インマヌエル沼津キリスト教会

神の「永遠」の発信教会
沼津市今沢34番地

成長する教会を目指して(2014.3.30)

2014-03-31 15:20:36 | 礼拝メッセージ
2014年3月30日礼拝メッセージ
『成長する教会を目指して』
【ヨハネ4:7~14、21~24、34~35、39~42】

はじめに
 きょうの聖書朗読の箇所は、少しこま切れに飛び飛びになってしまいました。本当はヨハネの福音書の4章の全体を読みたかったのですが、全体で54節もあって長いですから、特に注目したい箇所をこま切れに選んで、司会者に読んでいただきました。
 ヨハネ4章では、特に前半のイエス・キリストがサマリヤの女に永遠の命への水について話をする場面は、大変に恵みに溢れた箇所です。ここは昨年の秋の聖餐式礼拝でも開かれましたね。このイエスさまとサマリヤの女の会話の場面からは、私たちは様々な霊的な糧を得ることができます。この箇所からの説教を、たぶん皆さんはこれまで礼拝説教だけでなく伝道会や聖会などでも、何度も聞いたことがあるだろうと思います。或いはまたディボーションの本などで読んだことがある方も多いだろうと思います。

これまでの説教の復習
 しかし、昨年からのこの教会での祈祷会と礼拝の説教において私は、ヨハネの福音書にはイエス・キリストの地上生涯の時代だけでなく、旧約の時代と使徒の時代も重ねられているという話をして来ています。このイエス・キリストがサマリヤ地方にいるヨハネ4章では、旧約の北王国サマリヤのアハブ王の時代にエリヤがやもめの女に水を所望した出来事(Ⅰ列王17:10)と、使徒の時代にピリポの伝道とペテロ・ヨハネの派遣によりサマリヤ人が聖霊を受けた出来事(使徒8章)とが重ねられています。
 ヨハネ4章の背後に旧約聖書の列王記に記されている北王国サマリヤのアハブ王の時代が存在することは明らかです。それは、イエスさまがいる場所が地理的にサマリヤであることや、ヨハネ1章~3章の背後には創世記→出エジプト記→レビ記→民数記→申命記→ヨシュア記→サムエル記という流れが存在し、且つ5章以降もアハブ王以降の列王記の流れが存在すること、或いはまたイエスがエリヤのように女に水を所望したことや、女の過去の五人の夫たちがアハブ王以前の北王国の五人の悪王たちに重ねられていると見られることなど、複数の説明材料が有ることから揺るぎないことです。一つの説明材料しか無いのであれば、強引な解釈と思われても仕方がないですが、このように複数の説明材料があるのですから、ヨハネ4章の背後に旧約の時代のアハブ王の時代が存在することは確実です。
 またヨハネ4章の背後には使徒の時代にサマリヤ人がイエスを信じて聖霊を受けたこと(使徒8章)があることも、複数の説明材料があることから揺るぎないことです。サマリヤ人が聖霊を受けた出来事の前には、ガリラヤ人が聖霊を受けたこと(ヨハネ2:11でガリラヤの弟子たちがイエスを信じたこと)とユダヤ人が聖霊を受けたこと(ヨハネ2:23でエルサレムの人々がイエスを信じたこと)がありますし、後ろには異邦人が聖霊を受けたこと(ヨハネ4:53で王室の役人と家族がイエスを信じたこと)があるからです。或いはまた、イエスさまがヨハネ4:35で、

「あなたがは、『刈り入れ時が来るまでに、まだ四か月がある』と言ってはいませんか。さあ、わたしの言うことを聞きなさい。目を上げて畑を見なさい。色づいて、刈り入れるばかりになっています。」(ヨハネ4:35)

と言っていることは、使徒の時代のピリポによるサマリヤ伝道でサマリヤ人が聖霊を受けるばかりになっていて、ペテロとヨハネの派遣によって聖霊を受けたこと(使徒8章)からも、ヨハネ4章の背後には使徒によるサマリヤ伝道の時代が存在することは確実です。
 これらは全て、これまでの説教で少なくとも1回は、箇所によっては何度も説明して来たことですから、ここまでは復習です。

なぜ地上生涯以外のイエスをも語るべきか
 さて、ここからが今日の本題です。
 ヨハネの福音書は、別に旧約の時代とか使徒の時代のことを考えなくても、地上生涯のイエスさまのことを思い巡らすことができるなら、それだけで恵みをたっぷりと得ることができます。ヨハネ4章の前半は、その好例ですね。サマリヤの女は他の人たちが水くみの仕事をしたりしない日中の暑い時間帯に人目を忍ぶようにして郊外の井戸に水をくみに来ました。この女には過去に5人の夫がいて、今一緒にいる男性は夫ではありませんでした。この不幸な女にイエスさまは話し掛けて、永遠の命への水について話しました。このサマリヤの女の立場に自分の身を置いてイエスさまの話を聞くなら、私たちは霊的な糧をたっぷりといただくことができます。ですから、この恵みだけで十分ではないか、これ以上の恵みが必要だろうか、別に旧約のアハブ王の時代とか使徒の時代のサマリヤ伝道とかが重なっていることの解釈は不要ではないかと思う方がほとんどかもしれませんね。
 私も、そう思わないでもありません。しかし、私たちがイエスさまとサマリヤの女とのやり取りから霊的な糧を得て恵まれるのは、既にイエスさまを信じて内に聖霊が入って下さっているからでしょう。霊的に開眼していない方々がこの箇所を読んで、いったいどれだけの方が恵まれたと思うでしょうか。私はほとんどいないだろうと思います。私たちはそういう、まだ霊的に開眼していない方々に対して、伝道をしなければなりません。それがどんなに大変なことかは、皆さんの多くが既に十分にご存知のことです。私は、そういう方々にも何か内に燃やされるものを感じていただくためには、私たちは地上生涯のイエスさま以外、すなわち旧約の時代と使徒の時代にも存在するイエスさまについて思いを巡らす必要があるだろうと確信しています。

ゆで卵の例え
 ここで、私たちの心を、ゆで卵に例えてみたいと思います。そして、ゆで卵の状態の私たちの心が、神様の御手の中にあると考えてみて下さい。
 もし私たちが自分の心の全てを神様に委ねることができているなら、私たちの心は卵の殻が完全に取り去られた状態のゆで卵です。たぶん私たちの多くは、殻が完全に取り去られてはいないと思います。それでも人によっては、ほとんど取り去られていて小さな欠片(かけら)がほんの少し残っているだけの人もいるでしょう。或いはまた、まだまだ多くの殻が付いたままの人もいるでしょう。この殻とは神様に自分を委ねずに自分で自分を守ろうとするプライドであったり、神様を疑う心であったり、祈りの力を信じない心であったり、つまり神様に背いている心です。人間の心にはそういう罪が一杯くっついています。いずれにしてもイエスさまを信じる人の心には殻が取り去られて中の軟らかい部分が露出している箇所があります。そこに神様の御手が触れると、非常に恵まれるんですね。
 一方、まだ霊的に開眼していない方々の心は固い殻によって完全に囲まれていて、中の軟らかい部分に神様の御手が直に触れることはありません。これらの人々はプライドや神の存在を信じない心や祈りの力を信じない心という固い殻にしっかりと防御されているために、霊的なメッセーが中の軟らかい部分に届くことは全くありません。しかし、時には愛する人の突然の死や、想定外の困難に巻き込まれるというショッキングな経験をすることで、殻にヒビが入ることもあります。そうして、この殻に出来た小さなヒビ割れの隙間から霊的なメッセージが中の軟らかい部分に達して次第に心を開くようになり、遂には部分的に殻が取り去られて、神の御手に直接触れられて信仰を持つに至ったりします。
 けれども、そういう悲しみや苦難という激しいショックにさらされても、殻にヒビが入ることのない人たちは依然として多いことも私たちは良く知っています。私は、そういう方々に対してでも、ヨハネの永遠観は衝撃を与えて、殻にヒビを入れる効果があるだろうと考えています。

アダム級の衝撃
 なぜならヨハネの永遠観はアダム級の衝撃だと思うからです。そのような衝撃が加わるなら、人々の心を殻がどんなにしっかりと防御していたとしても、ヒビが入らない筈が無いであろうと私は考えます。
 では、ヨハネの永遠観のアダム級の衝撃とは何でしょうか。それは、ヨハネの福音書には私たちには想定外の形で神が存在していたということです。私たちはこれまで、私たちなりに、ヨハネの福音書に神が存在することを感じ取っていました。その感じ取り方は決して間違いであったわけではありません。しかし、それ以外の想定外の形でも存在していたわけです。それは恰も、善悪の知識の木の実を食べて知恵がついたアダムとエバが神から身を隠すことができると考えていた(創世記3:8)ようなものです。アダムとエバはエデンの園の木の間に身を隠せば、そこには神がいないから神には見つからないだろうと思っていました。しかし、実は神はどこにでもいます。
 現代の文明の利器を使いこなして知恵があると思っている私たちも同様です。私たちはヨハネの福音書を読んで紀元30年頃のイエスさまがそこにいることは知っていますが、実はヨハネの福音書のイエスさまはあらゆる時代のあらゆる場所に存在しています。ヨハネ4章で言えば、イエスさまは紀元30年頃にサマリヤの女と話していただけでなく旧約のアハブ王の時代にも存在しており、また使徒たちによるサマリヤ伝道の時代にもおり、そしてもちろん現代にもいます。私たちは知識においては、神はどこにでもいることを知っていますし、イエスは神であり且つ人であることも知っています。ですから神としてのイエス・キリストもあらゆる時代のあらゆる場所にいるのだと私たちは知識としては知っています。それなのに、私たちはこれまでヨハネの福音書が旧約の時代にも使徒の時代にも存在しているイエス・キリストを描いていることに気付いていませんでした。
 私たちは、たとえ既に信仰を持っているクリスチャンであったとしても、このことを大きな衝撃として受け留めるべきです。このことで、クリスチャンの私たちもさらに砕かれて、まだまだ多く付いているゆで卵の殻に、さらに多くのヒビが入ります。そして、私たちは素直に十字架の前に出て、改めて主の十字架を見上げるべきなのだと思います。そうすることで主は私たちの心に付いている殻を大胆に取り去って下さるでしょう。そうして私たちの多くの者が自分の心を主の御手に委ね、霊に燃えて主に仕えるなら(ローマ12:11)、アダムの衝撃は未だイエスを信じていない方々にも及んで心の殻にヒビを入れることができるようになることでしょう。

変わらなければならない私たち
 きょうは、いつも以上に話が難しくなっているかもしれませんが、ここから先が肝心ですから、どうかご辛抱願えたらと思います。とは言え、少しは息抜きも必要ですから、ここで雑談を挟みたいと思います。
 きょうの説教の原稿の作成には、私はこれまで以上に苦労しました。いつもですと、原稿作成を土曜日の午前に始めて、土曜の夕食の前には第一稿が出来上がります。そして夕食後に週報の原稿を作成して、印刷はしないで一旦眠ります。そして、日曜日の朝は5時過ぎぐらいに起きます。眠ることで説教の原稿のことも週報の原稿のことも一旦忘れることができますから、日曜日の朝に新鮮な目で原稿を見ることができます。そうして新鮮な新たな目で原稿を見直してみると、分かりにくい表現や誤りなどが結構たくさん目に付きますから、修正を入れて、朝食前に原稿を完成させます。そして朝食後に週報と説教やその他の印刷物を印刷しながら、1階の会堂と2階の母子室と、トイレの掃除をします。
 しかし、今日の説教の原稿は、朝の5時になっても、まだ半分しか出来ていませんでした。私はいつも礼拝の説教ですと、だいたいA4で6枚(1枚あたり1600字)程の原稿を作成しますが、今朝の5時の時点で、まだ3枚しか出来ていませんでした。こんなことは初めてです。私はまだまだ経験の浅い牧師ですが、それでも、これまでに100回以上は礼拝説教をして来ています。その100回以上の経験の中でも、礼拝当日の朝になっても説教原稿が半分しか出来ていなかったのは、初めてのことです。それだけ、今回の説教作成には苦労しました。
 なぜ苦労したのか。それは新会堂のために毎週お祈りしている私たちが本当にそれを実現するためには、ただ祈るだけでなく私たちが変わらなければならないからです。それをどういう形で訴えたら良いか、なかなか見えて来なくて悩んだからです。上から目線の厳しい感じになってはいけません。しかし、オブラートに包み過ぎても伝わらないだろうと思います。私たちの教会は変わらなければならないということを、どうお伝えしたら良いのか、かなり悩みました。
 いま私たちは変わるべき好機の時にあります。年会を越え、年度の変わり目にあり、来週には聖餐式を控え、役員会と伝道委員会も幹事会へと変わります。昨年はカーペットとカーテンを変え、アコーデオン・カーテンとテーブルも変え、1月には講壇と会衆席の向きをも変えました。そうして、4月からは幹事会を新たに発足させます。このようにして、いろいろと変えてみたりするわけですが、肝心要の私たちの信仰に成長が見られないのであれば、来年の今頃は、結局はあまり変わらなかったね、などと言い合っていることになりかねません。というより、その可能性が大きいと思います。

