近代美術館前の最寄りバス停から歩くと見えてきます 京都・岡崎の細見美術館で、館の持つ素晴らしい江戸絵画コレクションをお披露目する開館20周年記念展覧会の第一弾「はじまりは、伊藤若冲」がスタートしました。「よくぞ集めた」と見る者に感じさせるオーラを持つ細見美術館の若冲や琳派のコレクションの中からまず、館の持つすべての「若冲」作品が登場します。
細見美術館の若冲コレクションは、おなじみの鶏以外にも犬や野菜など様々なモチーフの作品が揃っています。また若冲の創作活動の初期から晩年までを俯瞰することもできます。若冲の表現の多様性をあらためて楽しむには、まさにうってつけの展覧会なのです。
細見美術館のコレクションは、昭和初期に大阪府泉大津市で毛織物業により財を成した細見良による仏教美術の蒐集から始まりました。今や細見美術館の看板コレクションとなった江戸絵画は、おもに二代目の細見實が蒐集を始めたもので、若冲との出会いが蒐集のきっかけとなったと言います。
蒐集は三代目の現館長・細見良行に受け継がれ、1998(平成10)年に美術館が開館しました。 良行館長によると、祖父・良はおもに中世、父・實はおもに近世と方針が異なったことから、「親子戦争」と呼べるほど蒐集をめぐって対立していました。
しかし若冲だけは唯一、二人の興味が一致していました。二人の蒐集方針の差は、結果的に館のコレクションの幅の広さにつながっています。伊藤若冲は館にとってまさに、幅の広いコレクションの中心におくべき大切な絵師なのです。
「糸瓜群虫図」はヘチマをモチーフにした若冲の初期の作品で、よく見ないと気づかないほどの大きさで11匹の虫が描かれています。可能な限り単眼鏡を持参してこの絵を見ることをおすすめします。
虫の描写は驚くほど丁寧で生命感があり、今にも絵の中から飛び出してくるようです。「もっと虫を大きく描けばよくわかるのに」と思ってしまいますが、若冲はあえてそうしなかったと私は思います。観る者にサプライズを感じさせる、やはりこれが若冲の大きな魅力ではないでしょうか。
展覧会チラシを飾る「雪中雄鶏図」は、「糸瓜群虫図」と並んで本格的に絵筆を取って間もない頃の作品です。若冲の代表作である「動植綵絵」を彷彿とさせる精密描写が早くもできていたのです。
【展覧会チラシPDFの画像】 雪中雄鶏図、糸瓜群虫図
平安時代の鳥獣戯画と見間違うようなパロディーが面白い「鼠婚礼図」や、モノクロながらモノクロと感じさせない暖かみのある表現で描いた「群鶏図」は、若冲の晩年の作品です。いずれも背景空間を大きくとった中に水墨画で描いており、主役のモチーフをモノクロの世界の中で引き立たせる円熟の技量を感じさせます。
展覧会は、江戸時代に京都で活躍した他の絵師たちの作品が若冲作品の脇を固めています。若冲の弟子と考えられる「若演」、「俵屋宗達」「尾形光琳」「池大雅」「冷泉為恭」といった江戸期の京都画壇の大物、知名度は高くないものの江戸後期に優れた大和絵を残した「浮田一蕙」たちです。絵師の名前だけを見てもまさに豪華ラインナップです。
鑑賞後にはアートキューブと名付けられたミュージアム・ショップもぜひ。この館のセンスを感じさせる逸品のミュージアム・グッズと出会えます。
ショップの横にはイタリア的設えのカフェもあります。このカフェの雰囲気は、館の持つ日本美術のトーンと絶妙に調和しています。美術館にあるカフェの中でとても異色で、他では味わえない空間です。
【公式サイト】 ARTCUBE SHOP
こんなところがあったのか。
日本にも世界にも、唯一無二の「美」はたくさんあります。
細見コレクションが誇る江戸絵画図録、主に若冲・風俗画・やまと絵を収録
細見美術館「開館20周年記念展 I 細見コレクションの江戸絵画 はじまりは、伊藤若冲」
http://www.emuseum.or.jp/exhibition/ex057/index.html
主催:細見美術館、京都新聞
会期:2018年1月3日(水)~2月25日(日)
原則休館日:月曜日
※この展覧会は、他会場への巡回はありません。
昭和初期の煉瓦が並木とよく合う
東京国立博物館の西隣に、あまり知られていないが、昭和のノスタルジーを感じさせる美しい煉瓦の建物がある。明治から大正にかけての日本の近代洋画の大御所・黒田清輝(くろだせいき)の作品を展示する「黒田記念館」だ。年3回だけ公開される「湖畔」「智・感・情」といった代表作以外は、随時入れ替えながら通年で展示を行っている。上野公園の中でも特に静かに、黒田作品と向き合うことができる。
薩摩藩士の家に生まれた黒田清輝は、法律を学ぶために留学したパリで画家・山本芳翠や美術商・林忠正と出会い、画家に転向した。帰国後の1896(明治29)年に東京藝大の前身である東京美術学校西洋画科の教員になり、洋画界での地位を高めていく。
黒田の代名詞とも言える裸体画は、帰国直後に京都で行われた内国勧業博覧会に、フランスで評価された「朝妝」を出展したことで、国内で一躍注目を浴びることになった。当時の価値観ではヌードは芸術ではなく猥褻(わいせつ)であり、公開の是非を巡って大論争となった。1900(明治33)年の展覧会に出品された「裸体婦人像」に至っては警察に咎められ、絵の下半分が布で覆われるという、現代の価値観では実に珍妙な「腰巻事件」も起こっている。
【公式サイトの画像】 腰巻事件の「裸体婦人像」(静嘉堂文庫美術館蔵)
こうした荒波を乗り越え、1910(明治43)年には洋画家として初めて「帝室技芸員(現代の文化勲章のような顕彰制度)」に選ばれ、近代洋画の大御所としての地位を確立する。黒田記念館の建物も「遺産を活用して美術の奨励に役立てよ」という黒田の遺言に基づいて建てられたものだ。
2階の「黒田記念室」は遺族から国に寄贈された黒田の作品を入れ替えながら、通年公開している。所蔵作品数は油彩画だけで130点あり、黒田の生涯を通じた作品の変遷が俯瞰できるよう展示が工夫されている。
年3回公開される「特別室」
「特別室」は、黒田の代表作である「智・感・情」「舞妓」「湖畔」「読書」を年3回公開している。高い天井からは自然光を取り入れ、室内は柔らかい雰囲気を醸し出している。
「湖畔」は美術ファンのみならず、教科書に載っていることも多かったので、日本の近代洋画ではおそらく最も知名度の高い作品だろう。箱根芦ノ湖の観光船乗り場の近くで、後に黒田の妻となる当時23歳の芸者をモデルに描いたものだ。いかにも気品ある明治の女性がくつろぐ姿を、明るいタッチで描いている。古き良き明治の理想的な女性像を伝える作品として、時がたてばたつほどこの作品は神格化されていくのかもしれない。
