12月25日が終業式のため、24日は午前授業で3、4時間目は大掃除だった。
慶とおれは掃除の班も同じなため、一緒に階段の掃除を担当していたんだけど、お互い階段の端から洗剤のついたスポンジで磨いていって、真ん中あたりでぶつかる度、一緒のバケツで雑巾を洗う度、嬉しくてしょうがない。
「お前、ニヤニヤしすぎ」
慶に苦笑して言われたけれど、どうしても止まらない。
大好きな人がそばにいて、その人もおれのことを好きっていってくれてて。こんなに幸せなことってない。
夜のデートの約束までずっと一緒にいたかったのだけれども、あいにく午後からはバスケ部の練習。
でも、その前に……
「見せたいものってなんだろうねえ?」
「さあ……」
ホームルーム終了後、おれ達は写真部の部室に向かった。
昨日、橘先輩の妹の真理子ちゃんから、慶の妹の南ちゃん宛に電話があり、伝言されたそうなのだ。
橘先輩が、おれに見せたいものがあるから、放課後写真部の部室に来るように言っている、と……
写真部の部室は鍵は開いているのに誰もいなかった。暗室にもいない。
「トイレかな?」
「まあ、待つか……。あ、お前、弁当食ってれば?」
「あ……うん」
今ごろ、バスケ部員は体育館で弁当を食べているはずだ。おれも今食べないと食べそこなってしまう。
「うわっうまそー」
「……そう?」
弁当を開いたなり慶に言われて、複雑な気持ちになる。毎日、毎日、栄養バランスの考えられたすべて手作りの完璧な弁当。その完璧さに追い詰められて息が苦しくなる……
「……食べる?」
思わず言うと、慶が目を輝かせた。
「やった! じゃあ……これ!」
「うん」
ピーマンやらニンジンやらが入った肉団子を箸でつまみ、顔をあげると……
(……うわっ)
慶が、あーんって口を開いて待っている。その破壊力抜群の可愛さにクラクラきてしまう。
なんとか平常心をかき集めて、慶の口の中に肉団子を放り込む。
「んーーーー、んめえっ」
肉団子を頬張った慶が嬉しそうに咀嚼している。
「もっといる?」
「うん! あ、でも、お前も食え」
「うん」
いつもは苦しくなる弁当も、慶と一緒だとおいしい。
慶に時々あげながら、弁当を全部食べ終わり、幸せな気持ちが止まらなくて微笑み合っていたところで、
「え!?」
「わあっ!」
いきなりのシャッター音に飛び上がってしまう。
「た……橘先輩!」
いつの間に、ドアを入ってすぐのところで橘先輩がカメラを構えて立っていた。いつからいた……!?
「なんだ………」
驚いているおれ達にもかまわず、橘先輩はもう一度シャッターをきると、
「君たち上手くいったんだな……なら必要なかったか………」
「え?」
「は?」
上手くいった………って! えええ!?
「いや……渋谷には真理子の件で世話になったから、礼をしないとと思っていてな」
「え………」
橘先輩、真面目な顔をしてこちらにやってくると、鞄をテーブルの上に置いて何かゴソゴソ取りだしはじめた。
世話って……慶が真理子ちゃんを慰めた件?
上手くいったって、それは、慶とおれが付き合いはじめたことをいってる……?
