国見山 くにみやま
山行日 2018年4月22日
標高 1409.1m
登山口 三好市池田町松尾(祖谷渓温泉より2.1km南32号線カーブミラー)
駐車場 なし(道沿い広い路肩)
トイレ なし
水場 坊主谷に流れる沢水
メンバー 佐々連さん、glicoさん、biscoさん、むらくも
江崎隊レポ 同行して頂いたbiscoさんのレポは→こちら「カテゴリー国見山(徳島)」
ボウズダニ、ダニの仲間ではなく、ちゃんと漢字があって坊主谷と書く。
こういう書き出しはセンスが悪くて、感じが良くない。
筆者の脳みそがどの程度のものかよくわかるのだが、やめられない。
大歩危・小歩危の名勝地がある吉野川と、祖谷渓谷で知られる祖谷川に挟まれるようにして標高1409.1mの国見山が聳えている。
その国見山の山頂東にはスプーンでえぐったようなカール状の谷があって、標高900mあたりから切り立った岩峰のU字谷となり、標高270mを流れる祖谷川へと落ち込んでいるところが坊主谷だ。
おらが村のカールおじさんが石垣の陰からひょこっと現れそうな雰囲気のあるところです。
ここへ行くには、祖谷川を渡って対岸の田丸地区へ行き、そこから山道を西へ辿る。
我がチマチマ隊の隊長であるシマチマおいちゃんは、以前は坊主さんと呼ばれていたが、その坊主さんから坊主谷の様子を知りたくて一枚の写真を送ってもらっていた。
送ってもらった写真は、田丸へ渡る橋の無残な崩落風景だった。
橋は吊り橋で、橋台のほかにケーブルとハンガーロープのワイヤーが残っており、橋桁に使われていた床板は川の上にぶら下がり、風に揺れていて、いまでは猿しか渡れない。
3月に一度下見に行ったのだが、川を歩いて渡るしかなく、水量の少ないときを狙って渡ってみた。
水は浅いところで脛までだった。
帰宅して早速計画を立てた。
田丸から坊主谷へ下りて、少し遡ったところで西の尾根に乗り、国見山の南東にある1370m峰に出て、国見山山頂へ。
そして、川崎への稜線を歩き、途中の1343m峰から東の尾根を辿って田丸へ下る。
歩く距離はおおよそ11kmほどだったし、以前に吉野川にある二つの橋を使って国見山を周回したときには8時間20分ほどで周回した経緯もあって、行けるだろうと判断した。
国見山には東西に古の道があって、いずれも川崎が起点で、西の道は西祖谷山村徳善(大歩危)に通じ、東の道は西祖谷山村戸ノ谷に通じていた。
どちらかというと、西の道がいまでいう国道に当たる道で、東の道は村から村への生活道であったようだ。
しかし、どちらの道も廃道もしくは新しい車道によって寸断され、荒れて昔日の面影はないようです。
阿波池田から高知へ向かう国道32号線途中にある青い祖谷口橋を渡り、県道32号線を祖谷渓温泉方向へと走らす。
目的地へは道ナビではじき出した所要時間より早めに着きそうなので、途中小便小僧を撮影したり、道沿いから坊主谷を撮ったりしながらゆるゆる走った。
写真は左から、1370m峰、右奥に国見山、坊主谷を詰めた稜線鞍部、1352m峰、1343m峰、右端には三角点・川崎のある1200.3mPが…。
坊主谷は上部はU字、下部はV字型で、大雨のときなどには降った雨水を集め、岩や土砂を一気に押し流していることが伺えます。
坊主谷と国見山稜線
集合予定時刻より30分ほど早く着き、佐々連さんと二人で体操やストレッチをしながら待っていると、やってきました。
なにがなんだかわからぬうちにチマチマ隊高知支部を名乗り出た江崎隊のお二人が、カーブミラーのある車道路肩にドンと車を乗りつけた。
本当のところを言うと、体力脚力もさることながら、歩く山のレベルも圧倒的に本部支部が逆転しているのです。
チマチマ隊香川本部は本部でありませぬ。
チマチマ隊ヨボヨボ香川支部という名称が妥当ではないやろか…。
準備をしてヨタヨタよろけながら、7:35、なぜか声を震わせてスタートの号令。
祖谷川への踏み跡を下ってゆく。
尾根を右に下って川床に近づいたところでおぼつかない踏み跡を左に進むと、橋の袂に石仏がある。
お参りに来られる方がおられるのだろう、お地蔵さんの頭には苔むしてはいたが毛糸で編んだ帽子が被せられていた。
崩落した吊り橋 お地蔵さん
20分ほどで降り、川床から眺めた坊主谷の上部尾根は車道から眺めた風貌とは異なり、尖がってゴツゴツしている。
下から仰ぎ見た結果、優しい嫋やかな稜線は、峻険な岩峰の後方に隠れてしまっている。
靴を脱いで、浅瀬を選んで渡渉。
カジカがヒューヒューと女の子を誘うような鳴き声をたてている。
きっとヤンキー座りして、タバコの煙を下あごを突き出しながら、ヒューっと頭の上に向かって吐き出しているに違いない。
川床はヌルヌルした苔の生えた石ころが多く、滑りやすい。
できるだけ砂地を選んで歩く。
ここのところ気温が上がっているが、水温は3月に歩いたときとさほど変らないような気がした。
祖谷川川床 渡渉
対岸のできる限り、橋寄りのところから上った。
(注)橋より右手側よりは左手側からが、ゆるい傾斜で上がりよいことを復路で気づく。
橋脚台の袂に上がり、往時、ここを渡っていた人たちをイメージする。
橋脚
家が建っていたのだろうか、石垣がたくさん残されている。
建物跡と思われる平らなところを左手に抜けて、適当に上ると、しばらくで踏み跡に合流する。
国土地理院に記載されている破線の道はもっと下にあるが、おそらく上にあるこの踏み跡が破線としての元々の道でないだろうか、これより下側の斜面は谷へと切れ落ちていて、踏み跡もなく簡単には歩けそうにない。
石垣 道
8:56、坊主谷に近づき、ほぼ地図上の破線に合流した位置あたりで右上は岩、そしてまた石垣が現れた。
石組の様子から、炭焼き窯と季節的な仮住まいの小屋跡だったのではないだろうかと憶測したが、どうだろう?
