浩介に好きな女ができた。
堀川美幸、という女子バスケ部の3年生。ショートカットの美人。おれと同じくらいの背で、スタイルがいい。でも何か、フワフワした感じの人。独特の間があるというか……、女子の間で浮いてるんじゃないか? って気もする。
写真部の部室から手を振ってからちょうど一週間後の昼休み、偶然彼女と出くわしたのだけれど、
「あ!桜井君! と、緑中の切り込み隊長、渋谷くーん」
「………え」
開口一番そう言われた。切り込み隊長、というのはおれの中学時代のバスケ部でのあだ名だ。おれは小さいせいか目立っていたらしく、そんな変なあだ名をつけられ、他の学校のバスケ部員にも顔と名前を覚えられていた。
「美幸さんって田辺先輩と同じ中学だったんだって」
「あ、そうなんだ」
浩介は横でおれにボソボソっと言ってから、近づいてきた美幸さんに向き直った。
「あ、もしかして、これからですか?」
「うん。そうそう。ホントにいる?」
「是非!!」
浩介、頬が紅潮している。
おれには分からない、2人だけの会話……
「じゃあ、今日の帰り……昇降口でいい?」
「はい! よろしくお願いします!!」
浩介はにこにこと言って、そのまま通り過ぎていく美幸さんを、ぽーっと見送っている。
「……何の話だ?」
「あ……うん」
照れたように浩介が肯いた。
「今日ね、調理実習でカップケーキを作るんだって。昨日その話したときに、おれが食べたいっていったから」
「へえ。すごいじゃん」
この一週間でそんなに親しくなったのか……
「美幸さんね、将来はケーキ屋さんで働きたいんだって。お菓子作りとか大好きで……」
「…………」
はしゃいだように話し続ける浩介……
なんでおれ、お前の好きな女の情報聞かされてんだ?
なんでおれ、それ聞きながら笑ってんだ?
そんな内心の葛藤を押し隠して、
「良かったなあ。お前、美幸さんとそんなに仲良くなったんだ」
「うん!」
やけくそ気味にいったおれに、浩介は無邪気に笑って言う。
「それもこれもみんな慶のアドバイスのおかげだよー本当にありがとうね!慶!」
「…………」
そう……おれ達は『親友』。『親友』だから当然だよ。
**
写真部4回目の活動は、険悪な雰囲気のまま終わった。まだ、部長の橘先輩と妹の真理子ちゃんの喧嘩は続いているようだ。
でも、美幸さんからカップケーキをもらってウキウキしている浩介は、そんな雰囲気にも気が付かなかったみたいで、終始はしゃいでいた。
「カメラって面白いね~おれはまりそう」
「そりゃ良かった」
帰り道、いつものように浩介の漕ぐ自転車の後ろに乗りながら、浩介の話をきく。浩介、いつもより饒舌だ。
浩介の心地よい声、すぐそばにあるぬくもり……コツンとその背中に額をつけると、浩介が心配そうに後ろを振り返った。
「慶? 眠い? 落ちないでよ?」
「………ん」
どさくさに紛れて、浩介の腰に手を回す。愛おしさが募って、ぎゅっと抱きつくみたいにすると、浩介は嫌がるでもなく、クスクスと笑いながら言ってくれた。
「ちゃんと掴まっててね?」
「ん」
そのまま目をつむる。浩介のぬくもり……離したくない。離れたくない。
だからこそ、おれは『親友』として、浩介の応援をしなくてはならない。
離れないために。一緒にいるために。
翌日……
急遽体育館の照明の点検が入り、バスケ部が休みになった、と帰りのホームルームで担任から告げられ、
「慶の家、遊びに行ってもいいー?」
「…………」
ニコニコと言った浩介に、胸が締めつけられる。
一番におれと遊ぶことを思いついてくれた。それだけで充分だ。
だから……
「ばーか」
なんでもない顔を装って、浩介のおでこを弾いてやる。
「せっかく部活休みになったんだから、それこそチャンスだろっ」
「え」
「美幸さんとどっか行けよ?」
「えええっ」
途端に真っ赤になった浩介。
「そ、そんな突然……」
「速攻で昇降口前、待ち伏せ。決定。ほら行け」
「えええ……っ、ちょっと待って。慶は……」
「おれ、写真部に用事あるから。じゃあな」
「慶……っ」
浩介の声を背に、走って教室をでる。振り返ったら決心が鈍りそうだった。そのままの勢いで職員室に鍵を取りに行き、走って写真部の部室に飛びこむ。
「……………」
息を整え、窓辺に寄る。
昇降口前……浩介が傘をさして立っているのが見える。急に雨が降り出したけれど、用意の良い浩介はちゃんと折り畳み傘を持っていたようだ。傘がなくて走って帰っていく生徒が多い中、浩介は、ソワソワとした様子で昇降口を見張っている。
「………浩介」
小さくつぶやく。
「浩介。浩介。浩介………」
知ってる。おれはお前の『親友』。それ以上にはなれない。どうやっても。
この想いは知られてはいけない。知られたら、そばにいられなくなる。
「………あ」