教会の成長のためには一人一人の成長も必要
 本題に戻します。私たちは成長しなければなりません。なぜなら、成長している教会では、教会員の一人一人の信仰も成長しているはずだと思うからです。教会員の中で成長している方が誰か一人でもいるなら、その方は周囲の人々に良い影響を与えるでしょう。周囲の人々はその成長している方の姿を見て、私も成長しなければと思い、それが互いに良い影響を及ぼし合って、教会全体が成長して行くのだと思います。
 では、成長の指標として、何をもって成長していると言うことができるのでしょうか。何が成長していれば、あの人は成長しているねとか、この教会は成長しているね、と言うことができるのでしょうか。
 そうして今回示されたのが、ヨハネ4章の23節と24節に書かれていることと、この23節と24節が置かれている位置のことです。23節と24節をお読みします。

4:23 しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。
4:24 神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。

 もし私たちが以前より少しでも「霊とまことによる礼拝」が捧げられるようになるなら、私たちは成長していると言うことができるのではないでしょうか。それは、お一人お一人にとってもそうですし、教会全体としてもそうです。
 もし、教会全体として霊とまことによる礼拝が捧げることができるようになっているなら、新しい方が来た時にも、その方は何か内に燃やされるものを感じて、「また教会に来よう」と思っていただけるのではないかと思います。
 私は、説教というものは、新しい方にとっては、どれだけ噛み砕いて話したとしても、そんなに伝わるものではないだろうと考えています。噛み砕き過ぎると、かえってキリスト教の教えの核心的な部分を伝えられないことにもなってしまいかねません。ですから私自身は、初めての方に信仰を持っていただくための伝道説教ももちろん大事ではありますが、それ以上に、教会員の信仰が成長できる説教のほうが、もっと大事であろうと考えます。そして教会全体の信仰が成長して皆が霊とまことによる礼拝を捧げることができているなら、新しい方が来た時には、たとえ説教が良くわからなくても、そこに身を置いているだけで教会員の方々が霊とまことによって礼拝を捧げている姿から燃やされるものを感じて、「また教会に来よう」と思っていただけるのではないか、そんなふうに思います。しかし、教会の信仰の成長が停滞しているなら、新しい方に燃やされるものを感じていただくことは難しいかもしれないという気がしています。

霊とまことによる礼拝を捧げるために
 では、私たちはどうすれば、もっと霊とまことによる礼拝を捧げることができるようになるでしょうか。そこで、今回私が示されたのが、このヨハネ4章23節と24節が置かれている位置です。
 この霊とまことによる礼拝についての箇所よりも前の箇所では、イエスさまと女は、旧約のアハブ王の時代にいます。イエスさまはエリヤに重ねられており、女はエリヤが水を所望したやもめの女と重ねられています。そして、これより後の箇所では、使徒の時代のサマリヤ伝道と重ねられています。そこでは、このサマリヤの女は最初にサマリヤ伝道を行ったピリポに重ねられています。
 そして、旧約の時代と使徒の時代に挟まれた「霊とまことによる礼拝」についての箇所は、イエスの地上生涯の頃のことです。その頃のサマリヤ人たちはゲリジム山で礼拝していましたが、ユダヤ人はエルサレムで礼拝していました。サマリヤ人が礼拝しているゲリジム山というのは、モーセが申命記で次のように語った山のことです。

申 27:12 あなたがたがヨルダンを渡ったとき、次の者たちは民を祝福するために、ゲリジム山に立たなければならない。シメオン、レビ、ユダ、イッサカル、ヨセフ、ベニヤミン。

 それで、サマリヤ人とユダヤ人は、どちらの礼拝場所が本家本元かで争っていました。
 このように、ヤコブの井戸の前で「神を礼拝する者は、霊とまことにより礼拝しなければなりません」と言った時のイエスは、アハブ王(エリヤ)の時代と使徒の時代に挟まったイエスの地上生涯の時代におり、且つ創世記のヤコブの時代や申命記のモーセの時代やヨシュア記の時代も絡んだ永遠の中にいます。これらのことを感じること無しに礼拝を捧げたとしても、イエス・キリストが言うところの霊とまことによる礼拝には、なかなかならないでしょう。イエスの地上生涯の時代だけでなく、ヤコブの時代、モーセの時代、ヨシュアの時代、アハブ王の時代、使徒の時代にも同時に神としてのイエス・キリストが、「神を礼拝する者は、霊とまことにより礼拝しなければなりません」とおっしゃっているのですから、私たちは、そのように永遠の中にいるイエスさまを思いながら、霊とまことによる礼拝を捧げたいと思います。

おわりに
 ですから私たちは、ヨハネ4章の地上生涯のイエスさまがサマリヤの女に言った言葉にどんなに恵まれたとしても、単に地上生涯のイエスさまを思い浮かべるだけでなく、永遠の中にいるイエスさま、すなわち旧約の時代にも使徒の時代にも現代にもいるイエスさまを思い浮かべることができるように成長しなければなりません。そうすることで、私たちは霊とまことによる礼拝を捧げることができる教会として、成長して行くことができるでしょう。
 そのように、私たちがいつも霊とまことによる礼拝を捧げることができるなら、新しい方が来て下さった時にも、内に燃やされるものを感じていただくことが、きっとできるでしょう。
 お祈りいたしましょう。

4:23 しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。
4:24 神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。
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3月30日礼拝プログラム

2014-03-27 09:56:47 | 礼拝プログラム
「ヨハネの永遠観」の発信教会
 インマヌエル沼津キリスト教会

3月30日 礼拝 午前10時半~

 礼拝はどなたでも参加できます
 お気軽にご出席ください

3月 第5聖日礼拝順序

 司  会             西村兄
 奏  楽             矢崎姉

 前  奏
 讃 美 ①  十字架のもとに        134
 交  読  詩篇22:1~24
 使徒信条
 主の祈り
 祈  祷
 讃 美 ②  全地よ よみがえりの主を    249
 讃 美 ③  主とともに罪に死に      312
 聖  書  ヨハネ4:1~14
 説  教  『身近にある永遠
         ―― 理性と霊性の間の溝を埋める』 小島牧師
 讃 美 ④  神はひとり子を         26
 献  金
 感謝祈祷
 頌  栄  父・子・聖霊の        271
 祝福の御言葉
 後  奏
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イエス復活後の四十日間(2014.3.26 祈り会)

2014-03-27 08:41:40 | 祈り会メッセージ
2014年3月26日祈り会説教
『イエス復活後の四十日間』
【使徒1:3~11】

はじめに
 先週から使徒の働きの学びを始めています。使徒の時代の使徒たちの目覚ましい働きの背後には聖霊の働きがありました。そして使徒たちの働きと同様に私たちの働きにおいても聖霊の助けが無ければ進めて行くことができません。特に新会堂の実現というような大きな働きでは聖霊の助けが無ければ一歩たりとも先へは進めないでしょう。そこで、年会以降、この使徒の働きから聖霊の働きを学び、私たちの新会堂の問題への心備えとしたいと願っています。

まず永遠から語るアプローチ
 聖霊を感じることと永遠を感じることとは切っても切れない関係にあると私は考えています。このことは、私が良く引用するマルタとマリヤの姉妹の話(ルカ10:38~42)が物語っています。イエスさまをもてなそうと食事の準備をしていたマルタは効率良く準備を進めるための段取りを考えながら働いていたことでしょう。つまり理性が全開の状態で霊性が全く働いていませんでした。一方、マリヤはイエスさまの足もとで御言葉にじっと聞き入っていました。この時のマリヤは霊性が全開で永遠の中を生きるイエスさまと一体になっていました。私たちもマリヤのような状態になることで初めて聖霊を感じ、そして永遠を感じることができるようになります。
 しかし、現代人の多くはマルタのような忙しい生活を送っているためにマリヤの状態になることができません。イエスさまがマリヤは良いほうを選んだとおっしゃっているのですから、私たちもマリヤのようになりましょうと言っても、私たちの多くはあまりにマルタ的な生活を送っているために、どうしたらマリヤのようになれるかわからなくなっていると思います。
 そこで、永遠について先ず語るアプローチが有効ではないかと私は考えます。永遠とは遠い所にあるものではなく、実は身近にあるのだということをお伝えして、お伝えした方が少しでも永遠を身近に感じることができるようになるなら、少しずつ聖霊の働き掛けを感じることできるようになるのではないかと思います。聖霊は絶えず人に働き掛けていますが、人の側ではなかなかそれを感じ取ることができません。そこで永遠について先ずお伝えすることが聖霊を感じる助けになるであろうと私は考えており、それは確信に変わって来ています。
 きのう私は約7週間ぶりでK兄のお見舞いに行きました。前回お見舞いに行ったのは2月2日でした。その時に私はK姉に2月8日放送予定のコーストFMの「潮風の中で」で話す予定の「身近にある永遠」についての放送原稿をお渡ししました。すると、昨日お会いした時にK姉は、この放送原稿を何度も読み返したとおっしゃって下さいました。そして、少し気が楽になったとおっしゃっていました。それは多分、以前よりも神さまのことを身近に感じることができるようになったということではないかと思います。今回、私はこのFM放送を録音したCDをお渡ししましたので、多分姉は聞いて下さるのではないかと思います。姉の霊的な目が開かれるには、まだまだ時間が掛かるかもしれませんが、以前よりは整えられているように思いますから、感謝です。また、私の家族にもCDを渡して聞いてもらっています。このことで、私は伝道への糸口ができたように感じています。今まで私は家族に聖書の話をしても家族の心の深い所には少しも届いていないことを感じていましたが、今回のCDで多少、以前に比べたら少しは深い所に届いたように感じています。信仰を持つにはまだまだ道のりは遠いのかもしれませんが、聖霊の外からの働き掛けによって少しずつ整えられて行くことを期待しています。
 このように私は永遠を語ることは伝道のアプローチとしてかなり有効であるという確信を持ちつつあります。この祈祷会で使徒の働きの学びを進める中で、この新約聖書の使徒の働きがヨハネの福音書にどのように組み込まれているかについても共に学び、ヨハネの永遠観についての理解も深めて行きたいと願っています。

キリストを証しする力を受ける
 では、きょうの聖書からは聖霊の働きとヨハネの永遠観の両方を学びたいと思っていますが、まず聖霊の働きから見て行きましょう。きょうの聖書箇所では5節と8節で、イエス・キリストが聖霊について言及しています。

1:5 ヨハネは水でバプテスマを授けたが、もう間もなく、あなたがたは聖霊のバプテスマを受けるからです。
1:8 しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。

 ここにいるイエス・キリストは、十字架で死んだ後によみがえり、弟子たちの前に現れた時のイエスです。それは3節に書かれています。

1:3 イエスは苦しみを受けた後、四十日の間、彼らに現れて、神の国のことを語り、数多くの確かな証拠をもって、ご自分が生きていることを使徒たちに示された。

 ここでイエスは5節にあるように、弟子たちは間もなく聖霊のバプテスマを受けると予告しました。これが成就したのが、ペンテコステの日の出来事ですね。この時の様子は2章に詳しく書いてあります。この2章の学びは、1章の学びを終えてから行うことにします。
 さてイエスはさらに8節で、弟子たちが聖霊のバプテスマを受けたなら、彼らは力を受けると予告しました。そのことも後に成就しました。弟子たちは、聖霊によって力を受けてイエス・キリストの証人となり、エルサレム、ユダヤとサマリヤ、そしてさらに遠方にまで出掛けて行って、イエス・キリストについての証しをしました。エルサレムにおいては、ペンテコステの当日に成就しました。そして次第にユダヤ全土、そしてサマリヤ全土へと広がり、パウロたちによる異邦人伝道によって、さらに拡大して行きました。
 ペテロやパウロたちが、どのようにイエス・キリストを証ししたのか、その説教も使徒の働きは、かなり詳しく収録しています。2章には早速ペテロの説教が載っています。私たちのこの祈り会での学びでは、この説教にも注目して行きたいと思っています。ペテロやパウロの説教は、簡単に言うと先ずは旧約の時代のことが語られ、そしてイエス・キリストについて語られています。イエス・キリストは旧約の時代の預言者たちによって来ることが預言されていたメシヤであった。しかし、人々はそのメシヤ、すなわちキリストを十字架に付けたというような流れになっています。
 昨年の5月に出版されたスコット・マクナイトの『福音の再発見』(中村佐知訳、キリスト新聞社 2013)は、このことを取り上げ、私たちはもっとこの初代教会の使徒たちの説教に学ぶべきではないかと提唱しています。現代の教会の説教では、旧約聖書が無くてもイエス・キリストの救いを宣べ伝えることができるようになってしまっている、これでも確かに救いに与ることはできるであろうが、イエスの弟子にはなかなか育たないであろうとマクナイトは危惧を表明しています。イエスの弟子になることができないなら、イエス・キリストを証しすることもできないでしょう。
 本来は旧約のイスラエルの歴史があって、イエスはその旧約で約束されたメシヤとしてこの世に来たのに、そのことがよく理解できていないと、イエスについての理解も非常に限られたものとなりイエスの弟子になることはできません。ですからマクナイトは、イエスによって完成されたイスラエルの物語を、自分の物語にすることが必要であると説いています。マクナイトは福音について、「福音とは、イエスの物語によって完成されたイスラエルの物語を、自分の物語にすることである」と定義しています。私はこのためにはヨハネの福音書を理解することが最適であろうと考えます。イエスの物語によって完成されたイスラエルの物語を、自分の物語にすることは、ヨハネの福音書を深く理解することで達成することができます。

