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風のゆくえには~ あいじょうのかたち21(慶視点)

2015年09月16日 15時42分01秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

 噂されている、と気がついたのは、ゴールデンウィークが終わって一週間ほどたった時だった。

(とうとうバレたってことか)

 おそらく、おれがゲイだということがバレたのだろう。覚悟はしていた。

 内緒話をされている、というのは分かるものだ。看護師の中でいつもと全く変わらない対応をしてくれているのは、谷口さんくらいで、あとの人は腫れ物にでも触るように接してくる。被害妄想ではない、と思う。

 どこからバレたのか……。戸田先生のクリニックに浩介と一緒に訪れたことを知られたのかもしれないし、目黒樹理亜の勤めるバーにカップルとして飲みに行ったのを見られたのかもしれないし、同棲しているマンション近くに関係者がいるのかもしれないし、考え始めたらキリがないので、考えるのはやめた。

 患者数に減少はないところをみると、患者さんたちには大々的にはバレていないのだろうけれども、何人か微妙に態度が違うと感じられる親御さんはいた。こうなるともう時間の問題だ。


 呼び出される前に、自分から院長室を訪ねたところ、

「ちょうど呼ぼうと思ってたんだよ」

 入室するなり、峰先生に言われた。
 峰先生はおれが大学卒業後勤めていた病院の先輩医師で、現在はこの病院の院長である。おれがゲイであることは峰先生には話してあった。もしそれで病院に不利益なことが起こった場合は即座に首を切ってもらってかまわない、とも言ってある。

 峰先生が首の後ろをかきながら、うーーんと唸った。

「ちょっと言いにくいんだけどさ……」
「……はい」

 やはり、そうか。峰先生の気まずそうな顔をみて、ぐっと息を詰める。

「覚悟はしてました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。引継ぎに関しては……」
「引継ぎ? 何の話だ?」

 眉を寄せる峰先生。

「お前まさかやめるとか言うなよ? 勘弁してくれよ」
「え?」

 今度はこっちが眉を寄せる番だ。

「だって、峰先生、今、言いにくいって……」
「あー、だからな。今、お前の噂流れてるの知ってるな?」
「はい……だから」
「それ、オレのせいなんだよ」
「え?!」

 なんだって?!

 言葉に詰まったおれに、峰先生が話してくれてことによると……

 連休明けに、病院あてにメールがあったそうだ。

『渋谷慶医師には男の恋人がいる』

 事務局から連絡を受けた峰先生は、担当者に口止めをして、そのまま放置したのだという。忙しくてそんないたずらメールに構っている暇はなかったそうだ(そこを、判断ミスだった、としきりに謝ってくれている)。
 すると、その3日後に大手口コミサイトにまったく同じ文章の書き込みがされてしまったそうで……。それはすぐに削除依頼をして消してもらったが、患者でも目に止めた人はいるだろうし、この病院の職員の中にも読んでしまった人間はいて……

「そのメールを送ってきた人っていうのは……」
「それが分かんねえんだよ。口コミに載ってすぐにそいつに連絡を取ろうとしたけれど、すでにアドレス削除されてて」
「そう……ですか」

 一瞬、浩介の母親の顔が浮かんだけれど、すぐに打ち消す。あの世間ずれした人が、口コミサイトに投稿、なんて考えられない。いったい誰が……

「すみません。ご迷惑おかけして……」
「別にお前がかけてるわけじゃねえだろ」

 峰先生が肩をすくめる。

「イケメン先生は今やうちの稼ぎ頭なんだから、辞めるとかいうのはやめてくれよ?」
「でも……」
「そういうのを目の敵にする奴もいるけど、今はもう、世の中の流れは容認派が多数だからな。この病院内でも95%の人間が問題ない、と言っている、らしい」
「95%? 聞いたんですか?」
「草の者に調べさせたんだよ」
「草の者って……」
 看護師の西田さんだな、と思う。おせっかい気味の彼女は、病院内で顔が広く、情報収集能力にたけている。


「と、いうことで」
 峰先生がポンと手を打った。

「そろそろカミングアウトしてみるか?」
「…………う」

 詰まってしまう。覚悟していた、とはいえ、大々的に公表することでどのような弊害がおこるかは計り知れない……。

 おれの戸惑いを感じ取った峰先生、ふっと笑顔を浮かべた。

「まあ、お前のタイミングでいいからな。オレは今まで通り、『プライベートは本人に任せてあります』って答えるからよ。って、なんかホントに芸能人みたいだな、お前」
「すみません………」

 深々と頭を下げる。下げても下げても下げきれない気分だ。


**


 エレベーターに乗る気になれなくて、プラプラと階段で降りていき、普段は通らない給湯室の前を通り過ぎようとしたときだった。

「渋谷先生、院長室呼ばれてるみたいだよー」
「うっそー。やめさせられちゃったらどうしよー」

 聞いたことのある女の子数人の声が聞こえてきた。これは通りにくい……。とっさに階段の方に引きかえしたが、そこでも会話が聞こえてきたので、思わず立ち聞きをしてしまう。

「ねえ、本当なのかなあ? 渋谷先生に……」
「やめてよー。超ショックなんだけどー」

 やっぱり、ショック、なんだ……。そりゃ歓迎はされないよな……。

「でも先生、奥さんいたよね? 前にきたじゃん。すごい美人の……」
「あの背の高い、女優さんみたいな人ね。偽装結婚ってやつかなあ?」
「違う違う。奥さんですか?って聞いたら違うっていってたもん」
「え、そうなの?」

 良かった。誰かがあかねさんのことを訂正してくれている。でも、また話が戻ってしまった。

「じゃあ、やっぱり、あの掲示板に書いてあったのは本当ってこと?」
「男の恋人と同棲してて……って?」
「えーヤダー」

 ヤダ……かあ。そうだよなあ……。

「私はあり!」
「え、マジで?」

 お。いきなりの援護射撃。

「だって変な女と結婚してるより、相手男のほうがまだいいもーん。渋谷先生美人だし、全然ありあり!」
「あ、それ言えてる」
「うそー」

 けらけらけら、と笑う彼女たち。うーん。これは喜ぶべきなのか……と思っていたところで、

「でも、私は、許せないな」

 突然、怒ったような声があがった。この声は小児科担当の子だ。

「だって先生、私達を騙してたって事でしょ。結婚してるって指輪までして」
「そういえば……そうだよね」
「男の恋人がどうのとか言う以前に、私はそっちが許せない」
「…………」

 それは……。弁解するために、今出て行ってしまおうか……と思ったところで、

「それは違うと思います」
「!」

 ものすごく冷静な声が響いてきた。谷口さんだ。冷静に言葉を続ける谷口さん。

「渋谷先生が結婚してるって、渋谷先生の口から聞いた方っていらっしゃいます?」
「え?」

 一斉にきょとんとした声。

「結婚してるんですか? とか、奥さんの手料理ですか? とか聞いても、渋谷先生、一回も肯いたことないですよね?」
「………そういえば」

 さ……さすが谷口さん。気が付いてくれてたんだ。
 そう、おれはウソはつきたくないので、一度も結婚の質問に対して肯定したことはないのだ。

「でも、それでもさ、私達がそう言ってるのを否定しなかったじゃないの」
「本当のこと言いたくても言えなくて、でもウソはつきたくなくて……ってことじゃないんでしょうか」

