レンコンの部屋

日常の感じた事など

誕生日前日、意外と平常心

2018-11-27 15:26:21 | 日記

意外と60歳の前日にしては平常心で過ごせています

19歳から20歳になる時は、大騒ぎでしたね

20歳になりたくなくて・・・

29歳から30歳の時は、子育て真っ最中で4人目がお腹にいたから

これで私も家族は完成形だって思ったのを思い出します

そして、39歳から40歳はちょっと強気でいた気がします

女盛りというかんじで、いわゆるモテ期だったから、図に乗っていたのかもしれません

そして、49歳から50歳になるときは、またまた、家族のことや親の介護のことで結構心労が絶えない時期だったから

何にも考えられないでいたような・・・

そんなこんなの人生で、ここまで生きてきました

年金も来年からしかもらえないというし、いつまで元気でいられるかもわからない年齢に突入しますが

とにかく、今の自分を大事にして、家族を大切にして、できるだけ今までのように、笑って、泣いて、にぎやかに、

心がいつも躍動しているような、そんな自分でいたいと思っています

 

 

 

 

 


サプライズづくしのお祝い

2018-11-26 12:12:59 | 日記

先週末、温泉に泊まっての私の還暦のお祝いですが

来れないと言っていた、仙台の娘はなんと、木曜日の夜に子供たちを連れて新幹線でやってきたんです

22日から休みだったから、迎えに行くよっていっていたのに、23日に都合があるから24日からしか行けないかも…って言ってたからビックリ

しかも、それ新幹線の駅まで迎えに行ったのが、姉と子供達

久しぶりにゆっくり夕ご飯を食べ終わったころに来たから、本当にびっくりしました

数年前にも、サプライズで、子供たち全員が突然集まったときがあって、何にも知らないで家に帰って、家の中に全員がいた時にも、ビックリしたけど、

年を取ると、サプライズのビックリに対するリアクションが少し薄いというか、少しずつじわじわときて、あとから感激するって感じで、

子供達からすると、反応が薄いことが少し不満のようでしたが、その時ん、末の息子が何時に来るのって、ぽろっと娘が言って

それも、またサプライズだったようで、末の息子は今回来れないと思っていたから、結局全員集まってくれて、すごく嬉しかった

最終的には、温泉に泊まるのではなく、温泉に入りに行って、宿泊は娘の家

そのために、それぞれ、布団を持ち込み、もちろん我が家からも持っていき、ほとんど雑魚寝状態でしたが、ワイワイ楽しかったです

カラオケを楽しみにしていた私のために、プレステ4を購入し、カラオケができるようにマイクも購入して、カラオケ大会もしました

でも、娘が中心になって作ってくれた寄せ書きがなんと、私の友達や、妹夫婦からもメッセージを書いてもらっていて、

そういう時間をかけて準備してくれたその気持ちが本当にうれしかったから、涙涙で大変でした

その感動して泣いている姿を見て、我が家の孫も一緒に号泣して、とにかくにぎやかな還暦のお祝い岩パーティーでした

翌日は娘の子供とその父親である娘の旦那がコーチをしているミニバスの大きな試合があるから(そのために温泉に宿泊がなしになったみたいだけど)

朝4時に起きて、洗濯をして準備をしている娘を見て、温かい豚汁を作り、息子と旦那さんの分をジャーポットに入れて、娘も一緒に体育館へ行き

私たちは、試合の時間に間に合うように全員で応援に行き、応援した試合はもちろんのこと、ドンドン勝ち進んできました

私たちは早々と自宅に戻り、夜に合流する前にカラオケ大会を自宅で行い

夜は娘たちも合流し焼肉屋さんでたくさん食べて、本当ににぎやかな週末でした

昨日は仙台の娘を車で送っていくのにリサイクルショップで結構いいチャイルドシートを買って仙台まで送ってきました

まあ、事故で閉鎖していたから、高速に乗るまでに仙台に行くくらい渋滞に巻き込まれましたが、埼玉に帰る息子も無事に帰れたし

私も夕飯までごちそうになって、夜9時くらいには家に着いて長ーい週末が終わりました

たった一つ残念だったのは、埼玉にいる息子が、ほんとうんあら、来春には戻ってくるということになっていたのですが

職場から、懇願されて、1年帰るのを延ばされたということで、それだけが、本当に残念ですが、息子の決めたことだし、仕方ないのかもしれませんね

とにかく、4人の子供とその奥さんと旦那さんに感謝です

孫たちにも感謝

私は幸せ者です、みんなありがとう、そして、これからもよろしくね

 

