インマヌエル沼津キリスト教会

本来の自分との出会いを助ける教会
沼津市今沢34番地 Tel.055-966-2612

古い自分の打破(2017.3.26 礼拝)

2017-03-28 19:16:19 | 礼拝メッセージ
2017年3月26日礼拝メッセージ
『古い自分の打破・・・「深海聖書館」(例)』
【ヨハネ5:1~9】

はじめに
 いま私たちの教会は、大変な困難の中を通っていますから、『使徒の働き』の連講は中断して、その時その時に示された箇所からメッセージを取り継いでいます。ただし、なるべく『使徒の働き』から離れないようにはしているつもりです。例えば、この1ヶ月間でヨハネの福音書4章の最後の箇所である、王室の役人の息子が癒された「第二のしるし」の箇所を2回開きました。ここは、使徒10章で異邦人のコルネリオとその家族、そして知人たちが聖霊を受けた場面と重ねられています。このように、なるべく何らかの形で『使徒の働き』から離れないようにしてはいるつもりです。
 さて、きょうはヨハネ5章を見ることにしていますが、このヨハネ5章もまた、『使徒の働き』と関係があると私は考えています。具体的には、使徒15章のエルサレム会議の箇所です。それから『使徒の働き』には記されていませんが、紀元70年のローマ軍の攻撃によって神殿が焼失したことも重ねられていると私は考えています。『ヨハネの福音書』の魅力は、単にここに書かれている文章を通してだけでなく、その深層部にある他の聖書箇所を重ねて読むことで、聖書のメッセージをより深く受け取ることができる点にあると思います。そして、この深い所からの聖書のメッセージを受け取ることで、いま困難の中にある私たちが失望することなく歩んで行く上での力をいただきたいと願っています。

的外れな受け答えをした病人
 それでは早速、ヨハネ5章の1節から読んで行くことにします。まず1節、

5:1 その後、ユダヤ人の祭りがあって、イエスはエルサレムに上られた。

 4章の終りでは、イエスさまは北方のガリラヤのカナにいましたが、祭りに参加するために南方にある都のエルサレムに上京しました。2節と3節、

5:2 さて、エルサレムには、羊の門の近くに、ヘブル語でベテスダと呼ばれる池があって、五つの回廊がついていた。
5:3 その中に大ぜいの病人、盲人、足のなえた者、やせ衰えた者たちが伏せっていた。

 そして、4節がなくて5節に飛ぶのですが、下に脚注があって、異本には3節後半と4節として、次のように書いてあるとあります。

「彼らは水の動くのを待っていた。
 主の使いが時々この池に降りて来て、水を動かすのであるが、水が動かされたあとで最初に入った者は、どのような病気にかかっている者でもいやされたからである。」
 
 この脚注からは、この4節の部分がヨハネの福音書の元々の原典に含まれていたかどうかは別にして(恐らくは無かった可能性が高いということで4節を削除しているのだと思いますが)、当時の人々はこのように考えていたようだ、ということがわかります。そして、5節、

5:5 そこに、三十八年もの間、病気にかかっている人がいた。
5:6 イエスは彼が伏せっているのを見、それがもう長い間のことなのを知って、彼に言われた。「よくなりたいか。」

 この6節のイエスさまの「よくなりたいか」は、とても重要な一言ですね。病気の人で良くなりたくないと思う人は、恐らく一人もいないでしょう。病人なら誰でもみんな、良くなりたいと思っているはずです。この38年間病気に掛かっていた人も、当然、良くなりたいと思っていたでしょう。
 ですから、この病人は単純に、「主よ、私の病気を治して下さい」と言ってイエスにすがれば良かったのです(マタイ・マルコ・ルカの「長血の女」参照)。ところが、この病人はイエスさまに次のように言いました。7節です。

5:7 病人は答えた。「主よ。私には、水がかき回されたとき、池の中に私を入れてくれる人がいません。行きかけると、もうほかの人が先に降りて行くのです。」

 このような病人の、信仰の本質の的を外した的外れなことばを聞いたら、イエスさまでなければ、こんな風に答えるかもしれませんね。「あ、そう。あなたは良くなりたくないのですね。では、さようなら。」
 しかし、イエスさまは、この病人を見捨てたりはしませんでした。8節と9節、

5:8 イエスは彼に言われた。「起きて、床を取り上げて歩きなさい。」
5:9 すると、その人はすぐに直って、床を取り上げて歩き出した。

 このように的外れな受け答えをした病人は、どこか私に似ているのかもしれません。私は何か困った事態に遭遇した時でも、まずイエスさまに「助けて下さい」と懇願すれば良いのに、まず自分の力で何とかしようとして的外れで頓珍漢なことをしている場合がけっこうあるような気がします。それでもイエスさまは私を見捨てたりはしませんから、本当に感謝なことだと思います。

形式に囚われていた割礼派
 さて、最初の方で私は、このヨハネ5章は『使徒の働き』15章のエルサレム会議と、それから紀元70年のエルサレムの神殿の焼失と重ねられていると考えていると話しました。エルサレム会議では何が問題になり、何が議論されていたのかを、次に簡単に見ましょう。『使徒の働き』15章(新約聖書p.258)を開いて下さい。1節と2節を交代で読みましょう。

15:1 さて、ある人々がユダヤから下って来て、兄弟たちに、「モーセの慣習に従って割礼を受けなければ、あなたがたは救われない」と教えていた。
15:2 そしてパウロやバルナバと彼らとの間に激しい対立と論争が生じたので、パウロとバルナバと、その仲間のうちの幾人かが、この問題について使徒たちや長老たちと話し合うために、エルサレムに上ることになった。

 1節に、「モーセの慣習に従って割礼を受けなければ、あなたがたは救われない」とあります。ここにある「あなたがた」とは異邦人のことです。異邦人はユダヤ人ではありませんから、割礼を受けていませんでした。そして、この1節の主張をする人々は、「割礼派」と呼ばれる人々です。彼らは、「割礼を受けなければイエス・キリストを信じても決して救われない」と主張していました。一方、パウロやバルナバは、「イエス・キリストを信じる信仰のみが大切なのだ。その信仰によって義と認められるのだから割礼は必要ない」と主張していました。この両者との間に激しい対立と論争が生じたので、エルサレムで会議が開かれることになったのでした。そして、皆さんご承知の通り、異邦人は割礼を受けなくても救われるということが確認されました。それゆえ割礼の慣習のない私たち日本人もまた、イエス・キリストを信じる信仰があれば救われるのですね。
 ここに登場した割礼派の人々は、ヨハネ5章の病人と同じだと言えるでしょう。病人は目の前にイエスさまがいました。ですから、イエスさまを救い主と信じさえすれば救われるのに、彼は自分を池に入れてくれる人がいないと嘆いていました。この病人は、「池に入る」という形式に囚われていたという点で、割礼という形式に囚われていた割礼派の人々と同じです。

神殿礼拝という形式
 このように割礼という形式に囚われていた人々はまた、神殿礼拝という形式にも囚われていたことでしょう。イエスさまはヨハネ4章でサマリヤの女に対して言いました。21節から24節までを交代で読みましょう。

4:21 イエスは彼女に言われた。「わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが父を礼拝するのは、この山でもなく、エルサレムでもない、そういう時が来ます。
4:22 救いはユダヤ人から出るのですから、わたしたちは知って礼拝していますが、あなたがたは知らないで礼拝しています。
4:23 しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。
4:24 神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。」

 21節でイエスさまは女に、父を礼拝するのはエルサレムでない、そういう時が来ます、と言い、23節で真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です、と言いました。21節のエルサレムというのはエルサレムの神殿のことです。神殿礼拝という形式に囚われていた人々は、神殿で礼拝するのでなければ「真の礼拝」とは言えないと考えていました。しかしイエスさまは、霊とまことによって礼拝するのが「真の礼拝」であって、場所は関係ないとおっしゃいました。
 しかし、エルサレムの神殿が存在している間は、ユダヤ人のクリスチャンは神殿礼拝の形式から離れるのが困難だっただろうと思います。ところが紀元70年にローマ軍の攻撃によって神殿が焼失しました。それで、ようやくこの心の縛りから解き放たれることになったのだろうと思います(心の整理には長い時間を要したと思いますが)。
 古い慣習は、本当に強く私たちの心を縛るのだということを、ヨハネ5章の病人の記事は教えてくれています。そして私はこのことを、決して他人事ではないと考えます。私たちもまた、必ずしも必要ではない古い考え方に縛られている場合が多いのではないかと思います。戦後の日本ではキリスト教ブームの時期があったのに結局は根付かなかったのは、キリスト教を日本人に伝えた欧米の宣教師が、欧米流の考え方に縛られていたことにも一因があると言われています。
 イエスさまやパウロは、当時の古い考え方からしたら驚愕的なことを言いました。キリスト教とは、そもそも、このように非常に斬新な教えが出発点になっていました。
 ですから私たちも守るべきことはもちろん守らなければなりませんが、変えても構わないことは発想の転換をして変えて行くべきなのだと思います。
 きょう、このような話をしているのは、いま私たちが直面している問題は、大胆に発想を変えないと、なかなか乗り切れないと私は感じているからです。
(後略)

 お祈りいたしましょう。

5:6 イエスは彼が伏せっているのを見、それがもう長い間のことなのを知って、彼に言われた。「よくなりたいか。」
5:7 病人は答えた。「主よ。私には、水がかき回されたとき、池の中に私を入れてくれる人がいません。行きかけると、もうほかの人が先に降りて行くのです。」
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3月26日礼拝プログラム

2017-03-23 13:18:07 | 礼拝プログラム
本来の自分との出会いを助ける教会
 インマヌエル沼津キリスト教会

3月26日 礼拝 午前10時半~

 礼拝はどなたでも参加できます
 お気軽にご出席ください

3月 第4聖日 礼拝順序

 司  会               小島牧師
 奏  楽                荒川姉

 前  奏
 招  詞
 讃 美 ①  神はひとり子を        26
 交  読  詩篇119:161~176
 祈  祷
 主の祈り
 使徒信条
 讃 美 ②  主は私を救うために     457
 讃 美 ③  望みも消えゆくまでに    413
 聖  書  ヨハネ5:1~9
 説  教  『古い自分の打破・・・「深海聖書館」(例)』  小島牧師
 讃 美 ④  キリスト教会の主よ     229
 献  金
 感謝祈祷                中原兄
 頌  栄  父・子・聖霊の        271
 祝福の御言葉
 後  奏
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3月19日礼拝プログラム

2017-03-13 17:46:46 | 礼拝プログラム
本来の自分との出会いを助ける教会
 インマヌエル沼津キリスト教会

3月19日 礼拝 午前10時半~

 礼拝はどなたでも参加できます
 お気軽にご出席ください

3月 第3聖日 礼拝順序

 司  会               中原兄
 奏  楽               荒川姉

 前  奏
 讃 美 ①  聖なる 聖なる 聖なるかな    1
 交  読  詩篇119:145~160
 祈  祷
 主の祈り
 使徒信条
 讃 美 ②  主にまかせよ        386
 讃 美 ③  主と主のことばに      391
 聖  書  ヨハネ4:46~54
 説  教  『みことばが土台の教会の建て上げ』  小島牧師
 讃 美 ④  救いのおとずれ       473
 献  金
 感謝祈祷                西村姉
 頌  栄  父・子・聖霊の        271
 祝福の御言葉
 後  奏
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恵みの証し(2017.3.5 礼拝)

2017-03-13 09:39:43 | 教会員の証し
恵みの証し(2017.3.5 T姉)

 今日までの恵みと導きを思い返しますと、九州に転居した事からかなと思います。
 私が生まれたのは横浜でした。若いころは教会に行こうとは思いませんでした。
 主人の転勤で北九州に転居して、新しい土地に慣れるのがやっとだったのと、九州は温かい所と思っていたのに、意外に寒いのに戸惑いを感じました。
 転居先の近くに教会があり、先生と挨拶を交わすようになり、集会に誘われるようになりました。その頃、孤独を感じ、子育てに悩んでいたりしていましたので、行ってみる気になりました。いつしか求める様に気持ちが変わって行き、個人伝道を受けて