「智・感・情」は特別室に入った正面に展示されている。見る者はその圧巻の迫力に押し出されそうになる。この作品、3人のヌード女性がとても謎めいたポーズを取っているのだが、黒田はその意味を一切明らかにしていない。そのため長年にわたって学者の間で論争が続いている。怖いようにも見えるがよく見ると怖くない、エロティックのように見えるがそうでもない、とても不思議な絵だ。
黒田は見る者に絵の意味を考えさせようとして、一切この絵にまつわる話をしなかったように思えてならない。この作品を描いたのは、東京美術学校西洋画科の教員になった頃で、難問を残すことで、日本洋画化がさらに発展することを望んだように思う。
大御所は「黒田記念室」で訪れる者を見つめている
お正月は年3回の特別室の公開期間だ。ぜひ「おすすめしたい。
日本にも世界にも、唯一無二の「美」はたくさんある。ぜひ会いに行こう。
稀代の建築家と画家がトーハクの魅力を徹底解剖
東京国立博物館 黒田記念館
http://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=hall&hid=17(東京国立博物館サイト)
http://www.tobunken.go.jp/kuroda/index.html(東京文化財研究所サイト)
原則休館日:月曜日、年末年始
「特別室」今後の公開予定
2018年1月2日(火)~2018年1月14日(日)
2018年3月26日(月)~2018年4月8日(日)
例年、11月上旬の約2週間も公開されます
※展示作品は、展示期間が限られている場合があります。
京都・富小路三条「便利堂」本店
京都文化博物館で「文化財を写して記録する」ことにスポットをあてた興味深い展覧会が始まった。その主役は「便利堂(べんりどう)」という京都に本社を構える美術印刷の会社で、美術品の写真複製やポストカード制作では知る人ぞ知る企業だ。日本の美術館のミュージアムショップで売られているポストカード(絵はがき)の少なからずは便利堂の制作で、多くの美術ファンが“無意識に”便利堂の商品を購入していることだろう。
便利堂は明治時代に絵はがきの制作とコロタイプ製版による美術印刷で頭角を現し、1935(昭和10)年の法隆寺金堂壁画の原寸大撮影を任されたことで、業界における地位を確立した。
「コロタイプ」という用語は聞きなれないと思うが、写真を印刷するために製版する技術としては最も古いものだ。現在では高品質な美術品印刷でしか使われていない。網点で表現しないコロタイプ印刷は、濃淡や階調の表現がとても滑らかで、顔料インキは劣化しにくい。コロタイプ印刷の絵はがきを手に取ると、表面に光沢がなくとても繊細で温かい印象を受ける。現在でも多くの国宝・重要文化財の絵画や書跡などの複製に用いられており、文化財の原本の万が一に備える大きな役割を果たしている。
日本人はもともと「写す」ことが好きだ。日本書紀や源氏物語といった古典籍は原本が全く残っていないが、写本が多く残されたことで現代に伝わっている。絵画でも例えば、尾形光琳の風神雷神図は俵屋宗達のオリジナル作品を模写したものだが、世に出されて高い評価を受けている。オリジナル作品を模写して高い評価を受けるようなことは、西洋絵画ではまずない。展覧会のストーリーはこうした「写す」文化の歴史から始まる。
展示されたコロタイプ印刷複製品の中で、「法隆寺金堂壁画」が圧巻だ。原寸大で12面すべてが展示されており、展示室が荘厳な雰囲気に包まれている。明らかにシルクロードを通じて伝わったとわかるエキゾチックな仏様のお顔立ちはきわめて美しい。インド・アジャンター石窟群、中国・敦煌莫高窟の壁画とともに、アジアの古代仏教絵画の代表作と言われていたことが充分に実感できる。驚くべきことにこの写真の原版は重要文化財に指定されている。日本書紀や源氏物語の写本が国宝や重要文化財になっているように、「写したもの」が基調でとても高い評価が与えられているのだ。
1972(昭和47)年の発見直後の高松塚古墳壁画の写真も、今となってはかけがえのない記録だ。劣化により発見当初の色が失われてしまっているからである。尾形光琳の風神雷神図屏風の裏に、酒井抱一が夏秋草図を描いた屏風のコロタイプ複製も見応えがある。現在は保存のため分離されているが、昭和まで表裏一体であった。様々な展覧会や寺社での展示に活用されており、油絵のように長期展示ができない日本美術の展示機会を増やしたことはとても意義があると思う。言われなければまず複製とは思わない、それほど精密だ。
京都文化博物館の便利堂直営ミュージアムショップ
京都文化博物館のミュージアムショップは便利堂の直営店で絵はがきが充実している。しかし本店はもっとすごい。便利堂の本店は、京都文化博物館のある高倉三条から東へ徒歩5分ほどの距離にある。壁一面に並んだ絵はがきを見ると日本美術のオールスターのようで圧巻だ。外国人観光客の来店も非常に目立つ。
東京・神保町交差点の岩波書店ビルにも「東京神保町店」がある。ぜひおすすめしたい。
日本にも世界にも、唯一無二の「美」はたくさんある。ぜひ会いに行こう。
便利堂の活動の歴史が凝縮された一冊
京都文化博物館「便利堂創業130周年記念 至宝をうつす-文化財写真とコロタイプ複製のあゆみ-」
https://www.benrido-130th-anniv-ex.com/
http://www.bunpaku.or.jp/exhi_special/now/ (京都文化博物館 現在開催中の特別展)
主催:京都府、京都文化博物館、朝日新聞社、便利堂
会期:2017年12月16日(土)~2018年1月28日(日)
原則休館日:月曜日
※展示作品は、展示期間が限られているものがあります。
※この展覧会は、他会場への巡回はありません。
株式会社便利堂
京都便利堂オンラインショップ
九博の館内の大きい空間はゆとりがあって心地よい
九州国立博物館で近世の西洋・東洋文明と交流を始めた時代を物語る秀作で構成された「新・桃山展 大航海時代の日本美術」にようやく訪れることができた。2017年秋は京都国立博物館の「国宝展」に一級品が勢ぞろいしたが、「新・桃山展」にも素晴らしい作品が集まっている。
日本からの公式な遣明船の最後の正使となった禅僧・策彦周良(さくげんしゅうりょう)が残した記録が展示の最初に紹介されている。その記録には、大内義隆が明に献上するために狩野元信に発注した屏風についての記述がある。その屏風は現存しないが、最も近い作品として「四季花鳥図屏風」が展示されている。
