ちびめぐ日記

母(41)とムスメたち(9と6)の成長記録。

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二度寝はNG。

2016年06月09日 | かーちゃんの日々
久々にすごい寝坊を…目が覚めたら8:00。
慌てて家族全員に声を掛けて起こし、猛スピードで出掛ける支度スタート。パニックになって泣き叫ぶムスメ2号、焦りがイライラに変わるムスメ1号、黙々と支度をする夫。その合間を縫って必要な手出しと口出しをする私。
起きてから15分経たないうちに、全員家を出ました。ムスメたちは登校時間に間に合ったはず。学校が家から近くてよかった…ゴミ出しは間に合わなかった…

こういう時、ちょっとだけ救われるのは、誰もお母さんである私を責めないこと。基本的に毎朝、それぞれ自分で必要な時間に起きるので、寝坊をしてもそれは起こしてもらえなかったから、ではなくて、自分が起きなかったから、ということになる。
それにしても、ムスメ2号の切替の速さは劇的。起きた瞬間から悲劇のヒロインのように泣き崩れ、床を叩きながら悲嘆にくれていたのに、夫に諭され(これでは話を聞きもしないので)叱り飛ばされてからは速かった。私がムスメ1号の髪を結んだり支度を手伝っている間に、自分ひとりで全ての支度をして、最後は笑顔で「いってきます!」一番乗りで出て行った。
朝ごはんを食べられなかったけど、給食までなんとか持ち堪えておくれ。凄まじい始まり方だったけど、今日も1日元気に過ごせますように。
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悩めるリンク。

2015年09月08日 | いろいろなこと
しばらくブログから遠ざかっている間に、世の中ではスマートフォンが広く行き渡り、かつてはパソコンを自由に使える環境下の人のものだったブログやSNSが老若男女問わず自由に扱われている。かく言う私も、Facebookで友人達と近況報告を交換し、Twitterでは主に愚痴を吐き出していたし、今もしている。
だけど、最近あれこれ違和感を生じてきた。特に見たくないような記事なども安易に目撃できるようになり、それらをそっと見守っていたであろう人たちも、安易に口撃できるようにもなっている。よくよく吟味された発言だけでなく、垂れ流しのような醜聞もそこかしこに…見たくなければ見なければいい。だけど、ちょっとでも気にかかるキーワードがあるとついつい目にしてしまうし、後追いしてしまう。それはきっと、私だけの話ではないはず。

その安易さが、なんだか怖い。

そう思う今日この頃。
だから、このブログをFacebookやTwitterにリンクさせることを悩む。
私は不特定多数の人に自分を広く知ってもらいたいわけではないし、主義主張を発信したいわけでもない。
だけど、自分と確実な繋がりのある特定の人達には知ってもらいたいことを記録しているつもり。それをわざわざwebで公開しているのは、たまたまこのブログに出会った人の心のどこかに引っかかって、その人の何かの役に立てたらいいと思っている部分があるから…のような気がする。
今や、わざわざ個人のブログをブックマークしてまで読んでくれている人(友人であるとしても)がいるのかどうかもわからない。3年も放置していたブログを、細々と更新してるよ!というのを知らせるのにFacebookやTwitterは便利なはず。だけどやっぱり、悩んでしまうのは。リアルな友にもSNSの友にも、複雑に多様化したつながりが存在しているから、全部を横並び同列扱いにはできない「何か」があるんだろうね。

こんなぼんやりした私の気持ちを読んでくれた貴方に、ありがとう。

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「真夏の雨」。

2015年08月21日 | 母を亡くしたとき
8月13日、念願のREBECCAのライブに行ってきました。
小学校高学年〜中学校時代に、カセットテープやレコードで聴いていたNOKKOの声を、生で聴けるとは思っていなかったという点では非常に感動したけれど。REBECCAの歌詞はやはり、私にとっての10代前半の象徴というか何というか、今現在の状況において胸を打たれるというよりは、やはりノスタルジーで胸を打たれる感じだったな。
だけど、行けてよかった。チケット手に入ってラッキーだった。NOKKOと一緒にライブで歌えて嬉しかった。
一番心に残ったのは、大好きだった曲「真夏の雨」の歌詞が、実は当時、時間がなくて英詞のままリリースされてしまっていたということ、その英詞の部分の歌詞がようやく出来上がったので聴いてください…ということで披露されたこと。
「Ah..beaten in the warm rain
It makes me feel like I'm in your love」
「ああ 雨を見ました 昔あの夏の日も
 ああ 真夏の雨は 母のひざまくら」
大好きなあの歌で表現されていた愛は、母の、母への愛でした。

ライブから10日後の8月23日。私の母の8回めの命日。
8年前の8月12日、父の誕生日のお祝いに母は細かく切り刻んだステーキ肉を食べたのを最後に、食事らしい食事は喉を通らなくなり、23日の朝7時頃に家族みんなが見守る中、息を引き取りました。母が最後の呼吸をした直後に、当時1歳半だったムスメ1号が天に向かって「ぐぅままちゃん(母の呼び名)、ばいばーい!」と叫んで手を振ったこと、その瞬間に雨がザアっと降って途端にカラリと晴れたこと、は忘れられない私にとっての「真夏の雨」。
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REBECCAと15歳の夏の思い出。

2015年07月29日 | 親として思ったこと
REBECCAがこの夏、20年ぶりの再結成LIVEをする。チケット入手!行きます!REBECCA全盛期は小・中学生だったので、神奈川の田舎に住んでいた私には当時LIVEに行くなんてことは考えることもできず、ひたすらLPやレンタルCDを録音したカセットテープ(古い!でもそんな時代だった)を聴いていただけだったけど、今YouTubeで当時のLIVE映像とか見ると、NOKKOのパワフルさは圧巻。2週間後が楽しみ。
REBECCAは私にとっては自分の人格を形成する上でけっこうな比重を占めているだろう時期の象徴。聴くと色々な記憶が蘇る。
一番鮮やかに思い出すのは、15歳の夏休み。中学2年から3年にかけての一番の親友は、学年でもすごく目立つ「ワル」だった。だけど、すごく気が合って、四六時中一緒にいた。中3の夏休みの終わりの終わりに、二人で平塚の海に行った。私の白いラジカセを片手に、バスを乗り継いで行った、ほとんどひと気のない砂浜で何時間もひたすらREBECCAを聴いて過ごしたあの時間。砂がラジカセに入り込んじゃって、壊れちゃったラジカセ。何を話したか、ぜんぜん覚えてないけど、『真夏の雨』がすごく心に沁みた。彼女はワルだったけど、私のことは決して悪いことに誘わなかった。私が興味を持って悪いことに近づこうとしても「それはおまえがやることじゃない」って絶対に近づけなかった。本当に仲が良かった。
だけど、2学期が始まってから彼女の様子がだいぶ変わってしまって。もともとワルかったけど拍車がかかって行き、派手な不純異性交遊に家出、学校のトイレでシンナー吸うほどの中毒になって吐く息が臭くて言ってることの意味がわからなくって、どんどん遠ざかっていってしまった。中学卒業後、高校は進学したけど中退して水商売に就いて、二十歳になるかならないかで妊娠して結婚して出産して離婚して再婚して…という話を地元の友人から伝え聞いている。
今思えば、あの頃私は彼女から「親に反抗する」ということを相応しい時期に教えてもらっていたように思う。いわゆる「いい子ちゃん」で育っていた私、嫌なことでも結局親の言う通りにこなしていた。だけど、こちらが求めることは親からは返ってこず、わだかまりを抱えていた。彼女と仲良くすることは、周囲の大人たち(親・先生)の目からとても危険に見えていたはずで、当然母はいい顔をしなかったし、「もう付き合うな」とも言われた。ワルい言葉遣いもいっぱい身につけちゃったし、一見するとワルそうなこと(煙草吸ってるみたいに見える写真を撮って遊んだりしていたけど、実際は煙草じゃなくてチョークでした〜、みたいな)もしてたからね。だけど、本当に彼女は私を絶対に本物のワルい世界には足を踏み入れさせていなかったから、親に対して燃え盛るような怒りを感じていたね、「本当のことは何も知らない、知ろうとしないくせに!」と。母親に向かって度々「うるせえ!ふざけんな!何も悪いことしてないのに、勝手に決めつけんな!」とどなって食ってかかる…なんていう絵に描いたような反抗の仕方は、彼女に出会っていなければすることができなかっただろうな。当時の母にとっては衝撃的な出来事だったろうと思うけど、あのささやかな反抗ができていなかったら、私は母から自立することができず、大人になれなかったのではないかと思うわけです。
中3のときの担任の先生と二十歳を過ぎて呑みに行ったときに「お前は母親からの過度の期待に潰されそうになって、その重圧から逃れるために自分より弱い者(中2のときの担任の先生)をいじめて晴らそうとしていた」と言われてビックリしましたよ。母親に反抗できなかったので、代わりに担任に反抗していた、と。そのときの自分にそんなはっきりした意思があってやっていたわけもないんだけど、改めて指摘されるとまさにその通り、で。中3のときの担任は反抗不可能なほどのパワーの先生だったので、そういう担任を充てがわれたのですね、と。そして、本来反抗すべき相手、母親に食ってかかることで、私の反抗期は無事に昇華されたわけですな。

