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BL小説・風のゆくえには~片恋9(慶視点)

2016年01月28日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 片恋


 キスしたい。
 キスしたい。


 中学生並みの思考回路だ。自覚はある。

 でも、浩介の、ニッコリ笑った時に端っこがきゅって上がる唇とか、怒った時にぶーっとつきだした唇とか、おれが完璧なシュートを決めて見せた時にポカーンと開いている唇とか見てると……

 その唇はどんな感触がするんだろう、と想像して、自分の唇を指でなぞってみたくなる。
 せめて触ることだけでもできたら……


 ここまでキスのことを考えるようになってしまったのは、確実に、真理子ちゃんのせいだ。

 あの日…………

 部室奥の暗室で、真理子ちゃんが兄である橘先輩にキスしている現場を偶然目撃してしまった。心臓が止まるかと思った……
 橘先輩は熟睡していたので、気がついていないと思う。気がついていたら……大変だ。

 その後、何となく真理子ちゃんと一緒に帰ることになったのだけれども……非常に気まずかった。

「あの……」
「はい」

 ムッとした顔のままの真理子ちゃんにおそるおそる聞いてみる。

「橘先輩とは、実は、血が繋がっていない、とか……」
「繋がってます」
「……だよね」

 あれだけ顔が似ていて他人なわけがない。あ、でも……

「実はいとことか?」
「父も母も同じです」
「……そっか」

 う……気まずい。

 しばらくの沈黙の後、真理子ちゃんが大きく大きくため息をついた。

「わかってます。変ですよね。わかってます。わかってますよ。でも……」
「…………」

 好きな気持ちは止められない。

 それはおれにも痛いほどよくわかる……。


「子供の頃からずっとずっと好きだったんです。一人の男性として意識するようになったのは中学生になってからですけど……」
「…………」

 なんと答えたものかと、黙ってしまったが、真理子ちゃんは特に気にする様子もなく言葉を続けた。

「お兄ちゃん、昔約束してくれたんです。将来はプロのカメラマンになって、私のこと撮ってくれるって」
「もしかして、それとコンテストって関係ある?」

 聞くと、真理子ちゃんはこくりとうなずいた。

「はい。コンテストで一番良い賞を取ることが、カメラマンを目指す条件、なんです」
「?」

 おれが首を傾げると、真理子ちゃんは家の内情をポツリポツリと話しはじめた。


 真理子ちゃんのうちは小さな印刷会社を営んでいて、長男である橘先輩は、高校卒業後、家業を継ぐように言われているらしい。
 でも、橘先輩は将来はカメラマンなりたい、と、妹の真理子ちゃんにだけは昔から言っていたそうだ。

 橘先輩は、高校入学後、ようやくそのことを両親に話したのだが、両親は一つだけ条件をだした。

『高校在学中にコンテストで一番良い賞を取ること』

 そうすれば、家業は継がずカメラマンの道を目指してもよい、と。

 昨年のコンテストに出した写真は、橘先輩的には最高の出来で、これ以上のものは撮れない、というほどの自信作だった。

 けれども、結果は、入選止まり……。


「お兄ちゃん、もう、あきらめたって言ってて……。まだチャンスはあるのに」
「……………」
「絶対後悔すると思うんです。だから何としてもコンテストに……」
「うーん……それはどうかなあ」

 思わずつぶやくと、真理子ちゃんが立ち止まった。

「どういう意味ですか?」
「あ……いや……」

 よそのうちのことに口出すのも何なのだけれども、このまま真理子ちゃんが暴走するのも見ていられなくて言ってしまう。

「おれも長男だから、何となく橘先輩の気持ちがわかるというか……」
「………長男?」
「うん。おれなんか親、サラリーマンだけど、それでもやっぱり家を継がないとって気持ちあるよ? もしかしたら、橘先輩が今回コンテストに出さないのは、もしも賞を取れたら困るからかもしれないよ」
「…………困る?」

 コンテストに出すのは無駄だと言っていた橘先輩……。

「もし、賞を取ったら、カメラマンの道に行きたくなるよね?」
「そんなの………っ、行けばいいじゃないですか!!」

 叫んだ真理子ちゃんを、まあまあと抑える。

「おれ、思うんだけど……、賞を取っても取らなくても、先輩、傷つくことになるよ」
「…………傷つく?」

 想像でしかないけどね、と前置きしてから話し出す。

「賞を取って、カメラマンの道にいったら、家を出たことに対する罪悪感で傷つく」
「…………」
「賞を取ったのに、カメラマンの道を諦めたら、後悔する」
「だから……それは……」

 言いかけた真理子ちゃんを制して続ける。

「でも、一番辛いのは、せっかく出しても賞を取れなかった場合」

 いい? と人差し指を立てる。

「賞を取れなかったら、自分に実力が無かったと認めなくてはならなくなる。でも、出さなければ、『もしかしたらあの時出していれば賞を取れてたかもしれない』って思える」
「…………」

