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Tabi-taroの言葉の旅

何かいい物語があって、語る相手がいる限り、人生捨てたもんじゃない

今こそ江戸に学ぼう! 第七回「世辞が言えたら一人前」

2007年07月28日 | 江戸しぐさ
子どもたちの教育は主として寺子屋で行われました。親は商売人のため、子供を教える時間がありません。そこでお金を出し合って、寺子屋の師匠に子供たちを預けました。お金の不自由な家の子は、師匠が面倒を見ました。子供のない人も、子供が立派に育つことは江戸のためになることと、いくばくかのお金を出したといいます。

必要最低限の読み・書き・算盤をマスターした後、子供たちは9歳までには「さようでございます」「お暑うございます」などの大人言葉を学ぶのが必須でした。「世辞が言えたら一人前」とされました。入門してきた子供たちに、師匠はこんなふうに語ったといいます。

私たちが生まれ、育ち、住まわせて貰っているこの大江戸は、日本一、世界一の町です。何が一番かというと、しっかりした「講」があるということです。講は、人と人とが手を取り合って、住み良い暮らしを考えるおおもとです。講がしっかりしていれば、人間は安心して住むことができます。また、講はおつき合いの場です。人間がおつき合いしている世の中を「世間」といいます。だから、講は世間ということができるでしょう。皆さんもこの寺子屋で、人と人とがしっかりと手を取り合ったおつき合いができる人間となるよう勉強してください。そして、日本一のお江戸で、人の心がわかる商人を目指してください。

講や寺子屋、広くは江戸全体で目指していたのは、金儲けや立身出世ではなく、「人の心がわかる」人間であり、そのような人々が「しっかりと手を取り合ったおつき合い」をしている「世間」だったのです。そうした社会なればこそ、「花のお江戸」というほどに経済も繁盛したのでしょう。江戸しぐさは、繁盛しぐさとして、全国の商人に広がっていきました。

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2 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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2007年7月28日 (Kurihara)
2007-07-31 06:33:09
江戸に学ぼう
人情、粋、恥じらい、気配り、向こう三軒両隣り、仲良し武士は食わねど高楊枝、歌舞伎、落語、芸者、おいらん、物売り、着流し、どどいつ、三味線、ゆかた、せった、げた、ちゃぶ台、炭、こたつ、う~ん
もっとエトセトラ、エトセトラ、、、、いいですね。

先日、あるお宅ではたきをかけました。知っていますか? 竹の棒の先に着物の裏地で赤いもみの布で作ったやつ! 軽くて、ほこりを取るのにはもってこいですね。特に、机の上の紙類なんか吹き飛ばさないで上手く出来ます。

そんな物使ってる家ないでしょ! なんて言われましたが、なかなか良いものでした。障子をパタパタ穴を開けないようにやりました。ついでに、障子のさんのほこりも雑巾で1本、1本拭きました。

子供のころ住んでいた家を思い出し、懐かしく心が暖かくなりました。
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世辞 (みつえ)
2007-08-01 20:10:44
お世辞を言う時 相手の方をちゃんと拝見していないと 慇懃無礼になってしまうことがありますね。
目線に 歓んでいただこうという気持ちと よいしょしといて スムーズにいかそうとすると気持ち。 あらら 世辞って 高等戦術ですね。
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