉がわかるようになり

私がこむぎを抱いて

庭の花を見せながら話しかけると

分かっているよと目を何回もしばたかせるのです

こむぎに頬ずりすると

ゴロゴロと喉を鳴らし喜ぶのです

 

「はっけい ようい」お父さんと相撲を取ると

お腹を出してすぐに降参です

散歩をしても他の犬とは親しくなれず

心開くのは家人ばかりでした

 

庭で写真を撮るとお父さんは

「こむぎは哲学的な顔をしていると」褒めまくります

体調が悪く私が休んでいると

二階まで上ってきて

「また寝ているか」とおでこをぺろりと舐めて

階段を下りてゆきます

 

けれど 夕方流れる街のメロデイには

犬のルーツへの郷愁なのか

悲しげに遠吠えするのです

何かこむぎと人の境界線を見る思いでした

 

それでもその境界線を越えて

寄り添ってくれるこむぎの優しさは

老いていく不安感や

日常の生への寂しさも

穏やかなぬくもりでくるくると包んでくれるのです

 

私たちが癒された分こむぎは老いていきました

好きな散歩もできなくなり

吠えることもなく寝たきりになりました

話しかけるとうれしそうにこちらを気遣ってくれるのです

医者は「もうやりようがありません。覚悟してください」と

それでも今年の猛暑を乗り越えました

 

急に秋が来て辛そうなこむぎの姿に

二人とも言葉がありませんでした

愛おしさを幾重にも重ねて二人で寄り添いました

けれど

床ずれの異臭はこむぎの死の近さを悲しくも知らせていました

二人とも十九年の時の重さを飲み込んで

小枝が震えるようなかすかなこむぎの命に

「よくがんばったね」と囁くことしかできませんでした

 

細いストローでも水が飲めなくなり

静かに息をひきとりました

二人を見つめてくれた眼を静かに閉じて 

自家製の棺に入れました

別れの辛さをぬぐうように

こむぎと眺めた庭の花をいっぱい棺にいれて

思い出の写真を添えました

そしてありがとうと頭をなでて

別れの言葉をつげました

 

こむぎとの物語のページは閉じられました

こむぎは白い骨になりました

二十歳になるはずだった十二月に

庭のつつじの傍らに埋葬しました

春になるとこむぎの命が刷り込まれた

鮮やかに咲くつつじを眺めることとなりましょう

 

冬の空は高く青空が広がっています

見送った二人の時間は

こむぎの気配を感じたまま 

寂しい色合いが増して今年の終わりを知らせています

「さよなら こむぎ」

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「また 明日」

2023-12-02 16:20:57 | 

                   高安ミツ子


   

 

 

  冬の朝日は家並を照らし

  太古から続くイチョウを金色にして

  大樹の記憶を蘇らせながら昇ってきました

  慈しみの光の中で

  私の意識は飛び交い

  生きる喜びを手繰り寄せようとしています

 

  窓ガラスが温まるころになると

  意識のままに体は動いてくれません

  体は後姿を見せたまま坂道を降りていきます

  意識と体が離れていく気配には

  夭折画家が描いたような

  激しい哀しさではないけれど

  むなしさが線描画になって沈んでゆくのです

 

  過ぎた時間を

  いっぱい膨らませて今日の時間を図ろうとすると

  紙風船が舞い上がります

  ひい ふう みい よお  

  懐かしさがこぼれてきます

  二人だけになった庭に山茶花が咲き

  なな やあ ここ とお

 

  おや おや 紙風船が連れてきたのか

  翼に白の紋付きを付けた

  おしゃれなジョウビタキが庭を歩いては

  小枝に停まり

  時と風と光に輝いています

 

  子供のころの遊びの終わりはいつも「また明日」でした

  ジョウビタキはその「また明日」を連れてきたのです  

  静かな今日の喜びが私の心をふるわせていきました

 

  やがてイチョウも枝を広げ一日の終わりを知らせています

  そして

  冬の夕焼けに「また明日」と篆刻してゆきました

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする