大山レンゲ

花の歳時記

年の瀬

2010-12-31 19:49:56 | Weblog

喪中につき年末年始のご挨拶を失礼させて戴きます

 

雪の大晦日になりました。義母の入院、別れと多難な一年でしたが、無事新年を迎えることが出来そうです。怠けがちなブログにお越しいただきましてありがとうございました。来年も二人三脚で頑張って行こうと思っています。来年もどうぞよろしくお願いいたします。

新しい年が希望に満ちた一年になりますようお祈りいたします。

 

                                            ゆう


母の病気

2010-12-29 21:14:01 | Weblog

毎日の電話は「夕食食べた?変わったことはない?戸締りをした?」などで始まるのだが、この日は「食べたくない」と言う。他には変わったことが無いと言うので「暖かくして休んで・・」と電話を切った。翌日も食べたくないという。リハビリのキャンセルをして、駆けつけ、病院に連れて行ったのだが、熱もない、嘔吐下痢もない、医師も首をかしげて「点滴をしよう」と言われた。

点滴を受け、我が家に連れて帰ることにした。母は我が家に泊まりに来たことはほとんどない。娘を長男に嫁がせたとの思いが母にあったのか、来ることはなかった。

おかゆや、柔らかいものを少しづつ美味しい美味しいと言いながら食べている。一人暮らしが20年余りで一人で食べることになれたとは言え、体が弱るとどんなにか寂しかったことだろう。母の年代の人はそうなのかもしれないが、「寂しい、来てほしい」とは一度も言ったことが無い。いつも夜中に目が覚めると母のことが気になっていたが、側にいると安心する。

幼児が親のあとを追うように私が立つとすぐに側に来る。洗濯を干していると手伝うと言い、食事の支度をする時も手伝ってくれる。元気になったのを喜びながら、不自由な娘の手伝いをしたいという親心がありがたい。

五日間我が家で過ごし、食べられるようになった母は、家のことも気にかかるらしく帰り仕度を始めた。白寿の詩人、柴田トヨさんの「くじけないで」を時々読んでねと言って荷物に入れた。母は義母の墓にお花を供え、お参りをして、我が家を後にした。元気だと言っても90歳の体は不安でいっぱい。認知症になっていない母は住み慣れた家で暮らすのが一番かもしれないが、これから先を考えるとどうしてあげるのが一番いいのか答えが見つからない。今夜の電話で母は「もうすっかり元気」と言うのだが・・・・・。


似島へ

2010-12-25 21:01:57 | Weblog

少し前の話。紅葉が終わった頃、似島へ行った。広島港からフェリーで20分の距離だ。車で渡るのだが車検証を見せることもなく、切符も買わず乗り場に直行するようになっている。係の人が言われた運賃を払って乗船する。「島を一周することが出来ますか」聞くと「やめたほうがいい、言うことを聞かずに行って車をおとした人がいます」とのことだ。

 

波もなく静かな航海。広島に原爆が落とされた日、この海を被爆者の人が大勢似島に運ばれたと聞く。わが子をあちこち探し回り、似島で出会った記事を新聞で読んだことを思い出す。

 

夫は初めての似島だが、私はかって職場から似島学園に慰問に訪れたことがある。対岸の広島の高い所からは「安芸の小富士」と呼ばれている山が見える。夫はその山に登りたかったようだが、行くも一人、残るも一人は心細いのでやめてもらった。海岸沿いを走るとつわぶきの黄色い花があちこちに咲いている。のんびりと海を見ながらお弁当を食べ、二時間あまりで島を後にした


唯称庵跡の楓林

2010-12-07 21:20:59 | Weblog

もみじ祭りの終わった11月末、唯称庵跡の紅葉を見に出かけた。

 

 

唯称庵の楓は県の天然記念物に指定されている。唯称庵主本励上人が京都高雄から取り寄せたという。140~50年経った見事な楓の老木が本村川沿いに40本余りある。

 

川面を渡る風は冷たく、時折赤色、黄色の葉が風に舞っている

 

                   

 

 今年の紅葉も終わりを迎えた。自然の織りなす美しい景色を見ることが出来た幸せを想う。

 

                                                                               


比婆山へ

2010-12-05 22:37:03 | Weblog

今年の紅葉はひときわ美しい。台風が来なくて葉が痛んでいないからだとか・・・。かって友人達と何度も登った比婆山に先日行った。鮮やかに紅葉した葉っぱのトンネルを通りながら山頂近くの駐車場に着いた。駐車場は登山をする人の車がいっぱい

 

 

 

 

 

 

 

山に登れなくなった今も楽しい思い出は心を元気にしてくれる

 

 

 

 

 

帰り道、道端のリンゴ園には真っ赤なリンゴがたわわに実っていた。


北から~南から

2010-12-03 22:16:21 | Weblog

広島にいる孫娘と千葉にいる孫息子。ともに高校二年生。同じ頃に修学旅行があった。

広島の孫は北海道だった。飛行機が着陸する時、眼下に見えたパッチワークのような畑に驚いたことだろう。小樽は何が印象に残っただろうか。初めての北海道は食べ物も見る物も珍しいことばかりだったのだろう。お土産に「白い恋人」を買ってきてくれた。

千葉の孫は沖縄に行った。世界遺産の首里城やひめゆりの塔を見学したことだろう。民宿もすると言っていたが、方言はわかっただろうか。きれいな海に感激したかなと思いを巡らす。お土産に「シーカーサータルト」が届いた。

北からと南からと届いたお土産。二人の孫達のやさしい心遣いに感謝しながら、お土産のお菓子を美味しく頂いた。二人ともありがとう。じいちゃん、ばあちゃんはとっても嬉しかったよ。クラブも勉強もよく頑張っているね。体に気をつけてね。