 本当の気持ちは橘先輩にしかわからないけれど……でも、きっと、コンテストに出さないことが一番良い選択なのだと思える。

 きっと、橘先輩の中で、家を継ぐ覚悟は出来ているのだろう。それを今さら外から騒ぎ立てるのは違うと思う。

 真理子ちゃんは、唇をぐっとかみしめて下を向いていたけれども……

「わかりました。コンテストのことはもう言いません」
「………」

 顔をあげた瞳には強い意志が宿っていた。

「でも、せめて、最後の文化祭は悔いの残らないものにしたいです」
「………そうだね」

 きっと橘先輩も同じ気持ちだと思う。一人になっても写真部を辞めなかったのは、やっぱり写真が好きだからなのだろう。


「じゃ、先輩?」

 真理子ちゃんはニッコリと笑うとおれを可愛らしく見上げてきた。

「これで相殺、ということで」
「え?」
「私も、先輩の泣き顔は見なかったことにしますので、先輩も……」
「あ、うん」

 おれも真理子ちゃんのキスは見なかったことにする。
 それにしても……

「真理子ちゃん、万が一お兄さん起きちゃったらどうするつもりだったの?」
「お兄ちゃん、昔から眠りが深いのでちょっとやそっとの刺激じゃ起きないんですよ」

 ふっと笑った真理子ちゃん。

「でも、いーじゃないですか、キスぐらい。減るもんじゃなし」

 見た目と違ってサバサバしてる。真理子ちゃんは肩をすくめて恐ろしいことを言いだした。

「まあ、バレたときはバレたときで、冗談で誤魔化します。今はまだ」
「今はまだ?」

 ぎょっとして聞き返すと、うんうん肯き、

「そのうちお酒飲ませて、前後不覚のところを襲おうと思ってるんですよ。既成事実を作って逃げられなくしようかと」
「えええ!?」

 真理子ちゃん……可愛い顔してやっぱりコワイ。

「今はとにかく、お兄ちゃんに変な女が寄ってこないように、絶賛監視中です」
「そ、そうなんだ……」
「私はとにかく、お兄ちゃんと一緒にいられれるためなら何でもします」

 あっけらかんと言った真理子ちゃんがちょっと羨ましい。
 真理子ちゃんと橘先輩は妹と兄だ。何があったって、その関係が切れることはない。

 でも、おれと浩介は……


「先輩は、もう大丈夫なんですか?」
「大丈夫って?」

 何の話?
 首を傾げると、真理子ちゃんは眉を寄せた。

「失恋、ですよね? あんなに泣いてたのって」
「失恋……」

 告白もしてないのに、失恋……かあ。

「違うんですか?」
「違うといえば違うし、そうだといえばそうだし……」

 うーん…と言っていたら、真理子ちゃんはまたあっけらかんと言った。

「じゃ、先輩も、実力行使しちゃえばいいじゃないですか?」
「実力行使?」
「キスしちゃうとか?」
「キ………っ」

 そ、そんなことできるわけがない!!

「先輩かっこいいから、まず普通の女子はコロッとまいっちゃうと思いますけど?」
「普通の女子……ね」

 普通の男子は……。引くだろ。

 ああ、でも、浩介とキス………

(うわああああっ)

 想像しただけで顔が熱くなってきたっ。

「先輩、顔、真っ赤」
「ほっといて」

 くすくす笑われたけど、もうどうしようもない。

 それからはもう、ずっと、そのことが頭から離れなくて……
 ふとした拍子に「キスしたい……」と思ってしまって。
 もう本当にどうしようもないおれ……。



 そんな調子で、週末を迎え、週が明け……火曜日。

 昼休みにバスケ部の篠原が教室にやってきた。何やら浩介に絡んでいたかと思ったら、

「渋谷、奥手の桜井君に教えてあげてよ。手を繋ぐタイミングとか、自然にキスまでもってく方法とか」
「はああ?」

 何の話だ、なんて言いつつも、頭の中で浩介と手を繋いだりキスしたりする光景が浮かんでニヤけてしまう。誤魔化すために、必死に眉間に皺をよせる。

 篠原のおいしい提案は続いた。

「渋谷に練習台になってもらえばいいじゃーん」
「はああ?!」

 ナイスだ!篠原!