ひょっとすると住居跡だったのかもしれない。
岩 石垣
石垣のすぐ奥は苔むした岩ゴロの沢、坊主谷だ。
地図を見ると、右手に標高900mあたりまで崖マークが続いている。
坊主谷 カツラの木
台風や大雨のときには大量の流水があると思われるのだが、川床にはところどころ高いところがあって、カツラの大木が立っていたり、綺麗な石垣が残されていたりするので、谷全部を埋め尽くして流してしまうほどのものではなさそうだ。、
岩ゴロ 標高600m付近の石垣(都合により、下の岩壁写真より先に配置)
標高560m付近で右岸に高い岩壁が現れた。
地図上では丁度、谷を跨いぐ破線の上辺りだが、右岸の岩壁下方は急斜面のうえ踏み跡はない。
当初、坊主谷南の尾根へ登って、1370m峰から一般道を歩いて国見山へ登るという計画だったが、江崎隊の元気なお二人のご意見に従って予定変更をした。
坊主谷を最後まで詰めて、国見山ちょい北の鞍部に乗る。
4人で話をした結果、これで行こうということになった。
岩壁
3月末にここを訪れたときにはまだ固い蕾だったヤマシャクは、花が咲き、すでにタネになっているものもある。
リンドウは里山でよく見かけるハルリンドウやフデリンドウよりやや小さくて、高さが3cmほどしかない。
コケリンドウかと思ったが、花弁が細く尖り星のような形をしていて容姿が異なる。
葉の形状はフデリンドウなのだが…?
ヤマシャクヤク ??リンドウ
ジロボウエンゴサク シロバナネコノメソウ
小さくて目立たないトサコバイモ発見。
そしてbiscoさんが、ヤマウツボを見つけてくれて、上を歩いていたわたしを呼び止めてくれた。
トサコバイモもヤマウツボも初めて見る花、このときはうれしかった。
特にヤマウツボは寄生植物で、滅多矢鱈とお目にかかることのできない花だそうだ。
見れば見るほどに、変った花でした。
トサコバイモ ヤマウツボ
標高670m地点で、谷は二つに分かれ、ザレてくる。
右手を見上げると急峻な岩場でゴロゴロしていた。
左手の谷を登るが、大きな浮石が増え、ますます急登になる。
斜面は内側から見た大きな丼の縁のように、そっくり返っていた。
写真を撮る余裕がなくなった。
沢を詰める(黙々と前を歩く佐々連さんとglicoさん)
ときおり、ガラーッと音を立てて、石が上から崩れ落ちてくる。
斜度が35度から40度くらいだと、乾いた砂地のような土に落石はすぐに潜り込んで止まってくれるが、50度前後にもなると危険だ。
岩ゴロの谷を離れ、左の小さな尾根に逃げた。
ツツジがちらり 斜度40度~45度超
glicoさんはよほど谷へ戻って、最後まで坊主谷を攻めたかったらしくて、独特の言い回しで伝えてきたが、世の中の何の役にも立たないどころか卑しく飯ばかり喰らうクソジジイとはいえ、ここで怪我をしたり、命をむやみに捨てたくはなかったので言葉を濁して無視した。
前を行くglicoさんと佐々連さんには水をあけられ、後方からは迫られ、息はゼコゼコ、足は罪人につけられた鉄鎖を引きずるような重さで、動かなくなってしまった。
しばしば、立ち止まって息を整えないと、年寄はもたない。
後方から詰められる シハイスミレ
13:17、国見山山頂ちょい北の1360mの稜線に出た。
疲れて、足元ばかり見ながら歩いてると、biscoさんがカラマツがきれいだと声をかけてくれる。
そうだった、3年前にも国見山から川崎までこの稜線を歩いた。
同行者とカラマツ林を眺めながら、秋にばきれいな黄葉が見られるなと話したものです。
13:26、国見山山頂でリュックを投げ捨てるようにして、仰向けにへたり込む。
glicoさんが保冷剤にくるんで、山頂まで持ってきてくれたコーラを手渡してくれた。
有難い。
体を動かしたあと、のどがカラカラになったときに飲む炭酸飲料は格別にうまくて、のどの渇きがすぐに止まる。
この日は気温が全国的に高く、32度超えのところも。
山頂からの風景は青く霞み、天狗塚や野鹿池山も見えたが、写真の写りはよくない。
カラマツ林 国見山
記念撮影し、14:13、下山開始。
川崎方向に歩いて1343m峰から東北東の尾根を下った。
