び、びっくりした……
もう少しで、親友の渋谷慶とキスするところだった……
元はといえば、篠原のせいだ。篠原が言ったのだ。
「渋谷に練習台になってもらえばいいじゃーん」
と……。
6月11日火曜日。
昼休みに突然、同じバスケ部の篠原がうちの教室にやってきた。
それで、教室の端っこにおれを連れてきたかと思ったら、
「桜井、昨日も美幸先輩と一緒に帰ったでしょ? なんか進展あった?」
と、ニヤニヤ聞いてきた。
進展と言われても……。美幸さんと一緒に帰るのは昨日で4回目。ただ普通に帰ってるだけなんだけど……
「普通って何、普通って。どんな話してんの?」
「うーん……だいたい、バスケの話とか田辺先輩の話とか……」
「手ぐらい繋いだ?」
「繋ぐわけないじゃん!!」
思わず大声で返してしまって、近くにいた女子からジロジロ見られてしまった……。
それにも構わず、篠原はやれやれと大袈裟にため息をつくと、
「あーダメだなー桜井はー」
「そんなこと言われても……」
「まあでも、恋愛初心者には難しいのかなあ」
「………難しいよ」
一緒にいるだけでずっと緊張してるのに、手繋ぐなんてありえない。
「あー、んじゃさ、モテモテ渋谷に相談すればいいじゃん」
「何を?」
首を傾げたおれに、篠原がニッと笑って人差し指をさした。
「どうやって自然に手繋ぐかとか、どうやってキスするのかとか」
「キ………ッ!!!」
あ、ありえない!!!
「そ、そんなの……っ」
「お前ら何騒いでんだ?」
「!」
後ろから両脇腹を掴まれてぎょっとする。渋谷、だ。
「あー、渋谷。良いところに」
きょとんとしている渋谷に、篠原が手を振る。
「渋谷、奥手の桜井君に教えてあげてよー」
「何を?」
「んー、手を繋ぐタイミングとか?」
「は?」
「自然にキスまでもってく方法とか?」
「はああ?」
渋谷の眉間にこれでもかというほどシワが寄っている。
「何の話だ?」
「なんかね、桜井、せっかく昨日も美幸先輩と一緒に帰ったっていうのに何の進展もないんだって」
「もう、篠原……」
遮ろうにも、篠原の言葉は止まらない。
「だから渋谷に教えてもらえばって思って!」
「なんでおれが……」
渋谷、あきれ顔だ。そりゃそうだ……
でも、篠原は全然気が付かないようで、喜々として言った。
「そうだ! 渋谷に練習台になってもらえばいいじゃーん」
「はああ?!」
渋谷と二人で声を上げてしまう。
「何を言って……」
「だって、ほら、背の高さちょうど同じくらいじゃん。渋谷と美幸先輩って」
「篠原っ」
もう! 渋谷は自分が背低いこと気にしてるのに!
篠原は渋谷の眉がピクリとしたのにも気がつかず、うんうん頷くと、
「我ながら良い考え良い考え~」
「良い考えじゃないよっ。そもそも付き合ってもないのに、手繋ぐとかないでしょっ」
指摘すると、篠原は、はて? と首を傾げた。
「あれ? まだ付き合ってないんだっけ?」
「付き合ってないよ!」
「あれ? そうだっけ? 告白してなかった?」
「してないよ!!」
篠原って、いい奴なんだけど、思い込みが激しいというかなんというか……
「そっかそっか。あ、でもさ、自然に手繋いでみて、振りほどかれなかったら告白してもOKって目安になるよね?」
「ああ……まあ、そうだな」
渋谷までフムフム肯いてる。二人して他人事だと思って……
そんなことをしているうちに予ベルが鳴った。
「んじゃ、渋谷、桜井の指導よろしくねー」
「なんだそりゃ」
帰っていく篠原に苦笑しつつ、渋谷がおれを振り仰いだ。
「だってよ」
「もー気にしないでねー慶。篠原ってこういう恋の話大好きでさー」
「んーまあ、面白いかもな」
「え?」
目を見開くと、渋谷がニッと笑った。
「練習だよ、練習。今日の帰りうちこいよ。練習、しようぜ?」
「えええええっ」
何言ってんの……、という前に、渋谷は楽しそうに席に戻っていってしまった。
れ、練習って………えええええ!?