 シンッとなる……。

「谷口さん……何か知ってるの?」
「ねえ、たにぐっちゃん、やっぱりたにぐっちゃんもあの人かなって思ってない?」

 谷口さんの同期の子の声だ。

「え、何何?」
「福祉祭りの時にケガして、渋谷先生が連れてきた人がいるんですけど……」

 彼女は、浩介の縫合の手伝いをしてくれたのだ。

「渋谷先生、すごい仲良さそうだったよね」
「うん……それに……」

 谷口さんが、ポツリポツリと話しはじめる。
 浩介が怪我をした際に、おれが動揺して手の震えが止まらず、止めるために自分の手首に噛みついた、という話……

「え……」
「あの冷静沈着な渋谷先生が……?」

 再びシンッとなる給湯室……。

「すごい……きっとその人が相手だよ……」
「そうだね……」
「だから」

 谷口さんがポツンと言う。

「男性同士っていう理由で隠さないといけないって……変だよなって思って」
「でも……」
「ねえねえ!その人どんな人?!」

 暗くなりかかった雰囲気を壊すように、誰かが明るくいいだした。
 ホッとしたように谷口さんとその同期の子が言う。

「高校の同級生っておっしゃってました」
「背、けっこう高かったよね」
「ってことは、渋谷先生が……」
「あ、それはどうでしょう。その方すごく物腰柔らかな感じでしたし……」
「えー見てみたーい」

 きゃあきゃあと再び騒ぎ出す女の子達……。
 しばらくは通れないようだ。諦めて階段をのぼり、上の階からエレベーターに乗ることにする。

(カミングアウト……)
 やはりきちんとするべきなんだろうか……。まだ、答えは出せない。


***


「そのメールって、まさか……」
 夕食後、迷った挙句、メールの話をしたところ、案の定、眉を曇らせた浩介。

「おれの母親が……」
「いや、それはないと思うぞ。掲示板に書き込みなんてお前の母さんができるとは思えない」
「でも」
「メールもフリーメールだったっていうし、無理だろ」
「…………」

 心配そうな顔をやめない浩介の額を指ではじく。

「考えすぎだ。どうせ誰かのイタズラだよ。掲示板の書き込みもその一回だけだっていうし」
「そうかな……」
「まあ、ネットってやつはこわい……って、何だよ?」

 コーヒーのおかわりを取りに行こうとソファから立ち上がったが、浩介に腕を掴まれ再び座らさせられ、胸に引き寄せられた。

「慶……みんなに言うの?」
「………。まだ迷ってる」

 後ろからぎゅうっと抱きしめられるのはとてつもなく心地よい。

「別に悪いことしてるわけでもねえのに、何で躊躇しちまうんだろうな」
「うん……」

 うなじのあたりに唇が添ってきて、素直に体が反応してしまう。浩介のものも固くなっている……。

「お前……暇なのか? 昨日もやったじゃねえかよ」
「んーだって昨日は今日慶が仕事だからってさっさと終わらせちゃったじゃん」
「さっさとって」
「今日は明日休みだから、ゆっくり……」
「ん」

 振り返り唇を合わせ……ようとしたところで、テーブルの上の浩介の携帯が鳴りだした。

「……携帯。携帯鳴ってるぞ」
「んー……いいよ」
「いいよじゃねえよ。急ぎの連絡だったらどうすんだよ」
「えー……」

 渋々、携帯に手を伸ばす浩介。でも、見たと思ったらすぐにまたテーブルに戻した。

「何?」
「三好さん。ライン」
「ああ……」

 三好さん、というのは、浩介の勤める学校の卒業生・目黒樹理亜が、現在一緒に住んでいる女の子、三好羅々、のことだ。二人はバーのママである陶子さんのマンションで同居している。
 連休中に樹理亜に誘われてマンションに猫のミミを見にいった際に、三好羅々に頼まれてラインの交換をした浩介。それ以降、頻繁に連絡があるらしい。

「よく来るな」
「んー……別に返事を求めている内容ではないんだよね。でも外に何かを発信するっていうのはいい傾向だと思うんだけど」
「…………」

 三好羅々は一切外に出ないらしい。中学時代に引きこもりの経験がある浩介、放っておけないのだろう。

「ねえ、やっぱり慶もラインやろうよ。便利だよ」
「やだ」

 先月、浩介がラインをはじめて以来の何度目かの誘いをバッサリ断る。

「こうやって、ピーピーピーピー鳴られるの鬱陶しい」
「鬱陶しいって」

 苦笑する浩介になんだかイラッとする。
 また、携帯が鳴ってる……。浩介が再び携帯を手にするのを見て、更にイラついて、思わずつぶやいてしまった。

「……お前、ラインはじめてから携帯触ってる時間増えたよな」
「え」

 びっくりしたような顔をした浩介。

「そうかな」
「そうだよ」
「そうかなあ」
「そうだよ」
「…………」
「…………」

 数秒の間のあと………浩介が携帯の電源を落とした。

「……別に電源切れなんて言ってねえぞ」
「うん……」 

 浩介の手がゆっくりと頭をなでてくれる。そして、おりてくる浩介の唇。ついばむようなキスのあと、おでこをコツンと合わせた。

「もしかして、嫉妬してる?」
「…………」

 浩介、ちょっと嬉しそう。なんか悔しい……。

「ちが……」
 違う、と言いかけたけれど、でも、今さらかっこつけるのもあほらしくて、噛みつくみたいなキスを返す。

「そうだよ。なにしろおれは、独占欲が強くて嫉妬深くて束縛したがり、だからな」
「慶……」

 ぎゅうっと強く抱きしめられる。おれも回した腕に力をこめる。浩介の腕、浩介の息遣い……

「………いやか?」
「まさか。そういうところも大好き」
「ん」

 合わせた唇から愛が伝わってくる。幸せすぎて蕩けそうだ。


***


 再び、口コミ掲示板におれのことが書き込まれたのは、この翌日のことだった。




----------------


以上です。
安定のラブラブ。幸せな感じ。羨ましい。

こんな真面目な話にも関わらず、読んでくださっている方、クリックしてくださった方、本当にありがとうございます!!
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風のゆくえには~ あいじょうのかたち20(浩介視点)

2015年09月14日 14時18分16秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

 カップルカウンセリング、というのを受けることになり、慶が休み時間を調整して勤務先の病院を抜け出してきてくれた。仕事モードが残っている慶、カッコいい。

「なにニヤニヤしてんだよ?」
「慶があまりにもかっこよすぎて……って、痛いって」

 クリニックの駐車場で、愛しさ募って頭のてっぺんにキスしたら、普通に蹴られた……。


『慶を殺してしまうかもしれない』

 そう告白してからちょうど2週間過ぎた。
 でも、今までとまったく変わらない。変わったことといえば、おれがスポーツジムに入会したことぐらいだ。

 お前も運動しろっての、と慶にブツブツ言われるので、お付き合い程度に何かしらはやるけれど、あとはサウナとスパ。サウナでボーっとして、汗がジワジワと出てくるままにしていると、体の中の汚いものも流れ出てくれるような錯覚に陥ってスッキリする。

 スポーツジムでは、色々な人から慶の噂を聞いた。陰で『王子』と呼ばれてる(ここでは天使じゃなくて王子らしい)とか、あの美貌とオーラは芸能人じゃないのか? とか……

 つくづく思う。なんでこんな人がおれを選んでくれたんだろう? おれなんかのどこがいいんだろう?
 愛されていること、必要とされていることは、痛いほどよく分かっているけれども、疑問と不安はずっと離れない。
 ずっと昔に「一生懸命なところが好き」みたいなことを言ってくれたことがある。でもそんな奴は世界中どこにでもいる。なんでおれが、の不安は消えてくれない。慶のお母さんは「直感」だと言ってくれたけど、慶はおれの何に直感を感じてくれたんだろう……?


