わたしの幸せ

2017年07月10日 16時11分27秒 | 社会・文化・政治・経済
1963年、当時の首相から依頼され、77歳で第5代国鉄総裁を務めた石田禮助さん。三井物産の代取締役社長も務めた。
最初の記者会見で、自らを「ウォーム・ハートを持ったヤング・ソルジャー」と称する。
直訳すれば、熱い心の一兵卒。
「よみがえる力は、どこに」城山三郎著で、<自ら犠牲になって耐え抜いて働くという覚悟からだ>と記す。
「公職は奉仕すべきもの」と宣言する。
勲章は拒否し、没後は妻が断る。
現在の人々に伝えたいエピソードだ。

文化芸術振興基本法
「日本近代史上の大事件にして革命」と作家の山崎正和さんが絶賛。

自分を頼りにしてくれる人がいることが心の支え、助けになる。
人のために頑張れば報われる。

大局的な観点か重要な政策や課題もあるのではないか。
そうした議題を設定する機能がマスコミにはある。
日本大学教授・岩渕美克さん


毎日新聞「日曜くらぶ」―わたしの幸せ

幸せって、そのさなかに感じるものではなく、後から振り返って、あのときは幸せだったと思うものではないでしょうか。
小説を書いているときは夢中ですから、そのときは幸せだなんて思いません。
もともと小説家になりたかったんです。
女学校時代に川端康成さんの小説「花のワルツ」を呼んでバレリーナ―に憧れ、バレー教室に通うようになりました。
その帰り道、「映画「美女と野獣」を見たことがきっかけで女優の道に。
10代のころは慾張りで、いろんなことをやりたかったんですね。女優・作家の岸恵子さん

幸せの条件

「病のなかでみつけた幸せ」
闘病はいつも前向きになれなくても、前向きになりたい、という願いをもって生きる人は人生の勇者であり、決して気の毒な人なのではない。
心療内科医・海原純子さん
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別れと出逢い

2017年07月10日 10時55分19秒 | 未来予測研究会の掲示板

人を好きになる感情は、そもそも何であるのか?
時に、人妻や彼氏がいる人を好きになる。
その日は、思えば不思議な日であった。
元水信夫が大森駅の階段を先輩の記者臼井甲子郎と上がっていると下ってくる女性と視線があった。
「あら、利根さんですね」と相手が大きな瞳を見開き真顔で呼び掛けて来た。
笑顔はなかった。
その人は、人妻の大野百合子に似ていた。
「私、紀子です。利根さん少しも変わりませんね」と言われ、相手が愛宕紀子と気づいた。
脇に居た臼井は「先に行っているからね」と気を利かして階段を上っていく。
「時間、少しありますか?」と紀子が懇願するように言う。
「紀子さん、福岡に住んで居ましたよね」と想わぬ邂逅に元水は立ち去り難さを感じた。
だが、大森歯科医師会の会合の時間が迫っていた。
駅のホームのベンチで1、2分でも話せ良かったのだ。
紀子と別れて10年の歳月が流れていた。
それなのに、「また、何処かで会うこともあるだろう」と元水は淡い期待して、「会合がありますの。行きます」と紀子に脊を向けた。
それから、紀子に2度と出会うことはなかった。
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紀子は相模原の乗馬クラブに所属してたことがあり、元水にも乗馬を勧めたことがあった。
前後のことは忘れたが「私、子どもためなら娼婦にもなれる」と強がりを言う。
「紀ちゃんは、娼婦にはなれないね」と乗馬クラブのインストラクターの藤岡義明が否定する。
紀子は同人誌に書いた自分の小説が、同人たちから「ダメ」を押されたことを思い出し切ない気持ちとなり俯いたまま沈黙した。
その姿を観て元水は紀子を好ましく想った。
22歳の紀子と出会って3年の歳月が流れていた。
本郷3丁目の喫茶店で、元水は乗馬クラブで写した写真を紀子に見せた。
自宅で現像しキャビネ台に拡大した写真である。
華奢な体の紀子が障害物を飛越していた。
「これ、とても大きく良く動きが撮れているわね。私ではないみたい」
時に元水は、落馬して馬場に叩き付けられる紀子の姿を目撃して、身が震える想いがした。
紀子は運動神経が良いとは思えなかったのだ。
「利根さんは、私のレベルを直ぐに超えてしまったのね」
紀子から乗馬クラブに誘われ、3度目のことであった。
元水はスキーやサーフィンでバランス感覚を会得していたのだ。
「大村さんを呼んでいるの。直に来ると思うの」
そこへ乗馬クラブの会員の一人である林貞夫が姿を見せた。
元水は何故か林を好きになれなかった。
なぜ、紀子は林を喫茶店へ呼んだのか?
証券会社に勤めている林は、乗馬クラブの帰りのお茶飲み会で、必ずみんなに株を勧めていた。
元水は株には全く興味がないので、ウンザリした気分となる。
「お先に失礼」と席を立った林は「紀ちゃんまた、僕と遊んでよ」と皮肉な笑みを浮かべた。
紀子は顔を赤らめ沈黙した。
林の一言に拘泥した元水は、想えば実に愚かであった。
「利根さんが、本気なら言ってね」
「何を?」
「女の私から言わせる?」
紀子を今の職場である本郷調剤薬局に紹介したのは元水であった。
紀子を傍に置きたいと言う元水の感情。
初めての出会いの時、「この人と結婚するかもしれない」と元水は不思議な想いがした。
「私たち、赤い糸で結ばれいるかもしれないわね」紀子は当時の流行語を以って、頬笑みかけた。
約2年間、愛し続けた里美芳子がある国会議員の秘書と突然結婚して、元水は打ちのめされていた。
そんな時期に、紀子が現れたのだ。
「利根さん、下の漢方薬問屋に可愛い子は入りましたよ。薬剤師だからインタビューしてみたら」後輩の能瀬一二三が編集室で言う。
「俺、間違って、早稲田大学に受かったです」能瀬は新人として入社した日に、おどけた表情で言ったいた。
神田駅前の喫茶店でインタビューした日、元水は運命的な邂逅を想ってスナック「ラスベガス」へ足を向けた。
「あらいらっしゃい利根さん、その後、どうなの?」ママの大空奈々子には、里美芳子との経緯を話していた。
「利根さんは、ママの恋人みたいね」ホステスの静香が言う。
「静ちゃん、利根さんに失礼なこと言ってはダメ」とたしなめるが、7歳年上の知性に元水は憧れていた。
大空奈々子は日本女子大学で古典文学を学び、今も専門学術誌に投稿をしていた。
「近代文学は社会に出ても学べるわね。利根さんも古典文学をやれば良かったわね」
大学気分が抜けきれない24歳の元水にママは言った。
店を終わり、終電で何度か元水はママと帰ることもあった。
「ブラ―トニックラブよ。利根さん、私の心分かるわね」
ママの吉祥寺の自宅に泊まった日に言われる。
「実は、新しい恋をしそうなのです」
「あら、利根さん良かったじゃない」ママは姉のような気持ちになっていた。
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「信仰と理性」の関係

