怖さも悲しみも知らないころ
父が撮ったモノクロ写真
弟と私は
つるバラの前で笑っています
薄くルージュを引くころになると
哀しみを知りました
別れがありました
私の心はがらんどうのまま
赤いつるバラをすっかり忘れていました
私にとって忘れることが生きることでした
バラを漢字で薔薇と書こうと思ったころ
風景が少し動きだしました
私と夫の手にぶら下がり
見上げる幼子の問いかけに
愛おしさが溢れだし
私の風景は穏やかに弾み
バラを花瓶に活けるようになりました
今は巣立った子供たち
残された時間
鮮やかに咲いたバラの前で
呑みこんだ時間をまさぐるように
また弟と並んで写真を撮りました
バラの輝きとまぶしさに
二人とも心はゆらゆら揺れて
いつか消えていく命を覚悟しながら
照れ笑いをした二人の影法師は
あのときのモノクロ写真にかさなり
バラの香りは遠い記憶をやさしく包んでいます