**


 主治医の戸田先生は、いつもパンダみたいな目をしている。あのメイクをするのにどのくらい時間かかるんだろう。女性は大変だ。

「渋谷さん、これ、桜井さんにお見せしてもよろしいですか?」
「え?! あ、はい……」

 一瞬動揺した慶。なんだ? と思ったら、おれも先週書かされたプリントだった。鬼のようにたくさんの質問が、一問一答形式でかかれている。消しゴムの使用禁止で、書き間違った場合は二重線で訂正する。それを先生の見ている目の前で、秒を計られながら書かされるので、考えている時間はない。それこそ直感で次々と答えていく感じだ。
 慶は一昨日、病院でこっそりやったらしい。戸田先生は火曜と木曜だけ慶が勤務する病院でも診察を行っているのだ。

「桜井さんもよろしいですね?」
「あ……はい。もう何を書いたのかもほとんど覚えてないんですけど」

 目の前に出されたものを、見比べてみる……。

 パートナーの長所・短所。おれは、『男らしい・ケンカっ早い』と書いている。慶は……

『料理がうまい・めんどくさい』

 め、めんどくさいって……。しかも、長所・料理がうまいって……おれの長所、そこ?!

「あれ? お前も途中までしかやってないんだ?」
 慶がプリントをめくって言う。そう。途中で「時間です」と切られてしまって全部は答えてないのだ。

 戸田先生がニッコリと言う。

「それ、残りの問題は意味ないんです。これが最後と思うと答え方変わってきてしまうので、わざと問題は多く書いてあります」
「なるほど……」

 まだまだ問題ある……と朦朧としながら最後の方は答えていたもんな……。

「これって、これ見て何を……」
「そうですね。一通り目を通していただいて、お互い質問などあったらしてみてください。今まで知らなかったことを知ることができるかもしれません」
「知らなかったこと……」

 慶がおれを好きになった理由、とか? でも、そんな質問なかったよな……。

『第一印象、一生懸命』

 グサッとくる。やっぱり慶は、一生懸命なおれのことを好きになったんだよな……。おれも慶の目にうつるそんな自分が好きで、そんな自分でいるよう心掛けていた。でも今は………。

「第一印象、光。光ってなんだ?」
「え」

 慶の質問にハッとする。ああ、こういう風にいちいち悩むところが短所『めんどくさい』なんだろうなおれ。
 頭を切り替え答える。

「光は光だよ。慶は光ってたから」
「ああ……目黒さんもそんなこと言ってたな」

 目黒樹理亜の名前を慶が口にすると、戸田先生が、

「さっきまで樹理ちゃんここにいたんですよ? 引っ越したからこちらの方が近くなったって。樹理ちゃん、良い顔になってきましたね」
「ああ、私も電話でしか話してないんですけど、だいぶ元気になったというか……」

 二人が話している横で、おれは気になる他の項目もチェックしていく。

(直してほしいところ、運動不足。なんだかなあ……)

 ちなみにおれは『ムードを知らないところ』と書いてある。時間制限のある中で急いで書いた答えなので、本心が出ている気がする。

(印象に残っているパートナーの顔……)

「え」
 ちょっと意外な答えだったので、思わず一人ごちると、戸田先生がすかさずツッコんできた。

「何に驚きました?」
「あ、この、一番印象に残っている顔ってやつで……」
「あーそれなー……」

 慶はなぜか鼻に皺を寄せている。戸田先生が逆から見て、

「えーと? レギュラーになれなくて泣いた時の顔……バスケットをなさってたんですよね?」
「はい……レギュラーになれなくてって……高1の時?」
「あー、まー、そうだなー」

 慶は頬をかきながら、なぜか気まずそう……

「いや、これは書いてから、後でやられた……って思いましたね」
「そうですか?」

 ちょっと嬉しそうな戸田先生。話が読めない……

「意味が分からないんだけど……」
「分かんなくていいから」

 慶が赤くなってる。ますます知りたい。

「戸田先生?」
 戸田先生を見上げると、先生はニッコリとして人差し指を口元に立てた。

「この答え、たぶん、渋谷さんが桜井さんに惹かれたキッカケ、ですよね?」
「え」
「あー……」

 慶、耳をふさいだ。むーっとした口をして目をつむっている。

「え? そうなの? ………え?!」
 そんな話、聞いたことがない。一年以上片想いしていた、ということは若い頃よく言われたけど……

 戸田先生が、ちょっと得意げに慶に問いかけている。

「ここまで、怒涛のように昔のことを思い出す質問と相手のことを掘り下げて考える質問を繰り返して、その上でポンッと聞いた質問なので、一番心に残っているものがちゃんと答えとして出てきたのではないかと? ねえ? 渋谷さん」
「やだなあ……何でもお見通しって感じですね……」

 慶がこめかみをぐりぐり押している。ホント………なんだ。

 高1の夏……レギュラーになれなくて悔しかったのに泣かずに笑ってたおれを、慶が「泣け!」と言って思いっきり殴ってきたんだよな……。思えばあの頃から慶は手や足がすぐでる人だった……。でも、おかげで泣くことができた。あの時おれは慶の腕の中で気がすむまで泣いた。

 おれは「泣くな」と言われて育った。泣くと物置に閉じ込められるので、子供のころから何があっても泣かないようにしていた。いまだに、慶の前以外で泣いたことはない。涙がでないのだ。

 その、泣いた顔が、惹かれたキッカケ……?

「うそ……」
「うそじゃないですよ? それが渋谷さんの本心です」
「戸田先生、ホントに恥ずかしいからもうやめません?」
「いいじゃないですか。これって結構重要なことですよ? ねえ、桜井……、桜井さん?」
「浩介?」

 二人に声をかけられ、はっと我に返る。息をするのを忘れていた。

「あの……」
 疑問が頭の中をぐるぐる回っている。

「一生懸命なところがって話は……」
「それは初めに会った時の印象だろ? おれあの時、お前のこと羨ましいって思ったんだよな。一生懸命できることがあって」

(……それは慶みたいになりたいって思ったからだし)

 心の中のつぶやきは、あえて口には出さなかった。
 おれがバスケをはじめた理由は、慶に会うためだった。慶のようになりたいからだった。その話は昔、慶にもしたことはあるけれど、おそらく慶はそんなに重い話だなんて思ってないだろう。でも、おれにとっては人生を180度変える決断だった。

「それじゃ……」
「友人として、一生懸命な桜井さんに好意を持っていたけれど、その泣いている顔をみて恋に落ちたってことですよね?」
「え」

 戸田先生の確認に、慶が頭を抱え込んだ。

「だから、そうやって文章にするのやめてくださいよ。恥ずかしい……」
「慶……」

 否定しない。否定しないってことは………

「まあ、恋愛において、相手のどこが好きかとか、どうして好きになったか、なんて追及するのはナンセンスなんですけどね。渋谷さんだって、そうして恋してからは、桜井さんの一生懸命さも恋愛としての好きに変化していったでしょうし」
「だから、文章にするのやめてくださいって」

 頭を抱え込んだままの慶。顔が赤い。
 戸田先生がふいに口調をあらためた。

「これからお話しすることは、これまで何度か渋谷さんとお話しさせていただいたことと、心理テストや今回のアンケートを元に私が出した結論なんですが………、渋谷さん、違っていたら訂正してくださいね」
「いや………」

 慶は観念したように顔を上げると、

「どうせ合ってますよ。あーだから心理士っていやなんだ……」

 いいながら、コーヒーを持って窓辺に移動してしまった。
 戸田先生は少し笑ってから、再びおれを真正面から見据えた。

「桜井さんは、渋谷さんがどうして自分を選んでくれたんだろうってずっと不安に思っているんですよね?」
「………はい」

 素直に肯く。

「でもそれって先ほども申し上げた通り、ナンセンスなことなんですよ。恋愛なんて本能でするものですから、理由なんてあってないようなものです」
「…………」

 そうなんだろうけど……でも……

「でも、桜井さんはすべての物事に理由をつけないと納得できないタイプの方なので、ここできちんと理由を申し上げます」
「え!」

 理由、分かるのか?!
 びっくりして慶を振り返ったが、慶はコーヒー片手に窓の外を見つめたまま………何かのCMのようだ。

 戸田先生の声だけが部屋に鳴り響く。

「渋谷さんが桜井さんに惹かれた理由は、先ほども申し上げた通り、桜井さんの涙、です」
「涙……」
「表面上はニコニコしている桜井さんから流れでた内面の感情の美しさ、とでもいいましょうか」
「………」
「ようするに、渋谷さんは桜井さんの本質そのものに惹かれたということです」
「………」

