TULIP DIARY

届くといいな やさしい風に乗って

父の話

2024年04月17日 | ひとりごと

4月に入ってすぐに父が他界しましたが、父が最後に勤めていた会社の元同僚の方が葬儀に参列して下さり父が会社で見せていた印象を話して下さいました。父が怒っていたのを見たことがないほど温厚な人だった、仕事はきちっとしていて父に任せておけば安心と誰もが言われていた、マージャンをすると父はいつも強かったこと、麻雀をしていて人数が足らなくて困ったときは必ず付き合ってくれるほど付き合いがよかったなど褒めて下さって父が会社で見せていた顔は普段家で見せていた顔とは少し違っていたように思いました。亡くなって褒めていただけるなんて父は幸せものだなあとも思いました。父は最後に勤めていた会社が大好きで同僚も大好きだったのだろうと改めて思いました。

父が最後に勤めていた会社は今はもうありませんが、この会社で父がお世話になった元同僚の方々は高槻市にお住いの方々がものすごく多かったと聞いたことがありました。葬儀に来ていただいた元同僚の方も高槻市にお住まいの方で、大冠高校のご近所にお住まいの方でした。大冠高校には知り合いも多く、昔劇を観に行ったこともあり、大冠の話を葬儀に来て下さった元同僚の方と話をしました。昔、高槻市では一番最初に勤めた職場がありましたし、0歳のときに3か月ほど当時の高槻市役所があった場所の近くにも住んでいたこともあり、昔のアルバムに芥川の堤防で遊んでいた写真もアルバムに貼ってあり、何かと高槻市とは縁があった場所でもありました。

昨日は1日どこにも行かずに衣服を出せるゴミの日だったのでこれから少しずつ父と母の衣服をゴミに出そうと整理していました。新聞紙や広告などの紙類や段ボールやアルミ缶などを近所のいつもお世話になっていた方に車で取りに来ていただき、1階が少しきれいになりました。父はいつもよく家の前で水を撒いていたので、父が亡くなったことを伝えるとご近所の方々はよく水を撒いておられてお元気そうでしたよねと言って下さったり、気落ちされないようにとお声掛けいただきました。皆さん見ておられないようでちゃんと父をいつも見て下さってたのだと思うとちょっと嬉しく感じました。

1階にあったごちゃごちゃしたいろいろなものを整理していたら亡き叔父たちが住んでいた家から持ってきた古い写真が入った箱があったのを見つけ、それをじっくり見ていると私が知らなかった父の若いときの写真や祖父祖母叔父叔母たちの若い頃の写真もあり、しみじみ見てしまいました。葬儀に参列して下さった従姉の子供の頃の写真も見つけ、写真があったら欲しいと言われていたので今度送ってみようかなと思いました。

昨日、四十九日法要後の挨拶文をパソコンで作成しました。母と同じようにお返しは商品券にしようと思い、今日梅田に買いに行こうと思います。

昨日は衣服の整理以外にも午前中来客があり、書類の提出などがあり、久しぶりにどこにも出掛けず1日自宅で過ごしました。晩遅くから今日の朝方に掛けて雷雨があり、電動の時計が点滅していて一瞬だけ停電していたようで、朝方電動の時計を修正しました。雨は結構ひどい降り方でしたし、雷も何回も鳴っていた時間帯もありました。

父の書類などの手続きがまだ後少し残っており、戸籍謄本などが修正できるのが来週ということでまだ時間がしばらく掛かりそうです。いろいろな用事を少しずつ済ませながら時がいつのまにか先に進んできていたのを実感するようになりました。

子供頃、自転車に乗れなかったときに一緒に乗れるまで付いてきてくれたのは父でした。いつも買い物に出掛けるときに自転車のタイヤの空気が減っているといつも入れてくれていた父でしたが、父がいなくなって父が私にしてくれていた様々なことが有難かったことだったのを今しみじみ感じるようになりました。

父の葬儀に飾られていた花々は少し枯れてきました。最近は暑い日が多いので12日経ったら枯れてしまうのだなあと思いました。

 

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