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ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園-Eの物語-責任の所在

2022-05-13 20:26:27 | 大人の童話
 翌朝は快晴だった。
 エクリュ村出身の老夫婦は、息子夫妻と孫を連れて見送りに来た。
「何も出来なくてすまない」
 白髪の老人がセランに言った。
「本当に。『神の子』がいないばっかりに」
 老婦人がそう付け加えながら、弁当を渡す。
 その手はすぐに、男の子の肩に置かれた。 
 珍しそうに一行を眺めるその子の頬はふっくらとしていて、オパールとトパーズより、二つ三つ年嵩に見えた。
 ルージュサンはその子の前に屈んだ。
「おはようございます。私はルージュサン=コラッド。貴方の名前を教えて貰えますか?」
「ケッタ」
「ケッタ。良い名前ですね」
 ルージュサンがケッタの頭を撫でる。
「ルージュサンもね」
 ケッタもルージュサンの頭を撫で返す。
 場の雰囲気が、一気に和らぐ。
「有難う」
 そう言ってルージュサンが立ち上がった。
「私の母親は、私を逃がす為に自らを傷付け、私の義母は息子の将来を思って、罪に手を染めました」
 ルージュサンの視線が老婦人に注がれる。
「セランの両親が詳しく知っていたら『神の子』が生まれないよう、仕向けていたかもしれません。親なら当然の気持ちですから。けれども実際は何もしなくても『神の子』は生まれませんでした。生まれるものなら何をしても生まれ、生まれないものなら何をしても生まれない。宿命とはそういうものなのだと思います」
 ルージュサンがにっこりと笑った。
「そしてこの旅を私達は選んだ。それだけのことなのです」

 
 


楽園-Eの物語-扉の外では

2022-05-06 22:19:55 | 大人の童話
 入口から老婦人を押し返すように、オグは店から出た。
「何しに来たんだ」
 圧し殺した声で、痩せた老婦人に詰め寄る。
「あたしは、やっぱり」
「ムンも旦那も止めただろう?談なの目を盗んで来たのか」
「一言、謝りたくて」
「必要ないって言われただろ。あんたは全部知ってたから『神の子』が生まれないように、息子の結婚を遅らせた。それはあんたの勝手だよ。だけど今更謝ってなんになる?赦してもらえばほっとするか?いっそ罵られれば気が楽か?あんたが息子の結婚に口を出さなかったら、行かずに済んだかもしれない。そんな思いであいつらを煩わせるのか。もし罵れば、自責の念まで残るのとになる。あいつらは『神の子』でもないのに、山に行くんだ。四歳の娘を二人残してな。自分の疚しさくらい自分で背負え!」
「そんな・・・・酷い」
 老婦人が灰色の瞳から涙が溢れた。
「あたしはただ」
 滴が頬の皺を伝っていく。
「泣いても同じだ。ここに来たのを旦那に知られなきゃもっといいって思ってるんだろ。虫のいい」
 老婦人の涙が止まった。



