蔵書目録

明治・大正・昭和:音楽、演劇、舞踊、軍事、医学、教習、中共、文化大革命、目録:蓄音器、風琴、煙火、音譜、絵葉書

『津門』 1 (天津) (1910.2ー4)

2020年09月16日 | 清国日本人 燕塵、津門

  

津門 第一号  〔明治四十三年二月十一日発行〕

〔口絵〕

 ・天津日本租界旭街(河野写真館撮影)
 ・  同  白河   (同上)

 發刊の辭

 敢て『燕塵』の後塵を拝せんとうるにあらす、敢て『江漢』の餘流を掬まんとするにもあらす、津門同好の士か職業の異同と年齒の長幼とを論せす餘暇時に相會して互に闘はす議論雑談放言の類を活字てふ文明の利器を利用して小冊子となし一は以て同好の士に頒ち一は以て無責任なる放論を他日の左驗に殘さんとするのみ
 若し世間『津門』の主義主張を問ひ抱負希望の如何を尋ぬる者あらは乞ふ去て白河の流水を見よ、白河の水は未た嘗て其の存在の理由を語ることなくして萬世溶然として東流するにあらすや
 唯白河は一なるも水に清濁あり流に緩急あり『津門』と雖も會員の意見は其の面貌の如く異ならん、判斷評価は読者のことにして發行者の知る所にあらさるなり

 時事の感                雲外
 祝津門發刊            燕京 豊島桑弓
 同               在北京 上野岩太郎
 謹んで津門の發刊を祝す      東京 無何有道人 
 津門の發刊を祝す         在津 河東隠士
 不要領の記               牛涎居士 
 天津案内記(第一回)          SH生
  (一)天津の昔時
  (二)直隷總督の起り
  (三)天津警察の起り
 新雑誌に望む           新来生 〔下は、その一部〕

 一時萬を以て數へられたる在日清國留學生は今や僅に千餘に下り日人の清國招聘者は日に其數を減じて又昔日の勢なし日清戰後より日露戰役後に及び清國官民が一時我に信頼したるが如き盛時は復た遂に見る事能はざるか
 事の茲に至りたるに就ては其原因固より少からずと雖要するに邦人が淸人に対する途に於て甚だ失當の事多きによる其一は則ち邦人の言議を妄りにするにあり
  
 天津審判廳を觀る 明治四十三年二月四日 SH生
 清國民現代の時代精神          木戸郎
 明治四十二年の銀塊相塲         小心生
 責ふさ記                ひま生
 汝斬られても死なむ覺悟あるか      NK生
 佛字新聞の所論             SМ生
 外貌學上より見たる支那馬と價値     冀北道人
 支那俚諺譯解              美智春
 今の「ハイカラ」と武術         武狂生
 津門日記 〔一月一日~二月十三日〕   孔方兄
 三日の旅行               古狂生
 口外の銃獵(一) 一月二十七日張家口  北嶺
 同気會                 花外
 郷里の友へ               ゆき子
 天津の名物揃ひ             兩巴生

   詞苑

 津門の産聲を聞いて           霞堂生
 第二回玉突競技會の開催を望む      六十三組の一人
 義太夫の話               養軒生 
 曾國藩日記の一斑            一葉
 暖爐問題                哈々道人
 租界の三幅對              浮世道三五投
 社告

   ◉本社の簡章
  一、天津在留者にして毎月銀壹弗の會費を納むるものを以て正會員とし雑誌若干部を送呈す
  一、天津外に在留せるものにして本社に金員を寄附したるものは之を地方會員とし毎月雑誌壹部を送呈す

  明治四十三年二月 十日印刷
  明治四十三年二月十一日發行

    發行兼編輯人  清國天津日本租界常盤街四十九號 田中淸
    印刷人     清國天津日本租界壽街三十六號  津田淸之助
    印刷所     清國天津日本租界壽街三十六號  北淸印字局
    發行所     清国天津日本租界常盤街四十九號 津門社

  