イエス復活後の四十日間が重ねられているヨハネ1章
 さて、残りの時間で、きょうの聖書箇所の1章3節からヨハネの永遠観の学びをしたいと思います。3節をもう一度読みます。

1:3 イエスは苦しみを受けた後、四十日の間、彼らに現れて、神の国のことを語り、数多くの確かな証拠をもって、ご自分が生きていることを使徒たちに示された。

 十字架で死んだイエスは3日後によみがえった後に、四十日の間、彼らに現れたとあります。よみがえったイエスが弟子たちに何を話したかは、四つの福音書、マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネの全ての福音書の終わりの方に書いてあります。ヨハネの福音書においても20章と21章に、よみがえったイエスが弟子たちに何を話したかが書かれています。ヨハネの福音書の面白い所は、福音書がここで終わらないでもう1回1章に戻って、そこから使徒の時代が始まることです。マタイ・マルコ・ルカは最後の章でおしまいです。ルカの場合は使徒の働きへと続いて行きますが、福音書は最後の24章でおしまいです。しかし、ヨハネの場合は、21章で終わったら、もう一度1章に戻ります。ヨハネ21章にはナタナエルがいたことが記されていますが、ナタナエルは1章にも登場します。このように21章と1章とはつながっています。
 さて、ここからはお配りする表を見ていただき、これに基づいて説明して行きます。
 


 ヨハネ1章の1節から18節まではプロローグですから、21章から戻って来た時はプロローグは飛ばして19節に連結します。この19節から51節までの1章の文章の大きな特徴は、「その翌日」が三度も使われていることです。実は、この「その翌日」を三度使うことで、ヨハネはイエスがよみがえって弟子たちに現れた四十日間を表しています。この表のように、29節の「その翌日」の前までが最初の十日間、35節の「その翌日」の前までが次の十日間、43節の「その翌日」の前までがその次の十日間で、そして51節までで四十日間になります。そして2章1節に「それから三日目に」とあります。この「三日目」はイエスが金曜日に十字架で死んで三日目の日曜日によみがえったのと同じ数え方ですから、間に挟まるのは十日間だけです。ですから2章1節の「三日目」は五十日目となって五旬節の日を迎えます。こうしてヨハネ2章で水が良いぶどう酒に変わった出来事の背後には五旬節の日に弟子たちに聖霊が注がれた出来事が重ねられています。
 以前にも話したことがありますが、この1章19節から51節までの三つの「その翌日」が挟まれている進行の背後には、「旧約の時代」の聖書の記述がテラ→アブラハム→イサク→ヤコブ、そしてモーセの時代へと移り変わって行ったことも重ねられています。こうしてヨハネの福音書は「イエスの時代」と並んで「旧約の時代」と「使徒の時代」も同時に進行して行きます。

おわりに
 このヨハネの福音書を理解することで、私たちは永遠に関する理解も一層深めることができます。そして、霊性が絶滅の危機に瀕している現代において、まず永遠を語ることで聖霊を感じていただく伝道のアプローチを確立することができたらと私は願っています。人によってはもちろん、従来の伝道方式に従ったほうが効果的な場合も多いでしょう。しかし、永遠からアプローチするほうが効果的な場合もあると思いますから、しばらくこのアプローチの学びを続けて行きたいと思いますので、聖霊に助けていただきながら進んで行きたく思います。
 お祈りいたしましょう。
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ことばとしてのイエス・キリスト(2014.3.23)

2014-03-24 06:50:04 | 礼拝メッセージ
2014年3月23日礼拝メッセージ
『ことばとしてのイエス・キリスト』
【ヨハネ1:1、1:14】

はじめに
 春分の日を越えて、太陽が出ている昼の時間が夜の時間よりも長くなりました。晩の6時にNHKの大相撲の放送が終わってニュースに切り替わる時、いつも東京の隅田川の辺りが映し出されますが、今は午後6時でも、まだまだ明るいです。初場所の1月の頃は相撲放送が終わる午後6時にはもう真っ暗になっていましたから、随分と違うものです。
 昼の長さだけではなくて、太陽の高さも随分と違います。冬の間は、太陽が低い所を通りましたから、この教会の建物の中から外の太陽を見ることができるのは午後2時まででした。この南側には建物が何もありませんから、太陽が低い所を通っても午後2時までは、陽が差し込みます。しかし午後2時以降には太陽は隣のアパートに隠れて、そして大黒給食さんの方に移動して行きます。冬の間、太陽は大黒給食さんの2階の屋根よりも低い所を通って行きますから、この教会からは午後2時以降、太陽の姿を見ることはできません。しかし最近になって太陽が大黒給食さんの屋根よりも高い所を通るようになりましたから、私はとてもうれしく思っています。

天動説では説明できない地球と宇宙との関係
 さて、ここから段々と今日の本題に入って行きますが、もう少し太陽の話を続けることにします。いま話して来たように、季節によって昼の長さと太陽の高さが異なるのは、私たちが子供の頃に学校の理科の授業で習ったように、地球が自転と公転をしているからですね。地球は自らグルグル回りながら、なお且つ太陽の周りを巡っています。地球は北極と南極とを結ぶ線、すなわち地軸を中心にして自転していますが、ご承知のように、この地軸は少し傾いています(約23度傾いているそうです)。それで夏は北半球が太陽に近くなり、冬は北半球が太陽から遠くなります。だから夏は昼が長くなり、且つ太陽が高い所を通りますが、冬はその逆になります。
 こうして太陽の動きの夏と冬の違いは、実は太陽が動いているのではなくて地球の方が動いていると考えることでスッキリと説明することができます。人類はついこの間の400年ぐらい前までは地動説ではなく天動説を信じていました。天動説のように地球が宇宙の中心にあって太陽が地球の周りを回っているのだと思い込んでいる間は、宇宙と地球との関係について決してスッキリとした説明をすることができません。地球から宇宙を見るのではなく、宇宙から地球を見ることで、私たちは宇宙と地球との関係を、より正確に知ることができます。

宇宙スケールのヨハネと地球スケールのマタイ・マルコ・ルカ
 いま宇宙と地球との関係についてクドクドと説明したのは、福音書の読み方においても同じことが言えるからです。きょうは話をわかりやすくするために、聖書朗読の箇所は2つの節だけにしました。ヨハネ1:1とヨハネ1:14の2つの節です。実はヨハネ1:1には宇宙のことが書いてあり、1:14には地球のことが書いてあります。1節と14節をお読みします。

1:1 初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。
1:14 ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。

 このヨハネの福音書1章の1節と14節には、「ことば」のことが書いてあります。1節の「初めに」の所に星印(アステリスク)がありますから、下の脚注を見ますと、

*「ことば」はキリストのこと。したがって、「初めに」はキリストの永遠的存在を意味する。

と書いてあります。ですから、この「ことば」とは、イエス・キリストのことですね。また、このヨハネの福音書の有名な出だしの「初めに、ことばあった」の「初めに」は、創世記の出だしの「初めに、神が天と地を創造した」と重ねられていることも良く言われていることです。
 つまりイエス・キリストは創世記の天地創造の前から御父と共にいて、御父と共に宇宙を創造しました。最近のニュースで、ビッグバンよりも前に宇宙が急激に膨張する期間があった(ごく短時間ですが)という、いわゆるインフレーション理論を裏付ける観測結果が得られたということが報じられていましたが、御子イエスは御父と共に、この宇宙の誕生以前から存在していたのですね。そのことはヨハネ1章の2節と3節にも書かれています。

1:2 この方は、初めに神とともにおられた。
1:3 すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。

 つまり宇宙は、御父と一つの御子イエス・キリスト(ヨハネ10:30)によって造られました。ですから、ヨハネの福音書の出だしにおいては、時間的にも空間的にも宇宙スケールの中にいるイエス・キリストのことが書かれています。
 このように、ヨハネの福音書は最初の部分でハッキリと、この福音書は宇宙スケールの永遠の中にいるイエス・キリストについて書いた書であることを宣言しています。そうして1章から11章に掛けては、「旧約の時代」と「イエスの時代」と「使徒の時代」とさらには現代をも含めた複数の時代を同時に生きるイエス、つまり永遠の中を生きるイエスが描かれています。
 しかし、ヨハネの福音書は、永遠の中を生きるイエスだけでなく、マタイ・マルコ・ルカの福音書と同様に地上生涯のイエスも描いています。そのことを書いているのが、1章の14節ですね。

1:14 ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。

 神の御子であるイエス・キリストは人となって、私たちの間に住まわれました。つまり、ヨセフとマリヤの子としてベツレヘムで誕生して、成長して、およそ30歳になった頃から人々に教え始めました(ルカ3:23)。別の言い方をすれば、宇宙にいて御父と共に大きな宇宙を支配していた神の御子は、2000年前に人間の子として地球という小さな星に住むようになり、約30年間をこの小さな地球で過ごしました。マタイとマルコのルカの福音書は、このイエスの約30年間の地上生涯を描いた小さな地球のスケールの書です。新約聖書を開くとヨハネの福音書はこのマタイ・マルコ・ルカに次いで4番目に収められていますから、ヨハネの福音書もやはり小さな地球スケールの書だと私たちは思い込んでしまいがちですが、実はヨハネの福音書は宇宙スケールの書です。
 これまで私たちはマタイ・マルコ・ルカという地球中心の視点で、ヨハネという宇宙を見ていました。これでは、地球から太陽を見ているのと同じことです。地球から太陽を見ていたのでは、太陽はどうして夏には高い所を通り、冬には低い所を通るのか、スッキリと説明することができません。それと同じで、マタイ・マルコ・ルカで得た知識を基にしてヨハネの福音書について説明しようとしても、スッキリとした説明をすることはできません。例えば、ヨハネ4章でイエスはサマリヤ地方の真ん中を通って北のガリラヤ方面に向かいました。マタイ・マルコ・ルカにはイエスがサマリヤ地方の真ん中を通ったことは書いてありませんから、マタイ・マルコ・ルカから得た知識を基にヨハネを見ても、イエスのこの行動をスッキリと説明することはできません。しかし、永遠という宇宙からヨハネの福音書を観察するなら、ヨハネ4章には、「旧約の時代」にサマリヤに首都があった北王国のことと、「使徒の時代」におけるサマリヤ伝道のこと(使徒8章)とが重ねられていることがわかって来ます。

なぜヨハネをマタイ・マルコ・ルカと同じ目で見てしまうのか
 このように、マタイ・マルコ・ルカの福音書を読むのと同じような目でヨハネの福音書を読んでいたのでは、ヨハネの福音書のことはわかりません。マタイ・マルコ・ルカという地球を離れて宇宙からヨハネを読まなければならないのに、私たちは、なかなかそれができません。どうしてでしょうか。それには、いくつかの要因があると思います。一つは先ほど話したように、ヨハネの福音書がマタイ・マルコ・ルカの次の4番目に収められているために、ついついマタイ・マルコ・ルカと同じように見てしまうということがあると思います。
 それから、いつも話しているように、私たちは従来型の時間観、すなわち【過去→現在→未来】という一方通行の時間の流れに強く縛られていて、そこから自由になることが、なかなかできないということがあります。ヨハネの福音書では【過去・現在・未来】が一体になっているのに、私たちは【過去→現在→未来】という従来型の時間観の奴隷状態になってしまっていますから、ヨハネの独特の永遠観がなかなかわからないのです。

おなじみのイエス像から自由になろう
 そして、きょうはもう一つの要因について話すことにしたいと思います。
 それは私たちには、ある共通のイエス像があり、私たちがそのイエス像に強く縛られてしまっているということです。その私たちの共通のイエス像というのは、おなじみの長髪で髭を生やした30歳ぐらいの男性というものです。
 では、聖書には何と書いてあるでしょうか。聖書に書いてあるのは、イエスが男性であるということと、人々に教え始めたのがおよそ30歳の時であったということだけです。聖書にはイエスの髪のことも髭のことも、身長や体型のことも瞳の色のことも、一切書いてありません。つまり聖書にとって、それらの情報は、どうでも良いということです。福音を伝える上で、イエスの風貌がどうであったかは全く必要のない情報なんですね。それなのに私たちは、イエス・キリストというと、おなじみのイエス像を自動的に連想するようになってしまっています。これは、良いことでしょうか。地上生涯のイエスのことを思う時には、イエスさまの姿を思い浮かべやすくなりますから、良いことかもしれませんね。しかし、イエスさまは永遠の中を生きているお方ですから、「旧約の時代」にも、「使徒の時代」にも、そして現代にもおられます。そして、ヨハネの福音書は、そのイエス・キリストのことを何と書いているか。もう一度、きょうの聖書朗読の箇所をお読みします。