えー、反抗期…怖っ。

現在6歳と9歳のムスメたちにも、正常な成長の過程として、相応しい時期に相応しい反抗期を迎えていただかねばならないわけですが。
怖っ。

だけど、自分のことを振り返るだに、親のまったく勝手知らないところであれこれ考えて感じて学んで、そして反抗して心理的に親から巣立っていくわけだからね…親になったからには、それも覚悟せよ、ってことだね。REBECCAを聴きながら「反抗期」について思いを馳せてしまいました〜。
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フランス式アロマテラピーにおける精油の安全性。

2015年07月25日 | フランス式アロマテラピー

最近ぼちぼち流行り出したエッセンシャルオイルのフランス式アロマテラピー。今まで広く知られていたイギリス式アロマテラピーでは美容・リラクゼーション目的で低濃度に希釈された精油をマッサージオイルとして使用していましたが、代替医療的なフランス式アロマテラピーでは精油を高濃度で患部にも皮膚塗布(または飲用)して使用します。そのため、イギリス式よりもはるかにエッセンシャルオイルの品質が重要となります。
日本ではエッセンシャルオイル(精油)は、法律上「雑貨」の扱いなので品質表示義務がありません。「アロマオイル」と書かれていても、その中身の安全性がどれほど信頼のおけるものなのか、知る術がないのです。「ここのブランドならば有名だから、きっと大丈夫なはず」というくらいしか判断材料がないので、フランス式アロマテラピーに使用して良いのかどうかがわかりません。多くは皮膚塗布や飲用に「個人の責任において使用してください」と書かれているので、本当に使っていいのかわからずドキドキします。
doTERRAのエッセンシャルオイルには、米国製品であればFDA(食品医薬品局)の規定による表示がされています。日本製品であれば皮膚塗布の可能な製品には「化粧品油」、飲用可能な製品には「食品添加物」の表示がされています(日本の法律上「化粧品」と「食品」は同時に表記されることができないのでどちらかしか表記されていませんが、どちらにも使用可能なものがほとんどです)。
市販されているほとんどの精油に見ることのできないこの表示は、安全性を客観的に確認できる判断材料なので、私はdoTERRAのエッセンシャルオイルを使用しています。
doTERRAの会員になると、「直接メーカーから卸売価格で購入」することができます。
・精油の正しい使用方法を伝達しながらの販売を目当てに、紹介制の会員制度となっています。
 (会員になりたい方は、ご連絡いただければご紹介しまーす)
・その制度は「ネットワークビジネス」と呼ばれており、嫌いなひとは大嫌いなシステムです。
・だからこそ、製品は情熱を持って素晴らしい品質で作られています。
・嫌いなひとは大嫌いなシステムなので、みんなにオススメすることを戸惑ってしまいます。
・でも、みんなにススメたくなるほど、我が家では様々な恩恵を授かっている精油です。
・このシステムのせいで怖い目にあったり損をしたりしたことは一切ありません。むしろ色々な特典があってお買い物が楽しいです。
・フランス式アロマテラピーを安心安全に試してみたい方にはとってもオススメです!
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映画「インサイド・ヘッド」with ムスメたち。

2015年07月25日 | 本・映画・音楽
いつも映画をムスメ達と観る時は、万が一別行動をしなくてはならなくなった場合に備えて「大人ふたりとムスメふたり」が基本なのだけど、今回は諸事情があり私ひとりでムスメ達をつれて行くことになりました。案の定、映画の途中で「おしっこに行きたい」と言い出すムスメ2号。3年前ならばここでムスメ1号をひとり館内に残してトイレに2号を連れて行こうものならばそこで「私も行く!」と1号も騒ぎ、ひと騒動になったところ…今回は1号に2号をトイレに連れて行くことを告げると「わかった」とだけ答えて映画に集中していた。1号、成長しましたっ!今後は大人ひとりでもムスメふたりを映画に連れて行ってあげられるぞ。

さてさて、「インサイド・ヘッド」。私は泣きました。ムスメたちも感動して泣いていた模様。だけど、私が一番いっぱい泣いてたな。
感情と記憶と人格の形成の過程が、非常にわかりやすく映像化されています。生まれたばかりの赤ちゃんから12歳に育つまでの主人公の女の子に、我がムスメたちのことを重ねて、こんな風に彼女たちの性格は築き上げられているのかと思うと、私は親としてたくさんの「喜び」の源を与えられているかしら、と思わずにはいられなかったです。
そして、私の感動の涙が溢れそうになったその瞬間、隣のムスメ2号に「お母さん、おしっこ」と声を掛けられたのでした。超ガッカリよ…やってくれるぜ、2号。

・ネガティブな感情であっても、それは不要な感情ではない
・感情のキャラクターを選び間違えると、相手に誤解を与える、自分が本当に伝えたいことが伝わらない
・成長する過程で、忘れらていく記憶はあるけれど、そこに付随する感情も性格形成に影響している
・一歩大人になるために、大切だった思い出を失うこともある


