インマヌエル沼津キリスト教会

神の「永遠」の発信教会
沼津市今沢34番地

3月29日礼拝プログラム

2015-03-26 13:11:57 | 礼拝プログラム
「ヨハネの永遠観」の発信教会
 インマヌエル沼津キリスト教会

3月29日 礼拝 午前10時半~

 礼拝はどなたでも参加できます
 お気軽にご出席ください

3月 棕櫚の聖日礼拝順序

 司  会                西村兄
 奏  楽                矢崎姉

 前  奏
 讃 美 ①  生くるかいもなしと     136
 交  読  マタイ21:1~9
 使徒信条
 祈  祷
 讃 美 ②  馬槽のなかに         98
 讃 美 ③  丘に立てる荒削りの     118
 聖  書  Ⅰ列王17:1~16
 説  教  『捧げるなら尽きない主の恵み』藤本牧師
 讃 美 ④  かいぬしわが主よ      303
 献  金
 感謝祈祷                風間姉
 頌  栄  父・子・聖霊の        271
 主の祈り
 後  奏
コメント
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「目からウロコが落ちる」の本当の意味(下)(2015.3.22 礼拝)

2015-03-24 08:47:01 | 礼拝メッセージ
2015年3月22日礼拝メッセージ
『「目からウロコが落ちる」の本当の意味(下)』
【ヨハネ9:1~7】

はじめに
 きょうは年会前の最後の礼拝です。何年か前までは、牧師が年会以降も継続して同じ教会に任命を受けるかは年会の任命式までわかりませんでした。しかし、1月の教会総会の時にも申し上げた通り、今は転任がある教会には教会総会前に内示を出して、教会総会は転任を踏まえて行う方式に変わりました。そして、私には転任の内示はありませんでしたから、年会以降も私がこの教会の牧師を務めさせていただきます。このことを1月の教会総会の時に話し、総会の時点で大きな区切りは付けてありますから、きょうの礼拝は区切りの礼拝ではなく、通常の聖日礼拝という位置付けであります。

二つの「世の光」に挟まれた「悪魔の闇」
 さて、きょうのメッセージは、『「目からウロコが落ちる」の本当の意味』の後編です。はじめに、先週のメッセージを簡単に振り返っておきましょう。
 ヨハネの福音書の8章から9章に掛けては、二つの「世の光」が「悪魔の闇」を挟み込む形になっています。二つの「世の光」というのは、一つは8章12節の、「わたしは、世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです」であり、もう一つは9章5節の「わたしが世にいる間、わたしは世の光です」です。この二つの「世の光」がサンドイッチのパンとなって、中の具の「悪魔の闇」を挟んでいます。この「悪魔」は、節で言えば8章44節にある「あなたがたは、あなたがたの父である悪魔から出た者であって、あなたがたの父の欲望を成し遂げたいと願っているのです」に当たります。
 この44節だけを見ると、イエスさまはユダヤ人たちのことを「悪魔の子」であると言っているように見えます。そして、歴史的にはこの8章44節を根拠に「ユダヤ人は悪魔の子である」として、キリスト教徒がユダヤ人を迫害して来た史実があります。しかし、この8章44節だけを取り出して「ユダヤ人は悪魔の子である」と決め付けるのは、ヨハネの福音書が発している深いメッセージを全く読み取り損なっています。
 ヨハネの福音書は冒頭の1章1節の「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった」という書き出しでイエス・キリストが「ことば」であることを宣言しました。そしてイエスさまは8章12節と9章5節で、「わたしは世の光です」とおっしゃいました。ですからイエス・キリストはみことばであり、世の光です。みことばが世の光であることは詩篇119篇も詩人が書いています。詩篇119篇105節に、「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です」とある通りです。この詩篇119篇が賛美していることばは「律法のことば」ですから、ことばであるイエス・キリストは単なることばではなくて律法のことばであるということです。
 ヨハネの福音書が「イエス・キリストは律法のことばである」としていることは、背後に重ねられている「旧約の時代」からもわかります。ヨハネの福音書の8章から9章に掛けては、背後の「旧約の時代」にあっては、ヒゼキヤ王、マナセ王、アモン王、ヨシヤ王の時代に当たります。このうち、ヒゼキヤ王とヨシヤ王は善王、すなわち善い王であり、マナセ王とアモン王は悪王、すなわち悪い王です。聖書的に善い王というのは律法を守る王であり、悪い王というのは律法を守らない王です。そして律法は人々にとっては詩篇119篇の詩人が言うように「道の光」ですから、ヨハネ8章12節の「世の光」は律法を重んじたヒゼキヤ王の時代にあたり、9章5節の「世の光」は同じく律法を重んじたヨシヤ王の時代になります。そして、その二つの「世の光」にサンドイッチされた間の悪魔の闇の時代がマナセ王とアモン王の時代です。この悪王のマナセ王とアモン王は律法を無視しましたから、この時代には律法の書の存在がわからなくなってしまっていました。それは、ヨシヤ王の時代にまで続き、ヨシヤ王の時代に神殿の献金箱の中から律法の書が出て来たことが列王記と歴代誌とに書かれています。そして面白いことに、ヨハネの福音書の8章20節と21節に、イエスさまが献金箱のある所で話をしていたことが記されています。8章20節と21節を、お読みします。

8:20 イエスは宮で教えられたとき、献金箱のある所でこのことを話された。しかし、だれもイエスを捕らえなかった。イエスの時がまだ来ていなかったからである。
8:21 イエスはまた彼らに言われた。「わたしは去って行きます。あなたがたはわたしを捜すけれども、自分の罪の中で死にます。わたしが行く所に、あなたがたは来ることができません。」

 20節にイエスさまが献金箱のある所で話をしていたことが記されており、21節でイエスさまは「わたしは去って行きます」と言いました。イエスさまは律法の書ですから、その存在がわからなくなってしまうということを、暗に示しています。
 簡単ですが、以上が、先週話したことの概略です。先週は、背後にある「旧約の時代」のことを中心に話しましたが、きょうは「使徒の時代」を中心に話したいと思います。

目からウロコが落ちたパウロ
 いま話したように、8章の背後の悪魔の時代は、律法を重んじなかったマナセ王とアモン王の時代でした。そして「使徒の時代」における悪魔の時代は、イエスを信じる者たちをパウロが率先して迫害していた時代です。イエスを信じる者たちにとってパウロは悪魔のように恐ろしい存在でした。そして、この悪魔を両側から挟んでいる「世の光」とは、聖霊の恵みです。8章の前の7章になりますが、7章37節から39節までを交代で読みましょう。

7:37 さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。
7:38 わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」
7:39 これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、御霊はまだ注がれていなかったからである。

 ここには、「使徒の時代」はイエスを信じる者には聖霊が注がれることが書かれています。8章12節の「わたしは、世の光です」は、この流れの中にあります。そうして人々がイエスを信じて聖霊が注がれた次に、使徒の働きにはユダヤ人たちがイエスを信じる者たちを迫害したことが書かれています。ユダヤ人たちはステパノに石を投げて殺してしまいました。その現場にはパウロもいたことが使徒の働き7章に書かれています。そして、そのパウロに突然イエス・キリストが現れたことが使徒の働き9章に書いてあります。その部分は、ご一緒に読むことにしましょう(新約聖書p.244)。まず、1節から8節までを交代で読みましょう。

9:1 さてサウロは、なおも主の弟子たちに対する脅かしと殺害の意に燃えて、大祭司のところに行き、
9:2 ダマスコの諸会堂あての手紙を書いてくれるよう頼んだ。それは、この道の者であれば男でも女でも、見つけ次第縛り上げてエルサレムに引いて来るためであった。
9:3 ところが、道を進んで行って、ダマスコの近くまで来たとき、突然、天からの光が彼を巡り照らした。
9:4 彼は地に倒れて、「サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか」という声を聞いた。
9:5 彼が、「主よ。あなたはどなたですか」と言うと、お答えがあった。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。
9:6 立ち上がって、町に入りなさい。そうすれば、あなたのしなければならないことが告げられるはずです。」
9:7 同行していた人たちは、声は聞こえても、だれも見えないので、ものも言えずに立っていた。
9:8 サウロは地面から立ち上がったが、目は開いていても何も見えなかった。そこで人々は彼の手を引いて、ダマスコへ連れて行った。

 こうして目が見えなくなったパウロは、ダマスコへ連れて行かれました。さてダマスコにはアナニヤがいました。イエス・キリストは今度はそのアナニヤに現れました。10節と11節を交代で読みましょう。

9:10 さて、ダマスコにアナニヤという弟子がいた。主が彼に幻の中で、「アナニヤよ」と言われたので、「主よ。ここにおります」と答えた。
9:11 すると主はこう言われた。「立って、『まっすぐ』という街路に行き、サウロというタルソ人をユダの家に尋ねなさい。そこで、彼は祈っています。

 このイエスの言葉を聞いてアナニヤは恐れました。パウロはイエスを信じる者たちを迫害する恐ろしい者だったからです。そのアナニヤにイエスさまは、なおパウロの所に行くよう言いました。そこでアナニヤはパウロの所に出掛けて行きました。17節から20節までを交代で読みましょう。

9:17 そこでアナニヤは出かけて行って、その家に入り、サウロの上に手を置いてこう言った。「兄弟サウロ。あなたの来る途中、あなたに現れた主イエスが、私を遣わされました。あなたが再び見えるようになり、聖霊に満たされるためです。」
9:18 するとただちに、サウロの目からうろこのような物が落ちて、目が見えるようになった。彼は立ち上がって、バプテスマを受け、
9:19 食事をして元気づいた。サウロは数日の間、ダマスコの弟子たちとともにいた。
9:20 そしてただちに、諸会堂で、イエスは神の子であると宣べ伝え始めた。

 17節でアナニヤはパウロに言いました。「主イエスが私を遣わされました。あなたが再び見えるようになり、聖霊に満たされるためです」。ですから、パウロの目からウロコのような物が落ちた時、パウロは単に目が見えるようになっただけでなく、聖霊によって霊的な目が開かれたのですね。
 このことから、ヨハネの福音書の8章12節と9章5節の「世の光」とは、霊的な闇の中にいる人々に聖霊が注がれて霊的な目が開かれることをも表しています。パウロは後にガラテヤ人への手紙やコリント人への手紙、ローマ人への手紙で御霊について人々に教えましたから、パウロが優れた霊性を持っていたことがわかります。それはパウロが聖霊に満たされていたからです。

霊的な目が開かれたパウロ
 では、ヨハネの福音書に戻って、きょうの聖書箇所を簡単に見ましょう。9章1節、

9:1 またイエスは道の途中で、生まれつきの盲人を見られた。

 このヨハネ9章の盲人とは「旧約の時代」にあっては発見された律法の書によって目が開かれたヨシヤ王の時代の人々ですが、「使徒の時代」にあっては霊的な目が開かれたパウロのことです。続いて、5節から7節までを交代で読みましょう。

9:5 わたしが世にいる間、わたしは世の光です。」
9:6 イエスは、こう言ってから、地面につばきをして、そのつばきで泥を作られた。そしてその泥を盲人の目に塗って言われた。
9:7 「行って、シロアム(訳して言えば、遣わされた者)の池で洗いなさい。」そこで、彼は行って、洗った。すると、見えるようになって、帰って行った。