1:1 初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。
1:14 ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。

 ヨハネの福音書は、このようにイエス・キリストは「ことば」であると書いています。「ことば」は変幻自在であり、永遠の中を生きています。
 たとえば詩篇119篇の詩人は、

「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。」(詩篇119:105)

と詩っています。実は、ここにもイエスがいます。なぜなら、イエスは「ことば」だからです。しかし、私たちは詩篇119篇の

「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。」(詩篇119:105)

というみことばを読んで、ここにイエスがいると感じることはほとんどいないでしょう。なぜなら私たちはイエスは髪の長い髭を生やした人物であると強烈に思い込んでいるからです。詩篇119篇にはイエスがいるのにイエスのことを思うことができないとは、実にもったいないことだと私は思います。
 ヨハネはまた、イエスが「ことば」であるだけでなく「光」であるとも書いています。

 「この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。…。すべての人を照らすそのまことの光が世に来ようとしていた」(ヨハネ1:4,5,9)

とヨハネは書いていますから、私たちは詩篇119篇105節の

「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。」(詩篇119:105)

ではイエス・キリストを感じたいと思いますし、詩篇119篇はみことばへの愛を告白した詩篇ですから、詩篇119篇の全体でイエスさまを感じたいと思います。それができるようになったら今度は、実は聖書の神のことば全体が、実はイエス・キリストのことなのだと感じることができるようになるなら、なお幸いだと思います。

くつ屋のマルチン
 ことばであるイエス・キリストは変幻自在の存在ですから、必ずしも長髪で髭を生やした30歳ぐらいの男性とは限りません。そのことは、きょう礼拝の始めに交読したマタイの福音書25章からもわかります。マタイ25章31節以降のくだりでは、イエスは空腹の者、渇いている物、旅人、病人、牢につながれている囚人として登場します。そしてイエスさまはこのように言っています。「まことに、あなたがたに告げます。これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。」(マタイ25:40)
 トルストイの有名な童話の『くつ屋のマルチン』は、このマタイ25章が基になっていますね。『くつ屋のマルチン』については、ここにいらっしゃる皆さんの多くは、ご存知のことと思いますが、あらすじを簡単に説明しますと、主人公の靴職人のマルチンは、ある晩、聖書を読んでいる時にウトウトしてしまいました。その時、マルチンはイエスさまの声を聞きました。「マルチン、マルチン、明日わたしは、あなたの所に行きます」。翌日、マルチンは、イエスさまは、いつ来て下さるだろうかと思って、そわそわしながら、家の中から外の様子をずっと気にしていました。それは冬の寒い日で、外では雪かきをしていたおじいさんが凍えそうになっていました。それでマルチンは暖かい家の中におじいさんを招き入れて熱いお茶をごちそうしました。体が温まったおじいさんを送り出した後、マルチンがまた外を眺めていると、今度は赤子を抱えた貧しい身なりの若い母親がいました。マルチンはこの母と子をまた招き入れて、暖かい食事とオーバーを与えました。その次には売り物のリンゴを盗んでおばあさんに追い掛けられている貧しい少年がいましたので、マルチンはおばあさんをなだめ、リンゴを買い取って少年に与えて盗んではならないことを諭しました。このようにして一日が終わりました。その日の晩、マルチンはガッカリしていました。「ああ、イエスさまは現れなかったなあ。やっぱりあれは、ただの夢だったのだな」と思いました。するとまた、前の晩のようにイエスさまの声が聞こえて来ました。「マルチン、マルチン、あの凍えていた老人や、貧しい母親、そして少年はわたしだったのだよ」。マルチンが家に招き入れた老人と貧しい母親、そしてマルチンがリンゴを買い与えた少年が、イエスさまだったのですね。
 ここからも、イエス・キリストが必ずしも長髪で髭を生やした30歳ぐらいの男性とは限らないことがわかります。

教会員を通して語り掛けて下さったイエス
 実は私はこの『くつ屋のマルチン』に関しては聖宣神学院に入学した1年目に、思い出深い、貴重な経験をさせていただいています。きょうは最後に、そのお証しをさせていただきます。
 今から5年前の3月、私は神学院の1年生でしたが、4年生の神学院教会での卒業時のご奉仕に協力することになりました。毎年、卒業生は船橋教会と中目黒教会と神学院教会でご奉仕することになっています。神学院教会では、卒業式の少し前の日曜日の午後に卒業生による伝道会が開かれていました。その年、この神学院教会での伝道会で卒業生は『くつ屋のマルチン』の劇と、賛美と、説教を行いました。私はその『くつ屋のマルチン』の劇に助っ人として出演しました。卒業生がたくさんいれば、1年生の私が出演する必要はないのですが、何しろ神学生がそんなにいません。私はマルチンの所に聖書を持って来たマルチンの友人役と、外で雪かきをして凍えていた老人の二役を演じました。
 さて、この時の『くつ屋のマルチン』の脚本は、卒業生の須郷裕介先生が書きました。須郷先生は今は東京フリーメソジスト教団の牧師ですが、神学院に入学する前は、劇団四季に所属していたミュージカル俳優でした。つまり、プロの俳優でしたから、須郷先生が演じたマルチンは素人の演技ではなくて、プロの演技でした。私は最初の稽古の時に、このプロの俳優の演技の迫力を思い知ることになりました。
 脚本ができたのは、伝道会の数日前でした。まず男子寮の中で男子だけのシーンを簡単に稽古してみましょうということになりました。この劇には若い母親とおばあさんの役で女子も出演することになっていましたが、先ずは男子だけで軽くやってみましょうと須郷先生が言いました。それで、私は軽い気持ちで最初の稽古に臨みました。最初ですし、舞台での稽古ではなくて男子寮の中での稽古ということで、私は本当にヘラヘラしながら軽い気持ちで、稽古に臨みました。最初の稽古は、マルチンの友人役の私がマルチンの所に聖書を持って行く場面でした。この須郷先生の書いた脚本では、マルチンは気難しい老人という設定でした。それで、マルチンの所に来た友人の私を恐い顔でギロッと睨んで、「何しに来た」と不機嫌に言う場面でした。そして、最初の稽古で須郷先生は、マルチンに成りきって本当に不機嫌な顔で私を睨み、「何しに来た」と私に向かって言いました。その迫力の演技に私はふるえ上がりました。そしてプロの演技の迫力を思い知りました。
 こうして私は最初の稽古だから気楽に適当にやろうと思っていたことを悔い改めて、本気で取り組まなければならないと気を引き締めました。私はセリフのある演技に関しては、全くの素人でしたが、趣味で映画のエキストラに何度か出演した経験を持っていましたから、映画監督が俳優さんに演技指導をする様子を間近で見る経験を持っていました。ですから、私は須郷先生の私たちへの演技指導も、他の神学生よりも良く吸収できたのだと思います。そんなわけで、伝道会が終わった後で、私は神学院教会の多くの皆さんから、私の演技を褒めていただくことができました。こんなにたくさんの方に褒めていただいたのは初めてだというくらい、いろいろな方に褒めていただきました。しかし、私としてはセリフ付きの本格的な演技は初めてでしたから、人から「良かったですね」と言われても、そんな筈はないでしょうと思って、お世辞だと思っていました。
 けれども、2週間経った後でも、「あの演技は良かったですね」などと言って下さる方がいたので、これはひょっとしてお世辞ではなくて、本当に良かったのかなと思うようになりました。それで私はこんな風に考えました。それは私の演技の相手がプロの俳優の須郷先生だったから、私が須郷先生にすべてを委ね、須郷先生の世界の中で演技をしたから、私の良いところが引き出されたのだろうと思いました。もし相手のマルチン役が私のような素人だったら、きっと私は私なりの役作りをして、ひどく恥ずかしい演技をしただろうと思います。しかし、この時の私は、自分を完全にプロの俳優の須郷先生に委ねていました。つまり自分を捨てていました。そのことで、私が本来持っている良い面が私の気付かないうちに引き出されたのだろうと思いました。そのことに思い至った時、私は、私に「良かったですね」と言って下さった神学院教会の皆さんのお一人お一人が、イエスさまだったのだと感じました。イエスさまは神学院教会のお一人お一人を通して私に話し掛けて下さり、本当の自分らしさとは何かを教えて下さったのだと思いました。本当の自分らしさとは、自分で作り上げた自分ではなくて、本来の自分です。
 皆さんご承知の通り、私は何でも自分流でないと気が済まない所があります。私は何でも自分流を追求したがります。しかし、本当の自分らしい自分は、「自分、自分」と言って自分流を追求している時ではなく、むしろ自分を捨てて、自分より大きな存在に全てを委ねた時に、引き出されるのだということを、教わることができました。
 この経験は、私にとって、とても大きな出来事でした。本当の自分らしさは、自分を捨てた時に引き出されることを知ることができたと同時に、イエス・キリストは色々な人の姿を通して現れて下さることを実際に体験することができました。私の演技を褒めて下さった教会の皆さんのお一人お一人がイエス・キリストであり、私に大切なことを教えて下さったのでした。

おわりに
 永遠の中を生きるイエス・キリストは現代においても生きておられ、いろいろな姿を取って人々の前に現れ、また私たちの前にも現われます。ですから私たちは、イエス・キリストは長髪の髭を生やした30歳ぐらいの男性であるという、お決まりのイエス像から自由になって、イエス・キリストが私たちに与えて下さる豊かな恵みを受け取り損なうことなく、しっかりと受け取ることができる私たちでありたいと思います。
 お祈りいたしましょう。

「初めに、ことばがあった。」(ヨハネ1:1)
「すべてのものは、この方によって造られた。」(ヨハネ1:3)
「この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。」(ヨハネ1:4)
「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。」(詩篇119:105)
「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。」(ヨハネ1:14)
「まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。」(マタイ25:40)

 天の父なる神さま、これらのみことばをありがとうございました。
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3月23日礼拝プログラム

2014-03-20 09:24:54 | 礼拝プログラム
「ヨハネの永遠観」の発信教会
 インマヌエル沼津キリスト教会

3月23日 礼拝 午前10時半~

 礼拝はどなたでも参加できます
 お気軽にご出席ください

3月 第4聖日礼拝順序

 司  会             矢崎兄
 奏  楽             矢崎姉

 前  奏
 讃 美 ①  うるわしき王なるイエス    33
 交  読  マタイ25:31~40
 使徒信条
 主の祈り
 祈  祷
 讃 美 ②  全地よ よみがえりの主を(2回)249
 讃 美 ③  鹿のように(2回)       192
 聖  書  ヨハネ1:1、1:14
 説  教  『ことばとしてのイエス・キリスト』 小島牧師
 讃 美 ④  いのちのみことば       180
 献  金
 感謝祈祷
 頌  栄  父・子・聖霊の        271
 祝福の御言葉
 後  奏
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聖霊の働き(2014.3.19 祈り会)

2014-03-20 07:17:45 | 祈り会メッセージ
2014年3月19日祈祷会メッセージ
『聖霊の働き』
【使徒1:1~2】

1:1 テオピロよ。私は前の書で、イエスが行い始め、教え始められたすべてのことについて書き、
1:2 お選びになった使徒たちに聖霊によって命じてから、天に上げられた日のことにまで及びました。

はじめに
 祈り会では今年の1月からは、新しい会堂を建設するための心備えをしたいと願って、そのための聖書の学びをして来ています。先週の年会の前までは、歴代誌を開いていました。ダビデが神殿の建設を息子のソロモンに託して様々な物資を準備して与え、ダビデの死後にソロモンは神殿の建設を始めて完成させました。この歴代誌の学びは年会前で終わらせましたが、私はこれからも個人的に折々に歴代誌を開いて、ダビデとソロモンについて思いを巡らすことができたらと思っています。
 さて、年会を越えて、今週からは「使徒の働き」から学んで行くことにしたいと思っています。先々週で歴代誌の学びを終えた後、次はどの書を開くのが良いだろうかと考えて来ましたが、16日の礼拝で使徒の働きを開いたことで、その時以来、使徒の働きを祈り会で学ぶのが良さそうだと示されています。
 それは、使徒の働きには「大ぜい」や「ますます」という言葉が多く用いられていて、大勢の人が信じた様子や、教会の働きが益々盛んになった様子が描かれているからです。たとえば、「大ぜい」という言葉が使われている箇所をいくつか(4つ)挙げると、次のように使われています。

使 4:4 しかし、みことばを聞いた人々が大ぜい信じ、男の数が五千人ほどになった。
使 11:21 そして、主の御手が彼らとともにあったので、大ぜいの人が信じて主に立ち返った。
使 11:24 彼はりっぱな人物で、聖霊と信仰に満ちている人であった。こうして、大ぜいの人が主に導かれた。
使 14:1 イコニオムでも、ふたりは連れ立ってユダヤ人の会堂に入り、話をすると、ユダヤ人もギリシヤ人も大ぜいの人々が信仰に入った。