「見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」(マタイ28:20)

の御言葉を頂き、御救いを頂きました。
 10年ほど九州に住んでいましたが、教会学校のお手伝いをさせて頂くようになり、我が家でクラスを持つようにもなりました。そんな時、娘が交通事故に遭って大怪我をしたり、又家庭問題でも悩むようになりました。ちょうどその時、

「私は、自分はすでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目指して一心に走っているのです。」(ピリピ3:13~14)

の聖書の御言葉を与えられ励ましを頂きました。
 その後関東に転居し、茅ヶ崎にある教会に通うようになりました。そして教会のご奉仕にも加えて頂くようになりましたが、間も無く、娘の家族と同居する事になり引っ越して、沼津教会にも通うようになりました。この事にも、不思議な神様の導きを感じています。
 今、与えられている御言葉は、詩篇136篇1節~4節です。

「神に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。
 神の神であられる方に感謝せよ。その恵みはとこしえまで。
 主の主であられる方に感謝せよ。その恵みはとこしえまで。
 ただひとり、大いなる不思議を行われる方に。その恵みはとこしえまで。」

 お証しの機会を与えて頂き、感謝致します。
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「本来の自分との出会い」の助け人(2017.3.12 礼拝)

2017-03-13 09:26:03 | 礼拝メッセージ
2017年3月12日礼拝メッセージ
『「本来の自分との出会い」の助け人』
【ヨハネ1:35~40】

はじめに
 一昨日、私は聖宣神学院の卒業式に出席して来ました。高津教会出身の神学生の兄弟が卒業生の一人でしたから、高津教会の皆さんと共に祝うためと、もう一つ、教団の先生方と話をするためでした。教団の先生方とは、もっとコミュニケーションを良くする必要があることを、6日に教団の先生方をお迎えして話し合った時に痛感したからです。この会堂問題の件に関しては、礼拝後の勉強会で話すこととして、まず卒業式に出席して私が感じたことから、話を始めたいと思います。

原点への回帰
 おとといの卒業式には高津教会の皆さんもたくさん出席していました。それで私は、チャペルは異なりますが、久しぶりで高津教会の礼拝に一人の信徒として出席しているような気分になりました。3年前のいずみ先生が卒業した時の卒業式には、私はいずみ先生の出身教会の沼津教会の牧師として出席しましたし、高津の教会員はほとんどいませんでしたから、そういう気分にはなりませんでした。また5年前に私自身が卒業した時は、高津教会の皆さんはたくさんいたものの、式では卒業生は会衆席の一番前に座りますから、高津の皆さんは私の席からは見えません。それに卒業生は卒業証書を受け取ったりコワイヤを歌ったりで壇上にも上がりますから、一信徒として礼拝に出席しているという気分には当然なりません。また、神学生の時と牧師になってからも、通算で何回か高津教会の礼拝に出席しましたが、神学生の時には神学生としての役割がありましたし、牧師の時には牧師としての役割がありましたから、やはり一信徒として礼拝に出席するという感じではありませんでした。
 しかし、おとといは違いました。私には何の役割も与えられておらず、ただ出掛けて行って会衆席に座り、高津教会の皆さんと一緒に賛美歌を歌ったりメッセージを聞いたりするだけで良いわけですから、本当に高津教会の一信徒であった頃に戻ったようで、あまりに懐かしくて涙が出てしまいました。そうして、私が高津教会に導かれた頃のことを懐かしく振り返ることができました。そして、そのことによって、人が教会に導かれるとはどういうことか、また、イエス・キリストと出会うとはどういうことかについて、原点に戻って改めて考えることができましたから、とても感謝なことでした。

現代のヨハネであるべき私たち
 ここから先は、きょうの聖書箇所と、私自身の経験とを絡めながら話を進めて行くことにします。まずヨハネ1章の35節から37節までを交代で読みましょう。

1:35 その翌日、またヨハネは、ふたりの弟子とともに立っていたが、
1:36 イエスが歩いて行かれるのを見て、「見よ、神の小羊」と言った。
1:37 ふたりの弟子は、彼がそう言うのを聞いて、イエスについて行った。

 ここでヨハネは、二人の弟子をイエスさまに引き合わせる働きをしました。この二人のうちの一人がアンデレであったことが40節に書かれています。40節、

1:40 ヨハネから聞いて、イエスについて行ったふたりのうちのひとりは、シモン・ペテロの兄弟アンデレであった。

 このように、二人のうちの一人はアンデレでした。では、もう一人は誰でしょうか。それは、この福音書の性質を考えるなら、読者である私たちと取るべきでしょう。私たち読者がヨハネの導きによってイエスさまと出会うということです。そして読者はイエスさまと旅を続けながら次第に成長して「愛弟子」(イエスが愛した弟子)になります。ヨハネの福音書で「愛弟子」が13章からしか登場しないのは、そのためだと私は考えます。
 さて、1章の二人のうちの一人がこの福音書の読者なのですから、このヨハネがどのヨハネかということも、人間のイエスさまが宣教を開始した時はバプテスマのヨハネだったかもしれませんが、イエスさまが天に昇って霊的な存在になって以降は、この福音書を書いたヨハネであると考えるべきでしょう。私たちはこの福音書を書いたヨハネの導きによって霊的なイエスさまと出会います。或いは私たちもまた現代のヨハネになって、誰かを教会に連れて来て、その人とイエスさまが出会うことができるようにもします。これから私たちは伝道活動を積極的に展開しなければなりませんから、このことはとても大切なポイントです。

イエスと出会うとはどういうことか
 では、イエスさまと出会うとは、どういうことでしょうか。今度はそのことを考えてみましょう。教会に来ればイエスさまと出会える可能性は大きくなります。しかし教会に来れば必ずイエスさまに出会えるとは限りません。或いはまた、聖書を読めばイエスさまと出会える可能性は大きくなります。しかし聖書を読めば必ずイエスさまに出会えるとは限りません。それは21世紀の私たちにとってイエスさまは霊的な存在だからです。
 イエスさまと出会うとはどういうことか、私はそれを、「良い心(いわゆる良心ですね)を持つ本来の自分と出会うこと」であると言いたいと思います。私たちは良い心を持って生まれ、他の人を幸せにする力を持っています。生まれたばかりの赤ちゃんの笑顔は、ただそれだけで人を幸せにします。赤ちゃんは存在自体が人を幸せにする力を持つ存在です。しかし、成長過程でさまざまな歪みが加わって行くのが人の常です。
 一番わかりやすいのは、アメリカの大統領のトランプさんではないでしょうか。トランプさんは、絶えず人をののしっているという印象があります。そんなトランプさんも、幼い頃には良い心が表に出た良い子の時代があったのではないかと思います。それが、様々な経験を積むに従って、良い心が次第に心の奥のほうに隠されて行ってしまったのではないかと思います。しかし、それは隠れてしまっただけで、決して失われたわけではないと思います。きっとトランプさんの心の奥には良い心がしっかりと存在しているはずです。イエスさまに出会うとは、そういう心の奥のほうに隠れてしまった、自分が本来持つ良い心と出会うことであると言いたいと思います。
 皆さんが良くご存知の『靴屋のマルチン』も、そのような流れになっていると言えるでしょう。靴屋のマルチンは、いろいろと不幸な経験が重なって、人付き合いの悪い老人になってしまいました。しかし、本来のマルチンは、寒い日に外で凍えている人がいれば家の中に入れてあげて親切にしてあげることができる、良い心を持った人でした。イエスさまは、マルチンの心の奥に隠れてしまっていた、そのような良い心を上手に引き出して下さいました。

心の奥深い所にいるイエス
 イエスさまは、私たちが生まれた時から私たちの中にいて下さり、成長して悪人になったとしても、いつも私たちの心の内から声を掛けて下さっていると言えるでしょう。しかし、良い心の部分は心の奥深い片隅に押しやられてしまっていますから、そんなにハッキリと聞くことはできません。ほとんど聞こえないぐらいの微かなレベルのものです。それが聖霊を受けると奥深い片隅から解き放たれますから、もっと良く聞こえるようになり、聖霊に満たされると全身でイエスさまを感じることができるようになりますから、とても良く聞こえるようになります。そうして聖霊に満たされて自分と共にいるイエスさまの声を常にはっきりと聞くことができるなら、私たちは平安でいられます。
 ヨハネ1章38節で、イエスさまは弟子たちに「あなたがたは何を求めているのですか」と聞きました。そして39節で、「来なさい。そうすればわかります」とおっしゃいました。
 私たちが心の奥底で何を求めているのか、イエスさまに付き従って行くと、やがてわかるようになります。私たちが心の奥底で求めているもの、それは平安であり、それは私たちの内にいるイエスさまと出会うことで得られます。それはつまり、ゆがんでいない、本来の自分らしい自分と出会うことだと言えるでしょう。

奥深い声に忠実に生きる
 どうして私がきょう、このようなことを言っているかというと、日本においてはキリスト教というと、どうしても西洋の宗教であるというイメージがあるからです。キリスト教は西洋人の宣教師によって日本に伝えられました。そして人々が思い描くイエスさまの姿も、やはり西洋人風です。そうすると、やはり日本人としてはどうしても仏教の仏像のほうに親しみを感じるのは仕方のないことだと思います。私はキリスト教の牧師ですが、今でも仏像の穏やかな顔を見ると、心が癒されます。これはもちろん信仰とは違います。誤解されないように言い添えると、私はイヌやネコの穏やかな顔を見ても、やはり心が癒されます。イヌやネコで癒されると言っても、イヌやネコを信仰の対象にしているわけではもちろんありません。ですから私の場合はたとえ仏像を見て心が癒されても、別に仏像を信仰の対象にはしていません。しかし、多くの日本人は仏像を信仰の対象にします。それは日本人にとっては西洋人風のイエス・キリストよりも東洋人風の仏像のほうが心の深い部分で親しみを感じるからだと思います。そういう日本において人々にイエス・キリストを信じましょうと訴えても、なかなか難しいように思います。
 そんな日本人をイエスさまへと導く上で有効なのが、自分の中の奥深い声に耳を傾け、その奥深い声に忠実に生きることを勧めることではないかと思います。それは私自身の体験がそうだからです。私は高津教会に導かれる10年前から、なるべく自分の中の奥深い声に耳を傾けたいと願い、そのことを心がけるようにしていました。そして、このことで私は教会に導かれました。自分の中の奥深い声というのは、つまりイエスさまの声です。私はイエスさまのことをぜんぜん知りませんでしたが、実はイエスさまの声に導かれて教会にたどり着き、信仰に導かれたのでした。
 高津教会に導かれる10年前、私は名古屋にいて、この『自己愛とエゴイズム』(講談社現代新書)という本と出会いました。この本のことを、この沼津教会でも紹介したことがあるかもしれませんが、これはハビエル・ガラルダというカトリックのイエズス会の神父さんが書いた本で、日本人のために日本語で書かれた本です。一般の日本人にもわかるように、この本の中には聖書の話はほとんで出てきません。大部分は有名な映画や小説、そして身近な出来事を題材にしながら、「自己愛」と「エゴイズム」の違いを説明しながら、自分の中の奥深い声に忠実に生きることを勧めています。「自己愛」とは本来の良い心の自分を愛することで、これは推奨される良いことです。一方の「エゴイズム」とは偽りの自分を愛することで、これは排除すべき悪いことです。トランプさんのような人は、今のゆがんだ自分を自分ではカッコイイと思い、そういう自分を愛していると思いますが、それはエゴイズムです。悪い自分ではなくて良い自分を愛することができるようになるためには、奥深い声に耳を傾ける必要があります。そして、これは実は聖書のメッセージだったのだということを教会に導かれた後で知りました。

