今日(2/25)は四旬節第2主日、主朗読はマルコ第9章です。
イエスは、ペトロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて高い山に登ります。
すると、“ イエスの姿が彼らの目の前で変わり、服は真っ白に輝いた ” とマルコは記しています。
三人が恐れおののいていると雲が現れて彼らを覆い “ これは私の愛する子。これに聞け ” との声が聞こえ、急いで辺りを見回すのですがもはや誰も見えず、ただイエスだけが彼らと一緒におられた、とマルコは続けています。
神は三人の弟子に “ 愛する子イエスの本当の姿 ” を一瞬に示し、これから起こるであろう “ 十字架のつまずきに耐えられるように、弟子たちの心を準備することが目的にあった ” とされています。
それは取りも直さず、“ イエスとともに毎日の生活に戻り、人々の中で愛する子に聞き従う道を歩まなければならない ” とのメッセージでもあるそうです。
ところで一昨日(2/23)のレジオマリエ、集会後の雑談で「三月一杯で除隊を・・・」と、恐る恐る切り出してみました。
四年前に一緒に入会したAさん、信徒会の要職を務め今期で降りられたのですが、「少し疲れた、私もそろそろ」と同じ気持ちのようです。
三月末にはBさんがご主人の仕事の都合で退会されることもあって、余り好い感触、雰囲気でなかったことは確か。
まあ、「そうなの、ご苦労様」とあっさり認めて貰うのも寂しいと言えば寂しいですが、さて、どうなりますことやら?
ラファエロ(1483-1520)の遺作「<キリストの変容>」(1518-20年/405×278cm/バチカン絵画館蔵)、照明を落とした薄暗い展示室で対面した時、息を呑んだことを憶えています。
Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1517