 この盲人の目を開けたことについて、マルコの福音書では、単に「つばき」を付けただけになっています。しかし、このヨハネの福音書ではつばきと地面の土とを混ぜて泥を作っています。何故つばきだけではなく、土を混ぜた泥なのか、それはヨハネの福音書が使徒の働き9章のパウロの目から落ちた「うろこのような物」を重ねているからでしょう。目に塗った泥はすぐに乾きます。白く乾いた泥はヒビが入ればウロコのようになります。ヨハネの福音書とは、このように大変に面白い書です。最初のほうで説明したヨハネ8章の「献金箱」もそうです。どうして急にここに「献金箱」が出て来るの?と思いますが、それは「旧約の時代」のヨシヤ王の時代に献金箱から律法の書が出て来たことを重ねているからであり、このヨハネ9章の盲人の目に泥を塗った場面も、何で単に「つば」を付けただけでなく「泥」なの?と思いますが、それは使徒の働き9章の目からウロコが落ちたパウロを重ねているからです。
 先週と今週の2回に亘って、『「目からウロコが落ちる」の本当の意味』というタイトルで説教をして来ましたが、「目からウロコが落ちる」とは、パウロのように霊的な目が開かれることです。そして霊的な目が開かれるなら、霊的なイエス・キリストも見えるようになって来ます。イエス・キリストは単に肉的な人として紀元1世紀の最初の30年間の地上生涯を過ごしていただけでなく、霊的な存在として「旧約の時代」も「使徒の時代」も、そして現代も生きています。つまり永遠の中を生きています。
 そして現代の私たちも、肉的な人間としては、どんなに長くても120年間しか生きられませんが、霊的に目が開かれるなら、永遠の中にいるイエス・キリストと時間を共有することができます。ですから私たちは二千年前の十字架のことも、さらに昔の旧約聖書の時代のことでも身近に感じることができます。この時間を越えて聖書の時代を共有する働きをヨハネの福音書は助けてくれます。
 こうして、ヨハネの福音書を通して永遠の中を生きるイエス・キリストと共にいるなら、私たちは過去の悲惨な失敗の上に立って生きているのだということが良くわかります。エルサレムはマナセ王の時代の悪行ゆえにバビロニヤによって滅ぼされ、バビロンに捕囚として引かれて行きました。ユダヤの歴史は、その悲惨な失敗の上にあります。或いは、使徒パウロは過去にイエスを信じる者たちを迫害していた悲惨な過去の上に立っていました。それゆえパウロは自分のことを「罪人のかしら」と呼びました。せっかくですから、その部分もご一緒に読みましょう。第一テモテ1章の13節から15節までを交代で読みましょう(p.406)。

1:13 私は以前は、神をけがす者、迫害する者、暴力をふるう者でした。それでも、信じていないときに知らないでしたことなので、あわれみを受けたのです。
1:14 私たちの主の、この恵みは、キリスト・イエスにある信仰と愛とともに、ますます満ちあふれるようになりました。
1:15 「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた」ということばは、まことであり、そのまま受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしらです。

 今の時代、私たちは悲惨な失敗の上に立っているのだと意識することが、ますます大事になって来ていると感じます。そうでなければ日本も世界もどんどん危険な方向に進んで行ってしまうと思います。ですから私は聖書の失敗観に基づいて、私たちの国の日本国憲法もまた戦争の惨禍という悲惨な失敗の上に制定されたのだということを、強く訴える必要性を感じています。

悲惨な失敗の上にいる私たち
 おとといの金曜日、カトリック教会で沼津伝道者会がありました。私が沼津に来てからカトリック教会で伝道者会が持たれたのは2度目ですが、前回は沼津のカトリック教会で会合が持たれ、そしておとといは三島のカトリック教会のほうで会合が持たれました。カトリック沼津の河野司祭は三島のカトリック教会の司祭も兼ねていて、今度は三島のほうで行いましょうという提案がありました。それは、三島のカトリック教会が新しく建物を建て替えたからです。昨年の12月に竣工して12月28日に最初のミサを行ったそうですから、完成したばかりです。その真新しい聖堂を皆で見せていただきました。とても素晴らしい聖堂で、私たちの教会にも新しい礼拝堂が欲しいなと改めて思いました。
 それはそれとして、おとといの会合では、4月からの半年間のFM放送の「潮風の中で」のメッセージの担当の月が決められました。私の次の担当は5月9日の放送です。それで私は早速、今度は何を話そうかと考え始めていますが、5月3日が憲法記念日ですから、日本国憲法と聖書とを絡めて話をしようと思っています。先ほども少し言ったように日本国憲法も聖書も悲惨な失敗が土台になっていますから、このことをFM放送でお伝えしたいと願っています。聖書に書かれていることのほとんどは、登場人物たちがいかに悲惨な失敗を重ねて来たかということです。
 旧約聖書にはエデンの園でのアダムとエバの失敗、ノアの洪水に流された人々の失敗、エジプト脱出後に荒野を40年間も放浪し続けたイスラエルの民の失敗、サウル王の失敗、ダビデ王の失敗、ソロモン王の失敗、アッシリヤに滅ぼされた北王国の失敗、バビロニヤに滅ぼされた南王国の失敗、等々が描かれています。新約聖書にも多くの失敗が記されています。イエスを理解できなかった弟子たちの失敗、イエスを三度知らないと言ったペテロの失敗、イエスを信じる者たちを迫害したパウロの失敗、或いはまたペテロが一旦は異邦人とともに食事をするようになっていたのに段々とまた異邦人から離れて行ってしまった失敗、等々です。聖書に記されている失敗はまだまだ他にもたくさんあります。
 ペテロもパウロも、「旧約の時代」の自分たちの祖先の悲惨な失敗の上に立つとともに、自らの個人的な失敗の上にも立っています。
 このことは、現代の私たちの場合も、全く同じです。私たちの祖先も悲惨な失敗を繰り返しましたが、私たちもまた個人的に悲惨な失敗を繰り返して来ました。

おわりに
 これらのことは、聖書に馴染んでいる私たちは良く知っていることですが、ラジオを聴いている一般の方々にとっては、ほとんど馴染みが無い事柄でしょう。ですから、聖書の記述がいかに悲惨な失敗で満ちていて私たちはそれを土台にしているのだということを説明しつつ、日本国憲法も悲惨な失敗を土台にしているのだということを分かち合いたいと願っています。
 そうして私たちは、この沼津の多くの方々と平和の尊さを共有しながら、イエス・キリストの福音の恵みに与りたいと思います。
 お祈りいたしましょう。
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地域のために祈る教会(2015.3.18 祈り会)

2015-03-19 10:51:21 | 祈り会メッセージ
2015年3月18日祈り会メッセージ
『地域のために祈る教会』
【詩篇65:1~4】

はじめに
 これまで祈祷会で何度か見て来た出エジプト記は、2ヶ月前の1月14日の祈祷会から始めました。出エジプト記の学びをしたいと思った動機は、モーセが様々な迷いや思い悩みの中で主の命令を受け入れ、イスラエルの民を率いて行ったことから学んでみたいということでした。
 私たちの教会も思い悩みの中にあります。新会堂を建設したいという強い気持ちはありますが、そんなに簡単なことではないということを、誰もが感じています。その中で私たちは、この会堂問題にどのように取り組んで行ったら良いのか、大きな悩みがあります。もちろん私たちは、主が何とかして下さるであろうという信仰を持って祈っています。しかし、ただ祈っているだけでは、なかなか主の御心が見えて来ないということも段々と学んで来ました。ただ祈りながら主の御業を待ち受けるだけでは物事が良い方向に動くことはなく、私たちが何らかのアクションを起こし、その行動の中に主の御業が現されるのだということを学んで来ています。そうして、少しずつ小さな一歩を踏み出している私たちは常に、次のアクションは何か、次の一歩はどの方向に踏み出すべきなのか、そのことに思い悩みながら歩んで行かなければなりません。
 モーセは死ぬまで苦労が絶えませんでしたから、その苦労に伴う思い悩みも当然ありました。しかし、「迷い」があったのは最初のうちだけで、苦労やそれに伴う悩みはあっても、迷うことなく主の御声に聞き従って行きました。出エジプト記を読むと、主が為された御業がモーセの迷いを無くしていったことがわかります。
 私たちの教会の会堂問題も、これからもずっと苦労や思い悩みが絶えることはないと思いますが、迷いについては段々と無くなっていくのであろうと思います。出エジプト記の学びを始めてからの、この2ヶ月の間だけでも随分と事態が動いています。それは背後で主が動いて下さっている、すなわち御業が為されているということだと思いますから、それに伴い、私たちの迷いは無くなっていくのかなと思います。

地域のために祈る教会
 それで、ここまでに主がどのような御業を為して下さっているのか、期日としては少し行ったり来たりしますが、いま私の頭の中にあることを、お話ししたいと思います。
 まず今私は、4月12日の礼拝説教をどのようにしたら良いか、祈り求めています。次の聖日の3月22日の礼拝説教は前回の続きですので、もう決まっています。その次の29日はDVD説教ですので、私は担当しません。その次の4月5日のイースター礼拝ですから、イースターに因むものです。そして、その次の4月12日の礼拝をどうするかということですが、この日は午前中の礼拝からシオン教会の兄弟が出席して下さるということです。この日の午後に、私たちの教会では会堂問題に関する特別勉強会を、兄弟をお招きして実施することにしています。その兄弟も出席して下さるという午前の礼拝の説教では、何が語られるべきか、祈り求めています。
 そうして今の段階で示されつつあるのが、地域のために祈る教会でありたいということを、皆さんと確認し合いたいということです。
 4月12日の2日前の4月10日は、昨年、片浜の信号の無いT字路で起こった交通事故により、小学5年生の男の子が亡くなった日です。この事故があった時、私はそれまでの祈祷会で地域のために祈って来なかったことを悔やみました。祈祷会で何を祈ったかは、週報の3ページ目に記録されていますから、過去の週報を見れば、祈祷会で何を祈ったかがわかります。そして去年の4月10日より前の祈祷会の記録を見ると、地域のために全く祈って来なかったことがわかります。このことを私は悔やみ、事故の後の最初の4月16日の祈祷会では、祈祷課題として

「地域の方々のため、特に子供達とお年寄りの安全が守られるように。地域伝道の中心となる教会の会堂が与えられるように」

を挙げたことが昨年の週報を見るとわかります。
 つまり、昨年の4月のお祈りで私たちは、地域の方々のためのお祈りと会堂問題とを、一つのセットにしてお祈りしていました。そして週報によれば、翌週の4月23日の祈祷会でも、同じ課題で祈っています。つまり地域のための祈りと会堂問題とをセットにして祈っています。次の4月30日は葬儀がありましたから、祈祷会はお休みをして、その次の5月7日も、やはり地域のための祈りと会堂問題とをセットにしています。

教会の二つの大きな柱
 そうして、この去年の5月に会堂問題が大きく動き始めました。去年の5月25日の幹事会で配布した会堂の屋根の状態に関するレポートによれば、私は昨年の5月22日に会堂の屋根に上がり、屋根の腐食が相当に進んでいることがわかりました。そして、このことを幹事会で報告し、幹事以外の教会の皆さんにも報告し、静岡教区の主事とBAにも報告し、さらには教団の会堂委員会の委員長に報告し、代表にも報告しました。そうして7月の13日に第1回の会堂建設委員会を開いて、屋根の葺き替えは行わずに、新会堂に向かって歩み出すことを確認し合いました。
 こうした経緯を見ると、祈祷会で地域のための祈りと会堂問題とをセットにして祈り始めたことで事態が動き始めたのだなと私はいま、改めて思っています。そして、地域のために祈る教会であることが、この教会の大きな柱であるのだと改めて思っています。つまり、私たちの教会の大きな柱は二つあり、一つは平和のメッセージを世界に向けて発信することと、もう一つは地域のために祈ることです。一つめの平和のメッセージを世界に向けて発信することは、教会がどこにあってもできることです。しかし、地域のために祈ることは、地域に溶け込んでいないと、なかなかできないように思います。どこに教会があっても地元のために祈ることはできますが、教会が地域に馴染んでいるかいないかでは、祈る私たちの祈りの深さも違って来るのではないかなと思います。この教会では、廣瀬先生のご一家が32年前に越して来て、そして二人のお子さんが地元の幼稚園、小学校、中学校に通って地域の方々と交流をして来ました。そのように地域に溶け込んだ教会です。私としては、この地域のために祈る教会でありたいという願いと、これまでこの教会がこの地域に馴染んで来たこととは、切り離せないことのように感じています。どこの教会であってもイエス・キリストの福音を宣べ伝えることは求められており、それは教会がどこにあってもできることだと思いますが、地域のために祈ることは、地域に馴染んだ教会のほうが祈りに深さが増すように思いますが、いかがでしょうか。
 こんな話をしているのは、実は理由があり、少し話しておくことにします。
 (省略)

おわりに
 最後に聖書を見ましょう。詩篇65篇の1節と2節を交代で読みます。

65:1 神よ。あなたの御前には静けさがあり、シオンには賛美があります。あなたに誓いが果たされますように。
65:2 祈りを聞かれる方よ。みもとにすべての肉なる者が参ります。

 私たち肉なる者は、祈るために集います。そして私たちは地域のために祈りたいと思います。続いて3節と4節を交代で読みましょう。

65:3 咎が私を圧倒しています。しかし、あなたは、私たちのそむきの罪を赦してくださいます。
65:4 幸いなことよ。あなたが選び、近寄せられた人、あなたの大庭に住むその人は。
 私たちは、あなたの家、あなたの聖なる宮の良いもので満ち足りるでしょう。