 


三日坊主ではなかったけど・・・

2018-11-21 11:27:25 | 日記

子供の時は三日坊主で続かなかった日記

娘がお産で帰ってきたときにはじめて、もう8年くらいは続いていたはずなのに

今年の夏に断念してしまいました

夏頃は、定年を前にして、心がかなり動揺して、今の自分に向き合えなくて、どこか逃げていたから

そういう気持ちが、日記という自分と向き合うところから遠ざけたのだと思います

時々、まとめて書いたりしていたけど、それすらできなかったから、たぶん無意識に逃げていたんでしょうね

そして、華甲を祝う会をしていただき、定年後もそれほど大きな環境の変化がないことが少しずつ知らされて、気持ちがなんとなく落ち着いてきたのかな・・・

そうしたら、日記を8月から書いていないし、いまさらかけないなーって

書けるところから戻って書いてもいいものなんでしょうかね

 

人生の大きな節目で、これからはどう生きようか、社会の第一線から、少しずつ後方支援になっていくことに対して

自分の気持ちをどう持っていったらいいのか、今まで通りではウザがられるし、急に静かにもできないし

でも昔、県立病院にて、病棟の問題に対して、その当時の主任さんに心配だから、こうした方がいいとか、このままではいけないと思うと進言したら

それは、あなたに心配してもらうことではないからと言われ、その後も気になることを言うと同じことを言われて、

臨時職員というだけど、正当なことを言ってもダメなんだなって

だから今の病院に来て、少し役職をもらって自分の意見を進言すると、たいがい通るし、みんな聞く耳を持ってくれて、すごく嬉しかったけど

また、役職が解かれ、定年過ぎに嘱託職員になたら、同じことを言っても、あなたに言われたくないとか言われちゃうのかなって

そうしたら、ここにいないで、別なところに行けばいいんでしょうかね・・・

自分はそんなに簡単変えられないし、昔も今も、考えていることは同じで、いつも、患者さんや家族の立場になって考えて意見を言うから

自分の身を守りたい職員にすると、ちょっとイライラするのかもしれませんね

聖人君子なんて、理想ばかり言っても現実にはそんなに簡単じゃないってね

でも、看護は理想を忘れては絶対ダメなんだと思っています

常に、理想をかかげて、それに向かって突き進んでいく

それが看護理念だったり、看護目標だったりするわけでしょ

人間だから、楽はしたいんですよ

自分が一番かわいいから、同じお金もらうなら、楽がいいし、ストレスない方がいいし

でも、そんなことばかり言っていたら、だれが、つらい気持ちでいる患者さんや家族の味方になるんですかって思います

それだけ、崇高な職業だということを、みんな誇りに持ってほしいな~

 

と、ついむきになってしまいました

また、気が向いたら、日記始めます

やっぱり、去年の自分と時々向き合うのもいいと思うし・・・

 


定年前のイベント続き

2018-11-17 10:32:37 | 日記

腕の痛みも何とか薬を飲まなくても、日常生活が送れるようになりました

予定通り井本夫婦と私たち夫婦と一緒に、金沢へ旅行にいって来ました

天気が初日雨模様でしたが、翌日と帰りの日は天気も良く一日フリーのバス券を購入し、楽しく金沢を堪能してきました

行く前までに全くリサーチをしていなかった私たちと違い、妹夫婦は雑誌まで購入し、どこに行こうかと想いを巡らせていたようでした

でも、そのおかげで、当行から新幹線で到着するまでに雑誌を読み、観光名所をインプットしてどこに行くかという作戦会議でも

ちゃんと意見が言えるくらいになって、本当によかったです

お寺や神社などもあるので、ご朱印帳ももちろんバッグに忍ばせて、そんなに多くではありませんでしたが、いただいて決ました

夫が以外にに協力的で、喧嘩をすることなく、仲良く帰ってこれました

いつも飲むと、妹の旦那さんとは仕事のことなどで意見が合うために

熱く語り、それを妹と、夫がじっと見ている感じで、それを見てまた、私が熱く語りみんなすごいよと、励まし合うとう感じで

まあ、中年の私たちにはよくありがちな風景ではあるのですが、たくさん歩いて連日1万歩以上でしたが、結局それほどの筋肉痛にはならなかったですね

若干3日後くらいには少しきましたが、そういうのも、年齢と共に感じにくくなっているのだと思います

 

