こちら黒金町の4階です。

静岡県労福協を身近に感じていただくために事務局員が交代で情報の発信しています。

 「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」 ちょっと早めに「早めの退職」のご挨拶です。

2019-03-08 | 県労福協

■ 桜の便りもちらほらと聞こえてくる季節となりました。皆皆さまにおかれましては、お変わり無くご健勝でお過ごしの事とお慶びを申し上げます。

さて、私事で恐縮でありますが、この3月末をもちまして静岡県労働金庫の再雇用も満了となり、県労福協勤務の任を解かれる事となっております。よって、末日を待つことなく、少し早めに職場を離れることといたしました。既に業務の引継もほとんど終了し、私が職場に居る意味も全く無く、居るだけ目障り、と言う状況になっておりますと流石に肩身も狭く居たたまれなくもなるものです。まだ3月も初旬でありますが「アッ」という間に時は過ぎゆくもので、最後のブログ担当日でもありましたので、勝手ながらこの場をお借り致しまして、ちょっと早めの退職のご挨拶と長年のご指導やご鞭撻に対します感謝を申し上げたいと存じます。

◆ 思えばはるか昔 1970年代中盤に志と運だけで静岡県労働金庫に職を得る事ができ、本店営業部を皮切りにろうきん人生をスタートさせ、2012年58歳で県労福協に出向となり、そして2019年65歳を無事に迎える事ができそうなところまできました。これもひとえに厳しくご指導賜りました諸先輩方や同僚・後輩の皆さんの心強い支えがあったからと、改めて感謝しております。

入庫早々に腰を痛め、腰骨の椎間板をノミで削ったり、更に10年後には割腹して背骨の椎間板に腰から削り取った骨を移植しピスとワイヤでそれを留めたり、年を重ねた果てには頭がい骨を開けて脳動脈瘤を治療したり、訳の分からないバネ指とやらを治すために指の付け根にメスを入れたり、原因不明の非結核性肺抗酸菌症で肺を病み、血管性迷走神経反射で時々失神しそうになったり、こう頭神経痛をこれまた時々発症したり、おまけに不整脈と高血圧で動脈硬化症・・・、高齢者のお定まりの病気自慢大会に出場できる資格は十分すぎるほどあります。 <今日という一日>を日々無事に迎える事ができているのは奇跡に近いものがある、という状態で<今を生きている事>に感慨ひとしおであります。

 ◆ 60歳以降は、非正規で1年毎の雇用契約、嘱託職員という身分であり、蚤の心臓と言われる気の小さな臆病者でありますので、何かにつけ遠慮しつつ、言いたい事も言えないまま、現職の皆さんの邪魔や迷惑にならないようにと、そればかりを気にしながら、肩身の狭い思いをしながらも、すみっこを目立たぬように歩いてきたつもりでおります。

・・・・が、心ならずとも、気付かずに意識しないまま、多くの方々を傷つけたり不快な思いにさせてしまったりと、そんな事が多々あったであろう事を遺憾に思うと同時に、ご迷惑をお掛けした方々に改めて深く陳謝致します。申し訳ありませんでした。

■ それでも今振り返ってみて、ろうきん運動や労働者自主福祉運動に関わる事で、自分の生きざまとして本当に充実した時間を過ごす事ができましたし、人間として「やりがいのある役割」を自らの仕事にして生きて・活きてこられた事、は本当に幸せでありました。どうもありがとうございました。

これから先、孫が大きくなった時に「おじいちゃんは<ろうきん>に勤めていたんだよ」と言って、すぐに“ろうきん”が分かるように、いついかなる時代であっても「労金」はその社会的使命と存在意義を広く強く示し続けている労働者自主福祉運動の砦であって欲しい・・・・・と願っています。

地域や地区における総合的な労働者自主福祉という面では、労福協運動に引き続き期待を大きく寄せています。

 ● 今思う事は「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」の一言に尽きます。 

役目の終わったものは表舞台から去るという事です。

この言葉は、太平洋戦争における連合軍最高司令官であり、戦後日本の占領体制におけるGHQ総司令官としても知られるマッカーサー元帥の引退演説の締めくくりの一節と言われています。マッカーサー元帥は自らの軍人生活の終焉をこの言葉で締めくくり、歴史の表舞台から静かに去っていきました。老兵、というと何かわびしいイメージを浮かべそうですが、ここでの老兵は、厳しく激しい戦を勝ち残り生き残ってきたしたたかな兵士、と言う意味であり、これまで歩んできた道程に自信を持ち、極めてポジティブな人生を過ごしてきたという誇りを高々と掲げている、という意味を表しているという事です。

私の周りでご勇退をされた先輩方を見ますと、仕事一筋で仕事人間のモデルのようであった方々が皆さんそれぞれにご自分のライフステージを見つけあるいは開発し、充実した人生を送られております事に驚くと同時に感心致しております。

私としては、<今のステージでは役割を果たし終えたから消えていきます。次の段階、あるいは別のステージにおいて、自分自身の生きがいと楽しみのため、人生を謳歌していく気力と自信はまだまだ持ってるよ>と言う意味でとらえていこうと思っています。

 ● 地域・地区といったコミュニティーと新たな関係を築き、地元と多少なりともお付き合いができたら良いな、とも思っています。

また、仕事を終えた今、これまで頑張ってきた自分と支えてくれた妻にご褒美・・・・・

いつの日か、のんびりと日本各地の景勝地巡りや城郭の見学、また温泉旅めぐりのドライブをしたり、気の合う仲間たちとゆったりとゴルフに興じたり、「晴耕雨読」という夢の実現に挑戦していきたいと思っています。

「芝上での玉打ち棒振り」は継続予定でいますので、是非引き続き、お誘いのお声掛けをお願い申し上げます。お金と体力は凄まじい勢いで減少していきますが、時間だけは逆に増えていきそうなので、敬老精神に富んだ優しい皆さまのお誘いをお待ちしております。

◆トルストイ曰く

 「いかなる時でも、お辞儀はし足りないよりも、し過ぎたほうがよい」

◆日本の故事にもあります

 「実るほど首を垂れる稲穂かな」

どういう訳か・・・・全ての物事や事象に「感謝・感謝」と手を合わせたくなるような、そんな清廉かつ純真な心もちとなっている自分に驚いている今日この頃です。 

 それでは皆様、お達者で。ごきげんよう。

生きている事に感謝し 合掌。                 (M)


最新の画像もっと見る

コメントを投稿