 最後の聖句の「あなたの家、あなたの聖なる宮」は、この詩篇の詩人にとってはエルサレムの神殿のことですが、私たちにとっては教会の礼拝堂です。私たちは礼拝堂で礼拝を捧げ、祈りを捧げることで、神様の霊と交わり、神様の恵みに満たされ、満ち足りたいと思います。そして、この素晴らしい恵みを地域の方々と分かち合うことができるようになりたいと思います。
 お祈りいたしましょう。
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3月22日礼拝プログラム

2015-03-19 08:12:03 | 礼拝プログラム
「ヨハネの永遠観」の発信教会
 インマヌエル沼津キリスト教会

3月22日 礼拝 午前10時半~

 礼拝はどなたでも参加できます
 お気軽にご出席ください

3月 第4聖日礼拝順序

 司  会                矢崎兄
 奏  楽                荒川姉

 前  奏
 讃 美 ①  救い主イエスと       409
 交  読  詩篇119:97~112
 使徒信条
 主の祈り
 祈  祷
 讃 美 ②  朝つゆの園を        378
 讃 美 ③  御霊は天より        173
 聖  書  ヨハネ9:1~7
 説  教  『「目からウロコが落ちる」の本当の意味(下)』小島牧師
 讃 美 ④  父の神の真実         40
 献  金
 感謝祈祷                矢崎姉
 頌  栄  父・子・聖霊の        271
 祝福の御言葉
 後  奏
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「目からウロコが落ちる」の本当の意味(上)(2015.3.15 礼拝)

2015-03-16 10:55:37 | 礼拝メッセージ
2015年3月15日礼拝メッセージ
『「目からウロコが落ちる」の本当の意味(上)』
【ヨハネ8:12~20】

はじめに
 先週まで何週間かに亘ってネヘミヤ記を学びました。これまで話して来た通り、これは会堂の再建のための学びという面もありますが、それ以上に平和を再建するための学びであると私は考えてメッセージの準備をして語って来ました。ただし、これまでのネヘミヤ記のメッセージでは、どのようにして平和のために働きたいと私が考えているかの具体的なことについては、何も語りませんでした。
 そこで、今週と来週の2回は、具体的に何をどのように平和の働きへとつなげて行きたいのか、いま私が準備中のことについてお話ししたいと思います。

「ヨハネの福音書の永遠観」で平和の働きに貢献
 それは早く言えば、「ヨハネの福音書の永遠観」を多くの人に知っていただくことを通して平和の働きに貢献したい、ということです。この「ヨハネの福音書の永遠観」については、これまでもその全体像を皆さんにもお話しして来ましたし、その他の方々にもお伝えしようと努力して来ました。そうする中でわかって来たことは、「ヨハネの福音書の永遠観」の全体像を知っていただくためには、ヨハネの福音書の全体を知っている必要があることはもちろん、旧約聖書の全体像もある程度は知っている必要がありますし、新約聖書の使徒の働きの全体像もある程度知っている必要がありますから、聖書に馴染みのない方々にわかっていただくことは当たり前ですが全く不可能であり、また信徒の皆さんにもかなり荷が重いことであるということです。一方、牧師の先生方は聖書の知識という面では大丈夫なのですが、先生方は既に自分なりの聖書観がしっかりと出来上がっていますから、やはり「ヨハネの福音書の永遠観」を分かち合うことは、大変に難しいことなのだということがわかりました。
 それで少し作戦を変えて、いきなり永遠観の説明をするのではなく、「愛弟子を1世紀から救出しよう」という作戦を考えてみました。そして、このテーマで本を書こうと思ってA4紙に30ページぐらい書いた段階で、ある先生に読んでいただくことができました。そして、その後で私は東京へ行って先生とじっくりと話をすることができたのですが、東京から帰って来て、私はこの「愛弟子作戦」も引っ込めたほうが良さそうだという結論に達して、別の作戦を考えることにしました。
 「愛弟子作戦」のどこが悪かったかというと、愛弟子はヨハネの福音書の13章から登場する人物です。私としては、先ずその13章以降を入口にして読者にヨハネの福音書に入ってもらい、それから1章から12章までの三つの時代が重なり合っている区間に読者を誘導して永遠観について説明したいという意図があったのですが、いま考えてみれば当たり前のことですが、先生から私への質問やコメントは13章以降のことに集中していて、肝心の1章から12章までの区間の永遠観についての議論ができませんでしたから、どうも「愛弟子作戦」もあまり上手くないようです。
 それで今考えている作戦は、あまり欲張らないで、1章から12章までの区間の中でも、さらに狭い区間を切り取って、その区間についてじっくりと説明して平和の働きにつなげようという作戦です。今週と来週、その説明をさせていただきますが、仮に作戦の名前を付けるとしたら「目からウロコが落ちる作戦」ということになるでしょうか。ヨハネの福音書の8章から9章に掛けては「目からウロコが落ちる」とはどういうことか、その本当の意味が隠されているからです。

ユダヤ人迫害の火種となったヨハネの福音書
 きょう聖書朗読で呼んでいただいた箇所の始めのヨハネ8章12節でイエスさまは「わたしは世の光です」と言っておられますが、イエスさまは、9章5節でも「わたしは世の光です」と言っておられます。この8章12節と9章5節の二つの「わたしは世の光です」はサンドイッチのパンの役割をしていて、中身の具を挟み込んでいます。この二つの「光」が挟んでいる中身は「闇」です。この「闇」は悪魔に支配されています。8章44節を見ていただきますと、

8:44 あなたがたは、あなたがたの父である悪魔から出た者であって、あなたがたの父の欲望を成し遂げたいと願っているのです。悪魔は初めから人殺しであり、真理に立ってはいません。彼のうちには真理がないからです。彼が偽りを言うときは、自分にふさわしい話し方をしているのです。なぜなら彼は偽り者であり、また偽りの父であるからです。

というように、イエスさまがユダヤ人たちのことを「悪魔」であると言っています。この8章から9章に掛けての背後に何が隠されているのかについては、既に礼拝説教で一度ご説明したことがありますが、その時には単にこの区間の構造について説明しただけでした。今回は、「平和のための働き」ということを意識しながら、もう一度、説明させていただくことにします。
 ヨハネ8章44節は、いま見たようにイエス・キリストがユダヤ人たちを激しく批判していますから、ユダヤ人とキリスト教徒との間の激しい対立の火種になってしまいました。ユダヤ人の著者によって1983年に書かれた『ユダヤ人はなぜ迫害されたか』(デニス・ブレガー、ジョーゼフ・テルシュキン著、松宮克昌訳、ミルトス、原著1983、訳書 1999)という本には、反ユダヤ主義についての様々な事例が記されており、キリスト教徒による反ユダヤ主義にも多くのページが割かれています。その中で著者はヨハネの福音書について8章44節を念頭に置いて次のように書いています。

「ユダヤ人は悪魔であるとする考えは、西暦100年頃に書かれたヨハネ福音書に端を発している。特別に反ユダヤ色の強いヨハネ書はユダヤ人は悪魔であるとする理論を定型化して、ユダヤ人がイエスを拒絶し殺害したと説明した。」(p.153)

 ここで著者はヨハネの福音書のことを「特別に反ユダヤ色の強いヨハネ書」と断定しています。そして、「ユダヤ人は悪魔である」とする理論を定型化したと説明しています。さらに著者は中世の状況について次のように書いています。

「中世には至るところでキリスト教徒たちは、ヨハネ福音書にあるユダヤ人は悪魔の子であるという告発を繰り返した。数百万のキリスト教徒たちは、ユダヤ人は実際には人間ではなく、悪魔の落とし子、サタンの仲間、反キリストの化身と信じはじめた。この、ユダヤ人を悪魔であるとして非人間化したことは、ユダヤ人に対するあらゆる非難をもっともらしいものにさせた。」(p.160)

 こうしてキリスト教徒はユダヤ人を迫害して、多くのユダヤ人が命を落としました。20世紀のナチス・ドイツによるユダヤ人の大量虐殺には、また別の要因が絡んでいますが、古くからのユダヤ人迫害と決して無関係ではありませんから、延長線上にあると言っても良いと思います。
 ヨハネの福音書がこのような解釈をされて読まれて来たことは悲劇としか言えません。ユダヤ人とキリスト教徒の双方が共にヨハネの福音書が発信するメッセージを誤って読み取っています。この誤読が憎悪を生み、数多くの悲劇が起きました。

「目からウロコが落ちる」とはどういうことか
 このような悲劇が起きたのは、ほとんどの読者が、ヨハネの福音書の表面の部分、つまり目に見える部分しか見ていないからです。目に見える表面だけを読めば、イエスさまは確かにユダヤ人たちのことを「悪魔」と呼んでいます。しかし私たち読者は目に見える表面部分だけでなく、目に見えない深い部分が見えるようにならなければなりません。この目に見えない深い部分が見えるようになることが、「目からウロコが落ちる」ということです。
 この「目からウロコが落ちる」の語源がどこから来るかは、よく知られているように使徒の働き9章で、ダマスコ途上で目が見えなくなったパウロの目が見えるようになった時の描写から来ます。そして、その出来事はヨハネの福音書においては、9章の盲人の目が開かれたことと重ねられています。この9章の説明は、来週の後編で詳しくすることにしたいと思いますが、少しだけ話しておくと、ダマスコ途上のパウロは目からウロコが落ちたことで霊的な目が開かれました。ですから「目からウロコが落ちる」とは霊的な目が開かれるということです。では、霊的な目が開かれるとはどういうことか、それはヨハネの福音書の深い部分が見えるようになることである、とも言えるでしょう。
 ですから、新約聖書の使徒の働きが語源である「目からウロコが落ちる」の本当の意味は、霊的に深いことが本当にわかるようになることであると言えます。しかし、日本語として一般的に「目からウロコが落ちる」という言葉が使われる場合には、そんなに深い意味では使われていないと思います。私としては、そこを狙い目にして、「目からウロコが落ちる」の本当の意味を説明することで、平和の働きにつなげて行けないだろうかと考えています。
 ここで一旦、聖書を離れて、日本語として一般的に、この「目からウロコが落ちる」という言葉がどのように使われているかを見てみたいと思います。
 まず、辞書を調べてみると、「デジタル大辞泉」には次のように書いてありました。
「目から鱗(うろこ)が落ちる:《新約聖書「使徒行伝」第9章から》何かがきっかけになって、急に物事の実態などがよく見え、理解できるようになること」
 これは、わかりやすい説明ですね。もう一度説明部分をお読みします。
「何かがきっかけになって、急に物事の実態などがよく見え、理解できるようになること」
 さてしかし、インターネット上の書店のamazonで「目からウロコ」と入力して検索してみたところ、「目からウロコ」は(「が落ちる」は省略された形で)本の名前にたくさん使われていることがわかりました。それらの書名を挙げてみます。
『目からウロコの○○○』、『目からウロコの×××』、『目からウロコの△△△』、『目からウロコの□□□』などなど、です。
 これらの本の題名を見ると、今ひとつ軽い使われ方がされているなあという印象を私は受けました。これらの本の題名は、確かに辞書的な意味の、「何かがきっかけになって、急に物事の実態などがよく見え、理解できるようになること」を満たしているのかもしれません。しかし、「使徒の働き」9章のパウロが語源になっていることを考えるなら、パウロの人生がそれ以降、根本的に変わったように、その人の人生を根本的に変える力のあるものが本来の意味での「目からウロコが落ちる」ではないかと私は思いますし、さらに言えば、本人の人生が変わるだけでなく、パウロがイエス・キリストを宣べ伝えたことで、他の人々の人生も変わり、そうして世界も変わって行ったように、「目からウロコが落ちる」は世界が変わるぐらいの力のある時に使うべきものではないかと私は言いたい気がします。
 そして私は、「ヨハネの福音書の永遠観」には、そのように世界を変える力があると確信しています。4年前の2011年の6月にヨハネの福音書の隠された構造に気付いた時、私の目からはウロコが落ち、それ以来、私はこのヨハネの福音書を宣べ伝えることを通して平和の働きをするのだという私の人生の方向が定まりました。それまでも平和の働きをしたいと願っていましたが、どの方向に進んだら良いかわからないでいました。ですから、ヨハネの福音書の構造を知って私の人生の方向が定まったことは、私の人生を変えたと言って良いのだろうと思います。ですから私は、このヨハネの福音書が内部に秘めた深い世界を是非多くの方々と分かち合い、平和のために貢献したいと願っています。

