むらくも

四国の山歩き

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高山・立石山…岡山県笠岡市白石島

2021-03-17 | 中国地方の山

高山、立石山               たかやま、たていしやま

 

山行日                  2021年3月14日(日)
標高                   150.22m、169m
登山口                  西ノ浦
下山口                  尾中
トイレ                  白石島港
水場                   なし
船の時刻表                こちら→① 時刻表 | 三洋汽船株式会社 (sanyo-kisen.jp)
                           ② 笠岡~白石島~北木島間を運行する一般旅客定期航路|瀬戸内中央観光汽船|岡山県笠岡市 (setouchi-csline.jp)


しま山百選、六島の大石山に続いて今回は同じく笠岡諸島の白石島に笠岡・伏越港から船で渡り高山と立石山に登ることとした。
コースは白石島港から北にある海水浴場となっている浜辺を歩き、尾根に上がり、はと岩ー高山ー大玉岩ー立石山へと縦走し、
少し引きかえして分岐から鎧岩への尾根を歩いて開龍寺へと下り、港へ出る。
所要時間は景色や巨岩をゆっくり眺めながら、山頂でお昼ご飯を食べておおよそ4時間弱。
船の便は伏越港を9:00発、白石島港着9時45分、帰りの便は13時47分白石島港発、住吉港着14時18分の計画とした。
時間が足りなければ開龍寺へ寄るのを止めるか、もしくは次便の14:40発のどちらか。
島にはこの時季、食事処もカフェ・レストもなく、飲料水やお弁当などの食物は持参。
伏越港から住吉港間は徒歩で約15分で、車の駐車場は港付近にいくつかあり無料。
(※無料駐車場が万一満車の場合には有料駐車場あり)

 
(白石島港)                         (弁天島)

伏越港には待合所となっている小さな建物があるが、切符は売っておらず、フェリーに乗船後
料金を支払うシステム。
今日は日曜日、開龍寺へ参拝に行かれる方たちだろうか、白衣を着た団体さんや、山に登られる
グループの方たちで乗船客は多い。
フェリーの着く岸壁は全部で5つある。
岩壁の高さはそれぞれに異なっていて、潮の満ち引きに合わせた作りになっている。
少し肌寒かったが、新型コロナのこの時期、船室に入らずマスクをして
スコスコと風の通るデッキでおしゃべりをし、海を眺め点在する島を楽しむ。
もう少しすれば島のあちこちで山桜がいっぱい咲く。

 
(尾根)                         (はと岩)   

弁天島を眺めながら浜辺へ出ると、砂浜にはサーフボードがころころ転がっている。
波乗り用のボードなのかそれともウインドサーフィンボードなのか?
あちこちで鳴くウグイスは、ちょっとばかし四国のウグイスの鳴き方と違っている。
ホーホケッキョと鳴く。
ケッのところが異様に高く詰まり具合もしゃっくりをしたような鳴き方だ。
ひょっとして岡山弁?
岡山弁は讃岐弁と似たところがあって、めんどくさいことを「たいぎー」とか「たいそー」
とか言ったり、めちゃくちゃなことをいうを「わやくそいう」とか、でしゃばっていらぬことをいうを「ちゃーちゃーいうな」
といったりするが、「じゃけー」とか「ぼっけー」とかは讃岐では使わない。

ウグイスはまだうまく鳴けなくて、春先の発声練習をしていただけなのかもしれない。 

 
(はと岩から海水浴場を眺める)                (大玉岩へ続く尾根)         

花崗土の歩きよい尾根道を景色を楽しみながらゆるゆる登るとほどなくはと岩に出合った。
岩を上れるように窪みがつけられているが、ぼっけーめんどい。
滑り落ちないようやっとこさっと上がって、浜辺や弁天島を眺めた。
絶景です。

   
(魚見の展望岩)                      (大玉岩へ)      

はと岩をこわごわ降りたあと、魚見の展望台へ。
青い海には笠岡諸島に属する梶子島や大飛島があるが、その向こうには芸予諸島の
宇治島や走島なども見えている。

 
(広島方面)                  (大玉岩から眺める立石山方面)   

笠岡諸島から西に見える島々は今治尾道大橋が連なる芸予諸島だが、東に見える島は塩飽諸島になる。
笠岡諸島の真鍋島のすぐ隣の島には塩飽諸島の佐柳島や高見島などがあり、
パッと見にもじっと見にも近くにありすぎてその境がわからない。
むしろ、宇治島や走島なんかは笠岡諸島に入っててもおかしくない位置にあるようです。
北方向を眺めると、右には水島臨海工業地帯が見え、左には福山工業地帯を望むことが出来る。

