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帰り道、ほんの少しだけ寄り道するのが日課となっているおれ達。
一昨日の浩介の誕生日には、高校の近くの駄菓子屋に行った。バスケ部の連中が良く使っている駄菓子屋なので、浩介は部活帰りに時々行っていたらしいけど、おれはまだ2回目。おばあちゃんになりかけのおばさんが一人で切り盛りしている小さな店のわりに、品数が多くてバラエティに富んでいるので、いるだけで楽しくなってきた。
「何でも好きな物買ってやる!」
と、言ったら、一回10円のチョコのクジを引いてほしい、と頼まれた。恐ろしくクジ運の悪い浩介は、今まで20回は引いているけれど、末賞の小さなチョコしか当たったことがないそうなのだ(それはそれですごい確率な気がする)。
対して、昔からやたらクジ運の良いおれ。案の定、2回目で3等を当て、5回目で1等を当ててしまい……
「わー!すごいすごいすごーい!ありがとう!」
と、大喜びされたけれど、
(18歳の誕生日プレゼントがたったの50円でいいのか?! もうちょっと金額かけて当てたかったのにっ)
って、悶々としてしまった。クジ運が良すぎるもの考えものだ……
だから昨日、「50円じゃ気が済まないから他に何かないのか?」と、聞いたら、
「じゃあ、膝枕して♥」
と、語尾にハートを付けて頼まれた……。それで、帰りに川べりに寄って、渋々(いや、膝枕が嫌なんじゃなくて、上の道を通り過ぎる人に見られるのが嫌なんだ)5分だけ膝枕をすることになった。
「あ~幸せ♥ あ~幸せ♥」
頭を撫でてやっていたら、浩介はふざけた調子でそんなことを言っていたけれど……
「おれはこうして慶が一緒にいてくれれば、それでいい」
最後にはポツンと寂し気につぶやいた。
(………海でもそう言ってたな)
あの時も、そう、寂しそうにいった。
(お前はそれでいいのか?)
この話、踏み込んでいいのか……迷う。あの時も迷って結局何も言わなかった。こうして昨日も迷っていたけれども……
今日の帰りは、土曜日で午前授業だったから腹も減っているけれど、おれの家の前の公園でバスケットをすることになった。
「ちょっとだけ、バスケの練習付き合ってくれる?」
少し言いにくそうに、浩介が言ってきたのだ。
夏休み前に一日だけコーチをした生徒達のことが気にかかるから、明後日、バスケット教室に顔をだしたいそうだ。
「行ってもいい?」
「……おお」
前回は内緒で行って喧嘩になったので、今回はちゃんと報告してくれたらしい。浩介が初恋の相手の美幸さんに会ってしまうことはものすごく嫌だけど……
「加藤君、みんなとうまくやってると良いんだけど……。松山君も元は良い子だから、彼が率先して加藤君とコミュニケーションとってくれたらって思ってて、それで……」
子供たちのことを熱心に話している浩介の声に、胸が熱くなってくる。
(お前……やっぱり、先生向いてるよ)
おれや山崎のテスト結果が良かったことを我が事のように喜んでいた浩介。
迫田先生に「進路希望調査書が提出されていない」と言われ、作り笑いをしていた浩介。
お前がどうしたいのか。そんなのお前以上におれが分かってる。
(踏み込んで………いいよな?)
余計なお世話かもしれないけれど……それでもおれはお前に笑顔でいてほしい。
**
バスケットゴールが小学生がいて使えなかったのは、おれ的にはラッキーだった。端の方でパス練習をしながら、浩介に問いかける。
「なあ……進路希望調査書、出してないって言ってたよな? なんで?」
「なんでって……あの、わ……」
「忘れるわけないよな? お前が」
「………」
浩介、無言のまま投げ返してきた。パス練習をしている時は、誤魔化されない。パスに気を取られて自分を取り繕えなくなるからだろう。
「お前……本当に弁護士になりたいのか?」
「…………」
「…………」
「…………」
1、2、3とボールを往復させてから、浩介は投げるのをやめて、ボールを持ってこちらにやってきた。そして、軽く首を振ると、
「なりたいなりたくない、じゃなくて、ならないといけないんだよ」
「なんで?」
「なんでって……っ」
「…………」
「…………」
何か言いかけたのにやめてしまった浩介。とんとん、と無言でドリブルをしている。その無表情からは気持ちは読み取れない。でも………、踏み込ませてくれ。
「お前さ」
ボールを奪い、グイッと胸元に押しつけ、キッパリと言いきってやる。
「本当は、学校の先生になりたいって思ってるだろ」
「!」
ハッとした顔をした浩介。
「なんで……」
「なんでもくそもねえよ。見てりゃわかる」
「…………」
じっと正面から見据えてやると、浩介はフッと目線を外して首を振った。
「ホントに……慶には敵わないなあ……」
「…………」
それは……もちろん、肯定、ということだ。
「おれは、向いてると思うぞ? 先生」
「…………ありがと」
浩介はボールを受け取り、ゆっくりとまたその場でドリブルをはじめた。その真剣な横顔に、思い切って問うてみる。
「親に、学校の先生になりたいって、言えないのか?」
「………言えない。けど………」
本当は、言いたい。
って言葉が、その瞳に浮かんでいるのは、おれの勘違いじゃないだろう。
「……前にお前、『おれの人生はおれのものじゃない』って言ってたけど……」
「…………」
「おれは……お前の人生はお前のものだと思う」
「…………」
浩介はしばらくの間、無言でドリブルをしていたけれど………
「…………分かんない」
ボールをつくのをやめて、ボソッと言った。
「分かんない?」
「うん……どうすればいいのか分かんない。今さらなんだけど………」
「今さらってことはないだろ」
「そう………かな」
とんっとボールを渡された。
「だから、決められなくて、進路希望調査書も書けなかったの。本当は法学部って書かないとって思ってるんだけど………でも………」
「………………」
「週明け締め切りって言われたのにね」
「………………」
寂しげに目を伏せた浩介………
本当は法学部? そんなことはない。浩介の心は学校の先生で決まってる。それなのに、親からの圧力で違う道が選択肢に入っているだけだ。でもその圧力をはねのけることが難しくて………
どうすれば、浩介は自分の気持ちに正直になる勇気を持てる?