………と、いうことで。
部活の帰り道、渋谷の家に寄った。2階にある渋谷の部屋に入って早々、
「どのくらい離れて歩いてる?」
「え?」
言われた意味が分からなくて聞き返すと、渋谷は若干イラッとしたように、
「だから、美幸さんと帰るとき。昨日も一緒に帰ったんだろ? どのくらい? このくらい?」
「あ……んーと、このくらい?」
拳2つ分くらい離れて立つ。すると、渋谷はなぜかますますイライラしたように、
「じゃ、別に何も難しくねえじゃんかよ。ちょっと伸ばせばすぐ届く」
「そう言われても……」
な、なんで渋谷、こんなに機嫌悪いんだ。練習しようって言った時は楽しそうだったのに……
ビクビクしながら渋谷の方を見ると、渋谷は眉間にシワを寄せたまま、
「ほら、手、伸ばしてみろよ。おれと美幸さん、同じくらいの背ってことは同じくらいのところに手だってあるだろ」
「う、うん……」
あ、もしかして、女性と同じくらいの背って言われたことに今さらムカついてる? ってことかな。
と、思ったけれど、そんなこと怖くて確かめられないので、渋谷に言われるまま少し体を傾げて左手を伸ばす。
「……あ」
ぎゅっと握った渋谷の手……細い指先。体温が直接伝わってくる……温かい。渋谷のオーラにフワッと包まれるような心地よい感覚……。
考えてみたら、今まで手を触ったり触られたりしたことはあっても、こんな風に繋いだのは初めてのことだ。
「………慶」
「………なんだ」
見ると、下を向いている渋谷、耳まで赤くなっている。
恥ずかしい……よね、そりゃね。男同士で手繋ぐなんてね。でも……
「慶の手、気持ちいい」
「……何言ってんだお前」
そう言いながらも、離そうとはしないでくれているので、きゅっきゅっきゅっと何度も握りしめる。
「なんか、パワーもらえる感じ。元気になってくる」
「なんだそりゃ。マリックかよ。ってマリックは元気にしてないか」
「マリックって何?」
「ハンドパワーだよ」
「何それ?」
「知らねえの? あ、そうか、お前テレビ見ねえもんな」
話しながらどちらからともなく、歩きだした。狭い部屋の中、男子高校生二人で手を繋いで歩いてる、なんてちょっと面白い。
「まあ、こんな感じだな?」
「うん」
しばらくしてから手を離され、とん、と勉強机の椅子に座らさせられた。前に立っている渋谷が苦笑気味にいう。
「手繋ぐなんて、中学の時のフォークダンス以来だ」
「そっか……おれなんて……」
小学校……いや、幼稚園以来? 誰かと触れ合うなんて。だって、おれはずっとクラスメートから無視されてて……
ふっと、昔の嫌な思い出にとらわれて、沈みこんでいく。
おれは、あの時……あの頃……
「………浩介」
「……え」
優しい声に、我に返る。
「慶………」
そうだ。おれはもうあのころのおれじゃない。
おれには渋谷がいる。クラスのみんなとだって渋谷のおかげで上手くやれてるし、それに、それに……
「……浩介」
「え」
左頬がふわっと温かくなった。渋谷の右手がおれの左頬を包むように触っている。
「け……い?」
渋谷の透き通るような瞳がジッとこちらを見下ろしている。ドキッとするほど、真剣な……。体が金縛りにあったみたいに動けない……。
「………え」
そこに、その瞳がスッと近づいてきて……
(え、えええええ……っ)
うそ、ホントに? ちょっと、渋谷……っ
「ってな感じでな」
「え」
唇が、もう、あとほんの数ミリで重なる……というギリギリのところまで、顔を近づけてから、渋谷がぱっと離れた。
びびびびびびっくりしたーーー!!
「てな感じって、なな何が?!」
「何がって、キスするタイミング。篠原が教えとけって言ってただろ」
「あ………」
そうだった……そうでした……。
「ああ……びっくりした。本当にするかと思った……」
「するかよ」
渋谷がムッとしている。
「男相手にするわけねえだろ」
「だよねー」
はあ。びっくりした。ほっと胸をなでおろしていると、
「……悪かったな」
「え」
渋谷、口がへの字に曲がっている。
「悪かったよ。気持ち悪い思いさせて」
「え、気持ち悪いって?」
どういう意味?
言うと、渋谷はブツブツブツブツいいながら、ベッドに腰かけた。
「だからー、野郎にキスされそうになるなんて気持ち悪いだろ?」
「気持ち悪い? そう?」
渋谷、眉間にシワが寄っている。
「気持ち悪く……なかった、のか?」
「んー? ビックリしただけで、気持ち悪くはなかったよ?」
気持ち悪いの意味が分からない。
「あ、そうか。慶だから大丈夫だったのかもしれない」
「え」
きょとんとした渋谷の前まで椅子を転がして移動する。
「だって、ほら、おれ達『親友』だし」
「…………。お前の親友の定義がわからん」
「んー、定義……」
定義………それは。そんなの決まってる。
「おれの親友の定義は、一つだけだよ」
「一つ?」
首をかしげた渋谷の綺麗な瞳に、にっこりと告げる。おれの親友の定義は……
「定義は『渋谷慶』、だよ」
「……………」
渋谷は、呆気にとられたような顔をしてから………
「ばーか」
すごくすごくすごく嬉しそうに笑ってくれた。
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お読みくださりありがとうございました!