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遠ざかっていた時間。

2015年07月22日 | 親として思ったこと
なぜ三年もの間、Blogを書いていなかったのかなぁ…と考えて思い当たることは「ムスメたちとの時間を楽しめなくなっていたから」。
私が育児Blogを書き続けていた理由のひとつに、「どんなに大変なことも、振り返れば笑える楽しい思い出になる」という思いがあり、辛かった1日であっても、夜にBlogを書くために振り返ればそれなりに笑い話にすることができていた。自分の大変だった日を“いい1日だった”としめくくれる儀式として、文章を噛みしめ吟味しながら書いていた日々。
けど。ある時から(ムスメ1号が小学校入学、ムスメ2号が幼稚園入園したあたりから)、何をどう振り返ってもBlogにあげられるような気持ちが温まる文章が書けなくなってしまったんだな。わたし。このBlogを世界に発信している限り、目に留まる人にとって「読んでよかった」と感じてもらえることを文に残したいと思って書いていたのだけど、そんな文にならない日常になってしまっていた。
「ムスメ達との葛藤の日々」、まさに毎日毎時間が闘いで、楽しい時間が激減していた(私が子育てを楽しむ、という意味での)ので、Blogが書けなくなっちゃったんだな。
今もそこから完全に抜け出せたわけではないけれど。
そこに陥ってしまっていたことに気付いたので、這い上がろうと思います。
楽しむことを忘れてしまっていたので、楽しむことを思い出したい。
そんな気持ちで。
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実に3年ぶり!

2015年07月14日 | いろいろなこと
なんとなんと、このブログを3年も放置していたわけです。
その間、twitterやFacebookに流れており、mixiにいたっては何故かいつの間にやらログインすらできなくなっていました。
このブログが生きていてくれて嬉しい!懐かしい、そして忘れたくないたくさんの思い出がつまっているから。
ムスメたちは9歳と6歳になり、二人とも小学生になってしまいました。
わたしの育児生活も10年目ということで、子どもの成長に伴って、わたし自身もいろいろ成長しております(退化したところも多々あり)。
ブログの良さをなんとなく再認識し始めたところなので、ポチポチ更新して…みようかな。うふふ。
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お庭。

2013年05月10日 | かーちゃんの日々

猫の額サイズだけど、お花が咲くのを楽しみ、



シャボン玉で遊び、



派手にお絵かきもできる…庭さいこー。
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1年生と年少組おしまい。

2013年04月07日 | かーちゃんの日々
ムスメ1号は、1年生でひらがなを正しく書けるようになり、漢字も覚えた。ふりがなの書いていない文字でも、漫画のセリフならば想像で補って読めるようになった様子。本を読むのは大好きで、放っておくといつでもどこでも読んでいる。おやつを食べながら、トイレに入りながら、お風呂に入りながら…。母としては止めたいところだけど、我が家の大人もやっていることなので、仕方ないか。そして、泣きながら怒りながら続けてきたピアノのレッスン、弾くのが少し楽しくなってきたようで、自分からすすんで弾きたいように弾くようになった。成長、成長。学校ではお手紙交換をする男子が3人に増えた。女子が手紙交換をするのは世の常(?)だけど、男子から「すきだよ」というお手紙をもらうのはラブレターであるわけで、なかなか隅に置けないオンナである。ムスメ1号は全員にどんな返事を書いているのか…私にはもはや分からない、というのが1号が小学生になったんだなあと痛感するところ。これが幼稚園だったら、手紙の代筆やら文字の指導やらお手伝いを色々頼まれていたから、手紙の内容なんてダダ漏れだったけどね。あ、相手の男の子からの手紙は簡単に見せてもらえるところは、小学校低学年だなあ、と思う点。なわとびもたくさんの種類の飛び方を覚えて飛べるようになった。
ムスメ2号の最大の成長は、4歳になる2ヶ月前に自らがんばった「おっぱい卒業」。それから疲れるとすぐに頼っていたバギーときっぱり決別をした(私が自転車に乗るようになったので、自転車の後ろに乗る、という裏ワザありだけど)。すっかり“赤ちゃん”は姿を消して、洋服のチョイスにもこだわるおねえさんになった。食べ物の好き嫌いは相変わらずヒドイもので、炭水化物とお肉とお菓子で2号は形成されているはず。お料理を手伝うのは大好きで、暇があれば台所に「おてつだいする~」と現れて、一緒に野菜を切ったり炒めたりしている。でも、絶対に食べない。「食育」的なアドバイスで「自分で作ったものは食べたくなるから、子どもと一緒に食事を作りましょう」ということがよく書かれているけど、嘘っぱちだと思う。自分で料理したものを食べないどころか、庭で苗から育てたトマトだって食べようとしないんだから。まあ、健康優良児であることは間違いないので、いいことにしよう。料理だけでなく、掃除もよく手伝ってくれる。2号の「やってみたい!」という前向きな気持ちは、幼稚園で先生からも絶賛(?!)されている。この1年でぐっとお喋りも達者になって、おねえちゃんが話している途中からどんどん割り込んでしゃべるので「おはなし泥棒」と呼ばれている。