 或いはまた、「ますます」という言葉が使われている箇所を4つ挙げると、次のように使われています。

使 5:14 そればかりか、主を信じる者は男も女もますますふえていった。
使 6:7 こうして神のことばは、ますます広まって行き、エルサレムで、弟子の数が非常にふえて行った。そして、多くの祭司たちが次々に信仰に入った。
使 12:24 主のみことばは、ますます盛んになり、広まって行った。
使 19:20 こうして、主のことばは驚くほど広まり、ますます力強くなって行った。

 このように、大勢の人々がイエスを信じるようなったことや、教会の働きが益々盛んになった様子を使徒の働きから学ぶことで、私たちの教会の新しい会堂を建設するための心備えとしたいと思います。なぜなら、先日の16日の礼拝後に持たれた会堂祈祷会で司会の兄が示して下さったように、会堂が老朽化したから新しい会堂を願い求めるというよりは、大勢の人々がこの会堂に集うようになって、この会堂では手狭になったから新しい会堂を願い求めるのだということのほうが、遥かに良いであろうと思うからです。そのほうが主の御心に適っていると思いますし、実際問題としても、今教会に集っている私たちだけでは、資金的に考えても新しい会堂を建設することは到底無理であろうと思うからです。
 ですから、これからしばらくの間、この祈り会においては使徒の働きを開いて、大勢の人々が主イエスを信じて、教会の働きが益々盛んになって行ったことを学ぶことにしたいと思っています。

聖霊の働きが記されている使徒の働き(使徒行伝)
 さて、この使徒の働き(使徒行伝)には、ペテロやパウロなどの使徒の働きが記されていますが、実は本当に働いているのは、使徒というよりは聖霊です。ですから、この書は、「使徒の働き」というよりは、「聖霊の働き」と呼んだほうがふさわしいと言えます。このことを指摘しているのが、ジョン・シーモンズの『新しい朝に』というディボーションの本です。この本はBTCの院長の河村従彦先生が訳してイムマヌエル出版から発行されていますから、インマヌエルの皆さんはお持ちの方も多いことと思います。このディボーションの本は、1月1日から12月31日まで、366日掛けて使徒の働きとパウロの手紙を読むようになっています。この、『新しい朝に』の一番始めの1月1日の文章を全文引用します(p.3~4)。

※聖書の箇所 使徒の働き1:1~5
「……聖霊によって」(2節)
 インドの人たちは、象が小さな木の橋を渡る話をするのが好きです。象の背中にはカラスがとまっています。橋を渡り終えると、小さなカラスは象にこのように言います。
「どんなもんだい。俺たちは橋をずいぶん揺らしただろう」
 使徒の働きを読むと、大きな声でこのように言いたくなります。「使徒たちがしたことはすごいね」。しかし実際は、使徒の働きは使徒たちがしたことを記したものではなく、聖霊が使徒たちを通して成し遂げられたことを記したものです。「使徒の働き」よりは、「聖霊の働き」、あるいは「使徒たちを通して働かれた聖霊の働き」という呼び方がしっくり来ます。
 使徒の働きの主人公はペテロでもパウロでもバルナバでもありません。聖霊ご自身です。聖霊に関する記述は、最初は1章2節、そして最後は28章25節まで、70回以上にも及びます。これこそまさにこの書が語ろうとするメッセージであると言えます。教会全体としても、またクリスチャン一人ひとりとしても、神さまへのふさわしさが生涯と奉仕を支配していかなければならないということです。
 わたしたちは神さまのパートナーに過ぎません。またキリストの御手の中にあって、神の国をこの地上に建設するために用いられる道具に過ぎません。このことを決して忘れてはなりません。わたしたちが仮に何かができたからといって、それはわたしたちの能力が勝れていたからでもなく、わたしたちの中に住み、わたしたちを通して働かれた聖霊の知恵と力がもたらした結果です。自己賞賛やプライドにすきを与えてはなりません。神さまに対する感謝と賛美以外のものがあってはなりません。
(以上、引用)

 このようにシーモンズ先生は、使徒の時代の使徒の働きの主人公は使徒ではなく聖霊であることを明らかにしています。これから祈り会では、この聖霊の働きを学ぶことで、私たちの教会の新しい会堂を建設するための心備えをしたいと思います。

聖霊の働きはイエスの働き
 そして、それと共に、私はもう一つの目的として、ヨハネの永遠観を皆さんにより理解していただけるようになっていただきたいと願っています。というのは、神さまは三位一体の神ですから、使徒の時代の主人公が聖霊だということは、イエスさまご自身が主人公であるとも言えるということです。ヨハネの福音書というのは、そのことを巧みに表現しています。聖霊の働きはイエスさまの働きと同じですから、ヨハネの福音書はイエスさまの働きを描くことで聖霊の働きも同時に描いています。
 同様に、旧約の時代の主人公は御父です。しかし神さまは三位一体の神ですから、御父の働きは御子イエスの働きであるとも言えます。ですから、ヨハネの福音書は御子イエスの働きを描くことで、御父の働きをも表現しています。こうして、ヨハネの福音書の1章から11章に掛けては、イエス・キリストの働きを描くことで、御父の働きも、そして聖霊の働きも同時に描いています。ただし、御父が主人公の旧約の時代はイエスの地上生涯の時代を【現在】とするなら、【過去】に当たります。また、聖霊が主人公の使徒の時代は【未来】に当たります。御父・御子・聖霊の三位一体の神にとっては、これらの時代はすえて現在のことですから、【過去→現在→未来】という時間の流れは存在しません。つまり【過去・現在・未来】は一体になっています。これがヨハネの永遠観です。
 このヨハネの永遠観を深く理解できるようになるなら、イエスさまの働きが紀元30年頃の一時期だけでないことを、よりリアルに感じることができるようになります。イエス・キリストは旧約の時代においても、使徒の時代においても、そして現代においても働いておられます。それなのにイエスさまの働きを紀元30年頃だけに閉じ込めてしまうのは、実にもったいないことだと思います。また、イエスさまの働きを紀元30年頃だけに閉じ込めることは、聖霊の働きを弱めることにもなっているのではないかと思います。現代のようにIT技術が発達していない以前でしたら、聖霊の働きが多少弱まっていたとしても、十分に伝道ができたかもしれませんが、現代のように霊性の絶滅が危惧されるような時代においては、聖霊の働きを少しでも減じることがあってはならないと思います。
  これから使徒の働きを学んで行く中で、このヨハネの永遠観への理解もご一緒に深めることができたら幸いです。

聖霊によって命じたイエス
 では、きょうは、もう時間があまり残っていませんが、簡単に今日の使徒の働きの箇所の1章の1節と2節を見てみましょう。まず1節、

1:1 テオピロよ。私は前の書で、イエスが行い始め、教え始められたすべてのことについて書き、

 この「テオピロよ」という書き出しから、この使徒の働きはルカの福音書の記者と同じ人物(すなわちルカ。ルカの福音書と使徒の働きの記者がルカであることの説明は省略)が書いた、ルカの福音書の続編であることがわかります。ルカの福音書の書き出しにも「テオピロ」という人物が登場するからです。
 続いて2節に、

1:2 お選びになった使徒たちに聖霊によって命じてから、天に上げられた日のことにまで及びました。

 イエスが聖霊によって使徒たちに命じたとは、どういうことか、注解書を見てもあまりスッキリしたことは書いてありませんが、私はルカの福音書24章の45節以下のことを指すのではないかと思います。ルカの福音書24章45節に、

24:45 そこで、イエスは、聖書を悟らせるために彼らの心を開いて、

とありますから、この「彼らの心を開いて」というのが、「聖霊によって」ということであろうと思います。聖霊は人の心を霊的に開かせる働きがあるからです。ただし、これはごく限定的に心を開かせる働きだと思います。人の心を全面的に霊的に開かせるには、聖霊の満たしが必要です。それは使徒の働き2章で明らかになります。

おわりに
 使徒の働きは、このように聖霊の働きについて述べています。使徒の時代の働きもそうですが、現代の私たちの教会の働きも、聖霊の働きによるものですから、私たちはこの聖霊の働きをしっかりと理解できる者たちでありたいと思います。そうして、新会堂の建設への心備えとしたいと思います。
 お祈りいたしましょう。
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アンテオケ教会から学ぶ(2014.3.16 礼拝)

2014-03-17 09:14:40 | 礼拝メッセージ
2014年3月16日礼拝メッセージ
『アンテオケ教会から学ぶ』
【使徒13:1~13】

はじめに
 先週の歓送礼拝と愛餐会は大変に祝されて感謝でした。ご奉仕下さった皆さんにも感謝いたします。
 そして、火曜日から木曜日まで埼玉県の国立女性教育会館で行われた第69次の年会も、大変に恵まれました。きょうの説教では、使徒の働きのみことばを学びつつ、適宜、年会の報告を挟んで行く形を考えています。みことばの学びの中では、次の3つのことを学ぶことにしています。
 ①アンテオケ教会の成り立ち
 ②パウロとバルナバを送り出したアンテオケ教会
 ③マルコが離脱するほど過激だったパウロの教え

 アンテオケ教会は、パウロとバルナバを送り出した教会で、異邦人伝道の拠点となった教会です。私たちの沼津教会も、このたび、廣瀬いずみ先生を下関教会へと送り出しました。そこで、きょうの礼拝説教では、まずパウロとバルナバを異邦人伝道へと送り出したアンテオケ教会の成り立ちから、学びを始めることにしたいと思います。

アンテオケ教会の成り立ち
 使徒の働き13章1節をお読みします。

13:1 さて、アンテオケには、そこにある教会に、バルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、クレネ人ルキオ、国主ヘロデの乳兄弟マナエン、サウロなどという預言者や教師がいた。

 ここに当時のアンテオケ教会にいた何人かの預言者や教師たちの名前が挙げられています。最初にバルナバの名前があり、最後にサウロ、つまりパウロの名前が挙げられています。このようにアンテオケの教会にはバルナバとパウロがいましたが、この二人がどのようにしてアンテオケ教会に所属するようになったかについては、11章に書いてありますから、そちらをご一緒に読みましょう。使徒の働き11章の19節から26節までを交代で読みましょう。

11:19 さて、ステパノのことから起こった迫害によって散らされた人々は、フェニキヤ、キプロス、アンテオケまでも進んで行ったが、ユダヤ人以外の者にはだれにも、みことばを語らなかった。
11:20 ところが、その中にキプロス人とクレネ人が幾人かいて、アンテオケに来てからはギリシヤ人にも語りかけ、主イエスのことを宣べ伝えた。
11:21 そして、主の御手が彼らとともにあったので、大ぜいの人が信じて主に立ち返った。
11:22 この知らせが、エルサレムにある教会に聞こえたので、彼らはバルナバをアンテオケに派遣した。
11:23 彼はそこに到着したとき、神の恵みを見て喜び、みなが心を堅く保って、常に主にとどまっているようにと励ました。
11:24 彼はりっぱな人物で、聖霊と信仰に満ちている人であった。こうして、大ぜいの人が主に導かれた。
11:25 バルナバはサウロを捜しにタルソへ行き、
11:26 彼に会って、アンテオケに連れて来た。そして、まる一年の間、彼らは教会に集まり、大ぜいの人たちを教えた。弟子たちは、アンテオケで初めて、キリスト者と呼ばれるようになった。

 19節を見ますと、ことの発端は、ステパノへの迫害であったことがわかります。激しい迫害があったために、イエス・キリストを信じる者たちの多くはエルサレムに住み続けることが困難になって、エルサレムの外へと散らされて行き、アンテオケの方に進んで行きました。ここで、地図を少し見ておきましょう。地図付きの聖書をお持ちの方は、聖書の最後にある地図のページの、そのまた最後のページの上半分の「使徒パウロの第1・第2次伝道旅行」という図を見て下さい。地図の右下の方に、エルサレムがありますね。そして、いま交代で読んだ箇所には、ステパノへの迫害から始まった激しい迫害によって散らされた人々が北上して行ってアンテオケにまで達したことが書かれています。パウロの伝道旅行は、このアンテオケを拠点にしてアンテオケよりも西の方に広がる小アジヤとヨーロッパの方面に対して行われました。また、パウロの出身地のタルソは、アンテオケの西北西の方向の少し離れた所にあります。これらの地理関係を頭に入れておいていただいて、使徒の働き11章に戻りましょう。
 11章20節に、散らされた人々が、アンテオケのギリシャ人にも主イエスのことを述べ伝えたとあり、21節に、多くの者が信じたとあります。そこでエルサレム教会では、バルナバをアンテオケ教会に派遣しました。バルナバはキプロス生まれのレビ人でしたから(使徒4:36)、ペテロたちエルサレム教会の指導者たちは、バルナバがアンテオケ教会を建て上げるのに適任であると判断したのでしょう。こうしてアンテオケ教会が益々祝されるようになって、バルナバはパウロを捜しにタルソに行きました。人数が増えて行ったアンテオケ教会の人々を指導し、さらに多くの人々を信仰に導くためにはパウロの助けが必要だと考えたからでしょう。こうして、パウロもアンテオケ教会の働きに加わるようになりました。以上が、アンテオケ教会の成り立ちの簡単な経緯です。