頭の中が「?」でいっぱいの中、橘先輩に見せられたのは、2枚の写真………
「これを桜井に見せてやろうと思ったんだ」
「おれに……?」
それは合宿の最終日、帰る直前に、橘先輩のカメラで、おれが慶を、慶がおれを撮った写真だった。
自分で言うのもなんだけど……二人ともすごく柔らかい良い表情をしている。
これが? と首をかしげたおれ達に、橘先輩は無表情に言い放った。
「愛に溢れている写真だろう」
「え………」
愛に溢れて………
「アングルその他は平凡そのもので何の評価もできないが、この表情はプロでも撮れない」
「…………」
「君たちが思い合っている証拠だ」
思わず慶と顔を見合わせる。
思い合っているって………
「桜井が自分の気持ちに気がついていないようだったから、教えてやろうかと思ったんだが………気がついたんだな?」
「あ………はい」
素直にうなずく。
この人は、カメラのフィルターを通すと色々なことが見えてしまうのだろう……。
「お礼って……」
「渋谷が桜井に片思いしてることは最初から分かっていたからな。お礼に桜井を自覚させてやろうかと」
「……………」
慶は額を押さえて複雑な表情でうつむいている。
「あの……」
この際だから聞いてみたくなった。
「先輩に聞くのも変なんですけど……、おれって、いつから渋谷君のこと好きでした?」
「おま……っ何を……っ」
慶は赤くなって顔を上げたけれども、橘先輩は淡々と答えてくれる。
「最初から友情以上の感情はあったようだが……変化があったのは、合宿の時だな……」
合宿の時……憧れの『渋谷慶』でなく、慶自身と一緒にいたい、と気がついた……
「あと、体育祭後くらいから、色んな感情が渦巻きはじめたって感じか……」
体育祭後……文化祭の準備が始まったころだ。慶の隣に並ぶのにふさわしい男になりたい、と委員を引き受けて……それと同時に醜い嫉妬心と独占欲が押さえられなくなって……
「被写体としては君たちは本当に優秀だったが……」
橘先輩は再びカメラをおれ達に向け……でも、すぐに下ろした。
「なんか面白くなくなったな……。今までは、渋谷のうちに秘めた情熱を写真に写し出すことが面白かったのに……」
肩をすくめる橘先輩。
「今はもう、その情熱が外までだだ漏れていて、面白くともなんともない」
「だだ漏れって……っ」
慶、真っ赤。可愛い。
橘先輩が次におれをみてため息をついた。
「桜井も、殺意すら滲んでたのに、すっかり穏やかになって……つまらんな」
「さ、殺意……」
おれ、そんなに酷かった?
「まあ、それじゃあ礼は別に考えよう」
「…………あ、でも」
思わず言葉が出てしまった。
「おれ、自分の気持ちに気がつけたの、橘先輩のおかげです。こないだの木曜日に橘先輩が言ってくださった言葉がきっかけなので……」
「え、何それ」
すかさず慶につっこまれる。おれが答える前に橘先輩が「ああ、なんだ」と言葉を継いだ。
「いや、土曜日に二人を見かけたとき状況が変わってなかったから、もっとはっきり言わないとダメだったか、と思って今日呼び出したんだが」
「あ……そうだったんですか……」
ほんとすごいなこの人………何もかもお見通しなんだ。
「じゃあ、これが礼ってことでいいな? 渋谷」
「って、だから何を言ったんですか?」
橘先輩の言葉に、慶が眉を寄せながら言うと、橘先輩は無表情のまま告げた。
「喜怒哀楽の怒って話だ」
「怒?」
「まあ、詳しくは桜井に聞け。でもそろそろ時間じゃないか?」
「あ」
あと8分で集合時間だ。まずい。まだ着替えてもいない。
「じゃ、また休み明けにな」
「……はい」
慶は、釈然としない、という顔をしてうなずき、おれに「行くぞ」と声をかけドアに向かった。
「あの……ありがとうございました」
橘先輩にあらためて頭を下げると、先輩は今日はじめてニヤリと笑った。
「今は喜と楽ばかりだな」
「………はい」
かなわないなあ……と苦笑するしかない。
「浩介、遅れるぞ?」
「あ、うん」
ドアを開けて待ってくれている慶にかけよる。
大好きな慶がおれを待ってくれている。本当に、喜と楽ばかりだ。
***
「で、喜怒哀楽って?」
クリスマスデートの帰り道、駅からのんびりと慶の家に向かって歩いている最中に、ついにそのことを聞かれた。
今日はクリスマスだからピザを食べたい、というよくわからない慶の希望を叶えるために、自転車と荷物を慶の家におかせてもらって、電車でピザの食べ放題の店に行った。
慶は細いのに良く食べる。今日もおれの倍は食べていた。でもさすがに食べ過ぎた!と最後にはフラフラになっていて、子供みたいでおかしくて、愛しくて、何度も何度も頭を撫でた。クリスマス一色の店内のおかげですっかりクリスマス気分。幸せな夜だ。