律法のことばであり、聖霊であるイエス
 さてヨハネの福音書の8章と9章の説明です。来週もう一回見ますから、もしきょうあまり理解できなかったとしても、あまり気になさらないで下さい。
 最初のほうで話したように、この8章と9章では、8章12節と9章5節の2つの「世の光」が8章44節の「悪魔」を挟み込む構造になっています。「悪魔」は「闇」を支配していますから、二つの「世の光」に挟まれた「悪魔」は「光と闇」、「明と暗」のコントラストを鮮やかに浮かび上がらせています。「光」は「闇」の存在によって一層はっきりと存在感を示すことができます。ですから、この箇所からヨハネの福音書の読者が読み取るべきことは「『世の光』とは何か」ということだと私は考えます。
 「『世の光』とは何か」、それはつまり、「イエスとは誰か」ということになります。なぜならイエスさまは「わたしは、世の光です」とおっしゃっているからです。
 では、イエスとは誰でしょうか。「イエスとは誰か」を考えるとすれば、必然的にヨハネ1章1節と1章14節のみことばも絡んで来ます。1章1節は、ご存知の通り、
「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。」(1:1)
であり、1章14節には、
「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。」(1:14)
と書いてありますね。
 この1節と14節の「ことば」とはイエス・キリストのことです。すると、「世の光」とは実は「ことば」のことであることになります。イエスは世の光であり、ことばでもあるということになります。
 そうして「イエスは世の光であり、ことばでもある」ということになれば、詩篇119篇の有名なみことば、すなわち105節の「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です」との関係も見えて来ます。
 この詩篇119篇は、律法のことばへの愛を告白している詩篇ですから、ことばであるイエス・キリストは律法のことばであるということにもなります。さらに言えば、使徒の働きでパウロの目を開いたのは聖霊ですから、世の光であるイエスは聖霊でもあります。つまり、世の光であるイエスは律法のことばであり聖霊でもあります。これはエレミヤ書の成就であるとも言えるでしょう。エレミヤ31章33節に次のように書いてある通りです。
 
31:33 彼らの時代の後に、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこうだ。──【主】の御告げ──わたしはわたしの律法を彼らの中に置き、彼らの心にこれを書きしるす。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。

マナセ・アモン王の時代に献金箱の中にいたイエス
 さて今、世の光であるイエス・キリストが律法のことばであることを、ヨハネ1章1節の「初めに、ことばがあった」と、詩篇119篇105節の「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です」との関係から導き出しました。このことに加えてさらに、ヨハネの福音書の背後にある旧約聖書からも導き出すことができます。

(ブログを読んで下さっている方への注:ヨハネの福音書は下図のような構造をしており、1~12章の区間では「福音書」の背後に「旧約聖書」と「使徒の働き(使徒行伝)」が重ねられている重層構造になっています。)



 それは、世の光に挟まれている闇の時代が、悪王であるマナセ王とアモン王の時代に重ねられているからです。この悪王のマナセ・アモンの前のヒゼキヤ王の時代では律法が重んじられ、マナセ・アモン王の後のヨシヤ王の時代にも、やはり律法が重んじられました。しかし、マナセ・アモン王の闇の時代には律法を重んじませんでしたから、律法の書の存在がその間に忘れられてしまいました。そして、ヨシヤ王の時代に、宮の献金箱から律法の書が発見されました。歴代誌第二の34章をご一緒に見ましょう(旧約聖書p.787)。1節に、

34:1 ヨシヤは八歳で王となり、エルサレムで三十一年間、王であった。

とありますから、ここにはヨシヤ王の時代のことが書いてあります。そして、14節に、

34:14 彼らが、【主】の宮に携え入れられた金を取り出していたとき、祭司ヒルキヤは、モーセを通して示された【主】の律法の書を発見した。

とあります。彼らは、献金箱を開けて金を取り出していた時に、律法の書を発見しました。これは、ヒゼキヤ王の時代に大切にされていた律法の書ですね。それが悪王のマナセとアモン王の時代には大切にされていませんでしたから、その存在が忘れられていたのですが、何と献金箱の中にあったのでした。そして面白いことに、ヨハネの福音書には、ちゃんとこのことが記されています。
 ヨハネの福音書8章の20節と21節を、お読みします。

8:20 イエスは宮で教えられたとき、献金箱のある所でこのことを話された。しかし、だれもイエスを捕らえなかった。イエスの時がまだ来ていなかったからである。
8:21 イエスはまた彼らに言われた。「わたしは去って行きます。あなたがたはわたしを捜すけれども、自分の罪の中で死にます。わたしが行く所に、あなたがたは来ることができません。」

 20節でイエスさまは献金箱のある所で話をしていて、21節で、「わたしは去って行きます」とおっしゃいました。つまり律法の書であるイエスは献金箱の中に去ってしまって捜しても見つからなくなるというわけですね。ヨハネの福音書というのは、ユーモアに富んでいる書でもあると言えるでしょう。このような面白い表現がヨハネの福音書のあちこちにあります。このヨハネの福音書の独特のユーモアがわかるようになると、ヨハネの福音書をより一層深く味わえると思います。

火種にはならないヨハネ8:44
 このように、律法の書の存在がわからなくなったマナセ王・アモン王の時代は悪魔の時代であり、この悪王マナセの悪行のゆえにユダの国が滅ぼされてユダの民がバビロンに捕囚として引かれて行きました。列王記第二には次のように書かれています(Ⅱ列王24:3,4)

24:3 ユダを主の前から除くということは、実に【主】の命令によることであって、それは、マナセが犯したすべての罪のためであり、
24:4 また、マナセが流した罪のない者の血のためであった。マナセはエルサレムを罪のない者の血で満たした。そのため【主】はその罪を赦そうとはされなかった。

 70年後にバビロン捕囚を解かれてエルサレムに帰還したユダの民が律法を重んじるようになったのは、この悪魔の時代の反省の上に立っているわけであり、それがイエスの時代のパリサイ人たちにも受け継がれて行っているわけですから、8章44節でイエスさまが「あなたがたは、あなたがたの父である悪魔から出た者である」と言ったことも、背後に「旧約の時代」があることがわかるなら、別に怒ることはないんですね。
 或いは、この「悪魔の時代」とは、「使徒の時代」においてはパウロの目からウロコが落ちる少し前の時代のことですから、パウロが率先してイエスを信じる者たちを迫害していた頃のことです。ですからヨハネ8章44節の「悪魔」とはキリスト者を迫害していた時のパウロのことであると考えるなら、キリスト教徒がこの44節を理由にユダヤ人を悪魔とみなして迫害することは、まったくおかしな話だということになります。
 従って、このヨハネ8章44節によってユダヤ人が悪魔とみなされ、多くのユダヤ人がキリスト教徒によって殺されたことは本当に悲劇としか言いようがありません。
 ですから私は、是非多くの方々にヨハネの福音書の表面だけでなく、もっと深い部分を知って目からウロコを落としていただきたいと思います。そうして、平和な世界へと変わって行って欲しいと願っています。そして、この働きをより効果的なものにするため、平和憲法の考え方と絡めることを今、考えています。このことについては来週お話しする予定でいます。

おわりに
 昨日の沼津コーストFMの「潮風の中で」はカトリック教会の司祭がメッセージを担当されましたが、その中で日本のカトリック中央協議会の戦後70年司教団メッセージが紹介されました。メッセージのタイトルは「平和を実現する人は幸い~今こそ武力によらない平和を」で、メッセージの中では「戦争放棄への決意」が明文化されています。これは私が神様から与えられている使命とピタリと重なりますので、大変に励まされました。今週は沼津伝道者会がまた持たれますので、このメッセージに私が大変に感銘を受けたことを先生方と分かち合うことが出来たらとも思っています。
 このように、いま平和の働きのための機運が高まっていると感じていますから、皆さんと共に働くことができたら幸いに思います。
 お祈りいたしましょう。
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日本から世界に発信したい平和の光(2015.3.11 祈り会)

2015-03-12 21:09:56 | 祈り会メッセージ
2015年3月11日祈り会メッセージ
『日本から世界に発信したい平和の光』
【ヨハネ8:12、9:5】

8:12 イエスはまた彼らに語って言われた。「わたしは、世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。」
9:5 わたしが世にいる間、わたしは世の光です。」

はじめに
 きょうは東日本大震災が起きた3月11日ですから、出エジプト記の学びはお休みにして、ヨハネの福音書のみことばを読みました。
 3月に入ってからテレビや新聞等で、震災から4年が経った被災地の人々の様子が連日報道されるようになりました。それらの報道によれば、まだまだ苦難の中にいる方々が、大勢いらっしゃることがわかります。どこに希望を見出したら良いのかが全くわからず、暗い日々を過ごしている方々が大勢いらっしゃるということです。

日本に根付いていない心を慰める宗教
 これらの報道を見ていて私は、日本には心を慰める宗教が根付いていないことを改めて感じています。
 仏教と神道は根付いていますが、仏教は震災で亡くなった方々を弔うためのものであり、神道は建物を再建する時の起工式や竣工した時の落成式での儀式を行うものであり、傷ついた人々の心を慰めるものには、なっていないと思います。震災を機に、仏教の教えによって人々の心を慰める活動をしている僧侶も多くいると思いますが、それほどは人々の心に届いていないように思います。
 一方、キリスト教の聖書のことばは多くの人々の心を慰めるはずのものですが、やはり、まだまだ被災地の人々の心には届いていないようです。被災地の教会の先生方や教会員の方々は頑張っておられると思いますが、まだ十分には届いていないと思います。その要因の一つとして、キリスト教会の多くが、あからさまな伝道は控えているという事情もあるでしょう。震災に乗じて伝道するようなやり方は人の不幸に付け込むようであり、そのような露骨な伝道は控えたほうが良いという考え方があると思います。ですからキリスト教色をあまり前面に出さずに支援をしている場合が多々あることでしょう。それはとても貴いことだと思います。しかし、それだと聖書のことばがなかなか人々の心に届かないという歯がゆさがあると思います。
 このような場合は、むしろ仏教の教えなら、もともと日本人の多くはお寺と関係がありますから、心に届きやすいのではないかと思います。そうして先ほども言ったように、被災した人々の心を慰めようとしている僧侶も少なくないと思います。しかし、人々の心の救いに仏教が大いに役立っているという話もそんなには聞きません。それらのことから、日本には心の救済につながる宗教が根付いていないことを私は改めて感じています。

聖書のことばはなぜ日本人の心に届かないのか
 どうして聖書のことばは多くの日本人の心に届かないのでしょうか。そして、どうしたら日本人の心に届き、日本人のものになるのでしょうか。このことについては、これまで多くの人々が論じ、多くの論文が書かれ、本も少なからず出版されています。よく言われるのが、キリスト教は明治維新の頃に、士族出身のインテリ層によって受け入れられたので、庶民にまで届かなかったというものです。内村鑑三や『武士道』の著者の新渡戸稲造や、一昨年の大河ドラマ『八重の桜』の新島八重も夫の新島襄も、皆、武家の出身ですから、確かにそういう面はあるかもしれません。
 しかし、明治維新から戦前までは、そういう面はあったかもしれませんが、戦後のキリスト教ブームの頃は広く一般に受け入れられたと思いますから、この説ですべてが説明できるわけではないと思います。
 また、強固な檀家制度のこともよく言われると思います。それも、ひと昔前までは、そういう面もあったと思います。しかし、最近では檀家制度も崩れつつあって、お寺に属していない人々も増えていると思います。それらのお寺に属していない人々が、キリスト教を受け入れるかというと、そうでもないと思います。
 その他にも、檀家制度や地域ぐるみでの神社のお祭りに慣れ親しんでいる日本人は地域の一員として宗教と関わっているので、個人宗教であるキリスト教は馴染みにくいという指摘もあります。確かにそういう面もあるでしょう。
 これらのいずれもが、ある程度は説明になっていると思います。しかしまた、どれも十分に満足な説明にはなっていないように思います。