2人とも、あれこれできるようになった陰で、家では台所、トイレにひとりで行けない(ムスメ1号はこわがりだからなんだけど、2号は大してこわくないのにおねえちゃんの真似をしているだけなので迷惑)。
春休みは母娘だけで過ごしたのがほとんどで、私は自分・1号・2号(←本当はひとりでも行けるのにお姉ちゃんの真似をして怖いフリをする2号)のためにトイレに1日の中で何度も何度も足を運ばねばならず(ついでに拭かされるし)、食事中にスプーンやお茶を取りに行くのも「怖いからついてきて」と狭い家の中をあちこちムスメたちのお願いごとのために狭い家の中をウロウロウロウロ…それだけで十分疲れた。あーあ、いつまでこんな生活をしなくちゃならないんだろう…とがっかりしつつ、来年の春休みには、もうこのお付き合い生活は終わっているとしたら、今が最後のお付き合いになるんだ!と自分を励ましつつ、ムスメたちに束縛される春休みを過ごしました。新幹線に乗ってわざわざ出かけたおばあちゃんのお家でもムスメたちは私を休ませてくれることは決してなかった…長い春休みだったわあ…。
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ムスメ1号、レベルアップ。

2013年02月01日 | かーちゃんの日々
本日、一家揃って寝坊をしました。
目覚めたのが朝7:50…!ひやああああああああああっっっっ!!!!!!でございます。
相棒の「たいへんだ~」という声で時計を確認した次の瞬間、ムスメ1号、泣き叫ぶ。「うわ~ん!!!!!」…そうでした。4月にムスメ1号が小学校に進学して以来、実に4度目の寝坊なのだけど、過去3回、親子ともども大変な思いをしている。
幸い学校が近いため、いつもなら家を8:10に出ているところ、8:15過ぎに出ても始業には間に合う。7:00前後に起きている日常はゆとりの朝だけど、ちゃちゃちゃっぱぱぱっと支度をしてしまえば、十分学校には間に合う程度の寝坊なのだ(母親である私が寝坊していることは棚上げ)。ところが…。この「いつもよりうんと遅くに起きた」「学校に間に合わないかもしれない」というのは、ムスメ1号にとってはこの世の終わりくらいの大事件で。過去3回、大泣きをして「学校に行きたくない」とわめき暴れ、本来なら間に合うはずの時間いっぱい使って大騒ぎをするのだ。結局、本当に間に合わなくなって、朝の会の始まった教室に、私が2回、相棒が1回、付き添って連れて行っている。私の2回に関しては、「絶対に一緒にいて」と1号に懇願されて、1度目は土曜の3時間授業のうち2時間を同席することになり。2度めはムスメ2号をその後幼稚園に連れて行かなければならなかったので、どうにか朝の会だけで1号にお願いして解放してもらった。思い出すだけでも脂汗の出るような、激しい「地獄の寝坊デー」。
今日もソレをやってしまって、「いやだ~!絶対に学校には行かない~っっ!うわ~~~~ん!!!」と叫ぶムスメ1号の声を聞きながらブルーになっていた。はあ、どうやって説得しようかな。困ったな。と思っていたところ、寝室で泣き叫んでいた1号が私のいる居間に出てきて、こういった。
「がんばって急いで支度をして、いつもどおりの時間に出る」。
もう泣いていない、とても冷静な声と表情でそう言うと、さっさと着替え始めた。
一言もなぐさめも説得もしていないのに、1号が自分で判断して行動をした。信じられないけど事実である。想定外の1号の反応に動揺しつつ、朝ごはんはとにかく口にさっさと入れられるもの…と思って、切ってあったりんごを差し出すと「りんごだけ?」…う、そうきたか。いつもならここで再び泣きのスイッチが入って「いやだ~!これじゃたりない~!!!!」とか騒ぎ出すところなんだけど「他の食べ物だと間に合わないかもしれないからね」と言ってみたら「…そっか。じゃありんごでいいや」と素直に食べた。肩透かしを食らう勢いだった。
そして、本当にいつもどおりの時間に準備が完了し、いつもどおり8:10に家を出た。外まで見送る私に、何事もなかったようにいつものように「いってきまーす。おかあさん、気をつけてね~」(←彼女はいつも、私の安否を気遣ってこのようなことを言う)と挨拶をして去って行った。
おかあさん、か・ん・ど・う・ですううううううううう! 過去3回の苦労を思い返すと、本当に地獄から天国のような違い。まさに「成長した」という言葉がぴったり!
ムスメ1号は、担任の先生にも寝坊したこと、でも間に合ったことを話したそうだけど、過去3回の騒ぎをご存知なので、先生にも「えらいっ!」としっかり褒めてもらったらしい。
目に見えて、はっきりと実感したムスメ1号の成長をここに記録しておこう。ああ、よかった。
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アロマテラピー始めました。