   
(大玉岩)                      (大玉岩方向を振り返り見る)     

丸みのある大きな大玉岩にやってきた。
右側のちょっとした割れ目には鉄製の杭が何本か打ち込まれており、それを掴みながら
岩を攀じ登った。
岩の上からは白石島港や北木島やこれから登る立石山が見えた。

   
(はと岩、高山、大玉岩方向の尾根)               (立石山への上り)           

ヒサカキの匂いがぷんぷんする。
白くて小さな花を枝いっぱいにツブツブ付けている。
グループで来ていた女性たちは大玉石で賑やかにしていたが、どうやら引き返したようです。
静かになりました。

数羽のメジロがやってきて、ヤシャブシの花房をつっついている。
地面にはたくさんの花房が重なるように落ちていて、まるでコロコロした黄緑色の芋虫がうようよしてるように見える。
ところで、ヤシャブシの花って蜜がでるのでしょうか?

竹林のある鞍部が笠越だろうか。
立石山から下りてきた女性たちが大玉岩方向へ登って行った。

   
(立石山)                     (椿と梶子島、袴島、走島)  

どこが山頂かわからない立石山は岩だらけ。
危険そうだったので岩の上に上ることを諦めて、景色の良いところでお昼ごはん。
先日訪れた六島や、大飛島、小飛島、そして荘内半島の三崎から紫雲出山に
粟島の三つの山である城山、阿島山、紫谷山がやや霞んで見えていた。

   
(鎧岩のあるピーク)                     鎧岩付近岩   

魚見の展望岩で出会った若いペアの方とは立石山まで抜きつ抜かれつしていたが、
立石山でお別れ、お二人は鳥ノ口もしくは南にあるウルメ方向へ下りていった。
わたしたちは北へ引き返して分岐から東の尾根道に折れ、鎧岩へ。

   
(鎧岩付近)                      (白石島港)   

島のツツジは咲くのが随分と早い。
あちこちで蕾が膨らみ、木によっては満開状態。
陸地の2・3月は朝夕の気温が氷点下になったりするが、島では
朝夕であってでも海水温が氷点下になることはなく、一定の温度を保っているせいだろう。

鎧岩は露岩がごろごろしているピークではなく、少し先の下ったところにあった。
大きな一枚のスラブ状の岩だった。
※後日に判ったのですが、岩ゴロのピークは鬼ヶ城山と呼ばれているところで、
スラブはアプライトという半花崗岩のことらしい。
風化して岩脈が露出し、大鎧の大袖のように見えることから鎧岩と名付けられたようです。

   
(ツツジの尾根道)                 (島の細い路地)   

鎧岩からは急斜面につけられた階段状の道を下ってゆく。
やがて岩の下の洞穴に祀られた神明大権現さんに、さらに下って誠山公園に出て、
そこから開龍寺を訪れて島の細い路地を港へと帰り着く。

 
(帰路の船ニューかさおか号)               (歩いた尾根を眺める)         

港には13時40分に帰り着いたが、船の時刻が13時47分、丁度間に合いました。
釣り客の方たちの成果話を聞きながら、船に乗る。
住吉港までは途中高島と神島に寄るが、帰りの船は往路のフェリーと違って、速度早く、冷たい風にさらされ体の芯から冷えました。


(参考タイム) 白石島港ー(10分)ー白石島海水浴場ー(15分)ーはと岩ー(20分)ー高山ー(10分)大玉岩ー
(10分)ー鎧岩分岐ー(20分)ー立石山ー(20分)ー鎧岩分岐ー(15分)ー鎧岩ー(20分)ー白石島港

 

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幸山・福山…岡山県総社市

2021-02-22 | 中国地方の山

幸山、福山                    こうざん、ふくやま

山行日                      2021年2月21日(日)
標高                       170m、302.3m
登山口                      総社市清音三因「ふれあい広場」
駐車場                            同上
トイレ                            同上
水場                       なし(ふれあい広場に自販機あり)
メンバー                     ピオーネ、むらくも


爆弾低気圧がやってきて強い風が吹き荒れ、阿讃山脈の尾根を真っ白にしたが、
それが去り、一転して気温が上昇し5月並みの陽気、四国にも春一番が吹いた。
オウレン属やイチゲ属、福寿草たちの早春に咲く花たちも一気に開花が進みだした。
山野草好きな人たちはお尻に火がついたようにして、そわそわと走り回っている。