浩介が慌てた様子で昇降口に走り寄ったので、屋根で隠れて見えなくなってしまった。
でも………
「………っ」
次の瞬間、心臓に鋭い痛みが走る。
屋根の下から出てきた浩介の傘の中……美幸さんが一緒に入っている。
「……やるじゃん。浩介」
自虐的につぶやく。……あいあい傘、だ。
「……お似合いだな」
二人が寄り添うようにして、校門から出て行くのを、息を止めて見送る。
「…………」
苦しい……
椅子に座り、膝に肘をついて顔を覆う。
知ってる。分かってた。
いつの日か、浩介に特別な人が現れることなんて。その特別な人に、男であるおれが選ばれることがないってことなんて。
だから、だから、おれは『親友』という座を選んだ。
親友でいれば、いつまでも一緒にいられる。いつまでもそばにいられる。
覚悟はしてたのに……どうしてこんなに苦しい……涙が溢れてくる……
「………椿姉」
姉はおれに言ってくれた。
『自分の心に正直に。あなたの思った通りにしなさい』
『後悔しないように。今のこの瞬間は一度しかないのよ?』
椿姉……思った通りにしたけど、つらいよ。後悔はしてないけど……でも、つらいよ。
こんなにつらい思いをするなら……好きにならなきゃよかった……
「………なんて、言うわけねえだろ。ばーか」
自分で自分に答えてやる。
「好きにならなきゃよかった、なんて死んでも言わねえよ」
好きにならないなんて選択肢、おれにはない。
ただ、一緒にいたいだけなんだよ。浩介……
お前が他の誰を好きでいても構わない……、なんて、本心で思える日がくるのかな……
まだ、無理だ。でも、もう受け入れないといけない。でも、つらい。つらい……
涙が……止まらない……
思うまま、静かに涙を流し続ける。
と、そこへ……
「………渋谷先輩?」
「!」
ビクッと跳ね上がってしまった。
この声、真理子ちゃんだ。しまった! あわてて頬に流れている涙を手で拭ったのだが、
「先輩……泣いてるんですか?」
「あ……」
振り返り、
(椿姉!)
ドキッとする。違う。彼女は姉ではない。姉ではないけれど……
「……先輩?」
「………」
まっすぐに彼女の瞳を見上げる。
澄んだ瞳の色が椿姉に似てる……
椿姉だったら、こんな時、きっと何も言わずに………
「先輩……」
「…………」
ふわりと抱きしめられた。女の子の柔らかい胸……
ゆっくりゆっくり頭をなでてくれる優しい手……
「泣いて、いいですよ?」
「…………」
再び涙が流れはじめる。
雨の音が心地いい。
薄暗い写真部の部室の中、おれはそのまま静かに涙を流し続けた。
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お読みくださりありがとうございました!
各方面やきもきする感じですが…続きはまた明後日!よろしくお願いいたします!
クリックしてくださった方、こんなやきもきする展開にも関わらず本当にありがとうございます!!暗いトンネルを抜ければ明るい明日がやってくるはず……。どうぞお見届けいただければと……今後とも、よろしくお願いいたします。ご新規の方もどうぞよろしくお願いいたします!
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今日はゆっくり読ませて頂きました。
本当に切ないですね。毎回、切なさが募っていくので、慶さん応援団としては読むたび切ないです。頑張れ慶さん!
想いがなかなか届かない方が届いた時に凄く嬉しいですからね!
何でも困難がないと喜びもないわけで。
No pain, No gain!
ってやつですよね!
私たちの人生でもそうですよね。凄く苦労して苦労して手に入れた時、何倍もの喜びが感じられるんだから。何でも簡単にはいかないという事ですね!
だから慶さんもきっと辛い思いした分浩介さんが手に入った時は嬉しいし、大事にしようと思うんだろうな。
親友を選び、側に居ることを選んだ慶さんは強い人だと思います。
何だかそんな事を思いながら毎回読んでいます!
本当に頑張れ慶さん!
それではまた読みに来ますね、寒いのでお体にはお気をつけて^_^
No pain, No gain!
ホントに……。頑張れ頑張れって感じです。
応援団(笑)ありがとうございます!!
慶、強いですよねー。
私が高校の時に話自体は出来上がってまして、
その際にすでに言うことが決まっていたのが、
「好きにならなきゃよかった、なんて死んでも言わねえ」
というセリフなのでした。
今回あらためてきちんと文章に書きおこしていって、
この人、本当にブレない人だよなーと感心してしまいました^^;
コメント本当にありがとうございます!
浩介が失恋するまであともう少し!どうぞよろしくお願いいたします。