 意味が分からない……

「意味が分からないって顔してらっしゃいますね?」
「あ………」

 戸田先生は軽く笑うと、ちらりと慶に目をやった。

「桜井さんは、渋谷さんの長所に『男らしい』とお書きになってますけど、それは私も同意見です。渋谷さんは大変男らしい方だと思います」
「はい……」

 慶は聞いていないような顔をしてコーヒーを飲んでいる。戸田先生が続ける。

「渋谷さんは、男らしくて、とても保護欲の強い方なんですよ」
「保護欲?」
 聞き慣れない言葉。
 
「ええ。守りたい、という気持ちです」
「………」

 守りたい……

「おそらく、桜井さんの涙が直感的に心に響いたんでしょうね」
「………」

「つらい経験をしてきた桜井さんだからこそ持ち得た繊細な魂が、真っ直ぐで男らしい渋谷さんの保護欲をかきたてた、とでも言えばいいでしょうか?」
「…………」

 保護欲……

「だから、渋谷さんは桜井さんのことを全身全霊で守りたい、と常に思っている。桜井さんは渋谷さんにとって、その思いを満たしてくれる心地よい存在なんですよ」
「………」

 ふっと戸田先生が笑顔になった。

「まあ、分析するとそんな話になりますが、渋谷さんご自身は、そんな難しいことは考えていらっしゃらないでしょう。ただ単純に、好き、守りたい、一緒にいたい、ってことですよね?」
「そんな人をアホみたいに……」

 黙って聞いていた慶が苦笑した。

「でも正直、なんで、なんて考えたことないんですけど、思い返してみれば、あの日を境に意識するようになった気はするんですよね」
「え……」
「だから先生がおっしゃってることは合ってるんだと思いますけど……」
「そうでしょう?」

 嬉しそうな戸田先生。

「お二人ってすごくお似合いのカップルなんですよ? 渋谷さんは保護欲の塊みたいな方、桜井さんは愛に包まれたい方、利害がガッチリ一致している。そして、二人とも独占欲が強くて嫉妬深くて束縛したがりで」
「散々な言われようだな」

 慶が笑いながらこちらに戻ってきた。

「でも、四半世紀もたって今さら、ですね。こんな話」
「そうですね。でも、桜井さん、ようやく納得できるのではないでしょうか?」
「え?」

 慶のきょとんとした顔……

「納得ってそれはどういう……」
「あ………」
「浩介?」

 慶の手に背中を触れられ、そこから慶のオーラが伝ってきて、そして……

 ふいに、本当にふいに、それはやってきた。頭の中が白く光る。

「浩介?」

 慶の声が遠くから聞こえてくる。そんな中で、戸田先生の言葉が渦を作りはじめた。

『直感的に心に響いた……』
『繊細な魂……』
『真っ直ぐで男らしい性格の渋谷さんの保護欲を………』
『全身全霊で守りたい、と常に思って……』
『心地よい存在………』
『利害がガッチリ一致して……』
『二人とも独占欲が強くて嫉妬深くて束縛したがりで……』

「……っ」

 一気に……きた。25年分のフラッシュバック。渦に飲み込まれそうだ。

『泣け!』

 慶の声……慶の眩しい瞳……

『ずっとずっと好きだった』
『おれはどんな浩介だって大好きだからさ』

『お前以外、何もいらない』
『一緒にいこう。自由への道を』

『おれはどんなお前でも好きになった自信あるぞ?』
『いつでもおれはお前のもんだろ』

『お前がいるところにおれはいる』
『お前は一生おれのそばにいろ』

 ……………!

「慶!」
 
 思わず立ち上がり叫ぶと、慶がキョトン、と返事をした。

「なんだよ?」
「あ…………」

 力が抜けてまた座り込む。なんだ、これ……なんだ……? 手の震えが止まらない……。

「大丈夫か?」
「あ……うん」

 なんとかうなずく。

「桜井さん」
 戸田先生の静かな声が聞こえてくる。

「納得、できましたか?」
「あ………」

 肯く前に、慶がムッとしたように言う。

「納得って、じゃあ、この四半世紀、おれの思いは届いていないってことですか? もっと早くこういった……」
「いえいえ。届いてますよ」

 戸田先生が軽く手をあげた。

「桜井さん、自分が愛されている自信はあるんですよ」
「………」
「でも、それって実は非常に珍しいことで、桜井さんのようなタイプの方がここまで他人からの愛を確信できるっていうのはよっぽどのことなんです。渋谷さん、相当すごいですよ」
「え………」

 慶が勢いをなくして、頬をかく。

「もっと早く、とおっしゃいましたが、おそらく例えば1年前にこのお話を桜井さんにしても納得はできなかったと思います。今のこのタイミングだから、心にストンと落ちてきた……違いますか?」
「は…………」

 慶…………
 振り返ると澄んだ目をした慶がじっとこちらをみている。

「おれ……慶と一緒にいていいんだね……」
 思わずつぶやくと、

「ばかじゃねーの。何いまさら言ってんだよ」
 心底呆れたように慶に返された。

「と、いうことで」
 ポンッと戸田先生が手を打った。

「これでカップルカウンセリングは終了です。あとは二人で勝手に完結してください。目の前でのろけられるのはごめんですからね」
「………」

 戸田先生のサバサバした言い方に、顔を見合わせ吹き出してしまう。


 慶が惹かれたという涙が、おれが慶に出会う前までの辛い日々の結晶であるのなら、もう、その日々を許したい……許したい。おれは慶に出会えた。慶に愛された。だから、あの日々は無駄ではなかった、と思いたい。


「また来週、いらしてくださいね?」
 戸田先生が人差し指を口元にあてた。

 そうだ。これからが本来の目的の治療の、本当のはじまり……なんだろう。
 おれはこれから、両親と向き合わなくてはならない。


--------------------


以上です。長々長々書いてしまいました。
ここまでお読みくださった方、本当にありがとうございます。
冒頭の、頭のてっぺんにキス→蹴られる、というシーンが、
「あいじょうのかたち16」で、樹理亜が目撃したシーンでした。


真面目な話が続きます。
それにも関わらず、読んでくださった方、クリックしてくださった方、
本当に本当にありがとうございます!!嬉しすぎて涙がでます。

わりと真面目に、愛情の形とは?とか考えることがあります。
若い頃には分からなかった形……20年後にはまた違う形に気が付くこともあるのかもしれませんが。
でも、今出来る限りの最良の形を、登場人物たちに選ばせてあげたいと思っています。
お見届けいただけましたら幸いです。

お読みくださりありがとうございました。また次回よろしくお願いいたします。
次は、慶にトラブル?が起こります。たぶん。

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風のゆくえには~ あいじょうのかたち19(戸田先生視点)

2015年09月11日 21時35分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち
連載再開にあたり、軽い人物紹介。その後、本文になります。

桜井浩介(40)
フリースクール教師。身長177cm。現在、高校時代からの恋人渋谷慶と同棲中。
高圧的な父親と過干渉な母親の元で育つ。小中学校ではイジメにあい不登校に。
慶のおかげで、外面は保てているものの、内面は屈折していて、両親との確執、慶への独占欲・依存度は病的。
でもそれではダメだ!と一念発起して、現在、心療内科に通院中。