パウロとバルナバを送り出したアンテオケ教会
 13章に戻ります。2節、

13:2 彼らが主を礼拝し、断食をしていると、聖霊が、「バルナバとサウロをわたしのために聖別して、わたしが召した任務につかせなさい」と言われた。

 彼らというのは、1節に書かれているアンテオケ教会の人々のことですね。彼らは、聖霊の声を聞きました。この2節によれば、彼らのうちの誰か一人が聖霊の声を聞いて、他の者たちに伝えたのではなく、全員が聖霊の声を聞くことができたようです。このアンテオケ教会の人々は御霊の一致がしっかりと保たれていたのですね。このように主にあって一つとされた教会だからこそ、良い働きができたのだと思います。私たちは、是非このアンテオケ教会では御霊の一致がしっかりと保たれていたことに学びたいと思います。
 そして、3節、

13:3 そこで彼らは、断食と祈りをして、ふたりの上に手を置いてから、送り出した。

 この3節は短い文ですが、アンテオケ教会の人々がいかに熱く深い祈りを持ってパウロとバルナバとを送り出したかがわかります。まず断食をしながら祈ることで、十分に霊性を整えました。お腹が一杯の眠い状態で祈るのでなく、断食して霊性を研ぎ澄まして祈り、そうして二人の上に手を置いて、さらに熱い祈りを捧げたことでしょう。そうしてアンテオケ教会の人々は二人を送り出しました。アンテオケ教会は二人を送り出す時だけではなく、送り出した後も、常に祈り続けたことと思います。パウロたちは伝道旅行をする中で様々な危険な目にも遭いましたが、守られたのは、背後の祈りがあったことが大きな要因でしょう。
 私たちも、この沼津教会から送り出した廣瀬いずみ先生のために、これまで以上に熱心に祈る必要があると思います。いずみ先生は、今回の年会で下関教会の主任牧師に任命されました。下関教会はこれまで平瀬先生ご夫妻が牧会しておられましたが、この年会をもって引退されましたので、後任の牧師として、任命されました。
 ここで、今回の年会で発表された、人事面での主な異動について報告しておきます。

(中略)

 今回の人事で一番の驚きは、やはり、いずみ先生のことです。(中略)。重圧とストレスから心身に変調をきたして体調を悪くするケースも少なからずありますから、私たちは、これまで以上にいずみ先生のために熱心にお祈りして行かなければならないと思います。熱い祈りをもってパウロとバルナバとを送り出したアンテオケ教会に学んで私たちも、いずみ先生のために祈っていきましょう。

聖会で三度語られたヨハネの福音書
 さて、今回の年会では、私にとってもう一つ驚くべきことがありました。それは、三度持たれた聖会のいずれにおいても、ヨハネの福音書が開かれたことでした。1日目の聖会Ⅰでは藤本満先生がヨハネ13章から、2日目の聖会Ⅱではジョアン・ライアン先生がヨハネ14章から、3日目の聖会Ⅲでは、朝比奈悦也先生がヨハネ21章からの説教をして下さいました。3日目の朝比奈先生は関西の先生ですから、私は2年間の姫路教会滞在中に何度かメッセージを聞く機会がありました。朝比奈先生の説教では、だいたい始めの方は、ユーモアたっぷりの語り口で聴衆を笑わせます。今回の聖会の聖書箇所は、三人の講師の先生の間でも情報交換はされていなかったとのことで、朝比奈先生は、1日目の聖書朗読で、「ヨハネの福音書」と聞いてドキッとして、2日目の聖書朗読出もまた「ヨハネの福音書」と聞いてドキッとしたと言って笑いを誘っておられました。
 私は、3度の聖会の聖書箇所のいずれもがヨハネの福音書であったことに、今年はやっぱりヨハネの福音書の年なんだという思いがしました。そして私たちの教会のキャッチフレーズを「『ヨハネの永遠観』の発信教会」としたことについて神様からお墨付きをいただいたような心持ちがして、大変に励まされました。ヨハネの永遠観は、これまで世に知られていませんでした。それだけに世界を変える大きな力を持っていると思いますから、私は大いに期待を持って、これからヨハネの永遠観を宣べ伝えて行きたいと思っています。皆さんの中には、ヨハネの永遠観について、まだ十分に理解できずに戸惑っている方もおられるかもしれませんが、新しいことが宣べ伝えられ始める時というのは、だいたい戸惑いがあることですから、ご忍耐をいただけたらと思います。
 パウロが異邦人伝道で宣べ伝えた教えも、当時の人々、特にユダヤ人にとっては相当に過激で衝撃的なものでした。マルコが伝道旅行から離脱したのも、そのことが大きかったのではないだろうかと私は思います。きょうのメッセージの残りの時間では、マルコが伝道旅行から離脱した出来事を見て行きたいと思います。

伝道旅行から離脱したマルコ
 使徒の働き13章の続きを見て行きます。4節と5節、

13:4 ふたりは聖霊に遣わされて、セルキヤに下り、そこから船でキプロスに渡った。
13:5 サラミスに着くと、ユダヤ人の諸会堂で神のことばを宣べ始めた。彼らはヨハネを助手として連れていた。

 4節の二人とはパウロとバルナバですね。そして5節に、「彼らはヨハネを助手として連れていた」とあります。このヨハネとは、マルコのことです。13章の手前の12章25節に、

12:25 任務を果たしたバルナバとサウロは、マルコと呼ばれるヨハネを連れて、エルサレムから帰って来た。

とありますから、二人はエルサレムに行ってアンテオケに戻って来た時に、マルコを連れて来ていたのでした。二人がエルサレムに行ったのは、ききんで苦しんでいたユダヤに救援のための物資を送るためでした(使徒11:27-30)。
 こうして、マルコを連れて第一次伝道旅行でアンテオケを出発したパウロとバルナバでしたが、マルコは途中で離脱してしまいました。そのことが13章13節に書いてあります。13節、

13:13 パウロの一行は、パポスから船出して、パンフリヤのペルガに渡った。ここでヨハネは一行から離れて、エルサレムに帰った。

 マルコがどうして、一行から離脱することになったのか、使徒の働きやパウロの手紙では明らかにされていませんから、真相はわかりません。いろいろなことが考えられます。エルサレムの家族が恋しくなったのかもしれません。船旅がきつくて体調を崩したのかもしれません。或いはまた、パウロとの人間関係のこじれがあったのかもしれません。パウロは、途中で伝道旅行から離脱したマルコのことを相当に悪く思っていました。それは、第二次伝道旅行の出発の際に関する記事で明らかにされています。マルコが一行を離脱したのは、第一次伝道旅行の最初のほうにおいてでした。残りの旅はマルコ抜きで行われました。そしてパウロとバルナバはまたアンテオケに戻って来ました。それからエルサレム会議を経て、再びアンテオケを出発して第二次伝道旅行に行くことにしました。そのことが、15章の終わりのほうに書かれています。15章の36節から41節までを交代で読みましょう。

15:36 幾日かたって後、パウロはバルナバにこう言った。「先に主のことばを伝えたすべての町々の兄弟たちのところに、またたずねて行って、どうしているか見て来ようではありませんか。」
15:37 ところが、バルナバは、マルコとも呼ばれるヨハネもいっしょに連れて行くつもりであった。
15:38 しかしパウロは、パンフリヤで一行から離れてしまい、仕事のために同行しなかったような者はいっしょに連れて行かないほうがよいと考えた。
15:39 そして激しい反目となり、その結果、互いに別行動をとることになって、バルナバはマルコを連れて、船でキプロスに渡って行った。
15:40 パウロはシラスを選び、兄弟たちから主の恵みにゆだねられて出発した。
15:41 そして、シリヤおよびキリキヤを通り、諸教会を力づけた。

 第二次伝道旅行に出発する時、37節によれば、バルナバはまたマルコを連れて行くつもりでした。しかし、38節にあるようにパウロは、パンフリヤで一行から離れてしまい、仕事のために同行しなかったような者はいっしょに連れて行かないほうがよいと考えました。それで39節にあるように激しい反目となり、その結果、互いに別行動をとることになってしまいました。

ユダヤ人には過激であったパウロの教え
 このように、パウロは第一次伝道旅行を途中で離脱してしまったマルコの事を全く評価していませんでした。では、なぜマルコは途中で離脱してしまったのか、諸説ある中で、私が一番説得力があると感じているのは、マルコがパウロの過激な教えに付いて行くことができなかったからではないかという説です。もしマルコが、パウロが宣べ伝えることに心の底から同意していたなら、エルサレムの家族が恋しいとか船旅がきつかったとか、いろいろと大変なことがあったにしても、頑張ることができたことと思います。しかし肝心要の教えの根幹の部分に心の底から同意できないのであれば、きつい旅に耐えることは難しかっただろうと思います。マルコはエルサレムの出身ですから、生粋のユダヤ人です。そのユダヤ人のマルコにとって、イエス・キリストを信じさえすれば律法の規定を守らなくても救われるというパウロの教えは、あまりにも過激だったのではないかと思います。ユダヤ人にとっては、律法を守らなければ救われないという教えが心の底に染みついていますから、頭ではパウロが唱えることをその通りだと思おうとしても、心の底から同意するのは難しかったのではないかと思います。
 パウロは、ガラテヤ人への手紙で、割礼を受けなければ救われないと考えるようになってしまっていたガラテヤ人たちを激しく叱責しています。パウロは第一次伝道旅行で、ガラテヤ地方の異邦人たちに対して割礼など受けなくてもイエス・キリストを信じさえすれば救われると説いていたのでした。この教えは異邦人にとっては福音です。私たち日本人も異邦人ですから、これは大変な福音です。しかしユダヤ人クリスチャンにとって、この教えは、受け入れ難い過激な教えでした。ですから、エルサレムから出て来たばかりだったマルコにとっても、すぐには心の底から同意することが難しかったのではないかと思います。そのことで、パウロとの旅が苦痛に満ちたものになってしまったのではないかなと思います。

過激な教えも時が経てば馴染む
 パウロは後にマルコへの評価を変えています。それはパウロの側からの歩みよりもあったかもしれませんが、時間が経ってマルコのほうもパウロの教えに心の底から同意できるようになっていたのではないかと思います。第二テモテ4章11節で、パウロはテモテに、このように書いています。

「マルコを伴って、いっしょに来てください。彼は私の務めのために役に立つからです」(Ⅱテモテ4:11)

 パウロの教えを初めて聞いた頃のマルコにとってパウロの教えは過激なものだったと思いますが、時がそれを解決したのだと思います。
 ヨハネの永遠観も、まだまだ皆さんに馴染んでいないかもしれません。ヨハネの福音書は、マタイ・マルコ・ルカのようなイエスの地上生涯を描いた書ではなくて、永遠の中を生きるイエス・キリストを描いた書であると言われても、なかなか馴染むことができないかもしれません。しかし、マルコがパウロの教えに同意することができるようになったように、きっと皆さんもヨハネの永遠観に馴染むことができるようになるだろうと私は信じていますから、ご一緒にヨハネの永遠観を宣べ伝える働きに励んで行けるようになりたいと願っています。パウロの教えは斬新で過激なものであったからこそ、世界を変えることができました。ヨハネの永遠観もまた、そのような大きな力を持っていますから、皆さんと共に発信して行きたく思います。

おわりに
 きょうは、主に3つのことを話しました。

 ①アンテオケ教会の成り立ち
 ②パウロとバルナバを送り出したアンテオケ教会
 ③マルコが離脱するほど過激だったパウロの教え

 私たちは、アンテオケ教会に習い、私たちの教会から送り出して下関教会の主任牧師に任命された廣瀬いずみ先生のために、これまで以上にお祈りして行きたいと思います。
 そして、ヨハネの永遠観を発信して行く教会でありたいと思います。ヨハネの永遠観は今まで私たちには馴染みのないものでしたが、それだけに世界を変える力を持っています。それら祈りの力と伝道の力を神様が豊かに与えて下さいますよう、お祈りいたしましょう。
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3月16日礼拝プログラム

2014-03-10 09:41:50 | 礼拝プログラム
「ヨハネの永遠観」の発信教会
 インマヌエル沼津キリスト教会

3月16日 礼拝 午前10時半~

 礼拝はどなたでも参加できます
 お気軽にご出席ください

3月 第3聖日礼拝順序

 司  会             西村兄
 奏  楽             矢崎姉

 前  奏
 讃 美 ①  聖なる 聖なる 聖なるかな    1
 交  読  詩篇19篇 全
 使徒信条
 主の祈り
 祈  祷
 讃 美 ②  主イエスの名をほめたたえよ(2回)42
 讃 美 ③  救いのおとずれ       473
 聖  書  使徒13:1~13
 説  教  『アンテオケ教会から学ぶ』 小島牧師
 讃 美 ④  行きて告げよあまねく    476
 献  金
 感謝祈祷
 頌  栄  父・子・聖霊の       271
 祝福の御言葉
 後  奏
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3月9日礼拝プログラム