奥深い声に導かれて教会にたどり着いた私
 高津に導かれる前の名古屋にいた頃の私は大学の助手をしていましたが、だいぶ無理をしていました。研究室の教授はその分野では世界的に認められていた先生でした。それで私も世界的に認められたいと願って頑張っていたわけですが、それが本当に自分のやりたい事なのかは、疑問を持っていました。それで私はいつも心の中にモヤモヤを感じながら研究を続けていました。それで、教授に付いて行くことに限界を感じていた時に、この『自己愛とエゴイズム』という本の勧めに従って、奥深い自分の声に忠実に生きようと思い、とにかく職場を辞めることにしました。とは言え、次に何をしたら良いかは、すぐにはわかりませんでした。そうして色々と悩んだ結果、日本語教師になろうと決め、そのための勉強を開始して、名古屋の大学を辞めてから1年半後に東京の大学の留学生センターという部署に日本語の教員として就職することができました。そうして、その大学の通勤圏内なら、どこに住んでも良かったわけですが、不思議な導きで高津教会の近くに住むことになり、そこに住み始めてから6年後に父の死をきっかけにして、高津教会へと導かれました。高津教会に導かれるまでの高津での6年間においても、私はこの『自己愛とエゴイズム』を折に触れて読んでいました。そうして奥深い自分の声に忠実に生きることをなるべく実践したいと思っていました。そういうわけで、私にとってこの本は聖書と同じくらいに大切な書物です。教団の『つばさ』誌に「私の一冊」という連載がありますね。もし私に原稿依頼が来たら、この本を紹介するだろうと思います。
 おととい聖宣神学院の卒業式に出席して、高津教会に導かれた頃のことを懐かしく思い出し、この『自己愛とエゴイズム』のこともまた考える機会となりましたから、感謝でした。きのう私はこの本を改めて少し読み返しました。それで私にとってのヨハネ、つまり私をイエスさまに引き合わせてくれたヨハネは、実はこの本だったのかもしれないと思いました。私に教会へ行くことを最初に勧めてくれたのは韓国人であったことは既に証ししていると思います。ですから、この韓国人が私にとってのヨハネであることに変わりはありませんが、この本もまた私にとってのヨハネであると言っても良いのかなという気がしています。

おわりに
 これから私たちは伝道に本当に一生懸命に取り組まなければなりません。なぜなら、新しい人が与えられなければ、この教会を維持することができないからです。少し前まで私は新しい会堂が建ったら頑張ろうと暢気なことを考えていましたが、もはやそういう悠長なことは言っていられなくなりました。
(中略)
 最後に、ヨハネの福音書1章の35節から37節までを、もう一度交代で読みましょう。

1:35 その翌日、またヨハネは、ふたりの弟子とともに立っていたが、
1:36 イエスが歩いて行かれるのを見て、「見よ、神の小羊」と言った。
1:37 ふたりの弟子は、彼がそう言うのを聞いて、イエスについて行った。

 ここでヨハネは二人の弟子にイエスさまのもとに行くように特に勧めたわけではありません。ヨハネが「見よ、神の小羊」と言ったら、それを聞いた弟子たちが自発的にイエスについて行きました。このような導き方を、私たちは神様に祈り求めながら、様々に考えて行きたいと思います。
 お祈りいたしましょう。
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3月12日礼拝プログラム

2017-03-09 11:19:17 | 礼拝プログラム
本来の自分との出会いを助ける教会
 インマヌエル沼津キリスト教会

3月12日 礼拝 午前10時半~

 礼拝はどなたでも参加できます
 お気軽にご出席ください

3月 第2聖日 礼拝順序

 司  会               小島牧師
 奏  楽                関姉

 前  奏
 招  詞
 讃 美 ①  カルバリ山の十字架     120
 交  読  詩篇119:129~144
 祈  祷
 主の祈り
 使徒信条
 讃 美 ②  主から受ける安らぎは    440
 讃 美 ③  望みも消えゆくまでに    413
 聖  書  ヨハネ1:35~40
 説  教  『「本来の自分との出会い」の助け人』  小島牧師
 讃 美 ④  たとえば私が        395
 献  金
 感謝祈祷                荒川姉
 頌  栄  父・子・聖霊の        271
 祝福の御言葉
 後  奏
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私たちが見た「しるし」(2017.3.5 礼拝)

2017-03-06 14:24:24 | 礼拝メッセージ
2017年3月5日礼拝メッセージ
『私たちが見た「しるし」』
【ヨハネ4:46~54、20:30~31】

はじめに
 先週は使徒の働き10章を開き、異邦人のコルネリオと、コルネリオの家族・親族・知人たちが聖霊を受けたことについて、ご一緒に学びました。
 きょうはまた、使徒の働きの学びを一旦中断してヨハネの福音書を開くことにしますが、実はきょうのヨハネ4章の王室の役人の箇所と使徒10章のコルネリオの箇所とは、密接な関係があります。このことを学んだ上で、話し合いの時に向けての備えとしたいと思います。

「最初のしるし」と「第二のしるし」
 きょうのヨハネ4章の王室の役人の箇所の最後54節に、まずは目を留めたいと思います。ご一緒に読みましょう。

4:54 イエスはユダヤを去ってガリラヤに入られてから、またこのことを第二のしるしとして行われたのである。

 ここに「第二のしるし」とあります。どうして、この奇跡が「第二のしるし」なのでしょうか。私がヨハネの福音書への理解を急速に深めたのは2011年でしたが、それ以前には、この「第二のしるし」のことがずっとわからないでいました。注解書を調べても、なぜ「第二のしるし」なのか不可解である、などと解説してあります。なぜなら、このヨハネ4章で王室の役人が見た「しるし」は、ヨハネの福音書の中では二番目の「しるし」ではないからです。
 そのことを確認しましょう。まず「最初のしるし」は、ヨハネ2章11節にありますね。ご一緒に読みましょう。

2:11 イエスはこのことを最初のしるしとしてガリラヤのカナで行い、ご自分の栄光を現された。それで、弟子たちはイエスを信じた。

 これはイエスさまがガリラヤのカナの婚礼で、水をぶどう酒に変えた奇跡です。この奇跡をヨハネは「最初のしるし」としました。そして、きょうの4章の「第二のしるし」までは、「しるし」についての記述が無いのかと言えば、そんなことはありません。2章の23節を見ていただきますと、

2:23 イエスが、過越の祭りの祝いの間、エルサレムにおられたとき、多くの人々が、イエスの行われたしるしを見て、御名を信じた。

とあって、ここに「しるし」についての記述がありますから、4章の「しるし」は二番目の「しるし」ではありません。
 では、なぜ4章の「しるし」をヨハネは「第二のしるし」としたのでしょうか。私は、2011年に、ヨハネの福音書が人間のイエスさまが活動した時代だけを描いているのではなく、「旧約の時代」と「使徒の時代」も重ねていることに気付いた時に、この問題が解けたと思いました。「最初のしるし」と「第二のしるし」は、人々が聖霊を受けたことと重ねられているからです。
 これまで何度も説明して来ましたが、ヨハネ2章のカナの婚礼でイエスさまが水をぶどう酒に変えた奇跡は、ペンテコステの日にガリラヤ人の弟子たちが聖霊を受けた出来事と重ねられています。これが「最初のしるし」です。
 次いで、いまさっき見たヨハネ2:23で、エルサレムの人々が御名を信じたと書いてあるのは、同じペンテコステの日にエルサレムのユダヤ人たちがイエスさまを信じて聖霊を受けたことと重ねられています。また、ヨハネ4章でサマリヤの町の人々がイエスさまを信じた場面は、使徒の働き8章でサマリヤ人たちが聖霊を受けたことと重ねられています。そうして、きょうのヨハネ4章の王室の役人の場面は、使徒10章でコルネリオたちが聖霊を受けた場面と重ねられています。

異邦人が聖霊を受けたことが「第二のしるし」
 では、なぜユダヤ人とサマリヤ人が聖霊を受けたことを飛ばして、異邦人が聖霊を受けたことが「第二のしるし」なのでしょうか。それは、異邦人が聖霊を受けたことが本当に画期的な出来事だからなのだと思います。
 まず「最初のしるし」の、ガリラヤ人たちが聖霊を受けたことは、正真正銘の本当に画期的な出来事でした。「旧約の時代」においては、ごく限られた預言者たちだけが聖霊を受けました。それが「新約の時代」のペンテコステの日以降は、イエスが神の子キリストと信じる者は誰でも聖霊を受けることができるようになりました。これは本当に素晴らしい恵みです。聖霊は神様です。その神様が私たちの内に直接入って下さるのです。そして内から様々なことを教えて下さり、導いて下さいます。これは本当に素晴らしい恵みです。
 この最初に聖霊を受けたガリラヤ人のペテロたちは、イエスさまがガリラヤ出身で、いちおうユダヤ人と区別していますが、ガリラヤの人々もユダヤ人ですから、わざわざユダヤ人と区別しなくてもいっこうに構わないと思います(大阪出身の人を大阪人と呼ぶようなものでしょう。大阪人はもちろん日本人です)。また、サマリヤ人も外国人の血が混じった混血の民族ではありますが、もともとはユダヤ人と同じイスラエル人を祖先に持ちます。
 一方、異邦人はユダヤ人とは異なるルーツを持つ民族です。その異邦人たちが聖霊を受けたのですから、これは本当に画期的な出来事でした。それゆえヨハネは、この異邦人が聖霊を受けた出来事を「第二のしるし」と呼んだのだと私は解釈して納得しています。

コルネリオの記事と重ねられている王室の役人の記事
 では、ヨハネの4章の王室の役人の箇所が、使徒10章のコルネリオの場面と、どんな風に重なるのか、もう少し詳しく見てみましょう。
 まず4章26節、

4:46 イエスは再びガリラヤのカナに行かれた。そこは、かつて水をぶどう酒にされた所である。さて、カペナウムに病気の息子がいる王室の役人がいた。

 この王室の役人がいたカペナウムとはどういう場所かと言うと、週報のp.3に載せたように、マタイ8:5に「イエスがカペナウムに入られると、ひとりの百人隊長がみもとに来て、・・・」とありますから、ローマの軍隊が駐留していた町であることがわかります。つまり、このカペナウムは百人隊長のコルネリオがいたカイザリヤと重なります。このようにヨハネの福音書では、ピタリとは一致させないで中身を微妙に変えていますから、気付きにくいのですが、ヨハネが王室の役人と使徒10章のコルネリオとを重ねていることは間違いありません。ですから、この王室の役人もまた異邦人です。この異邦人の王室の役人の息子は病気でした。
 続いて47節、

4:47 この人は、イエスがユダヤからガリラヤに来られたと聞いて、イエスのところへ行き、下って来て息子をいやしてくださるように願った。息子が死にかかっていたからである。

 ここでイエスさまがカペナウムの近くのカナの町に来ました。これはペテロがカイザリヤの近くのヨッパの町に来たことと重ねています。そして、王室の役人は本人がイエスさまを訪ねてカナまで出掛けて行きましたが、コルネリオの場合は部下をペテロの所に遣わしました。このような違いがあるので、なかなか気付きにくいのですが、王室の役人とコルネリオが重ねられていることは確かです。
 次いで48節から52節は、コルネリオの場合とはかなり違いますが、最後の53節はまた、コルネリオの場合と似た描写になっています。
 48節から53節までを、交代で読みましょう。

4:48 そこで、イエスは彼に言われた。「あなたがたは、しるしと不思議を見ないかぎり、決して信じない。」
4:49 その王室の役人はイエスに言った。「主よ。どうか私の子どもが死なないうちに下って来てください。」
4:50 イエスは彼に言われた。「帰って行きなさい。あなたの息子は直っています。」その人はイエスが言われたことばを信じて、帰途についた。
4:51 彼が下って行く途中、そのしもべたちが彼に出会って、彼の息子が直ったことを告げた。
4:52 そこで子どもがよくなった時刻を彼らに尋ねると、「きのう、第七時に熱がひきました」と言った。
4:53 それで父親は、イエスが「あなたの息子は直っている」と言われた時刻と同じであることを知った。そして彼自身と彼の家の者がみな信じた。