花好き好き連に加盟している妻がセツブンソウを見に行かないかという。
ついでに福山という山に登りたいというではないか。
そしてとどめ話しを切り出した。
福山は山城やで、同じ山域に幸山という山があってここも山城やでという。
合わせて幸福の山城やー♪
随分と滑らかな弁舌だ。
妻はわたしの知らないところで天婦羅料理を食べ、オリーブジュースを飲んだに違いない。
まあいいか~、お天気は上々だし、とりあえず瀬戸大橋を渡ることにしました。

 
救急車                    ふれあい広場奥

美作市にある山野草群生地を訪れて、満開のセツブンソウを楽しんだあと、
再び高速道に乗り、引き返すようにして総社市にあるふれあい公園に車を止めようとしたが満車。
公園は子どもたちやその家族たちでいっぱい、野球かなにかの試合があって賑やかでした。
公園の外に駐車し歩いて広場奥にある登山口へ向かっていると救急車がやってきた。
事故かなにかがあったようです。

 
梅                       登山口

公園はちょうど梅の花が咲き始めていてまだ少し風は冷たいが春を感じさせてくれる。
公園の上にある杖を立てかけた登山口から階段を上ってゆく。
登山口傍にはストレッチャーが置いてあった。

 
登山道                        ヘリ

風は冷たいものの気温は高く四月並の陽気。
2月ではあったが、肌着を脱ぎシャツ一枚、パンツも夏物で丁度良い。
幸山と福山との分岐付近上空で盛んにヘリが往ったり来たりしている。
やがて上空一点のところでホバリング、どうやら救助しているようです。

 
分岐                      幸山城跡へ

分岐を左にとるとすぐに幸山が見えてきた。

 
幸山城址郭からの展望                  幸山城址石柱

幸山には鎌倉時代後期に造られた山城跡があり、その郭には大きな露岩がころころと点在していて、切り立った崖の上にある。
眼下には総社市が広がり、遠くに鬼ノ城が見えていた。
幸山城の築城主は庄資房と云われているがのちに石川氏に替わり、石川久智は合戦の傷がもとで死に、その子久式はのちのち城下で自刃した。
どうも山の名「幸」に当てはまりそうにはなく、地形からして別名「甲山」と云われたこちらの字に相応しい山に思えたが勝手な思惑に過ぎないようです。


 
毘沙門天摩崖仏                      眺望

元へ引き返し福山への道を辿るが、途中の分岐で八畳岩への道を歩く。
すぐに毘沙門天摩崖仏に着き、そのまま登ってゆき小さ目な岩の上で眺望を楽しむ。

 
岩くぐり                八畳岩付近の石塔

やがて割れた大きな岩に小さな岩が挟まって出来た穴を潜り抜け上へ出る。
八畳岩のさらにその上には石塔が立った岩があった。


妙見展望台からの眺望

八畳岩から10分ほど登ると傍には大きなモッコクの木がある東屋に出る。
眼下には先ほど寄った幸山が見えていた。

 
妙見展望台東屋                     合戦記念碑

東屋で出会った男性としばしお話し。
登り始めに見た救助ヘリは風が強かったため三度旋回し、風が弱まったところでホバリングし要救助者を救助したそうな。
 救助者は突然体調を悪くされたようで、救助する間、道は閉鎖していたそうです。
山でのなんらかの遭難は高所に限らないようで、里山でも起きることなんですね。
ケガや道迷いなどには注意が必要ですが、突然に襲いかかる体調不良も怖いことです。
我慢をせず、すぐに救助を求め素早く医療措置をすることは大切なことですね。
新型コロナウイルスにおいても、早く措置をしていれば助かったのにというのが初期の頃には起きたし、
第三波の最中にも措置が遅れたために亡くなられた方がいます。

 
福山城門址の石垣                  土塁址

東屋から20分弱で福山合戦記念碑のある山頂に到着。
福山合戦というのは南北朝時代に起きた足利勢の足利直義20万と
官軍である福山城の新田義貞派の大井田氏経1500とも2500とも云われた3日間の戦い。   
足利軍は2万騎の戦傷死、大井田軍は400騎が逃げ、氏経は傷を負いながらも生き延びたと云われている。