渋谷慶(41)
小児科医師。身長164cm。誰もが振り返る美形。筋トレが趣味←脱いだらすごいんです。
天使のような外見とは裏腹に、竹を割ったような男らしい性格。口が悪い。
浩介が初恋で、そのまま浩介一筋25年。
小児科医師としては、子供にも親にも優しく腕も良くて、非常に評判が良い。

一之瀬あかね(40)
浩介が唯一心を許している友人。中学校教師。女優のような容姿をしている。
同性愛者であり、現在恋人の綾さんと綾さんの娘と一緒にシェアハウスで暮らしていて、
自分名義のマンションを浩介と慶に貸している。


目黒樹理亜(19)
浩介の勤める学校の卒業生。浩介と同じ心療内科に通院中。
慶に片思いをしていたけれど、浩介が恋人であることを知り、諦める。
母親に売春までさせられていて、リストカットの常習者でもあった。
浩介らに助け出され、現在、陶子の店で住み込みで働いている。

陶子(52。見た目は40くらい)
ビアンバーのママ。謎の多いクレオパトラのような美女。
あかねは大学一年の時から陶子の店でアルバイトしていた。

ララ(19?)
陶子の家に住んでいる少女。性依存症らしい。

ユウキ(19)
陶子の店の常連。樹理亜に気がある。

圭子先生(60代)
樹理亜の元担任。みんなのお母さんと呼ばれる包容力のある先生。


峰先生(53歳)
慶の勤める病院の院長。慶の良き理解者。

戸田菜美子(30代前半)
心療内科医師。樹理亜、浩介の主治医。

西田さん(40代半ば)
看護師。ガサツでうるさくおせっかい気味。

谷口さん(20代前半)
看護師。おとなしくて気が利く。


こんなところでしょうか。

今回、この「あいじょうのかたち19」は、少し話を遡りまして、15の一週間後からはじまります。
心療内科医、戸田ちゃん視点でお送りします。



------------------



「桜井浩介。40歳。教師。幻覚症状。過換気症候群。睡眠障害を訴え、睡眠導入剤の処方を希望」

 要点だけつらつらと読み上げる看護師の柚希ちゃん。

「でも、睡眠導入剤出してないですよね?」
「んー………」

 くるくるペンを回す。「浪人回し」の名の通り、浪人時代に身につけてしまった癖だ。

「パートナーへの殺害に使われる恐れがあったからね」
「さ、殺害?!」

 柚希ちゃんのぎょっとした声。まあ、そりゃぎょっとするわよね。

「まあでも、パートナーさんもこの一週間無事だったみたいだし」
「無事じゃなきゃ事件ですよ……」
「だわね。さ、今日は4回目ね。どんな顔をみせてくれるかしらね。お呼びして?」
「はい。……6番の方、2番診察室へお入りください」

 柚希ちゃんの呼びかけの直後、軽くノックがあり、扉が開いた。
 入ってきた長身の男性……

(…………お)

 第一印象。明るい。何か一皮むけたような、清々しい表情をしている。
 でも、躁鬱の躁の可能性もないとは言い切れないので、慎重に話をすすめる。

「眠れてるようですね? 顔色がとてもいいです」
「あ、そうですね。眠れるようになりました」

 ニコニコと人好きのする笑顔を浮かべる桜井氏。確実に、何かあったようだ。

「何かありました?」
「そうですね……スポーツジムに入会しました」
「スポーツジム? それはまたどうして」

 桜井氏は何か思い出したのか、笑いをこらえるような表情を浮かべながら言った。

「彼に無理やり入会させられたんです」
「彼に?」

 桜井氏には同性の恋人がいる。私が火曜と木曜だけ担当している病院の小児科医師、渋谷慶先生。超イケメン。
 あのイケメン先生に男の恋人がいると知ったら、みんな驚くだろうなあ……。でも、渋谷先生も私を信頼して恋人を託してきたのだろうから、その信頼を裏切るわけにはいかない。病院の看護師たちや患者さんたちが渋谷先生を見てキャアキャア騒ぐ度に、喉元まで出かかるんだけど、我慢我慢。我慢してます。

 桜井氏、引き続きちょっと笑いながら話を続ける。

「あの、こないだお話した、彼に対する殺意というか……」
「……はい」

 前回、独占欲から殺意を抱いてしまう、と告白してくれた桜井氏。彼が寝ている間に殺してしまったら困るので、先に眠りたい。だから睡眠薬が欲しい。という話だった。でも私はそれを拒否した。なぜなら、その薬を使って、彼を永遠の眠りにつかせてしまったらそれこそ取り返しがつかないことになるからだ。
 なるべく彼との接触をさけ、寝室も別にするように、という話で先週は終わったのだが……

「僕、彼に話してしまったんです。その……殺したくなる、ということを」
「………え」

 そ、それは……
 そう言われて、耐えられるパートナーはそうそういない。
 パートナーに見放された患者を何人も知っているが………

「それで、彼はなんと?」
 内心の緊張を押し隠し、何の動揺もない顔を作って桜井氏に問う。
 すると桜井氏は、ビシッと人差し指を立てた。

「『殺せるもんなら殺してみろ。ぜったい負けねえ』」
「……え?」

 負けねえ?

「『おれを倒したかったら、ちったあ鍛えろ』」
「…………はい?」

 倒す? 鍛えろ?

「で、次の日スポーツジムに連れていかれました」
「…………」

 ………なにその展開。

「面白い彼ですね……」
「でしょう? もう、かなわないなあと思って」

 くすくすと笑っている桜井氏。愛おしくてたまらない、という柔らかい表情……。いい傾向だ。
 これは一つステップを進めてもよさそうだ。

「桜井さん」
「はい?」

 にこりと返事する桜井氏に、私もピシッと人差し指を立ててみせる。
 
「来週はカップルカウンセリングをしましょう」


***


 翌週、桜井氏と渋谷先生は一緒に来院した。渋谷先生は勤務日だけれども、休み時間を調整してもらったのだ。桜井氏が病院まで車で迎えに行ったようだ。
 いつもとは違う部屋に通すように指示し、私はその隣の小部屋に待機した。マジックミラーになっていて中の様子を見ることができる。

「………あ」
 入るなり、渋谷先生、こちらの鏡をチラッとみた。
 ……バレたかな。おそらくバレてるんだろう。同業者の診察はやりにくい……。

「先生、先生っ」
 二人を部屋に案内し終わった柚希ちゃんが、頬を蒸気させて小部屋に入ってきた。

「見ました?! 桜井さんと一緒にきた人、すっごいイケメン! 芸能人ですかね?」
「あー……そうね」

 いや、ホントに……。渋谷先生、芸能人ばりなのだ。あの顔で医者ってどれだけスペック高いんだ。
 それに、桜井氏も背が高くて優しくて顔もまあまあで学校の先生で、かなりの高スペックといえる。
 そんな二人が恋人同士……女子的にはもったいないとしかいいようがない。

 桜井氏が甲斐甲斐しく備え付けのポットでコーヒーを入れている。その間、渋谷先生はテーブルに置かれたお菓子をチェックして、

「お前、抹茶とイチゴ、どっちがいい?」
「両方!」
「ん」

 器用に半分に折って、分け合ったりして……

(くそー………)
 なんだこのラブラブっぷりは。なんか見てるの嫌になってきた……。

「あ、これおいしい。どこの?」
「んー……」

 個包装の裏を二人で見ながら、ああでもないこうでもない話していたが、桜井氏がふいに真面目な顔をして渋谷先生を見つめた。

「慶………」
 おっと、ラブシーンはじまっちゃう? と思いきや、渋谷先生が、すっと桜井氏を手で制し、こそこそこそっと耳打ちした。桜井氏ビックリしたように目を見開き、こちらをみる。目があったような錯覚に陥ってしまう。