「あの文化祭のポスター、恋愛の喜怒哀楽を表そうとしたんだって」
「え、そうなのか?」
文化祭のポスターとは、『恋せよ写真部』という煽り文句の書かれたポスターで、柔らかい笑顔の慶と、泣き顔の真理子ちゃんの写真が使われていた。
「慶のが『喜』、真理子ちゃんが『哀』。それで、こないだの木曜日に橘先輩がおれを撮った写真が『怒』になるって」
「怒?」
不思議そうな顔をした慶の頭を再び撫でる。
「おれ、慶と真理子ちゃんが仲良くしてるのがムカついてしょうがなくて……。橘先輩にその顔が『嫉妬に怒り狂った恋する男の顔』だって言われて……」
「怒り狂ったって……」
撫でている手を上から押さえられた。
「お前、前から妙に真理子ちゃんにこだわってるけど、真理子ちゃんとは本当に……」
「真理子ちゃんだけじゃないよ」
手を裏返してぎゅっと掴む。
「慶と仲良くする人はみんな嫌だった。石川さんも安倍も上岡も、みんな許せなかった」
「……………」
慶は困ったような、でもちょっと照れたような表情になっている。
「それで気がついたんだよ。慶のことが好きだって」
「…………」
慶の頭の上で繋いだ手が強く握り返される。愛しい体温が伝わってくる。
慶の手はいつでも温かい。おれの冷たい手を包み込んでくれる。
「慶は……あのポスターの写真の時、何を見てたの?」
喜怒哀楽の『喜』。柔らかい笑顔の慶の写真。何を見ているのかずっと気になっていた。
「何って……」
慶は目をパシパシさせながらおれを見上げると、
「それ、本気で聞いてんのか? それとも言わせたいだけ?」
「……え? わっ」
聞き返すよりも早く、慶が「えいっ」とおれの背中に飛びのってきた。おんぶ、だ。
伝わってくる温かさ……後ろから耳元に唇を寄せられ囁かれた。
「あんな顔、お前のこと見てたに決まってんだろ」
「………っ」
「おれはお前のことだけ、ずっとずっと見てきたんだからな」
「慶……」
「今までも。これからもだ」
ぎゅっと抱きついてくれる慶。背中が温かい………。
怖いくらいの幸せ……
「おれ……慶に出会えてなかったらどうなってたんだろう……」
思わず出た言葉に自分でもゾッとする。
慶に出会えていなかったら今もまだあの暗闇の中に……
深淵に沈みこみそうになったところ、慶に肩をバシバシ叩かれ引き戻される。
「そんなの愚問だ愚問」
「…………」
「おれ達は絶対に出会ってる。おれ達は巡りあう運命なんだからな」
「……慶」
慶がするするっと背中から下りてきて、おれのことを見上げニッと笑った。
「そうじゃなかったら、こんなに好きになるわけないだろ?」
慶、慶…………
なんであなたはこんなに真っ直ぐ、おれなんかのことを見つめてくれるんだろう。体中温かいものに包まれていく……
「慶……大好き」
抱き寄せて、その愛しい唇に………
と思ったのに。
「痛っ」
顎に頭突きされた! 本気で痛いっ!
「もー慶!」
「こんな住宅街の道ばたで何しようとしてんだお前」
「えー………」
顎をさすりながら、ぶーっとする。
「ケチ。誰もいないじゃん」
「窓から外見てる人とかいるかもしんねえだろっ」
慶が赤くなりながら小さく言って怒っている。その耳元に呪文のようにささやいてやる。
「キスしたい。キスしたい。キスしたい。キ………」
「うるせえっ」
普通に蹴られた……。
「もー慶が……とと?」
文句をいいかけたけたところを、腕をつかまれ、ずんずん引きずられるように歩かさせられる。でも家に向かう角を通りすぎてしまった。
「けいー? ここ曲がるんじゃ……」
「いいんだよっ」
そのまま曲がらず連れて行かれたのは……昨日キスした川べりだ。
と、いうことは………
「慶………いいの?」
「…………」
慶、真っ赤になって、言い訳するようにボソッと言った。
「食べ過ぎたから、ちょっと休憩してから帰る。お前も付き合え」
「…………」
真っ赤。本当に真っ赤。か、かわいい……
「いいだろ?」
「もちろん!」
二人並んで土手を下りていく。
この土手にも何度もきた。悔しくて泣いたことも、嬉しくて笑ったことも、すべてが慶との思い出だ。
「慶……大好きだよ」
「ん」
そっと唇を合わせる。
「これからも……ずっと一緒にいてくれる?」
頬を囲み、おでこをコツンとすると、慶がふわりと笑ってくれた。
「当たり前だろ。おれ達はずっと一緒にいる」
「……うん」
巡りあう運命……
おれ達は出えた。そして、今、一緒にいる。
慶……大好きな慶。
おれ……頑張るから。慶の隣にいるのに相応しい男になるから。
だから、いつまでも一緒にいて。
それだけがおれの願い。
<完>
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お読みくださりありがとうございました!