 
四等三角点・福山                   城郭 

福山城はもともとは福山寺という山岳寺院であったものを鎌倉時代末期に改造し山城にしたもので城郭は広い。

 
城郭からの眺望                  猿田彦神社

ベンチで昼食を摂った後、猿田彦神社へ寄ってみた。

 
猿田彦神社                      猿田彦神社お地蔵さん

 
空堀址                   直登コースへの階段

再び山頂に戻って、山城の石垣や空堀などを確認し、1234段もある直登コースの木段を下る。
膝を痛めている相棒にはこの段はかなり堪えたようです。

 
天神古墳群                      下の横道 

木段をゆっくりゆっくり慎重に下って横道に入ると天神古墳群があった。   
平坦な道を歩くというのはやはり楽ですね。
往復2時間かかるところを休息休憩をたっぷりいれて3時間で出発地点であるふれあい広場に戻った。
公園の池袂では白鳥や鴨たちに餌をやる親子たちが楽しそうに遊んでいました。


備中国分寺五重塔

帰り路で眺めた高さ34m余りの五重塔。
奈良時代には高さ50mにもおよぶ七重塔だったものが南北朝時代に焼失し
のち江戸時代の1821年ころから1844年までの長い年月をかけて五重塔に再建されたもの。

総社ふれあい公園ー(30分)ー幸山ー(40分)ー福山ー(50分)ー総社ふれあい公園

 

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大石山(六島)…岡山県笠岡諸島

2021-02-13 | 中国地方の山

大石山                 おおいしやま

山行日                 2021年2月11日(木)
標高                  185m
登山口                 六島灯台付近
船時刻表                こちら→時刻表 | 三洋汽船株式会社 (sanyo-kisen.jp)
駐車場                 笠岡住吉港付近(有料)
トイレ                 前浦港
水場                  なし
メンバー                ピオーネ、むらくも




(荘内半島・紫雲出山より眺めた六島)





しま山100選の一つ、大石山のある六島は岡山県笠岡諸島最南端にある。
どちらかというと香川県に近い位置にあり荘内半島にある紫雲出山の山頂からは指呼の間、
島最高峰の大石山から南端に下ったところには白い六島灯台が小さく見えている。
この島へ行くにはチャーター便を除いては四国からは行けず、
瀬戸大橋を渡りぐるっと迂回、近くて遠い存在です。

因みに紫雲出山からは、旧石器時代から続くそれぞれの遺跡が残されている笠岡諸島のうち
大飛島・小飛島・真鍋島・北木島がくっきり見えており、
白石島と高島は北木島の陰になっていて残念ながらほぼ見えていない。

島は水仙郷の丘から六島灯台に掛けて植えられている数万本の水仙が満開の時期を迎えている。
大石山へ登るにはいくつかの登山道があるのですが、覆い茂ってトンネル状になった
ダンチクだろうか?を潜って六島灯台に出て、そこから登ることにした。
大石山の山頂にはその名のとおりに大石があって、三等三角点・武島が埋設されていて
北西に景色が開けたところからは芸予諸島の一部である宇治島や走島を眺めることができた。






島をぐるっと周回するのですが、車道があるものと思い込んで出かけたのです。
ところが車道があるのは前浦と湛江港の周辺だけでした。
あらためて地図を見ると島周回の道はすべて破線の細い踏み跡の道でした。
大石山をピストンで下山した後、ミニ四国八十八か所のお地蔵さんに導かれるようにして
落ち葉をかさこそと踏みしめて歩く。

湛江に近づいたところで前浦への近道となっている分岐に差し掛かったが
左に取り湛江港に降りて、民家の間の人一人がやっとこさ通れる通路を歩き
六島展望所で島の猫たちに癒されながら遅い昼食を摂った。
海を眺めながらしばしまったり、グループで来られてた女性たちが
「このまま、帰りたくない」「また来ようね」などと言いながら
楽しそうに会話していたのが印象的でした。




笠岡住吉港8:50=9:50六島・前浦港10:00ー10:06水仙郷10:22-六島灯台10:31
ー大石山登山口10:41ー11:03大石山山頂11:20ー六島灯台11:37ー足摺38番12:08
ー13:05六島展望台13:26ー13:51前浦港14:30=15:35笠岡住吉港

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西山(牛頭山)…香川県牛島

2021-02-08 | その他<香川の山>

西山(牛頭山)             にしやま(ごずざん)