2013年01月19日 | フランス式アロマテラピー
久々にムスメ1号が激しく夜泣きした。
医者に診せたり薬を飲んだりすることではないと思っていたし、暴れっぷりは家庭内暴力レベルだし、止める術は全くないしで、私を何年も悩ませていたムスメ1号の夜泣き。ひどい時は2、3日に一度は大暴れをしていて手が付けられなかったけど、今夜の夜泣きは3ヶ月ぶりくらい。
実は約3ヶ月前から、アロマテラピーをあれこれ心身の悩みに試してみているのだけど、この3ヶ月で効果を感じていることのひとつが「夜泣き対策」。アロマの精油でマッサージをするようになって、9割がた夜泣きしなくなった。心身ともに疲れ果てていると、どうしても夜泣きはしてしまうようで、今夜は多分夜泣きしそう…と思ったらやっぱり出た。屈強な旦那さんをもってなだめようとしても、まさに生きのいい巨大マグロびっちびち!状態。暴れ始めると、何分間も暴れ続けるし止められないんだけど、今日は隙を見て背中と足の裏にいつもの3倍くらいの量のオイルを擦り込んだところ…沈静化。夜泣きはしたものの、静まるのに必要な時間がうんと短縮した。す・ば・ら・し・い~。
他にも、この3ヶ月で
◯ムスメたちの夜も眠れないほどのアレルギーによる鼻水・鼻づまり・咳がおさまり、毎日のように頼っていた気管支を拡張する貼り薬ほか処方箋薬を全く飲まずに過ごせている
◯2年前の夏に蚊にさされた痕が残り続け、そこを掻き壊していたムスメ2号の皮膚の改善(寒さで血行が悪くなると、傷痕があった部分が痣のような感じで見えるけど、皮膚そのものは健康な状態に)
◯15年以上共存し続けていた旦那さんの水虫が静まり、ガッサガサだった足裏が男性なりにスベスベになった
◯今シーズン、家族揃って今のところ病気らしい病気にまだかかっていない(まだまだ時節柄、気が抜けないけどね)
…ということを実感している。
私、めったに人に物事をオススメしないのだけど(本当に本気で「いい」と納得するのに人より時間がかかるのか、好みが偏っているから?と自己分析しております)、ちょっと色んな人に言いふらしたいレベルで気に入ってきた。
特に、私が素敵だと思っている理由は、「母の手」によるスキンシップで、家族の健康を守れるところ。当然、一定のレベルを超えた病気ケガとなれば、きちんと専門医に診てもらって必要な治療を受けなければならないけど、そこに至らない不調を家庭でケアできる可能性が広がった。今まで、子どもたちが「お腹が痛い」と言えば「トイレに行ってお腹を温めて」とアドバイスするしかなかった。「気持ちが悪い」と言われても、吐いてしまうまで成す術はなかった。もちろん、全ての不調をアロマテラピーで100%ケアし切れるわけではないけれど、胃腸の調子を整えたり気分をスッキリさせたりするオイルで「手当て」をする手段を得たことは、毎日子どもたちの体調を整えなければならない母親である私にとって大きい。
アロマテラピーって、私の中では「美容」とか「リラックス効果」という理解でしかなかったのだけど(これはイギリス系のアロマテラピー)、フランス系アロマテラピーでは薬剤師さんが精油を内服のために処方したり医療分野でも活用されているとか(wikipedia情報)。日本では、薬事法の問題などもあって、医療として活用するのにはあれこれ難しい点があるみたい。
とは言え、7歳と4歳とすっかり身体の大きくなったムスメたちに、赤ちゃんの頃のスキンシップのように“ベビーマッサージ”というのはなかなか私の中ではハードルが高いのに(単に面倒くさいとも言う)、アロマオイルでは、ある程度の目的に応じたマッサージ(夜泣きせずにいい夢が見られますように、咳鼻づまりに悩まず安眠できますように…と塗りたくるだけなんだけど)ができるので、面倒がらずに毎晩寝る前にぬりぬりしている(←面倒でも、塗っておいた方が結果的に楽であることがわかったので)。
塗られているムスメたちは、というと、本を読んだりシール帳で遊んだりしながら無言でゴロリと横たわり「お母さんが塗りたいんなら、勝手に塗れば~」という態度にしか私には見えないのだけど、寝る時間が遅くなりそうだから「オイルマッサージなし」宣言をしたりすると「えー!!!!」と二人揃って大ブーイングを飛ばし“塗ってもらうため”に急いで寝る支度をしたり。年末泊まりで出かけるにあたって「持って行きたい物をバッグに入れて用意して」と告げたところ、オイルセットを自らのバッグにぎゅうぎゅう詰め込んだりしていて、実は結構ムスメたちもこっそり気に入っていることがわかった。咳の緩和のために、胸(呼吸器)のあたりにもオイルをぬりぬりマッサージしているけど、背中や足やお腹はともかく、ムスメたちはいつまでこんなふうに胸を母にマッサージさせてくれるのかな、とふと考えて、今こうやって全身にタッチしながら過ごせる時間は貴重なのかも~。そんなこと自然にできるアロマテラピーに出会えてよかったなあ、と思うのでありました。
(あ、もちろん旦那さんにも、「妻の手」でオイルを塗らせていただいております)
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The Last Princess Princess!!

