Wind Letter

移りゆく季節の花の姿を
私の思いを
言葉でつづりお届けします。
そっとあなたの心に添えてください。

~私の72候~  祈りは秋雨にぬれて

2019-11-05 19:11:58 | 詩作品

  

                             

 

                    

 

                     八十八歳になった自分の年を三十七歳といい

                    季節は晩春だったり初夏だったりと

                    つながらない時間を抱え

                    義母は

                    現実から妄想への橋を渡っていきました


                    どこにたどり着こうと徘徊するのか

                    怒りは何を訴えているのか

                    あなたの暗号を解けないまま

                    私はずぶぬれになっていきました


                    あなたが施設に入所する朝

                    残されたわずかな意識に

                    最後の思い出を重ねようとあなたに見せた海の景色に

                    あなたは異様にはしゃいでいました

                    辛いページを繰るように私はあなたの手をそっと離しました


                    熟するはずの生命の大樹から

                    虫食いリンゴのように落下してしまった

                    あなたの生命の悲しさは

                    私に老いていく辛さを告げています


                    生年月日はと聞かれると

                    「今は忘れましたが

                    昔は大正三年九月の八日といえたのに」

                    と無意識に口走る自分の誕生日も認識できないけれど

                    自分の名前はわかるのです

                    名前はきっとあなたが帰れる場所なのでしょう

                    そして壊れていく魂の最後の持ち物なのでしょうか


                    あなたが残した庭には

                    愛情をそそがれた草花がそのままの形をして

                    あなたの名前を報せています

                    妄想の中で残されているわずかな人格の叫びにように

                    曼珠沙華が咲いています

                    花影にあなたの声を捜すように

                    赤とんぼがとまっています


                    あなたと紡いだ三十一年の

                    深く掘られたあなたの名前をなぞっっていると

                    こみ上げてくる言葉は

                    せめてあなたの帰れる場所が安らかであれと


                    祈りは秋の気配を感じたまま秋雨にぬれていきました

 

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