慶君がキスに手慣れた感じだったのは、めっちゃシミュレーションしてたからですね。
さりげなく浩介を勉強机の椅子に座らせたあたり、ほんと計画的!!
続きはまた明後日!よろしくお願いいたします!
クリックしてくださった方、本当にありがとうございます!
今さら気がついたのですが、遭逢・片恋・月光、とただひたすら慶君の片思いで終わっているので、
何もイチャイチャしません。キスもしません。BL小説、と書いておきながら単なる友情物語です。
それにも関わらず!!読みにきて、クリックしてくださった皆皆様には、もう感謝の言葉しかありません。
本当ならもっとドキドキする展開……
うーん……例えば、慶が他の男から言い寄られてやられちゃうとか、
(慶は喧嘩強いので、一服盛るか、集団か、もしくは、浩介を人質に取られるかしないと無理だけど)
そんな話にしようと思えばできないこともないんですが、
いや、それ、違うでしょ? と自分で自分に即座に突っ込み入れてるところです。
こうしてランキングに参加させていただくのって、今だに慣れないというか……
もっと、急展開? もっと、刺激的な? お話の方がウケがいいのかな……とか色々迷ってしまう時があるのです。
そんな中、こんな緩々展開で、何も刺激的なことがおきないお話なのにも関わらず、こうしてクリックしてくださる方がいらっしゃるということが、どれだけ有り難いことか……本当にありがとうございいます!!
この物語は今から20年以上前に決まったストーリーでして、今さらそれを変えるのも……というか、
私の中で、慶と浩介は本当に存在している人達で、本当にあった出来事を粛々と書いているだけ、という感覚なので、今さら変えられないといいますか。
そんな超日常生活小説でございます。「友達の友達の友達の話なんだけど……」ぐらいの身近な人の話というノリで読んでいただけると嬉しいです。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。ご新規の方もどうぞよろしくお願いいたします!
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ちょっと忙しい上に、この私のタブレットが壊れかけてるので、全然繋がらなくて、画面が出てくるのが遅い遅い。もうイライラ、イライラ。
すみません。
そうかぁ、浩介さんの練習台。でも慶さんとしては嬉しいのかなぁ。
浩介さんが気持ち悪くなかったって言ってくれたことには凄く嬉しかったんでしょうね。
浩介さんの気持ちが、友情もうまくいきたいし、恋愛もうまくいきたいし、みたいな感じで、慶さんの想いを知ってて読んでる私には、浩介さん!って思ってしまいます。
浩介さんのその気持ちの陰で慶さんがどんだけ落ち込んだり、いろんな感情をし、また、真理子ちゃんに脅されて、大変なことになってるか、みんな浩介さんのせいよ~って言いたくなったりして。
仕方ないんですけどね。浩介さんにはその気は無いから。
思いもつかないだろうし。
尚様が書いてらっしゃったなんのハプニングやドキドキも起こらないお話で、と言うのですが十分素敵なお話になってると思います。
そんなうまいことハプニングが起こるわけないんですもの。日常は。
ドラマのようにうまいこと恋も生まれないし。危ない人にそんなに絡まれたりしないし。
そう突っ込んじゃう私には尚様の現実にあるようなお話がいいと思います。
なので本当にある話のようにこれからもリアルを追求していってくださいませ。
それでは長くなりましたが、この辺で。また読みにきます^_^
タブレット、大変!! 繋がらないとかイライラしますよね~~。そんな中、ご訪問ありがとうございます!!
練習台、初めは面白そうとか言ってたくせに、機嫌悪くなってるあたり、彼の複雑な内心が……って話は明日以降の慶視点でちょこっと触れているのですが、もうホント!みんな浩介のせいよー!って感じですよね^^;
でも、浩介もようやく、友情も!恋も!のまともな生活を送れるようになって……あとはもうちょっと、自分の感情を素直にクラスメートとかの前でも出せるようになれれば……って感じで。このころの浩介に関しては、もう、私、保護者の気分で「頑張れ頑張れっ」って思ってしまいます。
わあ、十分素敵なお話、と言ってくださりありがとうございます!!
自信を持って、これからも、そこらへんに本当にいる人のお話、というノリで進めさせていただきます!!
嬉しいコメント本当にありがとうございました!!