ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園ーFの物語・バックヤードー全ての罪は

2021-04-16 23:11:13 | 大人の童話
満月が中庭を照らしていた。
庭木の影がはっきりと地面に映っている。
東屋に近い煉瓦の径を、ダリアは歩いていた。
 フィリアの娘を身代わりに立てようとして以来、デザントが夜、訪れることは無くなった。
 そして又、婚姻と離縁を繰り返すようになり、今日で四度目のお披露目だった。
 広間では、いつものように、亡き王妃の愛した曲が演奏された。
 けれど、デザントと共に踊ることは、きっと、もうないのだ。
 あの日、確かに自分は輝いていた。
 今は、月光に照らされるだけだ。
 ダリアは一人、踊り始めていた。
 回って、止まって、すぐ回る。
 その時、延ばした手を誰かが掴んだ。
 背中を、上に引かれるように振り返る。
 デュエールだった。
 そのまま、踊り続ける。
 踊りやすい。
 自分が伸ばしたい場所、着きたい位置に、確実に導いてくれる。
 体の隅々までリズムに満たされていく。
 初めての感覚だった。
 夢中で踊り続ける。
 足がもつれて、倒れそうになるのを、優しく抱き止められる迄。
「最高!」
 東屋への階段に寄り掛かり、ダリアが言った。
「夢のようです」
 デュエールが言うと、ダリアが少し眉根を寄せた。
 聴覚を失ってから、デュエール言葉は、少しづつ聞き取りにくくなっていたのだ。
 聞き慣れた者でなければ、判別が難しいことも多い。
 デュエールは小枝を折り、月明かりが当たる土に、文字を綴った。
『夢のようです』
 ダリアが微笑む。
「夢かもしれません」
 この高揚も、すぐに舞い戻るであろう寂しさも。
『月の光も暖かいのです。知っていましたか?』
 デュエールが掌を月にかざす。
「本当に?」
 ダリアがその横に、右手を並べる。
「本当ね」
 目が合うと、同時に微笑んだ。
 見つめ合ってそのまま、夜に任せた。

 デュエールは、自分を止めることが出来なかった。
 廃嫡以来、全てを諦め、自分を圧し殺し、身を潜めるように生きてきたのだ。
 それでも消せなかった想い。
 そして七日目の夜、見てしまった。
 呆然と立ち尽くすフレイアを。
ーこれで終われるー
 デュエールは安堵し、深く、深く絶望した。

 翌日の日暮れ時、デザントはデュエールの住む、別荘に着いた。
 大雨で傷んだ屋敷の修繕が終わるまで、宮殿で過ごす予定だったものを、中途で戻ったと耳にして、話を聞きに来たのだ。
 ここ数年、ゆっくりと話をすることも無かった。
 一晩、腰を据えて語り明かすのも、良さそうに思えたのだ。
 以前そうしていたように、案内を待たずに上がり込む。
 後は庭の周辺を直すだけで、生活に支障はございません、と言いながら着いてきた侍女と、入った部屋に、デュエールは居なかった。
 庭への扉が開いている。
 二人で外に出ると、遠くにデュエールの姿が見えた。
 そのまま進むと、王妃が落ちた崖だ。
 黒い予感に襲われて、デザントは走った。
 デュエールの耳が不自由なのは幸いだ。
 もう少しで追い付ける。
 そう思った瞬間に、デュエールが振り向いた。 
 彼は目を見開き、次に白い歯を僅かに見せた。
「全ての罪は、私にある!」
 それは、高らかな宣言であり、贖罪であり、懇願だった。
 そして、崖の向こうに、身を踊らせた。