規制強化より患者支援
「カジノ法」スピード成立…ギャンブル依存症対策は?
規制強化より患者支援 「カジノ法」スピード成立…ギャンブル依存症対策は?
http://mainichi.jp/articles/20161222/dde/012/040/002000c
薬物、酒と同じ「脳の病気」/「自己責任論→孤立化」の逆効果
対策が後回しとは、ギャンブル依存症を甘く見ているのではないか。刑法が禁じているカジノを合法化する「統合型リゾート(IR)整備推進法」(カジノ法)がスピード審議で成立した。依存症患者になるのは、意志が弱い一握りの人だけなのか。依存症と闘う人たちの声を聞きながら考えてみた。【井田純】
カジノ法審議は衆参合わせてたった20時間余り。経済効果が年間約7600億円に及ぶという関西経済同友会の試算が強調される一方、依存症対策の議論は深まらなかった。政府は来年度から対策を強化するというが、具体的な案はまだ見えてこない。
一方で、カジノ法案審議と並行して、日本維新の会は生活保護受給者にパチンコなどを禁じる法案を提出。従わない場合は保護の停止も視野に入れている。大分県内の2市ではパチンコをした生活保護受給者に給付停止・減額の措置を続けていたことが判明、今年3月に県から指導を受け措置を撤回したが、ネット上では従来の措置を支持する意見があふれた。世の流れをみると、依存症対策に罰則を絡める論議が強まりそうだ。
そもそも依存症とは何なのか。アルコール、薬物、ギャンブルなどさまざまな依存症治療を専門に行う大石クリニック(横浜市)の大石雅之院長を訪ねると、「患者の性格の問題だけで説明するのは誤り」とクギを刺された。違法な薬物摂取を繰り返すのも、ギャンブルがやめられないのも、行為こそ違うが、早期発見・早期治療が必要な「脳の病気」という。「行為の直後だけは幸せという短期的な欲に負けてしまうのが依存症の特徴。対象が何であれ、同じ脳のメカニズムです」
病気なら、医師の指示に従って治療するもの。それができない依存症患者はやはり問題があり、自己責任ではないかという見方に大石さんは「糖尿病患者でも、正しく服薬している人は3割程度で、ほとんどが医師の指示を守っていないというデータもある」と例をあげ、こう反論する。「そんなことを言い出せば、どんな病にも自己責任の部分は必ずある。医療費抑制を理由に、高血圧の人に規定以上の塩分摂取を法律で禁じたらどうなるか。きっと違反がぼろぼろ出ますよ」
さらに、依存症患者にその行為を禁じたり、罰則で追い込んだりするのは逆効果になりかねないと指摘する。「依存から抜けかけて再発してしまった人の中には、孤独感や怒りなどの感情がきっかけになったケースが多い」という。依存症克服の効果が認められているのは、同じ経験に苦しむ人が集まる自助グループへの参加。孤立させないほうが治療効果があるというのだ。
さまざまな依存症の根っこが同じなら、克服のアプローチも共通点があるはず。夜の街が一層華やぐ忘年会シーズン、アルコール依存症患者と家族が酒を断つことを誓い、体験を語る断酒会の集まりを訪ねた。
この日訪れた東京都江東区の会場には70人以上が出席。都内ではほぼ毎日どこかで開かれており、連日23区内を回っている人も少なくない。
19歳のころから連日酒を飲むようになったという27歳の女性は、職場の忘年会で深酒をし、駅の売店の前で寝てしまった数年前の話を始めた。年下の同僚女性が介抱のために帰れなくなり、そのことで上司に注意された場面を振り返って、かみしめるように語る。「私は『酔っ払いの世話を焼くお前たちが悪い』と平気で言ったんです」。アルコールを断って1年、自分がいかにひどいことを口にしたかに気づいたという。
全国に先駆けて設立された断酒会組織「東京断酒新生会」の保坂昇事務局長(54)は自身の体験もふまえて「アルコール依存では、自分が依存症であることを認めず、自己管理できると考えてしまい、他者の関与を排除しようとする傾向がある。自分がよければ、周囲のことなど知らないという考え方になる」と指摘する。「アルコール依存かもしれないと思ったら、最初は、他の人の体験を聞くだけでもいいから、気軽にのぞいてほしい。同じように苦しんでいる人が他にもいることを知り、病気を認められる環境をつくることが重要と考えています」
依存症患者が自己管理できると過信する心理は、薬物でも同じようだ。「病気だと認めるのが抜け出るための最初の一歩なのに、『やっていない』と周囲に言い張って、自分自身もだましてしまう人はたくさんいます」と話すのは、覚醒剤や危険ドラッグの依存症だった作家の石丸元章さん(51)。1990年代、取材目的で薬物の世界に近づき、使用を重ねるうちに自身が覚醒剤から離れられなくなり、95年に逮捕された。周囲に支えられて、10年ほどで離脱症状に苦しむことはほぼなくなったというが「あの衝動のような渇望感は、自分ではコントロールできない。ぜんそくの発作が我慢できないのと同じで、意志でも肉体でも抑えられない」と振り返る。
富裕層をターゲットにしたカジノ産業の社会的影響について、石丸さんは「ステータスの高いカジノという場では、これまでパチンコなどに見向きもしなかった新たな層が依存症に陥る危険性がある。政治家は無頓着過ぎると感じます」と危惧する。
厚生労働省の研究班が2014年に発表した推計によると、国内のアルコール依存症経験者は109万人。これをはるかに上回る536万人と見積もられているのがパチンコなどのギャンブル依存症で、成人人口の5%近くに及ぶ。
「依存症の危険性について何の警告もなくギャンブルというサービスを提供され、病にかかるのは消費者被害にほかならない」。九州各県の弁護士会で作る九州弁護士会連合会は9月、依存症患者をつくりだす社会の責任をこんな表現で追及する「ギャンブル依存症のない社会をめざす宣言」を採択した。宣言は、早期発見や治療につながる実態調査や相談窓口の整備を国に求め、依存症は自己責任の問題とするアプローチを改めるよう促している。
宣言の起草にもかかわった宮崎県弁護士会の成見暁子弁護士は、ギャンブル依存症の危険性が周知されていない現状について「資産や家族を失い、自殺に至ることも珍しくないのに、たばこの害ほどの注意喚起もないまま、パチンコの広告があふれている。自己責任で片付けることは許されません」と語る。「生活保護受給者がギャンブルをしない方がいいのは当然ですが、食費を削ってまでやる人は明らかに依存症。必要なのは罰でなく治療です」
そのうえで、経済効果を見込んで推進されたカジノ法に対し「パチンコより大きな額がやり取りされるカジノでは、悲惨な状況に陥る人が必ず出る。その犠牲の上に経済成長しようという発想自体に問題がある」と強調する。
日本の産業に明るい兆しがないからカジノでもうけよう。たとえ苦しむ人が出ようとも〓〓。推進されている政策こそ、「短期的な快楽を追い求める」依存症の発想そのもののように思えてならない。