言語学の世界には「リングア・フランカ」という言葉があります。
ざっくり言うと「共通語」のことで、二つ以上の異なった母語話者同士が話す時に使う言語のことです。
現代では、英語がそれに近い役割を果たしていると言えますが、必ずしも英語だけではありません。
イスラム圏では、口語のアラビア語(アーンミーヤ)の地域ごとの違いがあまりに大きいので、フスハー(正則アラビア語・標準アラビア語)と呼ばれる共通語を作っています。
またフランス語は、英語などと並んで国際連合の国連公用語の一つになっているだけでなく、万国郵便連合では唯一の公用語であり、旧植民地だった国々ではフランス語が共通語になっている国も多いです。私もかつてモーリシャスに旅行に行った時に、観光船のガイドツアーに参加し、英語とフランス語のどちらかを選択してグループしたのですが、五十人くらい参加者のうち英語を選んだのは、唯一の東洋人だった私たち夫婦と一組のイギリス人夫婦だけで、あとは全員フランス語、という経験があります。
場所によっては必ずしも、英語だけが世界共通語になっているわけではないのです。
歴史的に見ると、古代以降のイスラム圏ではアラム語やアラビア語、ペルシャ語などがリングア・フランカであり、ヨーロッパではギリシャ語やラテン語、時代を下るとフランス語が長い間リングア・フランカ的な役割を果たしていました。そもそもリングア・フランカの語源は、「Lingua franca=フランク王国の言葉」という意味のイタリア語にあるくらいです。
西欧では、長い間ドイツやイタリア地方は都市国家や諸侯の力が強く、強大な統一国家がありませんでした。それに比べ、フランク王国に端を発するフランス王国は、現在のフランスの領域を越えて大きな力を持っていた時代が長く、それゆえに言語の世界でもリングア・フランカの地位を長く保っていたと言えます。
こうした地域ごとに力を持つ勢力の言葉がリングア・フランカになるケースが多いのですが、通商が盛んになった時代には、異なる母語を持つ貿易商人の間での言語コミュニケーションが必要になりました。そこで生まれたのが、「ピジン語」と言われるもので、それが次世代に受け継がれて母語化したものが「クレオール語」と呼ばれるものです。
今でも世界の中にはクレオール語を使っている国や民族もいると言います。
言葉の歴史は、政治・経済の歴史と深く結びついている、というわけです。