白鶴美術館蔵の重文で、大きい障壁画としても映える狩野派様式を確立した元信の代表作の一つである。白鶴美術館でレプリカを見たことはあるが、本物は初めてだ。保存状態がよいのだろう、金箔と絵の具の発色の良さが、松・花・鳥の存在感をより生き生きさせている。背景の金地は雲のように立体的に描かれており、自然の空気感がきわめて上質に描かれている。
近年になって作者が判明したり、再発見された作品が出ていることも興味深い。大徳寺蔵の織田信長像は、近年の修理で信長三回忌に狩野永徳に発注されたことがわかったものだ。鋭気にあふれた顔ではなく、初老で静かに余生を送っているように描かれている。三回忌を取り仕切った秀吉の意向に想像が膨らむ。
戦災で焼失したと考えられていたものの所在が確認された狩野内膳の「南蛮屏風」は、展示期間中に訪問できなかったことがとても残念だ。しかし図録で見る限り、ほどよく金地で余白がとられておりとてもバランスが良い。日本で最も有名な南蛮屏風で、同じ内膳筆の神戸市立博物館蔵の重文作品に引けを取らないであろう。
他にも見応えのある作品は多い。九博蔵の重文「油滴天目」は椀内の点が細かく、清楚さが美しい。大阪東洋陶磁蔵の国宝に比べ、幽玄な魅力がある。
ポルトガル語で“ビオンボ”と呼ばれた「屏風」が、外国で制作された作品も面白い。メキシコ・ソウマヤ美術館蔵の「大洪水図屏風」は、描写はやまと絵だがモチーフはノアの箱舟だ。とてもたくさんのモチーフが詰め込まれた洛中洛外図を初めて見る時のように、しばし見入ってしまう。
日本美術が安土桃山時代にどのように世界と交流していったかが、とてもよくわかる展示だ。狩野永徳「檜図屏風」に加え、長谷川等伯「松林図屏風」が出展されている。外国人宣教師たちも少なからず、これら日本屏風を代表する作品を見ていたことが想像される。外国人にクール・ジャパンを最初に芽生えさせた日本文化のように思えてならない。「松林図屏風」は京博の国宝展との連続出展で品質維持が少し気になったが、主催者の特別な思いがあたのだろう。
九博は開館が2005年と新しく、建物が大きくて展示空間にゆとりがあることが、他の国立博物館と比べて際立っている。そのため常設展である「文化交流展示」も、九州が歴史的に歩んできたアジア・ヨーロッパとの交流をテーマに、少しずつ展示品を入れ替えながら興味がわくように展示構成されている。
東博のように、特別展に関連するテーマの特集展示が行われることもよくある。「新・桃山展」会期中には「〈新・桃山展〉の仲間たち」というテーマで行われている。九博の常設展はおすすめなので、特別展目当てに訪れた際も、必ず立ち寄ってほしい。
九博のまわりは四季の木々の彩りが美しい
日本にも世界にも、唯一無二の「美」はたくさんある。ぜひ会いに行こう。
展覧会公式図録、展示ストーリーや時代背景の解説がよくできている
九州国立博物館「新・桃山展 大航海時代の日本美術」
http://www.kyuhaku.jp/exhibition/exhibition_s49.html
主催:九州国立博物館・福岡県、西日本新聞社、TNCテレビ西日本
会期:2017年10月14日(土)〜11月26日(日)
原則休館日:月曜日
※展示作品は、展示期間が限られているものがあります。
※この展覧会に巡回開催予定はありません。
国宝展スタート時から1ヶ月でこんなに色が変わる
2017年秋の美術展の横綱、京都国立博物館「国宝展」もラストスパートのIV期目に入った。10月上旬に展覧会が始まってから1か月強ほど過ぎたが、京博の周辺はすっかり秋モード。夕方には暗くなり、会場の平成知新館のライトアップが幻想的だ。
近年は桜や紅葉を中心に季節の花が美しい時期には、全国的に夜間ライトアップをするところが多くなった。京博から近い東山の紅葉が美しい寺院も例外ではない。歴史を重ねた古建築と、紅葉の赤と黄色の色づきが、夜空のキャンバスに見事に投影される。国宝展は16:00以降には混雑が避けられることが多いようなので、京博には遅めに訪れた後、ぜひ紅葉ライトアップを。11月の京都は見どころが目白押しだ。
京博公式Twitterリアルタイム混雑情報
京都国立博物館 @kyohaku_gallery
最終IV期も絶品が勢ぞろいしている。曼殊院蔵「不動明王像」は、身体の立体感と躍動感の表現が同時代の平安時代の仏画の中でもとても個性的だ。三井寺に現存する国宝仏画を模写したものだが、模写も国宝になっているという驚きの作品である。真っ直ぐ正面を向いて立っている姿で、他には何も描かれていない。周辺に設けられた余白が主役の不動明王を引き立たせており、構図も面白い。腕や足はサイボーグのように力強く、すぐに動き出しそうに見える。金色のお姿を描いたことから、肌にはほのかに黄金色が残っており、「黄不動」と呼ばれる所以でもある。どこか人なつっこい明王だ。
「近世絵画」展示室では、1914(大正元)年に西本願寺から根津嘉一郎が取得して以来、一度も京都で展示されたことはなかった尾形光琳「燕子花(かきつばた)図」が「里帰り」している。毎年春に根津美術館で公開されてはいるが、京博で見ると、どこかより輝きを増しているように見える。
燕子花図の左隣には与謝蕪村の「夜色楼台図」。掛軸では非常に珍しい横長に冬の夜の街が描かれている。墨だけで雪と冷たい空気感を表現しているが、家々から漏れる灯火が実にこの絵に温かみを添えている。冬の床の間に飾られているととても心が落ち着くのではないかと感じる。
ちなみに燕子花図の右隣には円山応挙「雪松図屏風」が、まばゆいばかりの存在感を示している。まったくオーラが異なる江戸時代の3つの逸品を見比べることができるこの部屋は、本当にかけがえのない空間だ。
1Fの仏像展示室では、大阪・天野山金剛寺の大日如来像と不動明王座像が、京博ではこの国宝展で見納めになる。平成知新館の平常展でもながらく続けて展示されており、密教ですべての仏の原点とされる大日如来の巨体が私は好きだった。金剛寺の金堂の修理が終了するため、本来の居所にお戻りになる。
お別れを言っていただければありがたい。
京都人の心をくすぐる「里帰り」のコピー
国宝展はあと10日ほど、まだの方もリピートの方もお早めに。
日本にも世界にも、唯一無二の「美」はたくさんある。ぜひ会いに行こう。
日本の文化行政を考えさせられる一冊、国宝もメンテナンスしないと朽ちていく
京都国立博物館 開館120周年記念 特別展覧会 国宝
http://www.kyohaku.go.jp/jp/special/index.html
会期:最終IV期2017年11月14日(火)~11月26日(日)
原則休館日:月曜
※展示作品には展示期間により異なります。事前にご確認ください。
ここは東博?