日本から逆輸出されて初めて日本人のものになる
 最近私は、外から輸入されたものは工業製品であれ、思想的なものであれ、何であっても日本から海外に輸出されるようになって初めて、日本人のものになるのではないかと考えるようになりました。自動車や電気製品は海外で生まれたものですが、戦後になって日本から海外向けに大量に輸出されるようになってからは、もはや自動車や電気製品を外国生まれの輸入品だなどと言う人はいないでしょう。
 キリスト教は今でも日本人の多くが外国生まれの宗教だと思い、聖書は外国の書物だと思っていると思います。ですから私は、聖書のことばが日本から逆輸出されて世界に向けて発信され、世界の平和に貢献できるようになるなら、聖書のことばも日本人のものになって行くのではないかと考えるようになりました。そして私はヨハネの福音書の未だ気付かれていない隠されたメッセージが、そのことに貢献するであろうと思っています。ただし、これまでのところの状況を見ると、ヨハネの福音書単独ではどうやら難しそうです。そこで日本が世界に誇る平和憲法とセットにできないだろうかと、いま私は考えています。
 憲法9条を持つ日本国憲法を、多くの日本人は愛していると思います。しかし、今の憲法は外国から押し付けられたものだと考える人々も少なくありません。ですから、日本国憲法も、まだまだ日本人のものになっていないと言えるのかもしれません。ですから平和憲法の考え方も世界に輸出されるようになって初めて日本人のものになるのかもしれません。幸いなことに昨年は憲法9条を持つ日本人にノーベル平和賞を、というキャンペーンが多くの賛同者を集め、ノーベル平和賞の委員会も候補のリストに入れて、海外からも大きく注目されるようになりました。ですから日本国憲法の考え方は、海外に輸出され始めていると言えるのではないかと思います。日本人が今の内閣の下で日本国憲法を改正するのか、或いは今の平和憲法を尊ぶのか、世界が注目するようになって来ていると思います。
 いま私は、ヨハネの福音書の平和のメッセージを、平和憲法と上手く絡めて発信できないだろうかと考えています。次の聖日の礼拝と、その次の聖日の礼拝メッセージで、その説明をさせていただきたいと思っています。そうして平和憲法が日本人のものになり、聖書のことばが日本人のものになるなら、いま被災地で苦しんでいる人々の艱難が軽減さらるのではないか、今すぐには難しいかもしれませんが、やがてはそういう方向に向かって行くのではないか、そのような期待を私は持っています。

ヨハネの福音書と平和憲法を絡めて発信する
 では、ヨハネの福音書と平和憲法を、どのように絡めて行ったら良いのか、それを今私は考えている段階ですが、少し前から私はヨハネ8章と9章の「わたしは世の光です」と、それに挟まれた「悪魔の時代」を中心にしてヨハネの福音書に隠された「旧約の時代」と「使徒の時代」の重層的な構造について説明する原稿を書いていますから、平和憲法も、そこに絡めて行くのが良いだろうと考えています。
  たとえば、こんな感じで絡めてみたらどうでしょうか。
 ヨハネ8章と9章の二つの「わたしは世の光です」は「悪魔の時代」を挟み込んで封じ込めているような形になっていますから、平和憲法の場合も、日本人が今の平和憲法を維持して憲法9条を変更しないことを示すことで、現代の世界で暗躍する悪魔を封じ込めてしまおうと提案するのです。
 1946年に交付された日本国憲法の憲法9条を日本人が今後とも維持する意志を示すなら、第二次世界大戦後の70年間を平和憲法で挟み込むことができます。21世紀に入ってからの世界は、過激派集団によるおぞましいテロ行為によって「悪魔の時代」のようになってしまいました。2001年にニューヨークの世界貿易センタービルに旅客機が突っ込んだ行為がそうでしたし、「イスラム国」による残虐な行為は悪魔を思わせるものです。このような悪魔の行為は「平和の光」で挟み込んで封じ込めなければなりません。その「平和の光」が日本が世界に誇る平和憲法の考え方です。
 このようにして日本が世界の平和をリードすることは、平和憲法だけでは難しいかもしれませんし、ヨハネの福音書だけでも難しいかもしれませんが、両方をセットにして発信するなら、有効に働くかもしれません。
 まだまだ荒っぽい考えに過ぎませんが、いま、こんなことを考えています。礼拝では、もう少し丁寧に説明できたらと思っています。

おわりに
 メッセージを閉じるに当たって、もう一度話を戻して、なぜ私がこんな大それたことを言っているのかを、もう一度おさらいしておきます。
 被災地の被災者の方々に関する報道を見ていると、聖書のことばが日本人の心に届いていないことを改めて感じます。外国から伝わった聖書のことばが日本人のものとして受け入れられるようになるには、自動車や電気製品が日本から輸出されたことで日本人のものになったように、聖書のことばも日本から世界に向けて発信されるようになれば良いと私は考えます。ヨハネの福音書の平和のメッセージと日本が誇る平和憲法がセットになれば、日本から世界に向けて平和のメッセージを発信することも可能ではないか、そのように考えています。
 戦後70年を迎え、平和憲法の維持に危険信号が灯っている今年、それは好機と言えるのではないかと思います。
 被災地の方々の心が慰められますように、お祈りしたいと思います。
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3月15日礼拝プログラム

2015-03-12 13:42:31 | 礼拝プログラム
「ヨハネの永遠観」の発信教会
 インマヌエル沼津キリスト教会

3月15日 礼拝 午前10時半~

 礼拝はどなたでも参加できます
 お気軽にご出席ください

3月 第3聖日礼拝順序

 司  会                西村兄
 奏  楽                矢崎姉

 前  奏
 讃 美 ①  恵みの高き嶺        414
 交  読  詩篇27篇 全
 使徒信条
 主の祈り
 祈  祷
 讃 美 ②  天において主をたたえよ   204
 讃 美 ③  きみのたまものと      456
 聖  書  ヨハネ8:12~20
 説  教  『「目からウロコが落ちる」の本当の意味(上)』小島牧師
 讃 美 ④  とうときこそ主こそ私の   392  
 献  金
 感謝祈祷                中原兄
 頌  栄  父・子・聖霊の        271
 祝福の御言葉
 後  奏
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復興の遅れを早める祈り(2015.3.8 礼拝)

2015-03-09 08:52:07 | 礼拝メッセージ
2015年3月8日礼拝メッセージ
『復興の遅れを早める祈り』
【ネヘミヤ4:1~9】

はじめに
 ネヘミヤ記の学びを続けます。
 このネヘミヤ記の学びを始めた頃、過激派組織の「イスラム国」による残虐な行為が毎日トップニュースで報じられていました。そして世界中が、悲しみの感情を持つだけでなく、残虐な行為を行った「イスラム国」に対する怒りと憎悪の感情を激しく波立たせました。そうして世界の平和は徹底的に破壊されて滅んでしまったかのように見えました。
 その時、私はネヘミヤ記は平和の再建のためにこそ、語られなければならないと強く思い、ネヘミヤ記の学びを始めました。平和が保たれている日本では、ネヘミヤ記は多くの場合、傷んだ会堂の修復や新会堂の建設を励ます時に語られています。しかし、ネヘミヤ記は平和の再建のためにこそ、語られるべきであろうと、私はその時に強く思い、今でもそう思っています。
 ただそうは言っても、私たちの教会は現実として新会堂の建設の問題に直面しているわけですから、もちろん私はネヘミヤ記の学びを、私たちが一つになって新会堂の建設に向かって行けるための学びにもしたいと思っています。しかし、「新会堂、新会堂」と言ってばかりいると、私たちが何のために教会の活動をしているのかが、わからなくなってしまいます。
 私たちは新会堂を建設するために教会の活動をしているのではありません。イエス・キリストの証人となり、イエス・キリストの福音を宣べ伝えるために教会の活動をしています。このイエス・キリストの福音を宣べ伝える大切な働きを、音楽の働きを通して行いたいと願う牧師もいますし、若者への伝道の働きを通じて行いたいと願う牧師もいますし、被災地の復興支援を通じて行いたいと願う牧師もいます。そして私の場合は平和の働きを通じてイエス・キリストの福音を宣べ伝えたいと願っています。私はそのために牧師と召し出され、今、この沼津の地で働かせていただいています。ですから、これは私一人の働きではなくて皆さんと共に行っていかなければならない働きです。そのために私たちは一つになりたいと思っています。
 平和の働きについて、外に向かってどのようにアピールして行くか、今はまだその構想を温めている段階で、年会を越えたら皆さんにも少しずつ語って行きたいと思っていました。しかし、ここ1週間ほどの間に、神様からの私に対する語り掛けがにわかに強まっていて、これまで漠然としていたものが、もっと良く見えるようになって来ました。ですから年会以降ではなくて、来週と再来週の礼拝でお話したほうが良いのかなと思っています。
 その準備のためにも今日も引き続きネヘミヤ記を学び、私たちが一つになるべきことを学びたいと思います。私たちがイエス・キリストの福音を宣べ伝えたいという強い気持ちを持っているなら、新会堂の問題は主が何とかして下さることでしょう。新会堂のために祈ることはもちろん大切であり、絶対に必要なことですが、新会堂を用いて私たちがいったい何をしたいのか、それがわからなくなってしまうようなら、主は私たちに福音を宣べ伝える働きを任せては下さらないかもしれません。ですから新会堂を祈り願うことは、もちろん大事ですが、新会堂で何をしたいのかも、考えていかなければならないと思います。

一つになって復興に取り組んだユダの民
 さてネヘミヤ記の学びは、そのように私たちが一つになって、イエス・キリストの福音を宣べ伝えることが新会堂でできるように願って学んでいることですが、東日本大震災が起きた3月11日が迫っている今の時期、ネヘミヤ記は震災からの復興のためにも学ぶべき点が多い書であることが多いことに私は気付かされました。震災の復興は被災地に住んでいる方々だけの問題ではなく、日本人全体で取り組まなければならない問題です。「オールジャパン」ということばがありますが、震災の復興はオールジャパンで取りくまなければならない問題です。
 エルサレムの神殿の再建と城壁の再建もユダヤ人全体で取り組んだことがネヘミヤ記とエズラ記を見るとわかります。先週学んだネヘミヤ3章には、ユダのどこの出身の者が城壁のどの部分の修理を担当したのかが書かれています。この城壁の修理には、非常に多くの人々が動員されました。先週は3章3節までしか読みませんでしたから、もう少し読んでみましょう。3章の15節から18節までを交代で読みましょう。

3:15 泉の門はミツパ地区の長、コル・ホゼの子シャルンが修理した。彼はそれを建て直し、屋根をつけ、とびら、かんぬき、横木を取りつけた。また、王の園のシェラフの池の城壁を、ダビデの町から下って来る階段のところまで修理した。
3:16 そのあとに、ベテ・ツル地区の半区の長、アズブクの子ネヘミヤが、ダビデの墓地に面する所と、人工貯水池と、勇士たちの家のところまで修理した。
3:17 そのあとに、バニの子レフムなど、レビ人たちが修理した。その次に、ケイラ地区の半区の長、ハシャブヤが、自分の区域のために修理した。
3:18 そのあとに、ケイラの残りの半地区の長、ヘナダデの子バワイなど、彼らの同僚たちが修理した。

 いま交代で読んだ箇所には、「そのあとに」、「そのあとに」とありますね。そして19節以降でも、「そのあとに」、「そのあとに」が延々と続きます。ですから、城壁の再建の工事が始まった後からも、散らされていた人々が続々と送り込まれて来たのだろうと思います。そうして、まだ再建途上のエルサレムの町は、住居も十分に整っていなかったことでしょうから、交代して工事の仕事を終えた者たちは、それぞれの散らされていた地にまた戻って行ったのかもしれません。或いはまた、エルサレムに上って行くことができなかった者たちも大勢いたことでしょう。そのような者たちは離れた場所から支援を行ったことでしょう。先月読んだエズラ記には、エルサレムに戻れなかった者たちも捧げ物によって再建を支えたことが記されています。先月も読みましたが、エズラ記1章の3節と4節を交代で読みましょう。4節には、エルサレムには上らずに残った者たちもささげ物をして援助したことが記されています。

1:3 あなたがた、すべて主の民に属する者はだれでも、その神がその者とともにおられるように。その者はユダにあるエルサレムに上り、イスラエルの神、【主】の宮を建てるようにせよ。この方はエルサレムにおられる神である。
1:4 残る者はみな、その者を援助するようにせよ。どこに寄留しているにしても、その所から、その土地の人々が、エルサレムにある神の宮のために進んでささげるささげ物のほか、銀、金、財貨、家畜をもって援助せよ。』」

 このように、エズラの時代のエルサレムの神殿の再建にはすべての主の民、ユダの人々が関わりましたから、ネヘミヤの時代の城壁の再建においても、やはりすべての主の民が加わったことだろうと思います。

復興を遅らせる者たち
 では、きょうのネヘミヤ記の箇所の4章を見ましょう。

4:1 サヌバラテは私たちが城壁を修復していることを聞くと、怒り、また非常に憤慨して、ユダヤ人たちをあざけった。

 どのようにあざけったかは、2節と3節に書いてあります。それから、7節と8節を先に読んでおきます。

4:7 ところが、サヌバラテ、トビヤ、アラブ人、アモン人、アシュドデ人たちは、エルサレムの城壁の修復がはかどり、割れ目もふさがり始めたことを聞いたとき、非常に怒り、
4:8 彼らはみな共にエルサレムに攻め入り、混乱を起こそうと陰謀を企てた。

