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BL小説・風のゆくえには~旅立ち3

2017年12月15日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 旅立ち

【慶視点】


 期末テストが終わり、もうすぐ夏休み。
 いつもならば浮かれた雰囲気になる時期なのに、今年はみんな夏期講習の話や大学見学の話ばかりしていて、クラスの空気が重苦しい……。

(あー……、本当に受験生なんだな……)

 帰りの学活終了後、そんな当たり前のことを思いながら、浩介を迎えに行こうとしたところ、

「あ!渋谷!」

 廊下で篠原に声をかけられた。いや、声をかけられた、なんてもんじゃなくて、「ちょうどよかったー!」と叫ばれた。

「な、なんだよ?」
「ねえ、ねえねえねえねえねえ!!」

 興奮気味の篠原。一体何なんだよ……と、引いてしまったのだけれども、続いた言葉に固まってしまった。

「昨日、桜井が美幸さんを自転車の後ろに乗せて走ってるの見たんだけど!」
「……………え?」

 美幸さんを、自転車に……?

 美幸さんというのは、元女子バスケ部の一つ上の先輩で、浩介の初恋の人で……

「美幸さんって田辺先輩と別れたの? 桜井の略奪?!」

 篠原の興奮したような声が廊下に響き渡る。
 一年前、浩介は美幸さんと男子バスケ部キャプテンの田辺先輩とを結びつけるキューピットとなった。それから二人はずっと付き合っているはずで……

「桜井に聞いても、誤魔化して教えてくれないしさー、渋谷だったら知ってるんでしょ? おーしーえーてーよー」

(教えてくれない………?)

 篠原の言葉が頭の中をグルグルと回っている。
 教えてくれないってことは、否定してないってことだ……

「桜井の話か? オレも他の奴から見たって話聞いたぞ」

 バスケ部で一緒だった上岡武史が、通りがかりにニヤニヤしながら言ってきた。

「なんかすげー楽しそうだったってさ」
「だっただったー! こっちはこれから塾だっていうのに、女子大生との2ケツ見せつけちゃってさー、もーどういうことー?って思ったんだよー!」
「…………」

 バシバシと意味もなく叩かれたけれど、何も反応できなかった。

 楽しそうだった……?
 女子大生と2ケツ……?

 あいつ、昨日、なんて言ってた?

『今日はちょっと用事があって………』

 うちで一緒に勉強しよう、と誘ったら、サラリとそう言って断ってきて………

『用事って何だ?』

 そう聞いたおれに、

『あの………お父さんの用事』

って、答えた。それこそ、自転車で2ケツ中だったから、どんな顔をしてたのかは見ていない。

(お父さんの用事……)

 それが、美幸さんと会うこと?自転車で2ケツ?楽しそう?

(何だよそれ………何だよっ)

 怒り……悲しみ……嫉妬……恐怖。ありとあらゆるマイナスの感情が渦巻いて苦しい……苦しい苦しい苦しい苦しい………っ

 浩介………っ

「渋谷? どうかしたのか?」
「!」

 武史に肩を叩かれ、ビクッとなる。

「あ………」
「渋谷?」
「どしたの?」
「いや………」

 ふうっと大きく息を吐き、キョトンとしている武史と篠原に、精一杯のポーカーフェイスを作って、何とか言葉を発した。

「その件はおれの口からは何も言えねえ」
「えー」
「じゃあな」

 ブーッとした篠原に手を振って階段を下りる。下りながらも、心臓のドッドッドッて音が聞こえてきてうるさくて耳を塞ぎたくなる。

(楽しそうだったって)

 なんで………なんで、浩介………


「あ、慶ー!」
「!」

 少し離れた場所から聞こえてきた呑気な声に、はっとして顔を上げる。浩介………っ

「ごめーん、職員室行ってたー。良かった会えて!」
「………………」

 いつもと変わらない。今朝だっていつもと同じだった。
 おれに嘘をついて美幸さんに会ってたくせに……

「あのね、今、祥子先生に聞いてきたんだけど」

 昇降口に向かいながら、機嫌よく話し続ける浩介。

「今朝言ってた、期末に使われた長文、やっぱりK大の入試問題に使われたのと同じ本から出題したんだって」
「……………」
「本貸してもらえたから、参考に読んで……」
「お前さ」