「戸田せんせーい」
 ひらひらと手をふってくる桜井氏。渋谷先生は苦笑いしている。

「まいったな………」
 だから同業者は嫌なんだ……。

 しょうがない。

「今行きまーす」
 聞こえないことは分かっているけれど、鏡の向こうに呼びかけ、診察室へと向かう。
 渋谷先生に見透かされないよう、気合いを入れなくては。



----------------


以上、戸田ちゃん視点でした。

4/4(土)浩介3回目受診
4/5(日)スポーツジム入会
4/11(土)浩介4回目受診
4/18(土)浩介5回目受診(慶と一緒に)
4/25(土)浩介6回目受診・ミックスデー
4/28(火)樹理亜奪還。慶の41歳の誕生日。

となっております。
今年41歳。芸能人でいうと、くさなぎ君、国分君、早生まれ同級生に中村俊介氏(←浅見光彦役のイケメンね)。
やっぱり芸能人若く見えるなあ。


一か月半ぶりに再開してみました。
私の中で、このシリーズが風のゆくえには最終章だろうな……というのがあって、
なんだかすごく寂しくて再開するのを迷っていたところもあったのですが
でも、いつまでも浩介が両親との確執を抱えたままなのはいかん!
両親健在のうちに何とかしないと!!と思い、再開した次第であります。はい。

次回は、浩介視点でお送りします。
もしお時間ありましたら、次回もどうぞよろしくお願いいたします。

----

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(BL小説)風のゆくえには~お守りはキスマーク

2015年09月09日 14時54分21秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切

 とうとう、慶の受験の日がきた。

 慶は受験会場の最寄り駅改札で予備校の友人6人と待ち合わせていて、帰りもその人達と約束をしているというので、おれは行きの駅までだけ一緒にいくことにしたんだけど……

(あー……………………ムカつく)

 腸煮えくり返ってどうしようもないのを、どうにかこうにか飲み込む。実際にゴクンと喉を鳴らして飲み込む作業をしないと抑えきれないくらい、慶の予備校の友人たちに対するライバル心というか嫉妬心と言うか、もう何が何だか分からないグチャグチャな気持ちはずっとグルグルと体中を駆け巡っている。

 でもそんなものを、試験当日の慶に少しでも見せるわけにはいかない。混雑している電車の中、普通にしていたつもりなんだけど、

「どうした? さっきから」
「え?」

 慶が細い指でおれの頬をなぞってくれる。まるで恋人に対するような(いや、実際恋人なんだけど)仕草に嬉しくなる。

「なんか変な顔してるぞ」
「あ、うーんと……なんかおれの方が緊張してきちゃって」
「何言ってんだ」

 小さく笑った慶。

「慶、落ちついてるね」
「まあ、受験2回目だしな。この一年でやれることは全部やったし。今さら慌ててもしょうがねえ」

 最後の模試でA判定が出たというのも、落ちつきの要因かもしれない。元々頭も良くて要領もいい人だ。浪人一年の成果は必ず出せるだろう。

 慶が、ふと思いついたようにこちらを振り仰いだ。

「お前、時間ある? 一緒に降りられるか?」
「うん。全然大丈夫」
「じゃあ、一回降りてくれるか?」
「うん」

 本当は、あと一時間以上後の電車でも良かったんだけど、慶の時間に合わせたのだ。
 一緒に降りて、待ち合わせの人達が来るまで一緒にいられるっていうのなら、こんなに嬉しいことはない。

 窓の外をみる慶の美しい横顔にウットリと見惚れてしまう。

(綺麗だなあ……。こんなに綺麗な人がおれの腕の中で……。あ)

 うっかり、慶が喘いでいる声と表情を思い出してしまったのを慌てて打ち消す。こんなところで元気になっていたら痴漢に間違われかねない。あぶないあぶない。
 冷静になろうと、家庭教師のアルバイト先の定期テスト対策をぶつぶつ考えていたら、すぐに最寄り駅についてしまった。

 電車を降りたところで、

「おー、渋谷ー!同じ電車だったかー」
「渋谷くーん」

 男女のカップルが少し離れたところから手を振ってきた。隣の車両だったようだ。
 慶も「おお」と手を振り返している。

(……なんだよ。待ち合わせの時間までまだ15分あるのに)
 ガッカリした心中を押し隠し、
「じゃ、おれはここで…………頑張ってね」
 不本意ながらも笑顔で言ったのだが、

「いや、ちょっとここで待っててくれ」
「え?」

 聞き返す間もなく、慶はサーっとその男女カップルの方に走っていき、何か話したと思ったら、また人の波に逆らいながらサーっと走って戻ってきた。

「慶?」
「ちょっとこっちこい」

 そのまま腕をつかまれ、ホームの端まで連れていかれる。何が何だかわからない。

「慶? どうしたの?」
「あれだよあれ」
「あれ?」

 慶はおもむろにコートを脱ぐと、左腕の袖をまくりはじめた。

「慶?」

 そして、白い綺麗な腕をおれの前につきだした。

「ゲン担ぎ」
「ゲン担ぎ?」

 なんのことだ?
 きょとんとしていると、慶が頬を膨らませた。

「だからー、去年ー、お前の受験の前に、おれがーそのー……」
「………あ」

 言いながら真っ赤になっていく慶を見て、ようやく何を言いたいのか理解した。

 去年、おれの受験本番前に、左腕にキスマークをつけてもらったのだ。おかげでおれは本命の大学に合格することができた。

 それをつけろと??

「え、今、ここで?」
「どうせ誰も見てねえよ」

 ん、と言って腕をつきだしてくる慶。この白皙におれの跡を……?

「ほら、早くしねえと時間が……」
「うん……」

 人のいる方に背を向け、そっと腕を掴み、慶の手首の内側に唇をあてる。
 ピクリと揺れた慶に興奮をかきたてられ、その思いのまま強く強く吸い込む……
 慶の弾力のあるなめらかな肌……おれのもの。おれだけのもの……

「……浩、もう……」
「ん……」
「だから……」

 慶の制止も聞かず、吸い続け、舌で舐め続け……、少し歯をたてた時点で、

「いい加減にしろっ」
「痛っ」

 思いっきり頭突きされた……。
 離した慶の左手首には、真っ赤なおれの跡がついている。

「ったく、お前はーっ」
「だって、止まらなかったんだよー」
「場所わきまえろよっ」
「ここでしていいって言ったの慶でしょっ」
「こんなに長くしろとは……」

 袖を戻していきながら、慶がふと黙った。そしておれのつけた跡をゆっくりとなぞっている。その手の動きを見ていたら、まるで自分がなでられているような感覚に陥ってブルッと身震いしてしまった。

「……慶?」
「……いいな。お前が一緒にいるって感じがする」
「え……」

 慶は素早く袖を戻し、コートを着ると、

「んじゃ、行ってくる」
「あ……うん」

 あっさりと、回れ右をして行ってしまった。

 何も言えなかったな……と思いながら後ろ姿を見送っていたら、またクルッとこちらを向いて帰ってきた。

 なんだなんだ?

 慶はおれの目の前でピタリと止まると、

「肝心なこと言うの忘れてた」
「肝心なこと?」

 こっくりと肯き、真面目な顔をして言う慶。

「ありがとな」
「……え?」

 慶がおれの袖口をキュッとつかんで続ける。

「この一年、ずっと支えてくれて。おれ、お前がいなかったらここまでできてなかったと思う」
「慶……そんな、おれは何も……」

 慶のまっすぐな綺麗な瞳……吸い込まれそうになる。
 慶が、ふっと笑う。

「この一年、ホテル代も全部お前持ちだったもんな。ホント悪かったよ。金いっぱい使わせて……」
「え! それは全然! っていうか、本当はもっと行けたのに、慶が受験生だからと思って遠慮してたんだからねっ」
「そっか……」

 慶は、んー……と天井を見上げると、

「お前、今日の夜、空いてる?」
「バイト終わるの8時……」
「じゃ、いつものとこ待ち合わせな」
「え」

 ニッといたずらそうに笑う慶。

「ホテル行こうぜ。ホテル」
「え!!」

 今日は予備校のお友達と約束してるんじゃなかったの?