 この53節で、王室の役人自身と彼の家の者がみな信じたことは、コルネリオの場合と非常によく似ていますね。そして54節をご一緒に読みましょう。

4:54 イエスはユダヤを去ってガリラヤに入られてから、またこのことを第二のしるしとして行われたのである。

 この第二のしるしの奇跡を行う前に、イエスさまは48節で王室の役人に、「あなたがたは、しるしと不思議を見ないかぎり、決して信じない」とおっしゃいました。これはなかなか厳しいことばですが、神様は目に見えませんから、仕方がないことだとも言えます。モーセもギデオンも、「しるし」を見ることで初めてリーダー役に就く決心ができました。 

「しるし」を見ることで確信できる

 私たちは「しるし」を見ることで、神様は確かにいらっしゃるということを確信し、また神様の御心をはっきりと知ることができます。使徒の働き10章の異邦人の救いを例に言えば、それまでペテロは、まさか異邦人が救われて聖霊を受けるとは思ってもいませんでした。それが、自分の目の前で異邦人たちが聖霊を受けた様子を見たので、神様は偏ったことはなさらずにユダヤ人でも異邦人でも、イエスが神の子キリストと信じる者は誰でも聖霊を受けるということを知りました。このように、人は「しるし」を見ることで神様から大切なことを学びます。
 そしてヨハネは、この福音書の執筆目的で、「しるし」を見ることに言及しています。きょうのもう一つの聖書箇所の、ヨハネ20章30節と31節を、交代で読みましょう。

20:30 この書には書かれていないが、まだほかの多くのしるしをも、イエスは弟子たちの前で行われた。
20:31 しかし、これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るためである。

 本当は「しるし」が無くても信じるのが一番なのだと思いますが、なかなかそういうわけにはいきませんから、ヨハネの福音書は読者がイエスさまを信じることができるように、「しるし」について書きました。
 こうして私たちは、ヨハネの福音書、或いはまたマタイ・マルコ・ルカの福音書に記されているイエスさまが行ったしるしを読んで、イエスさまが神の子キリストと信じます。そしてまた、神様が確かにいらっしゃることを信じます。
 旧約聖書のモーセの時代にも、イスラエルの人々は出エジプトの出来事という「しるし」を通じて神様を信じました。週報のp.3に載せた通り、出エジプト記には次のような記述があります。

出14:31 イスラエルは主がエジプトに行われたこの大いなる御力を見たので、民は主を恐れ、主とそのしもべモーセを信じた。

 そして、このような「しるし」は、私たちもまた、会堂問題で見せていただいています。この会堂の南側にある駐車場は、私たちの教会の土地です。このように広い土地が与えられたことは、まさに奇跡です。この土地の取得経緯から、私たちは神様が確かにおられることを実感しています。私たちは、まずはこの「しるし」のことを、しっかりと心に刻んでおきたいと思います。そして、このように神様が「しるし」を見せて下さっているのですから、新しい礼拝堂も神様が必ず与えて下さることを信じなければなりません。この確信を持って話し合いの時に臨むなら、神様は必ず新しい礼拝堂を与えて下さるでしょう。

ヨハネの福音書の重層構造から注ぎ出される分厚い神の愛
 ただし、新しい礼拝堂を建てても、新しい人が与えられるかどうかは不安な面がどうしてもあります。このことについては、どう考えたら良いでしょうか。私は、次のように考えていただけたらと思っています。
 きょうヨハネ4章の最後の「第二のしるし」は、異邦人が聖霊を受けた使徒の働き10章のコルネリオの場面と重ねられていることを説明しました。ヨハネの福音書は、このような重層構造になっていて、ここから神様の分厚い愛が豊かに注ぎ出されています。複数の時代が重ねられているヨハネの福音書から注ぎ出される神の愛は、単独の時代のみについて記した書とは比べものにならないくらいに豊かなものです。この豊かな神の愛の注ぎを、私たちは世界に先駆けて感じることができています。これは素晴らしい恵みです。いつの日か、全世界にこの恵みが広がると私は確信していますが、今はまだ私たちだけしか、この素晴らしい恵みに与っていません。
 こんな素晴らしい恵みに与っている私たちの教会なのですから、是非多くの方々に集っていただこうではありませんか。そのために私が書いた本も、今年の中ごろには出版されます。そしてさらに私は第二弾、第三弾の本も出して行きたいと願っています。そうしてヨハネの福音書の恵みを広げて行きたいと願っています。その最初の拠点が、この沼津教会です。

おわりに
 隣に広い土地が与えられたこと、そしてヨハネの福音書から注ぎ出される分厚い神の愛をたっぷりと感じる素晴らしい恵みを世界に先駆けていただいていること、これらの「しるし」を見ている私たちですから、恐れることなく会堂の建設を目指して力強く前進して行きたいと思います。
 お祈りいたしましょう。

20:30 この書には書かれていないが、まだほかの多くのしるしをも、イエスは弟子たちの前で行われた。
20:31 しかし、これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るためである。
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3月5日礼拝プログラム

2017-03-02 14:00:47 | 礼拝プログラム
個人の平安と世界の平和を祈り求める教会
 インマヌエル沼津キリスト教会

3月5日 礼拝 午前10時半~

 礼拝はどなたでも参加できます
 お気軽にご出席ください

3月 第1聖日 礼拝順序

 司  会               小島牧師
 奏  楽                荒川姉

 前  奏
 招  詞
 讃 美 ①  神はひとり子を        26
 交  読  詩篇119:113~128
 祈  祷
 主の祈り
 使徒信条
 讃 美 ②  約束の地に         460
 証  詞                辰仁姉
 讃 美 ③  ここにいます主は      375
 聖  書  ヨハネ4:46~54、20:30~31
 説  教  『私たちが見た「しるし」』  小島牧師
 讃 美 ④  キリスト 教会の主よ    229
 献  金
 感謝祈祷                中原姉
 頌  栄  父・子・聖霊の        271
 祝福の御言葉
 後  奏
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異邦人への聖霊の贈り物(2017.2.26 礼拝)

2017-02-27 09:02:19 | 礼拝メッセージ
2017年2月26日礼拝メッセージ
『異邦人への聖霊の贈り物』
【使徒10:42~45】

はじめに
 先週は旧約聖書のエレミヤ書を開きましたが、今週はまた使徒の働き10章の学びに戻ります。使徒10章に入ってから今日で3回目の学びになります。きょうは、いよいよ異邦人たちが聖霊を受けた場面を中心に見ることにします。

異なるユダヤ人の救いと異邦人の救い
 異邦人というのはユダヤ人ではない者たちのことで、私たち日本人も異邦人です。人間としてのイエス・キリストはガリラヤ出身のユダヤ人でしたから、最初に救われたガリラヤ人とユダヤ人はイエス・キリストと同じ民族です。一方、異邦人は同じ民族ではありません。そのため、ユダヤ人たちが最初に聖霊を受けた時の状況と異邦人が最初に聖霊を受けた時の状況を比べて見ると、一見似てはいますが、よくよく見ると大変に違います。
 ユダヤ人が救われた時と異邦人が救われた時とで似ている点は、どちらもペテロの説教がきっかけになっていることです。まず、ユダヤ人が救われた時のことを振り返っておきたいと思います。使徒の働き2章を開いて下さい。使徒2章には五旬節の日のことが書かれていて、まずはガリラヤ人たちが聖霊を受けた時のことが書かれています。ペンテコステ礼拝の時によく開く箇所ですが、1節から4節までを交代で読みましょう。

2:1 五旬節の日になって、みなが一つ所に集まっていた。
2:2 すると突然、天から、激しい風が吹いて来るような響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。
2:3 また、炎のような分かれた舌が現れて、ひとりひとりの上にとどまった。
2:4 すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした。

 こうして、ペテロやヨハネなどのガリラヤ人の弟子たちが、まず聖霊を受けました。続いて5節と6節を私のほうでお読みします。

2:5 さて、エルサレムには、敬虔なユダヤ人たちが、天下のあらゆる国から来て住んでいたが、
2:6 この物音が起こると、大ぜいの人々が集まって来た。彼らは、それぞれ自分の国のことばで弟子たちが話すのを聞いて、驚きあきれてしまった。

 こうして、様子を見に来たユダヤ人たちは驚きあきれて、口々にいろいろなことを言い始めました。そこで、このユダヤ人たちに向かってペテロは話し始めました。14節です。

2:14 そこで、ペテロは十一人とともに立って、声を張り上げ、人々にはっきりとこう言った。「ユダヤの人々、ならびにエルサレムに住むすべての人々。あなたがたに知っていただきたいことがあります。どうか、私のことばに耳を貸してください。

 こうして、ペテロは集まった人々に話を始めました。きょうの学びは10章が中心ですから、この説教の内容の大半は飛ばします。次に2章36節と37節を見て下さい。お読みします。

2:36 ですから、イスラエルのすべての人々は、このことをはっきりと知らなければなりません。すなわち、神が、今や主ともキリストともされたこのイエスを、あなたがたは十字架につけたのです。」
2:37 人々はこれを聞いて心を刺され、ペテロとほかの使徒たちに、「兄弟たち。私たちはどうしたらよいでしょうか」と言った。

 この五旬節の日の7週間と少し前にユダヤ人たちはイエスを十字架に付けて殺しました。この、自分たちが十字架に付けたイエスが救い主であることを知ったユダヤ人たちは心を刺されてペテロたちに「私たちはどうしたらよいでしょうか」と言いました。そこでペテロは彼らに答えました。38節です。

「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう。」

 続いて少し飛ばして41節、

2:41 そこで、彼のことばを受け入れた者は、バプテスマを受けた。その日、三千人ほどが弟子に加えられた。

 38節でペテロは「悔い改めなさい」と言いました。そして「イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう」と言いましたから、41節でユダヤ人たちはバプテスマを受けて聖霊を受けました。

 このユダヤ人たちが聖霊を受けた時のポイントは、心を刺されて悔い改めたということだと思います。ユダヤ人たちは自分たちが実は救い主であったイエスを十字架に付けて殺してしまったことに心を刺されて、このことを悔い改め、そうして聖霊を受けました。
 一方、コルネリオたち異邦人たちの場合は状況が異なりました。イエスが十字架に付けられた時、彼らはエルサレムにはいませんでした。彼らはカイザリヤに住む人々でしたから、イエスが十字架に付けられた時、そのこととは無関係に過ごしていました。

異邦人の救い
 では、きょうの10章の学びに入って行きましょう。まず簡単に10章の出来事を振り返っておきます。

10:1 さて、カイザリヤにコルネリオという人がいて、イタリヤ隊という部隊の百人隊長であった。
10:2 彼は敬虔な人で、全家族とともに神を恐れかしこみ、ユダヤの人々に多くの施しをなし、いつも神に祈りをしていた

 この異邦人のコルネリオが、ペテロをカイザリヤに招くようにと神の御使いに幻の中で言われました。そこでコルネリオは部下を遣わしてヨッパに滞在していたペテロを呼びに行きました。
 一方、ペテロはコルネリオの部下がヨッパに着く少し前に、不思議な夢を見ていました。そして御霊からの語り掛けを受けていました。それゆえペテロはコルネリオの招きを受け入れて、カイザリヤまでやって来ました。
 今度は10章の27節から見て行きます。27節でペテロはコルネリオの家に入りました。そして、こう言いました。28節と29節のペテロのことばをお読みします。

「ご承知のとおり、ユダヤ人が外国人の仲間に入ったり、訪問したりするのは、律法にかなわないことです。ところが、神は私に、どんな人のことでも、きよくないとか、汚れているとか言ってはならないことを示してくださいました。
10:29 それで、お迎えを受けたとき、ためらわずに来たのです。そこで、お尋ねしますが、あなたがたは、いったいどういうわけで私をお招きになったのですか。」