 言葉を遮って振り返り、まっすぐ見上げる。

「昨日の用事って何だったんだ?」
「え?」

 浩介は笑顔を張り付けたまま、「えと……」と言い淀んだ。

「あの………」
「お父さんの用事、じゃねえよな?」

 これ以上嘘を聞きたくなくて、直球で言ってやる。

「美幸さんを自転車の後ろに乗っけて走ることが、お父さんの用事なわけないもんな?」
「………っ」

 目を見開いた浩介。

 肯定、だ。

「それは……」
「嘘ついてんじゃねーよ!」

 カッとなったまま、胸倉を掴み上げた。

「楽しそうに2ケツしてたってなあ? よくそれで平気な顔して、今日の朝おれのこと同じ場所に乗っけられたよな?」
「それは……っ」

 そのまま、蒼白になっていく浩介を睨み続けていたけれど、

「…………」
 通りがかりの生徒達がチラチラと見ていることに気が付いて、手を離した。浩介がハッとしたようにおれに詰め寄ってくる。

「慶、あの……っ」
「言い訳は聞きたくない。じゃあな」

 何か言おうとした浩介を置いて、小走りに校舎を出た。いつもは、出て右の駐輪場に向かうけれど、迷いなく左のバス停側の門を出ると、ちょうどタイミングよくバスが止まっていた。並んでいる人達の波に乗って、バスに乗りこむ。

(追いかけてもこねーのかよっ)

 乗りこむ時に学校の方を振り返ったけれども、浩介の姿はなかった。追いかけられたら追いかけられたで、追い返しただろうに、追いかけてこないことにも腹が立ってくる。

(………ふざけんなっ)
 腹の奥の方がグツグツと煮えたぎっている。……でも、背中の方はヒヤッとしている。

(………浩介)
 ちょうど座れた後部座席でバスの揺れに身を任せていたら、グツグツよりも、ヒヤッの感覚の方が大きくなってきて、次第に腹の奥までゾクゾクとしてきた。頭の中まで冷え切ってくる……

(あいつは、はじめから男を好きだったわけではない……)

 今まで何度も何度も思ってきたことに心が支配されていく。その思いはどうしても消えない。ましてや、美幸さんは浩介の初恋の人だ。もし、美幸さんが田辺先輩と別れていて、浩介にチャンスが回ってきたのだとしたら……

(チャンスってなんだよ、チャンスって)

 自分で思って泣きたくなってきた。でも、その方が浩介は幸せになれる。友達にも隠さないとならないおれとの関係を続けていくよりも、みんなから祝福してもらえる美幸さんと付き合った方が……

(そうなったら、おれは……)

 おれはどうなってしまうんだろう………


 沈み込む重い考えに囚われていた時だった。

「わ、あれ、危なくない?」
「うちの生徒だよねー?」

 近くに立っている女子生徒の声に我に返った。

「車道出てるって、ほらー」
「わっぶつかりそうっ」

 ………?

 二人が見ている後ろの窓に目をやり……、ギョッとした。

(浩介?!)

 必死な顔で自転車を漕いでいる。後続車にクラクションを鳴らされても、気づいていないのか、無視しているのか、バスのすぐ後をついて来ようとしている。

「あの……バカっ!」

 思わず叫んで、あわてて降車ボタンを押した。そして、揺れる車内にも構わず、降車ドアに向かった。


***


(事故に合わなくて良かった……)

 次のバス停で浩介と合流できて、無事な姿を見られてホッと息をついた。
 相当頑張って漕いだのか、ヨロヨロになってはいるけれど、怪我はないようだ。

 バス停前の公園の柵に座ると、浩介は真面目な顔をしたままおれの目の前に立ち、深々と頭を下げた。

「ごめん……おれ、嘘ついた」

 頭を下げたまま、浩介が言う。

「昨日は、小学生のバスケチームのコーチをしに行ってたんだ。田辺先輩に頼まれて」
「田辺先輩?」

 田辺先輩というのは、おれ達の一つ年上の元バスケ部のキャプテンで、美幸さんの彼氏だ。その田辺先輩に頼まれて……?