楽園-Eの物語-居酒屋

2022-04-29 21:41:17 | 大人の童話
 四人が選んだのは、地元で人気の料理店だった。
 夜には酒の注文も増え、毎夜賑わいをみせるのだ。
 白っぽい石造りの建屋に、掠れた緑色の扉が付いているが、それは開け放たれていた。
 入り口近い木のテーブルに、オグとムンが扉を向く形で四人が座る。
 客達がセランの美貌に度肝を抜かれたり、ルージュサンの華麗さに見惚れたりしていたが、ムンとオグももう慣れて、気にも止めない。
《ここは蒸し饅頭が看板料理です。ふかふかでキメの揃った皮に、美味しい餡がたっぷりと入っていて、種類も豊富です。大きさも女性の掌に余る程です》
 ルージュサンに言われ、オグとムンが周りのテーブルを見回した。
 確かに何人もの客達が、大きな饅頭にかぶりついている。
 オグが入口の方に向き直り、壁のメニューをサス語にして、ムンに聞かせ始めた。
 全てを読み上げる前に、頬を紅く染めた若い女が、注文を取りに来た。
《難しい》
 オグの呟きにムンも同意する。
《では、饅頭を全種類頼んで、お二人で分けてはいかがですか?それと、蒸し上がるまで皆で二、三品。余されましたら私が引き受けます》
 ルージュサンが二人に提案した。
《僕達もそうしない?》
 目顔で同意し、ルージュサンが注文する。
「饅頭を全部二つづつ下さい。根野菜の酢漬けと、潰した豆のサラダは大皿で、そして濃い目のお茶を四人分お願いします」
 店員が困り顔になる。
「うちの饅頭は十二種類あって、とても大きいです。無理です」
「そのお客さんなら大丈夫!いくらでも受けて!」
 厨房から太い声が飛んだ。
「お久しぶりです。お元気そうて良かった!」
 店主が覗かせたのは、丸い頬と半月の口だ。
「ご無沙汰しています。相変わらずのご盛況ですね」
 ルージュサンが返した笑顔は、金色に煌めくようだ。
 店主は少し眩しげに、それを受け止める。
「とんでもなく美男の学者さんと結婚したって噂だけど、その方ですか?」
「はい!そうです」
 セランが手を上げて答えた。
「僕がルージュサンの夫!とんでもなく美男の学者です」
 乾ききらない銀髪が、肩にまとわりつく。
 それでもカラッとしたその笑顔は、全ての色を含んだ、透明な光を撒き散らしている。
「噂通りの美しさですね。実にお似合いです」
「そうでしょうそうでしょう。僕はこのルージュサンに選ばれたただ一人の男、僕が知る限り、世界一の男なのですから」
 セランが立ち上がって、右手で胸を叩いた。
 店主は一瞬表情を失くしたが、すぐに立ち直る。
「お祝いの気持ちも饅頭に包ませて頂きます」
 そう言って顔を引っ込めた。
「嬉しいなあ。ルージュのお陰だ」
 にこにこと椅子に座ったセランが、身を乗り出してオグの手を掴んだ。
「『お祝いの味』がどんなのか知りたいから、半分交換してくれない?」
 その声を聞いた者達がセランを見る。
 オグはセランをまじまじと見つめた。
 セランは真顔だ。
 オグが念のためルージュサンに聞いた。
「あんたは、いいのか?」
「私は何度も頂いているので判ります。有難う」
 ルージュサンが微笑んだ。
「分かるのかっ?」
 オグの目と声が大きくなる。
 ルージュサンは悪戯っぽく見つめ返しただけだ。
 オグが口を引き結んだ。
 その顔は赤く、頬も少し膨らんでいる。
 ムンの肩が細かく揺れた。
 それはすぐにくっ、くっ、くっ、という笑いに変わる。
 次はルージュサンだった。
 遠慮なく大口を開け、愉快そうに腹から笑う。
 ルージュサンから放たれた笑いの波動が、熱を帯びて周囲を呑み込んでいく。
 先ずはセランと隣のテーブルの男が、そして後ろの席の女達、そのまた隣の五人連れへと、笑いは伝播していった。
 それは理由も知らない客達にも及んで、店中が笑いに包まれる。
 その波が引くと、斜向かいの男が立ち上がった。
 三色の丸い帽子を被って、鼻の下には巻き貝の様な髭が二つ、並んでいる。
 ルージュサン達のテーブルを覗き込み、陶器の瓶を真ん中に置いた。
「飲んでくれ。あんた達は愉快だ」
 三人が口々に礼を言う。
 一人仏頂面のオグの肩を、貝髭の男が軽く叩いた。
「あんた幸せ者だよ、こんな連れがいるなんて」
 オグが横目でじろりと見たが、貝髭男は構わず続ける。
「気楽に構えて任せときゃいいのさ。全部いいようになる」
「あんたに何が分かる」
 オグが噛みつくように言った。
「分かるさ。あんたはこの中で一番年下で、他の三人はかなりタフだ。あんたの場所は決まってるんだよ。その場所にいるのは甘えなんかじゃない。役割分担というものさ」
 オグがあからさまにそっぽを向く。
 そこに大きなトレーが運ばれてきた。
「お茶と酢漬けとサラダ、それと店主からお祝いのお酒です」
 手際よく並べると、感謝の言葉と伝言を持ってすぐ戻る。
「では、貴方も」
 ルージュサンが貝髭男のカッブに、酒をなみなみと注いだ。
 つぎにムン、オグ、セラン、そして自分だ。
 度数が低く、スパイスや果物で風味付けした透明な美しい酒だ。
 貝髭男が乾杯の音頭をとると、数人の客が杯を掲げ、オグも仕方なく調子を合わせる。
 酢漬けは体の淀みを取るようで、サラダの豆は滑らかに濾してあり、喉に優しい。
 次第に気持ちが落ち着いて、再びサラダに伸ばした手を、オグが不意に止めた。
 ムンも目を上げ、オグを見る。
《夕陽を見てくる》
 オグが早足で出口に向かった。
《料理より夕陽、なんだ。意外だなあ》
 セランがのんびり言う横で、ルージュサンがサラダをオグの皿に取り分ける。
《そうですね。どう思われますか?ムンさん》
《少し、いつもは違う》
《そうなんですか。お酒をもう少しいかがですか?》
《気にするな》
「ご結婚はいつされたんですか?」
 オグが座っていた椅子の辺りに
、二人連れの女が斜めに並んだ。
「六年になります。それでも祝って頂けるのは嬉しいです」
 セランの微笑みに、女達の目が潤む。
「なあ、どこに行くんだ?」
 ストールを巻いた若い男も、カッブを持って寄ってくる。
「『エクリュ村』はご存知ですか?」
 答えたのはセランで、カッブに酒を注いだのはルージュサンだ。
 男は首を傾げた。
「いや、どこにあるんだ?」
「北だよ。サス国の西の外れだ」
 他のテーブルから年嵩の男が答える。
 ルージュサンが酒を大きな瓶で頼み、店は三人を囲んで、立食パーティーさながらの様相を呈していく。
 蒸かしたての饅頭が運ばれて、セランが腰を浮かした。
《オグさんを呼んで来る》
 ムンが顔を上げてセランを見る。
《ずっと四人でいたんです。少し一人にさせてあげましょう》
 ルージュサンがセランの右手の上に、左手を置いた。