日本美術の殿堂・東京国立博物館が、寛永寺の跡地に建設されたことはよく知られている。芝・増上寺と並んで徳川将軍家の菩提寺である寛永寺は今の上野恩賜公園すべてが境内で、いわば広大な森だった。しかし今の東博(とうはく、東京国立博物館の略称)に、そんな広大な森の名残があることはあまり知られていない。
東博・正門の正面にある日本美術の常設展の会場になっている本館の裏(北側)にある「庭園」がその名残だ。春秋に一般公開されている。展覧会で訪問機会の多い東博にある素晴らしい日本庭園としてご紹介したい。
江戸時代以降に造られた日本庭園は今の「東京」にも数多く現存する。その多くは将軍の御成(おなり)、すなわち徳川将軍の訪問を迎えるためにわざわざ造成した池を回遊して鑑賞する庭で、大名屋敷に造られたものだ。
東博の庭園のルーツは大名屋敷ではなく寺院の庭園であり、東京に残る日本庭園の中ではやや趣が異なるように思う。江戸時代の大名庭園は、メイン・コンテンツとなる複数の大きな池を、回遊して楽しめるよう作られているのが基本。浜離宮・新宿御苑・六義園・清澄庭園などが代表例だ。しかし東博の庭園に池は一つだけ、回遊路はあるが池が醸し出す風景を巡りながら楽しめるよう設計されているとは思えない。
京都で安土桃山時代までに造られた庭は、回遊するのではなく一か所にじっくり座って庭の芸術と向き合うよう作られたものが多い。東博の庭園にはそんな匂いを感じる。
森の中にはいくつかの美しい日本建築が移築されており、庭園の魅力を増している。「九条館」(くじょうかん)は、公家のトップである五摂家の一つ・九条家の京都御所近くにあった屋敷が、明治維新後に赤坂に移築された後に再度移築されたものだ。東京ではなかなか見られない公家による王朝文化の香りを伝える建築で、俗世界とは隔絶された選ばれた日本人による理想美を追求した空間を味わうことができる。
九条館の居室、公家による理想空間を今に伝える
茶室にしては存在感を感じさせる「転合庵」
庭園には他にも日本文化の理想美を表現した建築が移築されている。「転合庵」(てんごうあん)は、江戸初期の茶と庭のスーパースター・小堀遠州が京都・六地蔵に建てた茶室だ。いわゆる茶室のイメージからはやや大きく、江戸初期の茶室の雰囲気を今に伝えている。安土桃山時代に流行した一対一で向き合う狭い部屋ではなく、比較的大勢の人に座ってもらえる存在感があることが魅力だ。
こちらも見事な東博本館の裏口、庭園に出ることもできる
東博・本館は重要文化財で・正面はもとより裏面も実に美しい。裏面は庭園解放の時だけ見ることができる。東博の知られざる魅力を強くおすすめする。
日本にも世界にも、唯一無二の「美」はたくさんある。ぜひ会いに行こう。
とても奥が深い東博を理解する決定版
東京国立博物館「2017秋の庭園開放」
http://www.tnm.jp/modules/r_event/index.php?controller=dtl&cid=5&id=9222
会期:2017年10月24日(火)~2017年12月3日(日)
原則休館日:月曜日
秋の上野は大物展覧会がまさに目白押し
東博で「史上最大」と名付けられた「運慶」展が行われている。興福寺中金堂再建記念と副題がつけられているように、興福寺にとって悲願だった300年ぶりの中金堂の再建が来年完成するタイミングに合わせて企画された。興福寺をはじめ運慶作品を所蔵する寺や美術館の協力で、31体と考えられる運慶作品のうち22体が一堂に会しており、「史上最大」というネーミングにも納得できる。
興福寺からは、日本美術の最高傑作と言ってもよい「無著・世親菩薩立像」(むじゃく・せしんぼさつりゅうぞう)が東京にお目見えする。等身大より少し大きい存在感のある彫刻だが、何といってもその表情が秀逸だ。一点をじっと見つめている兄の無著の目はとても穏やか、積み重ねた齢を通じてかけがえのない智恵を得ていることをうかがわせる。一方弟の世親はまだ壮年の面立ち、いかなる迷いにも打ち勝つような力強い目線で、こちらも一点を見つめている。二体ペアで人間の一生のあるべき姿を絶妙に表現しているようで、ミロのビーナスにも引けを取らないワールドクラスの彫刻の傑作だろう。
無著・世親は普段は北円堂におられ、毎年春と秋に2週間ほどずつ公開されているが、運慶展でお会いできる魅力は何といっても「360度」拝観。仏像は寺に安置されている場合、ほとんどは背後から拝観できない。最近の美術展では、仏像や工芸品などの立体作品は360度拝観できるよう展示している場合が多く、加えてLED照明により作品の劣化を抑えて上で見やすいようきれいに光をあててくれている。きれいに見やすく仏像を拝観できるのは、美術展ならではと言える。
伊豆韮山にある願成就院(がんじょうじゅいん)の「毘沙門天立像」も素晴らしい。北条氏の氏寺として創建された際に運慶に発注されたもので、東国武士に愛された力強い作風を今に伝える名品だ。像の表面の艶は美しく、保存状態が良いことをうかがわせる。顔立ちは無敵の横綱のように隙がなく、大きめの玉眼も守護神らしい威厳を感じさせる。加えてとてもイケメンだ、東国の若武者をイメージしたのだろうか。
奈良の円成寺「大日如来」、興福寺の「天燈鬼・龍燈鬼」、東大寺の「重源上人」、高野山の金剛峰寺の「八代童子」など、他にも運慶と慶派の秀逸な作品が、とてもご紹介しきれないくらいに、多く見事にラインナップされている。
今年2017年の春には「快慶」展が奈良国立博物館で行われていた。こちらも素晴らしい展覧会であったが、運慶展を見ることで、快慶の静寂・運慶の躍動という鎌倉リアリズムの両巨匠の魅力をあらためてかみしめることができた。
会期はあと少し、11/26(日)まで、まだの方ももう一度見たい方もお急ぎを。
運慶展を見終えるとQRコードから卒業証書をもらえる
日本にも世界にも、唯一無二の「美」はたくさんある。ぜひ会いに行こう。
運慶の生涯がさいとう・たかお劇画に、ゴルゴ13のように迫力充分
東京国立博物館 興福寺中金堂再建記念特別展「運慶」
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1861
主催:東京国立博物館、法相宗大本山興福寺、朝日新聞社、テレビ朝日
会期:2017年9月26日(火)~11月26日(日)
原則休館日:月曜日
※展示作品は、展示期間が限られているものがあります。