なんだかまったりした回ですみません。
山あり谷ありありましたが、慶と浩介、無事に両想いになりました。
そしてこの『巡合』編を経て、浩介は少しだけ自分に自信が持てるようになりました。
次回から、お正月以降~高校二年生の終わりまでのお話『風のゆくえには~将来』をお送りいたします。
『将来』の名の通り、2人の今後のこととか、進路のこととか、あいかわらず何も大事件の起きない普通のお話です……
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
そしてクリックしてくださった方、本当にありがとうございます!おかげさまで無事に『巡合』最終回までたどり着くことができました。もう後は安心してラブラブさせてあげられます。
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「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら
「巡合」目次 → こちら
尚様、お疲れ様でした~!^ ^
最後の方では、嫉妬の嵐が台風並みの勢いで吹き荒れているし(ーー;) かと思いきや、一大決心で浩介が慶に告白しちゃったら…台風一過が過ぎた後の穏やかな風が吹いてましたしねσ^_^;
(オマケですが、私の後ろからウグイスがホ~ホケキョッ!って鳴いてましたσ^_^;)
穏やかな気分に浸ってしまいますね~^ ^
『好きな人に好きって思ってもらえるのは奇跡…』
そうだよね~!って頷いてました。
でも、その奇跡…後押ししてくれてた人いましたよね?(o^^o)
南ちゃん! 『想いは伝えないと伝わらない…』 そうですよね…私も何度伝えようとして辞めたことか…見送った苦い経験が…説教されてるみたい私もσ^_^;
ってお話しを読みながら苦笑いしてました。確か、慶も同じような事を椿さんに言われてませんでしたかね?
記憶違いかな?
でも、浩介の男気見た~~!って、すんごい感動しましたね!告白シタ?したよね?! きゃ~!ってなもんで…暗闇の中で1人、変な笑みを浮かべながらお話し読んでる姿なんて誰にも見せられません!
浩介や慶に見られたら…
想像にお任せしますm(_ _)m
橘先輩、あなたも凄い洞察力でしたね~!σ^_^;
恐れ入りましたm(_ _)m と、ひれ伏してしまいます。カメラのレンズを通して人間感情が見える、写し出されるって…橘先輩のカメラは魔法のカメラ?って思えるくらいでしたけど(ーー;)
ま、何はともあれ、祝 両想い!メデタシメデタシ(^ ^) ばんざーい!
(スミマセンσ^_^; 天気良くって浮かれてます…)
好き好きがだだ漏れ、楽しさだだ漏れ、幸せがだだ漏れや~!って ホッコリしてます(^ ^) 長くなってしまいましたが、また、次のお話しを楽しみにしてますね!
彼岸は過ぎましたが、まだ寒い日があるのでお身体をご自愛くださいませ^ ^
ウグイスが!まあまあそれは本当に穏やか~~~。
おおっと!南ちゃんの活躍に気が付いてくださるとは!素晴らしい着眼点!!
そうなんです。宝くじは買わないと当たらないんです。想いは伝えないと伝わらないんです!
>見送った苦い経験が……
わ~~そんなご経験が!青春ですねえ……(遠い目……)
そうそう。慶は椿姉さんに、
自分の心に正直に、思った通りにしなさい、と常々言われてきました。
でも、ヘタレなため告白はできなかった、と^^;
こういうのって、タイミングもありますよね。
浩介は「好き」って気がついて、その気持ちが一番盛り上がってる中での告白で。
慶も実は「好き」って気がついて2か月弱あたりでは、うっかり告白しそうになったりしてたのに、一年も経つともう、絶対気が付かれないように!ってそればっかり^^;
浩介の男気!!ホント、男気ですよね!!
いや~告白してくれて良かった。慶は絶対に自分からはしなかったと思うので……。
すんごい感動、だなんて!暗闇の中で変な笑みを浮かべてらっしゃったなんて!
そんな嬉しいお言葉ありがとうございますー!!
橘先輩、ホント凄い洞察力!(笑)魔法のカメラですね~^^
橘先輩、人間観察が趣味なので、この2人のこと面白いなあと思いながら観察していたと思われます。
>(スミマセンσ^_^; 天気良くって浮かれてます…)
(笑)(笑)ありがとうございます♪♪
もう色々だだ漏れてます(笑)(笑)
もうあとは何があっても、だだ漏れ続けるので安心です。
次のお話、また更に真面目な普通に普通のお話なんですがお読みいただけると幸いです!
嬉しいコメント本当に本当にありがとうございました!!