 ユダヤ人にとって異邦人は汚れた存在でした。その汚れた者たちと交わりを持つことは律法を破ることになります。しかし、神はペテロに彼らと交わることをためらってはならないと予め教えていたのでした。そこでペテロはコルネリオの家に入り、どうして自分を招いたのかを尋ねました。そしてコルネリオの返答を聞いてペテロは言いました。34節と35節をお読みします。

10:34 そこでペテロは、口を開いてこう言った。「これで私は、はっきりわかりました。神はかたよったことをなさらず、
10:35 どの国の人であっても、神を恐れかしこみ、正義を行う人なら、神に受け入れられるのです。

 35節にあるように、神はどの国の人であっても、ユダヤ人であっても異邦人であっても受け入れます。そうしてペテロはイエス・キリストについて語り始めました。36節、

10:36 神はイエス・キリストによって、平和を宣べ伝え、イスラエルの子孫にみことばをお送りになりました。このイエス・キリストはすべての人の主です。

 少し飛ばして39節、

10:39 私たちは、イエスがユダヤ人の地とエルサレムとで行われたすべてのことの証人です。人々はこの方を木にかけて殺しました。
10:40 しかし、神はこのイエスを三日目によみがえらせ、現れさせてくださいました。

 この39節でペテロは、自分たちがイエスの「証人」であると述べています。

証人の証言を信じると受ける聖霊
 この「証人」という言葉は、非常に重要です。私たちはイエスに会ったことがなくてもペテロなどイエスに実際に会ったことがある証人の証言を聞き、その証言を信じてイエスが神の子キリストであると信じるなら、聖霊を受けます。イエスに実際に会った証人とは、人間のイエスに会った証人であっても霊的なイエスに会った証人でも、どちらでも構いません。ペテロは人間のイエスに会った証人であり、パウロは霊的なイエスに会った証人でした。その証言を信じてイエスが神の子キリストと信じた者が聖霊を受けると、聖霊の働きによって今度はその人が霊的なイエスと会うことができます。そうして、新たな証人になることができます。
 40節でペテロは、神はイエスをよみがえらせて自分たちの前に現れさせて下さいましたと言いました。そして41節で、もう一度「証人」という言葉を使っています。41節、

10:41 しかし、それはすべての人々にではなく、神によって前もって選ばれた証人である私たちにです。私たちは、イエスが死者の中からよみがえられて後、ごいっしょに食事をしました。

 人間のイエスの直接の弟子であったペテロたちは神によって選ばれた証人でした。そして42節、

10:42 イエスは私たちに命じて、このイエスこそ生きている者と死んだ者とのさばき主として、神によって定められた方であることを人々に宣べ伝え、そのあかしをするように、言われたのです。

 そうしてイエスは証人の弟子たちに証しをするように言ったとペテロは言いました。そうしてペテロはなお、コルネリオたちに語り続けました。
 この後でペテロが何をなお語り続けたのかは書いてありませんが、私はペテロは自分の失敗談も話したのではないかなあという気がしています。福音書を読むと、ペテロたちが情けない弟子であった様子がわかります。この福音書が書かれたのは、コルネリオたちが救われた時よりも、何十年も後のことです。今回、私はこの使徒10章からのメッセージの準備をしていて、福音書にペテロたちの失敗談が多く書かれているのは、コルネリオたちの救いや様々な伝道を通じて、弟子たちの失敗談を語ることが、罪の赦しの恵みを受けるために非常に有効であることがわかったからそうしたのではないかと、思うようになりました。それは、使徒10章にはコルネリオが正しい人であったことが書いてあるからです。私たちは、自分が正しいと思っている間は、決して救われないことをよく知っています。ですから、ペテロは自分の失敗談もコルネリオたちの前で話したのではないかという気がしています。
 続いて44節、

10:44 ペテロがなおもこれらのことばを話し続けているとき、みことばに耳を傾けていたすべての人々に、聖霊がお下りになった。

 コルネリオの家に来ていた親族や知人たちのすべての人々がペテロの証言に耳を傾け、聞き入り、引き込まれていました。そうして聖霊を受けました。47節を見るとわかりますが、コルネリオたちは聖霊を受けた後で水のバプテスマを受けました。一方、2章で見たユダヤ人たちは心を刺されて、バプテスマを受けたら聖霊を受けました。

聖霊は天からの贈り物

 この10章の異邦人たちの場合は、イエスを「十字架に付けろ」と叫んだわけではありませんから、心を刺されたというよりは、もっとじんわりと、ペテロの言葉が心に浸み込んでいったように思います。そして45節、

10:45 割礼を受けている信者で、ペテロといっしょに来た人たちは、異邦人にも聖霊の賜物が注がれたので驚いた。

 聖霊は天から賜るものですから、天からの「贈り物」です。英語では、「賜物」はgiftと訳されています。私たちはペテロやパウロなど、先にイエスさまと出会った証人たちの証言を聞いてイエスが神の子キリストであると信じると聖霊を受けます。私たちは、この天からの素晴らしい「贈り物」を授かる恵みを地域の方々と共に、分かち合いたいと思います。
 そのことのために、この使徒の働き10章は、非常に参考になると思います。
 機会があれば、いつかまた(近い将来?)、10章の学びをさらに深めたいと思います。
 お祈りいたしましょう。

10:44 ペテロがなおもこれらのことばを話し続けているとき、みことばに耳を傾けていたすべての人々に、聖霊がお下りになった。
10:45 割礼を受けている信者で、ペテロといっしょに来た人たちは、異邦人にも聖霊の賜物が注がれたので驚いた。

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2月26日礼拝プログラム

2017-02-23 09:41:21 | 礼拝プログラム
個人の平安と世界の平和を祈り求める教会
 インマヌエル沼津キリスト教会

2月26日 礼拝 午前10時半~

 礼拝はどなたでも参加できます
 お気軽にご出席ください

2017年2月 第4聖日礼拝 順序

 司  会                西村兄
 奏  楽                関 姉

 前  奏
 讃 美 ①  丘に立てる荒削りの     118
 交  読  詩篇119:97~112
 祈  祷
 主の祈り
 使徒信条
 讃 美 ②  天において 主をたたえよ  204
 讃 美 ③  スピリット・ソング      57
 聖  書  使徒10:42~45
 説  教  『異邦人への聖霊の贈り物』 小島牧師
 讃 美 ④  聖霊よ 主のそばに     171
 献  金
 感謝祈祷                辰仁姉
 頌  栄  父・子・聖霊の        271
 祝福の御言葉
 後  奏
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伝道の入口としての「永遠」への覚醒(2017.2.22 祈り会)

2017-02-23 09:10:18 | 祈り会メッセージ
2017年2月22日祈り会メッセージ
『伝道の入口としての「永遠」への覚醒』
【ヨハネ20:30~31】

はじめに
 先日の19日の礼拝で、私は「今は内圧を高める時」だと言いました。私たちが新会堂を建設するのは会堂建設が目的ではなく、イエス・キリストの福音を地域の方々に宣べ伝え続けて行くためです。新しい会堂を県道に面した土地に建てれば、今のこの引っ込んだ位置にある小さな会堂で宣べ伝えるよりも、もっと効果的にお伝えすることができる筈です。この伝道の意欲が十分に高まっていないと、たとえ新しい会堂を建設しても十分な働きはできない恐れがあります。そこで、いま会堂建設が足踏み状態にある期間は、伝道への意欲の内圧を高める期間にすべきだと思います。
 さて、このような礼拝メッセージの後の今日の祈り会のメッセージでは、何を語るべきか昨晩から今朝に掛けて思いを巡らしていたところ、最近観たテレビ番組のことが思い出されましたので、先ずはその番組内容の紹介から始めます。あいにくこの番組を録画していませんので、忘れないうちに記しておきたいという意味も込めて、まず紹介します。

死後にしか楽しみがない?
 それはNHKのBSプレミアムで毎週木曜日に放送している『英雄たちの選択』という番組です。英雄たちというのは歴史上に実在した英雄たちで、その英雄たちが選択の岐路に立たされた時にどのような葛藤があっただろうかということについて様々な分野の専門家が、お互いの意見を述べ合うスタイルの番組です。たとえば有名な史実として、徳川家康が一時は豊臣秀吉に服従していた時期がありました。この秀吉に服従するに当たっては家康には葛藤があったはずで、秀吉に服従しない選択肢もあったことでしょう。その時に、どのような葛藤が家康の中であっただろうかということについて論じ合うというような番組です。
 さて、きょう紹介したいのは、その『英雄たちの選択』で最近放送された「天正遣欧使節」の回での司会者のコメントです。天正遣欧使節というのは、戦国時代にローマに4人の日本人切支丹の少年たちが派遣された使節のことです。少年たちは1582年に日本を発ち、1590年に日本に戻って来ました。この日本を出国した1582年という年は本能寺の変があった年で、ご承知の通り、織田信長が殺されて、それから後の日本は豊臣秀吉の世になって行きます。少年たちが出国したのは、この本能寺の変の前で、切支丹の人数が大きく伸びていた時期でした。しかし少年たちが戻った1590年は、秀吉が1587年にバテレン追放令を出した後であったために、迫害が始まっていて様相は大きく変わっていました。その日本に帰国した少年たちの葛藤について番組は取り上げていました。
 きょうはこの番組の内容には深く立ち入るわけではなくて、司会者の磯田さんという歴史学者のコメントに注目したいと思います。少年たちが日本を出国した当時、日本の切支丹人口が増えていたことについて礒田さんは、次のようなことを言っていました(録画しておらず記憶が頼りですので正確な言い回しではありません)。
「この時代の人たちは死んだ後にしか楽しみがない可哀想な人たちだったんですよ」
 このコメントを聞いて私は、キリスト教や宗教はそんなイメージを持たれているんだなと思いました。しかし、このコメントは、これから私たちが伝道を展開して行く上で、とても参考になると思いました。それで、きょうは、このコメントから始めて、私たちは何を宣べ伝えて行くべきかを考察したいと思っています。
 もう一度礒田さんのコメントを振り返ってみると、礒田さんは、戦国時代に切支丹の人口が増えていたことを指して、
「この時代の人たちは死んだ後にしか楽しみがない可哀想な人たちだったんですよ」
というようなことを言っていました。
 それはつまり、この当時の切支丹は死んだ後に天国に行くこと、それだけを楽しみに生きていたということだと思います。このコメントがどれくらい正しいか正しくないかはともかく、死んだ後に天国に行くことを楽しみに信仰生活を送っているクリスチャンは、現代においても案外多いのではないかなという気がします。
 私が、これからの伝道で大切だと思うことは、まずはこの認識を改めてもらうことではないかと思っています。あとでもう一度触れますが、イエスが神の子キリストと信じて聖霊が与えられると魂の深い平安が得られます。この魂の平安は何事にも代えがたい本当に素晴らしいものです。つまり、私たちは死んだ後でなくても、この世に生きている間に、この素晴らしい恵みを味わうことができます。このことを広く知ってもらう必要があると思います。死んだ後にしか楽しみがないと思われている間は、教会に来る人はなかなか増えないだろうと私は思います。それは、現代の生活においては、昔と違ってそれなりに楽しいことが色々とあるからです。この現代の世的な楽しみは魂の深い平安に比べるとぜんぜん浅いレベルの楽しみだということを私たちは知っていますが、これは味わった人でないとわかりませんから、伝えるのは難しいことです。それでも何とかして私たちはこの魂の平安を得ることの素晴らしさを伝える必要があると思います。