「うん。一昨日の夜、電話がかかってきて……」

 浩介の話によると、田辺先輩と美幸さんは現在、小学生向けのバスケットボールチームのコーチをしているそうだ。でも、田辺先輩のご身内で不幸があって、昨日の練習に行けなくなってしまい、急遽、コーチを頼まれたそうで……

「だったらなんでそう言わなかったんだよ……」
「だって……おれ、もうバスケは慶としかしないって言ったのに……」
「…………」

 引退試合の後に言ってた話か……

「そんなの気にしなくていいのに……」
「だって……」

 顔をあげた浩介は、まさに「シュンとした顔」をしている。

「……………。まあ、じゃあ、おれはともかく、篠原に聞かれて誤魔化したってのは何なんだよ?」

 やっぱり後ろ暗いことがあるんじゃないか? と思ってしまう。……が。

「それは……、田辺先輩、おれにだけ声かけてくれたから。後輩指導、おれが一番上手だったからって言ってくれて」
「へえ」

 言葉に得意そうなニュアンスが含まれているのがかわいい……。浩介はプルプルと首を振ると、

「自分には話が来なかったって、篠原が気にしたら悪いな……と思って」
「なるほど……」

 確かに。納得はできる。……が。

「だからって、2ケツ……」
「それは……ごめん。美幸さん、足くじいちゃって、駅前の病院に連れていったんだよ」
「……………」

 それで駅近くをウロウロしていたから、2人もの人間に目撃されたわけか……

「病院の受付時間が過ぎそうだったから、すぐに送っていって……、でも帰りはおうちの方が迎えにきてくれるっていうから、送るだけ送っておれはすぐに帰ったよ。家庭教師の先生のくる時間だったし」
「……………」

 ……………。

 ……………。

 ぐうの音も出ない……。怒ったおれがアホみたいだ………。

(いや、いやいやいや!)

 それでも、嘘をつかれたことに変わりはない!
 そして、美幸さんを自転車の後ろに乗っけたという事実に変わりはない!

「慶………ごめんね」
「………………」

 でも………ジッとこちらをのぞきこんでくる瞳に嘘の色はなさそうだ………。

 じゃあ………いいんだよな?

 おれで、いいんだよな………?

 すうっと大きく息を吸い込み………

「約束しろっ」
「え」

 立ち上がり、きょとんとした浩介に詰め寄る。

「これからは絶対におれ以外の奴乗せんなよっ」

 きつい口調でいってやる。

 そこはおれだけの席。おれだけの席だ!

 すると、浩介は「はいっ」と大きく返事をして………それからなぜか「えへへへへ……」と笑いだした。

「何笑ってんだよ……」

 しかも何か嬉しそうに………

「だって………」

 浩介の冷たい指が頬を辿ってくる。

「それって焼きもちだよねー?」
「………………っ」

 む………ムカつく!!

 バンッと腕を払ってやる。

「うるせーよ!」

 ズンズン歩きだすと、浩介が慌てたように自転車を押して追いかけてきた。

「慶、待って! 乗ってよー」
「うるせー!歩いて帰るからいい!」
「乗ってって!」
「乗らないっ」
「じゃあ………叫ぶけど、いい?」
「………は?」

 叫ぶ?

 何言ってんだ?

 振り返って、眉を寄せると………
 浩介は車が行き交う大通りの歩道で、いきなり、叫んだ。

「慶ーー!! 大好きーー!!」
「は!?」

 な、何を……………っ

「焼きもち焼いた慶、かわいすぎるー!!」
「あ………あほかっ!」

 何なんだっ

「大好きーー!!」
「ばかっ黙れ!」

 慌てて浩介の方に駆け寄って、口に手を押し付ける。と、

「じゃ、乗って?」
「………………」

 手を掴まれ、ちゅっと指にキスをされた。にーっこりと笑われ、どっと体中の力が抜けていく………

「お前、どういう脅しだよ………」
「えへへへへ~~乗って乗って!」
「……………」

 しょうがないので、いつものように自転車にまたがる。

「つかまって?」
「……………」

 いつものように腰に手を回して、背中に頬を押し付ける。

(浩介の………匂い)

 泣きたくなってくる………

「慶のうち、寄ってもいい?」
「………………ん」
「祥子先生が貸してくれた本、一緒に読もう?」
「………おお」

 当たり前みたいに「一緒に」と言ってくれる。そのことが何より嬉しい。

(信じて………いいんだよな?)

 思わず腰に回した手に力を入れると、

「慶………大好きだよ」

 浩介は振り返って、優しく微笑んでくれた。
 


--------------


お読みくださりありがとうございました!
現役女子高生だった私が書いたエピソードを流用したもので甘さ倍増。めっちゃ恥ずかしい……。今だったら絶対思いつかない……

次回は浩介視点。うってかわって暗いお話になると思われます。
お時間ありましたら、火曜日もどうぞよろしくお願いいたします。


クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当に本当にありがとうこざいます!
有り難すぎて、何をどう言ったらよいのやら………本当にありがとうございます!
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


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