楽園-Eの物語-浴場

2022-04-22 21:37:06 | 大人の童話
 砂漠を抜けた町で宿を取ると、四人は二手に別れた。
 オグとムンは近所のエクリュ村出身の者に、『神の子』の選定結果を知らせに。
 ルージュサンとセランはオバニの元に、ベイを頼みに。
 名残り惜しそうなベイを見たオバニが「お前と歩いたラクダは皆懐いちまう。いっそのこと、ラクダ飼いになったらどうだ?」と
笑った。

《夫婦で明日の朝見送りに来る》
 ルージュサン達が宿に帰るなり、浮かない顔でオグが言った。
《そうですか。色々お疲れでしょう。まずは浴場でさっぱりしませんか?》
 ルージュサンが提案した。
《賛成!行こう!》
 セランが扉を開けて、さっさと歩き出す。
《そうしよう》
 ムンも扉に向かう。
 後を追おうとしたオグが、靴の紐が弛んでいることに気付いた。
 前屈みになって紐を直すオグを、ルージュサンが待つ。
 ムンはすぐに、セランに追い付いた。
《浴場が分かるか?》
《いえ、この町は初めてです》
 ケロリと答えてセランは歩みを止めない。
 ムンが目をしばたたいた。
《なぜこっちだ?》
《美味しい気配がするからです》
《大丈夫か?》
《はい》
 平然と進むセランに、首を傾げながらムンが並んで歩く。
 オグとルージュサンもすぐに追い付いた。
《ルージュ、お風呂どっち?》
 母親に甘える三歳児のように、セランが聞く。
《この道は少し遠回りになりますが、夕食を取る店を選びながら、進むのに良いと思います》
 そう言ってルージュサンはムンとオグを見た。
《何を召し上がりそうたいですか?》
《ね?》
 セランがムンに言った。
《なるほど》
 ムンが納得した。