スマホで手軽に得られる癒し
 次に、現代の世の楽しみ方について話そうと思います。先日、NHKのニュース番組を見ていたら、こんなことが話されていました。
 いまファミリーレストランの業界では24時間営業から次々と撤退しているそうです。それは何故なのか、私は従業員の確保が難しいからだろうと思っていましたが、それだけではないということでした。最近は深夜営業の時間帯にはお客さんの数も昔と比べると随分と減ったのだということです。その理由として、そのニュース番組ではスマホの普及を挙げていました。昔は若い人たちが深夜の時間帯にファミリーレストランに集まってだべっていましたが、今はスマホを使えばいちいち集まらなくてもグループで話すことができますから、集まる必要がないということでした。
 私からすれば、スマホを使ってネット上で文字を通した会話をするよりも顔を合わせたほうが楽しいだろうにと思いますが、スマホで育った世代はそうは考えないようです。そのようにファミリーレストランでさえ若い人たちが集まらなくなっているとしたら、教会に若い人たちに集ってもらうことが難しいのは当然とも言えるでしょう。
 グループ間の会話だけでなく、スマホは一人でゲームや動画も楽しめますから、手軽に癒しも得られます。動画は長いものではなくても、ほんの数秒でも癒しを与えてくれます。私もツイッター上に投稿されるイヌやネコのユーモラスな動きを録画したほんの数秒の動画に癒されるのを感じます。それらを見ると思わず笑ってしまいますから、心がほぐれるのを感じます。もちろん、これらによる癒しは魂の深い平安に比べれば遥かに浅い、お手軽なレベルの癒しですが、ちょっとホッとしたい時などには有用だと思います。
 それゆえに、こういう癒しを手軽に得られる現代において魂のレベルの深い平安について知ってもらうことは、本当に難しいことだと思います。20世紀に日本でキリスト教ブームが起きた時代には、もちろんスマホはありませんでした。ですから21世紀の現代においては、従来の伝道方法を地道に続けていれば、いつか神様の御業によってリバイバルが起きるだろうという期待はあまり抱かないほうが良いのではないかなと感じています。

伝道の入口としての「永遠」への覚醒
 では、どうしたら良いのでしょうか。私自身は「永遠」への覚醒を訴えて行くことが重要ではないかと考えています。イエスを信じて聖霊を受ければ「永遠」に覚醒しますから、「イエスが神の子キリストと信じること」を前面に出して「イエスを信じよう」と訴えてももちろん良いわけですが、私は「永遠」に覚醒することのメリットを前面に出したほうが良いような気がしています。或いはまた、イエスさまが私たちの罪のために十字架に掛かったことを前面に出して、まず私たちの罪深さを自覚することから始めて、その罪の赦しを得るためにイエスが救い主のキリストであることを信じることを訴えても、もちろん良いわけです。これは従来から広く行われて来たことです。しかし、いちいち顔を合わせなくてもスマホでグループの会話ができ、またお手軽に心の癒しも得られる現代において、自分の罪深さに一人で向き合う人がおこされることが、どれだけ期待できるでしょうか。
 それよりも私は「永遠」に覚醒することのメリットを訴えるほうが、現代人には合っているような気がするのですが、いかがでしょうか。
 「永遠」に覚醒するためにはイエスを信じて聖霊を受ける必要がありますから、結局はイエスを信じなければならないのですが、入口としては「永遠」に覚醒することのメリットを前面に出したほうが良いように私は感じています。
 「永遠」に覚醒することのメリットは何と言っても魂の深い平安が得られることだと思います。永遠の中では時の流れがありませんから、時間の流れの中でどこに向かって行くのかわからない不安からは解放されます。この不安から解放されることで魂は平安を得て、それが平和の実現につながって行くことになります。このことを、もっと上手く伝えることができるようにならなければならないと私は感じています。
 また、永遠に覚醒すると、二千年前のイエスさまのことを、それまでよりもずっと身近に感じることができるようになります。永遠の中では時の流れがないために、二千年のイエスさまも三千年前のダビデも同じくらいの近さで感じることができます。
 最近私は、マタイ・マルコ・ルカの福音書が執筆された目的は、イエスさまの言動の記録を残すこともあったかもしれませんが、それよりも永遠に覚醒したクリスチャンが永遠の中でイエスさまと魂の深い交わりを経験するために書かれたのかもしれないとも思うようになりました。そして、それをもっと押し進めたのがヨハネの福音書です。ヨハネの福音書は明らかにイエスさまと魂の領域で霊的な深い交わりを持つために書かれたものです。ヨハネの福音書には聖霊についての教えが多く含まれます。その聖霊を受けることで、私たちはイエスさまと魂の領域で交わることができるようになります。

「永遠」への覚醒で得られるイエスとの深い交わり
 きょうの聖書箇所を、もう一度ご一緒に読みましょう。ヨハネの福音書20章30節と31節を交代で読みましょう。

20:30 この書には書かれていないが、まだほかの多くのしるしをも、イエスは弟子たちの前で行われた。
20:31 しかし、これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るためである。

 31節の「いのちを得る」ことは聖霊を受けなければ得られないことですから、つまりイエスが神の子キリストであることを信じると聖霊を受けることが書かれていると言っても良いと思います。そして「いのちを得る」とは「永遠のいのちを得る」ことですから、つまり「永遠」に覚醒することです。
 このヨハネの福音書の執筆目的をしっかりと念頭に置いてヨハネの福音書を読み返すと、「永遠」に覚醒して、永遠の中を生きるイエスさまと霊的な交わりを持つことの素晴らしい恵みをいただくことができます。永遠の中を生きるイエスさまとは紀元30年頃のイエスさまだけでなく、「旧約の時代」にいる霊的なイエスさま、「使徒の時代」にいる霊的なイエスさまをも含みます。
 この永遠の中を生きるイエスさまと交わる素晴らしい恵みについて、まだ教会を訪れたことが一度もない方々に伝えることは不可能ですが、まずは「永遠」に覚醒することのメリットを伝えることができないだろうかと思います。これは私の個人的な考えであり、まだまだ他にも、伝道のやり方はあるだろうと思います。

おわりに
 いずれにしましても、キリスト教の恵みは死んだ後でないと得られないと人々に思われている間は教会に多くの方々に集まっていただくことは、なかなかできないだろうと思いますから、私たちは様々に工夫して伝道に励んで行く必要があるだろうと思います。
 お祈りいたしましょう。

20:31 しかし、これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るためである。
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今は内圧を高める時(2017.2.19 礼拝)

2017-02-20 10:13:14 | 礼拝メッセージ
2017年2月19日礼拝メッセージ
『今は内圧を高める時』
【エレミヤ20:7~9】

はじめに
 きょうは新約聖書の使徒の働きの学びはお休みにして、旧約聖書のエレミヤ書を開くことにしました。それは、私たちの教会の会堂問題が足踏み状態にあって前に進めなくなっている今、この期間をどのように過ごすべきかについて、ご一緒に考える必要があると思ったからです。
(中略) 
 きょうのメッセージのタイトルは、『今は内圧を高める時』です。この「内圧を高める」ということについて、三つの事例から考えてみたいと思います。最初の二つは私自身に関する事例です。二つのうちの一つは非常に単純な事例で、もう一つの事例は少し複雑です。そして三つめの事例は私たちの教会の会堂問題であり、これはかなり複雑な問題です。しかし、この前に進めずに足踏みしている期間に「内圧を高める」ことは非常に重要だと私は考えます。この期間にガスを抜いたりすると、大事なことを成し遂げることは決してできないだろうと思います。この三つめの事例に関してはきょうの聖書箇所のエレミヤ20章も絡めながら、お話したいと思います。

いつかは必ず観られる国際宇宙ステーション

 まず一つめの事例は、非常に単純な事例です。それは、私が国際宇宙ステーションを観たくて仕方がない時期があったという事例です。私はこの沼津教会に4年前の2013年に着任しましたが、着任して間もなく、ここからわずか徒歩2,3分ほどで行ける今沢の海岸の防潮堤が、星を観るのに非常に適していることに気付きました。まず第一に周辺がかなり暗いことです。防潮堤に通じる松林の中の道は、月が出ていない時には懐中電灯が無いと道の凹凸が見えなくて危険なくらいに暗くなります。そして第二に非常に開けた場所である点です。防潮堤に上がると松林は星を観ることに関しては全く邪魔になりません。そして、この辺りには高い建物はありませんから、360度、非常に見通しが良く利きます。それゆえ、この今沢の海岸の防潮堤の上は一般住宅街のすぐ近くにしては、星空を眺めるのには抜群の環境だと言えると思います。
 さて私は、この抜群の開けた環境で国際宇宙ステーションが上空を通過する様子をたっぷりと観て楽しみたいと思うようになりました。しかし、それはなかなか適いませんでした。国際宇宙ステーションは90分に1回の周期で地球の周りを回っていますから、日本の上空もかなりの頻度で通過しています。しかし、肉眼で見える時間帯は限られていて、日の出前か日没後のわずかな時間帯です。例えば昼間は星が見えないのと同様に国際宇宙ステーションも見えません。夜は自発的に光る星は見えますが、国際宇宙ステーションのように自ら光らない物体は太陽の光を受けなければ見えません。ただし国際宇宙ステーションが飛んでいる高度はそんなに高くありませんから、すぐに地球の陰に隠れてしまって太陽の光を受けられなくなりますから、本当に日の出前か日没後のわずかな時間帯に日本の上空を通っている時にだけ観ることができます。また、たまたまその条件の良い時間帯に日本の上空を通ったとしても天気が良くなければ見えません。それで、私は今沢の海岸の防潮堤から国際宇宙ステーションを眺めることがなかなかできないでいました。しかし、それでも私は、いつかは必ず観られるだろうと確信していました。それは、国際宇宙ステーションが運用されている限りは、条件が良い時と私の都合が合致する時が必ずあるはずだと思っていたからです。そうして、何ヶ月か掛かりましたが、私は国際宇宙ステーションが日本の上空を通過して行く様子を何分かの間、じっくりと今沢の防潮堤から眺めることができました。
 この時に私が思ったことは、自分が願っていることは、その願いを持ち続けているなら、時間が掛かってもいつか必ず適うのだということでした。そして私は、このことを、私自身がヨハネの福音書に関する本を出版することについて当てはめて、本の出版もいつか必ず出来るだろうと思うようになりました。