京都国立近代美術館では、展示室に至る階段を上るとワクワク感が高まる
京都国立近代美術館で「岡本神草(おかもとしんそう)の時代」展が始まっている。岡本神草は、大正時代から昭和初期にかけて活躍した日本画家で、妖艶な舞妓の描写で観る者に強いインパクトを与える。
神草が活躍した大正時代は、日露戦争の勝利や第一次世界大戦による好景気で、「日本は一等国になった」と大衆が感じた時代で、文化面でも「大正ロマン」と呼ばれる新しい潮流が続々現れた。画家では竹久夢二がその代表だ。「夢二式美人」とも呼ばれるほどのその情緒的な画風は、明らかに正統派美人画とは一線を画すもので、広告や挿絵を通じて気軽に絵に触れるようになった大衆が生み出したヒーローとも言える。
神草もそうした時代の波の中で新たな表現を求めたのだろう。妖艶で官能的、怪しいとまで思わせる濃厚な舞妓の描写には、当時流行した“自由恋愛”を意識しているものと感じられる。女性の美や魅力を男性的理想像に美化することなく彼が追及した表現が“妖艶”なのだろう。
神草は38歳の若さで早逝し、残した作品は多くないが、この展覧会では彼の画業を一覧できるよう可能な限り作品が集められている。また彼の生きた時代を理解すべく、競い合った同時代の画家や師であった菊池契月の作品もあわせて展示されている。江戸時代後半の文化・文政期に浮世絵や芝居による大衆文化が花開いた時代から100年後、大正になって再び日本で大衆文化が花開いた。そんな特異な時代を俯瞰する意味でも興味深い展覧会だ。
1919(大正8)年頃の「拳を打てる三人の舞妓」は、三人の舞妓が戯れている構図だ。神草は展覧会直前になってなぜか絵の中心部分だけを切り抜いて出品し、残された部分は長らく行方不明だった。しかし残された部分は昭和末期に発見され、京都国立近代美術館所蔵となった運命めいた作品だ。三人の舞妓はみな、微笑を浮かべているが感情は伝わってこない。「うちらとどんな恋愛ゲームをしはりますか?」とささやいているように見える。神草がなぜ切り抜いたのかはわからないが、切り抜く前後で見比べるとますますその怪しさに引き込まれていく。
※神草がどのように切り抜いたかは公式サイト配布の展覧会チラシPDFで確認できる
1918(大正7)年「口紅」(京都市立芸術大学芸術資料館蔵)も濃厚で妖艶な作品だが、後に清楚な美人画を描く菊池契月に師事するようになってからは、美人表現にも変化が現れる。
京都国立近代美術館は菊池契月の秀作を多く所蔵しており、この展覧会でもいくつか出品されている。1920(大正9)年「少女」は、二人の少女は着物を着ているが長い髪を自然におろしており、清楚なタッチもあいまってとても斬新な印象を与える。
他にも甲斐庄楠音や福田平八郎など同世代の画家の作品も見逃せない。秋らしさを次第に増してきた京都・岡崎をぜひ訪れてほしい。
京都・岡崎の晩秋の風景に神草の絵はよく合う
京都展終了後、年を改めて笠岡市立竹喬美術館と千葉市美術館にも巡回予定と聞く。最寄りの方はあわせてお楽しみに。
日本にも世界にも、唯一無二の「美」はたくさんある。ぜひ会いに行こう。
妖艶な美人画家を盛りだくさんに紹介、神草は「口紅」で紹介されている
京都国立近代美術館「岡本神草の時代」展
http://www.momak.go.jp/Japanese/exhibitionArchive/2017/422.html
主催:京都国立近代美術館
会期:2017年11月1日(水)~12月10日(日)
原則休館日:月曜日
※展示作品は、展示期間が限られているものがあります。
どんな動物が中で待ってるのだろうか?
京都・鹿ケ谷(ししがたに)の泉屋博古館(せんおくはっこかん)本館で「生誕140年記念特別展 木島櫻谷(このしまおうこく)」が始まっている。
木島櫻谷は、明治から昭和にかけて京都で四条派の流れを汲んで活躍した日本画家で、京都画壇の巨匠・竹内栖鳳と同世代だ。写生を重んじ、西洋の油絵のような遠近感や立体感のある画風が特徴で、中でも生命力を気品高く表現した動物画はとても魅力的だ。
展示室内にはたくさんの彼の写生帖が展示されている。四条派の開祖のような存在で写生の大切さを京都画壇に知らしめた円山応挙も実にたくさんの写生帖を残しているが、櫻谷も線の弾き方をとても熱心に研究していることがわかる。応挙も櫻谷もとにかく絵を描くことが大好きで、どう描けば魅力的な表現ができるのか、という命題をひたすら追求し続けたのだろう。
若いころの作品「熊鷹図屏風」(個人蔵)に描かれたクマは、雪の上でじっと一点を見つめている。その目はとても優しく、獲物を狙っているようには見えない。どちらの方向に進もうか、目と鼻と耳で感じながら熟考しているように見える。鑑賞者が動けばクマがこちらに振り返るのではないかと思えるくらいに実にリアルで、大自然の中で生きる力をみなぎらせている。
「寒月」(京都市美術館蔵)は一双の屏風だが、伝統的な屏風の構図のように左右でペアにしていない。奥行きを示し、横長の西洋の油絵のような仕上がりにしている。まるでブリューゲルの農民画のようだ。月明かりに照らされた一面銀世界の竹林を狐がひっそりと歩いている。竹は雪が解けるまでひたすら耐えており、狐は水や獲物を求めて凍えるような寒空を歩いている。とても静寂に感じさせる絵だが、動物と植物の営みを実に繊細に表現している。
「獅子図」(櫻谷文庫蔵)は、円熟を増した晩年の秀作だ。堂々としたオスのライオンが座ってどこかを見つめている。アフリカの大地で自分の群れに他のオスが侵入してこないかじっと監視しているように、とても鋭い目に描いている。ライオンが正面(鑑賞者の方)を向いていないこともあり、この絵に圧迫感はない。しかし観る者に絶妙な緊張感を与える。生きる営みに真摯に向き合っている姿が表現されているからだろう、この作品も本当に生命力があふれている。
鹿ヶ谷のお屋敷街にふさわしい館の前庭
「木島櫻谷」展は、東京・六本木一丁目の泉屋博古館・分館にも2018年2月に巡回予定だが、晩秋の京都の鹿ケ谷の静けさと木々の美しさはここでしか味わえない。展覧会と同時に京都の紅葉をお楽しみください。館からは哲学の道や永観堂、銀閣寺が近く、ゆっくり歩いて巡るには抜群の立地だ。
櫻谷作品に関心を持っていただいた方には、この秋の京都は“櫻谷づくし”なのでご紹介したい。烏丸御池の京都文化博物館で「木島櫻谷の世界」、衣笠の櫻谷文庫で「木島櫻谷旧邸特別公開」が、会期と並行して行われている。あわせてぜひご訪問ください。
