(先祖供養には「悟りの力」が必要)
先祖を供養するには、その前提として、供養する側に修行が必要です。まず、仏法真理を学習すること、書籍を読み学習を深めること、そして、仏の光の感覚を身につけることが大事です。その結果、その光の一部を廻向(えこう)していく(手向ける)ことが可能になるのです。
自分自身が、光を発する灯台とならずして、闇夜の海を照らすことは不可能です。闇夜のなかで、航路が分からなくて迷い、漂っている船があるとき、「その船を救わなければいけない」と、いくら言っても、灯台から光が出ていなければ、どうしようもないでしょう。
自分も手探り状態のままで、「何とか救いたい」と一生懸命に言っているよりも、まず、光をともすことです。そうでなければ導けないのです。
光をともすために、この世の人間にとっては、仏法真理を勉強して、修行をする必要があります。それをせずに、「ただただ救われたい」という一念で、毎日、先祖供養ばかりするのは考えものです。それよりは、まず、修行をして、悟りを高めなければなりません。
悟りの力によって先祖は供養されるのです。これが原点です。
(霊人の救済は、基本的には、あの世の高級霊に任せる)
先祖供養には危険な面もあるため、煩瑣(はんさ)に先祖供養をすることは、お勧めできません。先祖供養ができる場所で、導師がいるほうが安全です。家に取り憑いて子孫に悪さをしている先祖は、子孫の力だけでは救済できない場合があります。
間違ったことをしている先祖は、高級霊に叱ってもらうのです。あの世のことには、あの世の人が最も精通しているので、基本的には、霊人の間違いは、あの世の高級霊に任せるのがよく、それが近道なのです。
家庭でも、年に何回か、命日などに家族全員で供養するのは、悪いことではないと思います。しかし、やりすぎないことです。毎日、朝昼晩と供養したり、毎晩、寝る前に供養したりするよりも、きちんと自分が修行することです。自分自身の悟りを高めることに重点を置き、先祖供養は、できるだけ、導師がいる所で行うほうが、危険が少なく、効果も大きいのです。
---owari---
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