 かつての神殿の再建の時にも妨害が入りましたが、城壁の再建の時にも今読んだように妨害が入りました。妨害が入ると、どうしても工事は遅れてしまいます。
 東日本大震災の被災地も、復興がなかなか進まない地域があることが報じられています。復興が遅れている要因は様々でしょう。被災地の復興にもネヘミヤ記にあるような悪意に満ちた妨害があるのでしょうか。さすがに、妨害と言えるようなものはないのでしょうが、見方によっては、そのように見えることもあるかもしれません。
 ネヘミヤ記はユダヤ人たちの立場から書かれている書で、敵側のサヌバラテの側から見れば、ネヘミヤたちこそが悪人なのだろうなと思います。
 エルサレムの住民は、バビロンに捕囚に引かれて行った後は、約70年もの間、エルサレムには住んでいませんでした。その間、エルサレムの町はただの廃墟でした。何十年もの間、廃墟の状態が続き、人が戻っていなければ、周辺の人々にとって見れば、エルサレムには人が二度と戻って来ないだろうと思うことでしょう。そうして、そこでは、平和が保たれていたことでしょう。
 そこに、エズラ記の時代になって突然バビロンから、かつてのエルサレムの住民とその子孫たちが戻って来ました。その時に周辺の住民との間で何があったか、エズラ記に書いてありますので、見てみましょう。エズラ記4章の1節から4節までを交代で読みましょう。

4:1 ユダとベニヤミンの敵たちは、捕囚から帰って来た人々が、イスラエルの神、【主】のために神殿を建てていると聞いて、
4:2 ゼルバベルと一族のかしらたちのところに近づいて来て、言った。「私たちも、あなたがたといっしょに建てたい。私たちは、あなたがたと同様、あなたがたの神を求めているのです。アッシリヤの王エサル・ハドンが、私たちをここに連れて来た時以来、私たちはあなたがたの神に、いけにえをささげてきました。」
4:3 しかし、ゼルバベルとヨシュアとその他のイスラエルの一族のかしらたちは、彼らに言った。「私たちの神のために宮を建てることについて、あなたがたと私たちとは何の関係もない。ペルシヤの王、クロス王が私たちに命じたとおり、私たちだけで、イスラエルの神、【主】のために宮を建てるつもりだ。」
4:4 すると、その地の民は、建てさせまいとして、ユダの民の気力を失わせ、彼らをおどした。

 ここを見ると、エルサレムの周辺の地元の人々は、最初は一緒に神殿を再建したいと申し出たのですね。その申し出を3節にあるように、神殿の再建のリーダーたちは、あっさりと断りました。それで4節にあるように、地元の人々は反発して、神殿を建てさせまいとおどすようになったのですね。
 地元の人々の側から見れば、ユダの民が戻って来るまでは平和が保たれていたのに、急に大勢の人々が戻って来て騒がしくなり、それでも最初は事を荒立たせることはせずに、友好的に神殿の再建への協力を申し出た。それをユダの民はあっさりと断ったのだから、怒るのは当然ではないかということにもなるでしょう。
 ですから、中立的な立場から見れば、どっちもどっちという感じなのかもしれません。しかし、ユダの民の側から見れば、妨害する者たちは「敵」ということになります。
 今読んだのはエズラ記の時代のことですが、ネヘミヤ記の時代においても状況は同じでした。ネヘミヤたちの側から見れば妨害する者たちは敵でした。その敵の妨害により、城壁の修復の工事は遅れそうになりました。
 東日本大震災の復興の遅れも、どの立場にいるかによって、誰が悪者なのかも異なって来るのでしょう。いろいろと複雑な問題が絡み合って、なかなか復興が進まないのでしょう。しかし、だからと言って復興が中断してしまってはならないと思います。中途半端な状態に置かれている被災者の方々が大勢いらっしゃるのですから、早く中途半端を脱して、新しい生活が始められるようにしなければなりません。これは日本人全体の問題です。

神に祈ったネヘミヤたち
 ネヘミヤたちは、城壁の修復が中断しそうな困難の中で、先ずは神に祈りました。ネヘミヤ記4章の4節と5節で、ネヘミヤたちは祈りました。4節から6節までを交代で読みましょう(6節はご一緒に読みます)。

4:4 「お聞きください、私たちの神。私たちは軽蔑されています。彼らのそしりを彼らの頭に返し、彼らが捕囚の地でかすめ奪われるようにしてください。
4:5 彼らの咎を赦すことなく、彼らの罪を御前からぬぐい去らないでください。彼らは建て直す者たちを侮辱したからです。」
4:6 こうして、私たちは城壁を建て直し、城壁はみな、その高さの半分まで継ぎ合わされた。民に働く気があったからである。

 ネヘミヤたちの祈りに神は応えて下さり、城壁の再建に携わる民に気力を与えて下さったので、あざけりに負けることなく、6節にあるように城壁は、高さの半分まで継ぎ合わされました。

 これを知った敵は、先ほど読んだ7節と8節のように、混乱を起こそうと陰謀を企てました。そこでネヘミヤたちは、また祈りました。9節、

4:9 しかし私たちは、私たちの神に祈り、彼らに備えて日夜見張りを置いた。

 このように、ネヘミヤたちは、何かあると必ず祈りました。このネヘミヤ記の学びの最初でも見たように、ネヘミヤは1章でも祈っています。4節に、「天の神に祈った」とありますね。そして、5節から11節まで、祈りのことばが続きます。

おわりに
 私たちも、被災地の復興のために祈らなければなりません。
 祈るとは、神様と交わりの時を持つということです。祈りは、私たちの願いを一方的に神様に伝えるものではありません。祈りは先ず、神様の側が私たちに祈る心を与えて下さり、そこから祈りが始まります。そうして、神様との交わりの中で私たちの願いを神様に伝えます。
 そのようにして祈るなら、私たちがこの沼津の地で為すべきことも神様が教えてくださることでしょう。
 私たちは神様との交わりの中で祈ることができる祈りの器になりたいと思います。
 お祈りいたしましょう。先ず、ネヘミヤ1章5節と6節の始めの部分を引用してから、お祈りします。

「ああ、天の神、【主】。大いなる、恐るべき神。主を愛し、主の命令を守る者に対しては、契約を守り、いつくしみを賜る方。
 どうぞ、あなたの耳を傾け、あなたの目を開いて、このしもべの祈りを聞いてください。」
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「神の力」

2015-03-06 05:26:21 | 牧師のつぶやき
 佐々部清監督がfacebookで絶賛していた映画『さいはてにて〜やさしい香りと待ちながら〜』を柿田川のシネプラザサントムーンで観て来ました。
 信仰の話は一切出て来ないのに、極めて信仰的な映画だと思いました。ヒロインは海辺の珈琲店主・吉田岬役の永作博美さんと、珈琲店の向かいにある民宿に住む子連れのシングルマザー・山崎絵里子役の佐々木希さんです。この佐々木さんが演じる絵里子の目に映る視界の変化が印象的な、「海の力」を感じる映画だと思いました。そして帰宅してから、この映画について思いを巡らしていて、信仰の歩みとよく一致することに気付きました。
 シングルマザーの絵里子は海のすぐ近くに住んでいるのに、はじめのうち彼女の視界に海はほとんど入って来ません。しかし、珈琲店主の岬との交流が始まってから海に一歩近づき、海が目に入るようになり、次第に彼女の心を変えて行きます。「海の力」が彼女を変えて行きました。この「海の力」を信仰の世界では「神の力」と言います。
 このように「海」 を「神」に置き換え、さらに「珈琲店」を「教会」に、「珈琲」を「聖書」に 置き換えると教会の話になります。下の写真のように、この映画のキャッチコピー も「やっと見つけた、自分が自分でいられる場所」ですから、 まさに教会が舞台のような映画です。彼女たちが一杯の珈琲によって心が癒されたように、私たちも聖書のことばによって心が癒されます。
 教会の皆さんにもお勧めの映画だと思いました。そんなに長くは上映しないと思いますので、お早めにどうぞ。
http://www.saihatenite.com/
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聖霊が注がれていたモーセ(2015.3.4 祈り会)

2015-03-05 08:04:34 | 祈り会メッセージ
2015年3月4日祈り会メッセージ
『聖霊が注がれていたモーセ』
【出エジプト4:10~17】

はじめに
 出エジプト記の学びを続けます。このところ礼拝のほうでは、ネヘミヤ記を学びながら、「聖霊の賜物」について学んでいますが、きょうの主とモーセとの会話からも、聖霊の働きの一つである「御霊の賜物」について学べると思います。私たちの教会の今の困難な状況を乗り越えるには、とにかく聖霊の助けが必要ですから、きょうの祈祷会でも聖霊について学べることを、とても感謝に思います。

尻込みしたモーセ
 では、10節から読んで行きましょう。

4:10 モーセは【主】に申し上げた。「ああ主よ。私はことばの人ではありません。以前からそうでしたし、あなたがしもべに語られてからもそうです。私は口が重く、舌が重いのです。」

 これは、少し前に読んだ3章10節で主がモーセに仰せられたことばの、

3:10 今、行け。わたしはあなたをパロのもとに遣わそう。わたしの民イスラエル人をエジプトから連れ出せ。」

に対してモーセが主に返答したことばです。この3章10節から4章10節の間にも、主とモーセの間にはいろいろとことばのやり取りがあったのですが、ここに至ってもモーセはまだ尻込みをしていてグズグズと渋っていました。
 このグズグズ言っているモーセに対して仰せられた主のことばが興味深いですね。11節です。

4:11 【主】は彼に仰せられた。「だれが人に口をつけたのか。だれが口をきけなくし、耳を聞こえなくし、あるいは、目を開いたり、盲目にしたりするのか。それはこのわたし、【主】ではないか。

 教会のご奉仕の中で、ピアノやオルガンの奏楽のご奉仕というのは、大変な重荷であるということを聞きます。ピアノが弾ける人でも、教会の奏楽のご奉仕はとても自分には務まらないということで渋る人も多いことでしょう。ピアノが弾けるのに奏楽を拒む人に対して主は、11節のように仰せられるでしょうね。

「だれが人に手の指を付けたのか。だれがピアノを弾けなくし、耳を聞こえなくし、あるいは、目を開いたり、盲目にしたりするのか。それはこのわたし、【主】ではないか。」

 そうして、こう仰せられるのではないでしょうか。「さあ行け。わたしがあなたの手の指とともにあって、あなたの叩くべきピアノの鍵盤を教えよう。」

 主はモーセには、こう仰せられました。

4:12 さあ行け。わたしがあなたの口とともにあって、あなたの言うべきことを教えよう。」

 きょうは、この主のことばである「わたしがあなたの口とともにあって、あなたの言うべきことを教えよう」から聖霊の働きについて学びたいと思います。
 預言者のモーセには聖霊が注がれていました。旧約聖書には、モーセに神の霊が下ったのはどの時であったのか、ダビデに主の霊が下った時の、

「サムエルは油の角を取り、兄弟たちの真ん中で彼に油をそそいだ。【主】の霊がその日以来、ダビデの上に激しく下った。」(Ⅰサムエル16:13)