2014-03-07 08:43:25 | 礼拝プログラム
「ヨハネの永遠観」の発信教会
 インマヌエル沼津キリスト教会

3月9日 礼拝 午前10時半~

 礼拝はどなたでも参加できます
 お気軽にご出席ください

3月 第2聖日礼拝順序

 司  会            小島牧師
 奏  楽             矢崎姉

 前  奏
 讃 美 ①  遠き国や          436
 交  読  詩篇46篇 全
 使徒信条
 主の祈り
 祈  祷
 讃 美 ②  われらはキリストのもの   232
 讃 美 ③  天において 主をたたえよ  204
 聖  書  Ⅱ列王3:14~20
 説  教  『生きておられる主の祝福』 廣瀬姉
 讃 美 ④  私をゆるすために      314
 献  金
 感謝祈祷
 頌  栄  父・子・聖霊の       271
 祝福の御言葉
 後  奏
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ダビデとソロモンの違い(2014.3.5 祈り会)

2014-03-06 17:44:33 | 祈り会メッセージ
2014年3月5日祈り会メッセージ
『ダビデとソロモンの違い』
【Ⅱ歴代5:1~10】
 
5:1 こうして、ソロモンが【主】の宮のためにしたすべての工事が完成した。そこで、ソロモンは父ダビデが聖別した物、すなわち、銀、金、各種の器具類を運び入れ、神の宮の宝物倉に納めた。
5:2 そのとき、ソロモンはイスラエルの長老たち、およびイスラエル人の部族のかしらたちと一族の長たちをすべて、エルサレムに召集した。ダビデの町シオンから【主】の契約の箱を運び上るためであった。
5:3 イスラエルのすべての人々は、第七の新月の祭りに王のもとに集まった。
5:4 こうして、イスラエルの長老全員が到着したところで、レビ人たちは箱をにない、
5:5 箱と会見の天幕と天幕にあったすべての聖なる用具とを運び上った。これらのものを祭司たち、レビ人たちが運び上った。
5:6 ソロモン王と彼のところに集まったイスラエルの全会衆は、箱の前に行き、羊や牛の群れをいけにえとしてささげたが、その数があまりに多くて数えることも調べることもできなかった。
5:7 それから、祭司たちは【主】の契約の箱を、定めの場所、すなわち神殿の内堂である至聖所のケルビムの翼の下に運び入れた。
5:8 ケルビムは箱の所の上に翼を広げた。ケルビムは箱とそのかつぎ棒とを上からおおった。
5:9 そのかつぎ棒は長かったので、棒の先が内堂の前の聖所から見えていたが、外からは見えなかった。それは、今日までそこにある。
5:10 箱の中には、二枚の板のほかには何も入っていなかった。これは、イスラエル人がエジプトから出て来たとき、【主】が彼らと契約を結ばれたときに、モーセがホレブで入れたものである。
 
はじめに
 新会堂の建設への心備えをするために、祈り会のメッセージでは今年に入ってから歴代誌を開いて来ました。来週は教団の年会があるために祈り会はお休みになりますので、歴代誌のシリーズも、ここで一段落としようかと考えています。
 と言うのは、きょうの歴代誌第二5章の記事を読んでいて、何となく引っ掛かる感じがしたからです。それで、年会以降も歴代誌の学びを続けても、あまり新会堂建設への心備えにはならないような気がしますので、今日で一段落とさせていただこうかと考えています。

神の箱を神殿に運び入れたソロモン
 きょうの聖書箇所の歴代誌第二5章では、建設していたソロモンの神殿が完成して、神の箱を運び入れたことが書かれています。その、箱を運び入れた場面の3節から7節までを、もう一度、交代で読みたいと思います。

5:4 こうして、イスラエルの長老全員が到着したところで、レビ人たちは箱をにない、
5:5 箱と会見の天幕と天幕にあったすべての聖なる用具とを運び上った。これらのものを祭司たち、レビ人たちが運び上った。
5:6 ソロモン王と彼のところに集まったイスラエルの全会衆は、箱の前に行き、羊や牛の群れをいけにえとしてささげたが、その数があまりに多くて数えることも調べることもできなかった。
5:7 それから、祭司たちは【主】の契約の箱を、定めの場所、すなわち神殿の内堂である至聖所のケルビムの翼の下に運び入れた。

 この神の箱をソロモンの神殿に運び入れた記事は、列王記第一もほとんど同じような記述になっています。ここを読んで私は、ダビデの時とは随分と違うなあという感想を持ちました。

力の限り踊ったダビデ
 ダビデの時はどうだったでしょうか。サムエル記第二6章12節~17節を交代で読みましょう(旧約聖書p.534)。

6:12 【主】が神の箱のことで、オベデ・エドムの家と彼に属するすべてのものを祝福された、ということがダビデ王に知らされた。そこでダビデは行って、喜びをもって神の箱をオベデ・エドムの家からダビデの町へ運び上った。
6:13 【主】の箱をかつぐ者たちが六歩進んだとき、ダビデは肥えた牛をいけにえとしてささげた。
6:14 ダビデは、【主】の前で、力の限り踊った。ダビデは亜麻布のエポデをまとっていた。
6:15 ダビデとイスラエルの全家は、歓声をあげ、角笛を鳴らして、【主】の箱を運び上った。
6:16 【主】の箱はダビデの町に入った。サウルの娘ミカルは窓から見おろし、ダビデ王が【主】の前ではねたり踊ったりしているのを見て、心の中で彼をさげすんだ。
6:17 こうして彼らは、【主】の箱を運び込み、ダビデがそのために張った天幕の真ん中の場所に安置した。それから、ダビデは【主】の前に、全焼のいけにえと和解のいけにえをささげた。

 14節にあるように、ダビデは神の箱の前で力の限り踊りました。それは妻のミカルがダビデを見てさげすむほどでした。このミカルがダビデに対して何と言ったかは、20節にあります。

「イスラエルの王は、きょう、ほんとうに威厳がございましたね。ごろつきが恥ずかしげもなく裸になるように、きょう、あなたは自分の家来のはしための目の前で裸におなりになって。」

 裸になったというのは、よくはわかりませんが、恐らくダビデがあまりに激しく踊ったので、エポデが跳ね上がってしまったために、裸同然になったのだろうと想像されます。このミカルのことばに対してダビデは21節のように答えました。

「あなたの父よりも、その全家よりも、むしろ私を選んで【主】の民イスラエルの君主に任じられた【主】の前なのだ。私はその【主】の前で喜び踊るのだ。
6:22 私はこれより、もっと卑しめられよう。私の目に卑しく見えても、あなたの言うそのはしためたちに、敬われたいのだ。」

 このダビデの爆発的な喜びの表し方から、ダビデが主を心の底から愛していたことが私には感じ取ることができます。これがダビデの信仰でした。それに比べるとソロモンが神の箱を運び入れた場面は、本当に威厳がある荘厳なものでした。この荘厳さは決して悪いものではないはずですが、私たちはソロモンの晩年がどのようなものであったかを知っていますから、ついつい私は悪いほうに考えてしまいます。私には、この段階からソロモンの心の中には傲りの小さな芽が芽生え始めていたような気がします。それはまだ、小さな小さな芽だとは思いますが、そんな気がしてなりません。それが、きょうのソロモンの記事を読んで引っ掛かった点です。

神から離れた晩年のソロモン
 ソロモンの晩年がどのようなものであったのかも、見ておくことにしたいと思います。列王記第一11章の3節を見て下さい(旧約聖書p.600)。3節、

11:3 彼には七百人の王妃としての妻と、三百人のそばめがあった。その妻たちが彼の心を転じた。

 そして4節、

11:4 ソロモンが年をとったとき、その妻たちが彼の心をほかの神々のほうへ向けたので、彼の心は、父ダビデの心とは違って、彼の神、【主】と全く一つにはなっていなかった。

 このことに主は怒りました。9節と10節、

11:9 【主】はソロモンに怒りを発せられた。それは彼の心がイスラエルの神、【主】から移り変わったからである。主は二度も彼に現れ、
11:10 このことについて、ほかの神々に従って行ってはならないと命じておられたのに、彼は【主】の命令を守らなかったからである。

 続いて 11節から13節、

11:11 それゆえ、【主】はソロモンに仰せられた。「あなたがこのようにふるまい、わたしが命じたわたしの契約とおきてとを守らなかったので、わたしは王国をあなたから必ず引き裂いて、あなたの家来に与える。
11:12 しかし、あなたの父ダビデに免じて、あなたの存命中は、そうしないが、あなたの子の手からそれを引き裂こう。
11:13 ただし、王国全部を引き裂くのではなく、わたしのしもべダビデと、わたしが選んだエルサレムのために、一つの部族だけをあなたの子に与えよう。」

 こうしてソロモンの死後、ソロモンの子のレハブアムが王位に就いて間もなく、イスラエルは北王国と南王国の二つの国に分裂してしまいました。
 私たちはこのことを知っていますから、ついついそのような目でソロモンを見てしまうのかもしれませんが、私には神殿が完成して神の箱を運び入れた時には、ソロモンの心の中には不信仰の小さな芽が発芽していたような気がしてなりません。ですから、歴代誌の学びは、きょうで終えることにしたいと思います。

おわりに
 私たちは、会堂が小さくても大きくても、今の会堂でも、次の会堂でも、どんな会堂で礼拝を捧げるにしても、いつも力の限り主を賛美できる者たちでありたいと思います。ダビデが神の箱の前で力の限り踊ったように、力の限り主を賛美したいと思います。それはもちろん、私たちもダビデのように踊りましょうと言っているのではありません。表面上は踊る必要はありません。しかし、心の中ではダビデのように力の限り踊るような、そんな信仰で主を心一杯賛美できる者たちでありたいと思います。そのような信仰を持つ私たちを主は必ず、祝福して下さることでしょう。
 お祈りいたしましょう。
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わたしと父とは一つです(2014.3.2 礼拝)

2014-03-03 07:29:31 | 礼拝メッセージ
2014年3月2日礼拝メッセージ
『わたしと父とは一つです』
【ヨハネ8:26~30、10:26~30、12:49~50】

はじめに
 礼拝のメッセージでは、ここしばらくはマタイとマルコの福音書を「ヨハネの永遠観」を通して観ることを続けて来ました。きょうは再び、ヨハネの福音書そのものに戻りたいと思います。ヨハネの福音書の読み方で、まだお伝えしていない大切なことがあったことに気付いたからです。
 ヨハネの福音書は永遠の中を生きるイエスを描いた書であることを、私はこの礼拝メッセージで繰り返し説いていますが、その根拠となる聖句である「わたしと父とは一つです」(ヨハネ10:30)について、まだあまりしっかりとは説明していなかったように思いますので、きょうは、その説明をすることにします。
 イエス・キリストが「わたしと父とは一つです」と言った時、それは紀元30年頃のイエス・キリストが父と一つであっただけでなく、旧約の時代においても、また使徒の時代においても、そして現代においてもイエス・キリストと御父とは常に一つであることを示しています。
 そしてまた、今回私はこの説教を準備する中で、「わたしと父とは一つです」は、新約聖書と旧約聖書とは一つの書であることも言っているようだということを示されました。 きょうはそれらのことを、ご一緒に感じていただくことができることを願っています。

御父のことばをそのまま告げるイエス
 さて、きょうの聖書箇所は3箇所もありますから、ちょっと多いのですが、 それはヨハネの福音書のイエスさまがいろいろな箇所で、同じことを言っていることを意識していただきたいために、少し多すぎるとは思いましたが、敢えて3箇所を聖書箇所としました。
 まず、8章の26節から30節までを、ご一緒に見ましょう。26節、

8:26 わたしには、あなたがたについて言うべきこと、さばくべきことがたくさんあります。しかし、わたしを遣わした方は真実であって、わたしはその方から聞いたことをそのまま世に告げるのです。」

 きょうのメッセージで、先ずしっかりと感じ取っていただきたいことは、イエス・キリストは御父のことばをそのまま話しているのだということを、複数の箇所で繰り返し表明しているということです。それは、つまり今日のタイトルにもあるように、「御父とイエスとは一つである」ということです。
 ですから、それは紀元30年頃だけのことではなくて、旧約の時代においても、使徒の時代においても、そして現代においても、イエスは御父と一つであって、イエスは御父の話すとおりに話しているのだということです。