 砂と乾きに晒された体に、浴場の湯はどこまでも深く染み込むようだった。
 着ていた服はそのまま浴場で売り、新しく服を買う。
 数日滞在するなら洗濯も頼めるが、急ぐ時には便利な仕組みだ。
 この旅でも入浴の度、使っている。
 セランはその都度、服を洗うのが女性かどうかを確かめた。
「男に洗わせるくらいなら燃やします。それが勿体ないというなら、僕が食べます。ルージュの服ならきっと大丈夫。愛の力で滋養にしてみせますとも!」
 そう叫んで驚かれたり、気の毒そうな目で見られたりすることもしばしばだった。


楽園-一問一答 殺した者

2022-04-15 21:16:36 | 大人の童話
《じゃあ、幼名は正式な名ではないのか》
《そうです。あくまで呼称です。嫁ぐ前は誰々の何番目の娘、嫁いでからは誰々の妻、というのが正式な名前になります》
《井戸掘りがきっかけで、色々な部族と親しくなったか》
《はい。どの部族にも属さない場所だったので、砂漠の族長全てに許可を取りました》
《何でまた、砂漠に井戸なんか》
《貿易商をしていた頃、砂漠も通ったのです。使える井戸があれば便利ですから》
《水を巡る争いを減らす為もあったんだよ。ルージュは言わないけど》
 オグとルージュサンの一問一答を、セランが補足した。
 盗賊との騒動を目撃し、オグの好奇心が屈辱感に勝ったのだ。
 それから道中の会話は、オグの疑問が大半を占めるようになっていた。
《刀はどこで覚えたんだ》
《育った船で》
《随分腕が立つんだな》
《海賊も出ますから、身を守れるように鍛えてくれました。そして心も守れるように、更に》
《心を守る?》
《なるべく人を殺さずに済むように、です》
《それが心を?》
 オグはピンと来ない。
《俺は一度、戦に駆り出されたことがある》
 ずっと黙っていたムンが、口を開いた。
《獣を仕留めようとする時、俺は威厳を感じる。固くて重い。同じ強さの何かが俺に生まれて、矢を放つ。戦は違う。命じられたからでも、正義や国の為でもない。死なない為に射る。的に弓を引くように、殺し続ける。敬意も尊厳も何も無い。でも確実にすり減る。棲み付く。嫌なもんだ》
 訥々と語って振り返る。
《大事にされたな》
《はい》
 ルージュサンが深く頷く。
《花嫁に何を渡した》
《指輪です》
《えっ?指輪?あ、本当だ。小指にしていたのが無い!お父上から頂いたのに!》
セランが驚いてルージュサンの左手を取った。 
《問題ありません。まだ足の指にもはめる程あります。彼女にはお守りが必要になるかもしれないのです》
《いっつもこうなんです》
 セランが呆れた振りをしてムンに言う。
《自分のことはそっちのけで、人助けばっかりしてるんです》
《お前はそれを助ける為に吹き矢を覚えたか》
《足手まといにならない為に、です》
 その口調に滲み出るルージュサンへの愛に、ムンが小さく笑った。
《なかなかだった。けれどルージュサン、あれは速い。見たことが無い》
《ナザルと鍛練しています。力では到底敵いませんので、速さと勘が磨かれます》
《ああ、あいつも強いな》
《判るのか?》
 オグがムンを見た。
《猟師の勘だ》
《役立たずは俺だけってわけだ》
《ベイと荷物を守るのも、大事な役だ。お前は畑が得意。それでいい。いや、俺はそれがいい》
 ムンは口をつぐんで前を見た。。