2012年12月29日 | かーちゃんの日々
16年前に解散した大好きだったバンドPrincess×2、東北地震被災者支援のための期間限定復活ライブに行ってきました!
親友から「チケット、取れたから一緒に行こう!」と誘われて以来、約半年この日を待ちわびての東京ドーム2012年12月23日。アリーナ19列目、2万5千人の観客の中で、相当恵まれた席に、親友たちと3人並んでワクワクしてた。スクリーンには、3.11の震災直後に交わされたメンバー5人が再結成に至るメールのやりとりの文字が映し出されて。もうね、なんだか興奮してわけが分からなかったけどね、とりあえず1曲めのイントロが流れて幕が上がった途端に泣いていた私。中学生から高校生にかけて、色々な思い出と共に私の時間を彩ってくれていたバンド。部屋のコンポの小さなスピーカーから流れるCDを聴く以外なかったあの音楽を、二度と生で聴けないと思っていたあの曲を、今、時を超えて目の前で生で聴いているんだ…と思ったら涙も鼻水も出ちゃいますわ。
もちろん、ただ泣いてだけはいられません。歌って叫んで飛び跳ねて踊って暴れて参りました。この身が朽ち果てても構うものか、の3時間です。歌にも泣かされたけど、とにかく岸谷香さんのMCに何度も泣かされた。自分が10代の頃、「おねーさんのバンド」として見上げていたあのおねーさんたち。あれから約20年近い年月を経て、あのおねーさんたちと年齢こそ10歳前後離れているけど、結婚をして子どもを産んで育てて家庭を守ってという人生の同じステージに立っていて、子どもに家族にちょっと我慢をしてもらって今を頑張るおかーさん(全員ではないけど)バンド。あの頃よりもずっと身近に感じることができた。「16年前にはこの歌の主人公は私、として歌ってきたけど、9歳の娘がいる今、歌の主人公は娘、になりました。いつか私の夫に娘がこんなことを告げる日がくることを思いながら…」とコメントされた『パパ』は、あの会場にいた娘を持つ母親(父親も、かな)は涙なくして聴けなかったでしょう。
シングルではなかったので、今回は聴けないだろうと思っていた大好きな楽曲(『友達のまま』『パレードしようよ』)も聴けたし。スタンディングに疲れた頃に、岸谷香さんの「はいはい、どっこいしょっと。みんなも貴重な休憩時間だから座って、座って」と年老いたファンたちをねぎらうMCが入り。しっとりとバラードが続いた後には「さあ、みんな、しっかり休んだでしょ?大の大人が日頃背負ってる色んなモノ捨てて、大人気なく踊って歌っちゃって!」と老体ファンに鞭打つMC。心地良いMCの飴と鞭に、おばちゃんドラマーきょんちゃんのフゥフゥっぷりに、涙と笑いの絶えない、あっっと言う間の3時間のライブでした。16年のブランクを感じさせない、より大人の魅力を携えた素敵なPrincess×2に再会できて本当に嬉しかった。快く子どもたちの世話を引き受けて送り出してくれた旦那さんにも感謝感謝。
岸谷香さんのように可愛らしい45歳になりたい、という目標もできました。…まずは痩せないとなあ…(遠い目)。

セットリスト!
01. SEVEN YEARS AFTER
02. OH YEAH!
03. 世界でいちばん熱い夏
04. GO AWAY BOY
05. ジュリアン
06. WONDER CASTLE
07. KISS
08. STAY THERE
09. ROMANCIN’BLUE
10. SHE
11. パパ
12. 友達のまま
13. M
14. One
15. HIGHWAY STAR
16. GET CRAZY!
17. ROCK ME
18. BEE-BEEP
19. へっちゃら
20. パイロットになりたくて
21. GUITAR MAN
22. 19 GROWING UP-ode to my buddy-
---encore 1---
23. パレードしようよ
24. DING DONG
---encore 2---
25. Diamonds