いつかは出版できる本

 この私の本の出版に関することが、第二の事例です。ただし、本の出版は国際宇宙ステーションを観ることに比べれば、事情はもっと複雑です。国際宇宙ステーションの場合は、軌道がかなり前から定められていて、特別な事情がなければ軌道を修正することなく、ほぼ決められた通りの軌道で地球を周回します。そうして国際宇宙ステーションが観られる条件と天候と私の都合とが合致すれば、いつかは必ず観られます。しかし、本の出版の場合は出版社の事情が絡みますから、もっと複雑です。自費出版ならお金さえあれば、概ねこちらの都合で出版できると思いますが、多くの人々に知ってもらうためには、出版社の編集者の目に適ったしっかりとした企画の本を出す必要があるでしょう。
 この編集者の目にとまることが、なかなかに難しいことを今回、私はヨハネの福音書に関する本の出版を5年以上に亘って模索する中で実感しました。出版社の側も新人の発掘のことはいつも気に掛けているとは聞きますが、現実的には著名な人が書く本の出版に時間を割くことが大半で、新人が持ち込む企画や原稿にじっくりと目を通す時間はほとんど取れないことが多いでしょう。そうして持ち込まれた企画を見ても、商業的に採算が取れそうな企画はほとんどないでしょうから、やはりどうしても、ある程度名の知れた人に本を書いてもらう企画を出版社の側で考えたり、著名な人が出版社に持ち込む企画を優先的に採用するという流れになるのは仕方がないことだと思います。
 しかし新人であっても色々と頑張って一冊でも本が出せれば、それが名刺代わりになって、次の企画を見てもらいやすくなると思います。それだけに最初の一冊は非常に重要です。最初の一冊があまり大したことがなければ、次の出版へとつながりませんから、私も最初の本はそれなりのものにしなければならないと思っています。
 私が5年以上にも亘ってヨハネの福音書の本を出したいと願い続けているのは、ヨハネの福音書の深層部に何が書かれているかを多くの人々が理解するなら、世界は変わると確信しているからです。そして、このことのために私は牧師に召し出されたと確信しているからです。ですからヨハネの福音書の深層部のことが今は知られていなくても、神様がなさることですから、いつかは必ず世に広まると私は確信しています。それが1年後なのか10年後なのか、私が死んだ後になるのかはわかりませんが、いつかは必ず世に広まります。そのためには、とにかく私は本を出す必要があります。世に広まるのが私が死んだ後になったとしても、本が出ていれば用いられるでしょう。しかし本が出ていなければ、何も起きずに終わってしまいます。ですから、私がヨハネの福音書に関する本をどうしても出版しなければならないという思いは非常に強いものです。
 皆さんも心を痛めていると思いますが、今の世界は本当におかしなことになっています。アメリカの指導者も北朝鮮の指導者もやりたい放題です。このような、やりたい放題がいつまでも続くとは思えませんから、世界は必ず変わって行くだろうと思います。ただし、ますます悪くなる方向に変わることも有り得ます。そうならないように、良い方向に変わって行くために、ヨハネの福音書が平和のために用いられることを私は期待しています。しかし、これは国際宇宙ステーションとは違って人の不信仰が絡むことですから、どういう方向に進むかはわからない面があります。旧約聖書のエレミヤの時代にも、エレミヤが神の警告のことばを人々に向かって叫び続けましたが、人々は聞き入れずにいて、結局エルサレムは滅亡してしまいました。現代の私たちが住む世界がエルサレムのようにならないことを願いますが、不信仰な人々で満ち溢れる現代にあって、これから先どうなって行くのかは予断を許さないと思います。世界が平和な方向に向かって行くよう、私たちの教会の働きもまた重要です。この私たちの教会の働きの更なる前進のためには、新しい会堂の建設がどうしても必要です。

今は内圧を高める時
 そして、きょうの三つめの事例が、この私たちの教会の会堂問題です。これは教団の事情が絡んでいますから、私の本の出版事情よりもさらに複雑です。しかし、一つ言えることは、今や私たちは今年中には会堂の建設に着工して完成できるという段階まで来ているということであり、これは教会の皆さんが前任の先生の時代から何年以上にも亘って新会堂を建設したいという強い願いを持って来たからこそのことです。この強い願いによって、ここまで漕ぎ着けることができました。
 さてしかし、ここに来て足踏み状態に入ってしまいました。このことを、どう考えたら良いでしょうか。私はこのことを、単に新会堂を建設したいという願望だけではなくて、主のみことばを地域の人々に宣べ伝える伝道の気持ちの内圧をも、もっと高めるべき時期なのだと解釈したいと思います。
 ここできょうの聖書箇所のエレミヤ20章をご一緒に見たいと思います。エレミヤの場合は私たちの場合とはだいぶ事情が違いますが、ここからはとても大切なことが学べると思います。
 まず、20章の手前の19章14節と15節をお読みします。

19:14 そこでエレミヤは、【主】が預言のために遣わしたトフェテから帰って来て、【主】の宮の庭に立ち、すべての民に言った。
19:15 「イスラエルの神、万軍の【主】は、こう仰せられる。『見よ。わたしはこの町と、すべての町々に、わたしが告げたすべてのわざわいをもたらす。彼らがうなじのこわい者となって、わたしのことばに聞き従おうとしなかったからである。』」

 エレミヤはエルサレムの神殿の庭に立ち、すべての民に向かって、主がエルサレムに災いをもたらすことを預言しました。すなわちエルサレムを滅ぼすということです。それは人々が主のみことばに聞き従おうとしなかったからです。
 さてしかし、エレミヤはこの預言をしたことで打たれて捕らえられてしまいました。20章2節です。

20:2 パシュフルは、預言者エレミヤを打ち、彼を【主】の宮にある上(かみ)のベニヤミンの門にある足かせにつないだ。

 この時、エレミヤは翌日には足かせから解かれたことが3節に書かれていますが、エレミヤの心はここで折れてしまいました。それは、この20章に至るまでも、エレミヤは再三にわたって主の警告のことばを宣べ伝え続けて来ましたが、人々が一向に聞き入れようとしなかったからです。このエレミヤの嘆きのことばがきょうの聖書箇所の7節からのことばです。まず7節、

20:7 【主】よ。あなたが私を惑わしたので、私はあなたに惑わされました。あなたは私をつかみ、私を思いのままにしました。私は一日中、物笑いとなり、みなが私をあざけります。

 エレミヤが主に向かって、「あなたが私を惑わした」と言っているところに、エレミヤの心が折れて相当に弱気になっていたことがわかります。主のことばに信頼を置くことができなくなっているほどに、エレミヤの心は弱っていました。続いて8節、

20:8 私は、語るごとに、わめき、「暴虐だ。暴行だ」と叫ばなければなりません。私への【主】のみことばが、一日中、そしりとなり、笑いぐさとなるのです。

 エレミヤはあざけりのことばを受けるだけでなく、捕らえられて暴行まで受けました。そのことにエレミヤはもはや耐えられなくなっていました。しかし9節、

20:9 私は、「主のことばを宣べ伝えまい。もう主の名で語るまい」と思いましたが、主のみことばは私の心のうちで、骨の中に閉じ込められて燃えさかる火のようになり、私はうちにしまっておくのに疲れて耐えられません。

 主はなおエレミヤに語り掛けを続けて、人々にことばを宣べ伝えるようにエレミヤを促していました。それゆえエレミヤは、この主のことばを内にしまっておくのに疲れて耐えられないほどになっていました。
 私たちはどうでしょうか。私たちは、会堂を建設したいという気持ちにおいては非常に強いですから、その気持ちをしまっておくのに疲れて耐えられないほどになっています。しかし、主のみことばを宣べ伝えることにおいてはどうでしょうか。
 会堂を建設したいという気持ちは、会堂を建設してしまえば、消えてなくなります。かつて私は国際宇宙ステーションを観たいという強い気持ちを持っていましたが、その強い気持ちは国際宇宙ステーションを実際に観た時から失われてしまいました。私の強い気持ちは、その程度のものでした。では私のヨハネの福音書の本を出版したいという気持ちはどうでしょうか。この気持ちは、一冊本を出版しても失われることはないでしょう。それは、私の目的が本の出版にあるのではなくて、ヨハネの福音書を通じて世界の平和のために働きたいという強い気持ちがあるからです。そして、このことについての主の励ましも受けているからです。ですから私は本を一冊出しても次の二冊目、三冊目の企画を考えます。そうして本を出し続けたいと願っています。そうして少しでも世界が平和に向かうように働きたいと思います。

おわりに
 私たちの会堂建設も、会堂を建設すること自体が目的ではなくて、主のみことばを地域の方々に宣べ伝えることが目的です。このことへの気持ちが私たちの中で十分に高まっているでしょうか。私はまだまだ足りないかなと感じています。ですから、いま会堂建設が足踏み状態になっていることは、この主のみことばを宣べ伝えたるのだという強い気持ちをもっともっと高めるために与えられているのだと解釈したいと思います。
 私たちは、「主のみことばは私の心のうちで、骨の中に閉じ込められて燃えさかる火のようになり、私はうちにしまっておくのに疲れて耐えられません」
というほどまでに伝道の気持ちを高めたいと思います。
 来年の教会の聖句について口にするのは早すぎると思いますが、私はこのエレミヤ20章9節の、
「主のみことばは私の心のうちで、骨の中に閉じ込められて燃えさかる火のようになり、私はうちにしまっておくのに疲れて耐えられません」
を来年の教会の聖句にしても良いほどだと思っています。今年中に会堂を完成させて、来年はこれぐらいの強い気持ちを持って地域の方々に主のみことばを宣べ伝えたいと思います。
 私たちが、このように強い気持ちを持つなら、私は主は必ず私たちに新しい会堂を与ええ下さるだろうと信じています。今は足踏み状態にありますが、この足踏み状態はそんなに長く続くことはないと思います。ですから、今のこの機会にしっかりと内圧を高めるようにしたいと思います。
 お祈りいたしましょう。

「主のみことばは私の心のうちで、骨の中に閉じ込められて燃えさかる火のようになり、私はうちにしまっておくのに疲れて耐えられません」
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2月19日礼拝プログラム

2017-02-16 10:16:59 | 礼拝プログラム
個人の平安と世界の平和を祈り求める教会
 インマヌエル沼津キリスト教会

2月19日 礼拝 午前10時半~

 礼拝はどなたでも参加できます
 お気軽にご出席ください

2017年2月 第3聖日礼拝 順序

 司  会                中原兄
 奏  楽                荒川姉

 前  奏
 讃 美 ①  とうとき主のみ救いよ     14
 交  読  詩篇119:81~96
 祈  祷
 主の祈り
 使徒信条
 讃 美 ②  人生の海の嵐に       443
 讃 美 ③  神はひとり子を        26
 聖  書  エレミヤ20:7~9
 説  教  『今は内圧を高める時 』 小島牧師
 讃 美 ④  救いのおとずれ       473
 献  金
 感謝祈祷                風間姉
 頌  栄  父・子・聖霊の        271
 祝福の御言葉
 後  奏
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恵みの証し(2017.2.5 礼拝)

2017-02-13 07:08:26 | 教会員の証し
恵みの証し(2017.2.5 K姉)

 日々の歩みを振り返り、イエス様に導かれている恵みに深い感謝が溢れます。教会の皆さんのお祈りにも、いつも有難く感謝しています。
 インマヌエル沼津キリスト教会の歩みが、今年50周年となりました。

 「この第50年目はあなたがたのヨベルの年である。」(レビ25:11)

の御言葉に、安息の年の恵みを感謝しております。さらに

 「あなたがたは、世界の光です。」(マタイ5:14)

のみことばを仰ぎつつ、すばらしい会堂建設の斗かいにも参加させてくださる恵みも深い感謝でおります。
 今年、私は85才となり、目や耳や、体力等の弱さが増しつつありますが、自立生活の許される間は、礼拝出席の恵みを仰いで、励んで参ります。
 日々の恵みには、毎朝の聖書通読時に、深い大きな恵みを感謝しています。旧約聖書創世記の1章から、新約聖書のヨハネ黙示録22章の間をとばさないで、1章ずつ、ゆっくりとマイペースで、3年3ケ月ずつの繰り返しで御言葉を読んで、イエスさまを仰いでいます。教団発行の「つばさ」誌の日々のみことばも共に読み、「祈りのネットワーク」を開き、お祈りしています。
 現在、心に留まっている御言葉を紹介させて頂きますと...

