こむぎに日記16
もうすぐ僕は17歳
この頃の僕は
自慢のふわふわした尻尾も
顔の周りの毛並みも削がれたように衰え
自慢するものがなくなりました
でもお父さんとの毎日散歩では
自慢のしっぽを揺らす思いで
僕は軽快に
いやいや元気が出るのです
近所の犬の「やまと」も「あき」も亡くなりました
「さくら」は毎朝断末魔の声をあげ苦しそうで
胸が痛くなります
あまり犬慣れしない僕ですがやはり
いのちの終わりを考えます
老いた僕は鼻先で
風の流れや気温を測り
廊下のいすや 応接間のソファーや
はたまた仏壇の前の座布団へと移動して
ほとんど寝ています
僕には手の届く家族の心地よさがあるから
過ぎ去った僕の華やかな時間を思い出せます
そして 誰にも邪魔されない時が過ぎています
しかしですね
この家には僕だけが見える水脈があるのです
家中をたゆまず流れているのです
家のいろんな匂いが溶け込んでいます
柱や壁や部屋から
すでに亡くなられた人々の匂いが
犬の僕を見ています
そういえば僕を拾った次男が
病気で苦しんでいた時の匂い
長男が親に抗っていた頃の心の羽音が
時間のない水脈の音となり
僕には聞こえるのです
最近は慶太 瞳 里菜
孫たちのかわいい声が
水に溶け込んでこの家の新しい記憶になって流れています
いつも庭に咲いた花を仏壇に飾って
語りかけているお母さんには
この時水の流れが聞こえるのでしょうか
僕には納戸の奥の白い扉が見えています
あの扉を通り抜けたら
きっと僕の命が終わるときだと思えるのです
そのとき
僕もこの家に流れている水に溶けていくのでしょうか
眠る前の僕の告白です
僕が見える水脈は
家族の歴史のうつろいであることを感じながら
もうすぐ僕は17歳をむかえます