日本にも世界にも、唯一無二の「美」はたくさんある。ぜひ会いに行こう。
画商の著者が近代京都・大阪画壇の100人の画家の作品を解説、参考価格も表示
泉屋博古館本館 「生誕140年記念 特別展 木島櫻谷-近代動物画の冒険」
https://www.sen-oku.or.jp/kyoto/program/index.html
主催:泉屋博古館、櫻谷文庫、京都新聞、BSフジ
会期:2017年10月28日(土)~12月3日(日)
原則休館日:月曜日
※展示作品は、展示期間が限られているものがあります。
椿山荘の北隣にある、永青文庫も近い
講談社野間記念館は、目白通り沿いの高台に位置する閑静な美術館だ。付近には椿山荘や永青文庫があり、東京都心で鳥や風の音が聞こえる数少ないエリアである。
館の名前の通り、講談社の創業者・野間清治が大正から戦前にかけて収集した作品を母体に、2000年に設立された美術館で、近代日本画のコレクションが充実している。また野間清治が昭和初期の画家百人以上に依頼して十二か月の趣を一枚の色紙に書いてもらった「色紙・十二ヶ月図」と呼ばれる作品群も見応えがある。さっと即興で書いたように見える作品から繊細な描写をしている作品まで、作家の個性も相まってとても多様性に富んでいる。とても興味深い。昭和初期の画壇の様子を知る上でも、とても貴重なものだろう。
野間清治は職業柄もあり、とても画家たちに顔が広い人だったのだろう、この館の近代日本画の東京画壇のコレクションはとも幅広い。そんな幅広いコレクションを楽しめる「川合玉堂と東京画壇の画家たち」展が始まった。
メインに据えるのはやはり東京画壇の重鎮・川合玉堂。「寒庭鳴禽」は、秋の季語である鵯(ひよどり)が枝にとまるさまと、色あせてきた葉の中心に小さく可憐に咲く白い花のバランスが素晴らしい。風が冷たくなっていく季節感を感じさせるとても美しい作品だ。
「渓山月夜」は、玉堂的山水画の秀作だ。夜の渓谷をモチーフにほとんどモノクロの色遣いだけで描いていることから、おぼろげな月明かりの絶妙な空気感が伝わってくる。渓谷にかかる橋には旅人らしき人が歩いている。宿に急いでいるのだろう。人間が生きるベースとなる自然の営みをとても柔らかに表現している。
鏑木清方門下の山川秀峰の美人画「蛍」は、団扇で蛍を追う三人の美女の躍動感を表現している。動きがあるのだがとても清楚に見える。動きに応じて着物の襟がややはだけて紅い裏地を見せているが上品さを失わせてはいない。着物や帯のデザインや質感の表現がとても上質で、帯の濃い目の色遣いが構図を引き締めている。夏に見るともっと美しく見えるかもしれない。
出展作品はどれも、館のある目白台の緑の美しさとよく合う。時間に余裕をもってじっくり静かにご覧になることをおすすめしたい。東京画壇にたくさんの興味深い画家たちがいることに気づけるからだ。
日本にも世界にも、唯一無二の「美」はたくさんある。ぜひ会いに行こう。
講談社野間記念館「川合玉堂と東京画壇の画家たち」展
http://www.nomamuseum.kodansha.co.jp/installation/index.html#gyokudo
会期:2017年10月28日(土)~12月17日(日)
原則休館日:月・火曜日
※展示作品は、展示期間が限られているものがあります。
日本画と言えば「山種」、今回は「玉堂」
山種美術館で、没後60年を記念した「川合玉堂」展が始まった。山種美術館は、山種証券(現:SMBCフレンド証券)を創業した山崎種二の個人コレクションを母体に設立された美術館で、日本画のコレクションと展覧会の企画力にはいつも感心させられる。山崎種二は玉堂との親交が深かったこともあり、玉堂作品を70点ほど所有している。玉堂を主題にした展覧会は、山種美術館としては2013年以来となる。
展示作品は、山種所蔵品を中心に玉堂美術館や東京国立博物館、東京国立近代美術館が所蔵する玉堂作品も集められており、玉堂ファンにはたまらない代表作が一堂に会する展覧会となっている。
川合玉堂と言えばやはり、豊かな自然をモチーフにした作品がまずは思い浮かぶ。この展覧会でも若き頃1895(明治28)年の秀作「鵜飼」(山種美術館蔵)が観る者をまず出迎えてくれる。玉堂は愛知県一宮市の木曽川近くの出身で、故郷の風景である「鵜飼」を頻繁にモチーフにしている。この「鵜飼」は岩山の下で鵜飼にいそしむ人々を描いており、山水画のような雄大な構図が観る者を引き付ける。
円熟期の1919(大正8)年の「紅白梅」(玉堂美術館蔵)は、琳派の表現を彼なりに深化させたものだろう。玉堂作品としては珍しいように思うが背景は何も描かれておらず、金箔に紅白二本の梅の木が自らの美しさをさりげなく主張するように淡々と描かれている。木の幹・枝と花しか描かれていないシンプルさが作品の存在感を高めているものの、とても上質で整った表現だ。
1942(昭和17)年「松上双鶴」(山種美術館蔵)は、館の2018年カレンダーの表紙にも採用されている。二羽の鶴がとても美しい絵で、慶事の際に掲げるとよく合う。この鶴、実は太い松の枝に乗っており、現実にはありえない光景だが、そんな違和感を全く感じさせない。鶴と松というとても基本的な「めでたい」モチーフを、玉堂らしいとても上品な表現と構図でまとめあげている。
1944(昭和19)年、戦火を避けて奥多摩・御岳に疎開した翌年の作品「早乙女」(山種美術館蔵)は、田植えをする娘たちを描いている。奥多摩の谷あいに作られた棚田であろうか、狭い面積に田が区切られているが、田の水や土を感じさせるものは何も描いていない。ただ一生懸命働く娘と早苗が描かれているだけである。戦争末期のとても厳しい時代に、米を作るという日本人の営みの原点のような風景に玉堂は何かの希望を感じたのだろうか、時代背景を踏まえると実に奥深い。
日本にも世界にも、唯一無二の「美」はたくさんある。ぜひ会いに行こう。
山種所蔵のとても美しい日本画が2018年カレンダーに、表紙は「松上双鶴」、3,4月も玉堂
山種美術館「川合玉堂」展
http://www.yamatane-museum.jp/exh/2017/kawaigyokudo.html
主催:山種美術館、日本経済新聞社
会期:2017年10月28日(土)~12月24日(日)
原則休館日:月曜日
※展示作品は、展示期間が限られているものがあります。