 「神の恵みによって、私は今の私になりました。」(Ⅰコリント15:10)
 「生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです」(ローマ14:8)
 「たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。」(Ⅱコリント4:16)
 「私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。」(Ⅱコリント4:18)

などですが、特に、心の目が開かれた恵みの御言葉として

 「神は霊です...」(ヨハネ4:24)

 永遠への恵みを与えられた御言葉として

 「御霊による思いは、いのちと平安です。」(ローマ8:6)

 繰り返し暗唱しながら恵みを頂いている御言葉は、詩篇23篇です。

 「主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。
  主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。
  主は私のたましいを生き返らせ、聖名のために、私を義の道に導かれます。
  たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。
   あなたが私とともにおられますから。
    あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。
  私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油をそそいでくださいます。
   私の杯は、あふれています。
  まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。
   私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。」

 愛唱歌を挙げますと、教会福音讃美歌から

 413番「望みも消えゆくまでに 世の嵐に悩む時 数えて見よ主の恵み 汝が心は安きを得ん」
 312番「主と共に罪に死に 主と共に生かされて やがて主の輝きと 主の愛に包まれる」
 367番「神なく望みなく さ迷いし我も 救われて主を誉むる 身とは せられたり」

 お証しの機会を与えて頂き、有り難うございました。
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異邦人の救いへの絶妙の導き(2017.2.12 礼拝)

2017-02-13 07:02:48 | 礼拝メッセージ
2017年2月12日礼拝メッセージ
『異邦人の救いへの絶妙の導き』
【使徒10:17~24】

はじめに
 使徒の働き10章の学びを続けます。きょうのメッセージのタイトルは、『異邦人の救いへの絶妙の導き』です。
 神を感じることと「導き」を感じることとは、非常に密接な関係にあります。神は永遠の中にいますから、未来のことまでを含めて、人を導きます。

「導き」の例
 たとえば旧約聖書の創世記では、ヤコブの息子たちが弟のヨセフを荒野の穴の中に投げ込みました。兄たちはヨセフを殺そうと思っていましたから、ヨセフはこの穴の中で死んでしまってもおかしくはありませんでした。しかし、たまたまエジプトに向かっていた商人がその穴のそばを通ったので、兄たちはヨセフを穴から引き上げて商人に売りました。こうして、ヨセフがエジプトに行ったことで、後にヤコブの家族がエジプトに移住して、そこでイスラエルの民が増えることにつながりました。そうしてイスラエルの民はバラバラになることなく一つになってモーセの時代にエジプトから脱出して、全イスラエルがシナイ山のふもとで律法を授けられることになりました。大勢のイスラエルの民に同時に律法を伝えることができたのでした。
 兄たちがヨセフを荒野の穴に投げ込んだ時に、ちょうど商人が通り掛ったことは、この場面だけを見るなら偶然のように見えると思いますが、後のモーセの時代のことまでを考えるなら、これは神の導きであったと見るべきでしょう。
 私自身の話を少しだけすると、私は高津教会に導かれて洗礼を受けました。東京に就職が決まって高津駅の近くにアパートを借りて高津駅が通勤駅になり、その駅のホームからいつも教会の十字架が見えていましたから、そこに教会があることを知り、高津に住み始めてから6年後に高津教会に導かれました。高津教会の一般信徒であった時の私は、どうして導かれたのが高津教会だったのか不思議に思っていました。単に私がキリスト教の信仰を持つために教会に導かれるなら、どこの教会でも良かったはずです。それがなぜ高津教会でなければならなかったのか、それは後に私が牧師として召し出されて、どういう働きをするかということまでを含めての導きであったのだということを、私は牧師になって納得しました。さらに、私は、この春ようやくヨハネの福音書に関する本を出版できるところまで漕ぎ着けましたから、この本の出版のためには高津教会でなければならなかったのだということを改めて思っています。このことは、礼拝後の会堂祈祷会の時にもう少し詳しく話をすることにしたいと思います。
 この教会の会堂が今のこの土地に導かれたのも、未来のことを含めての導きだったのだろうと私は感じています。すなわち、沼津教会がこの土地に導かれたのは1983年のことでしたが、永遠の中におられる神様は、既にその時から33年後の2016年に隣の土地を与え、さらに2017年に会堂を与えることまでを計画に入れて、この土地へ導いたのであろうと私は感じています。
 信仰は、このような神様の導きについて思いを巡らすことで深まっていくと私は経験的に感じていますから、聖書を読む時も、神様が背後でどのように人々を導いていたのかをなるべく感じながら読むようにしたいと思います。
 使徒の働きで言えば、ステパノが石打ちに遭って殺されたことは不幸なことでしたが、この迫害によって教会の人々がエルサレムから散らされて出て行かなければ、キリストの教えが全世界に広がることはなかったかもしれませんから、これもまた導きであったのだろうなと思うことです。

カイザリヤに導かれたペテロ
 そして、このような「導き」という観点で使徒の働き10章を読むと、この10章の記事もまた大変に興味深いと私は感じています。どのように興味深いかと言うと、この10章でコルネリオという異邦人が救われたわけですが、コルネリオ一人が救われたのではなくて、コルネリオの親族たちや知人たちもまた救われたことに、神様の絶妙の導きを感じるからです。
 きょうの聖書箇所の最後の節の10章24節を見ていただくと、次のようにあります。

10:24 その翌日、彼らはカイザリヤに着いた。コルネリオは、親族や親しい友人たちを呼び集め、彼らを待っていた。

 カイザリヤに着いた彼らとは、ペテロと、ペテロをヨッパまで迎えに行ったコルネリオのしもべたちでした。ここに私が導きを感じるのは、コルネリオがヨッパのペテロの所に行ったのではなくて、ペテロの方がカイザリヤのコルネリオの所に来たということです。このことによってコルネリオの親族や知人たちまで救いの恵みに与ることができました。もしコルネリオがヨッパに行ったのであれば、救われたのはコルネリオ一人と一部の側近だけだったでしょう。
 カイザリヤとヨッパの位置関係を、後ろの地図の「使徒たちの旅」で見ておきたいと思います。このカイザリヤという町がどのような町であったか、『エッセンシャル聖書辞典』には次のようにあります。

「パレスチナの地中海沿岸にある港町で、カルメル山の南37キロほどの所にあった。古代にはその地方第一の都市で、フェニキヤに属する要塞都市。ストラトンの塔と呼ばれた町の跡に、ヘロデ大王が前25年から12年をかけて大々的な改修工事を施し、劇場、円形演技場、競技場、導水橋、皇帝礼拝の大神殿を備えた一大都市とした。町の名は、アウグストゥス・カイザルにちなんでつけられた。政治的にも軍事的にも重要な都市となり、パレスチナのローマ総督府となった。」

 このようにカイザリヤはローマの総督府となり、ユダヤ人から見れば大勢の異邦人が住んでいる異教の大都市でした。この異教の大都市のカイザリヤにコルネリオは百人隊長として家族と共に住んでいました。10章の1節と2節を見ていただくと、

10:1 さて、カイザリヤにコルネリオという人がいて、イタリヤ隊という部隊の百人隊長であった。
10:2 彼は敬虔な人で、全家族とともに神を恐れかしこみ、ユダヤの人々に多くの施しをなし、いつも神に祈りをしていたが、

とあります。
 ここへペテロが来たから、一度で大勢の異邦人が救いに与ることができたのですね。

ヨッパ中に知れ渡った奇跡
 さてしかし、このカイザリヤは異邦人の町で、当時のペテロは異邦人が救われるとは思っていませんでしたから、ペテロが宣教でここを訪れることは考えられないことでした。ですから、この10章の最初の部分にあるように、ペテロをカイザリヤに招き入れる必要がありました。3節から8節までを、少し長いですから交代で読みましょう。

10:3 ある日の午後三時ごろ、幻の中で、はっきりと神の御使いを見た。御使いは彼のところに来て、「コルネリオ」と呼んだ。
10:4 彼は、御使いを見つめていると、恐ろしくなって、「主よ。何でしょうか」と答えた。すると御使いはこう言った。「あなたの祈りと施しは神の前に立ち上って、覚えられています。
10:5 さあ今、ヨッパに人をやって、シモンという人を招きなさい。彼の名はペテロとも呼ばれています。
10:6 この人は皮なめしのシモンという人の家に泊まっていますが、その家は海べにあります。」
10:7 御使いが彼にこう語って立ち去ると、コルネリオはそのしもべたちの中のふたりと、側近の部下の中の敬虔な兵士ひとりとを呼び寄せ、
10:8 全部のことを説明してから、彼らをヨッパへ遣わした。

 こうして、コルネリオはヨッパにいたペテロにしもべたちを遣わしました。さてしかし、しもべたちがペテロをそんなに簡単に探せるものでしょうか。6節に、「この人は皮なめしのシモンという人の家に泊まっていますが、その家は海べにあります」とありますが、たったこれだけの情報で、ペテロを探し出すことができるのでしょうか。それができるんですね。今度は9章の40節から43節までを、交代で読みましょう。これは死んでしまったヨッパのタビタという女の弟子が生き返った場面です。

9:40 ペテロはみなの者を外に出し、ひざまずいて祈った。そしてその遺体のほうを向いて、「タビタ。起きなさい」と言った。すると彼女は目をあけ、ペテロを見て起き上がった。
9:41 そこで、ペテロは手を貸して彼女を立たせた。そして聖徒たちとやもめたちとを呼んで、生きている彼女を見せた。
9:42 このことがヨッパ中に知れ渡り、多くの人々が主を信じた。
9:43 そして、ペテロはしばらくの間、ヨッパで、皮なめしのシモンという人の家に泊まっていた。

 42節に、「このことがヨッパ中に知れ渡り」とありますから、ヨッパの人は誰でもこのことを知っていました。ですからコルネリオのしもべたちがヨッパでペテロのことを尋ねたら、すぐに居場所がわかったのですね。ここに、神様の絶妙の導きを感じます。しかも、しもべたちがペテロを訪ねたのは、ちょうどペテロが幻を見た直後でした。

絶妙のタイミング
 先週の復習を兼ねて、10章の11節から見て行きます。ここで、ヨッパにいたペテロは幻を見ました。その幻とは、11節と12節にあるように、敷布のような入れ物にあらゆる種類の動物たちが入っていました。そして、13節にあるように「ペテロ。さあ、ほふって食べなさい」という声がしました。しかし、ペテロは答えました。「主よ。それはできません。私はまだ一度も、きよくない物や汚れた物を食べたことがありません」
 先週話したように律法の教えでは、ひづめが完全に割れていない動物や反芻しない動物は汚れているので食べてはならないことになっていました。すると、天の声がありました。
 15節から18節までを交代で読みましょう。

10:15 すると、再び声があって、彼にこう言った。「神がきよめた物を、きよくないと言ってはならない。」
10:16 こんなことが三回あって後、その入れ物はすぐ天に引き上げられた。
10:17 ペテロが、いま見た幻はいったいどういうことだろう、と思い惑っていると、ちょうどそのとき、コルネリオから遣わされた人たちが、シモンの家をたずね当てて、その門口に立っていた。
10:18 そして、声をかけて、ペテロと呼ばれるシモンという人がここに泊まっているだろうかと尋ねていた。

 このように、ペテロが「いま見た幻はいったいどういうことだろう」と思い惑っていたところに、コルネリオのしもべたちが来ました。そして、御霊がペテロに語り掛けました。19節と20節を交代で読みます。

10:19 ペテロが幻について思い巡らしているとき、御霊が彼にこう言われた。「見なさい。三人の人があなたをたずねて来ています。
10:20 さあ、下に降りて行って、ためらわずに、彼らといっしょに行きなさい。彼らを遣わしたのはわたしです。」

 ペテロは幻について思いを巡らしている時に御霊から「彼らといっしょに行きなさい」と言われました。もし幻を見せられていなかったら、彼らと一緒にカイザリヤに行っても、自分が異邦人のコルネリオに対して何をすべきなのかがわからなかったことでしょう。

おわりに
 このように神様は、私たちにまわり道をさせながら、最終的に正しい方向へと導いて行くお方だと言えるでしょう。このまわり道は必要なまわり道であり、そのステップを踏まなければ正しい方向へは行けません。ですからまわり道ではあっても決して無駄なものではなく必要なものです。創世記のヨセフは、まずエジプトに行く必要がありました。私は、東京で働く前は名古屋で働いていました。私は、その名古屋では救われずに東京に行きました。そして東京で働くために住み始めた高津で救われて、さらに牧師に召し出されました。仮に他の教会で救われていたら、牧師になることは決してなかっただろうと思います。
 この教会も、県道沿いの目立つ場所に新しい会堂が建つ前に、まずはこの少し奥に入った場所から始める必要があったのでしょう。そのように神様は導いて下さったのではないかと思います。
 会堂建設もなかなかすんなりとは進みませんが、それも必要なまわり道なのかもしれません。神様は私たちが向かうべき方向へ私たちを導いて下さいますから、神様の導きに従って、私たちは進んで行きたいと思います。
 お祈りいたしましょう。
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