祈りへの巡礼

敬虔な祈りへの旅へ。

教育と文化

2016年11月27日 | 日記

2016年11月27日(日) くもり

先日の雪には驚いた。翌早朝、凍てついたコートでテニスをしたが、身体中から湯気が立ち昇る。

まったく常識はずれな人間たちがいるものだ。それも、ほとんどが古希を過ぎた元気な人々だ。

これをしあわせと云わなくてなにを幸せと云えばいいのだろう。誰しも無病息災とはいかないが

二つ三つなにがしかの生活習慣病や成人病を抱えながら人生終幕の馬鹿騒ぎである。

そんな愛らしき人間たちを横目に観ながら、ふと思う。私の人生の最終目標とは一体何だろう。

いや、その前にこの社会の最後の目的は。そしてその輝かしき歴史の実現の先に視えるものは。

政治や経済の安定と繁栄。基本的人権の確立と一人ひとりの自由と平等の実現。いろんなことが

浮かぶ。しかし、現時点での地球上の情況を視るにつけ、それがいかに不可能なものであるかを

感じる。人間の根源的な存立条件そのものが、現代の混沌に決定的に欠落しているからである。

人類の永遠のカリキュラムである『教育と文化』という倫理観がそこに横たわっていないからだ。

私達の真の平和はそこにしかない。

 


個と全体

2016年11月22日 | 日記

2016年11月22日(火) 雨

稀有の煽動能力を持つトランプ氏の出現ですら、アメリカが一気に変わることはあり得ないだろう。

そういう一般心理に包まれて、変な安心感を露呈したのがグローバリズムにおける世界株式市場の

現在の動向である。ちなみにドルは為替市場で一気に存在感を高め、ここ一週間足らずで約10円近

い円安、日経平均株価も1万8千円台に届こうかという勢いである。世界の資金は音を立てて、再び

アメリカに流れ始めている。だれが一体この現象を予想できただろう。結局、ゲスの極みたる大衆

の総意こそが未来を確実に予言しているのだろうか。信用できない人間、この謎に満ちたる俗物…

最近、なぜだか自分でも分からないが、やれ自由だ平和だ基本的人権だ民主主義だと叫ぶ知識人や

政治家をTVなんかで視ると鳥肌が立つくらいイヤになることがある。私は経営者の時から多数決

で決める民主的合議制が肌に合わなかった。みんな平等に、という精神が本能的になにか偽物の気

がしてならなかった。その経営集団からはぬるま湯は生まれても創造的破壊は決して誕生しないと

断言していた。

余談はともかく、結局政治とか経済とか人間集団が決めごとをしてゆく世界には仮の正義とか仮の

真理とかはあるが、ほんとうの倫理に裏打ちされた人間の苦悩に満ちた存在の在り方は一つも見え

てこないということだ。聖書のルカ伝に「見失った羊」という意味深な一節がある。

「あなたがたのうちに百頭の羊を持っている者があるとする。そのうちの一頭を見失ったら、残り

99頭を荒れ野に残して、見失ったその一頭を見つけ出すまで跡をたどって行くのではないだろうか。

…あなたがたに言っておく。このように悔い改める一人の罪びとのためには、悔い改めの必要のない

99人の正しい人のためよりも、天においてはもっとも大きな喜びがあるであろう。」

要するに、人間の真理は個という内面にだけしか存在しないものだ。多数決だとか民主的合議制だと

かいっても私には信用できない。見せかけだけのなれ合い倫理感はこれっぽちも役に立たないどころ

か創造的生き方においては有害ですらある。

結論は、社会における人間として個の精神世界を深く深く省察せよということだ。その根底には得も

言われぬダイヤモンドが埋もれていることだろう。そのあなただけが本当の歴史を創りえるのだ。

 


生きて帰ってきた男

2016年11月17日 | 日記

2016年11月17日(木) 晴れ

慶大の小熊英二教授の著作は、もう15余年ほど前だったか「単一民族神話の起源―日本人の自画像

の系譜」(サントリー学術賞)を読んだことがあり、若手で才能のある人だと読後感心した覚えがある。

ところが最近、新宿花園公園付近の呑み屋である人にこれいい本だから是非読んだらと勧められて

手に取った本が小熊教授の本で、なんだかとても懐かしい感じがした。すぐに買い求めた。題名は

「生きて帰ってきた男―ある日本兵の戦争と戦後」(岩波新書1594)である。

三日かけて読了した。傘寿も半ばを過ぎた小熊氏の父であるシベリア抑留日本兵へのインタビュ―

を通して、戦中戦後そして現代生きてこれらた一庶民の人生を淡々と書き綴ったものである。私は

自分の人生と重ね合わせながら読んだ。現代史の社会学的な観点からも重要な文献と思うが、私に

は人の一生とは何かをあらためて突き付けられた格好で、もう一度自分の立ち位置を確認するには

絶好の書であった。感想を書けば長くなりそうなので最後の文章だけをここに記し、あとは今後読

まれる方のこころに付託する。

『さまざまな質問の最後に、人生の苦しい局面で、もっとも大事なことは何だったかを聞いた。

シベリアや結核療養所などで、未来がまったく見えないとき、人間のとって何がいちばん大切だと

思ったか、という問いである。

「希望だ。それがあれば、人間は生きていける」

そう謙二(父)は答えた。』(生きて帰ってきた男より抜粋)