のようには、はっきりと書いてありませんが、いろいろな所から、モーセには聖霊が注がれていたことがわかります。

聖霊について最低週2回は思い巡らしたい
 先ほども言ったように、きょうもこれから聖霊について学ぶわけですが、私がどうしてこんなに聖霊の学びにこだわるかというと、聖霊のように体得するのが難しいことは、習うより慣れたほうが良いんですね。よくわからなくても最低週に二回、聖霊について思いを巡らす機会を持てば、聖霊について少しずつですが、段々とわかって来るようになるのではないかと思います。私たちの教会のメンバーの多くは週1回の礼拝に出るのが精一杯で、この祈祷会には出席できません。ですから聖霊についてのメッセージを聞けるのは週に1回だけです。ですから、祈祷会に出席できない方々には、ぜひインターネットのブログで、祈祷会のメッセージを読んでいただきたいと思っていますし、各ご家庭ではデボーションの時を持って、聖霊について思いを巡らしていただきたいと思っています。
 何ごとも、スポーツでも楽器でも霊的な学びでも、上達しようと思ったら週に2回は取り組まないとダメだと思います。私は高校生の頃から剣道の稽古をしていて、中断していた時期もありますが、姫路にいる時も細々とですが、剣道の稽古をしていました。
 (沼津に来てからは一度も稽古をしていませんが、それは私が本を一冊出版するまでは剣道の稽古をしないと決めているからです。いつになったら出版できるか神のみぞ知るですが、できれば戦後70年の今年中には出版できたら良いなと思っています。そうしたら、できれば剣道も再開したいなと思います。)
 それはともかく、何ごとでも週に2回は取り組まないとダメだというのは、私は剣道を通じて知ったことです。
 剣道を、私は学生時代は週に5~6日はしていましたが(週に7日ではないところが、中途半端な私らしい)、働き始めてからは週に1回できるかできないかでした。しかし、四段、五段の昇段審査の前や試合の前には頑張って徐々に稽古量を増やして、直前の2週間は週に3~4回は稽古をするようにしていました。すると、動きがぜんぜん違ってくるのが、自分でもよくわかりました。週に1回の時は剣道ではなくて、ただ棒を振っているだけの体操という感じです。相手の動きもよく見えませんし、自分も動けません。それで、知らないうちに相手に打たれてしまうという感じです。しかし、週に2回稽古するようになると相手の動きが少しは見えるようになります。ただし自分の動きはまだ悪いので、相手の動きはある程度見えるけれど、打たれてしまうという感じです。それが週に3回、4回稽古するようになると、見えた相手の動きに自分が自動的に反応して動けるようになるんですね。こうなれば剣道をしていると言えます。ですから、週に1回ではただの棒振り体操で、週に2回で少しは剣道らしいことをしていることになり、週に3回以上で剣道をしていることになります。
 聖霊についての学びも同じだと私は思っています。週に1回、聖霊について学ぶだけでは、神様の霊との交わりを持つことはなかなか難しいと思いますから、霊的な成長はあまり期待できないのではないかと思います。少なくとも週に2回は聖霊について学ぶことで、ようやく聖霊の学びらしいことができるようになると思います。ですから先ほども言いましたが、祈祷会に出席できない方々には、ぜひブログでこのメッセージを読んでいただきたいと思いますし、各ご家庭でデボーションをして、聖霊について思いを巡らす時を持っていただきたいと思います。

聖霊が注がれていたモーセ
 モーセに戻ります。モーセには聖霊が注がれていたことが、いろいろな箇所からわかります。今の4章12節の、

「わたしがあなたの口とともにあって、あなたの言うべきことを教えよう。」

からもモーセに聖霊が注がれていたことがわかります。少し言ったり来たりしますが、ヨハネの福音書の14章26節を見て下さい(新約聖書p.211)。

14:26 しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。

 「聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え」とありますから、話すべきことを主から教えられたモーセには聖霊が注がれていました。或いはまた、民数記には、もう少しハッキリと書かれています。民数記11章の16節と17節を交代で読みましょう(旧約聖書p.250)。

11:16 【主】はモーセに仰せられた。「イスラエルの長老たちのうちから、あなたがよく知っている民の長老で、そのつかさである者七十人をわたしのために集め、彼らを会見の天幕に連れて来て、そこであなたのそばに立たせよ。
11:17 わたしは降りて行って、その所であなたと語り、あなたの上にある霊のいくらかを取って彼らの上に置こう。それで彼らも民の重荷をあなたとともに負い、あなたはただひとりで負うことがないようになろう。

 17節で主は「あなたの上にある霊のいくらかを取って彼らの上に置こう」と仰せられましたから、モーセの上には主の霊があったことがわかります。つまりモーセには主の霊が下っていたのですね。そしてモーセは、29節でヨシュアに言いました。

民 11:29 しかしモーセは彼に言った。「あなたは私のためを思ってねたみを起こしているのか。【主】の民がみな、預言者となればよいのに。【主】が彼らの上にご自分の霊を与えられるとよいのに。」

 モーセは主の民に皆、主の霊が与えられれば良いのにと言いました。モーセの時代には、まだ、ごく一部の人にしか聖霊が与えられなかったのですね。そのことをモーセは残念に思いました。しかし、このことは預言者ヨエルによって預言され、新約の時代になって実現しました。

おわりに
 最後にヨエル書2章の28節と29節を交代で読みましょう(旧約聖書p.1495)。

2:28 その後、わたしは、わたしの霊をすべての人に注ぐ。あなたがたの息子や娘は預言し、年寄りは夢を見、若い男は幻を見る。
2:29 その日、わたしは、しもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。

 こうして誰にでも聖霊が注がれることは、新約の使徒の時代になって実現しました。そのことは使徒の働きの2章に書いてありますが、皆さんよくご存知の箇所だと思いますから、今日は開かずに、このヨエル書でメッセージを終えたいと思います。
 新約の時代になってイエス・キリストを信じれば、誰にでも聖霊が注がれるようになりました。ですからイエス・キリストを信じて洗礼を受けた私たちには聖霊が注がれています。しかし、せっかく聖霊が注がれていても、週に1回、礼拝で聖霊について思いを巡らす程度では、なかなか霊的に成長することはできません。ですから、できるだけ祈祷会に足を運んでいただきたいと思いますし、ご自宅で聖霊について思いを巡らすデボーションの時を持っていただきたいと思います。そうして私たちは霊的に成長して行きたいと思います。私たちが霊的に成長できるなら、聖霊は必ず私たちを助けて下さり、困難の中にある私たちを助けて下さることでしょう。
 お祈りいたしましょう。
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3月8日礼拝プログラム

2015-03-05 07:53:28 | 礼拝プログラム
「ヨハネの永遠観」の発信教会
 インマヌエル沼津キリスト教会

3月8日 礼拝 午前10時半~

 礼拝はどなたでも参加できます
 お気軽にご出席ください

3月 第2聖日礼拝順序

 司  会                矢崎兄
 奏  楽                関姉

 前  奏
 讃 美 ①  遠き国や          436
 交  読  詩篇69:1~18
 使徒信条
 主の祈り
 祈  祷
 讃 美 ②  御名をほめたたえる歌声より 245
 讃 美 ③  朝つゆの園を        378
 聖  書  ネヘミヤ4:1~9
 説  教  『遅れる復興を早める祈り』 小島牧師
 讃 美 ④  恵みにあふれる祈りのひと時 373  
 献  金
 感謝祈祷                荒川姉
 頌  栄  父・子・聖霊の        271
 祝福の御言葉
 後  奏
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良い仕事への着手(2015.3.3 礼拝)

2015-03-03 08:25:26 | 礼拝メッセージ
2015年3月1日礼拝メッセージ
『良い仕事への着手』
【ネヘミヤ2:17~3:3】

はじめに
 ネヘミヤ記の学びを続けます。先週はペルシャの王の下で献酌官を務めていたネヘミヤがいよいよエルサレムに到着し、破壊された城壁の様子を夜中に見て回った箇所を読みました。ネヘミヤは誰にも告げずに城壁を見て回りました。このネヘミヤが誰にも告げなかったことについて、先週私は、この時にエルサレムにいた者で聖霊が注がれていた者はネヘミヤ一人であったろうから、他のまだ聖霊が注がれていない、人間的な思いにとらわれやすい者たちへは告げなかったのだろうと話しました。霊的な学びとしては、そういうことです。
 或いはそういう霊的な解釈ではなく、もう少し現実的な解釈をするなら、ネヘミヤの周囲には敵に内通している者がいたかもしれず、それを警戒したのではないかという解釈もできるでしょう。もしネヘミヤが城壁の様子を視察する予定であるということが内通者から敵側に漏れると、その視察の機会を狙ってネヘミヤを暗殺する者がいるかもしれない、その危険を避けるためにネヘミヤは誰にも告げずに夜中に見て回った、ということかもしれません。

霊的な学びの場の礼拝説教
 しかし、この現実的な解釈については、私は前回の説教の準備をしている段階では、全く思い至りませんで、今回の説教の準備をしていて気付いたことです。私はこれも御霊の導きであろうと思っています。つまり私たちが霊的な学びを深めることができるように、現実に則した学びではなく、もう少し霊的な学びができるように、ネヘミヤが聖霊が注がれた人物であったことを学べるように御霊の導きがあったのだろうと思います。礼拝説教というのは、このような霊的な学びをする場なのだということを、今回私はこの御霊の導きによって改めて教えられたと感じています。礼拝の時間に説教の時間が何十分か設けられていて、私たちが聖書の学びをするのは、聖書に関する知識を増し加えるためというよりは、私たちが霊的な学びを深め、神様との霊的な交わりをよりいっそう豊かに持つことができるようになるためであると言えるでしょう。そうして私たちの内で霊性が豊かに育つなら、私たちは霊的に一つになって主イエス・キリストに付き従って行くことができるようになるでしょう。罪の中にある人間は、霊的には盲目の状態にあります。この霊的な目がどうしたら開眼して復活したイエス・キリストと出会うことができるようになるか、私たちは礼拝説教を通して御霊に教え導いていただけるようになりたいと思います。

御霊の賜物
 そして先週のメッセージの最後ではまた、「御霊の賜物」について第一コリントを開いての学びもしました。この「御霊の賜物」というのは、教会を建て上げるために教会員に与えられる、教会で奉仕する能力のことです。聖霊の働きにもいろいろあります。例えば、イエス・キリストの証人となる力を私たちは聖霊に与えられます(使徒1:8)。或いはまた、聖霊は私たちに「御霊の実」を与えて下さいます。「御霊の実」というのは、ガラテヤ書に書いてあるような「愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制」(ガラテヤ5:22,23)のことです。ですから、この「御霊の実」は、「御霊の賜物」とは少し違いますね。「御霊の賜物」というのは、教会を建て上げ、運営して行くために必要な奉仕をするために牧師と信徒に与えられる力です。私は、聖霊の働きは、この「御霊の賜物」を通して最もよく実感することができると感じています。それは、牧師であれば毎週の説教であったり、一般の信徒であれば奏楽のご奉仕であったり、CSの教師であったり、お料理のご奉仕であったり、礼拝以外の集会でのご奉仕であったりの、諸々の教会の奉仕であるわけですが、普段の自分であれば、ちょっと無理じゃないかなということが、不思議と出来てしまうんですね。皆さんの多くは、教会のご奉仕を通じて、そのような経験をされたことがあると思います。普段の自分では無理と思われることでも教会のご奉仕となると出来てしまう時、私たちは、聖霊によって力が与えられていることを感じます。それが「御霊の賜物」です。

A教会でのご奉仕の証
 私は神学生の3年生の時に、この「御霊の賜物」の存在を非常にハッキリと感じていました。私が神学生の3年生だったのは5年前ですが、私は夏期実習の2ヶ月間を除いて1年間、A教会でご奉仕をさせていただきました。5年前、私はちょうど50歳でしたが、50歳の私が体力的にきついA教会でのご奉仕を1年間一度も休まずに、よく全うできたなと思うことです。それは「御霊の賜物」が与えられていなければ、とうていできなかったことだと思います。
 当時の奉仕を思い出してみると、やっぱりきつかったなと改めて思います。朝は、そんなに早く出なくても良かったです。夜が遅くなるので、朝は10時前にA教会に着けば良かったので、横浜の神学院を8時頃に出ました。他の教会で奉仕している神学生はもっと早くに神学院を出ていましたから、私が一番遅く神学院を出たのですが、一番遅い分、日曜日の朝にイヌに餌を与えるのは、私の役割でした。私がイヌに餌を与えている時、他の神学生はまだ神学院を出発していませんでしたから、結局私は他の神学生よりも早く働き始めていました。そうして8時頃に神学院を出て、10時少し前にA教会に着きます。そして、10時半の礼拝開始の頃まで、スリッパを並べる仕事をします。A教会はいつも250名以上の礼拝出席者がありましたから、スリッパを並べる仕事も結構大変です。そして、午前の礼拝が終わると、午後は組会や、小さな集会があります。それから、夕食前に会堂の掃除をして、午後5時に夕食のカレーを食べて、皿洗いをします。そして午後6時からはAの中心街での路傍伝道があります。今、ほとんどの教会は路傍伝道をやめています。それは、今の時代は、路傍伝道をすることは逆効果になりかねないからだと思います。しかし、A教会はずっと続けています。そうして午後7時前に路傍伝道から戻り、7時から8時半まで夜の伝道会があります。そして、8時半に伝道会が終わっても信徒さんが残って話をしていったりしますから、完全に終わるのは9時ごろです。そうして牧師先生にお祈りしていただいてA駅で帰りの電車に乗るのが9時過ぎです。そうすると、神学院の最寄駅に着くのは10時半を過ぎています。10時半を過ぎるともうバスが無いので、神学院まで坂道を歩いて上って帰ることになります。昔は、先に戻っていた神学生が車で駅まで迎えに来てくれていたそうです。神学生が多かった時にはその迎えに行く係りを交代でできたと思いますが、私の時には頼めそうな人が一人しかいませんでした。その人も、私よりは先に寮に戻っているとは言え、一日中教会で奉仕して疲れているわけですから、最初の1回は迎えに来てもらいましたが、何だか申し訳なくて、以降は迎えは頼まずに駅から歩くことにしました。普通に歩いて20分ぐらいの距離ですので、そんなにたいした距離ではないのですが、上り坂ですし、朝から夜まで働いた後ですから、歩く速度も遅くなりがちで、たいていは20分以上掛かっていました。50歳の私がよく1年間、一度も休まずに、そのようなハードなご奉仕を続けられたなと思いますが、それは聖霊によって力が与えられていたからに間違いありません。大きな街であるAの中心街で路傍説教をすることは勇気の要ることでしたが、それも「御霊の賜物」が与えられていたのでできました。
 新約聖書の「使徒の働き」には、使徒たちが力強くイエス・キリストの福音を宣べ伝えた様子が記されています。それは使徒たちに聖霊によって力が与えられていたからこそ、できたことです。そのことを私は確信をもって断言することができます。それは私がA教会でのハードなご奉仕を通して聖霊の力を実感することができたからです。