山行日                 2021年2月7日(日)
標高                  94.5m
登山口                 聖神社鳥居左奥にある四電巡視経路
水場                  なし
トイレ                 なし
メンバー                ピオーネ、むらくも
本島汽船                こちら→本島汽船 丸亀ー本島ー牛島 | 丸亀と本島と牛島をつなぐフェリー「本島汽船」 (honjima-kisen.com)
駐車場                 丸亀港合同待合所から道を挟んで南側に丸亀市営駐車場あり(有料)



<本島から眺めた牛島全景>



瀬戸内の歴史といえば代表されるのが「塩飽水軍」と「村上水軍」、村上水軍の
本拠地は芸予諸島ですが、わたしたち香川に住むものにとってはやはり塩飽水軍の
本拠地塩飽諸島が身近にあります。
昨年は水運の拠点塩飽七島のうち本島、広島、手島を歩きましたので今回は牛島へ渡ることにしました。
牛島の由来は島が牛の形をしているのかと思いきや、かつて牛が放牧されていたからだという説があるが
どうなんでしょう。
目的は二つ、一つ目はこの島には二つの山があって、東に標高95mの東山、西に標高94.5mの西山、
なんの変哲もない山名だが、実は西山はかつて牛頭山(ごずざん)と呼ばれていたそうな。
山頂には三等三角点・牛島が埋設されている。
この山に登ることと、二つ目が内海の海上王と言われた廻船の豪商丸尾五左衛門の本拠地である牛島の
屋敷跡や極楽寺を訪れることにある。
極楽寺には丸尾家代々のお墓があることに加え、無間の鐘が残されている。
無間とは辞書で調べてみると無間地獄とか無間奈落を略したものだそうですが、
なにを意味する梵鐘なんでしょうか。


 
お寺への道                      極楽寺

 
鐘楼                       極楽寺


無間の鐘

鐘楼の柱に掲げられた説明板によると、この鐘を撞くと大富豪になった後に、没落すると云われている。
廻船問屋として栄華を極めた「丸屋」は丸尾五左衛門は二代目重次の代に幕府直営となったが
のちのちに幕府の方針が変わり、その直営がなくなったことにより次第に勢いは衰えたと云われている。
丸尾五左衛門がこの鐘を撞いたことから無間の鐘と名付けられた。
一度でいい、大金持ちになるなら撞いてみよう。
そう思う方は多いとは思うが、さてその後の地獄とはどんな地獄なのか…
地獄の中でももっとも苦しみ、休むことのない阿鼻叫喚の世界だとか。

 
丸尾五左衛門屋敷跡              屋敷跡の奥に廃屋が?

 
屋敷跡付近にあった小さな社              聖神社鳥居      

 
狛犬                        社

 
だんじり                     写真展案内板

 
写真展・集会所              島の昭和時代の懐かしい写真

里浦から小浦への道を歩いていると途中に写真展の案内板がありました。
寄ってみるとそこは集会所でしたが、入り口は開いておりどなたでも入れて
懐かしい昭和時代の牛島の方たちの暮らしや風景が写されておりました。

 
船に乗る当時の子どもたち                   竹林

運動会や記念写真や風景などなど、お顔を写された写真が多かったため、
これなら大丈夫という一枚だけアップ。
さらに小浦へと進んでゆくと真竹の竹林があって…。    

 
小浦港から眺めた東山                   海の神様?

港に着きました。
そこからは東山の全容が見えており、この山に登るには…、ちょっぴし思案しましたが諦めです。
かつて登山口は先ほどの竹林辺りにあったそうですが、現在は藪の中。
とても登る気にはなれません。       

 
池と湿地                  タイル張りの赤い灯台

島のあちこちには石垣で施された小さなため池があるのですが、自然のままの大きな池と湿原がありました。
島内の池は不思議と真水だそうで、湿原には葦が茂ったり、池ではメダカなどが泳いでいるそうです。
池の山手側には池神社といって、腕のいい塩飽大工さんが建てたもので、そこには江戸時代前中期の頃に
作られた灯篭があるので訪れてみたかったのですが、道が藪化していたためこれも諦めました。

※赤灯台は里浦港西のものです。


丸亀港7:40ー(本島泊港経由)ー8:36牛島里浦港
西山登山口9:45ー10:35下山
里浦港12:25ー(本島経由)ー13:05丸亀港

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大禿山・城山・端岡山…香川県

2020-12-24 | その他<香川の山>

大禿山、城山、端岡山       おおかむろやま、しろやま?、はしおかやま

標高               176.3m、215m、83.3m
山行日              2020年12月22日
登山口(起点)          國分八幡宮
駐車場                同上
トイレ                同上
水場               なし
メンバー             ピオーネ、むらくも




