商品説明
「本書は人類文化の全体的把握を目指した科目分野に拘らない"独習書"である」("はしがき"より)。本書を一言で言い表すとしたらこれに尽きる。
題名からすると、中学生以上に向けた数学解説書のように思われるが、実際はそんな生半可な本ではない。本書は「虚数」の概念を軸として人類文化全体を鳥瞰(ちょうかん)した、実に1000ページを超える大著である。いままで西洋人によって書かれた類書はいくつかあり、それらに触れるたびに西洋文化の重厚さに圧倒される思いをしてきた。本書はその西洋文化の華々しい成果を扱っているわけだが、根底に流れる思想からは強く日本文化の香りがする。その理由は著者が対象について深く理解し血肉とし、それを改めて自らの言葉で述べているからである。
著者は文中で「新しい文化を取り入れるという事は、決して自らの文化への"接ぎ木"をすることではなく、それを深く理解し自らの血肉とすることである」と繰り返し強調しているが、本書はその実践の結果である。また、副題からもわかるとおり中高生の読者を意識しており、冒頭からかなりのページを割いて「学ぶとは、理解するとはどういう事か?」について説いている。
筆者が深く理解することの重要性を意識して書いているため、円周率やネイピア数などを電卓で実際に計算するなど、自ら手を動かし、実感をもって深く理解できるように工夫されている。数学や物理の解説のほかに分子生物学から俳句、漢詩に至るまでの関連事項が豊富な上、研究者の横顔(あまり知られていない日本人科学者のエピソードも豊富)などが多く散りばめられており、読みものとしても十分に楽しめる。時間のあるときに電卓を傍らに置いてゆっくりと楽しみたい本である。(別役 匝)
著者からのコメント
「虚数の情緒」によせて 一般に,数学は「論理一本槍の無味乾燥なる世界」と誤解されている様であるが,実際に数学者の頭の中に息づいている数学は,そうした硬質なものではない.論理的である事は,理の当然として,その先にある「美の世界」,そこに数学の本質がある.対称性や統一性といった,絵画や建築に,あるいは音楽に見出される美,それが数学を支えている.
従って,数学を味わう為には,研ぎ澄まされた論理に耐える「知性」と共に,美しさに身を委ねる「感性」が必要なのである.如何に論理的に正しくとも,感情がそれを支持しなければ,決して人はそれを「わかった」とは感じない.ほとんどの人は,形式的な一般論よりも,具体的な例が身に滲みた時,初めてそれを実感をもって「わかる」のである.
負数の平方!根,「虚数」こそ,こうした意味での「具体性に欠ける典型的な例」として捉えられているのではないか,そう考えて著者は,虚数が大活躍する場面を数多く紹介した.それらの具体例を通して,読者が「虚数とは何か」を,「わかる」とは人間精神の如何なる状態を指すのかを,一緒に考えて貰える様に最大限の配慮をした.その結果が三部構成・総頁数千(四百点以上の図・表を含む)を越える本書なのである.
本書は,理科と文科という無意味かつ有害な二分法を廃し,「あらゆる文化に境界など存在しない」ことを知って貰う為にある――主題は理科(虚数)・文科(情緒)の融合をも象徴している.『様々な分野は,一冊の本のそれぞれの章に過ぎない』というカルロ・ルビア(ノーベル物理学賞)の言葉ほど,本書を見事に表したものは他にない.
青年は背伸びする.人は背伸びする心を失った時,老い始める.本書の全てを中学生が理解する事など有り得ない.しかし「手も足も出ない」「一行も理解出来ない」という事もない,楽しめる部分も多いにある.精一杯に背伸びして挑戦して欲しいと思う.