そして、昨日は私の華甲を祝う会を病棟主催で行っていただきました

多職種の人も参加していただき、私へ向けたメッセージと共に素敵に飾り付けられたアルバムと、手作りのハーバリウムが2つ

後は、参加者全員からひと言メッセージをいただき、ただ聞いていいるのに我慢ができず、一言ずつその方へメッセージをお返しするという

そのおかげで、飲む量も、食べる量も、随分少なかったかもしれません

でも、メッセージ内容が、これでお別れっぽいことを言う人が多かったので、このまま雇用を継続して、このまま同じ病棟ですとわかったときは

あの時の一言を返せと言われるのではないかと気が気ではありませんが、それでも、そのときは改めて、よろしくとさらっとうけ流すつもりでいます

でも本当に、うれしかったです

参加できない方からは、わざわざプレゼントいただいたりして、人気あるんですねって言われましたが、気持ちがすごく嬉しかったです

2次会はカラオケに行って、久々に歌いましたが、いつもですが、いざとなると、普段歌っている曲ではなく、いつもの18番ばかりが出てきて、でもすっきり

 

今度は来週末に花巻温泉に家族で泊まりに行きます

埼玉の息子は来れないようですが、仙台の娘たちも、一日遅れで来てくれるということで、素直に還暦を祝ってもらおうと思っています

まあ、赤いちゃんちゃんこや、赤い下着や赤い座布団など、準備されていたらちょっと引くかもしれないけど、世の中の通例に合わせて経験するのもいいのかもしれません

 

 


体の不調

2018-11-08 16:51:30 | 日記

首からくる腕の痛みとしびれは本当にすこーしずつ良くなってきているのですが

何せ仕事が仕事なもんで、結構腕を使う仕事が多いから、痛いところが安静が保たれなくて、よくなるには時間がかかりそう

それより、その薬の副作用で眠気が強く、仕事帰りの車の運転は、眠気との戦い

帰る前にコーヒーを飲んでも、家にたどり着く前に眠気が襲ってきて、本当に苦痛でした

でも、その眠気のせいなのか、それとも、喘息の症状より強い痛みに気持ちがとられて

咳がほとんど聞かれなかったんです

そして、痛みが楽になってきたら、咳が出始めて今日の夜勤は本当に大変でした

全く、何が原因なのかわかりませんが、体調がすっかり良くなることがなくて、憂鬱です

明日から、定年前の記念で私たち夫婦と妹夫婦の4人で金沢へ旅行に行く予定なのですが

こんな調子で大丈夫かなと心配ですが、とりあえず、新幹線間に合うように出発できれば

何とかなるかなと思っています

夜勤前に、病院受診して、腕の痛みに関しては痛いときに飲むようにしていいと先生から言われ

神経の腫れが引いてきたら、ぶり返すことはないから、大丈夫ですよって言われて少し安心しました

咳の方は、少し痰が絡んで、黄色い痰が出ると言ったら、抗生剤がまた出されて

それを昨日から飲んだのですが、逆にものすごくせき込んでしまい、何かのアレルギーかと思うくらいひどかったのです

だから、飲むのはやめようかと、思いました

なんでもかんでも、抗生剤って、ちょっとなーと思っているからなのか、薬の飲んで数十分すると、突然咳が出始めて、止まらなくなるんです

怖いくらいに…これってどうかなって

咳をすると、体中が痛くなるし、特に腕や胸、肩など痛くなってくるんですよね

60歳は還暦で定年でと言われてお祝いムードですが、私の中では厄年って感じでそろそろ私もやばい年齢なのかと心配になってきます

先日テレビで見た88歳の女の人が、体を鍛えていて、90歳で世界大会に出たいって夢があるんですって話をしていて

すごいなーって、まるで60歳で人生終わりみたいに感じている自分が恥ずかしいなって思いました

今の自分の夢が語れないからですかね・・・

旅行に行って、いろいろ人生を考えてきたいです