悟らない「彼ら」
 続いて27節、

8:27 彼らは、イエスが父のことを語っておられたことを悟らなかった。

 ここにいるイエスは、永遠の中を生きているイエスです。私は再三に亘ってヨハネの福音書のイエスは紀元30年頃のイエスだけではなくて、旧約の時代にも使徒の時代にも、そして現代にもいると、皆さんに説明して来ました。
 ということは、この27節の悟らない「彼ら」というのも、イエスの時代のユダヤ人たちだけではなく、旧約の時代のユダヤ人たちのことでもあり、使徒の時代のユダヤ人たちでもあり、現代の私たちのことでもあるということです。
 旧約の時代のイスラエルの民は、ご承知のように、ほとんどの時代において預言者たちが語る御父のことばに耳を傾けずに、不信仰の道を歩んでいました。モーセと共に荒野を放浪していたイスラエルの民もそうでしたし、アッシリヤに滅ぼされた北王国の民もそうでしたし、バビロニアに滅ぼされた南王国の民もそうでした。イスラエルの民がモーセやイザヤ、エレミヤなどの預言者たちの語る御父のことばに耳を傾けなかったことは、イエスのことばに耳を傾けなかったのと同じことです。なぜなら、イエスは御父と一つであって旧約の時代も生きているからです。
 ですから、27節の悟らない「彼ら」とは、旧約の時代のイスラエルの民のことでもあります。同様に、この悟らなかった「彼ら」は、使徒の時代のユダヤ人たちのことでもあります。使徒たちは、ユダヤ人に対してイエスを信じるよう熱心に伝道しました。そうして一部のユダヤ人たちはイエスを信じるようになりましたが、多くの者は信じませんでした。

パウロの失望
 異邦人への伝道を熱心に行ったパウロも、ユダヤ人たちがイエスを信じることを強く望んでいました。しかし、イエスを信じようとしないユダヤ人たちが多くいることを嘆き、失望していました。そのパウロの失望は、イエスの失望でもあります。
 ここで、使徒の働きの一番おしまいの方を見てみましょう。使徒の働き28章16節を見て下さい。

28:16 私たちがローマに入ると、パウロは番兵付きで自分だけの家に住むことが許された。

 この16節の「私たち」というのは、この使徒の働きを書いたルカとパウロたちの一行のことです。パウロはエルサレムで囚われの身となった後にローマに送られて来ました。その時、使徒の働きの記者のルカもパウロに同行していました。そして、パウロは囚われの身ではありましたが、牢屋に入れられたのではなく、番兵付きの自分の家に住むことが許されたとルカは記しています。
 そして、17節にあるように、パウロはローマにいるユダヤ人のおもだった人たちを呼び集めました。その時、このユダヤ人たちは、次のように言いました。22節、

28:22 私たちは、あなたが考えておられることを、直接あなたから聞くのがよいと思っています。この宗派については、至る所で非難があることを私たちは知っているからです。

 このようにユダヤ人たちがパウロの話を直接聞きたいと言ったので、日を定めてパウロは彼らに話をすることにしました。23節、

28:23 そこで、彼らは日を定めて、さらに大ぜいでパウロの宿にやって来た。彼は朝から晩まで語り続けた。神の国のことをあかしし、また、モーセの律法と預言者たちの書によって、イエスのことについて彼らを説得しようとした。

 パウロはユダヤ人たちがイエスのことを信じるよう、懸命に説得しました。そして24節、

28:24 ある人々は彼の語る事を信じたが、ある人々は信じようとしなかった。

 信じるユダヤ人もいましたが、信じようとしないユダヤ人もいましたから、パウロは失望しました。25節から28節に掛けての記述からは、パウロの失望が、ひしひしと伝わって来ます。そしてこの、パウロの失望はイエスさまの失望でもありました。25節から28節までをお読みします。

28:25 こうして、彼らは、お互いの意見が一致せずに帰りかけたので、パウロは一言、次のように言った。「聖霊が預言者イザヤを通してあなたがたの父祖たちに語られたことは、まさにそのとおりでした。
28:26 『この民のところに行って、告げよ。あなたがたは確かに聞きはするが、決して悟らない。確かに見てはいるが、決してわからない。
28:27 この民の心は鈍くなり、その耳は遠く、その目はつぶっているからである。それは、彼らがその目で見、その耳で聞き、その心で悟って、立ち返り、わたしにいやされることのないためである。』
28:28 ですから、承知しておいてください。神のこの救いは、異邦人に送られました。彼らは、耳を傾けるでしょう。」

 こうしてパウロだけでなくルカや多くの者たちの働きによって異邦人たちにもイエスの教えが宣べ伝えられた結果、今や日本人の私たちにもイエス・キリストの教えが届くようになりました。しかし、パウロにとってはユダヤ人たちの一部しかイエスを信じなかったことが残念でなりませんでした。
 そして、その残念な思いはイエスの思いでもありますから、永遠の中にいるイエスは、現代を生きる私たちの多くの者もイエスを信じようとしないことを残念に思っています。ヨハネの福音書を読む私たちは、イエスさまが現代の私たちのことも残念に思っているということも、是非感じ取りたいと思います。

悪い牧者のエホヤキム王
 ヨハネの福音書の8章に戻りましょう。28節、

8:28 イエスは言われた。「あなたがたが人の子を上げてしまうと、その時、あなたがたは、わたしが何であるか、また、わたしがわたし自身からは何事もせず、ただ父がわたしに教えられたとおりに、これらのことを話していることを、知るようになります。

 イエスは、ここでも「父がわたしに教えられたとおりに、これらのことを話している」と言っています。そして29節、

8:29 わたしを遣わした方はわたしとともにおられます。わたしをひとり残されることはありません。わたしがいつも、そのみこころにかなうことを行うからです。」

 御父は御子イエスとともにおられるのですね。だからイエスは御父が教えたとおりに話すことができました。それは、この紀元30年頃のイエスの時代だけでなく、旧約の時代や使徒の時代においても同様でした。
 今度はヨハネ10章を見てみましょう。ここでは旧約の時代に注目することにします。ヨハネ10章の1節と2節、

10:1 「まことに、まことに、あなたがたに告げます。羊の囲いに門から入らないで、ほかの所を乗り越えて来る者は、盗人で強盗です。

 このヨハネ10章の背後にある旧約の時代は、エルサレムが滅亡寸前の状態になっていたエホヤキム王の時代であることは、これまで何度か話して来ました。それは、この10章の前後の9章と11章から考えても、間違いのないことです。一つ手前の9章で盲人の目が開いたことの背後にある旧約の時代は、ヨシヤ王の時代の律法の書の発見のことであり、一つ後ろの11章でラザロがよみがえったことの背後には、滅亡してしまったエルサレムがエズラ・ネヘミヤの時代に再建された出来事があります。
 ですから、この10章の1節でイエスが言っている、羊の囲いに門から入らないで、ほかの所を乗り越えて来る盗人と強盗とは、エホヤキム王の時代にエルサレムに攻め入った外国人の略奪隊のことです。
 こうしてエルサレムは滅亡寸前になっていました。王であるエホヤキムはこの国の牧者として民を守らなければなりませんでしたが、この王は民を守ることができない牧者でした。このエホヤキム王の時代の預言者がエレミヤでした。きょうの聖書朗読で読んだエレミヤ書の23章には、その時の状況が書かれています。
 もう一度、エレミヤ書の23章を見てみましょう(旧約聖書p.1284)。1節と2節、

23:1 「ああ。わたしの牧場の群れを滅ぼし散らす牧者たち。──【主】の御告げ──」
23:2 それゆえ、イスラエルの神、【主】は、この民を牧する牧者たちについて、こう仰せられる。「あなたがたは、わたしの群れを散らし、これを追い散らして顧みなかった。見よ。わたしは、あなたがたの悪い行いを罰する。──【主】の御告げ──

 それゆえエルサレムはやがて滅亡してしまいます。

良い牧者であるイエス
 しかし、その後に主は良い牧者を立てて、復興させることをエレミヤは預言しています。3節から6節までを、今度は交代で読みましょう。

23:3 しかし、わたしは、わたしの群れの残りの者を、わたしが追い散らしたすべての国から集め、もとの牧場に帰らせる。彼らは多くの子を生んでふえよう。
23:4 わたしは彼らの上に牧者たちを立て、彼らを牧させる。彼らは二度と恐れることなく、おののくことなく、失われることもない。──【主】の御告げ──
23:5 見よ。その日が来る。──【主】の御告げ──その日、わたしは、ダビデに一つの正しい若枝を起こす。彼は王となって治め、栄えて、この国に公義と正義を行う。
23:6 その日、ユダは救われ、イスラエルは安らかに住む。その王の名は、『【主】は私たちの正義』と呼ばれよう。

 預言者のエレミヤは、このように預言しました。御父はこのように預言者たちの口を通して民に向かって語り掛けました。そしてイエス・キリストと御父とは一つですから、エレミヤが語った御父のことばはイエスのことばでもありました。今ご一緒に読んだエレミヤ23章3節からエレミヤは、良い牧者について語っていますが、実はこれはイエス・キリストがエレミヤの口を通して、ご自身について語っていることばであるのだ、というのがヨハネの福音書が言っていることです。
 ヨハネ10章に戻りましょう。10章の10節と11節を交代で読みましょう。11節を皆さんで読んで下さい。

10:10 盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。
10:11 わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。

 イエス・キリストは良い牧者ですから、このイエスのことばの背後には、滅亡寸前のエルサレムで御父のことばを語っていたエレミヤの姿があります。しかし、イエスのことばを信じない人々がエレミヤの時代にも、イエスの時代にも、多くいました。
 少し飛ばして今日の聖書朗読の箇所の26節と27節をお読みします。

10:26 しかし、あなたがたは信じません。それは、あなたがたがわたしの羊に属していないからです。
10:27 わたしの羊はわたしの声を聞き分けます。またわたしは彼らを知っています。そして彼らはわたしについて来ます。
 そうしてイエスを信じる者には永遠のいのちが与えられます。28節と29節、
10:28 わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。彼らは決して滅びることがなく、また、だれもわたしの手から彼らを奪い去るようなことはありません。
10:29 わたしに彼らをお与えになった父は、すべてにまさって偉大です。だれもわたしの父の御手から彼らを奪い去ることはできません。

 永遠のいのちが与えられた者は、決して滅びることがないとイエスさまは言いました。永遠の中を生きるイエスさまが、このようにおっしゃるのですから、これほど心強いことはありません。30節、

10:30 わたしと父とは一つです。

 万物を創造し、私たちに命を与えて下さった天の御父と一つであるイエスさまが、私たちは決して滅びることがないとおっしゃって下さっています。こうして私たちの心には絶大な安定感が与えられています。この素晴らしい恵みを与えて下さっている主をほめ讃えて、心一杯感謝したく思います。

新約聖書と旧約聖書とは一つ
 最後に、今日のもう一つの聖書箇所の12章の49節と50節を見ましょう。ここでも、イエス・キリストは、御父と一つであり、御父の言われた通りを話しているのだということを繰り返し述べていることを確認しておきたいと思います。
 49節と50節を交代で読みましょう。

12:49 わたしは、自分から話したのではありません。わたしを遣わした父ご自身が、わたしが何を言い、何を話すべきかをお命じになりました。
12:50 わたしは、父の命令が永遠のいのちであることを知っています。それゆえ、わたしが話していることは、父がわたしに言われたとおりを、そのままに話しているのです。

 この後のヨハネ13章からは、最後の晩餐の場面になります。これ以降、イエスが教えを説いたのは、弟子たちに対してだけです。ですから、このヨハネ12章は、イエスを信じようとしない人々に対してイエスさまが最後の説得を試みた場面です。その最後の説得の場である12章でヨハネはパウロと同じようにイザヤ書の6章を引用しています。
 ヨハネ10章の39節から41節までをお読みします。

12:39 彼らが信じることができなかったのは、イザヤがまた次のように言ったからである。
12:40 「主は彼らの目を盲目にされた。また、彼らの心をかたくなにされた。それは、彼らが目で見ず、心で理解せず、回心せず、そしてわたしが彼らをいやすことのないためである。」
12:41 イザヤがこう言ったのは、イザヤがイエスの栄光を見たからで、イエスをさして言ったのである。

 ですから、イエスを信じない人々に対するイエスの失望はパウロの失望でもあり、ヨハネの失望でもあり、イザヤの失望でもあり、エレミヤの失望でもあります。そして、イエス・キリストはイエスを信じようとしない現代の人々に対しても失望しています。それはまた私たちの失望でもあります。私たちイエス・キリストを信じる者は、イエスさまと失望を共有しています。しかし、伝道の働きが十分にできていないのは、もしかしたら私たちが、御父とイエスとは一つであることを私たちが十分に理解できていないからなのかもしれません。
 私たちは旧約聖書と新約聖書を別のものとして捉える傾向があるように思います。神様はお一人ですから、本当は旧約・新約などという区別は無くて聖書は一つであるのに、ついつい別の書であると考えてしまうということは、イエスが言った「わたしと父とは一つです」が十分に理解できていないからではないかという気がします。そのために、神の愛を人々に十分に伝えるきることができていないように思います。

おわりに
 ヨハネ13章1節には、「世にいる自分のものを愛されたイエスは、その愛を残るところなく示された」とあります。このイエスの愛は、御父と一つであるイエスの愛ですから、人知を遥かに越えたスケールの大きな愛です。このスケールの大きな愛を私たちは、できる限り減らすことなく人々にお伝えできる者たちでありたいと思います。
 人知を遥かに越えた愛ですから、その愛を残るところなくお伝えすることは、もちろん無理なことです。それでも、できる限り残るところなく、大きなままでお伝えすることができる者でありたいと思います。そのために御父と御子イエス・キリストが一つであることを、しっかりと理解できる私たちでありたいと思います。
 お祈りいたしましょう。
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