世界遺産建築にドガの踊り子はよく合う
世界で最も有名な日本人画家である葛飾北斎による西洋絵画への影響を主眼に構成する「北斎とジャポニスム」展が、国立西洋美術館で始まっている。150年前の「クール・ジャパン」がどのようなものであったかを、とても考えさせられる。
「ジャポニスム」とは、遠近法や立体感といった写実的表現を用いずにモチーフや構図の魅力を伝える浮世絵の斬新な表現に驚いた欧米人が、急激に日本文化に関心を持った19世紀後半のブームのことを指す。幕末に開国した日本にやってきた欧米人が本国に伝えたことがきっかけになって起こったもので、欧米で開催された万国博覧会に旧幕府・藩や明治政府が出品した寺社建築・庭園・工芸品もブームに拍車をかけた。
モネやゴッホといった印象派やポスト印象派の画家たちが、浮世絵を真似たように見える作品を多く残していることは、日本でもよく知られている。この展覧会はそんな「ほとんど模写した」「構図・表現をパクった・参考にした」ことを対比して確認できるよう、北斎の作品と欧米画家の作品を並べて展示していることが最大の特徴だ。
並べて展示された作品にはそれぞれ類似性が解説されている。しかしその解説が納得できるかは鑑賞者の好みだ。「確かに似ているけど、本当に参考にしたと言えるかはわからないのでは?」と感じるのはごもっとも。本当に参考にしたかは、それを立証する客観的な文書の記録は通常ありえないため、誰にもわからない。作者本人も参考にしたかは分からない場合があると言っても過言ではない。
芸術とは、過去に作られた作品よりもさらに魅力的な作品を作ろうとする芸術家たちの信念の蓄積の結集だ。本物と欺くよう仕向けない限り、より多くの人から評価された作品は一歩進んだ芸術とみなされる。「パクった・参考にした」ことよりも、できた作品が真に魅力的かどうかが本質的に大切なことだ。
ゴーガンの「三匹の子犬のいる静物」は、下半分に果物を、上半分に水を飲む子犬を描いた作品で、上下がそれぞれ主題になっている。静物と動物がツインで主題になっている構図は斬新で、静物と子犬が同じ表面にある(いる)ように描かれている。静物はテーブルの上、子犬はテーブルの下にいることが通常で、西洋絵画の立体感(写実性)を無視して描かれている。立体感を気にしないのはとても日本的な描き方であることは然り。
ピサロの「モンフーコーの冬の池、雪の効果」は、センターにまっすぐ伸びる樹を配しているが、後景に主題となる池と牛を描いている。樹を主題の引き立て役としてあえて前面に配置するのは日本の伝統的な表現手法だ。現代の風景写真でも「赤く染まった紅葉の葉の奥に主題となる五重塔が見える」構図を美しいと感じることはよくある。
19世紀後半に新しい表現に挑戦した西洋の画家たちの思いを感じることのできる展覧会だ。北斎の作品もさることながら、対比される西洋画家の作品にとても見応えがある。
日本にも世界にも、唯一無二の「美」はたくさんある。ぜひ会いに行こう。
西洋美術史の第一人者が西洋と日本の文化交流を論じた名著
国立西洋美術館「北斎とジャポニスム―HOKUSAIが西洋に与えた衝撃」展
http://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2017hokusai.html
主催:国立西洋美術館、読売新聞社、日本テレビ放送網、BS日テレ
会期:2017年10月21日(土)~2018年1月28日(日)
原則休館日:月曜日
※展示作品は、展示期間が限られているものがあります。
設立130周年ポスターは幽玄なデザイン
東京藝大美術館で「皇室の彩」展が始まった。2017年は東京藝大の前身である官立の東京美術学校が岡倉天心らにより設立されて130年にあたる。7~9月に行われた「藝「大」コレクション パンドラの箱が開いた!」に続く、藝大肝いりの130周年記念の展覧会だ。
「藝「大」コレクション パンドラの箱が開いた!」は、藝大美術館が所蔵する名品や著名画家の卒業制作品の展示が主眼だったが、こちらは「近代の皇室献上品」にスポットをあてている。
皇室(王家)に制作を依頼される、作品を買い上げられることは、芸術家にとって最高の名誉であることは古今東西普遍的だ。日本の皇室も、院展などの展覧会出品作の買い上げをはじめ、宮殿の室内装飾品や慶事品の制作依頼を、明治になってからも連綿と行ってきた。皇室が日本美術の最高水準の継承と発展に大きく貢献してきたことは言うまでもない。
東京藝大は、皇室献上品を制作するような最高水準の芸術家を多く輩出してきた。また東京藝大が音頭を取って全国の作家をまとめ、献上品の制作を行うこともあった。中でもほぼ100年前の1924(大正13)年、皇太子(後の昭和天皇)ご成婚の奉祝品制作は一大プロジェクトだった。
皇室が持つ美術品は、宮殿など皇室の私的なエリアに置かれるため、一般に公開されることはほとんどない。「御物(ぎょうぶつ)」と呼ばれ、ある意味神格化されている。平成になって「三種の神器」のような特に皇室にかけがえのない品を除いた美術品が国に寄贈され、「宮内庁三の丸尚蔵館」で一括して保管・展示されるようになった。しかしあまりに数が膨大なため公開機会は限られ、滅多にお目にかかれない状況は解消されてはいない。
この展覧会は、特に大正時代に献上された「御物(ぎょうぶつ)」から選りすぐり、宮内庁三の丸尚蔵館と東京藝大の所蔵品で展示を構成している。皇居外で初めて公開される作品も多いと言う。
「萬歳楽図衝立」は東京美術学校の教授だった小堀鞆音(こぼりともと)が描いた原画を刺繍した作品。大正時代の“王朝文化”を彷彿とさせる作品で、赤を基調とした衣装で雅楽を舞う姿が、まさに“みやびに”表現されている。
東京美術学校OBの山口蓬春による「現代風俗絵巻・ゴルフ」は、ゴルフを「現代風俗」としてモチーフに採用し、それが御物となったことが面白い。芝生のグリーンを基調に、やまと絵の屏風のように配置された木の間で、ニッカポッカ―姿でプレーする様子が描かれている。表現は御物らしくとても上品だ。
出展作品は美術品として素晴らしいことはともかく、モチーフを通じて主に大正時代の時代の価値観を味わえることも魅力的だ。歴史ファンにもぜひおすすめしたい。
日本にも世界にも、唯一無二の「美」はたくさんある。ぜひ会いに行こう。
皇室は、美術品を通じて近代国家建設をリードするイメージ醸成をどのように行ってきたのか?