「夕飯食ったら抜けるから大丈夫」
「慶………」

 う、嬉しい………。
 予備校の友達よりおれを優先してくれたという喜びと、ホテルに行けるという興奮で、血の流れが速くなってくる。半勃ち状態なのがバレないように、普通の顔で手を挙げる。

「じゃあ、8時半くらいに」
「ん」
「慶、頑張ってね」
「おお……って、お前さ」

 慶はまたまた二ーッといたずらそうに笑うと、

「お前、これ」
「!!」

 いきなり、一瞬だけ、股間を鷲掴みにされた。
 び、びっくりした!!

 ピンッと額を弾かれる。

「バレバレだよ。このまま電車乗ったら捕まるぞ。落ちついてから乗れよ?」
「け……慶っ」

 もーーー!!誰のせいだと思ってんのーーー!!

 おれの文句を背に、慶はケタケタ笑いながら、行ってしまった。でも、階段の前でこちらを振り返り、手をあげてくれている。

「慶……」

 左手を挙げて、右手でおれがつけた跡のあたりを指さしてる慶。おれが思いきり手を振ると、Vサインをして、階段の向こうに消えていった。
 消えた慶に向かって手を振り続ける。

「頑張って」

 頑張って。慶。
 慶の頑張りが届きますように。夢への第一歩を無事踏み出せますように。
 あなたの左手につけたおれの跡が、あなたを守ってあげられますように。


-------------------


以上です。
なんの落ちも盛り上がりもなくてスミマセン。

慶は無事に第一希望の大学に合格します。
慶はわりと人懐っこいし、人からも好かれるタイプなので友達は浅く広く多いです。
でも、すっごく仲の良い友達、というと実は少ない。その折々にはいるんだけどね。
いまだ親友と呼べるのは浩介だけです。次に仲良しなのは、高校一年からの友人ヤス君かなと。
ま。親友なんて何人もいなくていいしね。

---------------

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(BL小説)風のゆくえには~R18・君の瞳にうつる僕に

2015年09月07日 14時04分22秒 | BL小説・風のゆくえには~ R18・読切

(長編「旅立ち」のラストあたりの、浩介視点になります)

-- -- -- --



 どうして「会わない」なんて選択をしたのだろう。
 あらためて気付かさせられた。おれは、慶がいないと生きていけない。


 受験のため1月下旬から、おれは学校に行くのをやめた。慶に触れたい、という脳の動きが、受験の妨げになっている気がしたからだ。
 そのころからの記憶はあやふやだ。ただ、ずっと追い詰められていた。ずっと苦しかった。

 そして、すべり止め、というより、試験に慣れるため、というつもりで受けた大学に落ちてしまい、極限状態に陥った。

 落ちた、と母から報告を受けたであろう父の、「お前は本当に出来損ないだな」と言いたげな冷酷な目。

「どうしてあんなレベルの学校に落ちたの? お母さん恥ずかしくて近所の人にも言えないわ。ねえ、ちゃんと寝てる? 寝ないと本領発揮できないわよ。とにかく本命に落ちるわけにはいかないんですからね。あなたは昔から本番に弱いところがあるからお母さんそれが心配で。やっぱりこの前ついていってあげればよかったわね。電車で酔ったんじゃない? だからあんな学校に落ちたんでしょう。本命の試験の時はお母さんついていってあげるから。とにかく本命は絶対に受からないと………」

 延々と続く母の呪文のような言葉。

 ウルサイ、ウルサイ、ウルサイウルサイ!

 頭がおかしくなる。もう、耐えられない。焦って焦って、必死に参考書を読んでも少しも言葉が入ってこない。息ができない……苦しい……


 そんな状況の中、何日たったのだろう……

「こうすけっ!」
「!」

 慶の声。一瞬で部屋の空気が清涼なものに変わった。それから、ドアを蹴られる音。

「開けろっおれだっ」
「………慶」

 久しぶりに見る慶。心臓が鷲掴みされたようになる。記憶よりもずっと鮮やかで、眩しい瞳の慶……

 頬に触れられただけで、おれをまとっていた灰色の膜がすーっと浄化していった。
 抱き寄せられたら、呼吸が楽になった。おれは慶がいてくれないと、息を吸う方法さえ忘れてしまうようだ。

 どうして会わないなんて選択をしたのだろう。
 あらためて気付かさせられた。おれは、慶がいないと生きていけない。


 抱きしめて、ベッドに組み敷く。おれのベッドに慶がいる……それだけでももう、滾るものを抑えられない。

「夢みたい……」
「夢?」

 聞きかえした慶の白い耳に口づける。慶がくすぐったそうに首をすくめた。かわいい。

「うん。慶の夢、たくさんみたから」
「どんな夢だ?」
「んー………」

 それは………とても言葉にできないような……。

「言えないような夢なんだろー?」
「………うん」

 笑う慶の唇にそっと唇を下ろす。記憶よりももっと水々しい唇。


『おれはどんな浩介だって、大好き、だからさ』

 さっきの慶の言葉………。
 好き、なんて、言ってくれたの、いつ以来だろう。

『何度シュートしても入らなくてもあきらめなかったお前を思い出せ』

 慶。あなたの瞳に写るおれは、いつでも一生懸命で、まっすぐで。なりたかった自分の姿がそこにはある。
 そうだよね。そうだったよね。慶。もう、おれは昔のおれじゃないんだよね。

『おれはそんなお前を好きになったんだから』

 そんなおれになれたのは、慶のおかげだよ。慶がいなかったら、おれはずっと大嫌いな自分のままで、今頃この世に存在すらしていなかったかもしれない。

 慶。おれの光。
 慶がいてくれるから、おれは生きていられる。
 慶がいてくれれば、おれはなりたかった自分でいられる。


「なにニヤニヤしてんだよ?」
 慶がおれの頬をつつきながら問いかけてくる。慶、なんて可愛いんだろう。

「さっきの慶の言葉思い出して……」
「言葉?」
「うん。だって慶が大好きっていってくれるなんて……」

 頬に額に瞼に口づけると、慶がまたくすぐったそうに笑った。その頬を囲っておでこをくっつける。

「ねえ、もう一回言って?」
「……そんなの言わなくても分かるだろ?」

 分かるだろ、だって。それはそれで嬉しいけど……

「分かるけど、言ってほしいの」
「あー………」

 慶がうんうん唸りながら、おもむろにおれのズボンのボタンを外しはじめた。

「慶?」
「いや……さっさとやることやらないと、お前の母さんが買い物から帰ってきちまうかな、と思って」
「やることって……」
「え? やるんだろ? つか、さっきからやるき満々だし、お前の息子」
「ちょ……っ」

 下ろされたズボンからピョコンと飛び出してきたおれの息子君……

「そりゃ慶が大好きなんていうから」
「大好きっていうと元気になんのか?」
「そりゃなるよ。だって……、あ」

 掴まれて、ゆっくりと扱かれる……
 慶がおれのものをジーッと見つめながら言う。

「ダイスキダイスキダイスキ、あ、ホントだ。大きくなった」
「け……いっ、もう、ふざけて……っ」

 一年ぶりの慶の細い指。繊細でそれでいて力強くて……

「夢の中では何してたんだ?」
「んん………っ」

 慶の左手がおれの袋を弄びながら、右手はゆっくりとスライドして、先に来るたびに、指先で先走りが出ているあたりを刺激してくる。もう、すぐにでもイってしまいそうだ……。