 こいつ、部活の時に浩介といつも一緒にいるので、嫉妬の対象でしかなかったけれど、今回ばかりは感謝感謝だ。


 帰宅後、浩介が来るのを部屋で待ちながら、浮かれて色々妄想していたけれど……

 ふっと我に返った。

「こういうこと、浩介は美幸さん相手にしようとしてるんだよな……」

 そう思ったら、一気に凹んできてしまった。

 浩介と美幸さん、昨日も一緒に帰ったらしいし……

 ああ、こんなことやっても不毛だ不毛……しょせんおれは練習台……


 でも……浩介が来てくれて、実際に練習をはじめて、キュッと浩介に手を繋がれたら……

(うわああああ……)

 おれは練習台だと分かっていても、ドキドキが止まらなくて……しかも「慶の手、気持ちいい」なんて言われたらもう………


「浩介……」

 その頬に手をあてて、本当にキスしてやろうかと思って、かなりの距離まで顔を近づけた。

 …………けど、やめた。

 浩介、ものすごいビックリした顔で固まったから。

 気持ち悪いと思われただろうな……と思いきや、浩介はそれを即座に否定してくれた。おれは『親友』だから大丈夫らしい。

「お前の親友の定義がわからん」
 
 言うと、浩介はこの上もなく優しい眼差しで、にっこりと笑ってくれて、

「おれの親友の定義は『渋谷慶』だよ」

 なんて、嬉しいことまで言ってくれて………

 ああ、もう、キスなんかできなくてもいい。そばにいられればそれでいい。
 お前が美幸さんと付き合うことになっても我慢できる。たぶん。

 ……いや、まだ無理……。



**


 木曜日。
 
 写真部の活動で、約一週間ぶりに真理子ちゃんに会った。
 真理子ちゃんは何事もなかったかのように、真摯にカメラに向かい合って……

(………ないな)
 隙あらば、橘先輩の横にピッタリとくっついて、腕やら腿やら触っている。そして可愛い顔をして見つめていたりして……

(これ、妹でさえなければ……)
 妹でさえなければ、それこそ、イチコロだ。でも、妹、だもんな……

 その証拠に、橘先輩は淡々とあしらっている。慣れたもんだ。妹から本気で思われているなんて夢にも思っていないだろう。
 でも、真理子ちゃん、少しもめげていない……

(真理子ちゃん、強いな……)

 正直言って、以前のおれだったら、真理子ちゃんの想いに対して嫌悪感を抱いていただろう。おれにも妹がいるからなおのこと。
 でも、人には言えない想いを抱えた今は、真理子ちゃんに親近感を覚えてしまっている。

 おれも、そのくらい強くなりたい。
 想いを返してもらえないとわかっていても、想い続ける強さが欲しい。



 土曜日。

 部活の帰り時間近辺に、川べりで浩介のことを待ち伏せた。
 もし、今日も美幸さんと帰るならば、ここは通らない。昨日も通らなかった。だから昨日は美幸さんと一緒に帰ったのだろう。聞きたくないから確認はしていないけれど、たぶんそう。それなのに今日も待っているおれ、健気。健気すぎる……

 なんて、自分で自分のことが可哀想になっていたところ……

「あ」
 やった。浩介の自転車がこちらに向かってくるのが見えた。

「おーい」
 ぶんぶん手を振ると、気がついたらしい浩介が立ち漕ぎしてこちらに向かってきた。すごい速さ……

 そして、おれの目の前で自転車を急ブレーキでとめると、もどかし気に自転車をおりて、

「慶!」
「え?」

 いきなり……ガシッと抱きついてきた。

 え?え?え???
 
 ときめくよりも前にビックリしてしまう。

 ど、どうした?!

「慶……ごめんね」
「は?」

 耳元で浩介の絞り出すような声がする。

「何が? どうした?」
「おれ………」
「どうした」

 顔をあげさせて、間近に浩介の顔をのぞきこむ。
 浩介………泣いてる?

 浩介は、この世の終わり、みたいな真っ青な顔をして、ポツリ、と言った。

「おれ………フラれる、みたい」
「…………?」

 フラれる、みたい?

 フラれた、じゃなくて、フラれる……
 しかも、みたいってなんだみたいって……

「慶………ごめんね」
「???」

 しかも、ごめんってなんだごめんって……

 再びぎゅーっと抱きついてきた浩介の背中をゆっくりゆっくり撫でてやる。

 浩介のことをこんな風に取り乱させる美幸さんの存在に、あらためて強烈な嫉妬心が湧き上がってくる。

(フラれる……みたい)

 みたい、ということはまだ確定ではないということだ。
 もし、フラれたら、浩介は苦しむことになる……浩介が苦しむ姿を見るのは嫌だ。
 でも、フラれなかったら………

 犬の散歩の人にジロジロ見られたけれども、もうこの際かまわない。
 浩介が落ち着いて話ができるようになるまで、おれは浩介のことを強く強く抱きしめ続けた。




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お読みくださりありがとうございました!

あれも書きたい、これも書きたい、と思ったら長々となってしまい……すみません^^;
慶が練習台になった話は、前回のお話の慶視点です。詳細は前回参照で…
『片恋』もあと数回で終わりです。もうさっさと失恋してしまえ!

続きは明日!
最後の方が対になっているため、間をあけたくないので、明日更新します~。よろしくお願いいたします。


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