----
※ちなみに、写真に写っているピンクとシルバーのリボンは1曲目で降ってきた物で、ピンクのは大事にお持ち帰り、シルバーのは手に持って3時間暴れた証。
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ムスメ2号、4歳になる。

2012年12月12日 | かーちゃんの日々
さすがに、「4歳」というのはかなり意識がはっきりしているようで。数日前から「4歳だからね」という決めゼリフのもと、ちょっとお姉さんぶるようになったムスメ2号。夜寝る時だけおっぱいを飲み続けていたのも、4歳になることを意識してか、2ヶ月前に卒業しました!私は、ムスメ1号が生まれてから毎日おっぱいを約7年間あげ続けていたわけですな。がんばったなあ、私。
お誕生日のお祝いは、東京ディズニーランドで本物(?)のお姫様に変身させてもらうこと。11月生まれのムスメ1号も便乗して、我が家のムスメたちは二人揃ってシンデレラに変身した。私がものすごくプリンセスにさせたかったわけではないんだけど、姉妹揃ってプリンセスになりたがる時期は今くらいかと思って(7歳の女子は、“プリキュア”も“ピンク色”も卒業してしまったので、プリンセス卒業も遠くなさそう)、記念に魔法をかけていただきました。
さすがに姉妹シンデレラは珍しく、たくさんの方々に「可愛い!」と声をかけてもらい、すっかりご満悦のムスメたちだった。見ず知らずの方々に母である私も色々声をかけてもらって(私は変身してないけど)、ちょっと楽しかった。
誕生日プレゼントは、ディズニーランドのお土産好きな物ひとつ、という決まりにしているのだけど、2号はシール付きお絵かき帳をチョイス。こーんなにたくさんあるものの中で、それを誕生日プレゼントに選ぶのがかわいい時代ですな。
ムスメ2号が生まれてから、もう4年も経っているのが信じられない。2号が生まれた時は、1号もまだ3歳。1号の世話をしながら2号を育てていたのはついこの前のよう。膝に2号を乗せておっぱいを飲ませながら、お風呂上りのムスメ1号の髪の毛をドライヤーで乾かしながら、絵本を読み聞かせるのが日課で、私どんだけのことを一人で同時にこなすんだろ~という激しい日々だった。あれから4年経った今も、それほど楽になったという自覚はないけど、お風呂上りにカピカピの肌になる前に化粧水をはたいて美容液を塗るだけの余裕がようやくできた。
7歳の1号にも4歳の2号にも、うんちが出ればトイレに呼ばれてお尻を拭かされたり。私がトイレに入っていれば私に会いたいムスメに90%の確率でドアを開けられておしゃべりをされたり用事をいいつけられたり。眠たかったり空腹だったりすると八つ当たりされたり。召使のようにあれもこれもそれもお願いをされて、ムキーッッ!!となる毎日だけど、ひとつ、またひとつ、と卒業していくものが増えて、いつかきっと私のことも卒業していくはず。そのときにはきっととても寂しい気持ちになるだろうから、せめて今はやれるだけのことをがんばってやり遂げますわ…。
ムスメ2号、お誕生日おめでとう。次女らしく、怖いもの知らずで面白いヤツに育ってくれていて頼もしいです。空気を読んで明るく振る舞えるあなたは我が家の可愛いマスコット。これからも我が家を笑いで盛り上げてください。
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ムスメ1号、7歳になる。

2012年11月05日 | かーちゃんの日々
ムスメ1号が7歳の誕生日を迎えた。
アリスに変身して、東京ディズニーランドにて誕生日のお祝い。2号も便乗。まだムスメ2号は食べるのが楽しみ、のディズニーランドも、1号はあれこれ楽しみの幅が広がってきた。今回はミニーマウスの絵を描くドローイングクラスにも参加した。
誕生日プレゼントは、ディズニーのお店で好きな物を一つ選んで買っていいよ、ということにしていたのだけど…選んだものは「風船」。大きなぬいぐるみ、とか可愛い文具セット、とか色々なるだろうに、時間とともにしぼんでいく風船。ムスメ1号の選択に肩透かしをくらう両親でありました。
ムスメ1号が私と相棒の間に生まれて、もう7年も経つのね。私ではもう抱っこできないくらい、身体はすっかり大きくなりました。幼稚園から小学校へのおとなの階段は、段差がそうとう大きかったようで、心のなかではたくさんの葛藤があるみたい。今は心が成長すべく、もがいている最中かな。少しずつ、少しずつ、強くなれますように。
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