青藍でのピアノコンサートのおりに、久本祐子さんから著作にご署名をいただきました。「世紀末の音楽風景」ー夢の喪失と演奏の現在ーその本を読み始めたところです。期せずして今日3月26日はベートーベンの命日です。私の「歴史の日」の中でも一番好きな文章をご紹介させてください。25歳のころ「運命」のレコードジャケットに書かれていた文章です。
ベ-ト-ベン没。五十六才 =1827年、ドイツ=
1827年3月26日、「喝采せよ、友よ、喜劇は終わった」と言い残して、ベートーベンはこの世を去った。一旦、ヴェーリング墓地に埋められた彼の遺骸は後に、1888年になってウィーン中央墓地に葬られた。
もちろんナポレオンという一人の英雄の出現が時代の要請であったように、19世紀初頭の音楽界もまた、18世紀の貴族中心型から市民中心型へ移行しようという変革の時代であった。18世紀の音楽愛好者にして芸術の保護者であった王候貴族の没落は、もはやすぐれた作曲家を雇い、彼等に命じて用途に応じた作品を作曲させるだけの財力と権力を失いかけていた。
こうした時代背景から見ると、ベートーベンの出現は、どこかナポレオンのそれに似ていなくない。しかしナポレオンは必ずしもボナパルトである必要はなかったが、ベートーベンはルードヴィッヒでなければならなかった。政治上の英雄は、時を隔てて見れば、時代を回転させた一つの歯車として観察し得るものであるが、芸術上の英雄は時代を超越して生きるその作品と共に、永遠の光彩を放っているのである。