東京藝術大学大学美術館 「皇室の彩(いろどり) 百年前の文化プロジェクト」展
http://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/2017/koshitsu/koshitsu_ja.htm
主催:東京藝術大学、NHK、NHKプロモーション
会期: 2017年10月28日(土)~11月26日(日)
原則休館日:月曜
従来の細見美術館のイメージとは一線を画したポスター・デザイン
細見美術館で「末法(まっぽう)」展が行われている。末法とは、ごくシンプルに言うと、仏教の教えが効かなくなるこの世の果てのような時代のこと。摂関政治が全盛だった藤原道長ら平安時代半ばの貴族たちの間で大流行した思想だ。彼らは天変地異や治安の悪化が続く荒廃した世俗の世界から極楽浄土に行けるよう祈るために、金に糸目をつけずに仏像や経典の制作に熱中していた。そんな末法をコンセプトに、優れた美術作品を展示する斬新な展覧会だ。
細見美術館は、琳派や若冲を中心とした江戸絵画のコレクションと企画展示の質が非常に高いイメージがある。仏教美術のコレクションにも優れたものはあるが、企画展のテーマとして仏教美術を前面に押し出したものはあまり記憶になく、実際に美術館の公式サイトで過去の企画展実績を確認してもほとんどなかった。
そんなこともあって、細見美術館が向き合った「末法」というテーマに非常に興味を持った。入口に置かれた出品リストを見ると、公的な作品の格付けを示す国宝・重文といった文化財指定表示は一点もない。また展示作品の所蔵元がほとんど書かれていない一方で、過去にどこにあったか、誰が所有していたかを示す「伝来」が詳しく書かれていることにも気づいた。
法隆寺伝来「十一面観音立像」は、ガラスケースに入れずに展示されており、間近で見ることができる。接近しすぎは息がかかって作品を傷めるのでご法度だが、ここまで近くで鑑賞できるのは貴重な機会なのでゆっくりとみてほしい。何でもかなえてくれる十一面観音に祈った人々の思いを感じさせる優しい包容力のあるお顔をしている。
興福寺伝来「弥勒菩薩立像」は、鎌倉リアリズムの洗練された表現による落ち着いた表情のお顔に加えて、頭部や光背の繊細な金工が見事だ。糸のような細い光線が多数表現されており、とても神秘的で美しい。
「蔵王権現立像」は、身に着けた衣のひだの表現や、右手右足を上げた憤怒のポーズを取る体の動きの表現がとてもシンプルだ。個人的には昭和40年代頃のヒット映画「大魔神」が動くさまを思い出してしまったが、シンプルさがかえってこの像の魅力を増しているように思う。お顔は大魔神のように怖くはない。憤怒しているが、温かく見守ってくれているようにも見える。仮に自分の部屋にいらっしゃるとすると、とても落ち着く。そんな見事な作品だ。
仏像・仏画・仏具など仏教美術以外にも、長谷川等伯、円山応挙、司馬江漢らの見ごたえのある作品が出品されている。いずれも所蔵者は明らかにされていないが、すぐれた作品を所有する個人(もしかしたら法人)がいて、この素晴らしい企画の実現に協力してくれていることは素晴らしい。
京都国立博物館では「国宝展」が行われている。こちらは出展作品がすべて国宝という、美術に詳しくない人でもわかりやすい展覧会だが、末法展の出展作品には文化財指定が一切表示されていない(もしかしたら表示していないだけで指定されている可能性もある)。ある意味、その作品が素晴らしいかを鑑賞者自身が見極めるよう仕向けられていると感じた。展示の最後には企画の意味をあらためて確認できる演出も準備されている。
国宝展と合わせてぜひ訪れてほしい。美術に少しでも興味のある方は、両展覧会の見せ方の違いを感じるだけでも面白いと思えるだろう。そんな実に興味深い展覧会だ。
美術館近くの岡崎公園はもう秋色、比叡山を借景にしたここだけの素晴らしい空間
日本にも世界にも、唯一無二の「美」はたくさんある。ぜひ会いに行こう。
御堂関白記から読み解く、平安貴族の筆頭格・藤原道長の宗教感はいかに?
細見美術館「末法」展
http://www.emuseum.or.jp/exhibition/ex056/index.html
会期:2017年10月17日(火)~12月24日(日)
原則休館日:月曜
※出品作品は、期間中展示替えされるものもあります。
最近は展覧会のチラシで英語もよく見かけるようになった
京都国立博物館「国宝展」も会期の半分が過ぎ、III期目に入った。11月の京都は、紅葉や寺社の特別公開など例年から人出が多い。連休もあることからますます入館者が増えていくだろう。平日でも午前中は入館待ちが1時間になることも発生している。午後や週末の夜間など、可能な限り分散鑑賞を。
京都国立博物館 @kyohaku_gallery
III期は3Fの「考古」展示室が混雑している。日本で最も有名な国宝の一つである「金印」が展示されているためだ。この金印は、普通のハンコのサイズで2cmほどしかなくとても小さい。そのため展示ケースの最前列でないとよく見えないが、金印を最前列で見るための順番待ちが数十分以上発生しているようだ。
福岡市博物館でご覧になったことがある方は、まばゆいばかりの黄金の輝きを記憶されていると思う。とても小さいが見事なオーラを発している。単眼鏡がなくとも双眼鏡があればぜひお持ちになることをおすすめしたい。後列からの鑑賞は順番待ちをさせてはいないので、人のすき間から眺めることができる。単眼鏡や双眼鏡を通じてでも、うっとりするような金色を充分に味わえる。
この金印の横には、この金印を委奴国王にプレゼントしたとの記述がある中国の歴史書「後漢書」(南宋時代の写本、国立歴史民俗博物館蔵)も展示されている。日本史の教科書で誰でも知っている邪馬台国のロマンの話の根拠はこの歴史書にある。金印とセットで見ると、とてもかしこくなったような気分になれる。
2Fの「肖像画」展示室では、日本で最も有名な三人の肖像画が出迎えてくれる。実物大の人間よりも大きいサイズに驚かされるが、圧迫感を感じさせないよう線の表現は繊細で、観る者をとても落ち着かせる。近年の研究では教科書で習ったような源頼朝らの像ではないとの説が有力で、作品のタイトルにも「伝」がつけられている。しかしこの絵は、誰かわからなくても観る者を引き付ける不思議な求心力を持っている。二等辺三角形に揃えられた構図の中に、西洋の油絵の肖像画のような面的な表現ではなく、ほぼ線だけで人物の内面までを見事に描きあげている。日本美術が世界に誇る逸品であることは間違いない。
「近世絵画」展示室では、長谷川等伯・久蔵親子のペア展示が必見だ。久蔵による智積院・障壁画「桜図」は、左右に大きく張り出した枝に咲く桜の花が、金箔の上に浮きあがるような白い大輪で表現されており、春の生命力のある息吹を見事に表現している。一方等伯による「松林図」は、朝もやの中におぼろげに松林が見え、実に気分を落ち着かせる。久蔵に先立たれた後の制作で、等伯が渾身の力を込めて理想とする絵の世界を表現したのだろう。日本の水墨画の最高傑作と言われることに異論を持つ人は少ないと思う。
1Fの「絵巻物と装飾経」展示室では、「源氏物語絵巻」と並んで「平家納経」も必ず見てほしい。経典の装飾の荘厳さは見事で、平家がまさに金に糸目をつけずに最高の工芸品を求めた集大成である。料紙に散りばめられた金箔と人物の衣装の青色が絶妙のバランスで幽玄な雰囲気を醸し出している。
陶磁器では、東洋陶磁美術館の「油滴天目」がIII期からお目見えする。こちらも椀の中の宇宙に輝く幽玄な光に本当に見とれてしまう。「曜変天目」とは別次元の美しさをぜひ見てほしい。
日本や世界には、数多く「ここにしかない」名作がある。
「ここにしかない」名作に会いに行こう。
日本で最も有名だが最もミステリアスでもある三人の肖像画を推理
京都国立博物館 開館120周年記念 特別展覧会 国宝
http://www.kyohaku.go.jp/jp/special/index.html
会期:III期2017年10月31日(火)~11月12日(日)
IV期2017年11月14日(火)~11月26日(日)
原則休館日:月曜
※展示作品には展示期間により異なります。事前にご確認ください。