2017年07月10日 10時08分57秒 | 社会・文化・政治・経済
「宗教が理性に反するものでないことを示さなければならない」パンセでのパスカルの言葉。
「信ずること」と「理解する」ことを一体にした言葉が「信解」である。
信解の「解」は理性を意味するとも捉えることができるので、信解」という言葉それ自体が信仰の本質を一語で示している。
「信」だけで、「解」がないのでは盲信になってしまう。
また、「解」だけで「信」がないのでは信仰と呼べない。
信仰者にとって、「信」と「解」は一体であるべきだ。
「宗教は理性に反するもの」と思い込んでいる人が多い。
「宗教に対する無知」が根底にある。
「自分は無宗教」と言っている人も何かを信じて生きている。
「人間は何かを信じている」
無信論者は「無信論」を信じているのである。
また、唯物論者は「唯物論」を信じている。
共産党員は「共産主義」という「宗教」を信じている。
「お金だけがすべてだ。お金が何より大切だ」という価値観で生きている人は「拝金教」の信者である。
「生きる」ということは、何らかのものを「信ずる」ことから出発している。
社会自体が、互いの信頼なくしては成り立たない。
「信」は人間の生の基本条件であり、人間は「信ずるか」「信じないか」を選択することはできない。
選択できるのは「何かを信じるか」といことだくなのだ。
「何を信じ、何を信ずべきでないか」を体系化したのが宗教であり、その意味で宗教は、万人の人生・日常に密接にかかわっている。
信仰について深く考えたことのない人々が、宗教を特別視して怖がったり蔑んだりするのはおかしな話だ。
作家・佐藤優さん
























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自分の生きざまを見せつける闘い

2017年07月10日 10時05分10秒 | 社会・文化・政治・経済
「勝つということより、負けないことだ」
岡本弘美さん(64)札幌市は、2013年(平成25年)1月、がんは胃と肺と肝臓に広がっていた。
余命3か月と宣告された。
抗がん剤を8クール投与した。
副作用に苦しんだ。
臓器のがんは劇的に消えた。
寛解といわれる5年目を目指していた。
だが昨年夏、大腸がんと脳腫瘍が見つかった。
今、岡本さんは闘病の渦中にいる。
「結局、闘病というのは、がんに対して自分の生きざまを見せつける闘いなんだ」
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