わたし、方向を間違えてしまい3人を南東に誘導してしまった。
そこは谷側で、景色が一気に開け、覗き込むようにして眼下を眺めた。
坊主谷は残念ながら見えなかったが、出発点付近の県道32号線が見えた。
下山開始 自然林
方向を東北東にとり、自然林がいっぱいの尾根を1200mまで下ったとき、右手に展望がありそうなコブがあったので、寄ってみた。
そこからは登る予定にしていた1370m峰への、結構、きつそうな尾根が見えた。
ここを登る機会が、のちにあるだろうか。
この年齢になると、たぶん、ない。
まだ、他にも行きたいところがたくさんあるし…。
1370峰東尾根
国土調査と記された白い頭の杭と、赤い頭の境界杭が尾根に沿って埋設されている。
それを追うようにして下ると、1200.3mPにある、三等三角点・川崎があった。
境界杭 1200.3m峰
自然林の気持ちのいい尾根で、ややバカ尾根っぽくて、方向がとりにくく外しやすい。
誤って、東南東へ下ってしまった。
向きを北へと修正しながら、黙々と下る。
お疲れ気味。
林床 林床
バカ尾根を過ぎてしばらく下ると、植林杉がちらほらし、踏み跡が現れた。
下る斜面の勾配がきつくなってきて、日がだいぶ傾いたのだろう日光が入らず、やや暗い。
やがて何軒かの廃屋の傍を通過し、17:05、狛犬が鎮座する妙見神社跡に到着。
バカ尾根 妙見神社跡
そこからほんの少し下がったところに小さな四等三角点のある田丸に到着。
座ってお茶を所望。
biscoさんによると、ここまで歩いた距離は約10kmほど。
いやー、たった10kmしか歩いてないんだー、異常に疲れ過ぎてます。
少し上には境内だろうか、そこには桜の木が一本あった。
3月29日の下見のときには、桜の花が丁度満開だったが、いまは若葉が茂っていた。
狛犬 559.2mP
一息入れた後、折り返すようにして西に下り、出逢った踏み跡を南に折れて下る。
途中に西へ直進する踏み跡もあるので注意を要するが、たぶん、その踏み跡は坊主谷への上部の道ではないかと思ったが、確認はできていない。
やがて谷筋に出る。
そこはザレていて道は消えており、適当に下ると再び踏み跡が現れ、さらに下ってゆく。
途中で小鳥の鳴き声を静かに聴きながら一息入れた。
三叉路に差し掛かるが、ここも左に下りる。
(右に行くと、朝歩いた坊主谷への下の道に繋がるのではないかと当て推量をした)
民家跡だろうか、いくつもの石垣の傍を下ってゆく。
道 石垣
17:52、やれやれ、やっと川床に着きました。
朝、渡渉した後、石の上に置いておいたクロックスに履き替えて、同じく保管しておいたストックを突いて冷たい水の中を、へっぴり腰で渡った。
着いた対岸で、濡れた足をタオルで拭きながら、陽が落ちそうになり暗くなった坊主谷右上部の峻険な岩峰をカメラに収める。
祖谷川川床 坊主谷の山
急斜面を登り返して、18:35、県道32号線沿いの駐車地点に帰り着いた。
佐々連さんがホッとしたように、「明るいうちに帰り着いてよかったー」という言葉が印象的でした。
glicoさんbiscoさんは、「やったね、達成感あるー」との感想。
わたし、「疲れすぎて、達成感なし、明日になっても(絶対に)感じれんわ」
距離の割に時間がかかり、疲労が激しい。
坊主谷はやはり手強かった。
佐々連さん、glicoさん、biscoさんお疲れさんでした。
三人が同行してくれてなかったら、周回することができたかどうか、甚だ怪しかった。
それと、江崎隊のお二人が、南の尾根周りを上がるのでなく、坊主谷奥の奥まで詰めて登ろうと言ってくれなかったら、どうなってたのか、これも気になって仕方がない。
今回はそいう山行でした。
帰宅して、ビールも飲めなくて、バタンキューでした。
駐車場への斜面 ヤマツツジ
駐車地点7:35-川床7:58-坊主谷8:58-稜線13:17ー13:26国見山14:13ー1343m峰14:48ー1200.3(三角点・川崎)15:35-559.2mP(妙見神社跡)17:05-川床17:52-18:35駐車地点
グーグルマップ(登山口など位置の分かる地図)→こちら
ルートラボ(距離・所要時間などがわかる地図)→こちら