 なお、本号には、次の紙片が挟まれていた。

 〔本誌発行の趣意書〕

 拝啓刻下日に増し気候緩和に相向申候処貴下益々御清祥の段奉賀候
 却説今回当地在留の同好者諸子発起人となり聊かなりとも支那の国勢に関する諸般の状況を洽く周知せしめ度き微衷と且は互に消息を漏らして娯楽の機関に供したき趣旨に基き雑誌津門を発行し之を知己朋友の間に頒配仕候
 尚ほ本誌は将来益々改良を施す必要も有之候就ては其維持発展は一に諸君の御同情に基くの外他に適当の方法も無之候に付本雑誌発行の経費を支持するため会員組織となし天津在留会員を正会員とし毎月一弗を会費として徴収うるの外地方に在て本会の主旨を賛成せられ好意を以て金員を寄附せらるゝ諸君を地方会員となし此に対して雑誌を贈呈することゝ定め候に付御賛成の諸君は御申込被下度茲に雑誌一部を贈呈し得貴意候也
                                        清国天津日本租界常盤街四九
                                     津門社委員
                                  各位

 

 津門 第貳號  〔明治四十三年三月十五日發行〕 

〔口絵〕

 ・禁衛軍大臣載濤貝勤 記事參照

 西藏問題の觀測             牛涎居士
 清國軍隊の西藏侵入           北嶺生
 佛字新聞の所論(二)          SМ生
 摘食論(一)              呑雷
 雙龍寶星(一)             頑骨
 在理會(一)              寂寞道人
 天津審判廳を觀る(續き)        SH生
 天津案内記 第二回           SH生
  (四)天津城壁の今昔
 天津の誇り               香圃
 津門開く                五十男
 娘々宮                 松涙生
 支那俚諺譯解           天津 美智春
 平仄と北京語の聲との関係        馬吉
 曾國藩日記の一節(二)         一葉
 三日の旅(二)             古狂生
 口外の銃獵(二)            北嶺
 天津陸上運動會             花外
 ひた振ひの記              ぶるゝ生
 義太夫の話(二)            養軒生
 支那人の迷信と奇談           哈々道人

   詞苑

 天津の俳樂會              白水津門日記 孔方兄
 津門日記 〔二月十四日~三月十二日〕  孔方兄
 天津看板のぞ記             慢々道人
 天津看板のぞ記 慢々道人

   雑報 

 ●載濤
 ●編輯餘録
  
 社告    

 〔紙片二枚〕

 ●明治四十三年淸國天津気象畧表
 ●明治四十三年十二月中ノ銀塊相塲及日本向賣爲替相塲一覽表



 津門 第三号  〔明治四十三年四月十五日発行〕 

〔口絵〕

 ・三月二十三日天津尋常高等小學校証書授與式
 ・三月七日降雪中の大和公園

 時事評論
 春                   茶目坊
 英國も亦我を怕る            水天
 民團法施行規則の改正を要す       凸坊
 英國も亦我を怕る            水天
 天津靑年諸君に英語字典の研究を勸む   春子
 淸國憲政豫備概觀            NМ生
 淸國財政資料              
 淸國鐵道概觀
 鐵道借欵問題              北馬生
 雜錄
 星龍寶章(二)             頑骨
 在理會(二)              寂寞道人 
 支那人の三特長             五十男
 天津案内記 第三回           SH生
  (五)天津洋務局の今昔
 曾國藩日記の一節(三)         一葉
 支那人の迷信と奇習(二)        哈々道人
 大聖釋迦                松蘇水
 偶感(日記の所々)           蘇の水
 有耶無耶論               呑雷
 支那の言文一致體         津門 美智春
 支那俚諺譯解           天津 美智春
 史傳
 兩宮西南播遷の顚末(一)        馬脚散人譯
 興淸傳(一)              野史子
  (一)闖王李自成
  (二)奸黨の陰謀
 文藝
 痛恨                  ゆき子
 彌生吟集
 獵界雜話
 天津の銃獵界              新天狗
 硝煙餘錄                雪泥散人
 津浦鐵道工程車發着時間表
 塔爾巴哈台の學堂
 話の話
 京津似顔の見立             京津飛脚屋
 雜報
 山東通信                濟南子
 津門日誌 〔三月一日~四月十一日〕 〔下は、その一部〕

  二十日 濤貝勒一行特別列車にて當地を通過し日本視察の途に上る阿部司令官一行太沽に一行を送り貝勒及薩鎭氷と會談數時

  廿七日 保定倶樂部誌第二十八號出づ記文兩がら美

 會員彙報
  ●正會人名錄
 證書授與式
 唐山セメント公司擴張
 社告



コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。