妻の父が入院したので里山の麓にあるあちこちの神社へお参りをしてきた。
その後の義父は妻が病院へ行くと、すぐに腰が痛いだのあーだこーだ
と賑わしく、そして家に帰りたいという。
義父は認知症を患っているのですが、連れ合いは覚えてなくとも
娘のことはしっかり認識しているようで、つぶらな瞳で妻に訴える。
うーむむ、義父はとりあえず元気になった。
お参りのご利益ありです。

というわけで義父にはさらに元気になってもらうために
昨日の今日だが再び神社へお参りに行くことにした。
今度は国分寺町にある國分八幡宮と盆栽神社へ。
たくさんの神様にお願いするのがわたくしめの務め。

國分八幡宮は大禿山の南麓にあり、本殿の右サイドには鳥居があって
そこをくぐって山頂へ。
山頂には水分社があるのでそこにもお参りをしよう。
そして城山にも登り、下山後に近くにある盆栽神社へお参りして、
ぐるっと回って鳥居をくぐり端岡山へ登ることにした。
端岡山の山頂にも小さな社がある。

ということで、昨日に続いて今日も
妻と二人で大禿山ー城山ー端岡山を周回することにしました。




「おおかむろやま」と読むこの里山は標高わずかに176.3mで
登山口は國分八幡宮本殿の右脇奥にある縁切塚や磐座のさらに奥
の鳥居から山頂へと延びていて、15分ほどで四等三角点・國分や
天水分神と國水分神が祀られている水分社のある山頂に立つことが出来る。

山頂は広めで景色良く、ほぼ360度の展望が得られる。
下りは北北東への踏み跡を辿るが、途中にちょっとした岩場があって
そこには古いクーラーボックスが転がっていて、中には石ころがぎっしり詰め込まれていた。

下りきると車道に飛び出るので、左に行くと猪尻山登山口もしくは
五色台への遍路道に行くことが出来る。
右に折れ車道をしばらくモソモソ歩くと城山の登山口です。




城山の読みが「しろやま」なのか「きやま」なのか
はたまた「じょうやま」なのかわたしにはわかっていません。
大禿山ー城山ー端岡山を周回するきっかけはこの城山で、
最近、少しだけ山城に興味を持っているので地図を眺めていて
この山が目に止まりました。

登山口はこの山の南西側にあり簡易コンクリートの施された
ところですが、入り口には赤テープが木に括り付けられているだけなので
注意が必要です。

踏み跡もはっきりせず、ところどころにあるテープが頼りなのですが
途中竪堀かと思ってしまうような自然の溝様のものがあって
そこを右手に越えあとはほぼ山頂までの急斜面を直登することになる。
斜面は石ころだらけだし落ち葉が積もっている時期には
滑りやすく要注意。

山頂手前には石組みの上に建てられた社があって、
そこから少し上へ行くと山頂に着く。
傍らの木には山頂標識が括り付けられていた。
復路は往路を下る。
下山口の少し下には盆栽神社が建てられていた。




城山を下山後、妻は讃岐国分尼寺跡に寄りたいという。
それは端岡山への途中の車道沿いの法華寺境内にあった。
頭を丸めて尼さんになるつもりだろうか?
近くの小学校からはたくさんの子どもさんたちが賑やかに下校していた。
 
登山口は民家の間にあり、簡易コンクリート舗装の急な道を上ってゆくと
途中にそれぞれ二つの朽ちかけた木の鳥居がある。
ひと登りで平らな山頂に到着。
四等三角点・橋岡山(端岡山の端ではなく橋)が埋設されていて、小さな社がある。

國分八幡宮へは社の裏から延びる破線の道を辿るようになるが
途中、並木道風の細い道を通過し、如意林寺公園の上に出る。
大禿山の裾の道を西に辿ると起点の八幡宮に帰着する。
八幡宮ではすっかり初詣の準備が整っていました。
駐車のお礼も兼ねてお参りし帰路に就く。


<タイム>3:15
<距離>5.6km
<上り>366m
<下り>357m
<コース>國分八幡宮ー大禿山ー城山ー盆栽神社ー法華寺ー端岡山ー國分八幡宮
   
 

コメント (2)
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