どうすれば………
どうすれば………
「あ」
ふいに、ひらめいた。
『わー!すごいすごいすごーい!ありがとう!』
一昨日、駄菓子屋ではしゃいでいた浩介。………運任せのクジ引きなら、強制的にその道を選べる、か? ………よし。
「運だ運」
「え?」
「運任せで決めようぜ」
「は?!」
ビックリ顔の浩介の背中をバシッと叩いてやる。
「決められないんだろ? だったら『天の神様の言う通り』だよ。あ、ちょうど終わったな。行こうぜ?」
コートから出て行く小学生と入れ替わりで、浩介の腕を掴んでコートに入る。
「じゃあ……ここからシュート打て。で、入ったら学校の先生。入らなかったら弁護士ってことで」
「はああ?!」
浩介が大声で叫んだので、小学生が驚いて振り返っている。でも構わず話を続ける。
「この位置だったよな。引退試合でお前が3ポイントシュート決めた場所」
「そう……だけど」
夏休み前の引退試合、浩介はキレイなシュートを決めたのだ。
「じゃ、ここからで」
「えええ?!」
ちょっと待って、ちょっと待って、と浩介はワタワタしている。
「あれは奇跡的に入っただけで、練習の時だってなかなか……」
「入らないことを心配してるってことは、先生になりたいってことだろ」
「え?!」
ビックリしたように叫んだけれど、結局そういうことなのだ。弁護士になるつもりがあるなら、入らなくても構わないんだから。
「違うか?」
「それは……っ」
そんなの無茶苦茶だよ……、と途方に暮れたように言う浩介に無理矢理ボールを渡す。
「まあ、とにかくやってみろ。神様の言う通り、だ」
「…………」
浩介はジッとボールを見つめていたけれど、観念したように、シュートの構えをした。
(大丈夫………大丈夫)
入れ………入れ。
浩介は目をつむり……それから、バチっと目を開けた。
(うわ………)
今までに見たことがないくらいの真剣な瞳の光にドキッとする。
大丈夫………大丈夫。
入る入る入る………
浩介は大きく息を吐き出すと、
「………っ」
音にはならない軽い気合い声ともに、お手本通りのきれいなシュートフォームで、ボールを放った。
入れ………入れっ!
「………………あ」
一瞬の間のあと、ボールは、きれいな弧を描いて……………、あっさりと網の中に吸い込まれていった。
本当に、あっさりと。
入るのが、当然。みたいに。
「入っ……………た」
ポカーン……………とした浩介。
(やった………! やった!)
という、内心のガッツポーズは押し隠して、再びバシッと背中を叩いてやる。
「よし。入ったな。じゃ、先生だ」
「慶………」
浩介は呆然としたまま、こちらを振り返った。
「慶………どうして? 入るって分かってたの………?」
「おお」
本当は内心ドキドキしていたけれど、そんなことは露とも見せず、自信たっぷりにいってやる。
「さっきのパス練習で、お前の腕力が落ちていないことは検証済みだったからな。あとは集中力の問題だったけど……」
「集中力?」
「おお。まあ、気持ちの問題っつーのかな」
ニッと笑ってやる。
「お前の入ってほしいって気持ちが強かったから入ったってことだよ」
「………え」
「お前、入ってほしいって思ってただろ?」
「あ……………」
驚いたように目を見開いた浩介の胸に、とん、と手を押し当てる。
「自分の気持ちに正直に、だよ」
「……………」
「浩介」
まっすぐに、その大好きな瞳を見つめる。
「お前、先生になれ」
自分の気持ちに正直に。
お前の人生はお前のもの。
お前の行きたい道へ進め。
浩介は、しばらくポカンとしていたけれど……
「慶!」
「わわっ」
いきなり抱きついてきた。
「慶……慶」
「……………」
公園だけど、道行く人が見てるけど………でも、いい。今日ばかりは、特別だ。
「慶………ありがとう……」
耳元で聞こえる浩介の声には涙がにじんでいた。
おれ、本当は先生になりたかった。
心が決まった。
親に………話してみる。
涙と共に、覚悟もにじんでいる。
「頑張れ」
「………………うん」
背中に回した手に力をこめると、浩介は小さくうなずいた。
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お読みくださりありがとうございました!
今回も、私が高校生の時(1992年💦)に書いたエピソードそのまま使用でした。
次回は火曜日に更新の予定です。よろしければどうぞお願いいたします。
クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!
こんな真面目なお話なのに、ご理解いただけて本当に本当に嬉しすぎて震えます。
この「旅立ち」ももうすぐ終わり……彼らの高校卒業まで見届けていただけますと幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。
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