「やっぱ入れてた?」
「ん………」

 ビクビクと腰が浮いてしまう。寝不足もあって余計に頭が朦朧としてくる。

「お前がおれに? おれがお前に?」
「おれが……慶に」

 朦朧としたまま正直に答えてしまった。

 でも、その先は心の中に押しとどめる。夢の中の慶は淫らで色っぽくて、おれが腰を突き上げるたびにいい声で喘いで……

「じゃ、夢の通りやってみるか」
「え」
 健康的に明るい慶の声に、我に返る。夢の通りって……

「え……でも」
「でもじゃなくて。やってみようぜ?」
「でも………」

 一年前は、慶が痛そうだったので、すぐにやめてしまった。今回も同じことになりそうで……

「ほら早くやるぞ。時間がない」
 慶はさっさとズボンを下着ごと脱ぐと、おれの足に足を絡めてきた。素肌のすべすべの足が気持ちいい。慶は体毛が薄いので、脛毛も生えていないのだ(本人は気にしていて、おれの脛毛が羨ましいと言っているけど)。

「やるぞって、でも……」
「いいからいいから。あの薬どこにある?」
「うん……」

 ベッドの下に隠してあった、潤滑作用のあるジェルの容器を取り出す。「はやくはやく」とせかされながらジェルを手に取った時点で、ふと思いついた。
 とりあえず、指で慣らしてみたらどうだろう。

「慶、先にちょっと指入れてみるね」
「え?! ………ちょっ」

 ジェルをまとわせた中指を、ゆっくりと慶の中に入れてみる。思ったよりもスルリと入った。今、第二関節くらい。

「……どう? 痛い?」
「……っ」

 慶が歯を食いしばりながらブンブン首を振る。

「痛くはないんだけど……なんか、すっげえ、変っ」
「そっか」

 すっと引き抜く。途端にホッとしたように慶が息をついた。でも直後にハッとしたように言う。

「いや、これでやめてたらいつまでたってもできねえじゃん」
「うん……でも」

 ジェルのついた手で、慶のものを掴むと、慶が素直にビクッと震えた。

「ほら、受験終わるまではしないって約束だったし」
「んん……っ」

 扱きはじめた途端に、慶の瞳が切なげに揺れた。一年前も思ったけど……慶、感度がものすごくいい。すぐに固くなる。
 喘がせたくなって、スピードを速めると、

「ちょ、ちょっと待てっ。待てってばっ」

 いきなり腕を掴まれ強制的にやめさせられてしまった。

「なんで?」
「なんでってお前速すぎんだよっ。前の時も思ったけど、なんでそんな速くできんだよっおかしいだろっ」
「おかしいって言われても……」

 掴んだまま制止していると、慶はムッとしたように言葉を続けた。

「あれからおれも自分でやるときお前のスピード目指してかなりいい線までいくようになったけど、今、思った。お前のほうが全然速いっ」
「…………」

 自分でやるときって……。慶の自慰行為の姿を想像したら、ムクムクと起き上がってきてしまった。
 それに気が付いた慶が、指先でそっと撫でてくる。

「慶………っ」
 腰が浮き上がる。それ……気持ち良すぎるっ。

「慶こそ……っそれどうやってるの?一年前も思ったけど、おれ、自分じゃできない……っ」
「………企業秘密」

 慶は嬉しそうにニッとすると、んーっと言って唇を少しとがらせながら、こちらに顔を寄せてきた。
 か……かわいすぎる……っ。

「慶………」
 そのかわいい唇をそっと歯をたてて噛むと、慶が赤い舌を小さくだして唇をなめてきた。たまらない……。その舌を吸い込み、絡める。

 ゆっくりと扱くのを再開する。キスの合間の息があがってくる。

「こ……すけ……っ」
「ん……っ」

 なんとか理性が飛ぶ前に、枕元のティッシュを何枚か引き出し手に取る。
 扱く速度を合わせると、体を合わせているような感覚に陥る。一つになってる気がする。

 一緒にいきたい。気を抜いたらすぐにイク状態で、必死にこらえながら、慶のものを扱き続けていたら、

「あ……っ、イクッ」
「!」

 ぎゅううっと強く手首をつかまれた。同時に、おれの手の中の慶が、ぶわっと更に大きく熱をもち、切ない声とともに、熱を吐き出す。

「んんっ」
 一緒におれも気を投げ出す。一気に放出される。なんて快感……

 ドクンドクンッとあそこと心臓が同時に波打っている……


「あー……」
 しばらくの静寂のあと、慶が絞り出すように言った。

「気持ち良すぎた……」
「うん……」

 ぼやっとしている慶。かわいい。
 ティッシュで滴をふいてあげていたところ、

「あ、お前、これ」
 慶に右手を掴まれた。

「ごめん。おれが今、掴んだところだろ」
「あ……」

 右手首に爪のあと。その周りも赤くはれている。

「痛くないか?」
「全然」

 全然痛くない。ついたことにも気が付かなかった。

「ごめんな。しばらくあと残るかもしんねえな」
「あと?」

 思わずじっと見る。慶とエッチなことをしたあと……。

「嬉しい……」
「は?」

 慶、眉間にしわが寄ってる。

「慶の跡、もっとつけてほしい。つけて?」
「………あほか」

 慶はおれのお願いを一蹴すると、さっさと着替えだした。
 おれ、変なこと言った? 言ったのか……。でも。

 おれも急いで着替えると、何事もなかったかのように座布団に座っている慶の横に座りこみ、

「ね。慶の跡、つけて?」
「はあ?」

 呆れたようにいう慶の目の前に右手首を差し出す。

「キスマーク?っていうの? あれつけて。強く吸い込むとできるんでしょ?」
「…………」
「あ、ケチ」

 無情に右手を払われ、文句を言うと、慶がおもむろに左手を掴んできた。

「慶?」
「右手は鉛筆持つんだからダメだろ」
「ん…………っ」

 袖をまくられ、手首の内側に口を寄せられた。強く強く吸われる。その慶の色っぽさに釘付けになってしまう……。

「……こんなもんか?」
「ん………」

 赤く跡がついてる……。慶がつけてくれたしるし。

「嬉しい……ありがと」
「………変なやつ」

 赤くなって目をそらした慶の頬にキスをする。

「ありがと。慶」
「変なやつ」

 慶はもう一度いって、唇を重ねてくれた。

**


 門を開ける音がする。母が帰ってきたようだ。慶が帰ってしまったあとの一人きりの部屋の中、手先が凍るような感覚に陥る。

「慶………」

 でも大丈夫。慶がつけてくれたしるしに口づける。おれには慶がいるから大丈夫。
 おれは、慶の瞳に写るおれを本当の自分にしたい。

「大好きだよ」

 再びしるしに口づける。
 おれは、慶の瞳に写るおれになる。



-----------------



以上です。
わりと真面目な話になってしまいました。浩介暗いよー……。
この後、浩介は本命の大学(学部は違うけど父親と同じ大学)に合格し、慶は全部落ちて浪人することになります。


ちなみに、これらのお話なんとなく続き?になってまして……

未挿入1回目:『風のゆくえには~R18・初体験にはまだ早い』
未挿入2回目:『風のゆくえには~R18・君の瞳にうつる僕に』が今回の話。

で、その後、挿入1回目から連作読切で……
目次の1993年4月~から一覧となっておりますっ。→ 風のゆくえには目次

こないだから、浩介が慶の顔にかけちゃった話を書こう書こう思ってるのに、違う話ばかりかいてます。
でも、今回ちょっと暗かったので、顔にかけちゃった話はまたまた今度にします。

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クリックしてくださった方!本当にありがとうございます!
励みになります、というセリフをよくお見かけしますが……ホント、励みに、なります!というセリフを身をもって知ることができています。
本当にありがとうございます!!
今後ともどうぞよろしくお願いいたします!


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コメント (2)
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