何かが違う

2016年11月16日 | 日記

2016年11月16日(水) くもり

ちょうど1年前、ニースの近くのヴィルフランシェにいた。ああ、あれから一年も経つんだ。

懐かしさと同時に時の経過の速さに驚く。そしてあの時は片言のフランス語をようやく喋る

ことが出来たレベルにあったのに、今はまたゼロベースに戻っている。どうしようもないな、

人間てやつは。いったい、人間の頭のRAM(ランダムアクセスメモリー)ほどいい加減なもの

はないとぼやきつつも、日夜勉学に励むとは、人間とは如何にいい加減な存在であることか。

どうでもいいことかも知れないが、そのいい加減さがツイッターやSNSやFBの効率性や利便

性や簡便性にも如実に表れている。そこにおける情報の有様と本当の情報の鉱脈とは何かが

違うという感じがする。一瞬にして伝わる情報は一瞬のものである。地震速報とかライブの

時々刻々のニュースにはツイッターやSNSはピッタリである。しかしそうでない情報の方が

現実には圧倒的に多いのである。じっくり考え、吟味し、デジタルでは判断出来ない内容の

方が人間の判断にはとても重要なのだ。

答えは必ずある、とは間違った判断である。YESであり同時にNOであるのが普通である。

それでは答えがないではないかと云われればそうだとしか答えようがない。それが生きる

ということだろう。結論が出ずとも、互いに目を見合わせ微笑むことしか出来ないことを

知っている人が本当に人間が分かっている人だ。それを認識するためにはしばらく最新機

器を放棄することだ。闇の一点に自分を置き、瞑想することだ。

ほら、見えて来ただろう、深遠な人間のこころというものが。即座の情報では決して知り

ようがない人間の闇というものが。

人間の深い魅力は、そういうところにしか生まれない。

 


トランプ虫の出現

2016年11月11日 | 日記

2016年11月11日(金) 雨

予想を裏切って、既成政党と縁もゆかりもないトランプ氏が次期米大統領に選出された。

以下、恐縮だが10月6日の拙文「精神的ゲマインシャフト」を再掲させていただきたい。

『…「自己目的的な合理性」というものはまぎれもなく不治のペスト菌である。この病原菌にかか

ると、いつの間にか人間性は破壊される。国家の掲げるグローバリズム・効率性・成長追及路線の

一億人総活躍というスローガン。なんだかなにかが違っていると感じないではいられない。2008年

以降少子高齢化が漸次進行しているにも拘わらず「成長率だ最大利益だ」と叫び散らすのはそれこそ

人間の持つ際限のない「目的的合理性」そのものではなかろうか。血眼になって成長利潤の極大化を

追い求めるのではなく、精神的にもっと豊かな安定した社会共同体の形成の仕方があると私は信じる。

それは人間の芸術的労働を基本に据えた文化的ゲマインシャフトである。その文化を支える精神は

人間の『智』そのものである。なぜなら私達の文化は『智という倫理観』で呼吸しているのだから。

それが精神のパラダイム・チェンジだ。時代は歴史的変曲点を迎えた。もはや「目的的合理性」だけ

の成長第一の哲理は終焉を遂げようとしている。そうしなければ私達の豊かな未来は永遠にやって

来ないだろう。』

 

地球の歴史を地質学的に区分すると生命の誕生から先カンブリア時代、古生代、中生代、そして現在

の完新世を含む新生代と続いているが、この地球、今から2億5千年前にあたる古生代の二畳紀には

なんと全世界の全大陸か衝突し「パンゲア」という一つの超大陸であったという。一億年先の未来が

あるとすれば、おそらく地球上に再度「新パンゲア超大陸」が誕生していても何ら不思議ではない。

山川草木、それに宇宙に存在する生命はすべて変化する。変化しなければ絶滅してしまうだけだ。

トランプ氏はいわばその細微たる歴史の変曲点に現れた「三葉虫」か「アンモナイト」に過ぎない。

だが、ハッキリと云えることは歴史はそのわずかな異形をきっかけにして新たな新世界が誕生して

行くという事実である。生命の誕生から30数億年かけて三葉虫やアンモナイトが繁栄淘汰され、恐竜

が絶滅してから後に我々の祖先のアウストラロピテクスやホモハビリスが初めて誕生した。約45億年

と云われる地球の歴史の中でわずか5~7百万年前のことに過ぎない。

 

話を意図的に大きくワープさせたが、要はどんなものであれ変化は大歓迎せよ、ということだ。

その変化があらたな創意冒険を着想させる。人間生命とはそういう物だ。肝に銘じておきたい。

若い諸君よ、日々の変化しなければキミたちは絶滅するだけだ。これは、歴史の圧倒的真理だ。