教会での奉仕に不可欠な「聖霊の賜物」
 聖霊の力を感じたことが無い人の中には、イエス・キリストの復活は弟子たちの作り話だと言う人々がいますね。復活など科学的に有り得ないことだから、復活は弟子たちの作り話であるというわけです。すると、弟子たちはどこから力を得て、2000年も続くキリスト教会の基礎を築いたのでしょうか。キリストの復活が無かったなら、弟子たちが聖霊の力を受けることもありませんでした。もし弟子たちが聖霊の力を受けていなかったなら、弟子たちがキリスト教会の基礎を築くことなで到底できるはずがありません。聖霊の力は、キリスト教会を築くには不可欠な力です。その教会を築くための力は、「御霊の賜物」という形で与えられます。そのことを私はA教会での1年間のご奉仕で実感していますから、自信を持って言うことができます。
 或いはまた、この沼津教会のご奉仕においても私は聖霊から多くの力を受けていると実感しています。そのことを特に強く実感したのは、昨年の春、K兄が天に召された時です。私にとっては牧師になって初めて経験するご葬儀で、不安だらけでした。ご葬儀の場合、前夜式と告別式の二つの式がありますから、それぞれにメッセージを準備しなければなりませんし、プログラムも二種類印刷しなければなりません。それを二日間の間でしなければなりません。しかも昨年の4月の下旬には、ちょうど静岡教区の教区会があって、私は新たに書記に指名されたので、教区会の議事録も作成しなければなりませんでした。その教区会があって、議事録を作成しなければならなかった頃が、ちょうどK兄が召される日が迫っている時でした。ですから、もし議事録の作成をしなくても良ければ、私はご葬儀のメッセージの準備を早くに始めることができたのですが、それもできませんでしたから、K兄が召された時、私は本当に途方に暮れました。今まで葬儀の経験が無い自分が、しかも議事録作成があったために準備もできていないのに、果たして無事に葬儀を執り行うことができるのか、泣きたくなるくらい不安で一杯でした。しかし、教会の皆さんのご協力と、荻野先生、藤本先生のアドバイスを受けて何とか無事に葬儀を終えることができました。メッセージの準備とプログラム作成とで体力的にもギリギリでしたが、不思議と大丈夫だったのは、聖霊が力を与えて下さったからこそのことです。聖霊の力なしには到底できないことでした。ですから私は聖霊の力の存在を、確信をもって証することができます。
 先週の日曜日から月曜日に掛けて雨が降りましたが、その時にまた雨漏りがありました。いよいよ追い詰められて来ているなと感じています。そこで先週の水曜日の祈祷会では、出エジプト記の、エジプトを脱出したイスラエルの民が海を前にして後ろからパロの軍勢に追い詰められる箇所をご一緒に読みました。私たちの会堂問題は広瀬先生の時代から、資金の問題が私たちの前進を阻んで来ました。そして後ろからは、会堂の屋根の腐食による雨漏りの問題がヒタヒタと迫って来ています。私たちは、いよいよ追い詰められて来ていると感じます。人間的な力では、この状況を打開することは全くできません。ですから、いまの私たちに必要なことは、私たちが一つになって聖霊の力を信じ、祈ることだと思います。そうすれば、聖霊が不思議な力を与えて下さり、この状況を打開することができるでしょう。聖霊の力を心の底から信じるためには、私たちは霊的な学びを深めるとともに、一人一人が聖霊の力を実感する経験を持つことも大事であろうと思います。

良い仕事に着手したエルサレムの人々
 ネヘミヤのリーダーシップの下にエルサレムの城壁の再建に着手したユダヤ人たちにも、聖霊によって力が与えられていたであろうと思います。そうでなければ、短期間のうちに城壁を再建することは不可能であったことでしょう。城壁の再建に着手するまでは、聖霊が注がれていたのはネヘミヤ一人であったことでしょう。しかし、城壁の再建に着手してからは、働き人のすべてに神の御手が置かれていたであろう、すなわち聖霊によって力が与えられていただろうと思います。
 それでは、ネヘミヤ記の続きを見て行きましょう。2章の17節と18節を交代で読みましょう。

2:17 それから、私は彼らに言った。「あなたがたは、私たちの当面している困難を見ている。エルサレムは廃墟となり、その門は火で焼き払われたままである。さあ、エルサレムの城壁を建て直し、もうこれ以上そしりを受けないようにしよう。」
2:18 そして、私に恵みを下さった私の神の御手のことと、また、王が私に話したことばを、彼らに告げた。そこで彼らは、「さあ、再建に取りかかろう」と言って、この良い仕事に着手した。
 
 この17,18節でネヘミヤは初めてエルサレムの主だった者たちに、これから為すべき城壁の再建の話をしました。すると、彼らは、「さあ、再建に取りかかろう」と言って、この良い仕事に着手した、とあります。この、皆に一斉に話したというのも、重要なポイントだろうと思います。もし城壁再建の計画が、エルサレムの代表者たちに少しずつ伝わって行ったとしたら、後の方から伝えられた代表者は面白くないですね。特に代表者になるような人は誇り高い人が多いでしょうから、後から伝えられた人はヘソを曲げてしまうかもしれません。
 ここでネヘミヤは代表者たちに一斉に伝えたことで、皆の結束が一気に固まって皆が一つになることができました。19節と20節は後回しにして、3章1節を見ます。

3:1 こうして、大祭司エルヤシブは、その兄弟の祭司たちと、羊の門の再建に取りかかった。彼らはそれを聖別して、とびらを取りつけた。彼らはメアのやぐらまで聖別し、ハナヌエルのやぐらにまで及んだ。

 ここでは羊の門を担当した者たちが誰であったかが記されています。2節を飛ばして3節、

3:3 魚の門はセナアの子らが建てた。彼らは梁を置き、とびら、かんぬき、横木を取りつけた。

 ここには魚の門を担当した者たちのことが書いてあります。セナアというのはユダの地方の名前です。セナア地方の出身者の子孫が、魚の門を担当しました。そうして、3章には、どこどこ地方の出身の者たちが、城壁のどこを担当したかが記されています。このネヘミヤの時代の城壁が、どのくらいの距離にわたって築かれたのかが、聖書のおしまいにある図に載っていますから、その図をご一緒に見てみましょう。「ネヘミヤ時代のエルサレム」という図です。「羊の門」は、上の北側の右寄りにあります。そして「魚の門」は左寄りにありますね。そうして、ぐるりとエルサレムを取り囲んでいる城壁にいくつかの門があります。この城壁の東西の幅は、左上の500メートルの尺と比べると、だいたい1kmぐらいでしょうか。この左上の尺の500メートルという距離は、この今沢の教会から西友までぐらいの距離です。東西の幅はだいたいその二倍ぐらいあります。縦の南北の幅は、もう少しありますね。これぐらいの規模の城壁の修理を一度に行うには、かなりの大人数の人手を要します。ですから、かつてのユダの各地の出身地別に、修理する箇所が割り当てられました。城壁がどのようなものかは、カレンダーの写真が参考になると思います。当時の城壁の高さがこれくらいあったどうかはわかりませんが、敵の侵入を防ぐための城壁ですから、簡単には乗り越えられることがないよう、それなりの高さが必要です。
 ネヘミヤ記に戻ります。少し先回りして、この城壁の修理がどれくらいの期間でできたかが、6章15節に書いてあります(p.819)。6章15節、

6:15 こうして、城壁は五十二日かかって、エルルの月の二十五日に完成した。

 わずか52日で城壁の修理が完成したということです。この規模の城壁が52日間で出来たのですから、これは奇跡的なことです。まさに神の御手が置かれていなければできなかったことです。働いていた者たちの全てに聖霊の力が与えられていたのだろうと私が考えるのはそれゆえです。しかも彼らは妨害を受けていましたから、なおさら神の助けが必要でした。先ほど飛ばした2章の19節と20節を交代で読みましょう。

2:19 ところが、ホロン人サヌバラテと、アモン人で役人のトビヤ、および、アラブ人ゲシェムは、これを聞いて、私たちをあざけり、私たちをさげすんで言った。「おまえたちのしているこのことは何だ。おまえたちは王に反逆しようとしているのか。」
2:20 そこで、私は彼らにことばを返して言った。「天の神ご自身が、私たちを成功させてくださる。だから、そのしもべである私たちは、再建に取りかかっているのだ。しかし、あなたがたにはエルサレムの中に何の分け前も、権利も、記念もないのだ。」

 ネヘミヤは、「天の神ご自身が、私たちを成功させてくださる」と自信を持って言いました。このように神の力を信じる者には聖霊が力を与えて下さいます。私たちの教会の働きでも、聖霊の力を信じ、聖霊が必ず助けて下さると信じていれば、聖霊は必ず私たちに力を与えて下さいます。そのことを私は、これまでのご奉仕を通じて実感として体験していますから、大丈夫です。ただし、そのためには私たちは一つにならなければなりません。私たちの教会がバラバラであるなら、十分な働きをすることはできないでしょう。

一人一人は体の各器官
 最後に、きょうもまた、第一コリントを開きたいと思います。先週ご一緒に読んだ「御霊の賜物」の箇所の続きを読みましょう。この続きの箇所もまた、有名な箇所です。コリント人への手紙第一12章の12節から20節までを、交代で読みましょう(新約聖書p.335)。

12:12 ですから、ちょうど、からだが一つでも、それに多くの部分があり、からだの部分はたとい多くあっても、その全部が一つのからだであるように、キリストもそれと同様です。
12:13 なぜなら、私たちはみな、ユダヤ人もギリシヤ人も、奴隷も自由人も、一つのからだとなるように、一つの御霊によってバプテスマを受け、そしてすべての者が一つの御霊を飲む者とされたからです。
12:14 確かに、からだはただ一つの器官ではなく、多くの器官から成っています。
12:15 たとい、足が、「私は手ではないから、からだに属さない」と言ったところで、そんなことでからだに属さなくなるわけではありません。
12:16 たとい、耳が、「私は目ではないから、からだに属さない」と言ったところで、そんなことでからだに属さなくなるわけではありません。
12:17 もし、からだ全体が目であったら、どこで聞くのでしょう。もし、からだ全体が聞くところであったら、どこでかぐのでしょう。
12:18 しかしこのとおり、神はみこころに従って、からだの中にそれぞれの器官を備えてくださったのです。
12:19 もし、全部がただ一つの器官であったら、からだはいったいどこにあるのでしょう。
12:20 しかしこういうわけで、器官は多くありますが、からだは一つなのです。

 私たちは一人一人皆、それぞれ異なる「御霊の賜物」が与えられていますから、働き方は人それぞれ異なります。しかし、霊的にはキリストにあって一つにされています。それは、体の各器官はそれぞれ異なっていても、それら全てが一つになってからだが構成されているのと同じです。一つ一つの器官はどれもとても重要ですから、どれか一つが欠けても体にはなりません。ですから教会の各器官である私たちは、教会の働きに一つになって取り組んでいかなければなりません。私たちが一つになるなら、新会堂の建設においても聖霊が力を与えて下さることでしょう。

おわりに
 最後に、ご一緒に27節を読んで、メッセージを閉じます。

12:27 あなたがたはキリストのからだであって、ひとりひとりは各器官なのです。

 お祈りいたしましょう。
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