■『陰陽師5 青竜』(スコラ)
夢枕獏/原作 岡野玲子/著
初版1996年(1997年 7刷) 816円 『コミックバーガー』1996年掲載
※2002.10~のノートよりメモを抜粋しました。
※「マンガ感想メモリスト」カテゴリーに追加しました。
やっと手に入った第5巻。
▼あらすじ(ネタバレ注意
博雅朝臣 宣耀殿の御遊びにて背より玄象の離れなくなること
前出の琵琶・玄象が放っておかれる寂しさから博雅の背にはりつき、
とうとう清明に弾かれて落ちるコミカルな話。
露と答へて
歴史も交えた長編。
もとは関白の座を狙う仲の悪い兄弟、藤原兼通(兄)と兼家(弟)が原因。
巫女の口寄せで「鬼に会う陰陽師もいる。関白の座は姉・安子の口添えで兄が先になる」と言われる。
兼家は、博雅のいとこの姫に通う途中、浮気をしに道を変える口実として「鬼に会った」と使いを出す。
事情を知る姫は、大事にして恥をかかせようと、博雅を使って清明を呼ぶが、噂を知る清明は断る。
その途中で見た怪しい陰陽師・智徳は、兼通に頼まれて百鬼夜行を誘って兼家を病死させると約束し、
同時に兼家を救って恩をつくり、ダブル報酬を狙う。
はからずも間に入った女に探りを入れて、逆に仕返しを食らう。
智徳は、自ら呼んだ百鬼を清明に返される。
清明の家には、兄弟からのダブル報酬が入るというオチ。
[清明名言集]
「行者は、魂形成に足りないものがあるから苦行している。
行をするしない、呪を知る知らないに基本的差はない。
各々やるべきことをしてるまで」
「行者と名乗る者ほど胡散臭い。
頼む者の思い込みを利用して、相手を騙す、所詮は生臭いヒト。
だが、そのレベルでは必要な存在」
「心の動揺は、敵の動力源。まして情は思うツボ。
もともと祭事は、人智を超えた力に対する契約のようなもの。
思い通りに運びたいなら、可でも不可でもない、常にニュートラルに身を置けば、
周りに何が起きようと風のごとく自由でいられる」
『伊勢物語』の挿入話も面白い。
在原業平は、才人にして、美しい天才の歌い手という“八重苦”で、帝に入内前の深窓の姫・高子を盗むが
権力を狙う兄らに奪い返され「鬼に食われた」と詠んだのが
“夜露をあれは何?ときいた君 自分も露のように消えればよかった”涙
「女は男のように外出できないから、いろいろ余計なことを考える。
恋人が来ないと、つい陰気になって呪ったり、占いに凝ったり」(今と同じじゃん
「周囲に起こる事象は全て必然。
何かしようとして滞った場合は、する必要がないか、すると困る者がいるか
自分も他の誰かの事象の一部。ムダと知って動いたことでボロを出す者もいる」
(ここで知人が私に言った、“瑞兆=めでたい前兆・吉兆”という語が出たのも必然か?w
このダジャレ好きで、色好み、でも頭のキレる兼家というキャラと顔が、知人を思い出させなくもないw
「神にも裏と表、陰と陽の姿があって変貌する」
真葛はフシギな少女。雛に感動したのも束の間、呪遊びをする。
「価値観に違いのある者は、いくらでも評価できても、理解はできない」
自分と同じ者がいない中、業平は晩年口をつぐむことに共感した清明。
「時々、本当のことを控えめに言うが、人は分かりやすく、声の大きい者についてゆく」
と愚痴る姿がもの寂しい。
夢枕獏/原作 岡野玲子/著
初版1996年(1997年 7刷) 816円 『コミックバーガー』1996年掲載
※2002.10~のノートよりメモを抜粋しました。
※「マンガ感想メモリスト」カテゴリーに追加しました。
やっと手に入った第5巻。
▼あらすじ(ネタバレ注意
博雅朝臣 宣耀殿の御遊びにて背より玄象の離れなくなること
前出の琵琶・玄象が放っておかれる寂しさから博雅の背にはりつき、
とうとう清明に弾かれて落ちるコミカルな話。
露と答へて
歴史も交えた長編。
もとは関白の座を狙う仲の悪い兄弟、藤原兼通(兄)と兼家(弟)が原因。
巫女の口寄せで「鬼に会う陰陽師もいる。関白の座は姉・安子の口添えで兄が先になる」と言われる。
兼家は、博雅のいとこの姫に通う途中、浮気をしに道を変える口実として「鬼に会った」と使いを出す。
事情を知る姫は、大事にして恥をかかせようと、博雅を使って清明を呼ぶが、噂を知る清明は断る。
その途中で見た怪しい陰陽師・智徳は、兼通に頼まれて百鬼夜行を誘って兼家を病死させると約束し、
同時に兼家を救って恩をつくり、ダブル報酬を狙う。
はからずも間に入った女に探りを入れて、逆に仕返しを食らう。
智徳は、自ら呼んだ百鬼を清明に返される。
清明の家には、兄弟からのダブル報酬が入るというオチ。
[清明名言集]
「行者は、魂形成に足りないものがあるから苦行している。
行をするしない、呪を知る知らないに基本的差はない。
各々やるべきことをしてるまで」
「行者と名乗る者ほど胡散臭い。
頼む者の思い込みを利用して、相手を騙す、所詮は生臭いヒト。
だが、そのレベルでは必要な存在」
「心の動揺は、敵の動力源。まして情は思うツボ。
もともと祭事は、人智を超えた力に対する契約のようなもの。
思い通りに運びたいなら、可でも不可でもない、常にニュートラルに身を置けば、
周りに何が起きようと風のごとく自由でいられる」
『伊勢物語』の挿入話も面白い。
在原業平は、才人にして、美しい天才の歌い手という“八重苦”で、帝に入内前の深窓の姫・高子を盗むが
権力を狙う兄らに奪い返され「鬼に食われた」と詠んだのが
“夜露をあれは何?ときいた君 自分も露のように消えればよかった”涙
「女は男のように外出できないから、いろいろ余計なことを考える。
恋人が来ないと、つい陰気になって呪ったり、占いに凝ったり」(今と同じじゃん
「周囲に起こる事象は全て必然。
何かしようとして滞った場合は、する必要がないか、すると困る者がいるか
自分も他の誰かの事象の一部。ムダと知って動いたことでボロを出す者もいる」
(ここで知人が私に言った、“瑞兆=めでたい前兆・吉兆”という語が出たのも必然か?w
このダジャレ好きで、色好み、でも頭のキレる兼家というキャラと顔が、知人を思い出させなくもないw
「神にも裏と表、陰と陽の姿があって変貌する」
真葛はフシギな少女。雛に感動したのも束の間、呪遊びをする。
「価値観に違いのある者は、いくらでも評価できても、理解はできない」
自分と同じ者がいない中、業平は晩年口をつぐむことに共感した清明。
「時々、本当のことを控えめに言うが、人は分かりやすく、声の大きい者についてゆく」
と愚痴る姿がもの寂しい。